2024年06月25日

健康貯金

こんにちわ

梅雨に入ったようですね。


一か月ほど前に、毎年、年一回受けている人間ドックに行ってきました。

人間ドックについては、その是非は別にしまして、一応受けています。

ある私と懇意にさせて頂いている有名なご縁のお医者さんは、私は人間ドックには、行ったことはない、と、おっしゃっておられます。


人間は50、60歳〜以上になると、身体の一つや二つは、悪いところが出てくるのは当然です。


もし、人間ドックに行って、何も悪いところがないと言われると、反対におかしいので、もう一度、診てもらいなさいと、ユーモアたっぴりのお語をされています。


しかし、私は、心身一如での、本来の、本能の予知能力でもって、知る事も、大切ですが、データーに基づいた、健康管理も必要では、との思いで、もう30年余、毎年一回受けています。


そのおかげで、従前にも記しましたが、今から7年〜8年前になりますか。


人間ドックで、胃がんの疑いがあるとのことで、いつもは、3週間後に、健康診断の結果通知がくるのですが、その時は、診断の一週間後に、それも、速達で紹介状を添えて、すぐに、病院に行って、診察を受けて下さと、連絡が入りました。


私の事です、その日に行きつけの北野病院に予約を入れ、検査に行きました。


そして、再検査の結果、お医者さんの口から、はっきりと「胃がん」ですと言われました。



黒澤明監督、志村喬主演のあの世界的名作「生きる」(10回以上観ています)が浮かんで来ました。


一瞬、時間が止まり、目の前が真っ暗になりました。


これで、僕の人生は終わったなと、大変大仰な事を考えましたが、すぐに、まあ、悔いのない人生で、精一杯生きてきて、いい人生であったなあと、その時の何か、達観した思いが、蘇がえってきます。


後日談ですが、先生から、よく、このような、初期の段階で、がん細胞が見つかりましたね。


貴方は、ついていますね。ほんとうによかったですね。


と言われた先生の言葉が、脳裏に焼き付いています。



私は、健康について、50年余と研修で講師としてご一緒いただいています、世界に空手道を指導されている、有名な空手6段の先生がおられます。


その先生が、常に、空手研修の時にお話されている「健康貯金」という言葉が大変好きで、「健康貯金」に努力しています。


普通、貯金と言いますと、すぐに、お金の事が浮かんで来ますが、健康を貯金する、素晴らしい言葉と思います。


皆さんは、この「健康貯金」という言葉はご存知でしたか。


要するに、健康を貯金していくという事です。


わかったような、分からないような。(笑)


つまり、一言で言えば、毎日、少しでもいいので、身体に少し負荷をかけ、コツコツと継続的に、運動する、という事になるかと思います。


毎日、自分自身に少し、身体を動かす事を楽しんで、習慣化するという事です。


「健康貯金」で、思いつく2〜3の項目を挙げてみたいと思います。




女性にとは、限りませんが、日常の掃除、洗濯、買い物を楽しく。


通勤の時に、もし、時間あれば、最寄りの駅から、楽しく一駅歩いてみるとか。


毎日の少しの楽しく散歩とか。


階段でもできる限り、エスカレーター、エレベーターに乗らないで、階段で。


極端な事を言えば、今日のこの一歩の負荷が、10年先、20年先の健康に繋がるという、陽転の考え方です。



この一歩が、継続は力なり、継続は健康なり、将来の素晴らしい、より、楽しい人生を、そして、心身の健康維持につながるという思いで。


お釈迦様の因果律に繋がる話でもあります。


私の年代になると、正直、その一歩が、つらいものがありますが、俗に言う、健康に病み、健康にあの世に。


つまり、ピンピンコロリにつながるとの思いで、楽しく、自然に、一歩をと言う事になります。



そのせいか、どうか、比較的晩節を迎えた今日、元気で、心身共に、健康を維持できているのは、健康貯金の、思いではないかと、思っています。


皆様も是非「健康貯金」を、頭の片隅において。

「命あっての物種」です。


また、私と同世代の人は「思いだしたら吉日」で、今から毎日の生活に、楽しみながら、少しの一歩を。


今回は、先般の一年に一回の人間ドックの結果に安堵して、ちりも積もれば、山となる。


健康を貯金すると言う観点から、「健康貯金」と言う言葉を、述べてみました。


今週は、,梅雨との事。


慈悲の雨が通年より、遅れているとの事ですが、自然の営みに心を寄せて。


どうぞ、体調管理にご自愛ください。



今回も最後まで、お付き合い頂きまして、誠に有難うございました。








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2024年05月20日

泣きばあさん

こんにちわ。



季節としては、一番爽やかな月ですね。

2日〜3日前、フト何を思ってか、昔、読んだ寓話の中の、「泣きばあさん」の話が浮かんで来ました。


昔から寓話の話が好きで、日本で言えば、一休さん、とか、海外ではイソップ物語とか、グリム童話とか、何か、平易な中で、人間の本質を突いた物語が、理屈ではなく、ストンと腑に落ち、納得すると言うのか、うなづけると言うのか。




どちらにしても、楽しく、味わい深く読むことができて、こころの安寧に活用しています。


上述に戻ります。


皆様は「泣きばあさん」という寓話を読まれた事はないですか。


思いつくままの泣きばあさんの粗筋を、私なりに、述べてみます。

                 
               泣きばあさん


昔、昔、京都の南禅寺の近くに一人のおばあさんが住でいました。


おばあさんには二人の息子さんがいました。


一方の息子さんは、京都の北の方で、下駄屋を営んでいました。


もう一方の息子さんは、南の方で、傘屋を営んでいました。


雨がふると、北の方の息子に、この雨で下駄が売れなく、大変だろうなと、息子の境地を察して、一日中泣いていました。



又、晴れの日は、南の方で、傘を営んでいる息子の気持ちを、おもんばかって、この晴れでは、可哀そに、傘が売れなくて、さぞ、大変だろうなあと、一日中泣いていました。



南禅寺のお坊さんが通りすがり、おばあさんは、いつも一日中泣いていますが、どうしたのですかと、おばあさんに尋ねました。


おばあさんは、かくかく左様で、悲しくて、泣いていますと、お坊さんに話しました。


お坊さんは些細を聞いて、おばあさんに言いました。



なるほど、もっもな事ですね。


しかし、これからは、このように物事の見方、考え方を変えたら、どうですか。



雨の日は、傘屋を営んでいる、南の方の、息子さんの方に向かって、良かったね。



この雨で傘が売れて。



そして、晴れの日は、南で、下駄屋を営んでいる息子の方に向かって、この晴れは、さどかし、下駄が売れるだろうね。


良かったね。


それ以後、おばあさんは、常に、笑顔で毎日を楽しく、幸せに過ごしましたとさ。



このような寓話です。


皆様も、いつか、読まれた事があるかもしれません。


この寓話の意味するところは、現象は表裏一体で、全く同じですが、見方を変えれば、吉にも、凶にもなると言ういことかと、思います。



我々の、身近にも、ものの見方、考え方を、前向き、後ろ向き、楽観、悲観と、少し変える事で、それを幸せに持って行くか、不幸に持って行くか、人生を歩んで行く上で、非常に大切な人生観ではないのかと思っています。


つまり、この人生、起こった事は全て良し。


この発想を「泣きばあさん」の寓話が教えてくれているのでは、と私なり解釈しています。


今回は、身の回りに起こったことに対して、フト昔読んだ寓話が関連づけられ、「人間万事塞翁が馬」。



全て良しと、解釈するに至る経緯となりました。



これから、日毎に、夏に向かっていきます。


どうぞ、体調管理にご自愛ください。



最後まで、お付き合い頂き、有難うございました。、






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2024年04月24日

食事での一言

お早うございます。



桜も終わりました。

毎年、3月後半から、4月の初旬にかけて、新入社員の合宿研修があり、桜は、研修会場のお寺の境内での桜になります。


今年は、私の40余年の経験ですが、4月の初旬の合宿研修で、境内の桜がまだ、2〜3分咲は初めての経験ですね。


素晴らしい、希望に満ち溢れた人生の門出での、桜をバックの記念写真も、満開か、年によると、散り始めもありましたが。


丁度、今年は研修の最終日は雨で、研修会場での記念写真になりました。



さて、研修で、大切な重要な研修プログラムとして、食事の時間があります。



食事も研修の一環で、非常に大切な研修プログラムと位置付けています。


まず、研修生の決められた班が、食事の準備を担当して、決められた食事のマナーで配膳をし、前工程を学ぶと同時に、ルールの重要性と、型の重要性、チームワーク、チームプレイ、コミュニケーションの重要性をも体験していただきます。


そして、一番大事な食事の前に、和尚の指示で「五観の偈(ごかんのげ)」という文言を唱和します。



今回はその「五観の偈」の文言について、述べてみたいと思います。


飽食の時代の今だからこそ、又、世界の食糧事情を考察するときに、一人間として非常に大切な研修プログラムと思っています。


禅の栞(しおり)に記載されている、「5観の偈」について、私なりの解釈で、説明したいと思います。


                
            食事5観の偈(しょくじ5かんのげ)


一つには、功の多少を図り、彼の来処を量る 
     (こうのたしょうをはかり、かのらいしょをはかる)

     こうして、今、食物が、幾多の人の尊い時間と労力の手を経て、食膳にあります。
     その思いを巡らし、神仏の加護に感謝して、頂きます。


二つには、己が徳行の全欠をはかって供に応ず。
     (おのれがとくぎょうのぜんけつをはかって、くにおうず)


     徳のある生き方、正しい生き方をつんでいるのか。
     こうして、食事を頂く前に、常に、自らの生き方を自省して、過分なる思いで、
     頂こう。


三つには、心を防ぎ、過貧等を離るるを宗とす。
      (しんをふせぎ、とがとんとうをはなるるをしゅうとす。)



     これから食事を頂きますが、むさぼる心でたべたり、好き嫌いを言いません。


四つには、正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり
     (まさにりようやくをこととするは、ぎようこをりょうぜんがためなり)



     この食物は食欲を満たすためではなく、心身の健康な命を宿す良い薬として、頂きます。



五つには、道業を成ぜんが為に、将にこの食をうくべし。
     (どうぎょうをじょうぜんがためにこのじきをうくべし)



     この食物はこれからの人生を素晴らしいものするためにいただきます。




私見の解釈ですが、このような5つの言葉を唱和していただきます。



この5つの言葉は、人生を歩んで行く上に、健康な心身の命を育む、非常に大切な訓話として、受け止めています。


世界の今、4秒に一人がおなかがすいて、餓死していくとの事です。



こうしている瞬間に、おなかがすいて、亡くなつていく。


到底、考えられないことですが、現実として、受け止めて、自分に何ができるのかと、問いながら、生きていきたいものだと思います。


因みに、日本では、一日3000万食が、破棄されているとの事。


日本の食糧事情の穀物の自給率が、26パーセントとの事。


現在、3億4千万人が餓死状態との事。等など。ーーー


「心」しなくてはならない深刻な問題であるのではないのかと、思い馳せながら、先般開催しました、合宿研修会のプログラムの食事作法について、最近の世界の憂うべき食糧事情の二ユースを見るにつけ、これでいいのかと思いで、述べてみました。


まだ、少し、三寒四温を繰り返えし、春を通り越して、一気に初夏に突入するのでしょうか。


体調管理に充分ご留意頂き、今回も最後までお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。







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2024年03月30日

5欲ー2−

お早うございます。


3月も後1日となりましたが、桜の開花宣言は今年は遅れているようですね。


毎年、春の時期は、50年余と進すめています。新入社員の合宿研修があります。

コロナ時は、密研修になるということで、参加人数を制限して、進めていましたが、今年も実施に向けて、その事前準備で、スタッフ一同大わらわと言ったところです。


時期によりますと、3月の下旬に開催する3月コースの新入社員コースの時が、桜が満開で、4月初旬のコースは、散り始めになったり、3月コースは、桜は蕾のままであったり、その時々の年で、桜の開花状況を確認でき、毎年、春の合宿研修により、春を感じています。


今年は、4月2日から始まる4月コースの合宿研修会が、満開になるのかどうか、ここ2〜3日の天候で、決まるようですが、満開とはいかないのかと思います。



一番の我々にとって嬉しい時は、桜の満開の中で、前途洋々たる希望に満ち溢れた若者をバックに、キラキラ輝いた目を見ながら、全体の研修生の記念写真を撮る時が、一番至福の時になります。



さて、又、前置きが。


前回に引き続き5欲の件ですが、仏教用語で、眼、耳、鼻、舌、身の5つの感の事を言います。


この5つの感から、得られる5つの刺激(5境)ですね。


すなわち、色、声、香、味、蝕に対して、執着することよって、生じる欲という事になります。


人間の5大本能ともいいますね。


この5大本能がITの世界では、分析できえない人間だけが持つ感情という事になります。


別の角度から、分析してみると、財欲、性欲、食欲、名誉欲、睡眠欲となります。


とらまえかたによると、この5欲は、人生幸せ左右する、時折は人生を狂わす5欲になるのではと思います。



まず、 嶌睛漾廖この欲は本当に人生を狂わせますね。


一体お金は幾らあったらいいのか、幾らあったら満足するのか。



極端な例を挙げれば、日本中のお金を持ったら幸せなのか。


∪欲。人を愛する。


人間として、素晴らしい事で、この愛情の表現によって、人間は、万物の霊長と言われる所以ではないかと思いま。


しかし、一つ間違えば、この欲も人生を狂わす事になります。


食欲。人間が生きていくための、基本的本能です。



この欲がなくなると、死に向かうと言われる欲望です。


ぬ祥斥漾時折、私にはこの欲はないという方がおれらますれが、それは言葉遊びで、人間は人に褒めてもらいたいとか、認められたいとか、その他、基本的本能にあります。


ゆえに人間は人間として、この人生を生きていけるのではないかと思います。


気をつけないと、自分に対して、存在感がないと、自分を身心共に、傷つける事になるかもしれません。



最後の➄。睡眠欲。人間は一週間寝ないと、気が狂って死ぬと言われています。


考えてみれば、人生の三分の一は、寝ているという事になります。


以上,、もっと例を出し、補足すれば、いつも読者から文が長いと言われているブログに、何ページも付記が入りますが。



これで止めておきます。


「蜘蛛の巣城」の映画での、核心のところは、この人間の持つ5欲を、どのように、人身掌握に活用するのかを、問うているのでは ないかと思います。



何回観ても、新しい思いが見いだされる。


それは、人間の深遠なる、不可解な深層心理を、見事に、あぶりだしているゆえんではないかと、思います。



2回に亘り私の思う5欲について、述べてみました。


ソロソロ、日本人の心である、今年は遅れている桜の開花の便りが、今日にでも届きます。



三寒四温で、春に向かいます。


どうぞ、季節の変わり目です。



お身体ご自愛下さい。




今回も最後まで、お付き合い頂きまして誠に有難うございました。





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2024年02月26日

五欲

こんばんわ。

2月は 別名逃げると言われているようですが もう残すところ数日となりました。


寒暖の差が本当に激しいですね。


数日前は、もう春になったと思うぐらいの温かさでしたが、ここ2〜3日で、逆戻りで、非常に寒く、体もその体温調整に大変でしょうね。



いつも、気ままなご主人(私)に長年飽きずに付き合ってくれる分身に感謝のみです。


ご主人様も協力して、積極的にお手伝いしないと、あきらめられて、放置されたら、終わりです。


まだまだ、やりたい事が残っています。(笑)


気を付けて、サポートしたいと思います。


さて、趣味の一つとして、映画鑑賞が好きで、特に昔の往年の名画が好きで、よく、ビデオを買ったりします。



今から、かれこれ60数年前になりますか、10代の時から黒澤明監督の映画が好きで、娯楽のない時代でしたので、よく観に行きました。


その黒澤明監督が、20数年前に、亡くなられた時に、その偉業を称えて、黒澤監督制作の全巻で 確か20数巻だったと思います。


ビデオ化され販売されました。


当時はカセットのDVDの時代でした。


黒澤監督に対する思い入れが強く、当時のお金で30万円程したのでないかと思いますが、全巻を購入しました。


それから、何十年の間に、何かフト見たくなり、各名画を、その時の、心の在り様で見ています。


志村喬主演の「生きる」は、又、「7人の侍」などは10数回観ているのではないかと思います。


ダイナミックな撮影手法、そしてヒューマニズムに満ち溢れ、人間の本能の心の奥底の深層心理を引き出し、物語の筋書きの中に、ちりばめ、各名優が、見事に、五感で演じ切る。


黒澤明監督の、世界の今もって巨匠と言われるゆえんではないかと、素人評論家の私でも理解出来ます。



そして、これだけ、何回も観て、一つの映画の筋書きも、熟知しているのに、又、観たくなる。


各作品の人間の本能を、あぶりだす。

うなずけるところです。


あの有名な「ゴッドファーザー」の監督である、コッポラ氏も、黒澤明監督のロケ撮影の現場には必ず、敬意を表して挨拶に、また、その撮影手法を学ぶ為にも、来日したと云われています。



いつものように、今回の「五欲」のテーマに入る前に前置きが長くなり、やっと本題にたどり着きました。


実は、皆様方もご覧になられたか、この間、NHKのテレビで、黒澤明監督のあの世界の映画スターとして活躍された有名な、私の敬愛する三船敏郎主演の「蜘蛛の巣城」がリバイバルとして、放映されていました。


私自身は、上述のようにDVDを持っていますし、私の十代の時と思いますが、封切りされたときに、映画館で見ています。


その後、何回か、リバイバルで、迫力のある映画館で、又、ご多分にもれず、DVDでも、観ています。


昔の映画の好きなところは、時代が時代でもありましたが、今のようなCGではなく、ロケの、実写での撮影です。


「七人の侍」など、文字通り、体をはってでの命がけのロケが、迫力満点で、本当に何回観ても、心踊ります。


その黒澤作品の中の「蜘蛛の巣城」ですが、先般テレビで放映され観ました。


実は、そこで、又、新たな発見をしました。


何回も観ているのに、やはり名画ですね。


三船敏郎演じる城主が、人間には、「五欲」があり、その「五欲」を満たす為に、生きるのであると、何回か、「五欲」の言葉を使います。


実はその「五欲」に、ついて、私なりの今まで、学習してきた中で、述べてみたいと思い、今回のテーを選んだ経緯でした。


こうして纏めている間に、私の性格です。


また蛇足の文章が長々と入りました。


「五欲」を纏めるのに、相当の枚数が、必要です。



今回は、「五欲」の予告編として、次回の応援歌で、述べさせていただきます。


引っ張りまわして、誠に失礼しました。お許し下さい。


暫くは、寒暖の差が、激しいようです。


お身体、どうぞ、ご自愛下さい。


今回も最後まで、お付き合い頂き誠に有難うございました。





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2024年01月28日

当たり前

こんにちは。


1月も、後2〜3日残し、2月を迎えます。


お正月は如何でしたか。


門松等、ほとんど見受けれらなくなりましたね。

元旦から、一部、ショッピングセンターも、営業をしていましたし、ひと昔のような、おせち料理も、要らなくなりましたね。


毎年、正月の風情がひとつづつなくなっていきます。


昔の正月を知る、歳を重ねてきた者は、一抹の寂しさを禁じえません。


さて、今年は元旦から、非常に、何とも言えない、つらい大災害がありました。


能登地方における、震度7を超える大地震です。

丁度、その時、私は少し、近所の周りを散歩していました。


姫路にいる娘から。携帯が鳴りました。


何事かと思うと、娘より、石川県の能登方面で地震があったとの事。

お父さんは散歩中で気づかなったね。と話をしていました。


急いで、家に帰りましたら、家内から、大地震があったとの事。


丁度、家内の里が石川県の加賀、大聖寺ですので、実家の事もあり、大変心配していました。


思い起こしますと、もう29年前の事になるのですね。


阪神淡路大地震があった、1月17日は忘れられない、日にちです。


と申しますのは、私の義父が、93歳でなくなり、丁度、大聖寺のお寺でお通夜の時でした。


いまでも忘れる事は出来ませんが、早朝の5時過ぎの事です。


親戚の方々と共に、寝ていたのですが、私が経験したことのない、激しい揺れで、目を覚ましました。


親戚の方々は、昭和23年の福井の大地震を経験していますので、てっきり、このような大きな揺れの震源地は福井方面であると言っておられました。


そして、葬儀中の控室でした。


しばらくして、テレビ中継が始まり、、神戸の長田区が火の海とかして、映し出されていました。


私はこれはただ事ではないと、少し、恐れおののきました。


と申しますは、遠く何百キロになるのか、これだけ離れた、石川の地で、これだけ、大きくゆれたので、その震源地はいかばかりかと。

義父の葬儀を終え、何とか、電車を乗り継ぎ、急いで枚方の自宅に戻りました。


親戚の方々からは、自宅が壊れているかも知れませんね。と言われていました。



家の近くまで来ましたが、近辺は大丈夫な様子でした。


恐る恐る、入口の玄関を開けた光景がフラッシュバックします。


そして、一階、二階と、見て回りました。、


お蔭様で、額縁が落ちたとか、壁がひび割れていたとか、大きな惨事にならなく、安堵した光景が浮かんで来ます。


輪島の地の災害を見ていますと、正月早々、本当に大変な惨事で、心が凍おってしまいます。


このような時にいつも、思うのですが、日常の生活が、全て「当たり前」で、何か不都合があると、不平、不満、不足の自分がいます。


毎日、こうして不便なく生活ができて、お蔭様でどこにでも、不自由なく歩いて、行動でき、そして、70兆もの細胞が、一糸みだれず、暗黙の内に、打合せもせず(笑)、連係プレーを取り、ただ、ひたすらに、ご主人様(私)を生かしてくれている。


もし、そのうちの数個の細胞が、反乱をおこすと、異常をきたし、たちまち病気の因になります。

又、がん細胞類が頭をもたげてきます。


このよう事も、「当たり前」の自分がいます。

今に、バチが当たったり、するのでは思ったりします。


マザーテレサ女史が言われた、「当たり前」の反対語は、「有難う」との事。


つまり、有る事が難しい との事。

もう一つのマザーテレサ女史の言葉に、「愛」の反対語は、「無関心」とありますね。



このような大災害を見聞きして、又、「当たり前」について、そのみなもとを、深く考える事になる、弱い自分を見出します。


歳を重ねてきた割には、全く学習していない自分を顧みて、悄然となり、何か、情けなくなる心境です。


太陽を、そして、森羅万象に感謝しながら、花鳥風月を愛でて、生かされている事を、感謝して、生きていかねばと思う、1月の元旦の出来事でした。


今回の大災害も当然、他人事ではなく、諺にありますように。明日は我が身です。


利他の心をより高め、私で出来る事は、精一杯させていただかなけばと、強く思います。



厳しい寒さがまだまだ続きます。

どうぞ、能登地方の方々は、くれぐれも大変な環境ですが、お身体を含め、ご自愛ください。





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2023年12月28日

赤穂義士祭

こんにちは、


毎年 12月の折の心の応援歌の冒頭の挨拶は、光陰矢の如し、月日の経つのは、早いですね。から始まります。


今年も残すところ4日になりました。

皆様は、今年の一年は如何でしたか。


さて、この間の12月14日ですが、赤穂市で第120回を数える忠臣蔵として有名な 『赤穂義士祭」の催しがありました。


皆様は忠臣蔵をご存じでしょうか。


当然、知っているものばかりと思っていましたが、最近の若者は歴史が好きな人は別にして、知らない人が多いと聞いて、愕然としました。


知らないと言えば、日本がアメリカと戦って敗戦したことも、知らないと言う若者がいるとかも、聞きますが。(信憑性はどうか)



