2022年04月23日

思い出のルーツ

こんにちは。


4月に入り、ここ1〜2週間は,寒暖の差は相当激しかったですね。


生きているというおこがましい事は言えず、生かされているという身体です。
(一例を挙げてみても、一日10万回も無意識に呼吸をして、心臓は頑張ってくれているのですね。)


若くはないので、60兆個の信じられない私の愛すべき細胞は、それぞれ助けあって、体温調整をするのに、必死だっのではと、いとおしく思います。


毎日、無理をしないで、援助しなければ可哀そうではと、思う最近です。

さて、いま、ブログを纏めている時に、私にとっては相当ショックな悲報が、70余年の幼馴染みから、入ってきました。


私の生まれた生家が昨日全焼したとの事。

何回か、ブログで述べましたが、私の両親は 京都の最近は和束茶として有名になった京都相楽郡の和束(わつか)の生まれで、そして、男ばかりの3人兄弟の5人家族で育ち、両兄、二人は和束で生まれています。

その後、両親は大阪に出てきたようで、私が生まれた昨日火災で全焼したとの下町で、私は生まれました。

その館は戦前からの建物で、日本は、後ほど、第二次世界大戦になるという、軍拡化の一途を辿っていた時代です。


そして、近未来に起こるであろう戦争に備え、一億総戦闘の、「勝つまでは負けられません」の精神のもと、日本各地に建てた「向う三軒両隣り」としての、5軒長屋で、それぞれの一個単位を戦術の一環として、戦争に備えた建物です。

今のように、日中でも、人と思えば泥棒と想えという寂しい言葉がまかり通る、鍵をかける時代ではありません。

各、家の入口の鍵は、常に開放されていて、文字通り昭和のプンプン匂いのする時代で、町内会は、皆、家族という下町の人情味のある時代で育ちました。

「向こう3軒両隣」は、自由に行き来し、両隣の人々になると、どちらが自分の家なのかと、、思うほど、行き来した時代でした。


夕飯の準備になると、お互いに調味料が足りないと、チョツトと隣家に借りに行くと時代で、母親の姿が浮かんで来ます。

そんな、まったりした時代でした。


そこで、私は20歳ぐらいまで、両親と兄二人と五人家族の末っ子として、甘ったれとして、過ごしていました。

夏になると当然、当時の事ですから、クーラーとか、確か、扇風機もなく、うちわが唯一の涼風の時代です。

夕方から、家の中は蒸し風呂ですので、三々五々、夕涼みを兼ね、人々が家前に集まりだし、蛾の集まる裸電灯で、床几を出し、何カ所にも分かれて、うちわ片手に、へぼ将棋が始まります。


子供は相撲も始まります。


一年中、時間があると、家前で、幼馴染の10数名の友達と、ビー玉とか、当時バイとかの名前で、ごみ箱の上に、ござをへこませ、その上に鉄製の丸くなった駒を、紐でらせん状にして、ござの中に入れ、どちらかの駒を、ござから、飛ばし、飛ばされた駒の方が負けるという遊びです。


このような話は、私のような年代が最後の昭和の時代で、多分、今の若い方々は、何を言っているのか、想像がつかないと思いますが。


その幼少の思い出の、たくさん、たくさん詰まった生家が、火災で消滅したとの事です。

よく、今まで,戦火にも偶然、免れ、まだ残っていたという、ある意味では、築100年の歴史的建造物ではないかと、身内の身びいきで思ったりする、昭和そのものの、建物でした。


兄にもそして、今は亡き兄の姉さんにも、又、わずかにその当時を知る いとこ等、又、幼馴染にも連絡しました。

一応に、電話越しに、何とも言えない、驚きの声が聞こえてきました。


なにか、こうして、現実にはまだ、信じられないのですが。消滅したとなると、幼少時代と多感な青春時代を過ごした生家です。。


両親との思い出、両兄貴との思い出、幼馴染との、又いとことの、甘酸っぱい思い出。


涙ボロ、ボロではないですが今は何か、私の生きてきた証のルーツが絶たれたようで、寂寥感で、胸がいっぱいです。


ブログを紐解きましたら、2007年9月に生家というブログ名で、20数年ぶりに、生家の前に、夜一人たたずむ、ほろ苦い自分を吐露した、記事があります。



今回は 先日の3月の終わりから、4月にかけての恒例の40余年に亘り開催しています、日本の将来担う、新入社員の合宿研修会についての、コロナ下で、寝食を共にした若者との思いを書く予定でしたが、急遽、生家の悲報になってしまいました。


私事に最後までお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。

春のない、季節の分かれ目です。どうぞ、ご自愛下さい。





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2022年03月21日

裸の王様

こんにちは、

ここ10日間ほど、寒暖の差が激しいですね。

10日ほど前は,日中は初夏を思わすような気候で、まさしく地球は温暖化になってきたと、感じましたが。


ここ、数日の肌寒さで、桜の蕾もびっくりして、又、しぼんだように思います。


さて、ここ2〜3週間で世界の情勢が一変しましたね。


第二次世界大戦の折の記録映画の中か、映画の中で見てきました戦争が、実際に行われていると言う事実です。


確かに、第二次世界大戦後、各国、各地で小競り合いはありましたが、これほどの本格的な戦争になりつつある争いはなかったように思います。


我々 日本人は、久しく良く平和ボケという言葉でかたずけられてきましたが、今回の件を他山の石として、身近に起こった出来事ととらまえて 危機意識を持たなければと痛切に思いますが、
皆様方は如何思われますか。


では、どうすればよいのかと言われると、窮しますが。

まずは他人事と思わないで、我が事のような身近な出来事と思い、(大変難しい至難の技ですが)、そして、早く休戦になって、ウクライナの人々が、まずは、毎日を平凡な当たり前の生活にもどれますよう。


同じ悠久の宇宙のかけがいのない 一つの星の地球人の一員として切望します。


しかし、考えてみれば、たった、一人の人間が、世界の70億人の人生の幸福を左右すると言う現実に何か、恐れおののき、クレージーな出来事として、戦慄を覚えます。


その事で、幼少の折に読んだ、アンデルセンの童話の「裸の王様」が思いだされます。


確か、一人の、衣装にうつつを抜かす、権力者の王様の物語で、仕立て屋を装った詐欺しに騙され、全く透き通った服を、家来が、素晴らしい服と、王様の意見にさかわらず、服従し、ほめたたえる物語です。


そして、王様が自慢したいがために、その透き通った裸当然の服をきて、下着姿で宮殿を出て、部下をしたがえ、パレードに出ます。


民衆は、その裸の王様の服を、素晴らしい服であると、褒め称えます。


王様が悦に入って、パレードが渦中に、さしかかった時、一人の子供がパレードの王様に一言、「あれ、この王様は服を着ていない、裸だよ」。と言います。


有名な裸の王様の寓話です。


この話は、寓話ではなく、人間の心理をついていると思われます。

私自身も小さな2つの会社を、一応社長と呼ばれて企業を長年経営してきました。

私は、常に心がけてきた事は、裸の王様にならないようにとの事でした。


しかし、人は権力を握ると、往々にして、自分を見失い勝ちになる事です。

つまり、腰巾着のヒラメを、べんちゃらと思いながらも、どうしても人間の心理として、可愛がるようになるという事です。


つまり、人は諫言する人物を煙たがり、自然と遠ざけていきます。


皆、トップに立ち、自分だけは、そのようなは、考えられないと異口同音に言いますが、結局、頂点に立つと、我(が) つまり,わがままが顔を出します。


そして、異論を排しし、独断と偏見で場を治めていきます。


それが、道にかなえばいいのですが、、往々にして、衆知を集めないと、道理にかなった、本質を見失う事が当然生じます。

道にかなった、諫言する参謀を持つ、非常に難しいことで、相当の人間の器の大きい人でないと、又、世間の理(ことわり)を理解していないと、至難の技と思われてなりません。


しかし、この参謀の成功例の代表として挙げられるのは、,世界のホンダ、世界のソニーの参謀が挙げられます。


国もしかり、過去の歴史を紐解くと、常に独裁者がこの地球の歴史を支配してきました。

その独裁者が、得てして、とんでもない方向に走り、常識では考えられない行動を起こします。


つまり裸の王様になって、諫言する参謀もなく、又、排除して、全て自分が正しいと思い込んでしまい、自分に益しない事は 全て、悪であると、ありえない妄信をしてしまう事である。


今回の一連の紛争ではなく、戦争が物語っています。


相当、世界の首脳陣が 自然の法則の理(ことわり)のかなった常識ある行動をしないと、第三次世界大戦にまで、発展し、時折映画で見た世界の滅亡するときが近いかもしれません。


何だ、いつものように、オーバーな思いであったなあ、と言われる日が 近い間にやってきますように。


人間はそんな、裸の王様のような、愚かな人物ではないことを信じて。


三寒四温でもうすぐ、春です。


今月末と4月の初めに40余年と開催してきました。人生如何に生くべきかの理念で、コロナ下の三密を避けて、将来の日本を支える、若者の新入社員の研修が始まります。


今、スタッフ一同その研修の事前準備でおおわらわといつた処です。


次回のご挨拶の時は戦争が終結して、平和が訪れていますように。


今回も最後まで、お付き合い頂きまして、誠にありがとうございました。


健康管理にご自愛を。




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2022年02月23日

我、いかに生くべきか

こんにちは。

今年の冬はいつになく厳しい寒さが続いているようですが、如何お過ごしですか。


地球温暖化が叫ばれて、久しいですが、地球はまだオーバーな表現ですが、正常に季節を営みながら、宇宙の法則を守っているようで、嬉しく思います。

但し私は寒さには弱く、心と裏腹に早く春になってほしいと願っている一人ですが。


さて先週は、中堅・幹部対象の40数年と進めています禅の精神を取りいれた合宿研修会を京都の宇治の我々の専門道場のお寺で開催いたしました。


どうしても、今のウイズコロナ下で、三密として、避けなければならない中の研修ですので、我々も、三密対策を何度かのウイズコロナの中で実施しました研修のノウハを活かし、更に改善を加えながら、また、多くの意見を頂戴しながら。進めさせていただきました。


コロナ下の研修の運営で感じますことは、何度か述べさせて頂いていますが、人間の本来持っています三密の素晴らしい人間的ふれあいが、今は反対に避けなければならないという心の不毛の現実です。


研修そのものは、二日間研修生が主役で進めていきます。


人間の本能の三密を避けながら、グループ学習の時はマスクの上にフエースシールドを付け進めます。


研修生と二日間寝食を共にしまして感じました事は、、コロナ前のように、人類が、世界中どこにでも自由に行け、ハグし、心の扉を一杯一杯開放して、人間的ふれあいが、満喫できる世の中に、早くなればいいのになあという感慨です。



研修会の研修の骨子に流れる理念は、リーダーである前に自分は一体何者かの探求です。


ウイズコロナの中での人生の生き方は、目的は、幸せとは、生きるとは、人間に取って大切なものは、等と問題提議をしながら、個人学習、グループ学習、発表、トレーナーコメントと相互啓発方式で三密対策の中で進めていきます。


孟母の三遷ではありませんが、お寺という環境のなせる技で、日本人のDNAに流れる万物に対しての畏敬の念の思いの中での、「人間を問う」という研修です。


今は、ロコナ下での心の不安定の中での研修として、今までの通例の違った観点からの立場で、学びを頂いたのではないかと、自画自賛になりますが、研修性と寝食を共にして感じた次第です。

目は、心の窓と言います。


そのことは、最初お見えになった時の目と、二日間を研修を無事終え、下山(お寺の事を別名で山と言います)の折の、研修生全体の記念写真の折のカメラのレンズ越しでの、研修生の慈眼の目を見て、感じる次第です。


ウイズコロナ下の中で、心のふれあい、人間的なふれあいの度合いを、、アフターコロナの時代に、人類が再度、模索し解決していく事が、この星を守っていく我々地球人の役目ではないのか、研修生と一緒に学び、いつもの大仰な話に展開した二日間になりました。


極寒の、そして、ウイズコロナ下の中での研修での、「人間」を考え、春よ来い、の願い中での二日間でした。


今回も最後まで、お付き合い頂きまして誠にありがとうごいざいました。


オミクロンにはに充分ご留意頂きまして、体調管理にご自愛ください。


尚、「我、人生如何に生くべきか」の、一枚もののシートがあります。

もしご興味がありましたら協会まで、ご連絡下さい。

ご案内させていただきます。

有難うございました。





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2022年01月22日

賀状のゆくへ

こんにちは。


本年も宜しくお願い申し上げます。

正月は如何でしたか。

時代と共に、ビジネスマンにとっては少し長い心のくつろぎを覚える冬休みといったところなってきたように思いますが.。

皆様方はどう思われますか。


昨年も、年初に、書きましたが、正月の風物詩の年賀ハガキは、昨年は18億枚程だったそうですが、ピーク時の4割ほどに減って、毎年減り続けているとの事。


最近は、若者はメールとかSNSでの年賀の挨拶になり、又、年配層は何かと負担になるので、賀状を今年限りで止めたいという連絡が、私の方にも、年と共に増えてきました。


三昔前になりますが、賀状の来た枚数の数によって金融機関が、年賀の枚数がその人の信用のバラメータ―になるということで、その枚数により、お金の額を決めて、貸しますというコマーシャルを見たことがあります。


年賀状がそのような観点でとらまえていた懐かしい時代もあるのですね。


そういえば事務所の年賀の枚数の数に、その存在感の証として、今年は多いとか、少ないとかに、一喜一憂とまではいきませんが、その積み上げた賀状の高さに悦に入っていた時代が思い出されます。


私の自宅の方にも、300枚程頂いた時期があり、今は隔世の感ですが。

元旦の楽しみは、今年は何枚かなあとか、出していない人から頂くと、すぐに書いて、ポストに、投かんに行ったり、何日かして私が出したのに、先方は出されていないということがわかり、縁を切ろうとしているのかなあ、と悩ましい詮索をした時もあり、懐かしく蘇ってきます。


賀状に伴う話題で、二昔〜三昔前のことですが、虚礼廃止ということが、世間の話題になり、何名かの方から虚礼廃止で、今年で年賀を止めますという、年賀の最後通告ではありませんが 来た時代がありました。


当時の社会現状で納得もしたのですが、私としては、たった一枚の年賀ですが、何か、縁を絶たられようで、先方にはそんな深い考えではなかっように思うのですが、少し寂しい気持ちになった思い出があります。


しかし、其の後、数年たち、その中のお一人から、又、年賀状を再開することになりましたとご案内を頂きました。


その折の賀状の要約ですが、年毎に、年賀状の枚数が少なっていく事に、一抹の寂しさと、自分自身の存在が、世の中からなくなっていくようで、又年賀状を再開しますという内容でした。


その時はさりなんと思った時期がありました。

しかし、時代は変わり、最近は、どんどん、年賀状を今年限りでやめます。


長い間 有難うございましたという連絡が増えてきました。

人によりますと、フェースブックとか、その他の御縁で何らかの繋がりがある人は、いいのですが。


そうでない場合は、これで長いご縁がなくなり、どうか、お互いに元気で、と長いご縁を感謝して、一抹の寂しさを覚えたりする最近の一枚の年賀状です。


元旦は、年賀状で始まる世代で育ってきた私は 一枚の年賀で、その人の消息が分かり、暫し、その人との思い出を懐古する良い機会でもあるのかとも思いますが。


時代の変転で このデジタル化の急速な流れで、元旦の風物詩も追いやられていく時代になったように思う昨今です。


何となく、我々の時代の者は、時代の流れに、喘ぎながら どのように生きていくのかとの問題提議もされているのかなあと、いつもの大仰な見方を、年事に訃報の案内も増えるなか、少なくなくなる賀状の束をみて、感じ入る正月でした。



厳し寒さが続いています。

もう記事にはしたくないですが、オミクロンという新種のコロナが増殖しています。


どうぞ、ご自愛下さい。



本年もよろしく申し上げます。


最後までお付き合い有難うございました。





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2021年12月26日

コロナ下の7つの身心健康法

こんにちは。


今年も後、1週間になりました。

良く冒頭に書く言葉ですが、[光陰矢の如し]  この言葉が年齢を重ねるごとに早くなってきました。

特に何故かコロナ下になってから、スピードを加速したように思いますが、皆様は如何ですか。

さて、コロナですが一か月前は収束に向かって、サアーヨシ、と本格的に始動と胸躍っていましたが、オミクロンという新種のウイルスが、世界的に流行の兆しを呈し、日本にも、徐々に感染が広がっていますね。


最近、思うのですが、もう、いい加減にしてほしいという心境です。


まさしくウイズコロナ時代をどう生きていくかといったところです。

さて、最近の社会ニースは、異常を通り越して、耳を、目を覆いたくなる事件が多いですね。

考えてみれば、昔から、石川五右衛門が、かまゆでの処刑の前に言った、辞世の句として有名な、 
「石川や、浜の真砂(まさご)は尽きるとも 世に盗人の種は尽きまじ」。


この句のように、人類が存続する限り、盗人は永遠につきることはないと言う、ある意味では、さりありなんと思われます句ですが、ここ1年〜2年は犯罪の質が変わり、おぞましい事件が多発していいるように思います。


コロナ下の中で、研修を通じて思う事は、研修生は何らかの心の片隅に不安を感じながら、抱きながら生活している様子が、寝食を共にして、肌で感じます。


研修中、時折、教材に活用します仏教の経典の雑宝蔵経の一説にある、「無財の七施」(むざいのしちせ)という教えがあります。


この教えは、我々現代人が無くしてきた、特にコロナ下の中で、心の余裕がなくなりつつある今日、自分自身の心の安寧にとっても、非常に大切な必要な教えではないかと、最近の戦慄を覚える事件を、垣間見て、思います。


この教えは、もうすでに皆様もご存知かと思いますが、少し、私流に解説してみたいと思います。


無財の7施のその1は、眼施(げんせ)です。


つまり目の施(ほどこし)です。この言葉は何度も述べさせて頂いていますが。

ウイズコロナ下の中で、特に、マスク越しになりましたが、それゆえに、目はより大切になってきました。


「目は心の窓」です。「目は口ほどに物を言い」です。つまり身体の思いが、感情が、精神が、全て目に出てくるということです。


形から心、心から形、つまり形、心は相関関係と言えます。

常に、慈眼、つまり「いつくしみのある眼」を持つと言うことです。

施の2は 和顔悦色施(わがんえっじきせ)です。


ウイズコロナ下の中で中々笑顔は、難しくなりました。


どうしても心の不満があり、顔に出ます。

本来であれば、自然に出てくるのがいいのですが、中々、この時期、常に笑顔で、喜び溢れた顔になるようにはいきません。


だからこそ、形・心、です。


その施(ほどこし)の3は、言辞施(げんじせ)です。


つまり言葉の思いやりです。

言葉はスワード(刀)ようなものであると、外国のことわざにありますように、言葉一つで相手を殺める事にも繋がります。


何時の時代もそうですが、この「言辞施」は非常に大切な人間の持つ施としては重要です。

常に思いやりのある、いたわりのある言葉につとめたいものです。


その4の施(ほどこし)は身施です。

つまり、奉仕のこころです。

人の幸せのために、労を惜しまないと言う事です。


ボランティア活動等が身施に入ります。


その施の5は心施です。


特に、コロナ下の情緒不安定な殺伐とした世の中になりつつある現在に、だからこそ、心の絆、こころからの思いやりです。


その施の6は、床坐施(しょうざせ)です。


電車などで席を譲るとか、江戸時代の、江戸しぐさの腰浮かせではないですが、ふたり座れるところを一人で大股で座ったり、横に荷物を置いたりしないで、皆が、ゆずりあいの精神を持つということです。

その施の7は、房舎施(ぼうしゃせ)です。


昔はお遍路さんに一晩の宿を提供しました。


現在の意味あいに直すと、奇麗に部屋をかたずける(私の一番不得手のところですが)、又は、お客様がお見えになられた時に、事務所をきれいに清掃し、お客様を大切に遇するという心です。


このような、7つの施しが、何千年と続いた日本人の誇る素晴らしい心としてあります。


これから続くウイズコロナ下の中で、「情けは人のためならず、」つまり、7つ施しは,無財「お金がなくても」、自身の心の安寧、幸せのために、自身の身体で出来る施です。


最近続く、言葉の葉に出すこともはばかれる事件を聞く事の多い世の中に、年の瀬を控え来年も、更に、素晴らしい一年になることを願い、蟻の一針の思いで、まず、「私」からと、いつものように、粋がって、大言壮語してみました。

           来年も、更に、素晴らしい一年になりますように。

今年も、拙文に最後までお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。


どうぞ、良いお年をお迎えください。




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2021年11月21日

ショウヘイサーンの偉業

こんにちは。


11月も後半に入り、今年も1カ月余りになりました。

年齢を重ねる事に、「光陰矢の如し」ですね。


一年中で11月が一番爽やかな時期に思いますが、如何ですか。


一昨日の夕刻は月食でしたが、観賞されましたか。

知人から頂いたメールで、はじめて知りました。

毎日が何となく、私の性格か、せわしなく、心の余裕をなくしているようです。

当日は、事務所を早くでて、帰宅し、二階の応接間から、暫し、自然の妙で、欠けていく月を感傷深く悠久より続く、神秘的な月を眺めていました。

忙中閑あり、のひと時でした。

コロナも収束に向かい、全国で何百人の感染者になるなど、終息といってもいいほどの感染者数になりました。

しかし、まだまだ予断は許されないと言う事で、日本全体が暗黙のマスク生活をしています。


何度か、述べていますが、日本は和の精神のDNAが流れているのですね。


さて、嬉しい二ユースがここ数日来飛び交っていますね。

時折、アメリカの野球スポーツニュースの実況で耳にします。

たどたどしく叫ぶ、「ショータイム、ショウヘイ、サーン」と 言う日本語です。


大谷翔平選手がアメリカ球界で、年間MBPを取ったというニュースです。


実は、研修の一コマで、時折、大谷翔平選手の多分皆様方もご存じの目標達成シートを、教材に活用しています。


大谷選手が高校一年の時に作成したというマンダラチヤートによる図です。

ご参考までにどのようなものかを少し説明させていただきます。

一枚のシートに9×9=81のマス目があり、その中央の真ん中のひとマスに目的を書き、その目的を達成するために80の目標を、一マス事に書いていくという目的を達成するための目標です。

因みに目的と目標は違います。


私は、30数年前にこのマンダラシートを開発されました松村寧雄先生にご挨拶する機会がありましてた。

そして、マンダラシートを作成させていただきました。が、ーーーその後はーー、想像下さい。


話は戻りますが、なぜ大谷選手のマンダラシートを、時折、研修に活用しているのか、ということを、少し述べさせていただきます。


それは大谷選手が高校一年の時に野球監督の佐々木先生の指導で作成されたシート   です。


私は非常に関心を寄せていますのは、佐々木先生の指導内容を記事で拝見した時です。


高校野球部員にメンタル面を非常に重視されているところです。

私流に解釈すると、先生の指導は、常に「言葉」に、つまりプラス言葉を大切にして、そして、人を言葉で決して、けなしてはならない。

自分には、「運」があると思う心。

「5感」の大切さを つまり、態度、行動、表情、姿勢、身なりの大切さを。

そして、「感謝と謙虚を」と高校生に野球の上達する上に、必要な資質として説いておられます。

ここで申しあげたい事は、野球で名をなそうとするのであれば、一般的に、如何に打てるか。如何に投げるか、の技が大切です。

しかし、一見、野球の上達には、無関係と思われる心を重視されているところです。


つまり、我々が進めています研修理念である禅の教えでもある5心(素直・自省・謙虚・奉仕・感謝)の大切さを、高校野球部員に、口酸っぱく指導してこられているということです。


大谷選手は高校一年の時に、ドラフトの一位で8球団から指名を受けるという目的を立てました。

その8球団から指名を受けるために必要には、と88の具体的な目標を立てました。(目標の各項目は興味がありましたら、ネットで検索下さい)


