2021年07月25日

平和の祭典

今日は、


オリンピックが始まりましたね。


思い起こせば、今から50数年前1963年、(昭和39
年)東京オリンピックが開催されました。

終戦後10数年を経て、日本は戦後の復興を目標に、全国民が希望を持って、突き進んでいた時代でした。


私は、学生時代で、日本が世界に羽ばたく、挑戦していく姿に多いなる、夢を持ち、感動して、テレビ越しに、熱っぽく日本選手の一挙手一投足に熱い声援を送った思い出が蘇ってきます。


丁度、テレビを入れると、その当時の開会式の折の古関裕而作曲のメロディーに乗って日本選手団が、威風堂々として、凛々しく整列して、入場してくる映像が目に飛び込んできました。


何回か見た光景でしたが、何故か、どっと涙が溢れてきて、画面がぼやけました。


多分、開催云々について、最後の最後の前日まで難産して、問題づくめの今回のオリンピックが その晩開催されるまで、こぎつけた事に対して、一人の日本人として、安堵して、やっとという思いがあったのではないかと思います。


コロナが又、増加の一途をたどる中で、開催についてのよし悪しは別にして、又、何かと、わだかまりがあるにしても、一旦決めたら最後まで、やるという一経営者の矜持も、頭の片隅にあった事も事実です。


夜、各国の晴れやかな入場行進を見て、何故か、今回の大会は勝負は云々して、このコロナ下の中で、色々の問題,課題を一つづづ、それぞれの国の事情を勘案しながら解決し、ここ日本にかけつけた来られた世界の人々が、精一杯自分の力を発揮し、地球は一つ、どうか、最後まで、無事に終わる事を、望む大会になったような気がします。


その意味では、世界が今のパンデミックに立ち向かい、地球は一つ、人類は一つ、かけがいのない宇宙の星を、みんなで、慈しみ、育て上げて行こうという思いが入った大会に なるのではないのかなと思う今回です。

ここ2週間、ウイズコロナ下で、暫しの間、各国選手が持てる力を発揮して、出し切って、活躍することを願わずには、おられません。


こうして、振り返ってみますと昭和の東京オリンピック開催の時のエピソードを思い出されます。


世界地図を日本から見ますと日本が中央にあります。


私は、20代の後半から30年代の前半まで30数回世界を視察で回りました。


世界の地図は、ご存知の大西洋を挟み、イギリス、アメリカ大陸があります。


欧州からの地図を見ますと、日本は極東、つまり、地球の果てに位置します。


当時の東京オリンピック開催の反対は、そのような地球の果て(当時の交通事情もあります)まで、選手団を派遣できない。


又、そのような世界大会を開催できる能力がない。

はたまた、東洋人がそのような事ができる能力がない(当時の世界感)と言う理由で、反対が多く、その誤解を解くために、日本の首脳陣が全世界に派遣団を送って その釈明に、人知れず、血を汗す思いで先人は世界の隅々まで、行脚したという話が思いだされます。

何か、今、思えば、隔世の感がありますが、まだ、日本は野蛮な木と紙の国であると思っている人も、多かったと聞いたりしていました。


そういえば、私が世界各国を回っていたのは、今から40年前、前後です。

確かに、その当時の事を思い出しますと、まだまだ日本の国、自体の所在が不明で、よく、香港の近くか、中国大陸の近くに隣接していて、シカゴの近くのサウスベンドに寄ったときです。


小学校の社会の教科書に、日本人の日常の生活と説明書きがある書籍をみました。

日本人は、ちょんまげをして、蕃刀を差して、チャイナ服、チャイナ靴で、手を袖に通し 両親に朝の挨拶をしている絵を見て、衝撃が走った思い出があります。


オリンピックが始まり、暫しの間、コロナの事を離れ、世界が一つになって、世界の安寧になる機会になりますように願いながらの観戦になるようです。


あの世に行くお土産にと、東京までオリンピックの観戦をと楽しみにしていましたが、テレビ越しに2週間ほど、過ごします。



皆様方もどうぞ、厳しい暑さが続きます。体調管理にご留意を。

2020東京オリンピックが始まり、その思い出も含め感傷に浸りながらまとめてみました。


今回も最後まで、お付き合い誠に有難うございました。






senba206 at 11:40│Comments(0)

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