実は、今から10数年前ですが、娘が姫路に住んでいまして、娘の家に家内と一緒に、何泊かした時です。


どこか、ドライブでもとなって、娘婿の運転で、娘と、孫と、赤穂方面に一日で、車で案内してもらった事があります。


その折、赤穂市にある大石神社、赤穂城、資料館等、案内してもらいました。


1702年、元禄14年、12月14日江戸城松の廊下での、浅野内匠頭の、吉良上野介に対する人情沙汰になった事件です。


そして、翌年の、元禄15年12月14日に、艱難辛苦を経て 見事、討ち入りを果たしたという史実です。


その14日を記念して、「赤穂浪士祭」があるとの事。


四十七人の赤穂浪士が、討ち入り当時の衣装を纏って赤穂市中を練り歩くとの事。


その事があって、是非12月14日の「赤穂義士祭」に行きたいと思っていました。



その間、何回か見に行きたいと、計画したのですが、中々仕事が入って、失念していました。


今年は、はからずも「赤穂義士祭」の催しに行く事が出来、姫路の娘の家に前泊して、今回も娘婿の運転で、念願の「赤穂義士祭」に行く事ができました。



私の幼少の頃は、正月となると、毎年、忠臣蔵の映画で持ち切りで した。



それほど、何か日本人の琴線に触れる出来事であったように思います。


娯楽の少なかった時代でもありましたし、映画が唯一の娯楽でした。



そのよう時代に育った私です。


忠臣蔵の対する熱い思いは、おわかりいただけるかもしれません。


やっとその念願がかなった、12月14日の一日でした。


赤穂市に入り、車を駐車場に入れ、赤穂城の方角に、向かいました。


今、放映されているのは、第62回、松本潤さん主演のNHK大河ドラマは「どうする家康」ですね。


その第2回ですので、60年前の、NHK大河ドラマは、長谷川一夫(当時の日本を代表する男優)主演の「忠臣蔵」でした。


その折の、毎回最初に流れた重厚なテーマ音楽が、何処ともなく、聞こえてきました。


感激派の私です。その懐かしい重厚な、芥川也寸志氏による、テーマ音楽は、私の脳裏にしっかりと、焼きついていました。


その記憶の彼方にある、懐かしい旋律に、思わず涙腺が緩み、鳥肌が立ちました。



私の年代層になると、お分かり頂けると、おもいますが、上述の、ように、第二回NHK大河ドラマの「忠臣蔵」です。


その放映は、1964年昭和39年、私が大学の2回生の遠い遠いセピや色の時代の時です。


そのテーマ音楽は一気に、私を時空を超えて、後にも先にも、1年間 一回も欠かさず見た、ドラマの中に入り込みました。


そして、クライマックスの討ち入りの時の、陣太鼓を打ち鳴らし、長谷川一夫主演の意を決した、大石内蔵助の姿が浮かんで来ました。



1945年、日本が戦争に負け、色々とGHQからの要請で禁止事項があり、その中の一つに、この忠臣蔵も、放映してはならない禁止事項に入っていたとの事、


昭和26年日本が講話条約を締結して、独立するまで、上映は、はばかわれた、いわくつきの物語です。


内容は、一言で言えば、主君のために、報復の仇き打ちをするという趣旨です。



アメリカが禁止したとの事ですが、何故か納得できます。


14日当日は天候にも恵まれ、俳優の中村雅俊さんが、大石内蔵助を演じ、先頭に立ち、赤穂城跡の大手門から陣太鼓を鳴らし、四十七士が勇壮に、市中を、練り歩きました。


赤穂城といい、討ち入りの14日といい、環境も整い、江戸時代の元禄時代に、タイムスリップした一日でした。



忠臣蔵は、忠義を尽くし、自己犠牲からなる日本人の美意識として、もてはやされてきました。


しかし、時代の変転と共に、人間の価値観が問われる現在、これからの世に、このような、忖度の世界、武士(もののふ)の精神はどのように、経緯していくのか。


資料館等で、赤穂浪士の遺品を見ながら、思索した一日でもありました。



私としては、人間を凌駕すると言われているAIの世界では、けして理解できない、心の深層心理に内在する、散りゆく「もののあわれ」の世界ではないかと、思った次第です。




ことしも、後数日、来年こそ、人間同士が、憎しみ、あやめあう紛争、戦争等がなくなり、世界に平和が訪れますように。




今年も、一年間、拙い心の応援歌にお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。




どうぞ、良いお年をお迎え下さい。


一年間有難うございました。







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2023年11月24日

偉業のみなもとは。

こんにちわ。



ここ一週間で、一気に冬到来といったところですね。



年月が進む程に、日本の独特の世界に例のない見事な四季の移ろいは、なくなりつつありますね。


北日本はもう雪がちらつくのではなく、吹雪になっているという便りも届きます。



こうなると、地球温暖化はどうなったのかなあと思ったりします。



さて、アメリカのプロ野球の件ですが、やはり、日本人の一人として、今年の本塁打王の大谷翔平選手の動向が気になっていました。



今年も、MVPの候補に挙がっていましたが、下馬評では、今年は無理であるというような事を、マスコミ情報として、流れていたようですね。


私自身は、あまり野球の事は、詳しくないのですが、何となく、ノーベル賞のように、気がかりでした。  


素人なみの予測ですが、本場としての、アメリカのプライドもあり、今年は多分、無理ではないかと、思っていました。


それが皆様のご存じのように、大リーグ初の二度目の受賞となりました。



そのこと事態も、考えられないことと思うのですが、私は一番心に触れたことはご存じの満票だったことです。



この満票を、私なり解釈をしましたが、良く言われる、オカルチックになるかもしれませんが、以心伝心という格言がありますように、言葉、態度、思いは、こころに伝播し、人の心を動かし、波動する。


そんなことを感じた今回の、受賞でした。



従前にも少し述べましたが、皆様方もご存じの、大谷選手が高校一年の時に作成した、99項目にわたる曼荼羅チヤートによる、具体的実践項目です。「99の具体的実践項目は検索されますと、出ています。」


実は、この99のチャートは、人生100年時代を生きていく上に大変大切な実践目標で、研修会の教材に、時折、使わせてもらっています。



この99の実践項目は、私は、一番、今日の大谷選手の生き方の基本を担っている項目で、,MVPもさりありなんと思われるところです。



一番の驚きは、高校一年時に、まだ甲子園の土も踏んだ事もない、その時に、そのマンダラの99の実践項目の中心に、「ドラフト1位、8球団指名」を挙げている事です。



それをなすにはと、98項目の、やるべき事を書いています。



普通の思いでは、まだ甲子園の土も踏んでいない中で、、その99の項目の中心には、高校野球の夢の舞台である、良く書いて甲子園出場と、書くのではないかと凡人は思います。



ここで本論に入りますが、MVPを2度と、それも満票の根拠は、その99の実践項目の中の、技術面、(スピード、キレ、インステップ等の項目)は当然一番大事ですが、その技術の石垣の部分が、人を満票に導いたのでは。



私自身のつたない経験から、つまり、一言で言えば、心の波動が人を持ち上げるのではないかと。



リーダーの資質の基本は「おみこしに担がれる人物になれ。」です。


今回の史上初の2回目で、尚、満票のMVPの受賞の結果と思えてなりません。



私見の「さりありなん」と思う根拠は、高校1年の時の具体的目標(下記に抜粋)のメンタル面です。



      仲間を思いやる心、愛される人間、感性、あいさつ、思いやり、礼儀、
      応援される人になる、審判さんへの態度、運、道具を大切に扱う、
      人間性、感謝、ゴミ拾い、プラス思考、一喜一憂しない、等。


以上の人間力が、波動となって、素晴らしい二刀流を駆使した技術力をより高めたのでは。



一言で言えば、99の実践項目の具体的目標の一つに挙げておられた「応援される人になる。」



つまり人間の真理で、我々が50年にわたって進めていますリーダーシップ研修の理念のように思われます。



今週末は、北日本は雪が降り、日本全体は寒波になるとの事、



どうぞ寒暖の差が激しいこの頃ですが、ご自愛、専一に。



今回は、先日、世界の二ユースとなった、大谷選手の偉業のみなもとはという事で、私見を述べてみました。


最後までお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。








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2023年10月23日

読書の秋

お早うございます。


朝晩は、めっきり肌寒くなり、秋到来といったところです。


三寒四温という言葉がありますが、一気にという感じで、慌てて冬物を出し、体温調整をしています。



さて、昔から、読書の秋、天高く馬肥ゆる秋、紅葉の秋とか、表現しまして、秋は秋として、何となく、感傷的になる季節ですね。



読書の秋。昔は、各家の書籍棚に世界百科事典とか、日本小説文庫集とかが、読む読まないは別にして、何か、家のステータスとして、飾られていました。(ほとんど飾りであったのでは、笑)


私の小宅にもまだ、読まずに、飾られています。



特に最近は、活字離れがどんどん進んで、新聞とかも購読層が激減し、各新聞社も維持、継続していくのに、相当苦慮されているという事を、聞いています。



私の時代は、活字人間で育ってきましたので、朝の朝刊、夕刊がないと、何か、一日が心の空白のように、感じたりします。



さて、読書の秋、若い頃は、各作家の全集を購入していたこともあったのですが、一心不乱で読破する時期が、ありました。



今は、中々根気がなくなり、今も、目についた本はよく買うのですが、正しく積読で、積み上げていく一方です。



さて、本の序文と言いますか、書き出しで、2〜3浮かんでくる文章があります。 


その序文で、小説全体を思い描く事ができるというほど、序文は難しいですね。




私自身も拙いブログをこのように書いているのですが、最初の書きだしの処に、常に、頭をひねります。

思いつくままに昔、読んだ小説の序文について、書き出してみます。


  夏目漱石

   草枕 


山道を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

   吾輩は猫である。

吾輩は猫である。名前はまだ無い

   島崎藤村


    夜明け前

木曾路はすべて山の中である。


   芥川龍之介


    羅生門


或る日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。
 
    有島武郎


     小さき者へ

お前たちが大きくなって、一人前の人間に育ち上がった時、その時までお前たちのパパは生きているかいないか。それはわからないことだがー


    三島由紀夫

    金閣寺


幼時から、私によく、金閣のことを語った。

    森鴎外


    高瀬川


高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である

    大岡昇平

    野火


私は頬を打たれた。分隊長は早口に、ほぼ次のようにいった。



    川端康成

    雪国



国境の長いトンネルを抜けると雪国だった。


人生の節目、節目で、ある時、読んだ小説を思い起こし、浮かび、思いつくまま、小説の冒頭の序文を列記してみました。



上述しましたように、最近の活字離れが急速に進んで、小説も読者層が、減っているとの事。



今は、スマホでも小説が読めるらしいですが、昔人間の私には、小説はやはり活字で味わって、行間を探りながら読むのが一番であると、個人的見解を述べているのですが。


読書の秋、この言葉も今は死語に、なりつつあるのでしょうか。



人間の人間たる、森羅万象、花鳥風月を愛でる感性は、小説におけるところも大いにあるとの、昔人間の、ささやかなつぶやきです。



寒暖の差が激しい季節の分かれ目です。


読書の秋、自分自身に言い聞かせて、一読を。



今回も最後まで、お付き合い頂きまして、ありがとうございました。

どうぞ、体調にご留意下さい。








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2023年09月30日

体育祭の郷愁

おはようございます。


9月も今日で終わりますが、やっとと、言えばよいのか、少し、朝晩がという感じで、まだまだ日中は残暑という気候ですね。


こうも続くと、今まで、夏バテなど、あまり感じたことがないような気持ちですが、さすが、疲れがどんよりと、どっと、感じる今年の一応、初秋といったところです。



先日、二番目の孫の中学の体育祭があるというので、行ってきました。


確か、私の中学時代の遠い遠い、かすかな思い出ですが、父兄の方は、見に来ておられたかなと、記憶が定かではないのですが。



孫が三人いますので、幼稚園、小学校、の運動会は何回も、見に行っているのですが。中学校の体育祭は初めでした。


私のセピヤ色の時代の中学時代の体育祭と どのような変転があるのか、正直興味がありました。


娘には、父兄が言ってもいいのかとか、他の父兄は来ておられるかと確認しながらの姫路行きでした。


思ったより多くの父兄がきておられ、最近の教育の一旦を垣間見ました。


競技は、私の時代とは、様変わりして、リレー中心のプログラムで、構成されていました。


コロナの事もあり、練習もままならず、集団の演武は、当然、限られているのではないかと、感じた次第です。



私の時代の 体育祭の時の校内に流れる音楽は、戦争が終わって、まだ、10数年でしたので、流れる音楽は、今の、音楽と全く違って、大変、勇ましい競技マーチが、軍艦マーチが、一日中、なり続け、嫌が上でも、高揚心を掻き立てられた記憶が浮かんできます。


競技の主役は、今もあまりその点は変わらないと思いますが、私の時も、各組対抗のリレーが花形でした。


そのリレーで、今、もって忘れられない記憶が、鮮明に、浮かんで来ました。


全く、身内も信じられないと思いますが。
一クラス、当時は、人数が多く、40名〜50名ぐらいではなかったかと思います。


各クラスから、4名選出され、私は4人の一人に選ばれたリレーの選手でした。



当時は、自慢話ですが、少し、勉強が出来る事も暗黙の内で、リレー選手のクラスの推薦の条件であったように思います。


忘れもしません。三年生の時です。


三年生で、6組ある中、私は4組でした。


私は最後のアンカーでした。


3人目の走者が、バトンタッチミスでバトンを落としました。


その時、、私の組は何位で走っていたのか、記憶は定かではないですが、当然 バトンを落としましたので、6組の中で最下位になりました。


私の負けん気の性格です。



何とか、少しでも取り返そうと、そして、1位になる。

そんな、気持ちで、めげずに、全力で本当に必死に走りました。


今でも脳裏に浮かんできます。


全校生が、私が走る姿に、私が走れないぐらいに、白線の中に、入ってきて応援を受けました。


当然、最下位でゴールをしたと思います。


なぜか、その時の全校生の応援の中で、走り抜けている自分の姿が、フラッシュバックして、時間が止まったような、全く無音の静寂の中で、時空を超えて、走っている自分の姿が、浮かんで来ました。(全校生徒の大声援のなかでの力走ですが)


後日談で、はたまた、自慢話で、その時の光景を、先生から「最後まで、どのような結果あれ、全力で頑張る。


これが大切な事で、だから、全校生に、感動を覚え、応援に掻き立てられたのだ」。


そのような趣旨の話が、生徒にあり、この間のリレーを観戦して、かすかな懐かしい思い出としてよみがえり、郷愁を呼ぶ1日でもありました。



体育祭のテーマが、「素直にがんばる。」


スローガンとして、「素直が一番、明るく、楽しく、前向きに」と、大きく校舎に掲げられていました。


我々が50年余と進めている研修理念と、全く相通じる「こころ」であり、意を強くし、少し、オーバーですが、日本の将来は、安泰であると、ホッとする時間にもなりました。



まだまだ、日中は残暑と言いますか、厳しい環境です。



一か月、夏がずれ込んでいるようです。


どうぞご自愛専一に。


今回も私事の自慢話にお付き合い頂きまして誠に有難うございました。





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2023年08月25日

夏、8月

こんにちは。

暑いですね。

雲も、入道雲の間に、ウロコ雲が少し現れ、秋の足音が。


しかし、まだまだ, 残暑は厳しいですね。

じっとしていましても、バテ気味で。


余り歳のセイと言って,逃げたくはないのですが、疲れますね。


今年も、夏、8月、残すところ一週間となりましたが、皆様方は今年の夏は,如何お過ごしでしたか。



「夏が来れば思い出すーーー」の歌ではないですが、夏の風物詩を思い出すままに、書いてみました。


お盆の墓参り、蚊取り線香、縁台での夕涼み・へぼ将棋、地蔵ぼん、夕立、夏休みの宿題、林間.臨海学校、風鈴の音、咲き乱れる朝顔の花、郷愁を呼ぶ盆踊り、早朝のラジオ体操、ゆかた、ほたる、線香花火、プール、入道雲、セミ取り, 夕がたのひぐらし、蚊帳での戯れ、カブトムシ、かすかな思いでの行水、夜店での金魚すくい、高校野球の青春 そうめん、大文字焼き、ビヤガーデン、麦わら帽子、うちわ,等々。


夏の風物詩として、思い出されますが、こうして、列記してみますと、何か、歌のフレーズではないですが、遠い遠い、夏の思い出のような気がします。


私は、今年の夏の一番の思い出は、孫達3人と、北海道に行つた事ですね。


北海道は、今回で3回目で、第一回目は新婚旅行で。

当時は、今のような、新婚旅行が、海外にと言う定番ではなく、少し、はしりでの、海外の新婚旅行でした。


私は、20代の時に、何回か欧米に出張していましたので、家内には申し訳なかったのですが、私の提案を押し切って、北海道に行きました。


第2回目は、二つ目の会社創立15周年で、社員と共に。


そして、今回の北海道旅行でした。


新千歳空港より、娘が、レンターカーを借りていて、3泊4日を、全て車で移動しました。



まず、驚いたのは、当時の歌で有名な、表玄関の北空港、札幌空港の、面影の全くない、新千歳空港の威容でした。


これには、正直びっくりしました。


旭川、富良野、札幌、と娘の運転で移動しましたが、、皆様もご存じの、一言、北海道は広いということですね。


まっすぐな、本州では、全く考えられない、一本道の直線が延々と続く。

本当に広い。

その道中の車窓からの眺めは、スイスの田舎の風景とよく似て、牧歌的な、のんびりした、異国情緒のする、フインキでした。



娘、一人が4日間、今回の企画から、運営、運転、全て一人で進めたのですが、本当に親〇〇ではないですが、よくやったなと、今でも、つくづく思いだします。



旭川、富良野、札幌と、それぞれの孫好みのリゾートホテルに一泊して、駆け足になりましたが、星野リゾートには、満足度は別にして、事業をしている私としては、これほどの広大な敷地で、そして、縦横の組織でもって、事業を進めていく壮大な構想、運営に、唯々感服する旅行でした。


そして、最終地の札幌では、定番の裕次郎さんの歌で、有名な、時計台をバックに、孫と記念写真を撮り、今回初めて資料館を見学しました。

私の今日ある、幼少の時のクラーク博士の、「ボーイズビアンビシャス」を、考え深げに、思い起こしながらの見学で、北海道を後にしました。


そして、帰阪後、娘の姫路での、盆踊り。

23日は10数年ぶりか、甲子園の優勝決定戦に いつものふらっとした性格で、観戦に行ってきました。


どちらのフアンということもなく、若者の青春を見ていました。


高校野球の応援合戦も 私の高校野球の好きなところで、両チームの試合を見ながら、応援合戦も興味深く見ていました。


私は、応援は選手に取っては、そんなに影響はない、と思っていましたが、先般の応援合戦を見て、その波動が「甲子園には魔物がいる」という意味あいが 理解できたように思いました。


歳の事も考え、余り、いちびっていると、熱中症の事を考え、ほどほどにして、甲子園を後にしました。

今年の夏も終わります。

何か、歳を重ねる事に、四季の風情はなくなったとは言え、それぞれの四季のうつろいが、いとおしく感じるようなってきました。

マダマダ、残暑が続くようです。


お身体、ご自愛専一に。


今回も、最後までお付き合い頂きまして、誠にありがとうございました。





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2023年07月17日

山鉾巡行


こんばんわ

暑いですね。


自宅の猫のひたいのような、木に、蝉が、声高らかに、鳴いていました。      

思わず、ようこそ、わたしの庭へと、何となく、はかない命に、慈しみを覚え、しばし見入っていました。

今日は、祇園祭りの山鉾巡行とのことで、ふらっと京都まで、見物に出かけました。


なぜか、この歳になってくると、行けるときは行っておきたい。


そんな衝動にかられ、出かけた次第です。


朝、9時過ぎに山鉾巡行の出発地の四条烏丸に着きました。


コロナ明けなのか、人人人で、身動きが取れない状況です。

勝手知った土地なので、何とか、大池通の角まで、たどり着き、そこで、人垣の合間から、曳児の辻回しを見たく、山鉾巡行を見物していました。


見物人の10人に一人は外国人ではないかと思うほど、外人の観光客が多数、場所を陣どって楽しんでいました。


八坂神社の祭事で、日本3大祭りのひとつで、ルーツは863年にさかのぼるという事で、約1200年になるとのこと。


その諸行事を伝統の名のもとに継承してきた、先人の思いに馳せ、その矜持を思んばかるのか、はたまた、その関係者の並々ならぬ歴史を思い起こすのか、なぜか、涙が頬を伝い、山車が、霞んでみえました。



今から、約10数年前になるかと思いますが、京都のご縁の方からご招待を受け、特別席で見物したことが思い起こされます。



先頭の長刀鉾に、34基の山車の唯一の生稚児が搭乗し、しめ縄を切り、巡行が始まりました。


祇園囃の掛け声の合図で巡行が始まった時ですが、何故か、どっと涙があふれ出て、なんとも表現しがたい気持ちになったことが思い起こされます。


その同様な思いが、今回もまた。



聞くところによると、母方の先祖は、平家方で、あの壇之浦の戦いに敗れ、落人として、京都の相楽郡の山奥に逃げ込み、ひっそりと生き延びて、今日に至るとの話を20年前に他界した母から聞かされていました。

又、その系図も見たことがあり、今もその文献のコピーを持っています。


今は亡き、両親の里では、40数年前までは、亡くなると土葬でした。


私から言えば、祖母になりますが、その折、村の多分、最後の土葬になったのではないかと思いますが、私が当時の8ミリで撮影した葬儀風景がいまも残っています。


まるで、時代劇さながらの、田園風景がひろがり、タイムスリップした葬儀風景が映し出されています。



何を申し上げたかったのかといいますと、京都という土地と、祖先の、落人という、もののふの、先祖の脈々と続いてきた、血が騒ぐのか。


はたまた、伝統を大切に守りながら生き抜いていく人々の真摯な姿に、心が掻き立てられるのか。



今回も、祇園祭りの山鉾巡行の囃子を聞きながら、私なりのかってな解釈をして、眺めいっていました。



どちらにしても、今日も、非常に厳しい暑さでした。


何時間も憑かれるように、見物していましたので、よくも、熱中症にならなかったなと思いながら、こころよい疲労感を残しながら帰宅しました。



これから日ごとに酷暑に向かいます。


どうぞ、体調管理には充分ご自愛ください。


今回は、今日、行われた日本の三大祭りで、祇園祭りの山鉾巡行について、述べてみました。


最後までお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。







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2023年06月18日

z世代

こんばんわ。

6月の梅雨の時期ですが、梅雨はどこに行ったのかなあという、ここニ〜三日の天候です。


地球が壊れかけているとのことですが、こうして四季があり。梅雨がある。


大自然の 悠久の営みを 地球人が、一つになつて、愛おしく守りたい心境ですね。

又、戦争が早く終結しますように。


さて、この間も、マスメディアで、最近の若者の名称として、「ℤ世代」と称して若者の心理状況を、何点かの項目として、挙げられていました。


私は、40余年にわたり春の時期には、新入社員の方々に「人生如何に生くべきか」という理念で 合宿研修を進めています。


今年も、アフターコロナ下の中で、3蜜に対応しながら、140名ほどの日本の将来を担う新入社員を実社会の旅立ちのスタートとして、お手伝いをさせていただきました。



そのように、仕事の関係もあり、どうしても 若者の時代、時代に対応する資質を学んでおかなければなりません。


しかし、40余年と若者と寝食を共にしまして、総論としていえることは、人間の心の本質は変わらないということに尽きますね。


さて、ℤ世代という若者の名称は アメリカのジェネレーションℤから派生して、そのℤを取って、ℤ世代と命名したそうです。


対象は1990年半ばから2010年生まれの若者につけられた名称とのこと。


この層の特徴として、2〜3の資質が述べれらていましたが、若者の研修を通じて、納得する記事内容でした。


1,情報源の違いについて。

我々の時代はマスメディアの情報としては、新聞、雑誌が主たる情報源でしたが、ℤ世代は、紙媒体での情報は乏しく、我々の年代には 全く不得手な、ツイッター、you-tube,インスタグラム、tik tok等による情報源です


そして、過多の、より多くの情報環境の中から、自分にとっての情報をうまく取捨選択をして、上手にえり分ける能力にたけていることがあげられるとのこと。



2,ものの見方、考え方などを含め、多様性が挙げられ、また、環境問題とか、社会問題など、そして、SⅮgsについても、関心が高い事が挙げられます。

それに付随して、将来の不安と合わせ、安定志向があげられるとのこと。


3,自分なりの価値感がしっかりできていて、我々の時代のように、例えばブランドもの一つにしても、画一化した価値感ではなく、多様性の中の 独自の価値観により、選択するなど、あげられていました。


しかし、いつの時代においても、「最近の若者は、」という言葉は、永遠に人類が存続する限り、続くものと思われます。


しかし、私のℤ世代の若者につての評価は、合宿研修を通じても思うことですが、非常にしっかりしていて、堅実で、世の中を、しっかり観察しているということです。



最近の日本の若者の代表として、野球の大谷翔平選手の世界的な活躍とか、将棋の藤井聡太さんとか、また、その他のスポーツ界においても,その10代20代のℤ世代の目覚ましい活躍をみても、わかります。


この間、新聞記事にℤ世代の2023年上半期に流行した言葉のトツプに、友人と恋愛について語るときに、蛙化(かえるか)現象という言葉が流行しているとのことでした。


その意味あいを知り、思わず笑ってしまいました。


一例として、恋愛対象の恰好悪い部分を見ると、こんなことで「蛙化(かえるか)した」つまり、引いたと、話題の言葉として、使うとのこと。


「蛙化した、」「蛙化しことある」と話題にする時の一例として、上記の会計の時に、男性がスマートホーンで割引クーポンを出すのに、アタフタして、勘定にとまどっていることなどで、蛙化した、引いたとして、使うとのこと。


皆様はどう思いますか。


しかし、この問題は何も、ℤ世代だけでなく、我々の若い時も、スマートホーンではなかったですが、勘定の支払いに、何かスマートさに欠けるバツの悪い事があり、それで、女性から、ひかれたこともあったように思いますが。(笑い)。