私が、注視していますのは、その88項目の半数近くの目標は、心の問題で占められているということです。


㏚になりますが、我々が研修で盛んに取り上げているこころです。


私は、仕事の関係上、一応と言えば大変失礼ですが、多くの著名人と言われている方、つまり、「功なし名を遂げた人々」とご縁を結んできました。


その方々の共通に流れていた資質が、大谷選手のマンダラチャートの目標に掲げられているということです。


機会がありましたら、88の目標でどのような項目が、人間が有史以来求めてきました究極の幸せとは、を含め、述べてみたいと思います。


秋が短くなったとは言え、素晴らし秋日和です。

先般、11月の初旬に京都の鞍馬方面にある、夏の川床で有名な貴船神社に、まだ、紅葉には少し早かったですが のんびりと、暫しの秋を楽しんできました。



これから,晩秋から初冬に向かいます。


どうぞご自愛を。

今回も最後まで、お付き合い頂きまして誠に有難うございました。





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2021年10月23日

わきまえる

お早うございます。

ここ 二〜三日 一気に寒くなりましたね。

中国から伝わった、10月1日から衣替えということで、確か、ひと昔前は必ずその前後に冬服に切り替えていました。

しかし、ここ何年かは10月に入っても、残暑のような天候で、どうもめんどうで、夏スタイルで過ごしていました。


さすが この寒さで、そんなことなどは言っておられず、冬服に着替えざるを得ない寒さになりました。


最近、よく言われるように、一年が2シーズンになったようですね。

秋と春がなくなったような、何となく日本の世界に類を見ない、春夏秋冬がなくなりつつある季節感に、さみしさを感じる、今日この頃の心境です。


さて、毎回、書き出しの冒頭はコロナでしたが、やっと収束に向かっていますね。


昨日は日本の国内の感染者は325名で大阪は51名との事。

しかし、今年の冬は、第6波と言われ、まだまだ予断が許せませんね。


しかし、日本の凄いと思われるのは、一歩外に出ると、マスク姿の風景が、今までと全く変わっていない というところです。


少し、前になりますが、オリンピックで、女性問題の発言で、大会のトップが辞任に、追い込まれ、海外でも大きく取り上げられる社会問題になりました。


そこで、出てきたワードは「わきまえる」でした。


今回のコロナの収束に向かった状況の中でも、海外では考えられないマスク生活での、これも、日本人の独特の「わきまえる」にも通じるのではと思った次第です。


「わきまえる」私はなぜか、年齢を重ねるに連れ、この言葉にj呪縛されて 育ってきたように思います。


何年か前に、「空気を読む」という言葉がはやりましたね。


どうも空気が読めないね、というと 大人になりきれていない。


そのような言葉で使われていたように思いますが、皆様はどのように解釈されましたか。


又、 流行語になりました忖度(そんたく)という言葉にも通じる意味あいのように感じます。



そもそも 「わきまえる」という意味を 私なりに解釈すると、自分の立場から、又相手の立場から、又、しきたりから、人間関係から、それぞれの立場から、してもいい事、してはいけないことの思惑(おもわく)と解釈しています。


日本社会では「このわきまえる」という言葉が大人になればなるほど、重要な人間関係を円滑にする言葉のようです。


良く 身の程をわきまえない愚か者とか言って、それが昂じると、上述のように解釈の見解により、更迭されたりします。


また、昔の武士の世界ではオーバーな表現をしますと、切腹もの、になりかねない事がおこったりする時がありますね。

日本人の持つ 奥ゆかしさに通じる言葉として、あげられるのではないかと思ったりしますが。


この「わきまえる」という、日本人の独特の和の精神が、世界に伍して今日存在してきたワード、と言えなくもないですが、世界の中の日本を考えるとき、海外の個の精神における多様化、つまり,ダイバーシティの時代が叫ばれる現在、この「わきまえる」、つまり忖度する尺度で、世界での立ち位置はどうなるのか。


日本経済の成長、発展に、どのようにかかわってくるのか、影響するのか。

何か大きな話になりましたが、難しい言葉のように思いました。


さて、話は、秋に戻して、もう少し、昔の言葉にあります 食欲の秋、さわやかな秋、もの思う秋、心を清浄にさす秋、その秋が、ひと昔前の11月下旬まで続き、季節の風情(ふぜい)を感ることが出来ますように。

そして、12月の初旬に、冬到来の木枯らし一号が出ますように・


今回は「わきまえる」という AIでは到底、絶対受け入れがたい、理解し難い、素晴らしい 無限の日本人の持つ、脳の神秘な世界に通じる言葉を、つれづれなるままに紐解いてみました。



今回も最後までお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。

                                  ご自愛専一に。


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2021年09月25日

マスクの目

今日は。


コロナ、コロナ、で2年半になりますね。


何か、もう、うんざりで、いい加減にしてほしいといった心境です。

マスク生活も2年になりました。

海外の街頭の二ユースを見ていますと、マスク姿の人が,チラホラで一体コロナが、世界的に大流行しているのかと疑いたくなる風景が放映されていますね。

先般のオリンピック、そして、素晴らしい感動を呼んだパラオリンピックの閉会式の次回開催国のパリが放映されていました。

ほとんどマスク姿の人々が見当たらず、一体、日本だけが、騒いでいるのか、緊急非常宣言下なのかと、何とも不思議な別世界からの放映のように私は錯覚しました。



毎日、世界の新型コロナ感染者の人数が出ていますが、因みに、フランスは感染者が700百万余人で死者が11万人余と発表されています。


時折、マスクをつける、つけないで、世界各国では暴動がおこったりしていますね。


日本人は、聖徳太子以来の 和の精神です。

欧米の個の精神との、国民性が違うのかも知れません。


さて、上述しましたように、マスク姿が2年半にも及んでいます。

今年の日本独特の湿気の多いムシムシした夏を、何とか我々は、今年もマスク姿で、通り過ごしてきました。


マスク姿がどんどん習慣化していますが、いまだに、時折忘れて、取りに帰ったりしています。


さて、皆様方は、マスク越しの人に対しての評価は、どのようにされているのでしょうか。


私は、ことわざにあります、「目は心の窓」、「目は口ほどに物を言い」ということで、当たる、当たらないは別にして、今まで、目である程度その人の人物がわかるのではと、豪語していました。


と言いますのは、仕事で今まで、何万人との研修生との合宿などの関わりあいを含め、又、今までの御縁の方々、又名刺交換などの名刺だけでも、段ボール箱に数箱になります。


そのような事もあり、ある程度、私の経験上で、その人の目の表情で、人物評価をしていました。


しかし こうして、マスク越しとの対話になりますと、中々、今まで判断基準では、その人の人物像がどうしても確信が持てないような気がしだしているのが、事実です。


私の信望します京都大学の総長で、故平澤興先生が、人の人物を評価するには、顔の表情でわかると随筆されていました。


私は、顔でごまかせても、目はごまかせないとの論法で、先生の言う、その人物評価は顔でない、目だと密かに異論をもっていました。


しかし、こうしてマスク越しでの目だけでのその人の人物像は、中々難しいなあと思う今日この頃です。

つまり、平澤先生のおっしゃる顔の表情、つまり5感により、その人の人物像が浮かび上がってくる。

まさしく、その通りで、私自身も、今までその人の表情なりを見て、そして目をみて、その人を判断していたのだなあと、最近のマスク生活から感じる次第です。


その為に、私自身も、顔の表情筋を今の間に、柔和に練習しておかないと、マスク後の、今のさびついている顔の表情では、と思っています。



その為には、今のマスク生活の間に、「目は心の窓。」「目は口ほどにものを言い」。といいます。


目だけで、その人物の性格が自分なりの物差しですが、わかるように、マスク生活の今の間に、より、勉強していきたいと、最近強く思う次第です。


そして、今のマスク生活の間に、私自身も、目で語れるように、努力したいと心がけていこうと、思います。

そうなれば、今のやましい心を、純な浄化した、つまり禅の精神である5つの心(素直・自省・謙虚・奉仕・感謝)を、より強く持つことで、最終的に顔から眼に表れ、その人の人物像になるのではと思ったりしている、マスク生活の現況です。


歌舞伎役者での名優は、目力で、つまり目で、全てを演技すると言われています。


今回は、二年半のマスク生活で、人物像の見分け方につて、私が思う事を述べてみました。

10月より少し、コロナ対策も、緩和されるとの情報です。


経済活動の事もあり、皆が一致団結して、コロナを収束に向かえさせ、5感で語り合える幸せな日が、一刻も早く訪れるように、日本人の素晴らしい和の精神で、乗りきりたいと思う最近です。


今回も最後まで、お付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。


どうぞ、コロナ対策を含め、お身体専一を。







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2021年08月13日

メダリストの資質

今日は。

11日から盆休みで、いつもは孫達と、どこか一泊〜二泊で夏旅行をするのですが、今年も昨年に続きコロナで自宅で、休養です。


15日の日曜まで、全国的に雨で、今日も降り続いていますね。


さて、2020年東京オリンピックは、パラを残して終わりましたね。


皆様はテレビ中継は如何でしたか。


日本は史上最高の27個という金メダルを取りました。


初めて戦後の日本がオリンピックに参加することを許されたのは、昭和27年ヘルシンキ大会からとの事。

当然テレビはなく、子供心に、ラジオにしがみつきながら、海中ケーブルからの水泳競技の実況中継を聞いたセピヤ色の思い出があります。

当時の未熟な放送技術もあったと思います。


波の音が電波から聞こえ、又、実況中継も、時折、声が大きくなったり、小さくなったり、又、消えたりして、ラジオを叩きながら、本当に遠い遠い地球の果てからのアナウンサーの絶叫する声が、今も、懐かしく耳に残っています。


まだまだ、戦争の傷跡が残る時代でした。

日本人が異国の地で頑張っている様子に、子供心に 胸が熱くなった思い出が浮びます。

当時、水泳で世界の優勝候補の筆頭だった故古橋広之進選手が、400メートルで、8位に落ちるという予想すらできない惨敗でした。

得も言われぬ悲しみを覚えた記憶が、思い出されます。


事後、古橋選手は海外遠征で赤痢にかかって体調をくずしていたとの事。


ライバル関係にあった二番手の同僚の橋爪選手は、1500メートル競泳でアメリカのコンノとの決戦で、デッドヒートの末、2位の銀メダルにおわりました。

その折のアナウンサーの絶叫した放送が、波の音と共に脳裏に焼き付いています。



金メダリストは、コンノという日系二世の方でした。


幼い一途な心には、コンノは日本人ではないのかと、悔しい思いをしたことも懐かしく蘇ってきます。

日本という匡を考えた最初の出来事で、このヘルシンキ大会の中継が、私を海外に搔き立てた一因となりました。



さて、メダル獲得競争の有無についての評価が云々されていますが、それはそれとして、やはりメダル獲得は嬉しいですね。



ふた昔前になりますが、オリンピック精神の参加することに意義があるとの競技者のコメントに、
一部の人々から、我々の税金で参加して、メダルを取るという気持ちがなく、物見遊山ではと、ブーイングが、起こった事がありました。



今は、競技者全員がメダルを取るために参加しているというコメントです。


それも金メダルと。



銀メダルで悔しい思いをと、涙ぐみながら吐露するコメントに、何かふた昔前の事がだぶついて、隔世の感が否めませんでした。



メダルを取った選手のインタビューから、共通する思いがあったのが印象的でした。


日の丸を背負ってという思いは、当然あってしかりですが、一応に全員に共通した勝利者のコメントは
感謝というキーワードでした。


そして、涙の瞬間は、今まで、ここまで、励まして応援し続けた関係者の話になった時でした。

その思いが、波動となって、潜在能力を引きだし、無限の力になるのではとそんな気持ちにさせられた
コメントでした。


私は日本が史上最高のメダル数になった一番の出来事は、このような感謝の深い思いではなかったのではと、思った次第です。


我々が、長年研修の理念としている、人間として資質、人の上に立つ資質としての5つの心があります。


勝った、負けた等のうわべの問題ではなく、そのような心が、人間を浄化し、高め、身心共に強くするではないのかと、そんな思いも感じる勝利者のコメントでした。


純に、真摯に「素直」に、そして常に自分をチエックす
る「自省」を持ち、あくまでも「謙虚」な姿勢で、そして、自他の「奉仕」の精神で、最大のキーワードである「感謝」の気持ちに、勝者の大切な5つの資質を垣間見ました。


あるゴールドメダリストは、目に見えない畏敬のものに感謝しますという人間力溢れたコメントには 勝者足りうる資質として、大変心を打たれるものがありました。



やはり、どのような分野であれ、やさしくなければ、強くなれない、強い者は優しい、という共通の幸せの価値観も勝利者から学んだことも
,大変感動深い事でした。



50数年前のオリンピックが終わった時、次回のオリンピックの日本での開催は100年〜200年後という話でしたが。

まさか、この世で2回見れるとは。


次の日本開催は、あの世でのんびりと観戦することになるなあと、一抹の寂寥感を感じながら、一応、無事、成功裡に終わったことに安堵の気持ちと、勝負の世界の心の資質を私なりに、感じたことを述べてみました。

外は、梅雨の時期のように、雨が降り続いています。



政府もコロナの中で自宅で自粛をと、盛んに報道されています。

まだまだ、残暑は続くようです。

どうぞご自愛下さい。


最後までお付き合い有難うございました。







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2021年07月25日

平和の祭典

今日は、


オリンピックが始まりましたね。


思い起こせば、今から50数年前1963年、(昭和39
年)東京オリンピックが開催されました。

終戦後10数年を経て、日本は戦後の復興を目標に、全国民が希望を持って、突き進んでいた時代でした。


私は、学生時代で、日本が世界に羽ばたく、挑戦していく姿に多いなる、夢を持ち、感動して、テレビ越しに、熱っぽく日本選手の一挙手一投足に熱い声援を送った思い出が蘇ってきます。


丁度、テレビを入れると、その当時の開会式の折の古関裕而作曲のメロディーに乗って日本選手団が、威風堂々として、凛々しく整列して、入場してくる映像が目に飛び込んできました。


何回か見た光景でしたが、何故か、どっと涙が溢れてきて、画面がぼやけました。


多分、開催云々について、最後の最後の前日まで難産して、問題づくめの今回のオリンピックが その晩開催されるまで、こぎつけた事に対して、一人の日本人として、安堵して、やっとという思いがあったのではないかと思います。


コロナが又、増加の一途をたどる中で、開催についてのよし悪しは別にして、又、何かと、わだかまりがあるにしても、一旦決めたら最後まで、やるという一経営者の矜持も、頭の片隅にあった事も事実です。


夜、各国の晴れやかな入場行進を見て、何故か、今回の大会は勝負は云々して、このコロナ下の中で、色々の問題,課題を一つづづ、それぞれの国の事情を勘案しながら解決し、ここ日本にかけつけた来られた世界の人々が、精一杯自分の力を発揮し、地球は一つ、どうか、最後まで、無事に終わる事を、望む大会になったような気がします。


その意味では、世界が今のパンデミックに立ち向かい、地球は一つ、人類は一つ、かけがいのない宇宙の星を、みんなで、慈しみ、育て上げて行こうという思いが入った大会に なるのではないのかなと思う今回です。

ここ2週間、ウイズコロナ下で、暫しの間、各国選手が持てる力を発揮して、出し切って、活躍することを願わずには、おられません。


こうして、振り返ってみますと昭和の東京オリンピック開催の時のエピソードを思い出されます。


世界地図を日本から見ますと日本が中央にあります。


私は、20代の後半から30年代の前半まで30数回世界を視察で回りました。


世界の地図は、ご存知の大西洋を挟み、イギリス、アメリカ大陸があります。


欧州からの地図を見ますと、日本は極東、つまり、地球の果てに位置します。


当時の東京オリンピック開催の反対は、そのような地球の果て(当時の交通事情もあります)まで、選手団を派遣できない。


又、そのような世界大会を開催できる能力がない。

はたまた、東洋人がそのような事ができる能力がない(当時の世界感)と言う理由で、反対が多く、その誤解を解くために、日本の首脳陣が全世界に派遣団を送って その釈明に、人知れず、血を汗す思いで先人は世界の隅々まで、行脚したという話が思いだされます。

何か、今、思えば、隔世の感がありますが、まだ、日本は野蛮な木と紙の国であると思っている人も、多かったと聞いたりしていました。


そういえば、私が世界各国を回っていたのは、今から40年前、前後です。

確かに、その当時の事を思い出しますと、まだまだ日本の国、自体の所在が不明で、よく、香港の近くか、中国大陸の近くに隣接していて、シカゴの近くのサウスベンドに寄ったときです。


小学校の社会の教科書に、日本人の日常の生活と説明書きがある書籍をみました。

日本人は、ちょんまげをして、蕃刀を差して、チャイナ服、チャイナ靴で、手を袖に通し 両親に朝の挨拶をしている絵を見て、衝撃が走った思い出があります。


オリンピックが始まり、暫しの間、コロナの事を離れ、世界が一つになって、世界の安寧になる機会になりますように願いながらの観戦になるようです。


あの世に行くお土産にと、東京までオリンピックの観戦をと楽しみにしていましたが、テレビ越しに2週間ほど、過ごします。



皆様方もどうぞ、厳しい暑さが続きます。体調管理にご留意を。

2020東京オリンピックが始まり、その思い出も含め感傷に浸りながらまとめてみました。


今回も最後まで、お付き合い誠に有難うございました。






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2021年06月13日

幸せの本質

今日は、



コロナは まだまだ予断を許しませんが 少しずつ、感染者が減少していますね。


20日に緊急事態宣言が解除されるかどうかといったところです。


不要不急は控えて欲しいという文言が、電車の中で、又、各処で毎日、ここ2年は日課のように流されているように思います。


どうしても マイナスのメッセージは人の心を暗くするようです。


そのためにも、世界は、一つです。


早く、心からの開放感を味わい、従来どうり、世界の端から端まで、スマホの世界ではなく、行けますように。

そのためにも、お互いの一人一人が、最善の注意をしたいものです。


この間、第一回のワクチンを受けてきました。


第二回は今月の30日に受けます。

しかし,受けたからと言っても、安全、安心には、充分心がけたいと思っています。



特に このような心の索漠とした時ほど、心の安寧である利他の心が大切なのではと思っています。、


その、利他の心について、2〜3人の人から質問を受けました。


谷口さん、人の事をかまうより、今は自分の事で、精一杯で、かまってられないよ、と。


何か、きれいごとで、美談ぽっいね。との雑談になりました。



確かに、今、この時期も含め、自分だけよかったら、他人はどうなってもと。


しかし本当の幸せってどうかと考えてしまいます。


真の幸せは、人の喜ぶ顔をみて、幸せを感じるのではないかと この年齢を重ねて、やっと実感として、心で感じるようになりました。



満員電車の中で、若者がさりげなく席をお年寄りに譲る。


最近は、席の前にお年寄りが辛そうに立っていても、自分も疲れていると 自分自身に思いこませ、寝たフリをしている風景をよくみかけるようになりました。


みんな疲れている。


自分も、そうしたら 前のお年寄りはさぞ、疲れているだろうな、という思いが、結局 「情けは人のためならず」で、まわりまわって自分に戻ってくるというお釈迦様の因果律の法則、つまり天地自然の理になると思うのですが。


つまり 人に席を譲る、それは自分自身の心の安寧につながり、あのアメリカ大統領のリンカーンの言った、40歳以上になると、自分の顔を持て、につながり、つまり良い顔になり、、良い幸せな人間関係につながるのですね。


私には3人の孫がいます。

時折姫路から娘に連れられて車で帰ってきます。


私は孫ですが、今、お子さんのおられる方はどうですか、


何が 一番至福の時ですか。


そうですね、お子さんと一緒に遊んでいて、お子さんの笑顔をみて、幸せを感じるのではないですか。


お子さんが悲しまれていたらどうですか。悲しいですね。


私もそうですね。孫の笑顔を見て、幸せを感じるのですね。


本当の幸せは、そうですね。


身近な関わり合いの人々の幸せが自分の幸せになるという、つまり、前回のブロブの「利他の心」に繋がると思うのですが如何ですか。


私の敬愛しています一人に、仏教詩人に、念ずれば花ひらくで代表される(故)坂村臣民先生がおられます。


そしてもう一人、人の心の本音、本質を語られる (故)相田みつを先生がおられます。


今、もって残念ながら、坂村臣民先生とは、ご挨拶の機会を逸したのですが、相田先生とは京都でご挨拶させていただきました。


相田先生の詩集も大切に持っています。


「利他の心」で、下記の本質を突いた言葉があります。

 
                  うばい合うえば足らぬ、わけ合えばうあまる
                  
                  うばい合えばあらそい、わけ合えばやすらぎ 
                  
                  うばい合えばにくしみ、わけ合えばよろこび、
                  
                  うばい合えば不満、わけ合えば感謝、
                  
                  うばい合えば戦争、わけ合えば平和、
                  
                  うばい合あえば地獄、わけ合えば極楽


特に好きな言葉は、幸せの本質を突いた、「幸せは人のこころが決める。」


色紙も事務所に飾っています。


早くコロナが収束に向かって、一人一人、がマスクを外し、心から、笑いあえる日が一刻も早く訪れますように。


利他の続きとなりました。


今回も最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。


梅雨が始まるのか、終わったのか、なんとも不明な天候ですが、日ごとに暑さが高まってきます。


コロナ共々、ご自愛専一に。



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2021年05月16日

他利の心とは

今日は。


コロナは収まりそうもないですね。

どんどんひどくなって、色々変異型ウイルスが出てきて、収束がつかない状況ですね。


本当にウイズコロナの時代になりました。

従前にも述べましたように、コロナが騒がれてきた2年前に、私は全く甘く見ていたのですが、二〜三か月で、大体収束するのではと。

春の40余年の伝統の新入社員の研修の企画も、断腸の思いで全て中止、少し延期しました。


正直、たかをくくっていましたし、又、短期間で収束してほしいという 心の片隅に希望的観測もありました。


一部の情報では、過去のウイルスとの歴史を紐解いてみますと、文字通り人間とウイルスとの死闘の戦いです。

終息に向かうには、2年は要するとのコメントもありました。


素人の私は、人間がウイルスに負ける事はないと、傲慢な心を持っていて、スペイン風邪の流行から、百数十年たって、世界の在り方の進歩、環境の進歩は、当時と月とスッポンの差があると うぬぼれていたように思います。


が、どっこいウイルスも密かに、力を蓄え、こしたんたんと、生きてきました。


何回か述べましたが、神様、サムシンググレートが、世界の今の複雑な対立を含む、自国中心の国際情勢に、又、自然破壊に、動物との共存のアンバランスに、おおいに憂い、眼を覚ませと。


このような事で、動物の霊長としての人間に、かけがいのない宇宙の中での、たった一つのいとおしい、地球をゆだねたのではないと、鉄槌を下したのではないかと、夢想を感じる今日この頃です。


芥川龍之介の短編小説の私の愛読書の一つである 他利の心である「蜘蛛の糸」の風景がダブって思い出されます。



さて、2年続けての暑い時期のマスクは又、大変でしょうね。


しかし、お互いに一人一人が頑張って辛抱しなくては。


これも解釈によると他利の心かも。


今、高齢者を対象に、コロナの収束を願い、ワクチンの接種が始まっています。


私もワクチン接種のできる、約束の日の時間に間髪いれず、予約の電話を入れました。


かかりにくい事は承知で、ワンタッチで、2カ所の処に何度となく電話を繰り返しました。


3日目にやっと繋がり、それも、留守電でワクチンの接種は薬がなくなり中止しましたとのこと。


来月6月に、予約の再開で、もし予約ができたとしても、接種は7月以降との事。


中々、
現実は厳しい状況で、もう暫くはかかりそうです。


ある程度、ワクチンの接種が国民全般にいきわたるには、時間がかかるでしょうね。

収束は、その後かもかもしれませんね。



このような、密の人間関係の希薄な心の索漠とした状況の中で、日本を代表する名経営者の言葉で、今、「他利の心」の必要性を説いておられる記事をみました。


何か、納得する、心潤う気持ちになる言葉でした。


コロナワクチンも、家内を含めた自分自身が、他に先がけて、何とか早くとの心が先行する自分がいました。


気をつけなければならないのは、自分だけよかったらよいという、日本人のDNAにはなじまない心が、(最近はこのような日本人の美徳の心が失なわれてきているようには思いますが)今回のワクチン接種の問題でも、起こっているようですね。



日本人の心を表している、「情けは人のためならず。」つまり人に情けをかけるのは、その人に取ってよいことではないという意味ではなく、最終的には、お釈迦様の因果応報ではありませんが、自分に帰ってくるという人生の生き方の法則です。


ウイズコロナの中で、人間としての情意がなくなりつつある、潤いのない世の中になったきたように思うのは 私だけでしょうか。


つまり、他利他利(他者の立場でおもはかる)で、そして、自利に繋がるとの「幸せの循環の法則」が、自利、自利(自分さえよければよい)という寂しい心の様相のように思います。


但し、他利の心を、自利に結び付けようと策略すると、やってあげたのに、その見返りがなく 自利がないと相手をせめる、けなす。



これは打算の他利が強すぎて、本当の他利にならないのではと思ったりします。


その他利の心の究極の例は、
少し他利の拡大解釈ですが、親が子を思う無私の愛ではないかと思います。


つまり。無私の愛に繋がるのではないかと思います。


しかし、そのことも、子供の幸せが、自分自身の本当の真の幸せになるのですが。


コロナが拡大する中で、人間的心のふれあいを持ち、お互いに助け合いあいながら、コロナに打ち克ち、又、世界が平和になり、どこにでも自由に、行ける世の中に一刻もなれますように。


みんなで他利の精神で、心に安寧をと、最近の日本を代表する著名な経営者の「他利の心」という、意味合いの深い座右の言葉に、思索を受けて、私なりの解釈で「他利の心」を述べてみました。


一人一人が、今は三密を避け、心の絆をもち、他利の心で、早く穏やかな笑顔が訪れますように。

今回も最後までお付き合い頂き誠に有難うました。


コロナには充分気をつけて毎日を安寧にお過ごしください。


有難うございました。





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2021年04月17日

人間的ふれあい

今日は、

この一か月足らずで、コロナも収束に向かうと信じていましたが、又、甘かったですね、

第4波到来で、過去最高の感染者として、全く、やりきれない程、連日更新しています。


何か、諦らめに似た深いため息が思わず出てしまいますね。

さて、我々が40余年に亘り、春の時期に開催しています新入社員の合宿研修会は 昨年は当然全て中止にしました。


そして、まさか、今年の春まで、世界的な感染が続くとは、誰が予想したでしょうか。


今年の春の研修は 関係者との度重なる検討の中で、従前の二泊三日研修を一日研修として、又、一泊二日研修として実施することになりました。


それも、40年余とご派遣頂いて、その企業の入社の折の登龍門と位置付けていただき、人間力のある企業風土として、とらまえていただいている企業様に、そのことにご賛同頂く限りはとの思いで、感謝の念で実施させていただきました。


