2023年07月17日

山鉾巡行


こんばんわ

暑いですね。


自宅の猫のひたいのような、木に、蝉が、声高らかに、鳴いていました。      

思わず、ようこそ、わたしの庭へと、何となく、はかない命に、慈しみを覚え、しばし見入っていました。

今日は、祇園祭りの山鉾巡行とのことで、ふらっと京都まで、見物に出かけました。


なぜか、この歳になってくると、行けるときは行っておきたい。


そんな衝動にかられ、出かけた次第です。


朝、9時過ぎに山鉾巡行の出発地の四条烏丸に着きました。


コロナ明けなのか、人人人で、身動きが取れない状況です。

勝手知った土地なので、何とか、大池通の角まで、たどり着き、そこで、人垣の合間から、曳児の辻回しを見たく、山鉾巡行を見物していました。


見物人の10人に一人は外国人ではないかと思うほど、外人の観光客が多数、場所を陣どって楽しんでいました。


八坂神社の祭事で、日本3大祭りのひとつで、ルーツは863年にさかのぼるという事で、約1200年になるとのこと。


その諸行事を伝統の名のもとに継承してきた、先人の思いに馳せ、その矜持を思んばかるのか、はたまた、その関係者の並々ならぬ歴史を思い起こすのか、なぜか、涙が頬を伝い、山車が、霞んでみえました。



今から、約10数年前になるかと思いますが、京都のご縁の方からご招待を受け、特別席で見物したことが思い起こされます。



先頭の長刀鉾に、34基の山車の唯一の生稚児が搭乗し、しめ縄を切り、巡行が始まりました。


祇園囃の掛け声の合図で巡行が始まった時ですが、何故か、どっと涙があふれ出て、なんとも表現しがたい気持ちになったことが思い起こされます。


その同様な思いが、今回もまた。



聞くところによると、母方の先祖は、平家方で、あの壇之浦の戦いに敗れ、落人として、京都の相楽郡の山奥に逃げ込み、ひっそりと生き延びて、今日に至るとの話を20年前に他界した母から聞かされていました。

又、その系図も見たことがあり、今もその文献のコピーを持っています。


今は亡き、両親の里では、40数年前までは、亡くなると土葬でした。


私から言えば、祖母になりますが、その折、村の多分、最後の土葬になったのではないかと思いますが、私が当時の8ミリで撮影した葬儀風景がいまも残っています。


まるで、時代劇さながらの、田園風景がひろがり、タイムスリップした葬儀風景が映し出されています。



何を申し上げたかったのかといいますと、京都という土地と、祖先の、落人という、もののふの、先祖の脈々と続いてきた、血が騒ぐのか。


はたまた、伝統を大切に守りながら生き抜いていく人々の真摯な姿に、心が掻き立てられるのか。



今回も、祇園祭りの山鉾巡行の囃子を聞きながら、私なりのかってな解釈をして、眺めいっていました。



どちらにしても、今日も、非常に厳しい暑さでした。


何時間も憑かれるように、見物していましたので、よくも、熱中症にならなかったなと思いながら、こころよい疲労感を残しながら帰宅しました。



これから日ごとに酷暑に向かいます。


どうぞ、体調管理には充分ご自愛ください。


今回は、今日、行われた日本の三大祭りで、祇園祭りの山鉾巡行について、述べてみました。


最後までお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。







senba206 at 18:21│Comments(0)

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