現在のℤ世代の若者の言葉でいうと。さしずめ、この間、彼とデートして、このようことで「蛙化した」と女性の会話の話題になるのかなと思います。


今回は、一連の新入社員研修を終え、最近の若者を意味する「ℤ世代」の言葉について、少し、述べてみました。



梅雨も もう間もなく明けます。


そして、灼熱の蒸し暑い夏がやってきます。


冷夏でないように。夏は夏らしくと思いながら。



今回も最後まで、お付き合い 誠に有難うございました。



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2023年05月27日

再開・人生5計

こんばんわ


長らくご無沙汰しています。

しばらく、「こころの応援歌」を休んでいましたので、ご縁の方々から、どうしたのとか、病気でもとかご連絡いただきまして、本当にありがたく思いました。


実は、パソコンが壊れまして、スマートホーンからも出来たのですが、やはり長年パソコンで作成していましたので、何となくパソコンがなおるまでと思っていました。


また、トラブルは重なるもので、今度は、前後して、スマートホーンを落として、壊れてしまい、新しく買い替え、その操作もまた、ガラケーの私には、慣れるのに。


そして、パソコンの修理も、トラブり、時間がかかり、結局、新しくパソコンを買い、今日 初めてブログを再開出来たという次第です。


昨日は、きしくも、私の誕生日で、朝から多くの人から、お祝いのメールとか、お電話をいただき、その対応にうれしい一日となりました。



何度 迎えても、誕生日は、人生を振り返り、そして、人生を見つめなおす、いい機会ですね。



セピヤ色の 私の幼少のころは、定年が50歳代で、定年後10年ぐらい、余生を過ごし、60代70代というと、もう人生を終え、黄泉の世界へという年代のように思っていましたが。


80代で 黄泉といいますと、人生の大往生で、何の悔いも残らない幸せな人生といわれてきました。


しかし、ここ40年ほどで、生活環境なのか、定年も大きく伸び、人生100年と言われる時代になりました。


本屋さんでは「80歳代での人生の生き方」という類いの本が 店頭に、ところ狭しと並んでいます。



死というと どうもタブーで忌み嫌う言葉として 縁起が悪いといった風潮があるようですが、私はこの人生を生きていくには、人生5計(生計・身計・家計・老計・死計)の中でも,人生を素晴らしい意義ある、幸せなものにするには、人生5計の死計、つまり死生観が一番大切な思いではないかと思っています。

要するに、絶対という言葉はありませんが、曖昧模糊にしていますが 人間は、必ず死を迎えるということです。

今回は久しぶりに再開した「こころの応援歌」と 昨日の私の誕生日に因んで、人間関係の在り方と、フオスター作曲の、幼少の頃 口ずさんだオールド・ブラック・ジヨーの歌詞ではないですが、最近 身近に感じてきました「かすかに我を呼ぶーーー」歌詞の死生観について述べてみました。


再開のブログが、丁度、めでたい私の誕生日と重なり、少し、重たいテーマになり失礼しました。



今後とも、こりずにお付き合いのほど、お願い申し上げまして、終えさせていただきます。


                              ありがとうございました。





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2023年02月23日

人生はドラマである

こんばんわ


今年も、アッと言う間に、2月ももう終わりますね。

歳を重ねるにつれて、最近切に身体で実感します。

地球温暖化が叫ばれて久しいですが、今年は例年になく厳しい寒さが続いています。

何度か述べていますが、私の持論で、冬は冬らしく、春は春らしく、夏は夏らしく、秋は秋らしく、世界に例のない、日本の素晴らしい自然をはぐくんできた春夏秋冬を、是非、いつまでもサムシンググレート(神様)にお願いしたい気持ちで一杯です。



さて、先週は厳しい寒さの中、40余年わたって進めています、禅の精神(素直・自省・謙虚・奉仕・感謝)を取り入れた合宿研修会を、当協会の専門道場の京都宇治の心華寺で開催しました。


ウイズコロナ下ではありますが、ここ3年間、コロナ対策の一環として、参加人数を徹底的に絞り込み進めてきました。



このコロナ下で、研修生と寝食を共にして、今回も感じました事は、万物の霊長と言われています人間は、やはりスキンシップによる、人間的心のふれあいが 益々重要であると、更に強く痛感した次第です。



ウイズコロナ下の中、人間のみ持つ、心の安寧、幸せと 心の拠り所が、益々、問われているのではないかと。


私は、お寺では、今は校長先生、塾長として、二日間の研修の中で、入山式(寺は別名で山と言います)の折の話と、2講座と、最後の下山式(出発式と銘しています)での「旅立ちの一言」として、お話をさせていただき、後は気鋭のベテランのトレーナーが二日間指導しています。




今回のブロブは、その研修の最後の「旅立ちの一言」でお話させていただいています内容を、要約して述べてみたいと思います。


「人生はドラマである。」



テレビとか映画で譬えるとドラマの作成については、シナリオ(脚本)、監督、主役と、それぞれの役割、人を立てて、制作して、仕上げていきます。

それを、一人でドラマを作成し、映画をつくる。そして、主役として、演じる。という意味です。

つまり、「人生はドラマ」ということです。


「人生はドラマ」の第1義は、自分自身、自らこの歩んで行く人生を、どのように生きて行くか、自らシナリオを描かなければならないという事です。


当然、ご両親とか、その他、何かと助言をいただいたとしも、自分で自分の人生のシナリオ(脚本)を書かなけらばなりません。


切ないですが誰も、自分の人生のシナリオを書いてくれません。


なぜならば、この人生は自分の人生だからです。


このところをしっかりと把握、掌握、理解していないと、自分の人生を他に転嫁して、こうなったのも、他人のセイである、社会のセイである、環境のセイであると、常に自己弁護して、折角ご先祖、ご両親から頂いた、尊い人生を、他人任せに無為に人生を送ってしまうという、悲しいことになってしまいます。


「人生はドラマ」の第2義は、人生の監督を、自分自身と、常にもう一人の自分が務めます。(2人称の法則)


このもう一人の、常に自分を冷静に、客感的に、見ている自分が、重要です。


この監督(自分)は、人生を歩んで行く上で、非常に大切な役割を果たします。


そして「人生はドラマ」の第3義です。


この人生は自分が主人公、主役です。決して他人ではありません。


つまり、この人生はお釈迦様の言われる「自因自果・じいんじか」(つまり、つらい事ですが全ての原因、結果は、自分がまいた種)ということです。



「人生はドラマ」です。


どうぞ、この自分の人生を、自分で素晴らしいシナリオ(人生脚本)を作り、自分で監督を務め、そして、自分で人生の、主役、主人公として、演じていく、生きていく。


このような話を、研修の最後の「旅立ちの一言」として、禅の精神の中から、お話させて頂いています。


二日間の寝食をともにしての研修生との実践学習により、ある程度の体解したなかでの一言としての纏めですので、「人生はドラマ」の意味合いを、研修生としては、よりご理解頂いているのではと、自画自賛している次第です。(笑)


今回は、先週厳しい寒さの中で、幹部社員対象の合宿研修会の折の、研修の最後の纏の「旅立ちの一言」として「人生はドラマ」と題して、お話させていただいた事を述べてみました。



三寒四温を経ながら、春に向かっていきます。



森羅万象に感謝して、今回も最後まで 拙い思いにお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。


お身体ご自愛下さい。





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2023年01月28日

どうする家康

こんばんわ。


一月もアッという間ですね。


ここ数日厳しい寒さが続いています。

久しぶりに雪もちらつき、雪はなぜか、人の心を清涼にするようですね。


さて、今年の大河ドラマは前回も述べましたように、「どうする家康」で今年の流行語大賞に「どうする」という言葉がノミネートされるのではと思っています。(笑)


日本の歴史上における人物に たえず3人の武将の一人に挙げられる徳川家康を主人公にしたドラマです。


もう、かれこれ、50年前になりますが、山岡壮八の長編小説で、確か26巻あったと思いますが、「徳川家康」を一気に大変興味深く読破した事があります。


何故かと言いますと、当時将来、上に立った時に、リーダーシップとは、上に立つ器量とは、人間力をを学ぶために、何か参考になる書物はないかと探していました。

その中で、当時長編大作として、山岡壮八の26巻に及ぶ「徳川家康」が 大変話題になっていました。


それと、約260年と 世界に類を見ない、安寧の世をもたらした歴史上の人物で 3人の武将として常に挙げられる徳川家康という人物は、一体どのような人となり なのかも知りたいという気持ちもあったからです。

内容も、定かではなくなりましたが、当時を思いおこしてみますと、確かに小説として、面白く26巻を一気に読破しました。


しかしなぜか、大阪生まれの西軍のルーツなのか、徳川家康としての人物像としては、今持って、馴染めないものがありますが。


やはり、戦国武将としての3武将としては、常に、国民的人気の織田信長が、私も一番に挙げられます。


そして、秀吉、になりますね。


その解釈は別として、私が独立して、事務所を開いたときに、事務所に飾った額が、徳川家康の遺訓と言われています7つの訓戒でした。


参考までに、その7つの遺訓を記してみます。



             徳川家康の7つの遺訓
        
         1、人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし、急ぐべからず。
         
         2、不自由を常と思えば不足なし。
         
         3,心に望みおこらば、困窮したる時を思い出すべし
         
         4、堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え、
         
         5,勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば、害その身にいたる。
         
         6、おのれを責めて人をせむるな。
        
         7、及ばざるは、過ぎたるよりまされり。


事業経営を起こすに当たって、人としての生き方のベースとして、又、リーダーの上に立つ根源的な思いとして、この訓戒を座右に掲げて、今日まで、二つの会社を起こし、頑張ってきたように思います。


今回は、今年始まった大河ドラマ、「どうする家康」に、ついて述べてみました。


前回も、少し取り上げましたが、「今年は、どうする碩志」(私の名前はみつゆきと読みます)


このテーマで、自分を見つめ直し、人生はドラマです。


人生の脚本を自ら書き、人生の自ら監督になって、人生の主人公として自ら演じ、常に、二人同行(どうぎょう)で、もう一人の自分と対峙して、自問自答し、自省しながら、「どうする」で、この一年間を頑張りたいと、決意を新たにと思う、1月の終わりの所感でした。


今日は、一応、5回目のワクチンを打ってきました。


厳しい寒さが続いています。

お互いに、コロナに、インフルエンザに、留意したいと思います。


                            有り難うございました。







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2023年01月09日

時代のうつろい

おめでとうございます。


本年もよろしくお願い申し上げます。

さて、お正月は如何でしたか。


年を追うごとに正月の風景は薄らいでいきますね。


数十年昔は、化石のような話になりますが、各家に正月は 日の丸が掲揚され、昔の家には必ず、日章旗を立てる ポールの筒がありました。


実家も、又、我が家も、ポールがあり、正月には国旗を掲揚していました。


しかし、いつの時代からか、日の丸を掲げる家が、一軒づつなくなり、今は皆無と言っていい程、見当らなくなりましたね。



その清楚な日の丸が、正月が来たことを告げ、幼心をワクワクさせた思い出が蘇ってきます。



昔は、全ての家の玄関に飾ってあった、しめ縄とか門松等も、近所をそれとなく見て回りましたが、10軒に1件ぐらいの割合かなと思います。


鏡餅とか、正月用雑煮等、正月の風物詩がどんどん影を潜めていきます。


ただ、お年玉だけは、正月の風習として、残っているようで、各家庭の祖父母、ご両親、親戚関係は、年々、お年玉の相場の金額が上がっていくようで、我が家も同じですが その相場感で、頭が痛いところです。


こうして懐古してみますと、まだ、たかだか数十年前ですが、正月には、女の子は晴れ着をきて、又男の子は 正月用の新品の服を着て、表で羽根つきとか、ベーゴマ、凧あげ。


家の中では、トランプ、双六遊び等。



どんどん、アッと言う間に、時代は変わって行きます。



そして、話は転じて、IT分野でも、地球規模で、世界・日本を大きく巻き込みながら、全産業、全業種で加速度的に、日進月歩急激に変転していきます。


私は、比較的まだ現役として生活しており、、スタッフに、娘に、孫に、情報機器の操作を手取り、足取り教えて貰いながら なんとか今日に至っています。



しかし、こう急速に全ての社会に、IT化が進んでくると、高齢者は、ストレスの塊になるのではと、正月の風景の変容を見ても思う年初でした。


さて、そのIT化の件ですが、最近はレストランに行きましても、加速度的にボードとやらで、注文するようになってきていますね。



最初は、何か味気なく、情の入る余地もなく、全くなじめず、娘の家族と一緒の時は、娘が、孫が、替わりにボードで注文して貰っていました。


一人の時は、意固地になって、仕事柄が頭をもたげてきまして、、真の接遇とは.真のサービスとはと。


このようなことでは 人の心は、無味乾燥になると、理屈をこねて 案内の方を呼んで注文していました。


しかし、昨年末に梅田の比較的グレードの高いホテルのレストランで家族と食事をしたとき、ボードがテーブルにおいてあり、そのボードで注文してほしいとの事。


娘等、孫は、何の違和感もなく、そのボードで注文していました。


私は、一流のレストランが、と言葉を失い、サービス業そのものも変容し、もう時代はそこまで来ているのかと。


そして「おもてなしの心は一体」と、愕然とした次第です。


時代は、目まぐるしく、移ろい、変転しています。


時代に呼応して、川は大きく流れています。


その時代の川の流れに、好むと好まざるに関係なく、又、あがなうことは当然できず、沿いながら、これからの人生を、禅の教えである、とらわれない、こだわらない、かたよらない、と、たおやかな気持ちで 過ごしていかないと。


今年から始まった大河ドラマのテーマではないですが、「晩節の今、、どうする碩志」(私の名前でみつゆきと読みます)


いつもの、大げさな,少し悲哀を感じた、正月の風物詩から、世の中の流れをこじつけて、連想してみました。



このあいだ、ひとりでレストランに入った時、ボードに向かって、何の違和感も感じず、操作して註文している自分がいました。(笑)


ダウインの進化論ではないですが、いつの時代においても、強いものが生き残ったのではなく、変化に対応したものが、生き残ったとの説。


この意味あいを噛みしめて。


今年も、年初から最後までお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。


本年もよろしくお付き合いの程、お願い申し上げます。





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2022年12月25日

全て良し

こんばんわ

今日はクリスマスですね。


もうこの年になって、なにも感じる事はなくなる寂しい歳になりましたが、一応昨晩は家内とケーキを食べました。


3昔前は もっとクリスマスソングが地下街とか、その他ターミナルで盛んに流れていたように思いましたが、関心の度合いで、気づかないのかもしれませんね。


皆様方は、如何過ごされましたか。


もう 何十年前の遠い遠い記憶も霞む程のセピヤ色の思い出ですが、24日のサンタさんの贈り物が楽しみでした。



今は亡き兄と、夜も中々寝付かれずにうとうとして、目を覚まして枕の上を何回も見る事が、24日の夜の行事でした。


そのうち熟睡して、朝起きると小さな紙袋が。

その時の心のときめきが、鮮明に思い出されます。

その中に確か、キャラメル一箱と、時折 小さなセルロイドのおもちゃが入っていました。


当時は 物も不足し、食料難の時代です。


甘いものに飢え、今でもそのキャラメルひと箱が 宝石でもあるような、甘酸っぱい思い出として、蘇ってきます。


今の 満ち足りた飽食の時代がいいのか、私のような物のない時代が良かったのか。?


物心ついた時、兄が、サンタはお袋だよと耳打ちされ、おさな心に、激しく否定しました。


そして、何故か、サンタに無理をお願いしない方が良かったのかなあ、と子供心に思い、10数年前に他界したお袋の微笑む顔が浮かんで来ます。



さて、今年も、残すところ後一週間で、正月がやってきますね。


今年は、皆様方は如何でしたか。


私に取っては、全て良しの、良い一年でした。


何をもって判断して、良いのか、?又、悪いのか。?


今年、私の周りで起こった出来事は全て良し。

みなさん方もご存じの、ノーベル賞を受賞された山中伸弥先生の座右の言葉でもある、中国の故事の「人間万事(ばんじ)塞翁(さいおう)が馬」が浮かんできます。


従前にブログで述べたような記憶がありますが、このような寓話です。



ある城内で、馬が逃げだし、その持ち主の老人に、人々が災難ですねと言いました。


老人は決して悪いことではないと言います。


暫くして、その逃げた馬が名馬を連れて帰ってきました。


村人が 老人に名馬を連れて帰り、良かったですね。と言いました。


老人は決してよかったかどうか、何とも、言えないと言いました。


そして ある時、その老人の息子が、その名馬に乗って落馬して、足を折りました。


村人は 老人に災難でしたね。と言いました。


が 老人はそのことが災難だったかどうか、分からないといました。


そして、しばらくして隣の国と戦争がはじまり、老人の息子は 足を怪我しているために戦争に行かなくてすみ 命が助かりました。


ざっとこのような寓話であったと思います。

つまり 一体何が良くて、一体何が悪いか、という結論は 一概に短絡的に言えず、私流に解釈すると、つまり「起こった事は全て良し」という論理ではないかと思います。

その論法を借りるのであれば、今年も大変良い年であったと解釈して、私の得意なマイナス思考を排し、陽転思考、プラス思考で来年も頑張りたいなあと思う、今日のクリスマスの一日でした。



どうぞ 皆様方も、素晴らしいお年を迎えられますことを祈念して、今年も拙い「心の応援歌」にお付き合い頂き、誠に有難うございました。     


どうぞ、良いお年をお迎え下さい。




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2022年11月20日

人生の目的・目標

こんばんわ


ここ数日、秋晴れで爽やかな日が続いています。


もう少し、日が経過すると、今度は寒い寒いと言って毎日を過ごします。


神様が、日本だけにとは申しませんが、日本の素晴らしい世界に誇る四季が、
地球温暖化でなくなりつつあると言われていますが、いつまでも続きますように。



さて、この間は40余年と進めています中堅・幹部対象のリーダーシップ実践禅寺研修会を 京都宇治の当協会の専門道場の心華寺で開催しました。


ウイズコロナ下、当然3密をさけ、研修生も制限させていただき、20名程で一泊2日で開催致しました。


通例 研修生は、リーダーシップということで、中堅・幹部の方が多いのですが、今回は、長年シリーズで御派遣頂いています優良企業の今年入社されました新入社員の方々を、ウイズコロナ下の中で、満を期して多数ご派遣頂きました。‌


加えて 派遣企業様先は 10数年に亘り 計100名余の御派遣を頂いています 日本のトップクラスの企業様と 20代から50代まで,今回は、各、年代層の研修生にお集まりいただきました。



さすが、このような時期のご派遣企業様は、コロナ下の中での、心身一如の、心の重要性を大切にされておられる企業様だけあって、各業界における 優秀企業様です。


我々 主催者も、毎回、人財教育の責任の重大さと、その感謝の気持ちで、如何にお役に立ち、各優秀企業様がゴーイングコンサーンとしてどうすれば、継続、発展していた頂けるのか、その一念で、運営にあたっています。


毎回の事ですが、度々の関係者と、綿密なる研修内容を精査、打ち合わせを兼ね、今回も開催した次第です。


リーダーシップとは、を主題に 今回は、人生100年時代、人生の目的とは、目標とはをテーマに、各年代が組み込まれるように、スタッフが4班に分けて、それぞれの人生観を、学習して


何度か、申しあげていますが、、孟母の三遷ではないですが、「依(え)心より依所」(心も大切であるがその心を発揮する場所が大切)とも言われ、環境はやはり大切ですね。


このような人生100年、人生を歩む大切な命題に、質素な禅に基づく食事、坐禅道場における自分をふりかえる坐禅、境内1万坪を作務(清掃)、日本の伝統の茶道研修とか、体験、実践の中から、人生を歩む真理を学んでいただく。


そこに 日本人に流れるDNAの魂が、存在する事が、研修を通じ、感じ入り、担当する我々としましては、大変大切な研修であると、自負めきますが再度、確認させていただいた次第です。


我々の研修会の担当セッションでは、禅問答の精神を取り入れた相互啓発方式による、「時は命」を体感しながら、個人学習、班討議、発表、トレーナーコメントで進めていきました。


各年代の人生観による討論は、このコロナ下における、閉塞感、心の在り方、安寧などを含め、それぞれ立ち位置で、人生を模索しなが、学習していただいたもの思われます。


2日目の最終の班の振り返りの懇親会とか、禅の見性による振りかえり、各自のレポートでの感想文から、人生を歩む上での、大いなる問題提議として、とらまえていただいたようで、我々トレーナー陣としては、ホッと安堵した、時間なりました。


さて、皆様は、人生の目的、人生の目標となると、どのような事が、思い浮かばれるでしょうか。


今回は、先週開催しました40余年と開催しています、リーダーシップとは、との研修について、ウイズコロナ下の中での、人生の目的、目標について、研修生と共に2日間寝食を共にしまして、それぞれの人生観に基づき討論しました事について、述べてみました。



機会がありましたら、人生100年の基本の生き方について、研修生と纏めました、回答を述べてみたいと思います。


その折の資料が必要な方は、どうぞ、ご連絡下さい。


日ごとに寒さに向かいます。

季節の変わり目です。


お身体ご自愛ください。


最後まで、お付き合い頂きまして、誠に有難うございました。




senba206 at 19:57|PermalinkComments(0)

2022年10月16日

回覧板

今晩は。

ここ1〜2週間で一気に寒くなりましたが、又、少し暖かくなりましたね。

3年余り続いてきたコロナも、これからはウイズコロナとして、共に共存して生きていかないと、日本経済、世界経済がたちいかなくなるし、又人類の心の拠り処、安寧の欠如で、最近の世界情勢を鑑みても、その影響が出ているのではと、そんなことを憂う最近です。


さて、日本の素晴らしい社会生活の一つとして、「向こう三軒両隣」という日本独特の制度があります。「修身斎家治国平天下」まず、自分を治め、そして、家を治め、その基盤の上に、国が良くなり、そして平和につながるという諺です。


その原型である、向う三軒両隣で、年に何回か、回ってくる回覧板があります。


私は 今まで町内会の地域社会に、お世話になりながら、家内に任せているというか、逃避しているというか、余り積極的に関わって来ませんでした。


家内からは 近所の人の名前ぐらいは憶えてほしいと、小言を言われる始末でした。


最近は、晩節を迎え 関わりあいが増えてくる時にと思い、日本の独特の多分 世界で唯一と思う、回覧板を見る機会が増えてきました。


この間 回ってきた回覧板は、振り込め詐欺の様々な手口の事例や、悪徳業者のだまされやすい手口に対する、アドバイスの記事でした。


よく新聞紙上で振り込め詐欺に何千万、何億円とひっかかる二ユースが後を絶ちません。

これだけ世間で問題になっているのに、なぜ引っかかるのか不思議で仕方がないと思っていましたが、この間、そのような私に限ってと 言う人ほど、引っかかる確率が高いとの事。

そのようなニュースを聞くたびに あるところには、あるのだなあと,、違ったところで感心しています。


私の家でも、電話のところに、大きな赤い字で、「振り込め詐欺に気を付けて」、と紙が貼ってあります。

兄の家では、子供が提案して、この電話の会話は留守番電話に吹き込んでいます。と言うアナウンスを付けていますね。


さて、その回覧板に、様々なだましの手口が書いてあり、よく人の心理を掴み、
思いつくなあ と感心して読んでいました。


ここに回覧板に出ていた 騙されやすい手口を、私自身のチエックも兼ね、参考までに記してみたいと思います。


1,還付金詐欺。市役所や税務署等の公的機関の職員を装い、払いすぎた医療費が戻る。税金が戻る。などと言ってスーパーやコンビニ等の一目につきにくいATM(現金自動預払機)まで誘導し、還付金の手続きと思わせて、ATMを操作させ、お金をだまし取る。


この件は高齢者になるほど病院通いとか、入院が多くなり、医療費がかさみ、案外弱みを付け込まれるかも知れませんね。


2,オレオレ詐欺。家族や警察官、弁護士などを装って、電話で家族が事故にあった等とウソを伝え、解決のために、示談などの名目で現金を指定の口座に振り込むよう要求する。


昔から 詐欺の定番のようですね。

この間、大阪のおばちゃんでは、と茶化し、反対に電話の相手に、「あんたお金かしてくれへんか」というユーモラスな記事が出ていました。


案外、人の狼狽する心理をうまく悪用して、冷静な時は考えられないですが、昔から後を絶たない事件ですね。


3,架空請求詐欺。携帯電話や、パソコンのメールなどで、アダルトサイトの利用料や、借金の返済要求など、身の覚えのない支払いを要求してくる。


請求画面が張り付いて消えないことも。


今後、この種の架空詐欺は益々気つけなくてはならないでしょうね。

4,融資保証金詐欺。金融機関などを装い、オリコミチラシやメール等で、低金利融資即日融資をと、もちかけ、保証金やブラックリスト抹消料などと称し、お金を振り込ませ、融資はせずにだます。