通例3月の下旬と4月の上旬の2回に分けて約300余名(教室を分けて開催)の研修を、今年は20名程度に絞り、一日研修と、一泊二日研修を、2回密を避けて、充分な感染予防対策を 連日の打ち合わせで練り開催させていただきました。


今回はその折の研修生の心の動きを 一緒に寝食を共にして共有しました事を含め 述べてみたいと思います。


昨年から、ウイズコロナ下の中で、学校はオンライン授業を中心に、企業はリモートワークによる在宅勤務を余儀される社会に、変転しながら進んでいます。


これから、大きな観点からとらまえれば 地球は 人類はどこへ行こうかとしているのか、そんな思いもする昨今です。、


人間が、人間として存在する大切な密が、今は3密として避けなければならない心理状態で、これからどこまで続くのか。

しかし、地球に人類が誕生して多くの筆舌に堪えがたい何億何千万回の時を、試練を経て、今日に我々は至っています。

必ずやその叡智で、万物の霊長たる人間は克服していくものと思われます。


その為には、今、一人一人が何をなすべきかが、問われています。


さて、今回、日本人の心をとらえて止まない桜の時期に、一年ぶりに 新入社員研修を開催することができ、本当に心の幸せを感じた桜の時期でした。


今は避けている3密が 今までの3密の研修とは、相当懸け離れた3密回避の研修でしたが、しかし、人間には、又人間も動物とするならば、本能的に3密と言われている心のふれあいの 大切さを感じた研修でもありました。


早く、コロナ前の、手を握る。握手する。ハグする。ほほを寄せ合う。寄り添う。おんぶする。肩を優しくさわる、、の身体的ふれあいの密による慈しむ時が戻りますように。


今回の研修で、人間存在の生き方として、天地自然の理(ことわり)として、人間関係の密の関わりあいによって 感知する幸せを、新入社員の研修生は3密を避けながら、学んでいただけたのではないのかと、毎年の春の研修を終えての最後の記念写真の折に、レンズを通じて 研修生の安らぎの表情とさわやかな目を見て、我々運営側も大変安堵し。至福を感じたひと時でした。



研修会の理念である 禅の5つの心は、これから人生100年時代に またウイズコロナ下の中での、生き方の根本姿勢として、当たり前の事が、こんなに幸せであるかということ含め、実践、体験により感知された研修ではなかったかと思います。


研修生がこれからの人生を歩んで行くときの心の大きな支えになり、最後の私の「旅たちの一言」としての、令和3年度の60万人〜80万人の新入社員を代表して、日本に、世界に貢献する人間になる事を期待して。

その実現は、まず与えれため目の前の「仕事」を禅の精神である全力で、精一杯する事であるという、はなむけのエールを送って。


今回は、一年ぶりの桜の満開の時期に開催しました人間的ふれあいの研修会のご報告となりました。


その研修に流れる人生100年時代を、ウイズコロナに生きる幸せの5つの心を述べてみます。
 
                        禅・5つの幸せの心

                      素直・自省・謙虚・奉仕・感謝


さて、今年のゴールデンウイークも巣ごもりになる形勢が大ですね。


早く、今までのように、世界の人々が、我々が 日本中、世界中どこでも行ける、幸せの時が来ることを願いながら。



今回も最後までお付き合い頂き 誠に有難うございました。


コロナには充分に気をつけて下さい。  

                                           



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2021年03月21日

ピンチはチャンス

今日は、



今回もコロナの話題から始まりましたね。


緊急事態宣言が解除されても、まだ夜の飲食業の営業時間は9時までとされ、まだまだ感染状況は一進一退ですね。

いつ、第4波が来るのか、来ないのか、はたまた変異ウイルスの国別の感染状況の増減は、日本への影響は、ワクチンの進み具合は、それにより日本の 世界の国力はどのように変転するのか、企業の生産性は、リモートワーク等の加速度的普及での企業の対応は、人の心は、オリンピックの開催の有無は等、問題は山積していくようです。



そのような、ウイズコロナの中で、先の読めない時代に対応していくには、どのようにすればよいのかという問題が各方面から論じられています。


総括して述べるのであれば、いつの時代からでも言われてきた慣用語の「ピンチはチャンス」という言葉に尽きるのではないかと思います。


この言葉は言い尽くされた言葉ですが、俗に言います「言うは易し、行いは難し」です。簡単に言いますが、実践となると至難の業で、中々一生かかっても、私には実践(思い)無理だなあと強く思います。


しかし、このウイズコロナ又、コロナ後の世界は 今までの世の中のルールが180度変わります。


こうして生をうけている現実に対応していくには、「ピンチがチャンス」と受け入れて この人生を大地にしっかりと根を下ろし、踏みしめて。歩んでいかないと生きていく事が困難になるのではと思ったりします。


つまり、全てをプラス思考、陽転思考で、[有難う]という感謝の気持ちでと、お坊さんのような悟りきった気持ちの億万分の一でもと思います。


いつの時代においても、世の中が厳しくなってくると、松下幸之助翁の話が出てきますね。。


私自身も何度かブログでお話させていただきましたが、セピヤ色の大昔に幸之助翁がまだ松下電器(現パナソニック)の現役時代に二人きりで半日ご一緒させていただき薫陶を受けるという兆載一隅(私の造語で めったにない、絶対ないという千載一隅ではなく)の機会があり、今日の私の人生観を形成していると言っても過言ではありませんが、松下幸之助翁の話がでてきます。


我々の実業界におけるコロナ下の中の対応にも、色あせることのない心得です。

昭和16年に「 積極の道」というテーマで社員に訓話をされておられ、その訓話の中での、「不況克服の10カ条」として以下のようなお話をされています。

               
               松下幸之助翁の不況克服の心得10か条


             1,不況またよしと考える 
             2,原点に返って、志を堅持する 
             3、再点検して自らの力を正しくつかむ
             4、不退転の覚悟で取り組む
             5,旧来の慣習,慣行、常識を打ち破る、
             6、時には一服して待つ
             7,人材育成に力を注ぐ
             8、責任は我にあり、の自覚を
             9、打てば響く組織づくりを進める
             10,日頃から為すべきことをなしておく


こうして 一つ一つの項目を精査してみますと、なにも、目新しい「打ち出の小槌」はなく、当たり前のことを当たり前に、全てを積極的に、陽転思考、プラス思考で、要するに「ピンチをチャンス」にと結論づける事になります。



幸之助翁の不況心得を今のウイズコロナの時代における、我々の、個人の在り方に置き換えても、全く違和感がなく、大切なこれからの「職場と人生の生き方」の定石ように思います。


よく実業界が好んで使うダーウィンの進化論として有名な言葉がありますね。

ダーウィンの強いものだけが生き残るを、後世の人が組み立てたともいわれていますが、そのような事はどうでもよく、これからのコロナ時代に生き残るための天地ことわりの法則のように思います。


                この世に生き残るいきものは、
                最も力が強いものか、生き残るのか、
                最も頭がいいものか、生き残るのか、
               
                そうではない
                それは
                変化に対応した「いきもの」のみが生き残れる


ウイズコロナの中で、まさしく、世界も、日本も、企業も、個人も この100年に一回ともいわれてい る最悪の状況を打破していくうえでの結論づける心のありようと言えるのではと思います。


しばらくすれば、日本人の魂を浄化してやまない桜の時期がやってきます。


従来のお花見は 今年も無理ですが、少し垣間見て、心で愛でて、このよう時期だからこそ、桜で心の安寧を味わいたいものだと思います。



今回も最後までお付き合い頂きまして誠に有難うございました。



三寒四温を経て、日ごとに暖かくなります。

ウイズコロナの中、どうぞ、お身体ご自愛下さい。




今回も最後まで、お付き合い頂きましてありがとうございました。










senba206 at 09:36|PermalinkComments(0)

2021年02月20日

国民性

今晩は


1月初旬に第3波として、一か月の緊急事態宣言がでました。そして、少し収束に向かいましたが、もう一か月の3月7日まで延長されました。


最近は,大分収束に向かい、そろそろ、解除の方向にと
向かっています。

私も夜の会合もなくなり、当然友達との飲み会も自粛し、ひたすら、巣ごもりといったところです。

まさか 皆様方と同様の思いではないかと推測しますが、ここまで、続くとは私の読みは全く甘かったなと思う 今日この頃です。


さて、待望の、待ちに待ったワクチンの接種が、病院関係の方々から順次進められるとの情報です。

このワクチン接種は、今 世界各国で急ピッチで進めらています。

そこで、各国の国民性についてのジョークが思い出されます。


私の親愛する人の一人として、昭和20年生まれの外交評論家として有名な岡本行夫先生がおられます。

一橋大学を出られ、外交一筋に国際通の日本の第一人者として活躍され、産経新聞の正論のメンバーでもあられました。

しかし、御存知の昨年4月新型コロナウイルスにかかられ、74歳にして、亡くなられました。

その訃報のニュースに接した時、世界の観点から、国際情勢を分析して、日本外交の正当なる進路をご意見番として指し示す、日本の重鎮を失った事に、驚愕したことが思いだされます。

岡本先生は私の私淑する講師のお一人で、よくご多用の中、講演でご無理をお願いしまして、何回か、ご一緒させていただいた経緯があります。

非常に穏やかな好感度抜群の 俗に言う、男らしい、丹精なお顔をしておられた方でした。


いつの講演か忘れましたが、世界を回っていて、各国民性について 次のようなジョークを話され 講演のつかみを心得ておられました。つまり、聴衆をまずジョークで引き込んでおいて、深刻な外交問題を少しほぐされ、お話を展開され、中々、好評でした。


そのつかみの内容を思いだすままに述べてみます。


ある豪華客船が航海中、座礁して沈没をはじめました。

乗客は早く船から離れて海に飛び込まなければ命がありません。


豪華客船ですので、各国の方々が乗っていました。

船長は一刻も早く乗客を船から海に飛びこませなくてはなりません。

そこで、船長は一計を考えました。


まずアメリカ人に、ここで真っ先にあなたが飛び込めば あなたは、ヒーローになれますよと。


アメリア人は海に飛び込みました。

イギリス人には あなたはいま、ここで飛び込めば、ジェントルマンになれますよ。

イギリス人は海に飛び込みました。

ドイツ人には、今、このような状況です。客船のルールとして海に飛び込まなけらばなりません。

ドイツ人は海に飛び込みました。

イタリヤ人がいました。イタリヤ人には 今、飛び込むとあなたは 女性にもてますよと。

イタリア人は飛び込みました。

日本人に言いました。

各国の乗客が今、次々に海に飛び込んでいますよと。


日本人は安心して、海に飛び込みました。

このようなユーモアを世界の国際情勢の中から日本の立場を話される前置きとして、聴衆を笑わせておいて、難しい日本を取り巻く国際情勢をお話されておられた光景が思い浮かんで来ます。


私も少なからず世界を回り、現地の人々と交流してうなずけるところがあるなあと、このジョークを思いだしました。

世界でコロナワクチンの接種が始まっています。


今、マスコミでは日本人はワクチン接種をどう思っていますか、かしましく話題になっています。


このような時期に、日本人としてのワクチン接種について 岡本先生の講演の折のウイットに富んだ
各国の国民性についての話が浮かんで来ました。


ウイズコロナ時代として、どのような生き方がよいのか、問われている昨今です。


どうぞ まだまだ、収束には時間がかかるようです。


コロナには充分対応されまして、ご自愛ください。


今回も最後までお付き合いいただきまして誠に有難うございました。






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2021年01月11日

年賀状雑感

明けましておめでとうございます。


本年も宜しくお願い申し上げます。

昨年はコロナで明け、コロナで一年が終わりました。

今年の関与先に出した年賀状です。

           謹んで新春の御祝辞を申しげます。

昨年は年初よりコロナで始まりコロナで終わりました。

今年はどのような年になるのでしょうか。

いつの時代もそうですが、ウイズコロナの時代にはいり、ピンチは世の中を大きく変転するチャンスの時です。

「企業は人(人財)なり」。

40余年の人財育成のキャリヤを活かし、不易流行のもと、積極果敢に挑戦・邁進する所存です。

本年も何卒宜しくご指導、ご鞭撻の程お願い申し上げます。



このような文面で、関与先にご挨拶させていただきました。


ふた昔前の年賀状は年初の正月の大きなウエイトを占める風物詩で 年賀状の届いた枚数により個人の信用調査として、お金の額を算定し、貸します。

というような金融機関のコマーシャル等があった懐かしい記憶がよみがえってきます。


時代は様変わりしまして、今年も来年より年賀を控えますという賀状が数人から頂きました。

私の同世代になる事もあり、毎年増えいます。

私のような年配は そこまでもいかないですが、又出来る技術がないのですが、年初の挨拶はメールとの
やり取りが増えているとの事。

時代の流れを感じます。


こうして振り返ってみますと 年末に さも、新年を迎えたような文章を書いておくというのも違和感を感じることもありますが、忖度(そんたく)するという最大の一つのとらまえかたのように、拡大解釈しています。


いつも、年末に賀状の整理をして、今年は誰にだそうかとチエックしながら、差し出し人の顔を浮かべながら出すのはいいのですが。


毎年、言い訳ですが、年末のギリギリまで仕事に追われた中での年賀ですので、何か義務めいた時間になり、正直、差出人の充分な振り返りの時間がない年末になります。


そして、毎年、いつも12月の初めから年賀の整理に取り掛かろうと決意するのですが。


三日坊主の性格が災いして。


年賀状は、いつも虚礼廃止の一つとして、やり玉に挙がっていますが、どのような事象においても功罪はあるように思います。


日頃、又、何年間も顔を合わしたことのない人については、ある意味では年賀一枚がその人とのご縁の心のつながりの場合が
あります。

心のそそとした元旦に 一枚の年賀に 暫し その人とのご縁を振り返ってみる機会になり 時間を止めてくれます。


又、最近多くなってきましたのは、年末の又、年賀の 奥様、お子様からの訃報のお便りです。


オーバーな表現をしますと 一生のうち、日本の人口の一億2千万人の中からの わずかな一握りのご縁のかけがいのない方々です。


このような日本の年賀状の風習がなかったら 御縁の方々とは 風の便りか 又は永遠に不明のままで忘却の彼方に終わってしまうでしょうね。


不の処は、何かと面倒で、年賀を出したのにこなったかとか、相手が喪中を知らなく出したり、こちらが喪中なのに年賀が来て、こころ配りが足りないとかで、お互いの気を弄するとか、そのような色々との、不の心が浮かんでくると聞きます。

まあ、私はあまり とらわれない、こだわらない、かたよらないで、楽しんで日本の年初の風物詩の一つとして楽しめばよいのかなと最近思います。


ひと昔前ですが、、年賀の喜び事として、このよう文章を受け取り、ほのぼのとした印象を持った事が思い出されます。

           
          喜べば、喜び事が、喜んで、喜びながら 喜んでくる。

私はその時、その言葉をもじって。

          悲しめば、悲しび事が、悲しんで、悲しみながら、悲しんでくる

このような言葉が浮かんで来ました。

又、ついでに私のような歳を重ねてきますと、小林一茶の正月の句をもじり。

          年賀状 冥途の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし、

このように枯れたら終わりですね。生涯青春で。


しかし、人生は心ひとつの置きどころです。


年明けに当たり 年賀状に目をやりながら、御縁の人々との思い出をふけってみる機会になる、年初でした。


今年もコロナで始まりました。

お互いに充分に身心に気をつけて、素晴らしい一年として、自らの手でつかみ取りたいものですね。


最後までお付き合いいただきまして,ありがとうございました。

本年も何卒、よろしくお願い申し上げます。





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2020年12月19日

世界の年末年始

こんばんわ。


今年も後2週間余りになりました。

「光陰矢の如し」と言うことわざがありますが、最近は---
又、今年は特に早かったように思いますが、皆様は如何でしたか。


今年はコロナで始まりコロナで終わりますね。


第3波の勢いが止まらず、毎日感染者が増え続けています。


何とか早く終息してほしいですが、世界でもコロナの感染者が増え続けています。


日本は余りクリスマスといいましても欧米と比べますと全く状況が違います。

やはり正月が欧米のクリスマスに当たり、日本の独特の正月の思いが強いですね。


今から40数年前に遡りますが 1973年の、第4次中東戦争に端を発し、確か昭和49年(1974年)だったと思いますが、世界が石油「オイル」ショックと称して、石油がなくなるという大変な世界消滅かという程の大事件がありました。

日本では、石油とは、直接関係のない、トイレットペーパーや洗剤がスーパーからなくなり、日本全土が、パニックになりました。

その時期の前後に、私は海外から学ぶという目的でもつて、市場調査で訪米に何回か、海外渡航していました。


その74年の、石油ショックの、世界恐慌で、正直 日本は、世界はこれからどうなるのかと 大変危惧した出来事が蘇ってきます。


丁度その石油ショックの時に 世界の石油ショックの現実は、どうなのかと、日本の正月の休暇を利用して2週間程欧州を回りました。

それまで、何度か欧州を回っていましたので、欧州の夜の何とも表しがたい華やかさも体験し、心暖まる、人間賛歌を味わっていました。


欧州の日本でいう正月も体験しました。

因みに 欧州の正月は大晦日から元旦になるときに爆竹がなり、少し騒いで、正月が終わるという感じで、二日からは全く通常の生活になります。


つまり 欧米はクリスマスが日本の正月に当たります。


なにを申し上げたいかといいますと、今回はコロナにより、世界の年末年始の行事は、全く様変わりし、世界の夜のパブや、、華やかなレストランや、また、旅行などは、自粛により、なくなるという事です。

私は40数年前の石油ショックの折の欧州を回りました。

石油がなくなるということで、華やか人間賛歌の夜の欧州のネオンが消え 索漠とした闇の死の街と化した各都市の思い出が浮かび上がってきます。


イギリスのピカデリー広場のネオンの消えた夜の街、イタリヤのローマのスペイン広場の人のいない
街、ハンブルグの灯の消えたビヤー街、パリの夜の世界を代表するリド、ムーランルージュの閉鎖、凱旋門からシャンゼリー通りのネオンの消えた、一人っこ一人いない夜の街など、石油ショック後の欧州を見てきました。

因みに欧州視察を終え 羽田空港には 夜の帰国になりました。羽田に近づくにつれ、こうこうとした不夜城の灯りを、真っ暗やみの中から 忽然と現れました。


この地球上の唯一の、ユートピヤのような印象を持つと共に、このような世界が打ち沈んでいる時期に、俗にいう日本は全くのノー天気でいいのかと、戦慄と恐怖心が走った思い出が、昨日のように蘇ってきます。

しかし、こうして、今、振り返ってみますと、そのような世界恐慌の時期でも、日本人は 当時の情報不足もあるかも知れませんが、前向きに楽観的にとらまえていたこそ、ある意味では、日本は、世界の二位に上り詰めたエネルギーになったのではないかと、解釈も出来ます。


さて、そのような事を思い起こしますと、今回のコロナ禍も、人類はこのような変転する歴史を繰り返し、学習し、進化していくのではと、何か悟りきった心境にならざるをえません。

世界の年末の風景は(クリスマス) 年明けの日本の正月の風景(昔と変わりしましたが)と共に、全く、様変わりした正月になるでしょうね。


来年もコロナと共に歩んでいく年になると思いますが、常にウイズコロナに対応する陽転思考で、新たな新年を迎えたいものだと思います。


今年一年拙い私の雑感にお付き合いいただきまして誠に有難うございました。

どうぞ素晴らしい良い御年をお迎えください。

最後までお付き合い有難うございました。







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2020年11月14日

ノーベル平和賞

今日は。


今回もウイズコロナから始まりました。


第3波ということになるのか、世界のコロナの大幅な新規感染者の拡大傾向を二ユースで聞いていましたが、日本も増加してきましたね。

日本は島国であるし、一億総マスク着用と言っても過言でないほどの ある意味では国民性で 秩序正しい国 清潔感の強い国でもありますし、日本だけはと 期待していましたが、少しあまかったですね。


今年の春には、万が一夏まで感染が続いた時にマスク着用は、日本の夏の気候風土から、ありえないと思っていたところ、見事に全国民がある意味では 暗黙のうちに 一致団結して、夏用のマスク等も開発され、本当によく頑張ったと思う夏でした。

しかし、今の世界のコロナ状況をみると、世界は一つ、地球はひとつですね。。

つまり宇宙での唯一のかけがいのない星と言う事になります。

そんなことを再確認させた、最近の世界の感染者の増加です。

しかし、これ以上増加しませんように。神に祈るような心境です。

そのような時に 今年のノーベル平和賞は、世界の餓えを救うという 食糧支援を続ける国連の機関である 世界食糧計画(WFP)が受賞されました。

私は、毎年秋のノーベル賞受賞の時期になりますと心がざわつきます。

今年は残念ながら日本人の受賞はなかったですが、平和賞に世界食糧計画が選ばれた事に大変うれしく思いました。


今、世界の人口の9人の一人に当たる9億人が飢えた状態で、又、おなかがすいて餓死していくと言われています。


おなかがすいて餓死する。いったいどのような状況なのか、食いしん坊の私には、考えるだけでも、戦慄が走ります。

そこで、私の小学校時代の担任の先生の話が思い出されます。

セピア色の私の小学生時代の担任の先生は 戦争の時は、ビルマで戦っておられたそうです。

第二次世界大戦における南方での戦いは 戦争の末期には 敵との闘いではなく 飢えをしのぐ食糧との闘いであったとお話されていました。

私達も先生の戦争体験を聞くのが大好きで、よく先生に戦争の話をねだりました。

大岡昇平先生の小説の「野火」ではないですが、先生からの話からでも うかがい知る事ができました。

ここでは余り書きたくないのですが、飢えをしのぐため 草花、雑草を含め、又、動物という動物、動くものは、全て食べたとの話が浮かんできます。

そのために、たくさんの兵が食中毒でなくなっていったとの話でした。


人間が生きるという動物的本能です。

アメリカ軍は、外地で戦う兵隊のための食糧を決まった時間に飛行機で大量に、戦場に投かんしていくとの事。。

それを見越して 日本兵は敵を倒すのではなく、生きるがために その食糧の略奪に奔走するとの話でした。

先生は その時 そのような食糧調達のシステムも機能的に戦術に組み込まれ、また、略奪したその食糧の豪華さに、当時はタブーとされていた、日本は負けると深く確信したとお話されていました。

幼少の出来事がインプットされていることもありますが、米粒一つ残すと目がつぶれるという時代に生きてきて、戦後の食糧難の時代ではありましたが、その当時は 幼心に本当に目がつぶれるという思いで、一粒も残さず食べた記憶が浮かんできます。

そのような事もあり、今年のノーベル平和賞は世界食糧計画が受賞された事は、大変うれしいニースでした。


特に今年はコロナの感染で、世界の景気が悪くなり、仕事がなくなった人が増え、深刻な飢えで苦しんでいる人が急増しているとの事。


日本で一年間の廃棄される食品ロスは612万トンで、世界食糧計画(WFP・本部ローマ)が世界に支援した一年間の食糧は420万とのこと。


つまりWFPが世界の飢えた人々に送る1・5倍の食糧が、日本で廃棄されている現実です。


それは、一億二千万の日本人一人当たり 毎日のお茶碗一杯の食べ物を捨てている勘定になるとの事で我々 日本人全体が考えなければならないゆいしき現状です。

お金は一円落とすと、必ず探して拾います。捨てる人はいません。

食糧もお金と一緒です。


2015年、国連サミットで採択されたSDGEs(持続可能な開発目標)として 30年までに 17の目標の一項目として、「貧苦をなくそう。「飢餓をゼロ」にと掲げていて、我々の事務所もその問題に向き合って取り組みのお手伝いを進めています。


生き死ぬの根本である食糧問題を、一人ひとりが意識して、真剣に取り組まなければ 食糧不足とか、そのしっぺ返しが必ずあると危惧しています。


そのような話は別にして、コロナ問題一つとってみても、世界人類は一つ、地球は一つです。


今回のノーベル平和賞に世界の飢餓撲滅を目指した「世界食糧計画」が選ばれた事は、有効なワクチンのない現状では、食糧の供給が最善のワクチンであると評価した賞として、地球人の一人として、大変嬉しく感じた今年のノーベル平和賞でした。



今年は本当に一年が早いですね。


来月は12月、師走です。厳しい寒さに向かいます。

コロナ、インフルエンザ、どうぞご留意 ご自愛ください。


今回も最後までおつきあい頂き有難うございました。






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2020年10月31日

不易流行

今晩は。


10月も今日が最後の日で、明日から11月に入りますね。


月日が立のがどんどん早くなって、今年は、事のほか早いように感じますが皆様は如何ですか。


コロナで開け、コロナで今年は終わりそうですね。


最近、コロナ鬱という言葉が、巷で聞かれるようになりました。


確かに 今まで当たり前の事が当たり前でなくなって、今までの生活が一変しました。


職場も、従来のように、朝決まった時間に家を出て、決まった時間に家に帰り、時折一杯飲んで、同僚達とサラリーマンの特権である 愚痴をいい、うっぷんを晴らし、家に帰る。