これも、人の弱みに付け込んだ悪質な詐欺ですね。


悪徳商法では、1,点検商法。無料で点検しますと業者が訪問し、すぐ補修しないとと危ないと言われて、リホームしたりする。


よくタダ程怖いものがないと言われるように無料というのは、気を付けた方がいいですね。



2,催眠商法(sf商法)。近所の空き店舗で格安で品物が手に入り、楽しい話も聞けるので、通っていると高額な商品を買わされた。この種の話は昔から多いですね。


3,かたり商法。水道局や消防暑などの公的機関を装って訪問し。浄水器や消火器等の商品を売る。


どうしても我々は公的機関の名前に弱いので、付け込まれる事が あるかもしれませんね。


4,利殖商法。値上がり確実。必ずもうかると強調して投資や融資を勧誘する。


私も長年生きてきましたが、楽して儲かる事は、なかったですね。


欲を出して、損をしたことは少々ありますが。



5。劇場型投資詐欺。A社から自社の株購入を勧めるパンフレットが送られてきた後,B社からA社株を高値で買いとるので、代わりに買って欲しいと電話で勧誘してくる。


A社、B社を名乗り共謀して消費者に購入しようとさせる手口で、これもうまい話はないということです。


以上、この間の「向う三軒両隣」の日本の誇るコミュニティの自宅に回ってきた、回覧板について述べてみました。


私自身も、うまい話はないということで、他人事と、とらまえないで 詐欺には気を付けなければと思い、秋の夜長に述べてみました。


天高く馬肥える秋ですね。


日本人の持つ、風情(ふぜい)の心を確認したいと思います。


今回も 最後までお付き合い頂き 誠に有難うございました。


どうぞ、秋を満喫ください。


senba206 at 20:26|PermalinkComments(0)

2022年09月11日

エリザベス女王

お早うございます。


9月の半ばにさしかかっても、まだまだ残暑のような暑さですね。


そういえば母が2006年(平成18年)9月15日に、享年93歳で他界しまして、早いもので、間もなく18年になります。


いま、その当時の朝の風景が鮮明に思いだされます。


15日に黄泉の国に旅立ち、寝屋川での実家での葬儀を終えて自宅に戻りました。

確か9月18日だったと思います。


朝 会社に行こうと玄関を開け、表に出ました。


何とも、表現し難い、時間が止まったような静寂な灰色のひんやりした空間に、赤トンボの大群が、何百匹と舞っていたと思います。


玄関を出た前の道で乱舞していました。

私のすんでいるところは枚方です。


その時、咄嗟にお袋が 黄泉の国に行く前に、赤とんぼに乗って、立ち寄ってくれたものと思わず、暫し、立ち止まって嗚咽していました。


今 もって、思いますが、あの時の、静寂の灰色の、時間が止まった光景は、一体何だったのか。


フラッシュバックして、お袋がと、信じてやみません。

何を申したかったと言いますと、今、その時の9月です。温暖化ともいえ。


赤とんぼが、それも大群が。


遠い遠い昔に、母から、母の生まれ故郷の田舎(今現在も風光明媚な里山です)で、私が、母と一緒によちよち歩きで、赤とんぼの大群を追っていたことを 何度か、私の2歳〜3歳の時の思い出として、聞かされていたことが、淡い、淡い記憶としてあるからなのか。はたまた、幻影なのか。?心が研ぎ澄まされていたからなのか。


さて、本題に。

イギリスのエリザベス女王が96歳で亡くなられましたね。


私が海外に雄飛したいと思ったそのきっかけが、実は、先日ご逝去されたエリザベス女王なのです。


昭和28年(1953年)故エリザベス女王の戴冠式がイギリスのロンドンで営まれ、いまの上皇陛下が 皇太子殿下の時代に、昭和天皇の名代として、イギリスのロンドンに40数日かけて出席されたという記事です。

忘れもしません。


学校の階段の下の、子供新聞で、その記事を読みました。

私は当時小学校3年ではなかったかと思います。

「ェー、世界は広いな、イギリスのロンドンにいくには40日かかるのか。」と。


皇太子殿下は、当時は飛行機での渡航も出来ず、船で回られたとの事ですが、当時の私には、子供心に大変衝撃的な記事でした。


世界は広いなと。

僕も、海外に、そして、イギリスのロンドンに行ってみたい。



そんな思いが、子供心に潜在意識として、インプットされていたものと思います。


「思いは成る」この事は、私の今の仕事に大変影響を及ぼす事になりました。


何度か、ブログで述べていますが、昭和45年26歳の時、初めて、私が仕事で海外視察に渡航したのは、その小学校3年の時の学校の階段の下の子供新聞の小さな記事で、憧憬したロンドンでした。


その後30数回海外にでる機会がありましたが、よく皆様にどの国、どの場所が一番良かったですかと尋ねられます。


私は、ロンドンの夕闇迫るヒースロー空港に、当時は ジャバラは当然なくタラップから、降りた瞬間が、今でも鮮明に、一番感動として思いだされます。


感激家の私です。


あの幼少の夢に見たロンドンに 今、自分がその大地を踏みしめたと。(時代背景として当時はマダマダ海外に出る人は限られていた時代でした。)



その後、故昭和天皇が 昭和46年に50年ぶりに、そして、故エリザベス女王との面会をされるという事で、欧州に行かれた時に 私も たまたま欧州に行っていました。

私が スイスのチュリッヒに滞在していた時に、丁度昭和天皇が、チュリッヒ国際空港に着かれました。



日本人として、感動を覚えながら、お出迎えに行った思いでも、蘇みがえってきます。


そして、昭和天皇が、欧州旅行の目的であるエリザベス女王に面談されました。

私は、2〜3日遅れてロンドンに着きましたが、その当時のエリザベス女王と昭和天皇が馬車に乗り、バッキンガム宮殿まで、行幸される姿を 現地のテレビ放映で何度か見て、誇らしく、感動したことも思いだされます。

、当時、世界のトップニュースとして、世界を駆け巡った出来事は、昭和天皇がイギリスの英霊墓地に参拝された事でした。(世界の当時の天皇陛下は、第二次世界大戦の、最後のご存命者として挙げられていました。)


日本の皇室の在り様が、我々が思っている事との相違に 驚きを覚えた事も 併せ思いだされます。


先般 ご逝去されたエリザべセス女王との関わり合いが、恐れ多くも 私の人生の方向付けを決めたといっても過言ではないニュースを、大変 感慨深い気持ちで。


そして、また、私のルーツを再度鮮明に辿る出来事として 哀悼させていただいた次第です。


天気予報によると、ここ一週間は30数度になるとの情報です。


温暖化が進んでいるのか、秋はどこまで、近づいているのか。

どうぞ、体調を崩されませぬように。


今回も最後まで、拙い私の思い出にお付き合い頂きまして、誠にありがとうございました。


senba206 at 10:47|PermalinkComments(2)

2022年08月21日

気骨

こんにちは、


夏季休暇(盆休み)は如何でしたか。

私の方は、3年ぶりになるか、娘の家族(孫3人。男ばかり,高一。中一、小2)と家内と、伊勢方面に一泊で行ってきました。

通例、毎年正月休みと、盆休みは、どこかに行っていました。


コロナが増加している中で、娘も、旅行については、悩んでいましたが、私の押しもあり、また孫達もと思い、敢行しました。


結果は思い切って行って、家族の心のふれあいによる交流が、久しぶり出来て、楽しい思い出に残る「盆休み」になりました。

皆さまはどうように過ごされましたか。


さて、去る11日に世界で活躍したファッションデザイナーの森英恵さんが亡くなられましたね。


センスのない昭和生まれの 無骨な時代を過ごした私です。


世界で活躍する森英恵さんの名前は、日本人の誇りとして良く知っていました。

男物も,ハナエのブランド物として、高価な商品でした。


ただ お名前は世界のファッションデザイナーとして、存じていましたが、センスのない私ですので、名前ぐらいでした。


亡くなれらた事で 各マスコミの追悼報道番組をみて、私自身も大変感じ入る言葉がありました。


森英恵さんの過去のインタビューの中で「あなたは、世界のファッション界をリードする立場になられた秘訣は、経緯は何ですか。」というような質問がありました。

森英恵さんは、昭和40年(1965年)の40歳の時にニューヨークで初の海外コレクションを発表されています。


逆算すると、森さんが 初めて、ファッションデザイナーを目指してアメリカに渡航されたのは、昭和30年代の日本がまだまだ、戦後の貧困の混乱の時期と思います。

「雑貨店で日本の衣服類が、メイドインジャパンとして、安かろう、悪かろうで、廉価な費用で二束三文で、店頭に雑に売られている状況を見て、日本人として、大変な恥ずかしさと、情けなさ、屈辱感を味わいました。


その時の秘めたる、反骨の気骨に溢れたエネルギーが、今日ある原点です。」とコメントされていました。


実は、私自身も2回目の海外渡航はアメリカで、フオード、クライスラー等を含め、アメリカの先端技術を学ぶ視察でした。


26歳の時、森さんが初めてアメリカに行かれて 遅れる事、10年〜15年あとでした。


昭和46年(1971年)の事で、1ドルが360円の固定相場の時代でした。

ドルの持ち出しに制限があり、200ドルで、日本円で換算して約7万円ほどでした。


ある意味では、戦争に敗れ、日本が世界に追いつけ、追い越せと、一億人が、がむしゃらに突き進んだ復興の途上の時代であったと言えます。


私が見た風景は
お土産物屋で、安い廉価な商品はほとんどメイドインジャパンでした。


日本はこんなところまで頑張っているなあ、との熱い思いと、「今に日本は」そんな複雑な感情を持った視察でした。



英語の勉強と思い、シカゴで休日の折、一人で映画館に入りました。


映画の筋書きは忘れるよりは、理解できませんでしたが、忘れもしません。

船の場面でした。
何か船内でいざこざがあり、何かの拍子で、船員が船室のドアを持ちました。

そうすると船室のドアが外れました。


私のつたない英語のヒヤリング能力ですが、「メイドインジャパン」と叫んでアメリカ人がドアの取っ手をもって倒れました。

映画を見ていたアメリカ人がその風景を見て、嘲笑してどっと笑いました。


日本製品は粗悪品の代名詞として、アメリカでは有名だったんですね。


私は、その時屈辱感で思わず席を立ち、退出しょうと思いましたが、席を立つ勇気もなく最後まで、見るともなくただ黙して座っていた思い出がかぶります。


今に見ておれ。そんな気持ちを持った50年前でした。


当時は、日本はまだまだ、貧しい劣等国と位置付けられていました。


森英恵さんが、今日ある好奇心、チャレンジ精神は、その時の二束三文に積み上げられ衣類だったというお話に、私自身の億万分の一の取るに足らない経験から、大変共感したインタビューでした。


また、森英恵さんは、このような内容のお話もされていました。

アメリカを旅行中に見たオペラの蝶々夫人の扱い方にも、日本人として全く怒りを覚え 、常に日の丸を横に掲げ、今日の 今の私のエネルギーになっています。


というコメントもされていました。


やはりどのような世界でもあれ、いきどおりとか、気骨、反骨精神が心の中に、バックボーンとしてないと、大成しないのでは、幸せにならないのでは。


そんなことを、思ったったインタビューでした。


森英恵さんの追悼報道番組をみて、私のアメリカでの実体験と照らし併せ、単なる、私のように、ゴマめの歯ぎしりに終わらない気骨に、感じ入った次第です。


今回も、いつもの大仰な文章になりました。


まだまだ、コロナは、日常化して今後も続くと思われます。

残暑が続きます。

どうぞ、ご自愛下さい。


今回も最後までお付き合い頂きまして誠に有難うございました。


senba206 at 10:31|PermalinkComments(0)

2022年07月24日

無常

こんにちは。


 又、コロナが。

そのことは別にして。

先日は、世界に速報で駆け巡った衝撃的な事件がありましたね。


共通しての世界のコメントは、法治国家の最たる国として有名な日本の国で、日本の前安倍総理が銃弾でなくなるという衝撃的な報道でした。


又、日本中の国民の何らかのかたちで、目頭をおさえられたおぞましい事件であったのではと、思います。


今をもって、亡くなられた奈良の西大寺の駅前には献花が絶えないとの事です。


私は仕事の関係で、10数年前、東京の帝国ホテルで、あるテレビの二ユース解説者が、テレビ局を辞し、政治評論家として、独立される発会式があり、その会にご招待を受けました。


そこに、故安倍前総理大臣が、総理を辞され一介の国会議員として、ご出席されておられ、ご挨拶させていただいた機会がありました。


各界の名だたる著名人、政治家が50名程が、お祝いに駆けつけておられました。


その折、私はご挨拶をさせていただいての印象は、私の今もって敬愛する故安倍前総理大臣に、大変失礼な表現を使いますが、おぼっちやんという、線の細いイメージで、まさか、又、日本の、世界の顔として活躍されるとは。


全く及びもつかない思いを持った記憶が、何か、胸を締め付けられるような原風景と重なって、蘇ってきます。


その後、今から4〜5年前になりますか、故安倍前総理大臣との奥様とのご縁も、大阪で奇しくも頂き、本当に気さくな、人を包み込む素晴らしい笑顔に接した経緯もあります。

SPの方は全くおられず、名刺交換をさせていただき、携帯電話番号もあり.記念写真も気軽にツーショットさせていただきました。



そして、これから山口に帰られるとの事で、一人で会場をあとにされました。


我々は、お忍び旅行ともいえども、一国の総理大臣の奥様です。


有名人として、一人で大丈夫だのかなあと、心配した記憶が重なります。


すこし 今回のテーマの前置きの思い出話になりましたが、故前安倍総理が、発砲され倒れた直ぐの心肺停止で、仰向けに横たわれたお姿が映だされていました。


私はその映像に、まだまだ、志半ばで倒れた、故安倍前総理の胸に去来したものは、一体何だったろうか。


胸が締め付けられ、無常という言葉が浮かんで来ました。


「無常」万物は生成流転し、永遠に変わらないものは一つもない。

私のそらんじる愛句の私の人生観に繋がる、鴨長明の
方丈記の序文の一説が再度、浮かんで来ます。


      ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず、
      よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、結び、久しくとどまりたるためしなし。
      世の中に ある人と、すみかと、又かくのごとし。


又「白骨の章」にある、朝(あした)に紅顔ありて、夕べに白骨となる。


まさしく、故安倍前総理は朝 奥様に、行ってきますと、笑顔で、家をあとにされ、夕方、白骨となられました。


お茶の世界の一期一会(いちごいちえ)。

親鸞上人の「明日ありと思う心の仇桜(あだざくら) 夜半(やはん)に嵐が吹かぬものかな。

又、私の好きな愛句で、この句も無常に通じる、豊臣秀吉の辞世の句である、


      露と散り、つゆと消えにし、吾が身かな、浪速の事も、夢の又、夢。


今回は、先般の世界を揺るがしたセンセーショナルな誰もが、驚愕した訃報について、無常の世界を感じると共に、さらに一歩進んで、その奥底の真意である

      今日は最良の一日,今は、無二の好機。
      昨日まではリハーサル。本日只今出発
禅の教えである、
      人生は一呼吸一呼吸の連続により、彼岸に向かって旅をする。

無常の深い意味あいを噛みしめて、人生「無常」。

今日を精一杯素晴らしい人生として、生きる事を再認識させていただいた出来事でした。


今年の夏は、空梅雨で水不足も心配されましたが、連日の雨で、何とか、解消されるようで、ほっとします。



連日猛暑が続きます。

どうぞ水分補給をしっかりとってご自愛専一に。


今回も、最後までお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。




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2022年06月29日

一人ぼっちの入院

こんにちは。

26日から3度目の入院で北野病院に来ています。

一回目は40数年前で、盲腸をこじらせ、死の寸前まで行き、母の無私の愛で、30日程の入院と。


、その前後して、2週間程、外科で、そして、5年前、内科でこの北野病院で1週間ほど入院した経緯があります。


こうして11階の病室から、遠くの生駒山脈の眺望を見ながら、新たな人生を振り返る機会になったように思うと同時に健康の有難さを、又、痛切に感じています。


年齢的なメンテナンス(語彙に少し語弊がありますが)と思っていましたが、若い若いと思っていましても,歳は歳ですね。


27日、月曜日に手術をしまして、さすがこの二日間は思ったよりしんどかっですね。


今回はコロナで、付き添いはダメで、家内に病院の玄関まで一緒に来て、後は一人になりました。


40数年前の2回の入院は、独身の時で、今は亡き母が毎日付き添いで見舞いに来てくれました。



5年前の入院は娘、孫、親戚関係、仕事関係と連日お見舞いに来ていただいて、病は気からではないですが、手術後の経過等、全く構っておられなかっように思います。




今回は一人で手術室に行き、目が覚めた時は朦朧とした中で、一人で病室に寝ていました。


5年前は、部屋に戻った時に、孫3人のおぼろげの中で、顔を覗き込んでいる姿に思わず、落涙した事が思い出されます。


独りぼっちということで、いつものように大げさですが、少し、前の出来事ですが、堀江謙一さんの83歳の世界の最高齢のヨットの太平洋横断が思い出されます.。


航海69日総距離8700キロを一人で、横断する。


その精神力は文章にするにもはばかれますが。


こうして一人になると、人間は弱い動物で、決して、一人ではなく、人間関係をはぶくみながら、人間は生きているのだなと痛感します。


そういう中での、堀江さんは、無線交信はあったにせよ、一人で、それも、年齢からも、命をかけた、冒険にただただおののくだけです。


私は仕事の関係で、最初の60年前の太平洋横断をされたときに、その後、堀江さんの人となりも含め、よくその折の冒険談の講演をお願いしており、比較的懇意にさせていただいていました。


私の60歳の還暦の会の発起人にもなっていただくそんなご縁でもありました。


6月5日西宮ヨットハーバーに戻れた時に、是非挨拶がしたくて、ヨットハーバーまで、お出迎えに行きました。



さすが堀江さんの人柄もあり、心から無事帰国を歓迎される多くの出迎者で一杯でした。


無事帰国の挨拶で、失礼ですが、堀江さんのとらわれない、こだわらない、偏らない洒脱な自由闊達な人柄で、「私は今が青春真っただ中で、大器晩成人間です。これからです。今後共よろしくお願いします」



とユーモアたっぷりに挨拶され、爆笑の渦が湧いていました。


50年前 仕事でアメリカに行ったとき、アメリカ人は冒険家をヒーローとみなして、尊敬崇拝し、大変歓迎する国民性があります。


その折のマーメイド号が、アメリカのサンフランシスコのヨットハーバーで展示されていましたが、こんな小さなヨットでよくもひとりで太平洋を横断したなあと正直,感嘆した、思い出があります。


帰国挨拶の後、記者会見で、会見場に行かれる道中に、人込みをかき分け、おもわず「長い道中 お疲れ様でした。」と声をかけさせていただきました。


当時、石原裕次郎さんの主演の「太平洋独りぼっち」の映画も見ました。(ここだけの話ですが身長の差が、ご本人と全く違うなと、思った記憶があります)


今回は、一人での入院体験の中で、堀江さんの太平洋独りぼっちが浮かんで来ました。


こうして病院で臥せていますと、健康がどれだけ大切かと、又、昼夜を問わず、渾身的な、ナースさん主術医先生のお世話の有難さが、感謝が、今回も身に沁みます。


下界に出ますと、又暫くして忘れてしまうのではと思ったりしますが、年齢的にいつどうなってもという歳ですので、今回の教訓を活かし、健康でピンピンコロリ(ppk)といきたいものです。


外は、連日猛暑の話題で一杯ですね。渇水の事も心配ですね。



お互いに健康管理には充分留意したい季節でもあります。


今回は11階の病室の窓からビル群を、そして、生駒山脈の峰々を眺めながらのブログになりました。


最後までお付き合い、誠に有難うございました。




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2022年05月22日

蜘蛛の糸

こんにちは。


ロシアとウクライナの戦争は、長期化の様相を呈してきましたね。


これからどうなるのか。

又、世界はどのように変転していくのか。

江戸時代の300年の悠久の年月は今の現在の1年であるといわれているほど、時代の変化はどうしようもない程、激しい潮流の中で、我々は生きている、生かされています。


しかし、人の心は千年不易と言われていますが、今回の戦争のきっかけを分析してみましても、人間の持つ、一言でいえば、エゴと、物欲で片付けられる、なにものもないと思われてなりません。

私は、今は忙しいと、かこつけて、 小説を余り読む機会がありませんが、芥川龍之介の小説の「蜘蛛の糸」は何か、私の心の片隅に残ります。

サムシンググレート、つまり神様が、こんなつもりで、地球を悠久の宇宙でたった一つのかけがいのない星にしたのではないと言われ、地球そのものの存在をなくされるのはと。。

そんな戯れ事(たわむれごと)を連想させる小説です。


ご存じの「蜘蛛の糸」の短編小説の筋書きを思いだすままに簡単に要約してみたいと思います。

                 蜘蛛の糸

お釈迦様が、ある日の朝、極楽の蓮の間から、見るともなく、下界の地獄を見ておられました。


そこで、一人のカンダタという名前の悪党が、他の罪人と血の地獄でうごめいている姿が見えました。

お釈迦様は、そうだこの罪人のカンダタは、確か、昔、道を歩いている時に、一匹の蟻が道をまたごうとしているのをみて、踏み殺そうとしました。が、しかし、一瞬慈悲心が沸き起こり、踏み殺すのやめ、またいで通った経緯を思いだしました。

よし、カンダタを地獄から、天国に上げてやろうと思いつきました。


そして,そして血の底の地獄で、うごめく、カンダタの前に一本の蜘蛛の糸を吊るしました。

カンダタは、シメタ、この糸をたぐっていけば、頭上にかすかに見える天国に行けると、その糸をたぐり寄せ、天上に向かって登り始めました。

相当、登ったところで、大変疲れましたので、休憩をしようとして、フト、下を見ました。


どうでしょう、その蜘蛛の今でも切れそうな糸に、地の底の罪人達が我も我もと昇ってくるではありませんか。


カンダタは、思わず下から登ってくる罪人達に 叫びました。

「コラ、お前たちは、俺様の糸に、だれの許しを得て昇つてきたのか、今すぐ降りろ」と言って、糸を激しくゆすりました。


突然、蜘蛛の糸はカンダタの上からぷっつりと切れ、罪人共々、又,血の地獄に落ちていきました。


お釈迦様は 一部始終この光景を見てみておられ、何とも言えない、悲しいお気持ちにかられ、その場を立ち去られました。

極楽は何事もなかったように、花の甘い蜜が匂う、のどかな、春の昼下がりの時を刻んでいました。
                                          
                                     (完)



私の思いの詩的センスのない拡大解釈ですが、確か,このような筋書きではなかったかと思います。


この「蜘蛛の糸」の小説は多くの示唆に富んだ内容で 今のウクライナ戦争にも、又、世界の現状を垣間見ても、かんがえさせれる課題のように思います。



仏様の精神であります他利、自利を。


人生の生きていく教訓にしたいものだと、思います。


暫くしますと、梅雨の時期に入りますね。是非日本の素晴らしい四季の営みの梅雨がやって来ますように。


今回も最後まで、まとめきれていない、問題にお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。





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2022年04月23日

思い出のルーツ

こんにちは。


4月に入り、ここ1〜2週間は,寒暖の差は相当激しかったですね。


生きているというおこがましい事は言えず、生かされているという身体です。
(一例を挙げてみても、一日10万回も無意識に呼吸をして、心臓は頑張ってくれているのですね。)


若くはないので、60兆個の信じられない私の愛すべき細胞は、それぞれ助けあって、体温調整をするのに、必死だっのではと、いとおしく思います。


毎日、無理をしないで、援助しなければ可哀そうではと、思う最近です。

さて、いま、ブログを纏めている時に、私にとっては相当ショックな悲報が、70余年の幼馴染みから、入ってきました。


私の生まれた生家が昨日全焼したとの事。

何回か、ブログで述べましたが、私の両親は 京都の最近は和束茶として有名になった京都相楽郡の和束(わつか)の生まれで、そして、男ばかりの3人兄弟の5人家族で育ち、両兄、二人は和束で生まれています。

その後、両親は大阪に出てきたようで、私が生まれた昨日火災で全焼したとの下町で、私は生まれました。

その館は戦前からの建物で、日本は、後ほど、第二次世界大戦になるという、軍拡化の一途を辿っていた時代です。


そして、近未来に起こるであろう戦争に備え、一億総戦闘の、「勝つまでは負けられません」の精神のもと、日本各地に建てた「向う三軒両隣り」としての、5軒長屋で、それぞれの一個単位を戦術の一環として、戦争に備えた建物です。

今のように、日中でも、人と思えば泥棒と想えという寂しい言葉がまかり通る、鍵をかける時代ではありません。

各、家の入口の鍵は、常に開放されていて、文字通り昭和のプンプン匂いのする時代で、町内会は、皆、家族という下町の人情味のある時代で育ちました。

「向こう3軒両隣」は、自由に行き来し、両隣の人々になると、どちらが自分の家なのかと、、思うほど、行き来した時代でした。


夕飯の準備になると、お互いに調味料が足りないと、チョツトと隣家に借りに行くと時代で、母親の姿が浮かんで来ます。

そんな、まったりした時代でした。


そこで、私は20歳ぐらいまで、両親と兄二人と五人家族の末っ子として、甘ったれとして、過ごしていました。

夏になると当然、当時の事ですから、クーラーとか、確か、扇風機もなく、うちわが唯一の涼風の時代です。

夕方から、家の中は蒸し風呂ですので、三々五々、夕涼みを兼ね、人々が家前に集まりだし、蛾の集まる裸電灯で、床几を出し、何カ所にも分かれて、うちわ片手に、へぼ将棋が始まります。