そのような、当たり前の一日のハンで押したような 日本のサラリ―マンの日常のライフスタイルが大きく変わりました。


ある企業では、社員の9割が在宅勤務で つまりリモートで 1割が事務所勤務という事例も 先般マスコミで紹介されていました。


当然、そのような変化のもと、会社は、社会は、大きく変容していきます。


この世の中の流れは 川が流れるように堰止めることはできません。


川の流れに身を投じて どのように 流れる川の中で対応するのかが これからの人生の大きな生き方と思われます。



そこで、思いだすのは、学生時代の多感な時に 学んだ 元禄時代の俳人の松尾芭蕉の奥の細道の序章です。


         月日は百代の過客にして、行きかふ人も又、旅人なり。


月日は 永遠に終わる事のない旅をする旅人のようなものであって 去つては、またやって来る。

年も又旅人のようなものである。

芭蕉が云いたかった 不易流行の言葉が浮かんできます。
 

この不易流行を私なりに解釈して、このウイズコロナの中で述べてみたいと思います。


不易、私はこのようにとらまえています。人間の心はあの、何千年前のロゼッタストーンとして有名な石に書かれていた、最近の若者は礼儀知らずでどうしょうもない。


又、清少納言の枕草子のいとにくきもの 最近の若者のふるまいはとか。  


デ、カン ショ節で有名な デカルト、カント、ショッペンハイマーの時代から、イエスキリスト。お釈迦様
、孔子、孟子、空海さん、最澄さん、等、人間の心は、地球上に人類が生まれて以来、少しも変っていない、つまりは人間は、幸せ求めて放浪してきたといっても過言ではないと思います。


そして、不易流行の流行は、この地球が生まれて、世の中の流れは変転の激しい連続の歴史でした。


大俯瞰でとらまえると、不易流行の不易は、大阪城でいえば石垣の処で、その上に、流行としての幾多の革命 変転があり、今回は ウイズコロナの中での流行をどのように対処するのかと解釈できるのではないかと思います。

少し理屈っぽい文章になりましたが、要するに今コロナで世の中が180度変転しています。


しかしそのベースには心があります。親が子を思う慈悲の心や、子が親を思う心 その心をどのように律するかが、ウイズコロナの中での生き方ではないかと思います。


我々は裸で生まれて、裸でこの世に別れを告げます。この一点につきます。

この意味あいは非常に含蓄のある根源的なフレーズではないかと思っています。


つまり、生きているのではなく、生かされているという事になりますが、私のような凡人では中々理解しきれない事になります。

今回はコロナ鬱という言葉が聞かれるようになり 松尾芭蕉の不易流行から、不易流行の言葉を私なりの解釈をしてみました。

自分自身も纏めながら、少し、頭が混乱した文章になりました。

難解な思いにお付き合いいただきまして誠に有難うございました。


夜も更けてきました。

今年は秋の夜長の中での虫さん達の声は聞こえてきませんね。



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2020年09月20日

幸・不幸

今日は。


今回もコロナから始まりました。

コロナの方は、少し、収まってきたのか、はたまた我々もマヒしてきたのか。


しかし、世界の情勢を見ますと、感染拡大の一途を辿っていますね。


最近感染病について、色々な書籍が出ていますが、人類の歴史はウイルスの戦いだったんですね。

14世紀のぺストの世界的大流行がルネッサンス文明を生み出したと言われいます。


今回のコロナアフターは何を生み出すのでしょうか。


私自身は人生の晩節(生涯青春)を迎えて、どちらにしても、何百年に一回の歴史に残る出来事に遭遇したのですね。


不謹慎な言葉かもしれませんが、今回のコロナ禍により、「命」と真正面から、向き合う事が出来たのかなあ。

マイナス思考の私はそのように解釈して、毎日を公私に亘りコロナ対策をしながら生活しています。


今回のコロナ禍は、どのようにとらまえるかが、この世に生を受けての人生の最大の課題である 幸、不幸の問題に突き当たるのではないかと思ったりします。


よく、譬え話で出ますコップのお話です。


喉が大変乾いていて、コップの水を一気に飲みました。

半分程飲んでコップを見ました。

わあ、残念だ、マイッタ、あと半分しかない、と思うのか。

わあラッキー、まだ半分ある。


現象はコップに半分水があります。

「あと」 と 「まだ」かの思いだけで、半分ある水を、「幸」と見るのか「不幸」とみるのか、少しオーバーな事例になりましたが。


「泣きばあさん」の例も本質をついていますね。
                 
                 泣きばあさん

       昔、昔、京都で一人のおばあさんが住むんでいました。
       おばあさんには 二人の子供がいました。
       一人の息子は、西の方で、下駄を売っていました。
       もう一人の息子は東の方で、傘を売っていました。
       天気の日には、おばあさんは、東の方で、傘を売っている息子の方に向かって,
       可哀そうに、天気なので、息子は傘が売れなくて困っているだろうなと
       シクシク泣いていました。
       雨の日になると、西の方で下駄を売っている息子に向かって、可哀そうに
       この雨で下駄が売れなくて、さぞ、息子は困っているだろうなと。
       おばあさんは、毎日泣いていました。
       そこに一人のお坊さんが通りかかり、なぜ泣いているのですかと、
       おばあさんに尋ねました。
       おばあさんはこれ幸いと一部始終 事情を説明して、お坊さんに
       同意を得ようとしました。
       お坊さんはじっとおばあさんの言う話を聞いていました。
       そしておばあさんに言いました。
       幸せになる良い解決策がありますよ。
       おばあさんはお坊さんの言う解決策です。
       こころ弾ませてその解決策はと、尋ねました。
       お坊さんはこのように話をして立ち去りました。

       雨の日には、、東の方の傘を売っている息子の方に向いて、良かったね、
       雨が降って 傘が売れて。
       晴れの日には、西の方の下駄を売っている息子の方に向かって よかったね。
       天気で下駄が売れて。

       その後、泣きばあさんから、毎日ニコニコばあさんに変わったとさ。


幸、不幸は自分の心が決めるものですが、物の見方、考え方、立ち位置を変える事によって、この世に生まれた人生の最大の目的である幸せを、今回のコロナ禍を拡大解釈をして、考えてみました。



そろそろと世の中が動き出してきました。

全てオール良しで毎日を楽しく愉快にと言い聞かせて 今日も又。


今回も最後までお付き合い有難うございました。

朝晩は少し凌ぎ易くなりました。

コロナ対策もしながら、お身体ご自愛ください。

                           有難うございました。、








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2020年08月25日

10代の活躍

今日は、


もう6か月程、コロナ、コロナで正直気が滅入ってしまいますね。


3月の中旬には、恒例の40余年と進めています新入社員研修の事もあり、願望も含め、3月の後半から、4月にかけては、
ある程度収束しているかと踏んでいました。


が、それどころか、第2波到来で収まりそうにありませんね。


これからあとどのぐらい続くのか、このコロナ禍に お互いに気持ちだけはオープンにして前向きにとらまえないと、身心共にコロナ鬱に入り込んで、日本経済共々コロナに負けてしまうのでは。


世界が今こそ、一つになって叡智を絞り
コロナごときに、負けてたまるかと云う心情で 吹き飛ばしたいですね

さて、明るい話題としては、将棋の高校生プロの藤井聡太棋聖が 、マスコミ界で有名になられている、ひふみん事、加藤一二三九段(80歳)を抜き八段昇段の最年少記録を62年ぶりに更新しましたね。


そして、史上初の10代による最年少二冠を達成するといういう偉業をなした二ユースで、持ち切りでしたね。



思い起こしますと、加藤9段が最年少の8段になられたのは1958年(昭和33年)だったんですね。


子供心にその時の紅顔の美少年の加藤先生が、マスコミを賑わしたニュースは記憶に残っています。


と言いますのは、当時は 終戦から10数年 色々と遊ぶ場所も、機会も、又、遊ぶ道具もなかった時代です。

大人、子供も含め 将棋が唯一と言ってもよいほどの娯楽でした。

当時は、当然 扇風機もなっかった時代で うちわだけが,夏の暑さを凌ぐただ一つの道具でした。


我々、5人家族が夕食をしているときに いまは亡き母だけが、食事をしないで  我々4人が食事しているときに うちわで扇いでくれていた セピヤ色の母の無私の愛が懐かしく思い出されます。


さて、蛇足になりますが、家は当然蒸し風呂のようになっています。必然と夜は家族総出で 表にでて、夕涼みとなります。


そこで遊ぶもののない時代です。

簡単で 費用もかからない将棋がブームになり、夜にもなりますと、床几が何台も表に並び、何卓も将棋盤が並び、老いも若きも将棋となった時代です。


その時に今、マスコミを大いに賑わしておられる、ひふみんの加藤一二三9段が最年少で8段に昇段したのですね。


時代考証でお分かりいただくと思いますが、今と比較できないほどの二ユースであったと想像がつかれると思います。


当時の落語でもよく将棋の演題で口演があり、笑い話として、お互いの手持ちの駒の確認の時に、、あなたの今の持ち駒は?とたずねられ、私の手持ちの駒は 金、銀, 飛車、と取られないように王さんと答えたという、ヘボ将棋等の話が有名です。


又、王より飛車を可愛がり等の言葉も生まれたのはその時代でした。


今回の藤井棋聖の8段の昇段に当たり加藤9段のコメントが印象的でした。


このさき、如何にAI(人工知能)が進んで隆盛を誇ろうとも、藤井聡太2冠には 人間の探求心と道心の先にある芸術的な一手より、盤上での感動を追求してほしいという内容です。


「おゆきの歌」、を歌われた将棋の内藤邦雄先生(年末のNHKの紅白歌合戦で、将棋界で初めて出演)の講演の中で、9×9=81面の盤上の中で、おゆきの歌で歌手になり、その事が、人間的な幅になり、将棋の世界の読みに活かされ、その後、確か2冠の将棋のタイトルを取られた話が、思い出されます。


余談ですが、最近はお会いできていませんが 内藤先生とは長年に亘りお仕事でご一緒さていただき、先生の直伝による「おゆき」の歌を指導していただいた思い出が浮かんできます。(今もカラオケに行ったときにへたのよこづきですが、時折おゆきの歌を歌っています)



何かと心の重たい時に、10代の藤井棋聖の日本の将来を担う若者の素晴らしい活躍に触れ、日本の未来に、何か安堵感と共に、一服の清涼材になりました。


熱中症も流行っています。

水分と休養をしっかりとってこの暑さを、コロナと共に、吹っ飛ばしたいですね。


今回も最後までお付き合い誠にありがとうございました。、


次回のブログは。コロナ禍が収束していますように。









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2020年07月26日

オキシトシン

今日は、


4連休で、最後の一日となりました。

皆様方は如何お過ごしでしたか。

私の方は、娘が孫達をつれて、姫路から二泊三日で車で帰ってきていました。、


今 又、感染の増加で、県内をまたいでの移動が云々されていますが、やはり、孫達の訪問は心の温まる時間で 昨晩元気に姫路に帰りました。


いつの時でもそうですが、孫達の年齢とともに台風一過の状況はなくなってきましたが、いつも家内と二人なので、又、もとの生活に戻り 一抹の寂寥感の漂う連休の最後の一日となりました。


さて、最近は、パソコンを事務所より持ち帰り、一人書斎で徒然なるままにボードに向かっています。


従前にも記しましたが、我々の身体には、自然治癒力を含め、オキシトシンという幸せホルモン、愛情ホルモンがあるとのことで、単なる情緒的な、感覚的な事でなく、医学的に立証されています。


私は医学的な素養は全くないのですが、そのオキシトシンのある場所は 脳の中の視床下部という場所で生産されるとの事。。


オキシトシンの研究の日本の第一人者で、数年前、医学博士の高橋徳先生の講演をお聞きし、名刺交換をさせていただきました。


その折、先生が執筆されている 人を愛することが健康になれるという「人は愛することで健康になれるー愛のホルモン オキシトシン」の本を何冊か購入し、御縁の人にプレゼントした経緯があります。


時折 先生からメルマガを頂き、先般もコロナ禍における愛情ホルモンについての動画を視聴しました。


オキシトシンはストレス反応を引き起こすホルモンの分泌を押さえ、ストレスを和らげるとの事。


ストレスは、当然 人間社会になくてはならないものですが、そのストレスをどのように対処すのかが、人生を生きていく上での幸せのバロメーターであると思われます。


オキシトシンは 脳内麻薬と言われるエンドルフィンの分泌を促し、身体の痛みを改善する作用や、自律神経の働きを改善する作用、又、胃腸障害を改善する作用、脳内の神経伝達の物質であるセロトニン(精神安定)や、ドーパミン(やる気)の分泌を促す作用などの素晴らしい物質があるとの事。



脳内ホルモンには 100種類以上の心や身体を正常に保つための物資が分泌されているとの事で、人生を幸せに健康に生きていくために、活かさない方法は全くありません。


身心一如として挙げると、人間的陽性のプラスのふれあい、つまり愛情、関心、感謝、賞賛、信頼、承認、感動などを内容とする肯定的な感情、受容的な気持ちの表れなどで、具体的には 身体的ふれあいである手を握る、ほほをよせあう、だきあう、おんぶする、うなずくなどの行為です。

(残念ながら今はコロナ禍の3密で具体的にはできませんが)

言葉よるふれあいは、明るく、温かい、愛を込めた、笑顔を添えた挨拶、やさしく話をかける、親しく名前を呼んで会話をする、励ましの言葉、誉め言葉、親切に応答する。


(この言葉はコロナ禍でも、全く問題ではありません)


このようなふれあいをする事に、「情けは人のためならず」で、人のためにするのではなく、自分自身の幸せために、内在する素晴らしいオキシトシンの分泌を促し このコロナ禍の中で生きにいく資質としたいと思います。


 オキシトシンの分泌を促すには、私流に解釈すると、上記の人間的ふれあいの根底に流れる禅の教えにある、素直、自省、謙虚、奉仕、と一番大切な感謝の心につきると思います。




その為にも、「有難う」の言葉を日常の慣用語として、常に身につけ、このコロナ禍を前向きにとらまえ、人間の内在する素晴らしいオキシトシンの分泌を引き出すことに努め、愛情豊かな幸せな人生に、陽転するチャンスではないかと思う今日この頃です。

 昨日も6歳の孫の紅葉のような手で、一緒に手をつなぎながら、歩いていると 至福の時間に思えました。


このふれあいを 至福の時間と思える、これも脳内ホルモンのオキシトシンが分泌されている証拠なのですね。

そのような理屈は別にして、今回も申し上げたかったことは、今コロナ禍で、コロナうつという現象がでています。。

だれもが持つ素晴らしい幸せの愛情ホルモンーオキシトシンーが、精神的にも、又肉体的にも後退しています。


今回のブログも コロナ禍における対応を 身心一如の上記の人間的ふれあいを持ち、誰もが持つ人間の素晴らしいオキシトシンの分泌を、自分自身のためだけでなく、世のため、人のためにも、積極的に心がけ、このコロナ禍に打ち克つ努力をしたいと思います。


日頃のオキシトシンを活かす事に、躊躇していた自分に、反省をこめてまとめてみました。


今回も最後までお付き合いありがとうございました。

どうぞ、コロナには、オキシトシンを出すことで、ウイルスを吹き飛ばしてください。


   

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2020年06月21日

コロナ後の対応

今日は。

今日は父の日ですね。

姫路に嫁いでいる娘から、僕の好きなコーヒーのドリップパックと よく失くす事を知ってか、ハンカチのセットのプレゼントを受け取りました。

何歳になっても、その娘の優しい心遣いが嬉しい一日で、湯を沸かし、家内と一緒に飲むひと時の、こころ温まる一日でした。


さて、やはり まだ、コロナ問題ですね。


今年1月16日厚生労働省が国内発の感染者を確認と発表され 2月5日に大型クルーズ船ダイヤモンドプリンセスで乗客乗員の10人の感染が確認されました。


13日国内発の死者が確認され、24日政府の専門会議が これからの1〜2週間が瀬戸際との見解が出ました。



26日は、安倍首相が大規模イベントの2週間の自粛が要請され、翌27日小、中, 高と全国一斉の臨時休校の要請から始まり、24日のオリンピックの中止等を含め、紆余曲折して そして、5月25日緊急事態宣言が全国で解除されました。



当初は、比較的安易に3月中旬頃には新型コロナウイルスも終息に向かうものと判断しまして、時折ブログでコメントしています40余年と春の時期に開催しています、新入社員の合宿を、開催すべく諸準備万端滞りなく進めていました。


しかし、予想に反して、感染者が拡大の一途をたどり、約300余名の日本の将来を担う大切な若者の春の合宿を、すでに述べさせて頂きましたように、断腸の思いで中止にしました。

当初予測しました思いと 今回の100年に一回と言われるコロナ禍は、これからの世界にまた、日本に、企業に、個人の在り方について、大きく180度変転することは確かな事と思われる結果になりました。



コロナウイズの中において、コロナの感染拡大を防ぐために多くの企業は、働き方改革の一環として、好むと好まざるにかかわらず、在宅勤務等を踏まえ、諸対応策を、業種、業態を問わず、方向チェンジを余儀なくされ、進めてきました。


今後のアフターコロナは、私の全く不得手な分野の5G、人口知能、量子コンピューター等の領域が拡大され、日本の将来における社会の在り方や、経済の仕組みを大きく変える重要な転機となる事になるでしよう。


このようなコロナ渦の諸問題を「ピンチをチャンス」と とらまえて対応することが企業存続の要となるのは 間違い事でしょう。

しかし不易流行の不易の人間のみ持つ心のところは、今まで以上に非常に大切になり、これからは、健康で生きていく上での最大の武器になるのではないかと思われます。



コロナ後の大切なところである「身心一如」と言われる、禅の精神をより鮮明に具現化することではないかと思います。


つまり心と身体の一体の健康です。(病は気から、命あっての物種)


常に コロナ後は、益々、プラス発想で物事をとらまえ、責任を他に転嫁する心を持たないで 他利自利の精神で、感謝の心をより

つまり不易流行として、人間として、変わらないものと、かわるものとの具現化をやり抜いていくことと思います。


つまり禅でいう まず、実践です。



今回もやはり、コロナ問題になりました。


第2波とか、3波とか、云々されています昨今ですが、お互いに、コロナ禍を「ピンチをチャンス」として、具現化して、頑張りたいものです。

どうぞ、収束に向かっているとの事も言われていますが、ご自愛下さい。


今回も最期まで、お付き合い有難うございました。




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2020年05月23日

ウィズコロナ

今日は

昨日、大阪は緊急事態宣言が解禁されましたね。


何かホッとしました。

今日は土曜日で家内と 車で一駅向こうにあるショッピングセンターに買い物に行きました。


ここ一か月半程、その大きなショッピングセンターは、自粛規制により食品売り場の一角だけが、ボンヤリと少しの明かりで営業が續けられていました。


時折、その間、会社の通勤の帰り等、自宅の駅より、一駅先にあるその駅前の大きなショッピングモールに食品の買い出しに行ったりもしていました。

今日は解禁により、ショッピングセンターに入りましたが、食品売り場はさることながら、二階〜4階まで、全ての店がオープンしていました。そして、時折食事していましたフードコートも。

その華やいだ風景に、何かある種の感動を覚えました。


私が長年時折、買い物の折とか、食事とか、又、一杯のコーヒーを飲みながら、家族と待ち合わせしていた、フードコートとか。


僅か1カ月足らずの出来事でしたが、長い時間だったように思います。


まだ、全ての人がマスクをした状況ではありますが、歩一歩、人としての営みが再開されたそのような、人としての温かさを、目に見えない心の交流を感じた風景でした。


アフターコロナは、どのような世界が待ち続けているのでしょうか。


私はコロナ後よりも、今後とも、ウイルスとの共生、つまりウイズコロナ(コロナとの共生)の考え方が大切なように思います。つまり、今後自然環境の変化と共に、又、新たなウイルスが、人間と対抗して、現れてきます。



ウイルス、つまり、感染症との闘いを人類は繰り返してきました。

文献を紐解いてみますと、14世紀にペストが流行して、欧州で全人口の三分の一が亡くなったと言われています。


17世紀〜18世紀はアメリカやインドで天然痘が流行。

19世紀には結核が。そういえば、ほんの数十年前は結核が死の病(やまい)と言われ、結核は死という言葉でした。

しかし、今は結核と言いましても、別段死を意味する言葉では、亡くなりました。


そして、よくウイルスの実例として出される1918年のスペイン風邪(インフルエンザ)が有名です。 全世界で、人口の四分の一に相当する約5億人が、感染し、死者は4000万とも5000万とも言われています。 日本では、約2500万人が罹り、死者は40万人と言われています。

そして1957年アジア風邪(インフルエンザ)、そして記憶に新しい香港風邪(インフルエンザ)



中国南部で発生した2003年コロナウイルスの脅威になった重症急性呼吸器症候群(SARS)。

2009年新型インフルエンザ そして、中東呼吸器症候群(MERS)。


今回の新型コロナウイルスと。

こうしてふりかえってみますと、人類はウイルスとの闘いでした。



しかし 今回の新型コロナウイルスはこれからの、アフターコロナの世界を そして日本の在り方を大きく変える事になる事は間違いありません。


つまり、いままでのような、元に戻る事はないという事です。

まさしく、進化論のダーウインが言いました


  強い者が生き残ったわけではない、

  賢い者が生き残ったわけではない、

変化に対応したものだけが生き残ったのだ。


この地球上の何千憶年前に生物が誕生して、今日現在まで、生き残ってきた我々人間を含めて、幾多の数知れず、気の遠くなる変化に対応して生き残った動植物です。


今回のコロナ問題も世界人類の英知を絞り霊長類の長として、素晴らしい悠久の唯一の動植物の住める星として、ダーウインの、変化に対応したものだけが生き残るという天地自然の理のもと、地球人の一人ひとりが思いを馳せるという、てつもないを大切さを感じます。


そして、この未曽有の難局を切り拓いていきたいものと思います。


緊急事態が解除され、何十年と見てきた全く当たり前のショッピングセンターの風景を、たった一か月振りの人々の解放感のある華やいだ風景を見て、安堵感を覚え感じた時間でした。

しかし、まだ、ある面では、諸コロン問題の対策の入り口です。



これから色々と問題がひとつづつ対策されていきます。



コロナ対策の一番大切な感謝の気持ちをさらに持ち続け、安寧な精神状態に努力したいと,思います。

今日の五月晴れの天候のように気を晴れやかに。


今回も最後までお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。









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2020年04月25日

自然治癒(ちゆ)力

今日は。


どうなるんでしょうね。

前回のブログで、終息に向かう事を期待していましたが、日ごとに拡大していますね。


世界は、日本はどうなるのでしょうか。


そのような思いを巡らせる今回の新型コロナ問題ですね。


なるようになる。時が解決するとよくいわれますが、今回のコロナ問題はどうしても、先が読めないので困りますね。


インフルエンザと比較すると、けして新型コロナ問題は飛びぬけたウイルスではないと、素人目に思いますが、ただ、
かかると、始末に負えないところがあるようです。



時折、感染者のコメントがテレビで放映されているのを見ますと、本当に怖いですね。


のんき者の私も 家内から又娘から、度々忠告をされていて、相当今は用心しています。


一番の問題は 自分ひとりの問題だけでなく、周りの多くの方々の命に係わる事です。


今年はコロナ元年で、この問題は今後続くものと思います。


来年度のコロナ2年は、多分 今のインフルエンザ並みになって、コロナにかかったので、少し休暇を取ります
というようになるのではと思います。


それはそれとして、早くコロナ用の新薬が開発されますと、一気に今の世界情勢は解消されるのではないかと思います。


私の解釈では、昔、インフルエンザの予防にとして、自然治癒力の事が書かれていました。


生きとし生きる動物に備わっている動物の本能の自然治癒力です。


人間以外の動物は何か怪我をしたときとか、どうですか。

病院に行ったり、薬を飲んでいますか。


自然に自力で治っていくのですね。これが自然治癒力です。


人間も大昔はその自然の力で、治してきました。


古代ギリシャのヒポクラテスは からだ自体に不調を治す働きがあると指摘しています。


そして、自然こそが最良の医者であると喝破しています。人間の体には100人の医者が存在するとも聴きました。



そういえば、幼少の頃 今は亡き母が、私が風邪引いているとか、おなかが痛い時に、母が頭に手を当てると、なぜか熱が引いたり、おなかをさすると おなかいたが治ったりした記憶があります。


今、思いだすと 手当するという、手当という、自然治癒力の一つだったのではないかとと思ったりします。


食事をしていて、急に動いたり、走ったりしますと、おなかが痛くなりますね。

これも人間の持つ本能の自然治癒力の一つではないかと思います。


今、食べた食事が胃に入って一生懸命食べた食物を分解しているときに、動いたり、走ったりしますと、今まで食べ物の分解に100パーセントの力をだしている時に 走る事により、そちらにもエネルギーを使い分散されるので、おなかを痛くさせ、走るのをストップをさせる。


これも人間の持つ素晴らしい自然(自己)治癒力と思われます。


その素晴らしい自然治癒力を高めるには、「心の力」が大きいと医学的な研究からも オカルチックな話ではなく オキシトシンという物体がその自然治癒力の源であると言われるにいたったと,発表されています。


その自然治癒力を高めるには、少し,コマーシャルになるかもしれませんが、我々の合宿研修で進めている禅の精神である、素直な、そして、自省の心、奉仕の精神、謙虚な心、と特に感謝のこころが大切だと言われています。

この新型ウイルスに克つためには、上記の心に、我々の進めています茶道研修の5感(目・口・鼻・耳・手)を楽しませ、自然を愛し、いい音楽にふれ、食事を楽しみ、お酒を楽しみ、会話を楽しむ、そのような人間的ふれあいが、動物の特に人間の持つ、素晴らしい100人の医者を持つと言われています自然治癒力を高め、インフル同様に、この新型ウイルスに克つ方法ではないかと思います。

少し、袈裟を着たお坊さんのような達観した話になりましたが、自ら持つお医者さんが100名身体にいるという自然治癒力を信じて、新型コロナと共に共生して、打ち克ちたいと思っています。

どうぞ、お互いに、3密には、充分気をつけて、食事のバランス、過労、睡眠不足をなくし、過度のストレスを持たないで、自然流、自在流で、乗り越えたいものです。

今回も最後まで、お付き合いいただきまして、誠に有難うございました。




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2020年03月21日

国難突破を

今日は、


この一か月で世界は一遍しましたね。 皆様方はどのように対処しておられますか。


私の個人的な事を申し上げますと、40余年と進めさせていただいていますお寺の合宿研修会を中止、延期という事で対処することになりました。

3月下旬から4月の上旬にかけて40余年と お寺で泊まり込みで新入社員対象に研修の運営をしていました。


丁度 桜の蕾の時期から 最終の春の合宿の終わりには満開になり ある時期は 散り始めた花吹雪の中で、研修生のやり切った充実感一杯の前途洋々とした、素晴らしい若者の身体全体からの満面の笑顔を見るのが、記念写真のレンズ越しに見る、私自身の一番の安寧の至福のひと時でした。

今年は 300名余の日本の将来を担う、素晴らしい若者との出会いは出来なくなりました。

こうして、一人静寂の中でパソコンに向かっていますが、何か寂寥感で一杯です。

上述しましたように、40余年と、三月の下旬〜4月の上旬は当たり前のように、お寺に宿泊していました。


時折、研修中に境内に咲く桜を眺めながら、ゆっくりと時間を止め、又、桜をめでるために温泉などに入って心の洗濯をと思った事がありました。


しかし、こうして、桜の満開のもとにまた花吹雪のもとに、我々が 半年あるいは、一年をかけてすすめてきた準備が、やっと無事研修生が下山(お寺のことを通例山と言います)して、これからの人生に勇躍勇んで船出するという価値観を共有するという場がなくなったという現実に、幸せって何かを今、心静かに思索しているところです。

時計を戻して、今回の経緯を少し述べてみたいと思います。


1月の中旬から、武漢から発生したと言われているインフルエンザは、新型のまことに厄介なウイルスとの情報が入ってきました。


我々もそんな世界を揺るがす、俗にいうパンデミックになるとは,つゆ知らず、それが新型コロナというとウイルスであると正式に発表されました。


そして、あっという間にご存じのように世界のほとんどの国に感染が広まり 文字通り地球は一つであることが立証されました。


政府の方から。ご存の自粛要請が日ごとに拡大されてきました。


そのたびにスタッフ、トレーナー、お寺側、関係者と、 政府の進捗状況により、度々合宿開催の有無について、検討会を持ち、その結果、春の新入社員の合宿を苦渋の断腸のおもいで、中止、延期した次第です。


今のコロナの経緯を考えますと、全く当然の事と思いますが、40余年に亘り、人を大切にされてきた、日本に、世界に、活躍されている素晴らしい企業様が 人生の登竜門という立ち位置で御賛同いただいてきました合宿です。


我々もこれからの日本を担う若者に、修身斉家国平天下・しゆうしんせいかちこくへいてんか」(国を治めるにはまず自分そして家庭を)をもとに研修に伴うありとあらゆる状況を鑑み 具体的に箇条書きにして、チエックしていつでも開催できる準備をしてきました。


なかには、これだけの日本経済がどうなるという予想しがたい時に委縮しないで、開催することが経営団体の役目ではないのではという、ある意味では開催に向けて、温かいご支援と後押しをしていた企業もあり、我々としましては、本当に力強いお話でした。


しかし、最終結論として、研修生の安全、安心、健康面を考えると、そして、万が一合宿中に陽性の研修生の方が出た場合とか、、長年御派遣いただいています優秀企業様の又、研修生のご両親様にとんでもない、どうしょうもない、ご迷惑をおかけする事になるという全く当然の事です。

反面、研修生が、これから待ち受けるであろう 幾多の人生の荒波を乗り越えて、勇躍勇んで、素晴らしい人生を歩んでいただきたいという一念の狭間の中で、苦慮しながら 今回の研修会の中止、延期に踏み切った次第です。


今回のパンデミックの新型コロナが、
世界恐慌に発展するか、どうなるかという状況です。
 
前回のブログではないですが、我々全地球人のかけがいのない星です。

世界人類が一丸となって、あらとあらゆる英知を絞って新型コロンが終息に向かう事を 切に望んでペンをおきます。

「修身斉家国平天下」ではないですが、まず、私が今出来る事を、神頼み、世間頼みだけではなく、日々の行動の中で実践したいと思う次第です。


次回のブログでは、終焉した喜びの心が書けますように。


最後までお付き合いありがとうございました。


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2020年02月11日

かけがいのない星

今日は 

ここ 2〜3日少し冬らしくなりました。

冬は寒い。

このような春夏秋冬のはっきりした地球の位置からわずかのスキマにある大変恵まれた日本には、素晴らし四季があると言われています。 しかし最近の地球は一説によると少し壊れかけているというショキングなニュースが流れています。


この地球は、悠久の宇宙で、生きとし生きる動植物が住むことが許された唯一の星です。

16歳のクレタさんの思いではありませんが、全地球人のひとり、一人がこのかけがいのない星を守りたいものと切に思います。


そのような事を考えますと、持続可能な開発目標、つまりSDGsを我々の身近な目標として、私自身も又、我々の協会も取り組んでいきたいと思っています。


持続可能な開発目標(SDGs)とは、2001年に策定されたミレミアム開発目標(MDGs)sの後継として、2015年9月国連サミットで採択された「持続可能な開発目標のためのアジェンダ」にて記載された2030までの国際目標です。


持続可能な世界を実現するための17のゴールと169のターゲットから構成され 地球を守り、その前提として、地球上の誰一人として取り残さないことを誓った宣言です。


今、世界はポピュリヅムの傾向がつよくなり、自国だけの事を考え、自国の有利なことだけを推し進めようとしているように思います。

今、地球が壊れかけています。


発展途上国、先進途上国共々、地球人がこころを一つにして、このかけがいのない星を守らなくてはならないように思います。

きれいごと過ぎるよといわれそうですが、私の信奉する坂村真民先生の詩が思い起こされます。

              あとから来る者のために

                          田畑を耕し、種を用意しておくのだ

             山を川を海をきれいにしておくのだ

             ああ後から来る者たちに
             
             苦労し我慢をし みなそれぞれの力を傾けるのだ

             あとからあとから続いてくるあの可愛い者たちのために

             みなそれぞれ自分にできるなにかをしてゆくのだ。

私には可愛い3人の孫がいます。そのような事も含めても、我々一人ひとりがどうすればいいのか、考えさせられる問題です。

今、中国の武漢から伝染して、瞬く間に、世界的な脅威になっているコロナウイルスが猛威をふるっています。


地球はまさしく一つです。

早くこの世界的なコロナウイルスが全世界の英知を絞って消滅することを祈ってやみません。

因みにSDGsの17は下記の項目です。

1、貧困をなくそう   2、飢餓をゼロに   3、すべての人に健康と福祉を  

4、質の高い教育をみんなに  5ジェンダー平等を実現しょう6、安全な水とトイレを世界中に

7、エネルギーをみんなにそしてクリーンに 8、働き甲斐も経済成長も

9、産業と技術革新基盤を作ろう  10、人や国の不平等をなくそう

11、住み続けられるまちづくりを  12、つくる責任、つかう責任

13、気候変動に具体程な対策を  14、海のゆたかさを守ろう 15、陸のゆたかさも守ろう

16、平和と公正をすべてのひとに 17、パートナーシップで目標を達成しょう

以上17項目を地球人ひとりひとりが自分で できることを見出して、壊れかけている地球をみんなで救おうという開発目標です。


世界的に異常の天候問題から、コロナウイルス、温暖化によっておこる諸問題を、わがごととして、考えたいと思う、最近の世界世情の諸動向で、思う2月でした。

どうぞ、コロナウイルスは早く消滅し地球人が安寧に過ごせますよう、又皆様方も、コロナ対策も含め、身体の方ご自愛下さい。

今回も最後までお付き合いいただき、誠に有難うございました。


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2020年01月12日

一年の計は元旦にあり

おめでとうございます。


お正月は如何でしたか。


時代と共にどんどんと企業人にとっては、又、世の中も少し長い冬の休暇のような風習になってきたように思いますが、いかがですか。


お正月用のおせち料理も、今は、各家庭でつくることも少なくなり、百貨店か、料亭の注文による おせちが多くなったとの事ですが、それでも、各家庭の正月の風物詩としては、衰退の一途を辿っているとのこと。


セピヤ色の思い出ですが、もう他界して15年ぐらいなりますが、今は亡き母が 2日〜3日かけて おせち料理をつくるという、年末の行事としてのノスタルジアを感じる風景が蘇ってきます。

けして懐古趣味ではないのですが。

忘却のかなたに追いやれらてなっていくものと思います。


谷口家は5人家族の男ばかりの3人兄弟で、当時は食べ物がなかった時代でもありますので、5重になった重箱にびっしりと入った料理と又、別のお椀に入った料理は本当に、楽しみでした。


玄関のしめ縄も昨年末に身うちの不幸があり、しめ飾りは中止しましたが、最近は何年間は何かと不幸があり、飾らぬ正月が続いています。


今に日本の正月から このしめ縄の風習もなくなるのではないかとおもったりします。


しかしそのような形、ものではなく、心の思いは、大切な習慣として、自分のためにも心の切り替えを つまりけじめとして、しっかりと継続していきたいと思います。



益々,AI時代に、また、「もの」と「人「」の全てがインターネットに繋がっていく「loT時代」に入っていきます。


だらかこそ、「一年の計は元旦なり」と言われる大昔から 日本人の心に根付いてきた素晴らし正月の格言は 時代の急速な変化にけして押し流されないように、自分を「急がは回れ」ではないですが、時間を少し止めておく正月にしたいと 常に年の初めに思います。

つまり、神様だけが、生きとし生きる動物の中で人間にだけ当たえた「目標」という言葉です。

少し、青臭く纏めてみたいと思います。
          

           1、この世に生まれてきた目的はなんですか。。    
           2、何をもって 働いているのですか。
           3、何をもって 今の仕事をしているのですか。
           4、この世に何をのこしたいのですか。
           5、幸せってなんですか。
           5、何歳まで生きて何をしたいのですか。

                          −−−−−−−

そのために。

           今日一日の目標を明確にしよう。
           今週の目標を明確にしょう。
           今月の目標を明確にしょう。
           今年の目標を明確にしよう。
           3年後の目標を明確にしょう。
           10年後の目標を明確にしょう。
           一生の目標を明確にしよう。



その原点は 私の好きな格言として親鸞上人の

        人生の一大事とは。その瞬間、瞬間を大切に生きることなり。


年初から、青臭いブログになりましたが、

          「一年の計は元旦にあり」

この言葉だけは、時代はどのように変われども、この世にオサラバするまで 年の初めには自分の心に、絶やすことなく持ちたいと思います。

今年も始まりました。

最期までお付き合いありがとうございました。

               本年も何卒、よろしくお願い申し上げます。



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2019年12月27日

令和の始まり

今日は。


今年も数日間となりました。

最近は特に「光陰矢の如し」のことわざが本当に益々身近に切羽じみて感じられるようになりました。


こうして一年をふりかえってみますと、色々な事が公私にわたってありました。


特に今年は年号が変わるという大きな節目だったように思います。

我々の時代はどうしても年号で育ってきましたので 殊の外、年号が時代を表すときに、その場面場面の現象が脳裏に事象として現れてきます。

つまり。例を出しますと、私は小学校の確か2年か3年だと思いますが、廊下にありました子供新聞で上皇陛下が皇太子時代に30日〜40日かけてエリザベス女王の戴冠式にイギリスに行かれたという記事を見ました。 


その時、世界は30日も40日もかけてそんなに広いものかと(後ほどわかとですが船で世界各国を回られて行れたという事です。)子供心に思いました。

そして、僕もイギリスに行ってみたいと大きな夢をもちました。       


そして西暦1970年に 海外の仕事で渡航する最初の国がイギリスでした。

その後 何十回と世界各国を渡航する機会に恵まれましたが、その最初の国である、イギリスのヒースロー空港に夕方の現地時間で6時頃だったと思いますが、小学校の時に夢に見たイギリスの大地に足を踏み込んだ一歩が忘れること出来ない一番の印象に残る思い出です。【事務所の大掃除をしていまして、たまたまその折りのセピヤ色の写真が出てきました。、】


このことは、従前にもブログで述べましたが、なにを申し上げたいかといいますと、西暦の1970年に初めて渡航したといっても、どうもピッと心にきませんが、昭和45年と言いますと、その前後を含めて若かりし希望に満ちた 怖いもの知らずの青春が蘇ってきます。 


 その多感な 精一杯 生きてきた時代の流れが手に取るように懐かしく浮かんできます。


私にとっては年号が私が生きてきた人生そのものになります。

しかし時代と共に年号の有無が云々される今日、今後どうように変転するのか。


今の若い年代にとつては、西暦がその時代に生きてき道程の証になるのかどうか、どのように変転するのか。


いや 併記は別にして、やっぱり、年号がその時代のバロメーターになるのか。


今後の時代の流れに任せることになるように思いますが、個人的には 我々日本人にとって 年号はいついつまでも継承していってもらいたいと思う次第です。


明治の時代、大正の時代、昭和の時代、平成の時代、そして新しい幕開けの令和の時代。

何か西暦で区切よりも、年号で区切った方がその時代、時代の激動の時代のノスタルジアとして 心の片隅にいついつまでも 残るのでは。

昭和の時代とは。のように。


来年度は初めての令和の新年を迎えます。

又、新たな気持ちで新年を迎えることになる元号は、そのような気を新たにする、そのような意味合いになる言葉のようにも思います。


そんな希望に満ちた年になると思うのも、元号の言葉の持つゆえんではないのかと思う年の瀬です。


今年最後の心の応援歌として、「令和」という,たぶん 私の人生にとって最後の年号になるものと思いながら、新しい令和の年明けについて、述べてみました。

明日から正月休暇に入ります。初出はほとんど企業と同じになると思いますが、6日からです。

どうか、日本語の素晴らしい言葉であります、良い御年をお迎えください。

一年間お付き合いいただきまして誠に有難うございました。







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2019年11月17日

伝統

こんにちは

11月も後半になり、早一か月半になり、何となく気ぜわしくなってきました。


令和の新時代になる即位礼がこの一か月の間に行われれ、皇室の伝統の行事を垣間見る機会になりました。

そして 天皇陛下並びに皇后陛下の日常のお仕事、行事の一端に触れる機会を得て、日本のたゆまぬ、素晴らし伝統を知る機会になり 大変うれしく思いました。

私にとっては、たぶん最期の皇室の儀式に触れる機会であることに何か思うところがありました。

従前にも確か述べさせていただいたように思いますが、私は、20代の後半から30代の前半にかけまして、世界の各国に市場調査で、企業調査で 30数回にわたり欧米を中心に回ったセピヤ色の時代がありました。

丁度 その折、昭和天皇様が確か50年ぶりかで、イギリスのエリザベ女王の戴冠式に出席のため、欧州を回っておられました。


丁度 私も前後して、欧州を視察していました。

スイスのジュネーブに昭和天皇様がお越しになるという事で、丁度私はジュネーブに滞在していましたので、お出迎えにジュネーブ空港まで行った記憶が蘇ります。


当時は、まだまだ日本に対して戦争を起こした加害者の国としての反感が強い時代でした。


昭和天皇様の専用機は 出迎えの空港より相当遠くに止まられ、そのまま空港を後にされ、市内に向かわれました。

その後、前後して私はイギリスに向かいましたが 昭和天皇は丁度イギリスを後にされた時でした。

イギリスに着かれ,エジンバラ駅から、馬車で戴冠式のバッキンガム宮殿に向かわれる道路は 一週間前から非常に厳しいチエックで、イギリスの方々は、一体どの方がお見えになるかと驚きの出来事だったと現地の知人から聞きました。


そして、昭和天皇がイギリス滞在中に 英霊の墓にお参りされ、頭を下げらた事が 世界のトップニュースとして世界を駆け巡りました。


つまり、第二次世界大戦で最後にご存命の方(イタリヤのムソリーニ、ドイツのヒットラー)としての 解釈でした。

その世界のトップニュースの記事を見た時に、色々と日本について、日本という皇室という立場に 何かと 考えさせらえる機会になった出来事が思いおこされます。


今回の即位礼は、国連加盟国より多い196の国からご参列頂き 令和日本を祝していただきました。


又、この間は大嘗祭と言われる 荘厳な何千年と続いている秘儀をテレビで拝見し 夜を徹して行われる儀式に 思わず森厳(しんげん)の思いで 襟をただす心境で 見いっていました。


世界を見回してみますと、伝統という言葉がどんどんなくなってきています。

どうも 世界は何か索漠としてきているように思えてなりません。

この間の天皇陛下が 大嘗祭の折、述べられました世界の平和と安寧の思いで、我々地球人が、住むことを許されている唯一の宇宙の星です。


全世界の一人ひとりが、安寧と平和に過ごしたいものだと この間の一連の即位礼のお言葉で強く思いました。

さて、今年も もう二週間しますと師走に入ります。


日ごとに寒くなってきます。

どうぞ体調に充分ご留意ください。

今回は令和元年における、皇室の一連の秘儀と伝統美について、述べてみました。

最後までお付き合いあい有難うございました。






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2019年10月26日

一か月の歳歳

こんにちは。


この10月の月は色々ありましたね。

台風19号における関東、東北の大水害として、又、先日の大雨による再度襲った第二次水害と、被害に遭われた方々には返す言葉もありません。

どうぞ気落ちをなさらずに復興に専念されますことを、こころながら祈念致しております。

こうして振り返ってみますと 私は生まれましたのは 大阪市の下町のど真ん中でした。

昭和20年代の後半から30年代の前半でした。


当時はまだ、下水道が小さくまだまだ完備されず、戦争の傷跡の残る時代でした。


少しの雨で、絶えず床上まで、水があふれ出て、幼心に両親と兄弟3名で畳をあげ、タンスかなにか記憶にさだかではないですが、その上に畳をあげ、水が引くのを、畳の上で何日か生活した思い出があります。

幼心にそれが何か楽しかったような記憶があります。


水の引いた後の後始末は 両親は大変だったのではないかと 今思えば、はるかかなたの記憶ですが、思い出します。

当時は書くのが、少しはばかりますが、トイレは水栓でなかったので、母親が嘆いていた思い出があります。


この一か月の間に我々日本人にとって 大変小躍りするノーベルの化学賞に、旭化成の吉野彰名誉フェローが受賞されました。


本当にうれしいニュースでした。私は、企業人として、産業界の一企業の研究員の方が、苦節40年〜50年、こうして世界に貢献するリチウムイオンを開発された事に大変素晴らしい事で、両者に敬意と感銘を深く持ちます。


あの吉野先生の素晴らしい笑顔は、その限りない開発の成功までの 言うに言えない苦労に苦労を重ねてこられたからの笑顔で、 人間味の満ち溢れた 人を引き付ける何とも言えない、学者肌でない容姿は 大変、魅力的でした。


年一回の10月は、日本の素晴らしさを世界に証明する定番の行事になってきたように思いますが、現実は非常に人財不足の傾向が顕著になってきたと言われています。


人財教育に長年携わってきた私にとって、一分の矜持を持って頑張りたいと思う次第です。

又、この一か月のラグビーワールドカップは、日本中をくぎ付けにしましたね。


私は長年のアメリカンフットボールの大のフアンで、試合はここ40数年の間に何百回と観戦しています。


形態は違えども、チームワークのゲームですので昂奮してみていました。


ご存じの準決勝までは進出出来ませんでしたが 日本の組織と和の精神によるラグビーは ラグビー界に一石を投じたのではないかと思いました。
              

私の好きなアメリカンフットボールも世界的なスポーツになればなあと思った次第です。


また、22日は即位礼がありました。

祝賀御列(おんれつ)の儀は11月10日に延期されましたが、22日の即位礼には 国連の加盟国よりも多い190の国の代表がお祝いに来日された事に 大変うれしさと誇りを持つ出来事でした。


世界で例のない何千年と続く日本の伝統、歴史は 是非 幾後世までに伝えて 不易流行の不易は大切にしていきたいと切に思いました。


今回は この一か月は、多彩な出来事があり、世界的なニュースも含め駆け足で述べてみました。


今回も最後までお付き合い頂きまして誠にありがとうございます。


日ごとに寒くなってきます。どうぞ体調には充分ご留意ください。


                             
                       有難うございました。












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2019年09月16日

命日

こんにちは、少しは朝晩は少し涼しくなったような気がしますが、相変わらず夜は冷房をつけて寝ています。


そのためか、身体は夏バテでだるいですね。

しかし、大変贅沢な事を言って バチが当たるのでは。


今回 台風の影響で千葉県を中心に停電で、何十万軒と一週間止まっているとのこと。

それこそ大変な状況です。どうぞお身体の方、この暑さです。くれぐれも ご自愛専一下さい。

この間、虫の声を少し聴きましが、何か、虫さんも秋 到来は感じていると思うのですが、この暑さです。


元気がなく、か細く鳴いていました。

さて、昨日は私の母が他界しまして、14年になります。            9月15日が命日で、初めての休日に当たりました。


中々、仕事の関係上 言い訳ですが、命日に墓参りは厳しく、家内がいままで、一人で行っていました。


今回は またとない休日で、家内は町内会があり、,行けないとのことで 私が一人で車で、私の実家の近くにある墓に約30分ほどかかりますが、行ってきました。


墓参りに一人で行った記憶がなく、いつも家内か娘、孫達と行っていました


着いたのが丁度昼頃で、市の管理する大きな墓地ですが、日中でもあり、私が一人でした。


雑草は生えるのが早いですね。今年の盆に孫達と墓参りをしたときに、相当刈ったのですが、また、生えていました。

その名もない雑草の生きるという逞しさには敬服しました。


丁度一人でしたので、誰の束縛もなく、約2時間ほど、墓の周りとか、墓石を磨いたり、花の花瓶を時間をかけて、洗ったり、何か時間が止まった時でした。


すべての墓掃除を終え、ろうそくに火を灯し ,線香をあげ、すべて整い、久しぶりに両親に 特に今回は母の命日なので 又、一人なので、ゆっくりと母と会話の時間を持っ事ができました。



丁度 同じ墓の敷地内に私の真ん中の兄貴(3人兄弟の男ばかりの私が一番下です)が72歳の若さで他界し 眠っています。


大好きだった兄貴にも暫し、話をしていました。


10分ぐらい経っていたかも知れません。


久しぶりにゆっくりと お袋と話しを持つ時間になりました。


両親と兄貴に 僕もいつの日か、そちらに行きます旨伝えて、兄貴に両親の面倒をよろしくとお願いを託し、後にしました。

自らの命の原点に思いを馳せ、穏やかな安寧な 心の洗われる時間になりました。


その後 実家に帰り 実家での命日の法要に 兄貴夫婦と一緒に亡きお袋を お坊さんと共に語らう時間となりました。


それにしても 今 もって思い返す事は、14年前の9月15日にお通やを営み、その翌日が葬儀で、自宅に帰った翌日の17日の朝の出来事です。


事務所に出勤するため、家をでました。


思い出しても、玄関前の白夜のような静寂は一体なにだったのか。


そして、一面、赤トンボの大群が目の前を飛んでいました。


それも、9月の中旬です。最近は見かける事は少なくなり 何匹かは見たことはありますが、 あとにも先にも 当然そのような赤トンボの大群に巡り合ったことはありません。


私は 咄嗟に母が冥土に行くための最後の別れに赤トンボに乗って 家の前に最後の別れに来てくれたものと疑わず、どっと涙があふれ出て、暫し玄関前で赤トンボの大群を見ながら、放心状態で佇んでいました。