子供は相撲も始まります。


一年中、時間があると、家前で、幼馴染の10数名の友達と、ビー玉とか、当時バイとかの名前で、ごみ箱の上に、ござをへこませ、その上に鉄製の丸くなった駒を、紐でらせん状にして、ござの中に入れ、どちらかの駒を、ござから、飛ばし、飛ばされた駒の方が負けるという遊びです。


このような話は、私のような年代が最後の昭和の時代で、多分、今の若い方々は、何を言っているのか、想像がつかないと思いますが。


その幼少の思い出の、たくさん、たくさん詰まった生家が、火災で消滅したとの事です。

よく、今まで,戦火にも偶然、免れ、まだ残っていたという、ある意味では、築100年の歴史的建造物ではないかと、身内の身びいきで思ったりする、昭和そのものの、建物でした。


兄にもそして、今は亡き兄の姉さんにも、又、わずかにその当時を知る いとこ等、又、幼馴染にも連絡しました。

一応に、電話越しに、何とも言えない、驚きの声が聞こえてきました。


なにか、こうして、現実にはまだ、信じられないのですが。消滅したとなると、幼少時代と多感な青春時代を過ごした生家です。。


両親との思い出、両兄貴との思い出、幼馴染との、又いとことの、甘酸っぱい思い出。


涙ボロ、ボロではないですが今は何か、私の生きてきた証のルーツが絶たれたようで、寂寥感で、胸がいっぱいです。


ブログを紐解きましたら、2007年9月に生家というブログ名で、20数年ぶりに、生家の前に、夜一人たたずむ、ほろ苦い自分を吐露した、記事があります。



今回は 先日の3月の終わりから、4月にかけての恒例の40余年に亘り開催しています、日本の将来担う、新入社員の合宿研修会についての、コロナ下で、寝食を共にした若者との思いを書く予定でしたが、急遽、生家の悲報になってしまいました。


私事に最後までお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。

春のない、季節の分かれ目です。どうぞ、ご自愛下さい。





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2022年03月21日

裸の王様

こんにちは、

ここ10日間ほど、寒暖の差が激しいですね。

10日ほど前は,日中は初夏を思わすような気候で、まさしく地球は温暖化になってきたと、感じましたが。


ここ、数日の肌寒さで、桜の蕾もびっくりして、又、しぼんだように思います。


さて、ここ2〜3週間で世界の情勢が一変しましたね。


第二次世界大戦の折の記録映画の中か、映画の中で見てきました戦争が、実際に行われていると言う事実です。


確かに、第二次世界大戦後、各国、各地で小競り合いはありましたが、これほどの本格的な戦争になりつつある争いはなかったように思います。


我々 日本人は、久しく良く平和ボケという言葉でかたずけられてきましたが、今回の件を他山の石として、身近に起こった出来事ととらまえて 危機意識を持たなければと痛切に思いますが、
皆様方は如何思われますか。


では、どうすればよいのかと言われると、窮しますが。

まずは他人事と思わないで、我が事のような身近な出来事と思い、(大変難しい至難の技ですが)、そして、早く休戦になって、ウクライナの人々が、まずは、毎日を平凡な当たり前の生活にもどれますよう。


同じ悠久の宇宙のかけがいのない 一つの星の地球人の一員として切望します。


しかし、考えてみれば、たった、一人の人間が、世界の70億人の人生の幸福を左右すると言う現実に何か、恐れおののき、クレージーな出来事として、戦慄を覚えます。


その事で、幼少の折に読んだ、アンデルセンの童話の「裸の王様」が思いだされます。


確か、一人の、衣装にうつつを抜かす、権力者の王様の物語で、仕立て屋を装った詐欺師に騙され、全く透き通った服を、家来が、素晴らしい服と、王様の意見にさかわらず、服従し、ほめたたえる物語です。


そして、王様が自慢したいがために、その透き通った裸当然の服をきて、下着姿で宮殿を出て、部下をしたがえ、パレードに出ます。


民衆は、その裸の王様の服を、素晴らしい服であると、褒め称えます。


王様が悦に入って、パレードが渦中に、さしかかった時、一人の子供がパレードの王様に一言、「あれ、この王様は服を着ていない、裸だよ」。と言います。


有名な裸の王様の寓話です。


この話は、寓話ではなく、人間の心理をついていると思われます。

私自身も小さな2つの会社を、一応社長と呼ばれて企業を長年経営してきました。

私は、常に心がけてきた事は、裸の王様にならないようにとの事でした。


しかし、人は権力を握ると、往々にして、自分を見失い勝ちになる事です。

つまり、腰巾着のヒラメを、べんちゃらと思いながらも、どうしても人間の心理として、可愛がるようになるという事です。


つまり、人は諫言する人物を煙たがり、自然と遠ざけていきます。


皆、トップに立ち、自分だけは、そのような事は、考えられないと異口同音に言いますが、結局、頂点に立つと、我(が) つまり,わがままが顔を出します。


そして、異論を排しし、独断と偏見で場を治めていきます。


それが、道にかなえばいいのですが、、往々にして、衆知を集めないと、道理にかなった、本質を見失う事が当然生じます。

道にかなった、諫言する参謀を持つ、非常に難しいことで、相当の人間の器の大きい人物でないと、又、世間の理(ことわり)を理解していないと、至難の技と思われてなりません。


しかし、この参謀の成功例の代表として挙げられるのは、,世界のホンダ、世界のソニーの参謀が挙げられます。


国もしかり、過去の歴史を紐解くと、常に独裁者がこの地球の歴史を支配してきました。

その独裁者が、得てして、とんでもない方向に走り、常識では考えられない行動を起こします。


つまり裸の王様になって、諫言する参謀もなく、又、排除して、全て自分が正しいと思い込んでしまい、自分に益しない事は 全て、悪であると、ありえない妄信をしてしまう事である。


今回の一連の紛争ではなく、戦争が物語っています。


相当、世界の首脳陣が 自然の法則の
理(ことわり)のかなった常識ある行動をしないと、第三次世界大戦にまで、発展し、時折映画で見た世界の滅亡するときが近いかもしれません。


何だ、いつものように、オーバーな思いであったなあ、と言われる日が 近い間にやってきますように。


人間はそんな、裸の王様のような、愚かな人物ではないことを信じて。


三寒四温でもうすぐ、春です。


今月末と4月の初めに40余年
と開催してきました。人生如何に生くべきかの理念で、コロナ下の三密を避けて、将来の日本を支える、若者の新入社員の研修が始まります。


今、スタッフ一同、その研修の事前準備でおおわらわといった処です。


次回のご挨拶の時は戦争が終結して、平和が訪れていますように。


今回も最後まで、お付き合い頂きまして、誠にありがとうございました。


健康管理にご自愛を。




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2022年02月23日

我、いかに生くべきか

こんにちは。

今年の冬はいつになく厳しい寒さが続いているようですが、如何お過ごしですか。


地球温暖化が叫ばれて、久しいですが、地球はまだオーバーな表現ですが、正常に季節を営みながら、宇宙の法則を守っているようで、嬉しく思います。

但し私は寒さには弱く、心と裏腹に早く春になってほしいと願っている一人ですが。


さて先週は、中堅・幹部対象の40数年と進めています禅の精神を取りいれた合宿研修会を京都の宇治の我々の専門道場のお寺で開催いたしました。


どうしても、今のウイズコロナ下で、三密として、避けなければならない中の研修ですので、我々も、三密対策を何度かのウイズコロナの中で実施しました研修のノウハを活かし、更に改善を加えながら、また、多くの意見を頂戴しながら。進めさせていただきました。


コロナ下の研修の運営で感じますことは、何度か述べさせて頂いていますが、人間の本来持っています三密の素晴らしい人間的ふれあいが、今は反対に避けなければならないという心の不毛の現実です。


研修そのものは、二日間研修生が主役で進めていきます。


人間の本能の三密を避けながら、グループ学習の時はマスクの上にフエースシールドを付け進めます。


研修生と二日間寝食を共にしまして感じました事は、、コロナ前のように、人類が、世界中どこにでも自由に行け、ハグし、心の扉を一杯一杯開放して、人間的ふれあいが、満喫できる世の中に、早くなればいいのになあという感慨です。



研修会の研修の骨子に流れる理念は、リーダーである前に自分は一体何者かの探求です。


ウイズコロナの中での人生の生き方は、目的は、幸せとは、生きるとは、人間に取って大切なものは、等と問題提議をしながら、個人学習、グループ学習、発表、トレーナーコメントと相互啓発方式で三密対策の中で進めていきます。


孟母の三遷ではありませんが、お寺という環境のなせる技で、日本人のDNAに流れる万物に対しての畏敬の念の思いの中での、「人間を問う」という研修です。


今は、ロコナ下での心の不安定の中での研修として、今までの通例の違った観点からの立場で、学びを頂いたのではないかと、自画自賛になりますが、研修性と寝食を共にして感じた次第です。

目は、心の窓と言います。


そのことは、最初お見えになった時の目と、二日間を研修を無事終え、下山(お寺の事を別名で山と言います)の折の、研修生全体の記念写真の折のカメラのレンズ越しでの、研修生の慈眼の目を見て、感じる次第です。


ウイズコロナ下の中で、心のふれあい、人間的なふれあいの度合いを、、アフターコロナの時代に、人類が再度、模索し解決していく事が、この星を守っていく我々地球人の役目ではないのか、研修生と一緒に学び、いつもの大仰な話に展開した二日間になりました。


極寒の、そして、ウイズコロナ下の中での研修での、「人間」を考え、春よ来い、の願い中での二日間でした。


今回も最後まで、お付き合い頂きまして誠にありがとうごいざいました。


オミクロンにはに充分ご留意頂きまして、体調管理にご自愛ください。


尚、「我、人生如何に生くべきか」の、一枚もののシートがあります。

もしご興味がありましたら協会まで、ご連絡下さい。

ご案内させていただきます。

有難うございました。





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2022年01月22日

賀状のゆくへ

こんにちは。


本年も宜しくお願い申し上げます。

正月は如何でしたか。

時代と共に、ビジネスマンにとっては少し長い心のくつろぎを覚える冬休みといったところなってきたように思いますが.。

皆様方はどう思われますか。


昨年も、年初に、書きましたが、正月の風物詩の年賀ハガキは、昨年は18億枚程だったそうですが、ピーク時の4割ほどに減って、毎年減り続けているとの事。


最近は、若者はメールとかSNSでの年賀の挨拶になり、又、年配層は何かと負担になるので、賀状を今年限りで止めたいという連絡が、私の方にも、年と共に増えてきました。


三昔前になりますが、賀状の来た枚数の数によって金融機関が、年賀の枚数がその人の信用のバラメータ―になるということで、その枚数により、お金の額を決めて、貸しますというコマーシャルを見たことがあります。


年賀状がそのような観点でとらまえていた懐かしい時代もあったのですね。


そういえば事務所の年賀の枚数の数に、その存在感の証として、今年は多いとか、少ないとかに、一喜一憂とまではいきませんが、その積み上げた賀状の高さに悦に入っていた時代が思い出されます。


私の自宅の方にも、300枚程頂いた時期があり、今は隔世の感ですが。

元旦の楽しみは、今年は何枚かなあとか、出していない人から頂くと、すぐに書いて、ポストに、投かんに行ったり、何日かして私が出したのに、先方は出されていないということがわかり、縁を切ろうとしているのかなあ、と悩ましい詮索をした時もあり、懐かしく蘇ってきます。


賀状に伴う話題で、二昔〜三昔前のことですが、虚礼廃止ということが、世間の話題になり、何名かの方から虚礼廃止で、今年で年賀を止めますという、年賀の最後通告ではありませんが 来た時代がありました。


当時の社会現状で納得もしたのですが、私としては、たった一枚の年賀ですが、何か、縁を絶たられようで、先方にはそんな深い考えではなかっように思うのですが、少し寂しい気持ちになった思い出があります。


しかし、其の後、数年たち、その中のお一人から、又、年賀状を再開することになりましたとご案内を頂きました。


その折の賀状の要約ですが、年毎に、年賀状の枚数が少なっていく事に、一抹の寂しさと、自分自身の存在が、世の中からなくなっていくようで、又年賀状を再開しますという内容でした。


その時はさりなんと思った時期がありました。

しかし、時代は変わり、最近は、どんどん、年賀状を今年限りでやめます。


長い間 有難うございましたという連絡が増えてきました。

人によりますと、フェースブックとか、その他の御縁で何らかの繋がりがある人は、いいのですが。


そうでない場合は、これで長いご縁がなくなり、どうか、お互いに元気で、と長いご縁を感謝して、一抹の寂しさを覚えたりする最近の一枚の年賀状です。


元旦は、年賀状で始まる世代で育ってきた私は 一枚の年賀で、その人の消息が分かり、暫し、その人との思い出を懐古する良い機会でもあるのかとも思いますが。


時代の変転で このデジタル化の急速な流れで、元旦の風物詩も追いやられていく時代になったように思う昨今です。


何となく、我々の時代の者は、時代の流れに、喘ぎながら どのように生きていくのかとの問題提議もされているのかなあと、いつもの大仰な見方を、年事に訃報の案内も増えるなか、少なくなくなる賀状の束をみて、感じ入る正月でした。



厳し寒さが続いています。

もう記事にはしたくないですが、オミクロンという新種のコロナが増殖しています。


どうぞ、ご自愛下さい。



本年もよろしく申し上げます。


最後までお付き合い有難うございました。





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2021年12月26日

コロナ下の7つの身心健康法

こんにちは。


今年も後、1週間になりました。

良く冒頭に書く言葉ですが、[光陰矢の如し]  この言葉が年齢を重ねるごとに早くなってきました。

特に何故かコロナ下になってから、スピードを加速したように思いますが、皆様は如何ですか。

さて、コロナですが一か月前は収束に向かって、サアーヨシ、と本格的に始動と胸躍っていましたが、オミクロンという新種のウイルスが、世界的に流行の兆しを呈し、日本にも、徐々に感染が広がっていますね。


最近、思うのですが、もう、いい加減にしてほしいという心境です。


まさしくウイズコロナ時代をどう生きていくかといったところです。

さて、最近の社会ニースは、異常を通り越して、耳を、目を覆いたくなる事件が多いですね。

考えてみれば、昔から、石川五右衛門が、かまゆでの処刑の前に言った、辞世の句として有名な、 
「石川や、浜の真砂(まさご)は尽きるとも 世に盗人の種は尽きまじ」。


この句のように、人類が存続する限り、盗人は永遠につきることはないと言う、ある意味では、さりありなんと思われます句ですが、ここ1年〜2年は犯罪の質が変わり、おぞましい事件が多発していいるように思います。


コロナ下の中で、研修を通じて思う事は、研修生は何らかの心の片隅に不安を感じながら、抱きながら生活している様子が、寝食を共にして、肌で感じます。


研修中、時折、教材に活用します仏教の経典の雑宝蔵経の一説にある、「無財の七施」(むざいのしちせ)という教えがあります。


この教えは、我々現代人が無くしてきた、特にコロナ下の中で、心の余裕がなくなりつつある今日、自分自身の心の安寧にとっても、非常に大切な必要な教えではないかと、最近の戦慄を覚える事件を、垣間見て、思います。


この教えは、もうすでに皆様もご存知かと思いますが、少し、私流に解説してみたいと思います。


無財の7施のその1は、眼施(げんせ)です。


つまり目の施(ほどこし)です。この言葉は何度も述べさせて頂いていますが。

ウイズコロナ下の中で、特に、マスク越しになりましたが、それゆえに、目はより大切になってきました。


「目は心の窓」です。「目は口ほどに物を言い」です。つまり身体の思いが、感情が、精神が、全て目に出てくるということです。


形から心、心から形、つまり形、心は相関関係と言えます。

常に、慈眼、つまり「いつくしみのある眼」を持つと言うことです。

施の2は 和顔悦色施(わがんえっじきせ)です。


ウイズコロナ下の中で中々笑顔は、難しくなりました。


どうしても心の不満があり、顔に出ます。

本来であれば、自然に出てくるのがいいのですが、中々、この時期、常に笑顔で、喜び溢れた顔になるようにはいきません。


だからこそ、形・心、です。


その施(ほどこし)の3は、言辞施(げんじせ)です。


つまり言葉の思いやりです。

言葉はスワード(刀)ようなものであると、外国のことわざにありますように、言葉一つで相手を殺める事にも繋がります。


何時の時代もそうですが、この「言辞施」は非常に大切な人間の持つ施としては重要です。

常に思いやりのある、いたわりのある言葉につとめたいものです。


その4の施(ほどこし)は身施です。

つまり、奉仕のこころです。

人の幸せのために、労を惜しまないと言う事です。


ボランティア活動等が身施に入ります。


その施の5は心施です。


特に、コロナ下の情緒不安定な殺伐とした世の中になりつつある現在に、だからこそ、心の絆、こころからの思いやりです。


その施の6は、床坐施(しょうざせ)です。


電車などで席を譲るとか、江戸時代の、江戸しぐさの腰浮かせではないですが、ふたり座れるところを一人で大股で座ったり、横に荷物を置いたりしないで、皆が、ゆずりあいの精神を持つということです。

その施の7は、房舎施(ぼうしゃせ)です。


昔はお遍路さんに一晩の宿を提供しました。


現在の意味あいに直すと、奇麗に部屋をかたずける(私の一番不得手のところですが)、又は、お客様がお見えになられた時に、事務所をきれいに清掃し、お客様を大切に遇するという心です。


このような、7つの施しが、何千年と続いた日本人の誇る素晴らしい心としてあります。


これから続くウイズコロナ下の中で、「情けは人のためならず、」つまり、7つ施しは,無財「お金がなくても」、自身の心の安寧、幸せのために、自身の身体で出来る施です。


最近続く、言葉の葉に出すこともはばかれる事件を聞く事の多い世の中に、年の瀬を控え来年も、更に、素晴らしい一年になることを願い、蟻の一針の思いで、まず、「私」からと、いつものように、粋がって、大言壮語してみました。

           来年も、更に、素晴らしい一年になりますように。

今年も、拙文に最後までお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。


どうぞ、良いお年をお迎えください。




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2021年11月21日

ショウヘイサーンの偉業

こんにちは。


11月も後半に入り、今年も1カ月余りになりました。

年齢を重ねる事に、「光陰矢の如し」ですね。


一年中で11月が一番爽やかな時期に思いますが、如何ですか。


一昨日の夕刻は月食でしたが、観賞されましたか。

知人から頂いたメールで、はじめて知りました。

毎日が何となく、私の性格か、せわしなく、心の余裕をなくしているようです。

当日は、事務所を早くでて、帰宅し、二階の応接間から、暫し、自然の妙で、欠けていく月を感傷深く悠久より続く、神秘的な月を眺めていました。

忙中閑あり、のひと時でした。

コロナも収束に向かい、全国で何百人の感染者になるなど、終息といってもいいほどの感染者数になりました。

しかし、まだまだ予断は許されないと言う事で、日本全体が暗黙のマスク生活をしています。


何度か、述べていますが、日本は和の精神のDNAが流れているのですね。


さて、嬉しい二ユースがここ数日来飛び交っていますね。

時折、アメリカの野球スポーツニュースの実況で耳にします。

たどたどしく叫ぶ、「ショータイム、ショウヘイ、サーン」と 言う日本語です。


大谷翔平選手がアメリカ球界で、年間MBPを取ったというニュースです。


実は、研修の一コマで、時折、大谷翔平選手の多分皆様方もご存じの目標達成シートを、教材に活用しています。


大谷選手が高校一年の時に作成したというマンダラチヤートによる図です。

ご参考までにどのようなものかを少し説明させていただきます。

一枚のシートに9×9=81のマス目があり、その中央の真ん中のひとマスに目的を書き、その目的を達成するために80の目標を、一マス事に書いていくという目的を達成するための目標です。

因みに目的と目標は違います。


私は、30数年前にこのマンダラシートを開発されました松村寧雄先生にご挨拶する機会がありましてた。

そして、マンダラシートを作成させていただきました。が、ーーーその後はーー、想像下さい。


話は戻りますが、なぜ大谷選手のマンダラシートを、時折、研修に活用しているのか、ということを、少し述べさせていただきます。


それは大谷選手が高校一年の時に野球監督の佐々木先生の指導で作成されたシート   です。


私は非常に関心を寄せていますのは、佐々木先生の指導内容を記事で拝見した時です。


高校野球部員にメンタル面を非常に重視されているところです。

私流に解釈すると、先生の指導は、常に「言葉」に、つまりプラス言葉を大切にして、そして、人を言葉で決して、けなしてはならない。

自分には、「運」があると思う心。

「5感」の大切さを つまり、態度、行動、表情、姿勢、身なりの大切さを。

そして、「感謝と謙虚を」と高校生に野球の上達する上に、必要な資質として説いておられます。

ここで申しあげたい事は、野球で名をなそうとするのであれば、一般的に、如何に打てるか。如何に投げるか、の技が大切です。

しかし、一見、野球の上達には、無関係と思われる心を重視されているところです。


つまり、我々が進めています研修理念である禅の教えでもある5心(素直・自省・謙虚・奉仕・感謝)の大切さを、高校野球部員に、口酸っぱく指導してこられているということです。


大谷選手は高校一年の時に、ドラフトの一位で8球団から指名を受けるという目的を立てました。

その8球団から指名を受けるために必要には、と88の具体的な目標を立てました。(目標の各項目は興味がありましたら、ネットで検索下さい)


私が、注視していますのは、その88項目の半数近くの目標は、心の問題で占められているということです。


㏚になりますが、我々が研修で盛んに取り上げているこころです。


私は、仕事の関係上、一応と言えば大変失礼ですが、多くの著名人と言われている方、つまり、「功なし名を遂げた人々」とご縁を結んできました。


その方々の共通に流れていた資質が、大谷選手のマンダラチャートの目標に掲げられているということです。


機会がありましたら、88の目標でどのような項目が、人間が有史以来求めてきました究極の幸せとは、を含め、述べてみたいと思います。


秋が短くなったとは言え、素晴らし秋日和です。

先般、11月の初旬に京都の鞍馬方面にある、夏の川床で有名な貴船神社に、まだ、紅葉には少し早かったですが のんびりと、暫しの秋を楽しんできました。



これから,晩秋から初冬に向かいます。


どうぞご自愛を。

今回も最後まで、お付き合い頂きまして誠に有難うございました。





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2021年10月23日

わきまえる

お早うございます。

ここ 二〜三日 一気に寒くなりましたね。

中国から伝わった、10月1日から衣替えということで、確か、ひと昔前は必ずその前後に冬服に切り替えていました。

しかし、ここ何年かは10月に入っても、残暑のような天候で、どうもめんどうで、夏スタイルで過ごしていました。


さすが この寒さで、そんなことなどは言っておられず、冬服に着替えざるを得ない寒さになりました。


最近、よく言われるように、一年が2シーズンになったようですね。

秋と春がなくなったような、何となく日本の世界に類を見ない、春夏秋冬がなくなりつつある季節感に、さみしさを感じる、今日この頃の心境です。


さて、毎回、書き出しの冒頭はコロナでしたが、やっと収束に向かっていますね。


昨日は日本の国内の感染者は325名で大阪は51名との事。

しかし、今年の冬は、第6波と言われ、まだまだ予断が許せませんね。


しかし、日本の凄いと思われるのは、一歩外に出ると、マスク姿の風景が、今までと全く変わっていない というところです。


少し、前になりますが、オリンピックで、女性問題の発言で、大会のトップが辞任に、追い込まれ、海外でも大きく取り上げられる社会問題になりました。


そこで、出てきたワードは「わきまえる」でした。


今回のコロナの収束に向かった状況の中でも、海外では考えられないマスク生活での、これも、日本人の独特の「わきまえる」にも通じるのではと思った次第です。


「わきまえる」私はなぜか、年齢を重ねるに連れ、この言葉にj呪縛されて 育ってきたように思います。


何年か前に、「空気を読む」という言葉がはやりました。


どうも空気が読めないね、というと 大人になりきれていない。


そのような言葉で使われていたように思いますが、皆様はどのように解釈されましたか。


又、 流行語になりました忖度(そんたく)という言葉にも通じる意味あいのように感じます。



そもそも 「わきまえる」という意味を 私なりに解釈すると、自分の立場から、又相手の立場から、又、しきたりから、人間関係から、それぞれの立場から、してもいい事、してはいけないことの思惑(おもわく)と解釈しています。


日本社会では「このわきまえる」という言葉が大人になればなるほど、重要な人間関係を円滑にする言葉のようです。


良く 身の程をわきまえない愚か者とか言って、それが昂じると、上述のように解釈の見解により、更迭されたりします。


また、昔の武士の世界ではオーバーな表現をしますと、切腹もの、になりかねない事がおこったりする時がありますね。

日本人の持つ 奥ゆかしさに通じる言葉として、あげられるのではないかと思ったりしますが。


この「わきまえる」という、日本人の独特の和の精神が、世界に伍して今日存在してきたワード、と言えなくもないですが。


世界の中の日本を考えるとき、海外の個の精神における多様化、つまり,ダイバーシティの時代が叫ばれる現在、この「わきまえる」、つまり忖度する尺度で、世界での立ち位置はどうなるのか。