どのぐらいの時間が立ったのか、しばらくすると赤トンボの大群はどこかに行ってしまいました。


その折の静寂な音のない、白夜のような景色が、フラッシュバックして脳裏に蘇ってきます。 

心がとぎすまれていたのかも知れません。


今日は 私の亡き母の命日に 心霊現象のような話にもお付き合い頂きまして 誠にありがとうございました。

関東方面の方々は厳しい残暑です。どうぞお身体の方くれぐれも ご自愛 ご専一ください。                   

                     有難うございました。







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2019年08月25日

AI社会に必要な心

こんにちは。

8月も もう下旬になりましたが、厳しい残暑が続いていますね。

関西ではお盆休みと言っていますが、夏季休暇は如何でしたか。

私の方は孫(男ばかりの3人兄弟で中一、小4、幼稚園)達が、姫路から娘の運転する車で 毎夏 行事になっています自宅に 里帰りで帰ってきました。


墓参りだけはできる限り、家族揃って孫達をもと思っています。

どんどん時代と共に、いまは「墓じまい」という言葉があるようですが、人間関係、家族関係が希薄になってきているようですね。


私は、墓参りは、今日あるのは脈々と先祖がつむんでくれた 大切な命を継承する心の行事として孫達にも後姿で教えています。

AI時代に人の心はと言われていますが ある意味では人の心は、デカルト、カント、ショペンハイマーの時代からまた、孔子、孟子、空海、最澄、親鸞さんの時代から、人としての思いは変わらないようにおもいます。

反対に益々、重要な人間の本質になる思いますが。


そのような孫達に囲まれての至福のマゴマゴと、又家内のお墓参りも兼ねての温泉旅行と 慌ただしい一週間でした。


そのような関連しての話ではありませんが、国立情報学研究所の新井紀子教授の「AI社会で大切なこと」が浮かんできます。

新井先生は AIでもって東大合格を目指した先生で 有名大学に合格するAI技術を開発した先生としても 有名です。

私自身も数年前 私の所属している経済団体で先生の講演と名刺交換をさせていただきました経緯があります。


AIで東大にと言う開発を研究された先生でおられるので、さどや学者肌の先生と想像していましたが、非常に魅力的な心の優しいチャーミング(語弊があるかもしれませんが)な先生で、すぐフアンになりました。


そのことは別にしまして 先生はAI時代だからこそ、最先端のIT教育より 読解力が必要であると力説されたおられる事に私自身も全く同感です。


新井先生は急がば回れで、AIに負けないためには、一人ひとりの基礎基本となる読解力、論理力、社会におけるコミュニケーション能力が、AI時代に負けない生き残り術であると論破されています。



私自身も、娘から孫の算数の答えをみて、非常に簡単な問題で、なんでそんな答えになるのかと思っていましたが、先生のお話を解釈すると、読解力不足のため、テストの質問の解釈をはき違え、解答しているのではないかと思うようになりました。

そういえば、いろいろな契約書とか、説明書等、読解力がないと、知りませんでしたでは、すまない問題も起こってくるかもしれないと思ったりします。



私の学生時代に 先生から教科で一番大切なのは国語であると言われた事が蘇ってきます。

今回は墓参りから、不易流行の不易の思いを述べてみました。

来週から9月に入ります。少しは涼しくなることを願いながら 夏バテにご自愛頂きまして、今回も最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。




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2019年07月27日

追憶

こんにちは、


24日〜25日と日本3大祭りの一つである天神祭りが開催されていました。


丁度 大阪天満宮は会社の裏にあり、町内会に当たります。

二日間は 日本一長い商店街として有名な一丁目から八丁目ある天神橋商店街をギャル神輿とか 獅子舞、神輿【みこし】、だんじりが行きかい 騒然とした、また華やか 私の好きな日本の素晴らしい伝統の光景が繰り広げられます。

丁度 その申し上げた喧噪とした夏祭りも終わり、今そのような祭り事があったのかと、嘘のような静かな静寂の小雨降る状況の中で 事務所でパソコンに向かっています。


さて 最近二人の著名な方が亡くなられましたね。


お一人は、常にパイプをくわえて、「ほんでやね。の言葉で有名な竹村健一先生と、もう一人は、料理研究家で台湾料理の龍潭を経営されておられらた程一彦先生です。




程先生は次回に述べるとして、竹村先生とは昭和47年〜48年からのご縁で、ここ20年ほどはお会いしていませんが、、時折どうされているのかなと思い出していました。


87歳になっておられたのですね。

もう30年〜40年に遡りますが、時折講演会の講師としてお願いしていました。


歯に衣もきせない関西弁で,例の「ほんでやね」でよくお話をいただきました。


講演中もパイプを片手にお話しされるので、参加者から、講演中、パイプ片手に失礼ではないかと 時折講演後連絡があるときがありました。


私も一度そのことで ご本人に何故常にパイプを片手に持っておられるのですかと お伺いした時があります。

[谷口君 僕は片手にパイプを持っていることで、心の安寧につながるので常に持っているのだよ。]
とお答えになったときに、先生のフアンになりました。


一見 豪放磊落の中に先生の隠れた幼子の持つシヤイな性格を垣間見て 先生のフアンになった記憶が蘇ってきます。


昭和48年〜49年の時に何のご病名かは忘れましたが、私が昨年入院しました北野病院に入院され、お見舞い行った記憶も蘇ってきます。

お互いに、前途洋々と希望満ちた、夢を無限に膨らました年代であったなあと、少し回顧し、人生の哀愁を感じます。

先生とのご縁で直言頂いて 私の座右の銘の一つになっている言葉があります。

それは、「自灯明」じとうめい という言葉です。

先生はこのように説明されました。
                     


お弟子さん達が 涅槃に入られたお釈迦様に「お釈迦様、一つ尋ねたいことがあります。

お釈迦様が亡くなられたら 我々はどうして生きていきていけばよいのですか。教えて下さい。


その時 お釈迦様は一言「自灯明」と答えて 亡くなられたという話です。

竹村先生が私にお話したかったことは

つまり、この人生は自分の人生であるという事の話に尽きると思います。

得てして私など、世の中が悪い、政治が悪い、世間が悪い 社会が悪い と他のセイにしながら世の中を歩んでいます。


この世の中は 自らの手で、自らの人生を拓いていかないとだれも拓いてくれないという歴然とした事実です。                           


全く当たり前の事ですが、事あると、他人のセイに、世の中のセイに転嫁する自分がいます。

そのようがラクだからです。

つまり現実を逃避してしまいます。


自分自身の悔恨も兼ね、時折研修会で自分自身のぶざまさを例に 竹村先生に直言いただいた「自灯明」のお話させていただいています。

今回はご縁の深かったお二人のおひとりである、竹村健一先生の追憶として述べさせていただきました。


猛暑が続きます。どうぞ水分補給にこころがけられ、この厳しい暑さを乗り切ってご自愛下さい。

今回も最後までお付き合いいただきまして誠に有難うございました。




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2019年06月23日

コレステロール

今日は 


少しご無沙汰しました。

これから又、頑張ります。

令和に入って約2か月になります。

ソロソロ 令和の言葉が馴染んできたように思いますが皆様方は如何ですか。

私の時代は、西暦より元号がどうしても、身体に染みついているようです。

親父が十数年前に亡くなった時のブログの冒頭の言葉が浮かんできます。

明治、大正、昭和、平成と4代にわたり、激動の日本経済と共に生き抜いてきた一人の男、親父が、亡くなりました。


確かこのような文章で親父の死を述べた文章が浮かんできます。

私には、元号が私の人生の歩みとなっています。

令和はどのような年代になりますか。

素晴らしい年号になりますように。


さて、昨日から一泊二日の人間ドツクに入っていまして、先ほど少し残務整理がありますので事務所に戻ってきました。


一泊二日の人間ドックはもう20数年になるのかなと思います。


昔から[病は気から]で 気を重視していますが、最近は [気]
だけではなかなか健康管理には厳しいものと思っています。


昨年の年一回の人間ドックで 俗にいう検査に引っかかかりまして、昨年のブログに述べさせていただいたように一週間ほど入院しました。

早いもので、もう10か月が経ちます。


病院先の北野病院のかかりつけのお医者さんからは 良く早期発見で見つかってよかったですね、と
労いの言葉をかけていただき 本当にその通りでついているなあと安堵した記憶が蘇ってきました。


今日の仮診断では、コレストロールの数値が 又異常に高くなっているので、気をつけてと 押しされました。


2週間〜3週間後に郵送される診察書の結果待ちになりますが、今 過去の診察書を見ていますが、相当高くなっているので 気を付けたほうがいいなと少し心配になっています。


コレステロールに異常が出る場合は、肥満、喫煙,過度の飲酒、ストレス等が原因とのこと。


上記に原因で対象になるのは、ストレスのところが大きな原因かなあと思います。


人間は適度なストレスがないと 病気の原因になるといわれていますが、過度になると又、問題のようです。

ひとめにはストレスをため込まないように思われていますが。


今日のお医者さんの説明ではコレステロールが高くなると、動脈硬化が一番怖いとのこと。


動脈硬化とは、血管襞に脂質がたまり、血管内が狭くなるとのこと。


そのため、血液を各器官に送り込む時に、血管が狭くなっているので、より勢いよく血液を送りださねばならず、心臓や血管に大変な負担をかけるとのこと。


それでなくても 心臓は一日10万回休むことなく鼓動しているので(当然休めば 死ということですが・笑い)。


加齢とともに、相当の負担をかけているとのこと。


それを防ぐには、運動不足、食べ過ぎ、脂質のとりすぎの解消が基本とのこと。


従前にも人間ドックでコレステロール値について指摘され、暫く注意して、何かと摂生を計り、ここ数年は数値を下げてきたのに。


又、今回、大きく数値をあげ、今、パソコンの前で反省しきりです。

コレステロールの数値が高くなると、私が今一番恐れている、心筋梗塞とそれに連動する脳梗塞を心配しています。


私の理想の死に方ですが、俗にいうピンピンコロリです。
が、そのような死を迎える人は 2パーセントぐらいとのこと。

人生を歩んで行く上で大切な死生観について、思い馳せながら 今回は 昨日から一泊二日での人間ドックについての仮診察について述べてみました。

春秋に富む皆様方は、まだ先の話のように思いますが、私の今の心情は「光陰矢の如し」です。

「健康あっての物だね」ですね。

今回は自身の健康管理から、皆様方には、老婆心のブログになりました。

日ごとに厳しい暑さに向います。どうぞお身体ご自愛下さい。

今回も最後までお付き合いいただきまして,ありがとうございました。





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2019年04月13日

素晴らしい若者達と


今日は


4月も半ばになりましたが、寒暖の差が大きいですね。体調の調整は大丈夫でしょうか。


さて、恒例の40余年と春の3月下旬から4月の初旬にかけて開催しています 新入社員の合宿研修会も お蔭様で約350名余様のご派遣をいただき 4月初旬の開催は満席で今年もお断りするような結果で、先週無事終了させていただきました。


人生100時代に これからの人生を素晴らしいものにするために ご勉強頂きましたが はなはだ心もとないですが、8名のトレーナー陣は研修生と寝食を共にして、我々トレーナー陣の研修の理念である「愛」を持って対応させていただきました。


なにはともあれ、全員無事に下山頂いて、今年も事務所の裏にあります大阪天満宮さんに、先週末に研修の始まる前の無事の祈願と、無事に終わったお礼を済ます事が出来、ホットしてパソコンに向かっています。


今朝は朝から担当しましたトレーナー陣と スタッフ陣と共に毎年開催しています、研修会の反省会をして、
来年度に向けて 各ご派遣頂きました企業様の将来の幹部候補生を、又、日本の宝を、そして、素晴らしい人生を歩んでいただくにはどうすればよいかを、打ち合わせせていただき 多くの改善点が今年も挙がってまいりました。


 まさしく「改善は永遠にして無限である」を我々トレーナー陣は感じた次第です。


今回のご報告は 入山式(お寺は別名「山」といいます。)のオリエンテーションで 私が校長先生として一言お話をさせていただいた要旨を思いだすままに記してみたいと思います。



このたびは、素晴らしい会社に就職されておめでとうございます。


今年も社会に出られた新入社員は 約60万人とも70万人とも言われています。


そのような中で、人生100年時代に、「人生いかに生くべきか」を 研修主旨として進めています このような研修を受ける機会に恵まれた皆様方は本当に一握りで、幸せな機会であることを、しっかりと胸の奥にしまって臨んでほしい。


望むなら、今年も何十万人と世の中に出られましたが、そのような仲間を代表して 又、選ばれた一人として頑張ってほしい。


つまり自分さえよければよいと言う思いではなく、これから世の中に出る社会ため、入社する会社に、そして業界に、そして、日本に、世界に貢献すると言う、そんな大きな大きな若者としての特権をフル生かして、素晴らしい夢、志に向かって 精一杯三日間頑張ってほしい。



その夢が 志が高ければ高い程、ではどうすればよいのかは これから始まる二泊三日の研修会で各トレーナーが皆様方にお願いすることを信じて、まず、素直になって 一度受け入れて実践してほしい。


つまり人生の不易流行の不易 つまり、太陽は東から登って西に沈む、朝がくれば夜が来ると言う「人生の幸せの定石」をしっかりと学習してほしい。


この意味合いの説明はどうかと思いますが、人生には幸せの「型」があります。


まずその「型」をしっかり5感(6感)で体感してほしい。つまり、「守、破、離、」の精神を実践で理解してほしい。



ではそのためには、現実ににどうすればいいのか、となると、禅の精神である「なりきって目の前の事を一生懸命実践する。


つまり 1、返事。禅で言う素直な心でものをみる、 2、挨拶、禅語である人生歩ん行く上で一番重要な言葉、 3、姿勢、(禅の心身一如の考え方」)、 4、履物を揃える(禅における脚下照顧)  5、食事のマナー(禅における人生で最も大切な感謝と品格と徳)の5つの人間力を磨く事が、ダイバシテーの源として晴らしい人生に近づく最も大事な秘訣である。


つまり当たり前のことを当たり前に実践することである。

このような意味合いの趣旨を最初にお話させていただきました。


最初は、研修生は多分一体何をいっているのか理解に苦しまれたようですが、三日間でまず実践あるのみ。、と各トレーナーが度々口酸っぱく力説してお話しをしている間に、5感、(6感)で 身体で その意味合いをご理解いただいたようです。


研修終了時の 振り返りの感想文にうかがい知る事が出来、我々トレーナー陣も、若者の素晴らし適応脳力、潜在脳力を垣間見て、仕事冥利の幸せを感じるひと時でもありました。



毎年春の時期に開催しています合宿研修会について、素晴らしい若者達と一緒に寝食を共にして、今回は入山式の挨拶の要旨をご案内させていただきました。


来月から元号が変わりますね。

素晴らしい時代になる事を期待して。

冒頭に述べましたように、寒暖の差が暫くは続くようです。

どうぞお身体、ご自愛下さい。

今回も最後までおつきあいいただきまして、誠に有難うございました。




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2019年03月24日

イチロー選手

今日は 


三寒四温で、体温調整は大変ですね。


来週から40余年と進めています新入社員合宿研修が始まります。

昨日はスタッフ6名で事前の準備の設営に行っていました。

事務所から研修の資料並びに研修に使用する備品等、約段ボール箱が20個程、研修会場に事前に宅配されていまして、その梱包を開封し 研修会場に使用する3か所に幕を張ったり、資料を机に並べたり、研修生が少しでも素晴らしい人生を歩んでいただく事を願いながらの準備でした。


毎年続く 春の我々の重要な行事ですが、幕などを張りながら、期待して研修生をご派遣頂く企業様があられるお蔭で このような準備の時間を持てる事に感謝の念で一杯でした。


と同時に 期待に応えてスタッフ一同頑張らなければと言う思いも沸々と湧いてきた事前準備の一日でした。


さて、先日の21日にイチロー選手は引退を表明しましたね。


私はあまり野球はみたことはないのですが、イチロー選手には大変関心を持っていました。


その経緯は 10数年前になると思います。


皆様方もご存じと思いますが、小学校6年の卒業文集の折の「私の夢」と題した作文のご本人の自筆によるコピーを見る機会がありました。


小学生にしてはなかなかしっかりした字を書くなあと思いましたが、それはそれとして 文集のテーマは「僕の夢」でした。



               僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。
               から始まり、3歳の時からの練習を数字を挙げて述べ、
               小学校時代の野球における成績を分析し、高校を卒業してプロに入団します。
               その球団は中日ドラゴンズか、西武ライオンズが夢です。
               ドラフト入団で契約金は一億です。
               一流になって、試合に出れるようになったら お世話になった人に招待券を配って、                 応援してもらうのが夢です。
               最後にとにかく一番の夢はプロ野球選手になることです。(卒業文集より一部抜粋)


このような内容の文章でした。


この文章はイチロー選手が 小学校6年の時にすでに、QC的手法でつまり、仕事における計画(Plan) 実行(Do) 効果確認(Check) フォロー(Action)つまりPDCAを回していたと言う事実です。


小学校6年ですので、そのような経営手法の言葉は知ってはおれらなかったと思いますが ものの見方考え方の基本をすでに身体で会得しておられた事実です。


我々も 目標設定の重要性を含め 非常に参考にすべく よく研修にイチロー選手の小学校6年の折の卒業文集の「私の夢」を教材として学ばさせていただきました。


そして日本、アメリカと両国で活躍され、多くのイチロー語録として話題になりました。、


そのイチロー選手の話の中で 私自身が一番心に響いた2〜3の言葉を述べてみたいと思います。


           ☆ 努力せずに何か出来るようになる人の事を「天才」というのなら 僕はそうではない。
             努力した結果 何かが出来るようになる人の事を天才というのなら、僕はそうだと思う。
             人が僕の事を、努力もせずに打てるんだと思うならそれは間違いです。


ご本人は天才という言葉を非常に嫌っていたと言われています。



昔の諺にあります「努力は天才より勝る。」 「好きこそ、ものの上手なり」

私自身わずか、50余年の実業界に身をおいて、まさしくこの言葉が正しいのではないかと思います。


私は そのイチロー選手の言われる意味合いを 小学校6年の卒業文集から図り知る事ができます。


               活躍するには練習が必要です。
               僕は3歳の時から練習を始め、3年生から6年生まで、
               365日激しい練習をして1週間で友達と遊べる時間は、5〜6時間です。
               そんな思いで練習しているので、必ずプロ選手になれると思います。(卒業文集より)


(本当は友達と遊んだ時間は一週間で20分〜30分と言われていますが)

この文章が全てを物語っているのではないかと思います。

小学校の修学旅行にもバット携え 旅館の庭で素振りをしていたとのことです。


             ☆ 苦しみを背負いながら 毎日小さな事を積みかさねて記録を達成した。
                苦しいけれど 同時にドキドキ、ワクワクしながら挑戦することが
                勝負の世界の醍醐味だ。

                
              ☆ 色々と記録を打ち立てたが そのような事はあくまでも
                人生のひとつの通過点に過ぎない。
                毎日毎日努力して今日の「今」があることが嬉しい



今回のイチロー選手の世界に報道された引退についてのニュースを聞いて、私なりのイチロー選手の思いを記してみました。


まだまだ、暫くは気温が変化します。


どうぞ体調には充分ご留意ください。


今回も最後までお付き合いいただき ありがとうございました。






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2019年02月23日

はやぶさ2

今日は


今年も早いもので、アッと言う間に2月も下旬になりました。

先先週はお寺での合宿があり 4日間お寺で宿泊して研修を進めていました。

朝は お寺ですので5時起床になります。 

丁度1日で一番冷え込むときです。

しかし、我々トレーナーはその前の4時半頃起床して 研修の心準備をしています。

そして、お寺ですので 草履で素足で研修に臨みます。

年齢を重ねる事に寒さが身にしみまして 6時か始まる一時間の坐禅は 寒さとの戦いでした。

企画者として、これでは修行になつていないなあと 坐禅をしながら思わず精神を統一して 無になりながらも 苦笑していました。


さて、嬉しいビッグニュースが昨日22日に入りましたね。

2003年5月の打ち上げか 2010年6月まで7年かかって地球に帰還したはやぶさ1号の小惑星命名「イトカワ」についで はやぶさ2号が 命名小惑星「りゅうぐう」に着陸して、「りゅうぐう」の岩石を採集したと言う小躍りをするようなニュースでした


もう9年前になりますが はやぶさ1号の時は 紆余曲折しながら 岩石を採取して日本に帰還するとき、1〜2年 宇宙で消息を絶ち 関係者が必死に全ての技術を駆使し 文字通り寝ずの命削っての操作により 、はやぶさ1号に 関係者の魂の命が通じたとしか思われない奇跡の中の奇跡で 満身創痍で地球に帰ってきました。 


我々日本人は常にモノは生きていると言う生命を吹き込みます。

はやぶさ1号が地球の戻り 小惑星の岩石、粒子を持ち帰ると言う役目を一途に思い、その帰ってきて 横たわっている姿を見たとき だれもがお疲れ様でした。

よく、戻ってきたね。遠い宇宙で一人でよくがんばったね、不安でさみしかったのではない。

と自分の子供のように思い 頬をぬらした記憶がよみがえってきます。
 
その出来事は映画にもなり、我々の心を揺さぶりました。

さて、人情論は別にしまして、地球から3億キロはなれた直径800メートルの宇宙のけしつぶにも満たない小惑星に辿り着く技術は、サッカーボールを宇宙から蹴ってゴールである地球に当たる程の確立の技術が必要との事。

また、ブラジルから 発射して 直径6センチの的にあてるような技術力が必要とのこと。


我々では推し量る事の出来ない 想像を絶する日本の素晴らしい技術力に返す言葉もありません。


ましてや  当初は半径50メートル内に着陸さす予定が 今回の小惑星りゅうぐうは予想以上に表面がでこぼこの岩石が多く 着陸させる事が出来ず、着陸の作戦を一カ月程かかって練り直し 半径3メートルの場所に着陸させ 成功したとのこと。

地球からのはやぶさ2号との交信は 約40分程の時間の差があるとのこと。

そのやり取りさえも大変な 時間の労が伴う中で、本当に日本の世界に類のない技術力は、一日本人として誇りをもつ大快挙だったと 門外漢ですが思います。

小惑星から試料を回収する技術とノウハウは 日本だけ事。


この宇宙品質の開発に 日本の企業の垣根を越えて 300社の技術が結集して オールジヤパンの総力を 結集して、今回の再度の世界初の快挙に結び付いたとの事。


又その費用の開発費を 世界各国の宇宙開発費10分の1の費用で成功させたことも素晴らしい結果であると報じられていました。

今 宇宙開発はアメリカの18年の火星探査機の着陸に成功、又、昨秋の中国での月面の裏側の探索に成功しています。


その費用は アメリカでは 約200ドル(日本円で2兆2千億円)で防衛関連を含めると4兆5千億円に上るとのこと。

多分中国もそれぐらいの費用はかかっているのではないかとのことです。

日本はその10分の一の予算ですが、この地球が出来て36億年から37億年と 又一説によりますと46億年前と言われています。


今回のはやぶさ2号はその地球の起源が そして人類誕生の歴史が 2020年の年末ごろに帰還するはやぶさ2号の りゅうぐうから採取した岩石、粒子で解明できるかも知れないという ロマンにあふれた話題です。


悠久の宇宙でたった一つの 我々人類が住める星です。


世界の垣根を超えて 地球誕生の歴史をひも解いてほしいと 世界人類の一地球人の一人として思いを馳せます。


地球誕生を一年で例えると 3月に生命が誕生し 私の好きな恐竜が12月の初旬に現れ 年末の25日〜26日頃に絶滅して そして人類の誕生が31日の大晦日の朝7時ごろとのこと。


そのとてつもない地球の生い立ちを 今回のはやぶ2号で解明してほしいものと思います。


そのためには 来年の2020年東京オリンピックが終わり、2025年の大阪万博にと気持ちを入れ替え 頑張ろうとしている我々に 又地球人のために 是非 無事に宇宙で唯一のかけがいのない地球に戻ってきて その持ち帰った岩石、粒子で 地球の悠久のロマンを解いてほしいと切に思います。


今回は 2014年12月に地球を飛び立ち 一人で5000億キロ離れた宇宙の小惑星の探索に飛び立った「はやぶさ2号」が 4年2か月の宇宙の長旅で、最後の高度500メートルからは 自らの自動操作で 意志で 小惑星「りゅうぐう」に無事たどりついた素晴らしい朗報のニュースに接し 心躍るロマンの心境で述べてみました。


まだ しばらくは寒暖の差が大きく変わります。

体調には充分ご自愛下さい。


今回も 最後までお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。



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2019年01月14日

日の本

あけましておめでとうございます。


.正月は如何お過ごしでしたか。


今年の正月は比較的良い天気でしたね。

毎年、正月の巷でのフインキは、又、風情はなくなってきましたね。

企業人にとっては、少し長いリフレッシュできる冬季休暇といったところです。


私は年末から、娘が嫁いでいます姫路の家に、娘が孫3名と迎えにきてくれて 一緒に家内と行ってきました。


元旦は 昨年も行ったのですが、朝5時半頃 起床して、娘夫婦と孫達と「初日の出」に行ってきました。

皆様方は テレビ等で良く見られたのではないかと思いますが、兵庫県姫路市白浜の松原八幡神社で毎年10月の14日〜15日と行われる秋季例大祭で 山車(だし)と山車が 激しくぶつかりあう通称「灘のけんか祭り」で有名な場所があります。

娘夫婦はその場所から、徒歩で約10分ぐらいのところに住んでいます。

残念ながら、余りにも近すぎて、まだ一度もその「灘のけんか祭り」を見た事がありません。

祭好きな私です。姫路の地の祭は毎秋、観ているのですが、丁度14日〜15日の開催日時は 時間があわず、観ていません。

今年の秋は是非見たいと思っています。


そのけんか祭りで有名な場所を通り 近くの山に [初日の出]を見るために 約30分程かけ登りました。


今年もそうですが 山の上からは 薄明るくなった姫路市内が一望出来、山手の方の地平線から上る太陽は  何か神々しく神秘に見え、心が洗われる瞬間でした。


毎日 太陽は東から上ってくるのですが、元旦の清々しい心で見る太陽は 何ともいえない感動を今年もふれる機会を頂きました。


昨年も述べさせていただきましたが、会社を設立するとき 日本一の会社になると言う熱い燃える思いで、そのためには日本一にと 富士山に「願」をかける思いで、3回程登った思い出があります。


そして三回のうち 一回だけでしたが 雲海から上ってくる太陽に感動した思い出があります。


日本の語源は 国旗にもありますように 「日の本」 つまり「の」を取り「日本」と命名したと言われていますが、我々日本人は太陽は命の源であると、何千年と脈々と受け継がれてきた太陽を畏敬するDNAが流れているものと思われます。


従前に林覚乗和尚様(何度かご講演でご無理をお願いしました)が元旦に「初日の出」を拝む人は多いけど、12月31日の大晦日の最後の夕陽に拝む人はいないと言うお話が浮かんできました。


確かに正月は多いですが、 大晦日の夕陽に 一年の感謝をする事は大切な事でしょうね。


正月2日は娘婿が運転する車で、家族そろってまずは赤穂温泉で 温泉でもと企画してあったようですが 少し赤穂温泉界隈を散策して 岡山に出ました。


今年の正月は店とかレジャー地は閉まるところが多いようでしたね。

個人的には良い傾向と思いますが。


夕方 昨年の正月も行った岡山の牛窓に行きました。


丁度 夕陽の時間帯になり、今年の正月は「初日の出」と夕陽を拝む結果になりました。


地平線にゆっくりと だいだい色の 神々しい光を放ちながら 悠久のおもいで沈んでいく太陽は 自然の雄大さと神秘さに [初日の出]同様に心を打たれた 洗われたひと時でした。


そして、暫く地平線に沈んだ後に続く後光も えも言われない、人を包み込むような あの慈悲の光に 岡の上からしばし佇んで観ていました。


後で知ったのですが 岡山の牛窓の夕陽は 日本の夕陽100選の一つ数えられているとのこと。


さもありなんと思った次第です。


牛窓の岡から 瀬戸内海を一望する景色はギリシャのエーゲ海とも言われているとのこと。


残念ながらギリシャは2〜3回行きましたが エーゲ海には行っていませんので 比較することはできませんが、多分エーゲ海も牛窓のように 小高い岡の眼下に瀬戸内海の小島が並びに そして小舟、客船が往来し、一幅の絵画を見るような 美しい自然が織りなす綾が広がる場所なのだと 日本のエーゲ海を心遊んだ夕方のひと時でした。


菅原道真公が京から九州に流される時、この牛窓の地に立ちよられたとき その美しさに思わず歌を一句詠まれたとのこと。

今年の正月は 「初日の出」「初夕陽の入り」を経験し、森羅万象に感謝の念を持つ一年に と思う気持ちで始まりました。


皆様方の正月もそれぞれ素晴らしい年を迎えられた事と思います。


今年も又一年が始まります。


毎日を楽しく肩の力を抜いて、感謝の気持ちで 素晴らしい一年になりますよう「 日々之好日」で生活したいと思っています。

今年も最後までお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。

インフルエンザが流行しています。


どうぞお身体ご自愛を。                    

                                              有難うございました。


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2018年12月22日

訪日客3000万人

今日は、


今年も押し迫りましたね。


何か歳を重ねる事に早く月日が経つように思われますが、皆様方はいかがですか。


今年も こうしてふりかえってみますと、色々ありましたが、お蔭様で心静かに今年を振り返る時間を持てた事に 幸せと感謝の気持ちで一杯です。


私の座右の銘と言っても言い過ぎではない言葉があります。


「昨日までは、リハーサル、本日只今出発、」私の好きな言葉です。


今年の年末の森管主様の一言は「災」でしたね。(今年の5月にお目にかかる機会がございました)


確かに災害の多い一年でしたが、これから地球温暖化の傾向で 益々災害は常態化して行くのではないのかなと案じる最近です。


さて、この間のニュースで12月18日にインバンドで3000万人が突破したと報道されていましたね。
たしか10年前に2020年に2000万人に訪日客が見込まれるような記事を読んだ記憶がありますが、5年で5倍に増え、今は20年に4000万人の目標を掲げているとのこと。



そうなると、色々な問題が派生してくるとの事です。


まず、受け入れ態勢である各国の表玄関である 離着陸の空港の問題が大きいように思います。


といいますのは 今年の8月家族旅行でシンガポールに行き、チャンギ国際空港の威容を見て、又 欧州のスキポール空港とかフランスのオルリー空港 ドゴール空港、韓国のソール空港 金浦空港とかを見て、関空等は素人考えですが世界のハブ空港になるためには、もっと 滑走路を何本か拡大して 空港を広げなくては 今後訪日客の4000万〜6000万人の受け入れが出来るのかなあと懸念します。


関空は 20数年前の埋め立てから大変関心を持っていまして注目していましが、10数年前には、まさか今日の急激な訪日客の予想は立っていなかったように思います。


関空に関しましては どうしても海の埋め立てにより海中に完成した空港ですので、予想以上の離着陸による地盤沈下など、どうなのかと一日本人として 又、若い時に世界の玄関口である空港を見て危惧しています。



この間から、神戸、伊丹、関空と3社が今後の空港の在り方について会合を持たれたようで、うまく国際空港として 訪日客に対応していただきたいものと思います。



また、パイロットの不足とか、圧倒的にホテル不足とか、色々山積しているようですね。


この間 南の道頓堀に出ましたが、完全に国際都市になり、人いきれで また、我々同胞を探すのに。

といった状況ですね。


又、昨日は 年末の挨拶で 会社訪問で黒門市場を通って行きましたが、人で歩けない状況で、ほとんど訪日客でごったがえしていまして 我々は 隅に追いやられているような錯覚を覚えた次第です。


インバゥンドで 日本の今を知っていただく事は 大変有り難い事で、今までの日本感を全く覆す結果になり、何度もリピートとして、訪日される事。


我々としては、現実の日本を「百聞は一見に如かず」で嬉しいことですが、これから 上述しましたようなことも含め、又、今年のような災害での訪日客への安全管理の対応など、も含め受け入れ体制を並行しながらすすめていかなければならない問題だとこの間のニュースで感じた次第です。



因みに 昨年度の17年度の訪日客の一人当たりの平均消費額は15万〜16万で 訪日客の消費は4兆4千万で 国内総生産に占める割合は1パーセントにも及ばないとのこと。 


今年の最後のブログは18日に発表された訪日客3000人突破のニュースに、今年の夏に旅行に行ったシンガポール、チャング空港の威容と 関空の現状を思い、述べてみました。



後10日程で、平成最後の今年も終わります。


今年一年の感謝のご挨拶と 皆様方に取っても、来年度も素晴らしい一年でありますことを祈念してペンを置きます。


今年も拙い思いの吐露について最後までお付き合い頂きまして、誠に有難うござました。


どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。                    



                                              有難うございました。

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2018年11月25日

大阪万博

今晩は、


2025年大阪万博が決まりましたね。


私の所属する経済団体が大阪万博誘致に力を入れていまして、私自身も、ことのほか関心を持っていました。


誘致委員にもなり、昨年から、機会かあれば、色々な会合で、万博誘致の署名活動のPRをさせていただいていました。


誘致の条件の一つにどれだけの一般市民が万博誘致に積極的に取り組んでいるのかが決めての一つになるとのこと。


二年後に東京オリンピックがあり その後の日本経済を考える時、やはり何か日本の活性化にもうひとつイベントかあればと切に思っていました。


又、日本の財界、そして、安倍総理もテコ入れをして誘致に取り組んできた関係上、落選となると 日本経済にとっても メンタル面を含め、相当の痛手になる事は明白な事実でした。


11月23日の現地時間の深夜にパリの博覧会国際事務局(BIE)総会で決まると言うことで、正直 23日の朝から、ドキドキしていました。


今年の春頃は まあ大阪で決まるだろうと楽観視していましたが、夏頃から 何となく、色々な情報が入ってきて 私は、なぜかアゼルバイジャンが、発展途上国として、先進国よりも是非初めての万博をやらせてほしいと言う強い訴えを 盛んに170余の加盟国に投げ掛けが始まりました。



そしてその訴えが、だんだん強くなつてきたとの事でした。。


また ロシアも、プーチン大統領自ら何度もロシアでの初めての万博をと 盛んに加盟国に訴えていました。


情として 二国の訴えに根拠が多いにあるように思われて来ました。


そのような経緯が 報道されるにつれて、何となくいままでの日本が選出されるという甘い思いが影を潜め、不安になつてきました。


心情的に 日本は今まで、大阪そして名古屋と二回開催されているので、二国の気持ちもわからない事もないと言う思いが強くなってきました。


私と同じような気持ちを 現場の第一線で担当しておられた方々も持たれたようで、23日の投票が近づくにつれて、全く票が読めなくなってきたと報道されていました。




どちらにしても、今回の大阪万博の決定は 日本の活性化には本当に良かったとホットしています。


今回のテーマは「命輝く未来社会のデザイン」と言うことですが、BIE加盟国の170カ国の方々に、日本という狭い枠で考えないで、人間賛歌として、地球規模で、世界に対して 素晴らしい万博になるように 一日本人としてと強く願う次第です。


まさか一生の間で、東京オリンピックと 大阪万博と体験できるとは 正直 夢にも思っていませんでした。


55年前の大阪万博は 直接仕事として関わりあいがあり 何度も仕事で現地には行きましたが、当時ソビエト(旧名)が 人類初の月の石を展示し、その石を見るのに 今は亡き母と二人で6時間〜7時間並んで、5秒程の時間で これが月の石かとガラスに入った小さな黒い塊が懐かしく思い出されます。


 55年前の東京オリンピックはテレビ観戦でしたが、2年後の東京オリンピックは、どのような試合でもいいので 東京まで行って観戦したいと思いますし、又 7年後の大阪万博も楽しみです。

まだまだ、元気ハツラツですが、そのために、健康管理には 充分留意したいと思っています。


今回は 丁度大阪万博の誘致が、決まりホットする今の心境と 儀弍勅圓箸靴董ヾ慇招从僉日本経済の更なる発展を願い終わらさせて頂きます。


日毎に寒くなってきます。

どうぞご自愛ください。


今回も最期までお付き合いいただきまして誠に有難うございました。



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2018年10月21日

40数年ぶりの入院

今日は。

秋らしくなりましたね。

秋になりますと季語のように使われます「天高く馬肥ゆる秋」が思いだされます。

もともと中国の故事だそうで、紀元前206年秦滅亡後に建てられた中国の王朝では、遊牧国家の匈奴(きょうど)との争いが激化していて、秋になると匈奴が秋の収穫物を奪いに強い馬で侵入してくることが多かったとのこと。


当時の王である趙(ちょう)将軍(諺の百聞は一見に如かずで有名な人)が、秋になると飼料を充分補給した馬が襲ってくるので、充分注意しろとの由来だったそうです。


そういえば私の尊敬してやまない黒沢明監督の七人の侍(10回ぐらい見ています)の野武士が馬に乗って 秋の収穫の折に山里の村に襲撃するシーンが思い出されます。

マア、そのような由来は別にして、今は食欲の秋に例えられます。


実は、この20年ほど毎年6月〜7月に年に一回 一泊二日で人間ドックに行っています。

そこで、人間ドックでひっかかり少し胃を含め2〜3箇所異常があると言う事で、精密検査を受けてくださいと言う通知が速達で来ました。


歳も歳ですので どこか悪くなるのは当たり前で、早速行きつけの北野病院に行き、胃の2〜3回の内視鏡の精密検査を受けました。

その結果、手術で一週間程入院する事になりました。


入院は、私が2歳の時(当然記憶には全くありませんが 3つの病気を併発して 亡くなっていたとのこと)の入院と、40年数年前の俗に言う盲腸をこじらせて一か月程入院をよぎなくされた以来の入院になりました。


そういえば40数年前は 今は亡きお袋が毎日病院に見舞いにきてくれた事が思い出されます。


その折、私はサラリーマンで京都の会社の寮に住み込んでいました。


お腹が 切り込むように痛いといって 京都の病院に行き診察を受けたところ単なる腹痛であると言う診断でしたが、会社を早退して実家に帰り家で寝ていました。


真夜中になっても腹痛が続き、お袋は何か異常があると感じ、当時寝屋川に住んでいましたので、近くの総合病院に母に連れられて 深夜お腹を抱えながら行きました。


受付の看護婦さんが私のお腹を触るなり、これは盲腸が破裂して 緊急を要するとの事で、その病院には深夜の事で、開腹手術する先生がおられず、病院の手配で、救急車で他の一駅離れた病院に運ばれその場で手術となりました。


2歳の時と同様に 母の海よりも深い子を思う 理屈では けっして表現する事が出来ない不思議な神秘的な愛で、私のただならぬ異変を身体で察して 死の淵から生き返った経緯があります。


もし母が上述のように、深夜に私に対する、盲目的な母の深い本能的な愛がなければ 2歳の時の死と同様に、私は 手遅れで、今この世に存在していないと思うと、「生きる」と言う意味合いに 深く思いを巡らす結果になりました。


今では考えられませんが、当時はよく盲腸をこじらせてなくなるケースが多かった時代です。



それ以来の物心のついた40数年ぶり今回の入院は 今は亡き母の無償の愛と、私のこれからの人生でかけがいのない経験になりました。


一週間の入院でしたが、病院では関係の先生方が絶えず声をかけていただき、ナースさんも本当に親身に面倒をみていただきました。


又、身内以外あまり入院等言っていなかったのですが、当然 家内は毎日病院に顔を出し、娘は姫路から、検査期間を含め、丁度学校は夏休みの時で3人の孫を連れて 度々見舞に来てくれました。

二時間程の手術から、朦朧とした意識で担架に運ばれ部屋に着いたとき、3人の孫の顔がおぼろげに見えました。


私はオーバーな表現ですが、2時間余りの手術を無事終え 部屋に戻ってきた安堵感と、意識の朦朧とした中での、3人のおぼろげに見える 心配そうに覗き込む顔を見て、思わず涙があふれ出ました。


今回の入院生活は 会社のスタッフの面々、親戚関係とか、仕事の関係の方とか、お見舞いをいただき わずか一週間でしたが 多くの人間的ふれあいによる素晴らしい教訓を頂きました。


健康な時は 一人で生きているような、のぼせあがった思いですが、多くの方々に支えられ 今日まで 生かされている事を 再度思う存分知らされました。


健康には全くの自信があり、毎日、家内からよく言われる年齢の事も考えなさい。

という意味合いが、又日頃の食生活のずさんさを入院をして 情けない話ですが、初めて身につまされました。


病気は 生活の赤信号 ひずみ、ゆがみから生じる事がいやと言う程、理解出来ました。


まだ 少し検査が残っていますが 一応完治して、有り難い事に 最近は体調も元に戻り、食欲も出てきました。

天高くーーー、食事が大変おいしく感じるようになりました。


冒頭に記しましたように「天高く馬肥ゆる秋」です。


今回は 一か月前の一連の入院から 不立文字を含めて、多くの思いを学ばさせて頂く 結果になりました。 


2歳の死から、生かされた身です。再度、肝に銘じて 世の中にお役に立つ、貢献しなければならない使命がある事を神に誓って。

又、全てに感謝を。


そのような思いを強くした今回の入院生活でした。



これから、日毎に寒暖の差が出てきます。


どうぞ体調を崩されませんように お身体をご自愛下さい。


今回も最後までお付き合い頂きまして,誠にありがとうございました。




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2018年09月16日

インドネシア企業視察団

今日は、


この一か月色々ありましたね。

台風の西日本直撃、皆様方のご被害は如何でしたか。


私の方は、お蔭様で壁にひびが入った程度で済みましたが。


当日は、会社は当然休日にして 家の2階の書斎で少し纏めものをしていましたが 台風が通り過ぎるまで、家が時折大きく揺れ、軋み、少し、恐怖を感じました。


又。北海道の震度7の地震等、世界的に自然の異常気象が続いていますね。


どうぞ、北海道の被害にあわれた方々は、体調に留意され一刻も早く復興されますことを祈念しています。


又、私自身も50年振りの入院等ありまして、何かと、大変な一か月でした。


その入院の話は次回にご報告させていただくとしまして、先般 インドネシヤ企業経営研修視察団が 海外人材の育成を支援する日本政府の補助事業として、一般財団法人海外産業人材育成協会の企画により 9月3日に日本に視察にこられました。



私自身は昨年度も同時期ぐらいに視察団が来日され、私の10数年研修のお手伝いをさせていただいていますご縁のある幸南食糧様をご紹介させて頂き、団員の方々と幸南食糧様にご一緒に視察させていただいた経緯があります。


そのようなご縁で 今年の視察団では、二週間の日本滞在中に、私に講義をお願いできないかとのお話を頂きました。


私自身インドネシヤの国を代表されるような、又将来のインドネシヤを支えていかれるような経営者の方々に交際親善としてお役に立てるのか、一瞬躊躇しました。


しかし、意を決っして、私が40数年前に、30数回の海外視察で日本にとって欧米からまなばさせていただいた事。

そして、マネジメントの道を歩み40数年の実践学習から、又、国際親善を含め、インドネシヤ国の繁栄の一助にお役に立てるのであるならば、向こう見ずの思いでお受けした次第です。  


その視察団は、今回は9月3日に来日され、14日に帰国されるという2週間の視察旅行を組まれていました。


視察目的はインドネシヤの企業を成功に導く経営の特質と経営者にとって必要な資質を日本の優秀な中小企業の事例を通じて、企業経営のあるべき姿を考察する。


又、企業の競争力の源泉と経営機能について学び、自社の抱えている経営の問題を把握して、競争力と経営基盤の強化のための問題解決のイニシヤティブを取れる経営者になる。


そのような主旨の視察団でした。

2週間の研修期間で、日本の経営手法を経営コンサルタントから学習したり、数社の日本を代表する企業を、百聞は一見にしかずで、工場見学等を取りいれたり、最終日の視察スケジールで私が担当で半日程、通訳の方を交え、ハシリテーター役で、講師を務めさせていただいた次第です。


今回の私に与えれらテーマは、「企業の経営理念と組織化」ー上に立つ資質ーで当日は21枚のレジュメを作成させていただきお手伝いをさせていただきました。


視察の最後の研修として、どこまでお役に立てましたか、こうして振り返ってみますと、大変心もとない気持ちですが、私としましては国際親善として、精一杯がんばらさせていただいたと自らを慰めていると言った心境です。


講義終了時に団員から感謝の拍手とお礼の言葉、インドネシアの正装であるバッティックとコーヒー豆をいただき、その心遣いに大変嬉しく思いました。

頂いた服は 早速その場で着させて頂き、20余名の団員と記念写真とか、個々の団員より握手とかお礼、記念写真のお誘い等あり、大変嬉しい一時になりました。


研修内容は兎も角として、国際親善として和気藹々とした機会を持ち、素晴らしいインドネシヤの経営者の方々とご一緒させていただき、私のほうが、皆様方より、一番心に触れた素晴らしい機会を当てていただいた1日となりました。                
                                              このような機会を与えて頂いた主催者並びに、団員に強く感謝の身持ちを持った次第です。


団員の方々は台風での関空での閉鎖で 二日遅れの月曜日に東京に出て、成田空港より無事帰国された由、両国が手を携えて、自らの企業の繁栄のみならず 共に世界に貢献する思いを持ちたいと 強く思った一日でもありました。


これから日毎に過ごしやすい天候になります。


お互いに健康管理には充分注意をしまして、素晴らしい毎日を過ごしたいと思います。


今回は 私自身の40数年間前の海外視察を振り返って 素晴らしいインドネシヤの経営者の方々と 素晴らしいひと時をごご一緒させていただいた折のお話しをさせていただきました。


今回も最後までお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。


 

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2018年08月11日

シンガポール

今日は.


連日 記録的な猛暑で、埼玉県の熊谷では、観測史上最高の41、1度を観測したとのこと。


うだるような暑さを超えていますね。


体調は如何ですか。私の方は、この間の人間ドックで、2〜3の箇所で引っ掛かり、病院に検査で通っています。


マア、人生60〜70歳を越すと、どこか悪くなる箇所は当然出てきます。


機械でも、年月が経てば、メンテナンスをしなければならないのに、まして生身の身体、当たり前ですね。


お医者さんから、もし、その年齢でに異常がないと診察されたら、おかしいので、もう一度、丁寧に診察してもらったらと、冗談半分ですが、言われるぐらいです。



そのような事をいって気休めにしていますが。


どちらにしても、神様が、人生の晩節を迎え、少し、休みなさいと言う、警鐘を打ち鳴らして貰っていると、前向きにとらまえています。




さて、話は変わりますが、先般7月の30日〜8月2日まで、少し、強行軍でしたが 、
娘の企画で、我々夫婦と娘の家族の5名計7名で、シンガポールに行ってきました。



私は従前にも、たびたび述べましたが、今から40年〜50年前に仕事で海外に30数回渡航しました。訪問先はほとんど欧米で、東南アジアは韓国と台湾が中心でした。



東南アジアのイメージは、その折、当時のソビエトが鉄のカーテンを引いていましたのでソビェト上空は通過出来なく、欧州にいくには、まだプロペラ機しかなく、アンカレッジで中継、経由で、北極回りか、あるいは南回り、つまり東南アジヤ経由でしか、欧州には行けない時代がありました。



そのような事で、時代が全く変わっているのに当時の中継先としての東南アジアの印象が頭にインプットされているので、関空より約6時間〜7時間でシンガポールのチヤンギ国際航空に着いた時には、まずその威容に驚かされました。


現地ガイドの説明によると、人口は550万人程で面積は東京都ぐらいで、人口の30〜40パーセントは永住者およびその他外国籍の人とのこと。



気候は赤道直下に位置するため、一年を通じて高温多湿で日中の平均気温は24度から32度とのこと。


我々が行ったときも、少し、肌寒さを感じる時間がありました。


今回の宿泊先のホテルマリーナベイ・サンズは屋上に舟形の館が3層になったホテルに跨いで横たわり、私はあまり関心がなく、全く知らなかったのですが、世界的に有名なホテルとのこと。


我々のスタッフは皆知っていました。


現地ガイドの人は、中々優秀な方で、流暢な少し、聞き取りにくいところがありましたが、世界一のホテルであると自慢していました。


実際滞在して、思ったことは とにかく大きく、ホテル全体が町のようになっていて、3層になるホテルの端から端まで行くのに小一時間はかかるのではとそんな印象を持ちました。


ただ、トイレはウオッシュレットでなく、保温の設備もなく、よく聞くことですが、今、インバゥンドで海外から観光客が年間2000万を超して、訪問されますが、一応に保温のウオシュレッの水洗トイレは、びっくりすると言う記事を見ました。


確かに、今回のホテルは、通常一人、一泊八万円と言われている状況をみると、日本のトイレ事情は素晴らしいと思った次第です。


着いた当日は 市内見物で、何か、マーライオンが有名のようで、その他、市内の見物になりました。


夕食は ホテルのレストランは現地ガイドの説明では相当高いとのことで、ホテルの中にある、フードコートが手頃、と聞いていました。                



疲れもあり、皆、あまり食欲がないと言うことで、丁度ラーメン店があり、そちらでラーメンを食べましたが、7名で日本円で約2万円で、現地の物価は日本と比べ、相当高くみんなで、びっくりして、笑ってしまいました。


滞在中、30数階の一番上にプールがあり、宿泊者しか入れず、天空のプールからのシンガポール市内の一望はなかなか素晴らしく、解放感があり、3人の男ばかりの孫(小学校6ねん・3年・4歳の保育園)は楽しんでいました。                    


私にとつては 孫達と一緒の至福の時間となりました。


少し、寒くて水中の方が暖かいそんな天気でした。                               

又、孫達のため、ユニバーサルスタジオも行き、我々夫婦は、1〜2箇所ショーをみて、園内のコーヒーショップでゆったりと、寛いだ次第です。


2つ程ショウを見ましたが、さすがに世界的に有名で、そして、来園者を虜にする原因が分かりました。


私の熱愛する黒沢明監督の映画ではありませんが 全てのショウの一つ一つが、本物志向であると言う点が デズニーランドしかり、世界のエンターテイメントの頂点に立つ原因が分かり、大変勉強になりました。


3人の孫達は時間を忘れて遊んでいましたが、これから大人になっていく中で、今回の海外旅行は大変良い経験になったのではと思った次第です。


時折、記事で世界の色々な場面での国際ランキングで、シンガポールが上位に位置する記事をみて、少し不思議な、不可解な気持ちでしたが、実際、ホテルの朝の朝食の食事のバラエティー一つに取って見ても、その国際性、多様性の様子を垣間見て、充分納得しました。


又、先般のトランプ大統領と北朝鮮キム委員長との対談がシンガポールで開催された原因も理解できました。


4日目の昼すぎ、シンガポールを出発して、深夜 関空に着きましたが、チャンギ空港に比較しますと、関空は10分の一ぐらいの規模になるのでは、とそのよう気持ちになる、まさしく国際都市として、世界を、牽引するような印象を持った今回のシンガポールの観光になりました。