日本経済の成長、発展に、どのようにかかわってくるのか、影響するのか。

何か大きな話になりましたが、難しい言葉のように思いました。


さて、話は、秋に戻して、もう少し、昔の言葉にあります 食欲の秋、さわやかな秋、もの思う秋、心を清浄にさす秋、その秋が、ひと昔前の11月下旬まで続き、季節の風情(ふぜい)を感ることが出来ますように。

そして、12月の初旬に、冬到来の木枯らし一号が出ますように。

今回は「わきまえる」という AIでは到底、絶対受け入れがたい、理解し難い、素晴らしい 無限の日本人の持つ、脳の神秘な世界に通じる言葉を、つれづれなるままに紐解いてみました。



今回も最後までお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。

                                  ご自愛専一に。


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2021年09月25日

マスクの目

今日は。


コロナ、コロナ、で2年半になりますね。


何か、もう、うんざりで、いい加減にしてほしいといった心境です。

マスク生活も2年になりました。

海外の街頭の二ユースを見ていますと、マスク姿の人が,チラホラで一体コロナが、世界的に大流行しているのかと疑いたくなる風景が放映されていますね。

先般のオリンピック、そして、素晴らしい感動を呼んだパラオリンピックの閉会式の次回開催国のパリが放映されていました。

ほとんどマスク姿の人々が見当たらず、一体、日本だけが、騒いでいるのか、緊急非常宣言下なのかと、何とも不思議な別世界からの放映のように私は錯覚しました。



毎日、世界の新型コロナ感染者の人数が出ていますが、因みに、フランスは感染者が700百万余人で死者が11万人余と発表されています。


時折、マスクをつける、つけないで、世界各国では暴動がおこったりしていますね。


日本人は、聖徳太子以来の 和の精神です。

欧米の個の精神との、国民性が違うのかも知れません。


さて、上述しましたように、マスク姿が2年半にも及んでいます。

今年の日本独特の湿気の多いムシムシした夏を、何とか我々は、今年もマスク姿で、通り過ごしてきました。


マスク姿がどんどん習慣化していますが、いまだに、時折忘れて、取りに帰ったりしています。


さて、皆様方は、マスク越しの人に対しての評価は、どのようにされているのでしょうか。


私は、ことわざにあります、「目は心の窓」、「目は口ほどに物を言い」ということで、当たる、当たらないは別にして、今まで、目である程度その人の人物がわかるのではと、豪語していました。


と言いますのは、仕事で今まで、何万人との研修生との合宿などの関わりあいを含め、又、今までの御縁の方々、又名刺交換などの名刺だけでも、段ボール箱に数箱になります。


そのような事もあり、ある程度、私の経験上で、その人の目の表情で、人物評価をしていました。


しかし こうして、マスク越しとの対話になりますと、中々、今まで判断基準では、その人の人物像がどうしても確信が持てないような気がしだしているのが、事実です。


私の信望します京都大学の総長で、故平澤興先生が、人の人物を評価するには、顔の表情でわかると随筆されていました。


私は、顔でごまかせても、目はごまかせないとの論法で、先生の言う、その人物評価は顔でない、目だと密かに異論をもっていました。


しかし、こうしてマスク越しでの目だけでのその人の人物像は、中々難しいなあと思う今日この頃です。

つまり、平澤先生のおっしゃる顔の表情、つまり5感により、その人の人物像が浮かび上がってくる。

まさしく、その通りで、私自身も、今までその人の表情なりを見て、そして目をみて、その人を判断していたのだなあと、最近のマスク生活から感じる次第です。


その為に、私自身も、顔の表情筋を今の間に、柔和に練習しておかないと、マスク後の、今のさびついている顔の表情では、と思っています。



その為には、今のマスク生活の間に、「目は心の窓。」「目は口ほどにものを言い」。といいます。


目だけで、その人物の性格が自分なりの物差しですが、わかるように、マスク生活の今の間に、より、勉強していきたいと、最近強く思う次第です。


そして、今のマスク生活の間に、私自身も、目で語れるように、努力したいと心がけていこうと、思います。

そうなれば、今のやましい心を、純な浄化した、つまり禅の精神である5つの心(素直・自省・謙虚・奉仕・感謝)を、より強く持つことで、最終的に顔から眼に表れ、その人の人物像になるのではと思ったりしている、マスク生活の現況です。


歌舞伎役者での名優は、目力で、つまり目で、全てを演技すると言われています。


今回は、二年半のマスク生活で、人物像の見分け方につて、私が思う事を述べてみました。

10月より少し、コロナ対策も、緩和されるとの情報です。


経済活動の事もあり、皆が一致団結して、コロナを収束に向かえさせ、5感で語り合える幸せな日が、一刻も早く訪れるように、日本人の素晴らしい和の精神で、乗りきりたいと思う最近です。


今回も最後まで、お付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。


どうぞ、コロナ対策を含め、お身体専一を。







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2021年08月13日

メダリストの資質

今日は。

11日から盆休みで、いつもは孫達と、どこか一泊〜二泊で夏旅行をするのですが、今年も昨年に続きコロナで自宅で、休養です。


15日の日曜まで、全国的に雨で、今日も降り続いていますね。


さて、2020年東京オリンピックは、パラを残して終わりましたね。


皆様はテレビ中継は如何でしたか。


日本は史上最高の27個という金メダルを取りました。


初めて戦後の日本がオリンピックに参加することを許されたのは、昭和27年ヘルシンキ大会からとの事。

当然テレビはなく、子供心に、ラジオにしがみつきながら、海中ケーブルからの水泳競技の実況中継を聞いたセピヤ色の思い出があります。

当時の未熟な放送技術もあったと思います。


波の音が電波から聞こえ、又、実況中継も、時折、声が大きくなったり、小さくなったり、又、消えたりして、ラジオを叩きながら、本当に遠い遠い地球の果てからのアナウンサーの絶叫する声が、今も、懐かしく耳に残っています。


まだまだ、戦争の傷跡が残る時代でした。

日本人が異国の地で頑張っている様子に、子供心に 胸が熱くなった思い出が浮びます。

当時、水泳で世界の優勝候補の筆頭だった故古橋広之進選手が、400メートルで、8位に落ちるという予想すらできない惨敗でした。

得も言われぬ悲しみを覚えた記憶が、思い出されます。


事後、古橋選手は海外遠征で赤痢にかかって体調をくずしていたとの事。


ライバル関係にあった二番手の同僚の橋爪選手は、1500メートル競泳でアメリカのコンノとの決戦で、デッドヒートの末、2位の銀メダルにおわりました。

その折のアナウンサーの絶叫した放送が、波の音と共に脳裏に焼き付いています。



金メダリストは、コンノという日系二世の方でした。


幼い一途な心には、コンノは日本人ではないのかと、悔しい思いをしたことも懐かしく蘇ってきます。

日本という匡を考えた最初の出来事で、このヘルシンキ大会の中継が、私を海外に搔き立てた一因となりました。



さて、メダル獲得競争の有無についての評価が云々されていますが、それはそれとして、やはりメダル獲得は嬉しいですね。



ふた昔前になりますが、オリンピック精神の参加することに意義があるとの競技者のコメントに、
一部の人々から、我々の税金で参加して、メダルを取るという気持ちがなく、物見遊山ではと、ブーイングが、起こった事がありました。



今は、競技者全員がメダルを取るために参加しているというコメントです。


それも金メダルと。



銀メダルで悔しい思いをと、涙ぐみながら吐露するコメントに、何かふた昔前の事がだぶついて、隔世の感が否めませんでした。



メダルを取った選手のインタビューから、共通する思いがあったのが印象的でした。


日の丸を背負ってという思いは、当然あってしかりですが、一応に全員に共通した勝利者のコメントは
感謝というキーワードでした。


そして、涙の瞬間は、今まで、ここまで、励まして応援し続けた関係者の話になった時でした。

その思いが、波動となって、潜在能力を引きだし、無限の力になるのではとそんな気持ちにさせられた
コメントでした。


私は日本が史上最高のメダル数になった一番の出来事は、このような感謝の深い思いではなかったのではと、思った次第です。


我々が、長年研修の理念としている、人間として資質、人の上に立つ資質としての5つの心があります。


勝った、負けた等のうわべの問題ではなく、そのような心が、人間を浄化し、高め、身心共に強くするではないのかと、そんな思いも感じる勝利者のコメントでした。


純に、真摯に「素直」に、そして常に自分をチエックす
る「自省」を持ち、あくまでも「謙虚」な姿勢で、そして、自他の「奉仕」の精神で、最大のキーワードである「感謝」の気持ちに、勝者の大切な5つの資質を垣間見ました。


あるゴールドメダリストは、目に見えない畏敬のものに感謝しますという人間力溢れたコメントには 勝者足りうる資質として、大変心を打たれるものがありました。



やはり、どのような分野であれ、やさしくなければ、強くなれない、強い者は優しい、という共通の幸せの価値観も勝利者から学んだことも
,大変感動深い事でした。



50数年前のオリンピックが終わった時、次回のオリンピックの日本での開催は100年〜200年後という話でしたが。

まさか、この世で2回見れるとは。


次の日本開催は、あの世でのんびりと観戦することになるなあと、一抹の寂寥感を感じながら、一応、無事、成功裡に終わったことに安堵の気持ちと、勝負の世界の心の資質を私なりに、感じたことを述べてみました。

外は、梅雨の時期のように、雨が降り続いています。



政府もコロナの中で自宅で自粛をと、盛んに報道されています。

まだまだ、残暑は続くようです。

どうぞご自愛下さい。


最後までお付き合い有難うございました。







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2021年07月25日

平和の祭典

今日は、


オリンピックが始まりましたね。


思い起こせば、今から50数年前1963年、(昭和39
年)東京オリンピックが開催されました。

終戦後10数年を経て、日本は戦後の復興を目標に、全国民が希望を持って、突き進んでいた時代でした。


私は、学生時代で、日本が世界に羽ばたく、挑戦していく姿に多いなる、夢を持ち、感動して、テレビ越しに、熱っぽく日本選手の一挙手一投足に熱い声援を送った思い出が蘇ってきます。


丁度、テレビを入れると、その当時の開会式の折の古関裕而作曲のメロディーに乗って日本選手団が、威風堂々として、凛々しく整列して、入場してくる映像が目に飛び込んできました。


何回か見た光景でしたが、何故か、どっと涙が溢れてきて、画面がぼやけました。


多分、開催云々について、最後の最後の前日まで難産して、問題づくめの今回のオリンピックが その晩開催されるまで、こぎつけた事に対して、一人の日本人として、安堵して、やっとという思いがあったのではないかと思います。


コロナが又、増加の一途をたどる中で、開催についてのよし悪しは別にして、又、何かと、わだかまりがあるにしても、一旦決めたら最後まで、やるという一経営者の矜持も、頭の片隅にあった事も事実です。


夜、各国の晴れやかな入場行進を見て、何故か、今回の大会は勝負は云々して、このコロナ下の中で、色々の問題,課題を一つづづ、それぞれの国の事情を勘案しながら解決し、ここ日本にかけつけた来られた世界の人々が、精一杯自分の力を発揮し、地球は一つ、どうか、最後まで、無事に終わる事を、望む大会になったような気がします。


その意味では、世界が今のパンデミックに立ち向かい、地球は一つ、人類は一つ、かけがいのない宇宙の星を、みんなで、慈しみ、育て上げて行こうという思いが入った大会に なるのではないのかなと思う今回です。

ここ2週間、ウイズコロナ下で、暫しの間、各国選手が持てる力を発揮して、出し切って、活躍することを願わずには、おられません。


こうして、振り返ってみますと昭和の東京オリンピック開催の時のエピソードを思い出されます。


世界地図を日本から見ますと日本が中央にあります。


私は、20代の後半から30年代の前半まで30数回世界を視察で回りました。


世界の地図は、ご存知の大西洋を挟み、イギリス、アメリカ大陸があります。


欧州からの地図を見ますと、日本は極東、つまり、地球の果てに位置します。


当時の東京オリンピック開催の反対は、そのような地球の果て(当時の交通事情もあります)まで、選手団を派遣できない。


又、そのような世界大会を開催できる能力がない。

はたまた、東洋人がそのような事ができる能力がない(当時の世界感)と言う理由で、反対が多く、その誤解を解くために、日本の首脳陣が全世界に派遣団を送って その釈明に、人知れず、血を汗す思いで先人は世界の隅々まで、行脚したという話が思いだされます。

何か、今、思えば、隔世の感がありますが、まだ、日本は野蛮な木と紙の国であると思っている人も、多かったと聞いたりしていました。


そういえば、私が世界各国を回っていたのは、今から40年前、前後です。

確かに、その当時の事を思い出しますと、まだまだ日本の国、自体の所在が不明で、よく、香港の近くか、中国大陸の近くに隣接していて、シカゴの近くのサウスベンドに寄ったときです。


小学校の社会の教科書に、日本人の日常の生活と説明書きがある書籍をみました。

日本人は、ちょんまげをして、蕃刀を差して、チャイナ服、チャイナ靴で、手を袖に通し 両親に朝の挨拶をしている絵を見て、衝撃が走った思い出があります。


オリンピックが始まり、暫しの間、コロナの事を離れ、世界が一つになって、世界の安寧になる機会になりますように願いながらの観戦になるようです。


あの世に行くお土産にと、東京までオリンピックの観戦をと楽しみにしていましたが、テレビ越しに2週間ほど、過ごします。



皆様方もどうぞ、厳しい暑さが続きます。体調管理にご留意を。

2020東京オリンピックが始まり、その思い出も含め感傷に浸りながらまとめてみました。


今回も最後まで、お付き合い誠に有難うございました。






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2021年06月13日

幸せの本質

今日は、



コロナは まだまだ予断を許しませんが 少しずつ、感染者が減少していますね。


20日に緊急事態宣言が解除されるかどうかといったところです。


不要不急は控えて欲しいという文言が、電車の中で、又、各処で毎日、ここ2年は日課のように流されているように思います。


どうしても マイナスのメッセージは人の心を暗くするようです。


そのためにも、世界は、一つです。


早く、心からの開放感を味わい、従来どうり、世界の端から端まで、スマホの世界ではなく、行けますように。

そのためにも、お互いの一人一人が、最善の注意をしたいものです。


この間、第一回のワクチンを受けてきました。


第二回は今月の30日に受けます。

しかし,受けたからと言っても、安全、安心には、充分心がけたいと思っています。



特に このような心の索漠とした時ほど、心の安寧である利他の心が大切なのではと思っています。、


その、利他の心について、2〜3人の人から質問を受けました。


谷口さん、人の事をかまうより、今は自分の事で、精一杯で、かまってられないよ、と。


何か、きれいごとで、美談ぽっいね。との雑談になりました。



確かに、今、この時期も含め、自分だけよかったら、他人はどうなってもと。


しかし本当の幸せってどうかと考えてしまいます。


真の幸せは、人の喜ぶ顔をみて、幸せを感じるのではないかと この年齢を重ねて、やっと実感として、心で感じるようになりました。



満員電車の中で、若者がさりげなく席をお年寄りに譲る。


最近は、席の前にお年寄りが辛そうに立っていても、自分も疲れていると 自分自身に思いこませ、寝たフリをしている風景をよくみかけるようになりました。


みんな疲れている。


自分も、そうしたら 前のお年寄りはさぞ、疲れているだろうな、という思いが、結局 「情けは人のためならず」で、まわりまわって自分に戻ってくるというお釈迦様の因果律の法則、つまり天地自然の理になると思うのですが。


つまり 人に席を譲る、それは自分自身の心の安寧につながり、あのアメリカ大統領のリンカーンの言った、40歳以上になると、自分の顔を持て、につながり、つまり良い顔になり、、良い幸せな人間関係につながるのですね。


私には3人の孫がいます。

時折姫路から娘に連れられて車で帰ってきます。


私は孫ですが、今、お子さんのおられる方はどうですか、


何が 一番至福の時ですか。


そうですね、お子さんと一緒に遊んでいて、お子さんの笑顔をみて、幸せを感じるのではないですか。


お子さんが悲しまれていたらどうですか。悲しいですね。


私もそうですね。孫の笑顔を見て、幸せを感じるのですね。


本当の幸せは、そうですね。


身近な関わり合いの人々の幸せが自分の幸せになるという、つまり、前回のブロブの「利他の心」に繋がると思うのですが如何ですか。


私の敬愛しています一人に、仏教詩人に、念ずれば花ひらくで代表される(故)坂村臣民先生がおられます。


そしてもう一人、人の心の本音、本質を語られる (故)相田みつを先生がおられます。


今、もって残念ながら、坂村臣民先生とは、ご挨拶の機会を逸したのですが、相田先生とは京都でご挨拶させていただきました。


相田先生の詩集も大切に持っています。


「利他の心」で、下記の本質を突いた言葉があります。

 
                  うばい合うえば足らぬ、わけ合えばあまる
                  
                  うばい合えばあらそい、わけ合えばやすらぎ 
                  
                  うばい合えばにくしみ、わけ合えばよろこび、
                  
                  うばい合えば不満、わけ合えば感謝、
                  
                  うばい合えば戦争、わけ合えば平和、
                  
                  うばい合あえば地獄、わけ合えば極楽


特に好きな言葉は、幸せの本質を突いた、「幸せは人のこころが決める。」


色紙も事務所に飾っています。


早くコロナが収束に向かって、一人一人、がマスクを外し、心から、笑いあえる日が一刻も早く訪れますように。


利他の続きとなりました。


今回も最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。


梅雨が始まるのか、終わったのか、なんとも不明な天候ですが、日ごとに暑さが高まってきます。


コロナ共々、ご自愛専一に。



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2021年05月16日

他利の心とは

今日は。


コロナは収まりそうもないですね。

どんどんひどくなって、色々変異型ウイルスが出てきて、収束がつかない状況ですね。


本当にウイズコロナの時代になりました。

従前にも述べましたように、コロナが騒がれてきた2年前に、私は全く甘く見ていたのですが、二〜三か月で、大体収束するのではと。

春の40余年の伝統の新入社員の研修の企画も、断腸の思いで全て中止、少し延期しました。


正直、たかをくくっていましたし、又、短期間で収束してほしいという 心の片隅に希望的観測もありました。


一部の情報では、過去のウイルスとの歴史を紐解いてみますと、文字通り人間とウイルスとの死闘の戦いです。

終息に向かうには、2年は要するとのコメントもありました。


素人の私は、人間がウイルスに負ける事はないと、傲慢な心を持っていて、スペイン風邪の流行から、百数十年たって、世界の在り方の進歩、環境の進歩は、当時と月とスッポンの差があると うぬぼれていたように思います。


が、どっこいウイルスも密かに、力を蓄え、こしたんたんと、生きてきました。


何回か述べましたが、神様、サムシンググレートが、世界の今の複雑な対立を含む、自国中心の国際情勢に、又、自然破壊に、動物との共存のアンバランスに、おおいに憂い、眼を覚ませと。


このような事で、動物の霊長としての人間に、かけがいのない宇宙の中での、たった一つのいとおしい、地球をゆだねたのではないと、鉄槌を下したのではないかと、夢想を感じる今日この頃です。


芥川龍之介の短編小説の私の愛読書の一つである 他利の心である「蜘蛛の糸」の風景がダブって思い出されます。



さて、2年続けての暑い時期のマスクは又、大変でしょうね。


しかし、お互いに一人一人が頑張って辛抱しなくては。


これも解釈によると他利の心かも。


今、高齢者を対象に、コロナの収束を願い、ワクチンの接種が始まっています。


私もワクチン接種のできる、約束の日の時間に間髪いれず、予約の電話を入れました。


かかりにくい事は承知で、ワンタッチで、2カ所の処に何度となく電話を繰り返しました。


3日目にやっと繋がり、それも、留守電でワクチンの接種は薬がなくなり中止しましたとのこと。


来月6月に、予約の再開で、もし予約ができたとしても、接種は7月以降との事。


中々、
現実は厳しい状況で、もう暫くはかかりそうです。


ある程度、ワクチンの接種が国民全般にいきわたるには、時間がかかるでしょうね。

収束は、その後かもかもしれませんね。



このような、密の人間関係の希薄な心の索漠とした状況の中で、日本を代表する名経営者の言葉で、今、「他利の心」の必要性を説いておられる記事をみました。


何か、納得する、心潤う気持ちになる言葉でした。


コロナワクチンも、家内を含めた自分自身が、他に先がけて、何とか早くとの心が先行する自分がいました。


気をつけなければならないのは、自分だけよかったらよいという、日本人のDNAにはなじまない心が、(最近はこのような日本人の美徳の心が失なわれてきているようには思いますが)今回のワクチン接種の問題でも、起こっているようですね。



日本人の心を表している、「情けは人のためならず。」つまり人に情けをかけるのは、その人に取ってよいことではないという意味ではなく、最終的には、お釈迦様の因果応報ではありませんが、自分に帰ってくるという人生の生き方の法則です。


ウイズコロナの中で、人間としての情意がなくなりつつある、潤いのない世の中になったきたように思うのは 私だけでしょうか。


つまり、他利他利(他者の立場でおもはかる)で、そして、自利に繋がるとの「幸せの循環の法則」が、自利、自利(自分さえよければよい)という寂しい心の様相のように思います。


但し、他利の心を、自利に結び付けようと策略すると、やってあげたのに、その見返りがなく 自利がないと相手をせめる、けなす。



これは打算の他利が強すぎて、本当の他利にならないのではと思ったりします。


その他利の心の究極の例は、
少し他利の拡大解釈ですが、親が子を思う無私の愛ではないかと思います。


つまり。無私の愛に繋がるのではないかと思います。


しかし、そのことも、子供の幸せが、自分自身の本当の真の幸せになるのですが。


コロナが拡大する中で、人間的心のふれあいを持ち、お互いに助け合いあいながら、コロナに打ち克ち、又、世界が平和になり、どこにでも自由に、行ける世の中に一刻もなれますように。


みんなで他利の精神で、心に安寧をと、最近の日本を代表する著名な経営者の「他利の心」という、意味合いの深い座右の言葉に、思索を受けて、私なりの解釈で「他利の心」を述べてみました。


一人一人が、今は三密を避け、心の絆をもち、他利の心で、早く穏やかな笑顔が訪れますように。

今回も最後までお付き合い頂き誠に有難うました。


コロナには充分気をつけて毎日を安寧にお過ごしください。


有難うございました。





senba206 at 21:07|PermalinkComments(0)

2021年04月17日

人間的ふれあい

今日は、

この一か月足らずで、コロナも収束に向かうと信じていましたが、又、甘かったですね、

第4波到来で、過去最高の感染者として、全く、やりきれない程、連日更新しています。


何か、諦らめに似た深いため息が思わず出てしまいますね。

さて、我々が40余年に亘り、春の時期に開催しています新入社員の合宿研修会は 昨年は当然全て中止にしました。


そして、まさか、今年の春まで、世界的な感染が続くとは、誰が予想したでしょうか。


今年の春の研修は 関係者との度重なる検討の中で、従前の二泊三日研修を一日研修として、又、一泊二日研修として実施することになりました。


それも、40年余とご派遣頂いて、その企業の入社の折の登龍門と位置付けていただき、人間力のある企業風土として、とらまえていただいている企業様に、そのことにご賛同頂く限りはとの思いで、感謝の念で実施させていただきました。


通例3月の下旬と4月の上旬の2回に分けて約300余名(教室を分けて開催)の研修を、今年は20名程度に絞り、一日研修と、一泊二日研修を、2回密を避けて、充分な感染予防対策を 連日の打ち合わせで練り開催させていただきました。


今回はその折の研修生の心の動きを 一緒に寝食を共にして共有しました事を含め 述べてみたいと思います。


昨年から、ウイズコロナ下の中で、学校はオンライン授業を中心に、企業はリモートワークによる在宅勤務を余儀される社会に、変転しながら進んでいます。


これから、大きな観点からとらまえれば 地球は 人類はどこへ行こうかとしているのか、そんな思いもする昨今です。、


人間が、人間として存在する大切な密が、今は3密として避けなければならない心理状態で、これからどこまで続くのか。

しかし、地球に人類が誕生して多くの筆舌に堪えがたい何億何千万回の時を、試練を経て、今日に我々は至っています。

必ずやその叡智で、万物の霊長たる人間は克服していくものと思われます。


その為には、今、一人一人が何をなすべきかが、問われています。


さて、今回、日本人の心をとらえて止まない桜の時期に、一年ぶりに 新入社員研修を開催することができ、本当に心の幸せを感じた桜の時期でした。


今は避けている3密が 今までの3密の研修とは、相当懸け離れた3密回避の研修でしたが、しかし、人間には、又人間も動物とするならば、本能的に3密と言われている心のふれあいの 大切さを感じた研修でもありました。