日本に帰り、まだまだ酷暑が続くようです。


今日から来週の木曜日まで、夏季休暇に入りました。


皆様方の盆休みはいつからですか。どうぞ、体調に充分ご留意頂き、もう少し暑さが続きます。お身体ご自愛下さい。


今回も私事の行事にお付き合い頂きまして、誠に有難うございました。















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2018年07月14日

ハラスメント

今日は


7月の第一週の終わりから第二週の初めにかけて、西日本を中心に、大変な豪雨にみまわれ、亡くなられた方は200名を超す大災害になりました。 皆様方の地域は如何でしたか。

災害にあられました方々には、何と申し上げたら良いのか、ただただ、深くお見舞い申し上げます。


ここ二三日、非常に厳しい暑さが続いています。

どうぞ、体調を崩されませぬよう ご自愛専一にお大事にしていただきたいと、切望いたします。


さて、新聞、マスコミに、ハラスメントの記事がない日はないですね。


我々の方は長年研修を進めていますし、特に合宿研修も、月一回ペースで進めています。

仕事の関係上においても、ハラスメント問題については、指導する立場でもあり、なにかと、神経をとがらし、対応しています。


この間も 私自身もハラスメントついての、セミナーを受けてきました。


ハラスメントといいましても、多くの言葉のハラスメントがあるのですね。


正直少し、びっくりしました。


ネットにもいろいろな種類のハラスメントの用語が載っていますが
2つの言葉に集約されるように思います。


つまり、パワーハラスメント、(パワハラ)とセクシャルハラスメント(セクハラ)のこの二つの言葉です。


パワーハラスメント。つまり 上司が部下に自分の立場を利用して暴言を吐くとか、どなりちらすとか、感情でみんなの前で、相手を罵倒する。


権威を振りかざり 有無と言わず仕事をさせる、殴る、蹴る、無視するとか、仕事を与えないとか。

ふた昔前は、職場などで、飛び交っていたとまでは言わないまでも、泣き寝入りとして、日常茶飯事にあったようなそんな気がします。そのような意味では 良い時代になりました。


上司が部下に権力を乱用して、かさにして、相手の心を傷つける。


これは これは全く、卑怯な行為で、人間性として、あってはならないと思います。


我々の研修でも、そのような人格者は 人の上に立ってはならぬと 常に、力説し、上に立つ者にとって一番大切な人間性としての根源的な資質の欠如と訴えています。


そのような意味合いの例として、一般的な上に立つ資質を含め、我々は以下のようにお話しています。


どのような経緯で上になったかは 全く知るところではありませんが 人生で一番の罪悪は ご縁のある人の、その人の人生をあなたの素養で、人生を狂わすことです。このことほど、罪悪はないと言うような表現で、訴ったえています。

昔は、パワハラを受ける場合、その対応力、忍耐力をどのようにつけるのかが 重要であるとコメントする人もいたように思いますが、人間性として、あってはならない事です。



セクシヤルハラスメント(セクハラ)。この言葉も同じように、常にマスコミに取り上げられます。

パワハラ、同様、人間性の根幹としての欠如の問題として、あってはならない行為です。



我々同性の男性諸君は細心の注意を払わなければならない行為ですね。


この言葉で、私は、最近、電車に乗るときとか、特に満員電車の時は常に、両手を上にあげるなり、両手に物を持ったりしています。


冤罪という場面に、遭遇するような事になっては、と恐れます。


事務所においても、又、研修の講師を務めるときとか、パワハラ、と同様 非常に気を使います。



我々の若い時には、上司が女性の肩をさわるぐらいの人間関係の出来るリーダーでないと。

と堂々とテキストに載るぐらいで、レクチャーを受けた記憶があります。


とんでもない話ですが、何か、昭和の時代を思いだすような まったりした話のような、そんな気もします。


しかし 女性の立場から、又、私が女性として考えた場合、あまり好ましくない男性に、ねっちりと、仕事に関係のない、今日はきれいだね、とか、又 髪型がどうのこうのと言われると、気分は全く悪くなりますね。

全く同意します。


どちらにしても、相手を信愛、敬愛していますと、そのような、セクハラとかパワハラと言うような事態に絶対おこらないと痛切に思います。


我々の研修における人の上に立つ資質の一番重要な資質と説いています。


我々は言葉一つ一つに、相手の心情に立って、心を合わせて行動しないと。

ハラスメントの依然の問題のように思います。


窮屈な世の中になったと言う以前に、大人になりきらない、未熟な精神性といわれても仕方がないように思います。


そのような行為を引き起こす事は、人間として、価値ある人間とはいえないそんな気がします。



今回はハラスメントの主流を占める、パワハラ、セクハラについて、自分自身の反省と 研修を通じて、より大事な問題として、上に立つ器量としての根源的な人間性として。


そして、ご縁のある人々が楽しく、心豊かに、安寧に繋がり、開放的な素晴らしい人間関係の中で そんな、気持ちにと、最近続く一連の災害に、悲痛な思いの中に 人生を 述べてみました。


厳しい暑さが、日毎に高まります。

どうぞ、体調管理には充分ご留意ください。


最後まで、お付き合い頂きまして、誠に有難うございました。






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2018年06月23日

大阪北部地震

今日は。


この間の18日の月曜日の7時58分に大きな地震がありましたね。


皆様方はどちらにおられましたか。


私は18日、当日の朝は、東大阪の企業に3人で訪問することになっていました。


通例は 朝8時20分過ぎには事務所に着いていますので、あの地震のあった時間は京阪電車の車中でした。


しかし 18日は10時に東大阪の企業訪問の予定でしたので、丁度あの起こった時間は、京阪電車の樟葉のプラットホームで特急電車を待っていました。


7時58分です。一瞬一気にガット揺れまして、思わず少しよろけ、、近くにおられた男性の袖をつかんでいました。


これは、大きいなと 震源地はどこなのか、非常に不安に駆られました。


と言いますのは、1995年のあの阪神、淡路大震災の時は 私は家内のお父さんが亡くなり、お通夜で、石川県の金沢の近くの大聖寺の葬儀場のお寺で宿泊をしていました。


今でも思い出しますが、私の経験したことのない、相当大きな揺れが、確か、2分ほど続き天井が落ちるのではと 恐怖にかられた記憶があります。


お通夜にこられた親戚の方々が、異口同音に震源地は福井地方ではないかと言っておられれました。


と言いますのは、昭和23年福井地方で歴史に残る大震災があり、私の家内の家も相当の被害があったと聞いています。


そして、葬儀場で暫くして、確か時間で8〜9時頃だったと思いますが、義父の本葬前に、テレビ中継で震源地は神戸で、長田方面の大火災の状況がテレビに映し出されていました。

金沢でも、こんなに揺れたので、神戸の震源地の近辺はと、恐怖に駆られました。


私は本葬を終え、仕事があるし、又、自宅の事が心配でもあり、一足先に帰る事にしました。


家内は引き続き滞在し、自宅は大丈夫なのか、又、親戚の方が、家中、ひっくり返っているかもしれないので、気を付けてと言われ、何とか電車を乗り継ぎ、自宅に辿り着きました。


家屋は無事のようで、ほっとして、恐る恐る家に入りました。


思っていたほど等ではなく、壁には、数か所、き裂が入っていて、二階の一部が、ものが落ちて散乱していましたが、とにかく安堵して、家内に家は無事だったと電話したことが思い出されます。


長々と当時の阪神大震災の事を書きましたが、そのような経験から、私は樟葉のプラットホームで、スマートホーンで震源地を確認している見知らぬ若者に 震源地はどこですかと、思わず、正直恐る恐る聞きました。


その若者は、震源地は高槻方面とのこと、私の住んでいる枚方と川を挟んだ隣です。

上述しましたように、神戸の震災が金沢でも、私の記憶にない恐怖を感じる程、相当の揺れを感じました。


、もし今回の地震が遠く離れたところで起こっている地震であれば、又、阪神大震災クラスか、東北の大震災クラスか 日本で又、と、一瞬、頭をよぎりました。

丁度、プラットホームにいたので、家の事が心配でもあり、自宅まで、30分程かかり、歩いて自宅に帰りました。


高槻が中心の枚方も震源地の近くで、自宅の二階の大きな書籍箱が倒れ、ガラスの破片で粉々になり、破片は取り去りましたが、多くの書籍はまだ散乱したままです。


しかし、今、なお、避難されておられる方々には、どうぞ体調に、気を付けられるように。

又、被害に見舞われた方々には、深くお見舞い申し上げます。



今回の大阪北部地震と銘打った地震は、マグニチュードにすると6・1で、熊本地震(2016年、M7.3)とか、阪神大震災(1995年、M7,3)に比べると地震の規模は60分の1程とのことで、阪神大震災は、言いようもない、大きな地震であったのだなあと、再度、うかがわれます。



しかし、本震が一週間の間にあるかもしれないとのことで、余震が、40数回続いているとの事。

まだ、油断はできません。

いつ、本震が起こるとも限りません。


本震が起こらないことを神に祈りながら、ブログを終えたいと思います。


因みに南海トラフが ここ30年〜40年の間に起こるといわれていますが。ーーー



今回は 今週の月曜日に起きた、私の住む枚方の大阪北部地区に大きな災害をもたらした、大阪北部地震について述べてみました。


お互いに いつおこっても不思議ではないので、留意したいと思います。

尚、今回、色々な方々から、自宅が、震源地の近くということで、お見舞い頂きました。

有難うございました。


感謝とお礼を述べながら、今回も最後まで、お付き合い頂きました事に、有難うございました。




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2018年05月12日

授業参観

今日は


5月の中旬ですが、少し肌寒い日が続いていますね。


温暖化傾向と言われる中で、地域によりますと、5月の気温では、50数年ぶりの寒さになった所もでているとのこと。


そういえば、マスクをしている人が多いように思いますが。


さて、連休は如何お過ごしでしたか。


私は 5月1日2日と休暇を取りましたので、9連休となりました。


孫のいる姫路に行ったり、家内の故郷の石川県の大聖寺に孫達と行ったり、結構バタバタした連休でした。



特に、小学校6年、3年、そして保育園と男ばかりの3人兄弟なので
しょちゅう喧嘩をし、それが、運動であり、遊びなのですが、姫路に帰った時は、ホット一息ついた心境にもなりました。



丁度、姫路に行ったときに、授業参観があるとのことで、娘に誘われ、又、私も大変興味があり、孫のいる小学校に授業参観に行きました。



私の小学校の当時と比べ、父兄の方々の参観が非常に多いと言う印象でした。


私の小学校時代と言いましても、もう60年〜前になります。


当時は ご両親が生活のため、内職とか、又、働いている人々が多かったのか、授業参観に来られる父兄はクラスの40名余中7名〜8名(母親)ぐらいであったような記憶が蘇ってきます。


私の今は亡き母は、常に参観に来て、暖かく見守っている姿が、私が今、たたずんで、参観している孫達とダブって浮かんできました。


残念ながら娘の小学校時代は一度も参観した記憶はなく、家内に任せていました。

その当時は父親は来られていたのでしょうか。


私の時代はほとんど母親の参観で、父親はおられませんでした。


今は、夫婦そろっての参観が 私の時代と全く様変わりのように思いました。


仕事の関係上、先生方は、どのように生徒たちに指導されるのか、大変興味のある参観でもありました。


私の小学校時代と大きく異なっていたひとつは、当時はまだ 「男女7歳にして、席を同じくせず。」という時代でしたので、子供心に、女の子に近づく事、事態はタブーのようなそのような 風潮であったように思います。


今は、席が男女ペヤーになって座っていて、先生の質問に対して、二人で話あうところなど、時代の変転を感じました。



丁度二番目の孫の3年の授業内容は男女の性格の違い、特徴等をテーマにあげ、進んでいました。


先生は、我々が研修でよく採用する相互啓発方式による質問形式で、答を出さず、常に質問をしながら、考えさせ、意見を求めていく手法でした。


活発に手を挙げる生徒もいれば、じっと考え込んでいる生徒もいて、いつの時代でも、私の小学校時代と一緒の風景のように思った参観でした。



今は亡き母が教室に入ってきて、後で並ぶ、立姿を見たとき、緊張と私を大事にしてくれていると言う幸せな気持ちが交錯した風景がダブリました。


そして、常に 私が手を挙げている事に、又 時折先生の質問に答える姿を見て、嬉しい気持ちになったと言う母親のセピア色の思い出が蘇ってきました。



そのような事が脳裏にめぐり、孫が手を挙げる姿にほほえましく嬉しく 少し感傷的になった参観でした。


こうして、当時の私の緊張した、張り詰めた時代の授業参観風景と変わり 常に一方的に授業するのではなく、一人一人考えさせながらオープンに授業を進めていく授業手法は、我々が進めている研修にも、一工夫する必要があるように感じた参観でした、


孫が二人いるので、それぞれの2階、3階の教室を掛け持ちして、それぞれの授業の落としどころをどのように先生が結論づけるのかが、不明で その点は、少し心残りでした。


教室の中でもう一つ私の時代と大きく違った風景は大きなスクリーンが教室の中に設置されていたところでした。


このように子供の時から視聴覚を駆使して、授業がなされていく姿に時代の流れを感じた風景でもありました。


因みに、教室の後に一人一人の自己紹介として、画用紙に自分の似顔絵と共に、その紹介の項目の一つに将来の夢の一つに しょうらいのゆめとありましたが、孫はプロサッカー選手と書いていまして、ほほえましく見ていました。


今回は、孫達の授業の参観する機会があり、、私の遠い遠いセピヤ色の小学校の授業参観を 記憶を辿り 思い出し、オーバーラップして、思うままに記してみました。


気候の変化がまだ、少しあるようです。

どうぞ体調管理にご留意下さい。



今回も最後までお付き合い頂きまして、有難うございました。





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2018年04月21日

宣誓

今日は

4月も後半になり、この一か月は、40年余と進めています恒例の我々の主催する公開新入社員合宿研修会と、一社単独の合宿研修と その事前準備、と3月後半から4月初旬と2週間のお寺での合宿研修の指導運営、そしてその後のご派遣頂きました企業様に対しての事後報告書の作成と、あっと言う間の1か月でした。



皆様方は如何お過ごしでしたか。

今年の桜は少し異変でしたね。

通例3月の後半に始まる新入社員研修の折はお寺の桜は2〜3分咲きで、もしくはつぼみのままで 3日目の最終日の記念写真の撮影になるのですが、今年は満開でした。


 そして、4月が散り終わりの桜をバックに記念写真撮影と 私の40年余の運営の記憶で 初めての出来事でした。


どちらにいたしましても、約400名弱余の 会社の将来の幹部候補生として、又、日本の将来を担う若者として、世界に貢献する若者として、社会に巣立っていきました。



研修会は 二泊三日のスケジュールで進め、 一挙手一投足そのものが研修ととらまえて、社会に出て大切な実践あるのみという研修理念で進めています。


2泊三日の研修の最後のカリキュラムとして、約1時間で初日の研修の始まるにあたっての入山式(お寺は別名山と言います)に対して、世の中に出る出発式として銘して、又オリメ、ケジメ、メリハリをスローガンに、厳粛なフインキで式典を進めています。



出発式の式典の内容は 最初のお寺の道場長がまとめの一言として挨拶をされ その返礼として、高校野球ではありませんが 研修生が各チームからを代表して 各班の研修生よりの、自薦、他薦にて、宣誓の挨拶を大きな声で返礼、宣誓をする項目があります。



その折の 研修生が三日間の研修でどのような事が、心に触れたのか。

その、宣誓の文章を述べてみたいと思います。


各代表の宣誓の抜粋、


1、3日間の研修において、素直・自省・謙虚・奉仕・感謝の5つの精神について学びました。この人生を歩んで行く中での基本の人生感として、これから歩んで行く人生に活かし 頑張っていくことを代表して誓います


2、3日間の研修会で 己に打ち勝つ事の大変さ、面白さ。心を無にすることの清らかさ、人、もの、社会を全身全霊で敬う事の大切さ を身に染みて実感しました。全力で取り組んでやれないことは我々にはありません。
そして、新しい時代を切り開く未来のリーダーとして これからの日本、そして世界を引っ張っていくことを 我々は心の底から誓います。


3、人みしりや、変なプライドをすて、本気をだして、研修中に学んだ、明・元・素で全力で会社に貢献することを誓います。


4、この3日間で、社会人としての心構え、ビジネスの基本を愛を持ってご指導いただいたトレーナーの方々。そして、人として生きていく上で大切な心構えを教えていただいた 道場長、副道長、食事への感謝、物事の感謝、そして私達の生活を支えてくださっているすべての皆様方への感謝を忘れず、常に自らの目標に向かって日々精進し、社会に貢献することを誓います。


5、合宿研修会で学んだ全ての経験を生かし、新社会人として生まれ変わり。失敗は素直に認め、逃げ出そうとする弱い心を戒め、自らの力で生きているわけではなく、人との関わりあいの中で生きている事を自覚して 苦難に挑戦して、成長し続け、素晴らしい人生築く事を代表として誓います。−−−−−


、今回の合宿研修会終了に当たり、宣誓のおり、研修生の代表が述べられた誓いを参考までにご案内いたしました。



今回 実践を通じて学ばれた事を 是非全研修生が実践、継続し、素晴らしい人生を歩んでいただきたいと 我々トレーナー陣は切に思う次第です。



私が総合トレーナーとして、合宿研修会の最後に「旅立ちの一言」としてお話しさせていただきました。


これからの日本を そして世界に貢献するという 不可能を可能にする若者として 大きな、大きな夢、志。目標、を持って人生を歩んで頂きたい。


、その夢の実現は 合宿研修中に実践した、今を大切に、まず、目の前のことを一生懸命 全力で取り組むことが その夢の実現の一番の近道である。

と締めくくり、式典を終えました。



今年もまた、若者の無限の可能性を秘めた姿を、寝食を共にして、垣間見、感動を覚えると共に、素晴らしい新入社員生の 研修の最後の宣誓の折の研修生の熱き思いを 記してみました。



これから、爽やかな季節を迎えます。


我々も、若者に負けじと、人生を精一杯、頑張り、楽しみたいものと、新たな気持ちになる春の恒例の行事でした。


最後までお付き合い有難うございました。



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2018年03月17日

ピョンチャンオリンピック

今日は


3月も中旬に入りました。


最近の寒暖の差には、驚きますね。


3日〜4日前は4月の中旬とか5月初めの天候とかの話があったかと思うと、昨日は企業訪問で米原の方に行きましたが、コートを着ていませんでしたので、相当寒く、風邪を引くのではと心配しました。



再来週の3月下旬から、4月の上旬と恒例の新入社員の合宿研修が始まります。


お蔭様で、一社単独研修も含め、約350名余のお申込みをいただき、すでに満席で締切らさせていただいています。

今、その諸準備にスタッフ共々、大わらわで、体調を整えておかないと、との思いが強く、少し気になりましたが、何とか大丈夫なようで、ほっとしています。



年齢と共に、寒暖の差は 身体がそれについていけず、対応できず、気をつけなさいと報道番組で、コメントされていました。


いつまでも、若いと思っていますが、身体は嘘をつかないと言う事も、常に頭に置いて。

そんな思いの昨日の寒さでした。



さて、ピヨンチャンオリンピックが先般日本人の大活躍で終わり、いまパラオリンピックが開催中です。


どちらの大会も本当に感動しますが、今、開催されていますパラオリンピックも、五体満足でない選手の方々の活躍も感動が深いですね。


時折、観戦していまして、そのけなげな、全力で競技をされる、姿勢を見て、涙ぐんでしまいます。

この間も目のご不自由な方々の競技で健常者の誘導で全速力で滑走される選手の方々を観戦して、思わず頬を濡らしました。



私も学生時代にスキーをしていましたので、大回転などの競技はよくわかります。

眼のご不自由な状態での、大回転の滑りはいかばかりか。ーーー



さて、私はどうしても仕事の関係上、優勝した時の勇者のコメントに、又、、活躍した選手のコメントに関心が惹かれます。


勇者の弁で、一番多かったコメントは 異口同音に感謝のキイワードでした。


本来であれば、自分がよく頑張ったからだとか、自分がよくやったから、よい結果がでましたといっても、決して、その通りのことなので、なにも違和感を感じることがなく、本当によく頑張られて、やったなと、心からの拍手となるのですが。



何か 一つの道を極めると、優勝した、しなかったは別にして、「感謝」のキーワードが、決して、きれいごとではなく本心から、でてくるのだなと、聞いている我々の気持ちも至福のひと時になる、そんな気持ちのする コメントでした。


反対に、そのような思いがあられるから、よい成績をたまたま取られるのでは、そんな気持ちのする、活躍された方々の 一番多いコメントでした。


人間は頂点に立つと、その感謝の言葉は決して 嘘偽りではなく心の底から沸き起こる感情なのだなとそんなことを思う言葉でもありました。


その言葉が身体から沸き起こった時に 優勝した思いの、真の至福の時ではないのかなと、そんな気持ちになる、勇者の言葉でした。


こうして、いま、私自身の人生を振り返ってみた時に、アスリストの感謝の言葉の意味の深さには、足元にも及びませんが、今日あることに対しての 感謝のキーワードが、年齢を重ねると共に、少し、理解できる年齢になってきたのかなと思えるキーワードの言葉でした。



又、もう一つ、多くあったコメントは、「プラス思考」と言うコメントでした。


勝者の言葉には常に、前向きに、あくなき挑戦していくと言う言葉でした。


頂点に立った選手も、又、色の違うメダルを取った選手も、又、今から、違う色のメダルに挑戦すると言う人間賛歌の言葉を聞きました。



昨日のパラのスノボの成田の選手の金メダルの弁が、「目の前の事を一歩一歩を全力で の思いが、結果金メダルに結びつきましたと言うコメントが、再来週からの我々の研修にもつながる、「人生の一大事とは、その瞬間瞬間を大切に生き事なり」と言う親鸞聖人の言葉や、又、感謝の言葉等、相通じる言葉で、涙腺を潤ましながら、意を強くした、コメントでした。

まだ、少し、パラオリンピックが続きます。


勝敗は別にして、五体の満足でないアスリストの方々の 飽くなき挑戦する姿に感動を共有できることに幸せを感じながら、2年後の東京オリンピックに夢を馳せ、終えさせていただきます。

三寒四温を経て、春になります。

どうぞ、お身体の方、ご自愛下さい。

最後までお付き合い、有難うございました。







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2018年02月18日

働き方改革

今日は

今年ももう二月の中旬に入りました。


皆様方は如何お過ごしですか。

私は相変わらず、性格なのか、東奔西走の毎日で風邪も引いている暇がないと言った状況です。



教養がない(今日用がない)ダジャレですが、
よりはいいのかなと思って慰めている毎日です。


たまにはゆっくりとと 思いますが、忙中閑ありで、余暇の時は、ワークライフバランスと言う言葉を使うならば、ギリシャの哲人のアリストテレスが言った、閑暇(かんか)と言う言葉が当てはまるような気もします。


閑暇とは余暇を素晴らしい充実した人間力向上の時間に当てると言う意味合いだそうです。


この言葉の意味合いは素晴らしいなと、思うと共に、古代の人は、もうすでに働くと言うことの真の意味合いを理解して、その合間にある余暇の時間の位置づけをしっかり掌握して、人生を楽しんで生きている姿勢に感銘させられます。


そのような意味合いもあって、そして、、私の仕事の関係上、今官民挙げて働き方改革と称して働き方についての諸施策が講じられていますが、その動向に、大変関心を持っています。


一昨日、昨日と一泊二日で、40年余と進めています日本人のDNAに流れる禅の精神を取り入れた当協会の公開合宿研修会にトレーナーとして行ってきました。



我々が40年余と進めてきましたそのセミナーが 今の働き方改革の模索の中で、どうのような位置づけになるのか、又、どのようなに関わりあいに なされるべきか。


そのよう問題を掲げて、働き方改革のセミナーとかその関連で関わりあいのあるAI時代の到来における、人間との、又企業経営との関わりあい等、研究していくことが事業を進めていく上で大切であり、今、色々の会とか、セミナーに参加して対応を試みています。



先般も、2月8日〜9日と私の所属する会より。京都の国際会館で開催される第56回の財界セミナーに参加してきました。


今年のメーンテーマは いざ、舞台は関西へ〜関西からはじまる未来社会のデザイン〜で、6つの分科会に分かれて開催されました。


私はそのテーマの一つである、私の仕事で大変大切な戦略としての「働き方改革〜真の生産性向上のためにのテーマに参加して、60名余の京阪神の経営者と二日間に亘り論議を交わしてきました。



二日間の総論としての私の見解は、大変複雑な問題で試行錯誤しながら 今後の日本人としての働き方について方向づけが見いだされるのではないかと感じた二日間でした。



上述しましたように、40年余と継続してきました、禅の精神を取り入れた合宿研修会は、これからますます大切な心の問題を、日本人に流れるDNAを踏襲しながら「職場と人生の関わりあい」を再考察する意味でも、大変大切な研修会でもあると,意を強くする二日間の会合でもありました。


昨日、一昨日と一泊二日の合宿研修会を担当して、100歳時代を踏まえ、より素晴らしい人生をいかに生くべきかと、働き方改革についての考察と、再度、私自身にも問う合宿研修会でもありました。


少し寒さが緩んだとしても、まだまだ寒波が到来するようです。

どうぞ、お身体ご自愛下さい。

最後までお付き合い有難うございました。



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