早く、コロナ前の、手を握る。握手する。ハグする。ほほを寄せ合う。寄り添う。おんぶする。肩を優しくさわる、、の身体的ふれあいの密による慈しむ時が戻りますように。


今回の研修で、人間存在の生き方として、天地自然の理(ことわり)として、人間関係の密の関わりあいによって 感知する幸せを、新入社員の研修生は3密を避けながら、学んでいただけたのではないのかと、毎年の春の研修を終えての最後の記念写真の折に、レンズを通じて 研修生の安らぎの表情とさわやかな目を見て、我々運営側も大変安堵し。至福を感じたひと時でした。



研修会の理念である 禅の5つの心は、これから人生100年時代に またウイズコロナ下の中での、生き方の根本姿勢として、当たり前の事が、こんなに幸せであるかということ含め、実践、体験により感知された研修ではなかったかと思います。


研修生がこれからの人生を歩んで行くときの心の大きな支えになり、最後の私の「旅たちの一言」としての、令和3年度の60万人〜80万人の新入社員を代表して、日本に、世界に貢献する人間になる事を期待して。

その実現は、まず与えれため目の前の「仕事」を禅の精神である全力で、精一杯する事であるという、はなむけのエールを送って。


今回は、一年ぶりの桜の満開の時期に開催しました人間的ふれあいの研修会のご報告となりました。


その研修に流れる人生100年時代を、ウイズコロナに生きる幸せの5つの心を述べてみます。
 
                        禅・5つの幸せの心

                      素直・自省・謙虚・奉仕・感謝


さて、今年のゴールデンウイークも巣ごもりになる形勢が大ですね。


早く、今までのように、世界の人々が、我々が 日本中、世界中どこでも行ける、幸せの時が来ることを願いながら。



今回も最後までお付き合い頂き 誠に有難うございました。


コロナには充分に気をつけて下さい。  

                                           



senba206 at 15:02|PermalinkComments(0)

2021年03月21日

ピンチはチャンス

今日は、



今回もコロナの話題から始まりましたね。


緊急事態宣言が解除されても、まだ夜の飲食業の営業時間は9時までとされ、まだまだ感染状況は一進一退ですね。

いつ、第4波が来るのか、来ないのか、はたまた変異ウイルスの国別の感染状況の増減は、日本への影響は、ワクチンの進み具合は、それにより日本の 世界の国力はどのように変転するのか、企業の生産性は、リモートワーク等の加速度的普及での企業の対応は、人の心は、オリンピックの開催の有無は等、問題は山積していくようです。



そのような、ウイズコロナの中で、先の読めない時代に対応していくには、どのようにすればよいのかという問題が各方面から論じられています。


総括して述べるのであれば、いつの時代からでも言われてきた慣用語の「ピンチはチャンス」という言葉に尽きるのではないかと思います。


この言葉は言い尽くされた言葉ですが、俗に言います「言うは易し、行いは難し」です。簡単に言いますが、実践となると至難の業で、中々一生かかっても、私には実践(思い)無理だなあと強く思います。


しかし、このウイズコロナ又、コロナ後の世界は 今までの世の中のルールが180度変わります。


こうして生をうけている現実に対応していくには、「ピンチがチャンス」と受け入れて この人生を大地にしっかりと根を下ろし、踏みしめて。歩んでいかないと生きていく事が困難になるのではと思ったりします。


つまり、全てをプラス思考、陽転思考で、[有難う]という感謝の気持ちでと、お坊さんのような悟りきった気持ちの億万分の一でもと思います。


いつの時代においても、世の中が厳しくなってくると、松下幸之助翁の話が出てきますね。。


私自身も何度かブログでお話させていただきましたが、セピヤ色の大昔に幸之助翁がまだ松下電器(現パナソニック)の現役時代に二人きりで半日ご一緒させていただき薫陶を受けるという兆載一隅(私の造語で めったにない、絶対ないという千載一隅ではなく)の機会があり、今日の私の人生観を形成していると言っても過言ではありませんが、松下幸之助翁の話がでてきます。


我々の実業界におけるコロナ下の中の対応にも、色あせることのない心得です。

昭和16年に「 積極の道」というテーマで社員に訓話をされておられ、その訓話の中での、「不況克服の10カ条」として以下のようなお話をされています。

               
               松下幸之助翁の不況克服の心得10か条


             1,不況またよしと考える 
             2,原点に返って、志を堅持する 
             3、再点検して自らの力を正しくつかむ
             4、不退転の覚悟で取り組む
             5,旧来の慣習,慣行、常識を打ち破る、
             6、時には一服して待つ
             7,人材育成に力を注ぐ
             8、責任は我にあり、の自覚を
             9、打てば響く組織づくりを進める
             10,日頃から為すべきことをなしておく


こうして 一つ一つの項目を精査してみますと、なにも、目新しい「打ち出の小槌」はなく、当たり前のことを当たり前に、全てを積極的に、陽転思考、プラス思考で、要するに「ピンチをチャンス」にと結論づける事になります。



幸之助翁の不況心得を今のウイズコロナの時代における、我々の、個人の在り方に置き換えても、全く違和感がなく、大切なこれからの「職場と人生の生き方」の定石ように思います。


よく実業界が好んで使うダーウィンの進化論として有名な言葉がありますね。

ダーウィンの強いものだけが生き残るを、後世の人が組み立てたともいわれていますが、そのような事はどうでもよく、これからのコロナ時代に生き残るための天地ことわりの法則のように思います。


                この世に生き残るいきものは、
                最も力が強いものか、生き残るのか、
                最も頭がいいものか、生き残るのか、
               
                そうではない
                それは
                変化に対応した「いきもの」のみが生き残れる


ウイズコロナの中で、まさしく、世界も、日本も、企業も、個人も この100年に一回ともいわれてい る最悪の状況を打破していくうえでの結論づける心のありようと言えるのではと思います。


しばらくすれば、日本人の魂を浄化してやまない桜の時期がやってきます。


従来のお花見は 今年も無理ですが、少し垣間見て、心で愛でて、このよう時期だからこそ、桜で心の安寧を味わいたいものだと思います。



今回も最後までお付き合い頂きまして誠に有難うございました。



三寒四温を経て、日ごとに暖かくなります。

ウイズコロナの中、どうぞ、お身体ご自愛下さい。




今回も最後まで、お付き合い頂きましてありがとうございました。










senba206 at 09:36|PermalinkComments(0)

2021年02月20日

国民性

今晩は


1月初旬に第3波として、一か月の緊急事態宣言がでました。そして、少し収束に向かいましたが、もう一か月の3月7日まで延長されました。


最近は,大分収束に向かい、そろそろ、解除の方向にと
向かっています。

私も夜の会合もなくなり、当然友達との飲み会も自粛し、ひたすら、巣ごもりといったところです。

まさか 皆様方と同様の思いではないかと推測しますが、ここまで、続くとは私の読みは全く甘かったなと思う 今日この頃です。


さて、待望の、待ちに待ったワクチンの接種が、病院関係の方々から順次進められるとの情報です。

このワクチン接種は、今 世界各国で急ピッチで進めらています。

そこで、各国の国民性についてのジョークが思い出されます。


私の親愛する人の一人として、昭和20年生まれの外交評論家として有名な岡本行夫先生がおられます。

一橋大学を出られ、外交一筋に国際通の日本の第一人者として活躍され、産経新聞の正論のメンバーでもあられました。

しかし、御存知の昨年4月新型コロナウイルスにかかられ、74歳にして、亡くなられました。

その訃報のニュースに接した時、世界の観点から、国際情勢を分析して、日本外交の正当なる進路をご意見番として指し示す、日本の重鎮を失った事に、驚愕したことが思いだされます。

岡本先生は私の私淑する講師のお一人で、よくご多用の中、講演でご無理をお願いしまして、何回か、ご一緒させていただいた経緯があります。

非常に穏やかな好感度抜群の 俗に言う、男らしい、丹精なお顔をしておられた方でした。


いつの講演か忘れましたが、世界を回っていて、各国民性について 次のようなジョークを話され 講演のつかみを心得ておられました。つまり、聴衆をまずジョークで引き込んでおいて、深刻な外交問題を少しほぐされ、お話を展開され、中々、好評でした。


そのつかみの内容を思いだすままに述べてみます。


ある豪華客船が航海中、座礁して沈没をはじめました。

乗客は早く船から離れて海に飛び込まなければ命がありません。


豪華客船ですので、各国の方々が乗っていました。

船長は一刻も早く乗客を船から海に飛びこませなくてはなりません。

そこで、船長は一計を考えました。


まずアメリカ人に、ここで真っ先にあなたが飛び込めば あなたは、ヒーローになれますよと。


アメリア人は海に飛び込みました。

イギリス人には あなたはいま、ここで飛び込めば、ジェントルマンになれますよ。

イギリス人は海に飛び込みました。

ドイツ人には、今、このような状況です。客船のルールとして海に飛び込まなけらばなりません。

ドイツ人は海に飛び込みました。

イタリヤ人がいました。イタリヤ人には 今、飛び込むとあなたは 女性にもてますよと。

イタリア人は飛び込みました。

日本人に言いました。

各国の乗客が今、次々に海に飛び込んでいますよと。


日本人は安心して、海に飛び込みました。

このようなユーモアを世界の国際情勢の中から日本の立場を話される前置きとして、聴衆を笑わせておいて、難しい日本を取り巻く国際情勢をお話されておられた光景が思い浮かんで来ます。


私も少なからず世界を回り、現地の人々と交流してうなずけるところがあるなあと、このジョークを思いだしました。

世界でコロナワクチンの接種が始まっています。


今、マスコミでは日本人はワクチン接種をどう思っていますか、かしましく話題になっています。


このような時期に、日本人としてのワクチン接種について 岡本先生の講演の折のウイットに富んだ
各国の国民性についての話が浮かんで来ました。


ウイズコロナ時代として、どのような生き方がよいのか、問われている昨今です。


どうぞ まだまだ、収束には時間がかかるようです。


コロナには充分対応されまして、ご自愛ください。


今回も最後までお付き合いいただきまして誠に有難うございました。






senba206 at 20:26|PermalinkComments(0)

2021年01月11日

年賀状雑感

明けましておめでとうございます。


本年も宜しくお願い申し上げます。

昨年はコロナで明け、コロナで一年が終わりました。

今年の関与先に出した年賀状です。

           謹んで新春の御祝辞を申しげます。

昨年は年初よりコロナで始まりコロナで終わりました。

今年はどのような年になるのでしょうか。

いつの時代もそうですが、ウイズコロナの時代にはいり、ピンチは世の中を大きく変転するチャンスの時です。

「企業は人(人財)なり」。

40余年の人財育成のキャリヤを活かし、不易流行のもと、積極果敢に挑戦・邁進する所存です。

本年も何卒宜しくご指導、ご鞭撻の程お願い申し上げます。



このような文面で、関与先にご挨拶させていただきました。


ふた昔前の年賀状は年初の正月の大きなウエイトを占める風物詩で 年賀状の届いた枚数により個人の信用調査として、お金の額を算定し、貸します。

というような金融機関のコマーシャル等があった懐かしい記憶がよみがえってきます。


時代は様変わりしまして、今年も来年より年賀を控えますという賀状が数人から頂きました。

私の同世代になる事もあり、毎年増えいます。

私のような年配は そこまでもいかないですが、又出来る技術がないのですが、年初の挨拶はメールとの
やり取りが増えているとの事。

時代の流れを感じます。


こうして振り返ってみますと 年末に さも、新年を迎えたような文章を書いておくというのも違和感を感じることもありますが、忖度(そんたく)するという最大の一つのとらまえかたのように、拡大解釈しています。


いつも、年末に賀状の整理をして、今年は誰にだそうかとチエックしながら、差し出し人の顔を浮かべながら出すのはいいのですが。


毎年、言い訳ですが、年末のギリギリまで仕事に追われた中での年賀ですので、何か義務めいた時間になり、正直、差出人の充分な振り返りの時間がない年末になります。


そして、毎年、いつも12月の初めから年賀の整理に取り掛かろうと決意するのですが。


三日坊主の性格が災いして。


年賀状は、いつも虚礼廃止の一つとして、やり玉に挙がっていますが、どのような事象においても功罪はあるように思います。


日頃、又、何年間も顔を合わしたことのない人については、ある意味では年賀一枚がその人とのご縁の心のつながりの場合が
あります。

心のそそとした元旦に 一枚の年賀に 暫し その人とのご縁を振り返ってみる機会になり 時間を止めてくれます。


又、最近多くなってきましたのは、年末の又、年賀の 奥様、お子様からの訃報のお便りです。


オーバーな表現をしますと 一生のうち、日本の人口の一億2千万人の中からの わずかな一握りのご縁のかけがいのない方々です。


このような日本の年賀状の風習がなかったら 御縁の方々とは 風の便りか 又は永遠に不明のままで忘却の彼方に終わってしまうでしょうね。


不の処は、何かと面倒で、年賀を出したのにこなったかとか、相手が喪中を知らなく出したり、こちらが喪中なのに年賀が来て、こころ配りが足りないとかで、お互いの気を弄するとか、そのような色々との、不の心が浮かんでくると聞きます。

まあ、私はあまり とらわれない、こだわらない、かたよらないで、楽しんで日本の年初の風物詩の一つとして楽しめばよいのかなと最近思います。


ひと昔前ですが、、年賀の喜び事として、このよう文章を受け取り、ほのぼのとした印象を持った事が思い出されます。

           
          喜べば、喜び事が、喜んで、喜びながら 喜んでくる。

私はその時、その言葉をもじって。

          悲しめば、悲しび事が、悲しんで、悲しみながら、悲しんでくる

このような言葉が浮かんで来ました。

又、ついでに私のような歳を重ねてきますと、小林一茶の正月の句をもじり。

          年賀状 冥途の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし、

このように枯れたら終わりですね。生涯青春で。


しかし、人生は心ひとつの置きどころです。


年明けに当たり 年賀状に目をやりながら、御縁の人々との思い出をふけってみる機会になる、年初でした。


今年もコロナで始まりました。

お互いに充分に身心に気をつけて、素晴らしい一年として、自らの手でつかみ取りたいものですね。


最後までお付き合いいただきまして,ありがとうございました。

本年も何卒、よろしくお願い申し上げます。





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2020年12月19日

世界の年末年始

こんばんわ。


今年も後2週間余りになりました。

「光陰矢の如し」と言うことわざがありますが、最近は---
又、今年は特に早かったように思いますが、皆様は如何でしたか。


今年はコロナで始まりコロナで終わりますね。


第3波の勢いが止まらず、毎日感染者が増え続けています。


何とか早く終息してほしいですが、世界でもコロナの感染者が増え続けています。


日本は余りクリスマスといいましても欧米と比べますと全く状況が違います。

やはり正月が欧米のクリスマスに当たり、日本の独特の正月の思いが強いですね。


今から40数年前に遡りますが 1973年の、第4次中東戦争に端を発し、確か昭和49年(1974年)だったと思いますが、世界が石油「オイル」ショックと称して、石油がなくなるという大変な世界消滅かという程の大事件がありました。

日本では、石油とは、直接関係のない、トイレットペーパーや洗剤がスーパーからなくなり、日本全土が、パニックになりました。

その時期の前後に、私は海外から学ぶという目的でもつて、市場調査で訪米に何回か、海外渡航していました。


その74年の、石油ショックの、世界恐慌で、正直 日本は、世界はこれからどうなるのかと 大変危惧した出来事が蘇ってきます。


丁度その石油ショックの時に 世界の石油ショックの現実は、どうなのかと、日本の正月の休暇を利用して2週間程欧州を回りました。

それまで、何度か欧州を回っていましたので、欧州の夜の何とも表しがたい華やかさも体験し、心暖まる、人間賛歌を味わっていました。


欧州の日本でいう正月も体験しました。

因みに 欧州の正月は大晦日から元旦になるときに爆竹がなり、少し騒いで、正月が終わるという感じで、二日からは全く通常の生活になります。


つまり 欧米はクリスマスが日本の正月に当たります。


なにを申し上げたいかといいますと、今回はコロナにより、世界の年末年始の行事は、全く様変わりし、世界の夜のパブや、、華やかなレストランや、また、旅行などは、自粛により、なくなるという事です。

私は40数年前の石油ショックの折の欧州を回りました。

石油がなくなるということで、華やか人間賛歌の夜の欧州のネオンが消え 索漠とした闇の死の街と化した各都市の思い出が浮かび上がってきます。


イギリスのピカデリー広場のネオンの消えた夜の街、イタリヤのローマのスペイン広場の人のいない
街、ハンブルグの灯の消えたビヤー街、パリの夜の世界を代表するリド、ムーランルージュの閉鎖、凱旋門からシャンゼリー通りのネオンの消えた、一人っこ一人いない夜の街など、石油ショック後の欧州を見てきました。

因みに欧州視察を終え 羽田空港には 夜の帰国になりました。羽田に近づくにつれ、こうこうとした不夜城の灯りを、真っ暗やみの中から 忽然と現れました。


この地球上の唯一の、ユートピヤのような印象を持つと共に、このような世界が打ち沈んでいる時期に、俗にいう日本は全くのノー天気でいいのかと、戦慄と恐怖心が走った思い出が、昨日のように蘇ってきます。

しかし、こうして、今、振り返ってみますと、そのような世界恐慌の時期でも、日本人は 当時の情報不足もあるかも知れませんが、前向きに楽観的にとらまえていたこそ、ある意味では、日本は、世界の二位に上り詰めたエネルギーになったのではないかと、解釈も出来ます。


さて、そのような事を思い起こしますと、今回のコロナ禍も、人類はこのような変転する歴史を繰り返し、学習し、進化していくのではと、何か悟りきった心境にならざるをえません。

世界の年末の風景は(クリスマス) 年明けの日本の正月の風景(昔と変わりしましたが)と共に、全く、様変わりした正月になるでしょうね。


来年もコロナと共に歩んでいく年になると思いますが、常にウイズコロナに対応する陽転思考で、新たな新年を迎えたいものだと思います。


今年一年拙い私の雑感にお付き合いいただきまして誠に有難うございました。

どうぞ素晴らしい良い御年をお迎えください。

最後までお付き合い有難うございました。







senba206 at 21:18|PermalinkComments(0)

2020年11月14日

ノーベル平和賞

今日は。


今回もウイズコロナから始まりました。


第3波ということになるのか、世界のコロナの大幅な新規感染者の拡大傾向を二ユースで聞いていましたが、日本も増加してきましたね。

日本は島国であるし、一億総マスク着用と言っても過言でないほどの ある意味では国民性で 秩序正しい国 清潔感の強い国でもありますし、日本だけはと 期待していましたが、少しあまかったですね。


今年の春には、万が一夏まで感染が続いた時にマスク着用は、日本の夏の気候風土から、ありえないと思っていたところ、見事に全国民がある意味では 暗黙のうちに 一致団結して、夏用のマスク等も開発され、本当によく頑張ったと思う夏でした。

しかし、今の世界のコロナ状況をみると、世界は一つ、地球はひとつですね。。

つまり宇宙での唯一のかけがいのない星と言う事になります。

そんなことを再確認させた、最近の世界の感染者の増加です。

しかし、これ以上増加しませんように。神に祈るような心境です。

そのような時に 今年のノーベル平和賞は、世界の餓えを救うという 食糧支援を続ける国連の機関である 世界食糧計画(WFP)が受賞されました。

私は、毎年秋のノーベル賞受賞の時期になりますと心がざわつきます。

今年は残念ながら日本人の受賞はなかったですが、平和賞に世界食糧計画が選ばれた事に大変うれしく思いました。


今、世界の人口の9人の一人に当たる9億人が飢えた状態で、又、おなかがすいて餓死していくと言われています。


おなかがすいて餓死する。いったいどのような状況なのか、食いしん坊の私には、考えるだけでも、戦慄が走ります。

そこで、私の小学校時代の担任の先生の話が思い出されます。

セピア色の私の小学生時代の担任の先生は 戦争の時は、ビルマで戦っておられたそうです。

第二次世界大戦における南方での戦いは 戦争の末期には 敵との闘いではなく 飢えをしのぐ食糧との闘いであったとお話されていました。

私達も先生の戦争体験を聞くのが大好きで、よく先生に戦争の話をねだりました。

大岡昇平先生の小説の「野火」ではないですが、先生からの話からでも うかがい知る事ができました。

ここでは余り書きたくないのですが、飢えをしのぐため 草花、雑草を含め、又、動物という動物、動くものは、全て食べたとの話が浮かんできます。

そのために、たくさんの兵が食中毒でなくなっていったとの話でした。


人間が生きるという動物的本能です。

アメリカ軍は、外地で戦う兵隊のための食糧を決まった時間に飛行機で大量に、戦場に投かんしていくとの事。。

それを見越して 日本兵は敵を倒すのではなく、生きるがために その食糧の略奪に奔走するとの話でした。

先生は その時 そのような食糧調達のシステムも機能的に戦術に組み込まれ、また、略奪したその食糧の豪華さに、当時はタブーとされていた、日本は負けると深く確信したとお話されていました。

幼少の出来事がインプットされていることもありますが、米粒一つ残すと目がつぶれるという時代に生きてきて、戦後の食糧難の時代ではありましたが、その当時は 幼心に本当に目がつぶれるという思いで、一粒も残さず食べた記憶が浮かんできます。

そのような事もあり、今年のノーベル平和賞は世界食糧計画が受賞された事は、大変うれしいニースでした。


特に今年はコロナの感染で、世界の景気が悪くなり、仕事がなくなった人が増え、深刻な飢えで苦しんでいる人が急増しているとの事。


日本で一年間の廃棄される食品ロスは612万トンで、世界食糧計画(WFP・本部ローマ)が世界に支援した一年間の食糧は420万とのこと。


つまりWFPが世界の飢えた人々に送る1・5倍の食糧が、日本で廃棄されている現実です。


それは、一億二千万の日本人一人当たり 毎日のお茶碗一杯の食べ物を捨てている勘定になるとの事で我々 日本人全体が考えなければならないゆいしき現状です。

お金は一円落とすと、必ず探して拾います。捨てる人はいません。

食糧もお金と一緒です。


2015年、国連サミットで採択されたSDGEs(持続可能な開発目標)として 30年までに 17の目標の一項目として、「貧苦をなくそう。「飢餓をゼロ」にと掲げていて、我々の事務所もその問題に向き合って取り組みのお手伝いを進めています。


生き死ぬの根本である食糧問題を、一人ひとりが意識して、真剣に取り組まなければ 食糧不足とか、そのしっぺ返しが必ずあると危惧しています。


そのような話は別にして、コロナ問題一つとってみても、世界人類は一つ、地球は一つです。


今回のノーベル平和賞に世界の飢餓撲滅を目指した「世界食糧計画」が選ばれた事は、有効なワクチンのない現状では、食糧の供給が最善のワクチンであると評価した賞として、地球人の一人として、大変嬉しく感じた今年のノーベル平和賞でした。



今年は本当に一年が早いですね。


来月は12月、師走です。厳しい寒さに向かいます。

コロナ、インフルエンザ、どうぞご留意 ご自愛ください。


今回も最後までおつきあい頂き有難うございました。






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2020年10月31日

不易流行

今晩は。


10月も今日が最後の日で、明日から11月に入りますね。


月日が立のがどんどん早くなって、今年は、事のほか早いように感じますが皆様は如何ですか。


コロナで開け、コロナで今年は終わりそうですね。


最近、コロナ鬱という言葉が、巷で聞かれるようになりました。


確かに 今まで当たり前の事が当たり前でなくなって、今までの生活が一変しました。


職場も、従来のように、朝決まった時間に家を出て、決まった時間に家に帰り、時折一杯飲んで、同僚達とサラリーマンの特権である 愚痴をいい、うっぷんを晴らし、家に帰る。


そのような、当たり前の一日のハンで押したような 日本のサラリ―マンの日常のライフスタイルが大きく変わりました。


ある企業では、社員の9割が在宅勤務で つまりリモートで 1割が事務所勤務という事例も 先般マスコミで紹介されていました。


当然、そのような変化のもと、会社は、社会は、大きく変容していきます。


この世の中の流れは 川が流れるように堰止めることはできません。


川の流れに身を投じて どのように 流れる川の中で対応するのかが これからの人生の大きな生き方と思われます。



そこで、思いだすのは、学生時代の多感な時に 学んだ 元禄時代の俳人の松尾芭蕉の奥の細道の序章です。


         月日は百代の過客にして、行きかふ人も又、旅人なり。


月日は 永遠に終わる事のない旅をする旅人のようなものであって 去つては、またやって来る。

年も又旅人のようなものである。

芭蕉が云いたかった 不易流行の言葉が浮かんできます。
 

この不易流行を私なりに解釈して、このウイズコロナの中で述べてみたいと思います。


不易、私はこのようにとらまえています。人間の心はあの、何千年前のロゼッタストーンとして有名な石に書かれていた、最近の若者は礼儀知らずでどうしょうもない。


又、清少納言の枕草子のいとにくきもの 最近の若者のふるまいはとか。  


デ、カン ショ節で有名な デカルト、カント、ショッペンハイマーの時代から、イエスキリスト。お釈迦様
、孔子、孟子、空海さん、最澄さん、等、人間の心は、地球上に人類が生まれて以来、少しも変っていない、つまりは人間は、幸せ求めて放浪してきたといっても過言ではないと思います。


そして、不易流行の流行は、この地球が生まれて、世の中の流れは変転の激しい連続の歴史でした。


大俯瞰でとらまえると、不易流行の不易は、大阪城でいえば石垣の処で、その上に、流行としての幾多の革命 変転があり、今回は ウイズコロナの中での流行をどのように対処するのかと解釈できるのではないかと思います。

少し理屈っぽい文章になりましたが、要するに今コロナで世の中が180度変転しています。


しかしそのベースには心があります。親が子を思う慈悲の心や、子が親を思う心 その心をどのように律するかが、ウイズコロナの中での生き方ではないかと思います。


我々は裸で生まれて、裸でこの世に別れを告げます。この一点につきます。

この意味あいは非常に含蓄のある根源的なフレーズではないかと思っています。


つまり、生きているのではなく、生かされているという事になりますが、私のような凡人では中々理解しきれない事になります。

今回はコロナ鬱という言葉が聞かれるようになり 松尾芭蕉の不易流行から、不易流行の言葉を私なりの解釈をしてみました。

自分自身も纏めながら、少し、頭が混乱した文章になりました。

難解な思いにお付き合いいただきまして誠に有難うございました。


夜も更けてきました。

今年は秋の夜長の中での虫さん達の声は聞こえてきませんね。



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2020年09月20日

幸・不幸

今日は。


今回もコロナから始まりました。

コロナの方は、少し、収まってきたのか、はたまた我々もマヒしてきたのか。


しかし、世界の情勢を見ますと、感染拡大の一途を辿っていますね。


最近感染病について、色々な書籍が出ていますが、人類の歴史はウイルスの戦いだったんですね。

14世紀のぺストの世界的大流行がルネッサンス文明を生み出したと言われいます。


今回のコロナアフターは何を生み出すのでしょうか。


私自身は人生の晩節(生涯青春)を迎えて、どちらにしても、何百年に一回の歴史に残る出来事に遭遇したのですね。


不謹慎な言葉かもしれませんが、今回のコロナ禍により、「命」と真正面から、向き合う事が出来たのかなあ。

マイナス思考の私はそのように解釈して、毎日を公私に亘りコロナ対策をしながら生活しています。


今回のコロナ禍は、どのようにとらまえるかが、この世に生を受けての人生の最大の課題である 幸、不幸の問題に突き当たるのではないかと思ったりします。


よく、譬え話で出ますコップのお話です。


喉が大変乾いていて、コップの水を一気に飲みました。

半分程飲んでコップを見ました。

わあ、残念だ、マイッタ、あと半分しかない、と思うのか。

わあラッキー、まだ半分ある。


現象はコップに半分水があります。

「あと」 と 「まだ」かの思いだけで、半分ある水を、「幸」と見るのか「不幸」とみるのか、少しオーバーな事例になりましたが。


「泣きばあさん」の例も本質をついていますね。
                 
                 泣きばあさん

       昔、昔、京都で一人のおばあさんが住むんでいました。
       おばあさんには 二人の子供がいました。
       一人の息子は、西の方で、下駄を売っていました。
       もう一人の息子は東の方で、傘を売っていました。
       天気の日には、おばあさんは、東の方で、傘を売っている息子の方に向かって,
       可哀そうに、天気なので、息子は傘が売れなくて困っているだろうなと
       シクシク泣いていました。
       雨の日になると、西の方で下駄を売っている息子に向かって、可哀そうに
       この雨で下駄が売れなくて、さぞ、息子は困っているだろうなと。
       おばあさんは、毎日泣いていました。
       そこに一人のお坊さんが通りかかり、なぜ泣いているのですかと、
       おばあさんに尋ねました。
       おばあさんはこれ幸いと一部始終 事情を説明して、お坊さんに
       同意を得ようとしました。
       お坊さんはじっとおばあさんの言う話を聞いていました。
       そしておばあさんに言いました。
       幸せになる良い解決策がありますよ。
       おばあさんはお坊さんの言う解決策です。
       こころ弾ませてその解決策はと、尋ねました。
       お坊さんはこのように話をして立ち去りました。

       雨の日には、、東の方の傘を売っている息子の方に向いて、良かったね、
       雨が降って 傘が売れて。
       晴れの日には、西の方の下駄を売っている息子の方に向かって よかったね。
       天気で下駄が売れて。

       その後、泣きばあさんから、毎日ニコニコばあさんに変わったとさ。


幸、不幸は自分の心が決めるものですが、物の見方、考え方、立ち位置を変える事によって、この世に生まれた人生の最大の目的である幸せを、今回のコロナ禍を拡大解釈をして、考えてみました。



そろそろと世の中が動き出してきました。

全てオール良しで毎日を楽しく愉快にと言い聞かせて 今日も又。


今回も最後までお付き合い有難うございました。

朝晩は少し凌ぎ易くなりました。

コロナ対策もしながら、お身体ご自愛ください。

                           有難うございました。、








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2020年08月25日

10代の活躍

今日は、


もう6か月程、コロナ、コロナで正直気が滅入ってしまいますね。


3月の中旬には、恒例の40余年と進めています新入社員研修の事もあり、願望も含め、3月の後半から、4月にかけては、
ある程度収束しているかと踏んでいました。


が、それどころか、第2波到来で収まりそうにありませんね。


これからあとどのぐらい続くのか、このコロナ禍に お互いに気持ちだけはオープンにして前向きにとらまえないと、身心共にコロナ鬱に入り込んで、日本経済共々コロナに負けてしまうのでは。


世界が今こそ、一つになって叡智を絞り
コロナごときに、負けてたまるかと云う心情で 吹き飛ばしたいですね

さて、明るい話題としては、将棋の高校生プロの藤井聡太棋聖が 、マスコミ界で有名になられている、ひふみん事、加藤一二三九段(80歳)を抜き八段昇段の最年少記録を62年ぶりに更新しましたね。


そして、史上初の10代による最年少二冠を達成するといういう偉業をなした二ユースで、持ち切りでしたね。



思い起こしますと、加藤9段が最年少の8段になられたのは1958年(昭和33年)だったんですね。


子供心にその時の紅顔の美少年の加藤先生が、マスコミを賑わしたニュースは記憶に残っています。


と言いますのは、当時は 終戦から10数年 色々と遊ぶ場所も、機会も、又、遊ぶ道具もなかった時代です。

大人、子供も含め 将棋が唯一と言ってもよいほどの娯楽でした。

当時は、当然 扇風機もなっかった時代で うちわだけが,夏の暑さを凌ぐただ一つの道具でした。


我々、5人家族が夕食をしているときに いまは亡き母だけが、食事をしないで  我々4人が食事しているときに うちわで扇いでくれていた セピヤ色の母の無私の愛が懐かしく思い出されます。


さて、蛇足になりますが、家は当然蒸し風呂のようになっています。必然と夜は家族総出で 表にでて、夕涼みとなります。


そこで遊ぶもののない時代です。

簡単で 費用もかからない将棋がブームになり、夜にもなりますと、床几が何台も表に並び、何卓も将棋盤が並び、老いも若きも将棋となった時代です。


その時に今、マスコミを大いに賑わしておられる、ひふみんの加藤一二三9段が最年少で8段に昇段したのですね。


時代考証でお分かりいただくと思いますが、今と比較できないほどの二ユースであったと想像がつかれると思います。


当時の落語でもよく将棋の演題で口演があり、笑い話として、お互いの手持ちの駒の確認の時に、、あなたの今の持ち駒は?とたずねられ、私の手持ちの駒は 金、銀, 飛車、と取られないように王さんと答えたという、ヘボ将棋等の話が有名です。


又、王より飛車を可愛がり等の言葉も生まれたのはその時代でした。


今回の藤井棋聖の8段の昇段に当たり加藤9段のコメントが印象的でした。


このさき、如何にAI(人工知能)が進んで隆盛を誇ろうとも、藤井聡太2冠には 人間の探求心と道心の先にある芸術的な一手より、盤上での感動を追求してほしいという内容です。


「おゆきの歌」、を歌われた将棋の内藤邦雄先生(年末のNHKの紅白歌合戦で、将棋界で初めて出演)の講演の中で、9×9=81面の盤上の中で、おゆきの歌で歌手になり、その事が、人間的な幅になり、将棋の世界の読みに活かされ、その後、確か2冠の将棋のタイトルを取られた話が、思い出されます。


余談ですが、最近はお会いできていませんが 内藤先生とは長年に亘りお仕事でご一緒さていただき、先生の直伝による「おゆき」の歌を指導していただいた思い出が浮かんできます。(今もカラオケに行ったときにへたのよこづきですが、時折おゆきの歌を歌っています)



何かと心の重たい時に、10代の藤井棋聖の日本の将来を担う若者の素晴らしい活躍に触れ、日本の未来に、何か安堵感と共に、一服の清涼材になりました。


熱中症も流行っています。

水分と休養をしっかりとってこの暑さを、コロナと共に、吹っ飛ばしたいですね。


今回も最後までお付き合い誠にありがとうございました。、


次回のブログは。コロナ禍が収束していますように。









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2020年07月26日

オキシトシン

今日は、


4連休で、最後の一日となりました。

皆様方は如何お過ごしでしたか。

私の方は、娘が孫達をつれて、姫路から二泊三日で車で帰ってきていました。、


今 又、感染の増加で、県内をまたいでの移動が云々されていますが、やはり、孫達の訪問は心の温まる時間で 昨晩元気に姫路に帰りました。


いつの時でもそうですが、孫達の年齢とともに台風一過の状況はなくなってきましたが、いつも家内と二人なので、又、もとの生活に戻り 一抹の寂寥感の漂う連休の最後の一日となりました。


さて、最近は、パソコンを事務所より持ち帰り、一人書斎で徒然なるままにボードに向かっています。


従前にも記しましたが、我々の身体には、自然治癒力を含め、オキシトシンという幸せホルモン、愛情ホルモンがあるとのことで、単なる情緒的な、感覚的な事でなく、医学的に立証されています。


私は医学的な素養は全くないのですが、そのオキシトシンのある場所は 脳の中の視床下部という場所で生産されるとの事。。


オキシトシンの研究の日本の第一人者で、数年前、医学博士の高橋徳先生の講演をお聞きし、名刺交換をさせていただきました。


その折、先生が執筆されている 人を愛することが健康になれるという「人は愛することで健康になれるー愛のホルモン オキシトシン」の本を何冊か購入し、御縁の人にプレゼントした経緯があります。


時折 先生からメルマガを頂き、先般もコロナ禍における愛情ホルモンについての動画を視聴しました。


オキシトシンはストレス反応を引き起こすホルモンの分泌を押さえ、ストレスを和らげるとの事。


ストレスは、当然 人間社会になくてはならないものですが、そのストレスをどのように対処すのかが、人生を生きていく上での幸せのバロメーターであると思われます。


オキシトシンは 脳内麻薬と言われるエンドルフィンの分泌を促し、身体の痛みを改善する作用や、自律神経の働きを改善する作用、又、胃腸障害を改善する作用、脳内の神経伝達の物質であるセロトニン(精神安定)や、ドーパミン(やる気)の分泌を促す作用などの素晴らしい物質があるとの事。



脳内ホルモンには 100種類以上の心や身体を正常に保つための物資が分泌されているとの事で、人生を幸せに健康に生きていくために、活かさない方法は全くありません。


身心一如として挙げると、人間的陽性のプラスのふれあい、つまり愛情、関心、感謝、賞賛、信頼、承認、感動などを内容とする肯定的な感情、受容的な気持ちの表れなどで、具体的には 身体的ふれあいである手を握る、ほほをよせあう、だきあう、おんぶする、うなずくなどの行為です。

(残念ながら今はコロナ禍の3密で具体的にはできませんが)

言葉よるふれあいは、明るく、温かい、愛を込めた、笑顔を添えた挨拶、やさしく話をかける、親しく名前を呼んで会話をする、励ましの言葉、誉め言葉、親切に応答する。


(この言葉はコロナ禍でも、全く問題ではありません)


このようなふれあいをする事に、「情けは人のためならず」で、人のためにするのではなく、自分自身の幸せために、内在する素晴らしいオキシトシンの分泌を促し このコロナ禍の中で生きにいく資質としたいと思います。


 オキシトシンの分泌を促すには、私流に解釈すると、上記の人間的ふれあいの根底に流れる禅の教えにある、素直、自省、謙虚、奉仕、と一番大切な感謝の心につきると思います。




その為にも、「有難う」の言葉を日常の慣用語として、常に身につけ、このコロナ禍を前向きにとらまえ、人間の内在する素晴らしいオキシトシンの分泌を引き出すことに努め、愛情豊かな幸せな人生に、陽転するチャンスではないかと思う今日この頃です。

 昨日も6歳の孫の紅葉のような手で、一緒に手をつなぎながら、歩いていると 至福の時間に思えました。


このふれあいを 至福の時間と思える、これも脳内ホルモンのオキシトシンが分泌されている証拠なのですね。

そのような理屈は別にして、今回も申し上げたかったことは、今コロナ禍で、コロナうつという現象がでています。。

だれもが持つ素晴らしい幸せの愛情ホルモンーオキシトシンーが、精神的にも、又肉体的にも後退しています。


今回のブログも コロナ禍における対応を 身心一如の上記の人間的ふれあいを持ち、誰もが持つ人間の素晴らしいオキシトシンの分泌を、自分自身のためだけでなく、世のため、人のためにも、積極的に心がけ、このコロナ禍に打ち克つ努力をしたいと思います。


日頃のオキシトシンを活かす事に、躊躇していた自分に、反省をこめてまとめてみました。


今回も最後までお付き合いありがとうございました。

どうぞ、コロナには、オキシトシンを出すことで、ウイルスを吹き飛ばしてください。


   

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2020年06月21日

コロナ後の対応

今日は。

今日は父の日ですね。

姫路に嫁いでいる娘から、僕の好きなコーヒーのドリップパックと よく失くす事を知ってか、ハンカチのセットのプレゼントを受け取りました。

何歳になっても、その娘の優しい心遣いが嬉しい一日で、湯を沸かし、家内と一緒に飲むひと時の、こころ温まる一日でした。


さて、やはり まだ、コロナ問題ですね。


今年1月16日厚生労働省が国内発の感染者を確認と発表され 2月5日に大型クルーズ船ダイヤモンドプリンセスで乗客乗員の10人の感染が確認されました。


13日国内発の死者が確認され、24日政府の専門会議が これからの1〜2週間が瀬戸際との見解が出ました。



26日は、安倍首相が大規模イベントの2週間の自粛が要請され、翌27日小、中, 高と全国一斉の臨時休校の要請から始まり、24日のオリンピックの中止等を含め、紆余曲折して そして、5月25日緊急事態宣言が全国で解除されました。



当初は、比較的安易に3月中旬頃には新型コロナウイルスも終息に向かうものと判断しまして、時折ブログでコメントしています40余年と春の時期に開催しています、新入社員の合宿を、開催すべく諸準備万端滞りなく進めていました。


しかし、予想に反して、感染者が拡大の一途をたどり、約300余名の日本の将来を担う大切な若者の春の合宿を、すでに述べさせて頂きましたように、断腸の思いで中止にしました。

当初予測しました思いと 今回の100年に一回と言われるコロナ禍は、これからの世界にまた、日本に、企業に、個人の在り方について、大きく180度変転することは確かな事と思われる結果になりました。



コロナウイズの中において、コロナの感染拡大を防ぐために多くの企業は、働き方改革の一環として、好むと好まざるにかかわらず、在宅勤務等を踏まえ、諸対応策を、業種、業態を問わず、方向チェンジを余儀なくされ、進めてきました。


今後のアフターコロナは、私の全く不得手な分野の5G、人口知能、量子コンピューター等の領域が拡大され、日本の将来における社会の在り方や、経済の仕組みを大きく変える重要な転機となる事になるでしよう。


このようなコロナ渦の諸問題を「ピンチをチャンス」と とらまえて対応することが企業存続の要となるのは 間違い事でしょう。

しかし不易流行の不易の人間のみ持つ心のところは、今まで以上に非常に大切になり、これからは、健康で生きていく上での最大の武器になるのではないかと思われます。



コロナ後の大切なところである「身心一如」と言われる、禅の精神をより鮮明に具現化することではないかと思います。


つまり心と身体の一体の健康です。(病は気から、命あっての物種)


常に コロナ後は、益々、プラス発想で物事をとらまえ、責任を他に転嫁する心を持たないで 他利自利の精神で、感謝の心をより

つまり不易流行として、人間として、変わらないものと、かわるものとの具現化をやり抜いていくことと思います。


つまり禅でいう まず、実践です。



今回もやはり、コロナ問題になりました。


第2波とか、3波とか、云々されています昨今ですが、お互いに、コロナ禍を「ピンチをチャンス」として、具現化して、頑張りたいものです。

どうぞ、収束に向かっているとの事も言われていますが、ご自愛下さい。


今回も最期まで、お付き合い有難うございました。




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2020年05月23日

ウィズコロナ

今日は

昨日、大阪は緊急事態宣言が解禁されましたね。


何かホッとしました。

今日は土曜日で家内と 車で一駅向こうにあるショッピングセンターに買い物に行きました。


ここ一か月半程、その大きなショッピングセンターは、自粛規制により食品売り場の一角だけが、ボンヤリと少しの明かりで営業が續けられていました。


時折、その間、会社の通勤の帰り等、自宅の駅より、一駅先にあるその駅前の大きなショッピングモールに食品の買い出しに行ったりもしていました。

今日は解禁により、ショッピングセンターに入りましたが、食品売り場はさることながら、二階〜4階まで、全ての店がオープンしていました。そして、時折食事していましたフードコートも。

その華やいだ風景に、何かある種の感動を覚えました。


私が長年時折、買い物の折とか、食事とか、又、一杯のコーヒーを飲みながら、家族と待ち合わせしていた、フードコートとか。


僅か1カ月足らずの出来事でしたが、長い時間だったように思います。


まだ、全ての人がマスクをした状況ではありますが、歩一歩、人としての営みが再開されたそのような、人としての温かさを、目に見えない心の交流を感じた風景でした。


アフターコロナは、どのような世界が待ち続けているのでしょうか。


私はコロナ後よりも、今後とも、ウイルスとの共生、つまりウイズコロナ(コロナとの共生)の考え方が大切なように思います。つまり、今後自然環境の変化と共に、又、新たなウイルスが、人間と対抗して、現れてきます。



ウイルス、つまり、感染症との闘いを人類は繰り返してきました。

文献を紐解いてみますと、14世紀にペストが流行して、欧州で全人口の三分の一が亡くなったと言われています。


17世紀〜18世紀はアメリカやインドで天然痘が流行。

19世紀には結核が。そういえば、ほんの数十年前は結核が死の病(やまい)と言われ、結核は死という言葉でした。

しかし、今は結核と言いましても、別段死を意味する言葉では、亡くなりました。


そして、よくウイルスの実例として出される1918年のスペイン風邪(インフルエンザ)が有名です。 全世界で、人口の四分の一に相当する約5億人が、感染し、死者は4000万とも5000万とも言われています。 日本では、約2500万人が罹り、死者は40万人と言われています。

そして1957年アジア風邪(インフルエンザ)、そして記憶に新しい香港風邪(インフルエンザ)



中国南部で発生した2003年コロナウイルスの脅威になった重症急性呼吸器症候群(SARS)。

2009年新型インフルエンザ そして、中東呼吸器症候群(MERS)。


今回の新型コロナウイルスと。

こうしてふりかえってみますと、人類はウイルスとの闘いでした。



しかし 今回の新型コロナウイルスはこれからの、アフターコロナの世界を そして日本の在り方を大きく変える事になる事は間違いありません。


つまり、いままでのような、元に戻る事はないという事です。

まさしく、進化論のダーウインが言いました


  強い者が生き残ったわけではない、

  賢い者が生き残ったわけではない、

変化に対応したものだけが生き残ったのだ。


この地球上の何千憶年前に生物が誕生して、今日現在まで、生き残ってきた我々人間を含めて、幾多の数知れず、気の遠くなる変化に対応して生き残った動植物です。


今回のコロナ問題も世界人類の英知を絞り霊長類の長として、素晴らしい悠久の唯一の動植物の住める星として、ダーウインの、変化に対応したものだけが生き残るという天地自然の理のもと、地球人の一人ひとりが思いを馳せるという、てつもないを大切さを感じます。


そして、この未曽有の難局を切り拓いていきたいものと思います。


緊急事態が解除され、何十年と見てきた全く当たり前のショッピングセンターの風景を、たった一か月振りの人々の解放感のある華やいだ風景を見て、安堵感を覚え感じた時間でした。

しかし、まだ、ある面では、諸コロン問題の対策の入り口です。



これから色々と問題がひとつづつ対策されていきます。



コロナ対策の一番大切な感謝の気持ちをさらに持ち続け、安寧な精神状態に努力したいと,思います。

今日の五月晴れの天候のように気を晴れやかに。


今回も最後までお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。









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2020年04月25日

自然治癒(ちゆ)力

今日は。


どうなるんでしょうね。

前回のブログで、終息に向かう事を期待していましたが、日ごとに拡大していますね。


世界は、日本はどうなるのでしょうか。


そのような思いを巡らせる今回の新型コロナ問題ですね。


なるようになる。時が解決するとよくいわれますが、今回のコロナ問題はどうしても、先が読めないので困りますね。


インフルエンザと比較すると、けして新型コロナ問題は飛びぬけたウイルスではないと、素人目に思いますが、ただ、
かかると、始末に負えないところがあるようです。



時折、感染者のコメントがテレビで放映されているのを見ますと、本当に怖いですね。


のんき者の私も 家内から又娘から、度々忠告をされていて、相当今は用心しています。


一番の問題は 自分ひとりの問題だけでなく、周りの多くの方々の命に係わる事です。


今年はコロナ元年で、この問題は今後続くものと思います。


来年度のコロナ2年は、多分 今のインフルエンザ並みになって、コロナにかかったので、少し休暇を取ります
というようになるのではと思います。


それはそれとして、早くコロナ用の新薬が開発されますと、一気に今の世界情勢は解消されるのではないかと思います。


私の解釈では、昔、インフルエンザの予防にとして、自然治癒力の事が書かれていました。


生きとし生きる動物に備わっている動物の本能の自然治癒力です。


人間以外の動物は何か怪我をしたときとか、どうですか。

病院に行ったり、薬を飲んでいますか。


自然に自力で治っていくのですね。これが自然治癒力です。


人間も大昔はその自然の力で、治してきました。


古代ギリシャのヒポクラテスは からだ自体に不調を治す働きがあると指摘しています。


そして、自然こそが最良の医者であると喝破しています。人間の体には100人の医者が存在するとも聴きました。



そういえば、幼少の頃 今は亡き母が、私が風邪引いているとか、おなかが痛い時に、母が頭に手を当てると、なぜか熱が引いたり、おなかをさすると おなかいたが治ったりした記憶があります。


今、思いだすと 手当するという、手当という、自然治癒力の一つだったのではないかとと思ったりします。


食事をしていて、急に動いたり、走ったりしますと、おなかが痛くなりますね。

これも人間の持つ本能の自然治癒力の一つではないかと思います。


今、食べた食事が胃に入って一生懸命食べた食物を分解しているときに、動いたり、走ったりしますと、今まで食べ物の分解に100パーセントの力をだしている時に 走る事により、そちらにもエネルギーを使い分散されるので、おなかを痛くさせ、走るのをストップをさせる。


これも人間の持つ素晴らしい自然(自己)治癒力と思われます。


その素晴らしい自然治癒力を高めるには、「心の力」が大きいと医学的な研究からも オカルチックな話ではなく オキシトシンという物体がその自然治癒力の源であると言われるにいたったと,発表されています。


その自然治癒力を高めるには、少し,コマーシャルになるかもしれませんが、我々の合宿研修で進めている禅の精神である、素直な、そして、自省の心、奉仕の精神、謙虚な心、と特に感謝のこころが大切だと言われています。

この新型ウイルスに克つためには、上記の心に、我々の進めています茶道研修の5感(目・口・鼻・耳・手)を楽しませ、自然を愛し、いい音楽にふれ、食事を楽しみ、お酒を楽しみ、会話を楽しむ、そのような人間的ふれあいが、動物の特に人間の持つ、素晴らしい100人の医者を持つと言われています自然治癒力を高め、インフル同様に、この新型ウイルスに克つ方法ではないかと思います。

少し、袈裟を着たお坊さんのような達観した話になりましたが、自ら持つお医者さんが100名身体にいるという自然治癒力を信じて、新型コロナと共に共生して、打ち克ちたいと思っています。

どうぞ、お互いに、3密には、充分気をつけて、食事のバランス、過労、睡眠不足をなくし、過度のストレスを持たないで、自然流、自在流で、乗り越えたいものです。

今回も最後まで、お付き合いいただきまして、誠に有難うございました。




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