2023年10月23日

読書の秋

お早うございます。


朝晩は、めっきり肌寒くなり、秋到来といったところです。


三寒四温という言葉がありますが、一気にという感じで、慌てて冬物を出し、体温調整をしています。



さて、昔から、読書の秋、天高く馬肥ゆる秋、紅葉の秋とか、表現しまして、秋は秋として、何となく、感傷的になる季節ですね。



読書の秋。昔は、各家の書籍棚に世界百科事典とか、日本小説文庫集とかが、読む読まないは別にして、何か、家のステータスとして、飾られていました。(ほとんど飾りであったのでは、笑)


私の小宅にもまだ、読まずに、飾られています。



特に最近は、活字離れがどんどん進んで、新聞とかも購読層が激減し、各新聞社も維持、継続していくのに、相当苦慮されているという事を、聞いています。



私の時代は、活字人間で育ってきましたので、朝の朝刊、夕刊がないと、何か、一日が心の空白のように、感じたりします。



さて、読書の秋、若い頃は、各作家の全集を購入していたこともあったのですが、一心不乱で読破する時期が、ありました。



今は、中々根気がなくなり、今も、目についた本はよく買うのですが、正しく積読で、積み上げていく一方です。



さて、本の序文と言いますか、書き出しで、2〜3浮かんでくる文章があります。 


その序文で、小説全体を思い描く事ができるというほど、序文は難しいですね。




私自身も拙いブログをこのように書いているのですが、最初の書きだしの処に、常に、頭をひねります。

思いつくままに昔、読んだ小説の序文について、書き出してみます。


  夏目漱石

   草枕 


山道を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

   吾輩は猫である。

吾輩は猫である。名前はまだ無い

   島崎藤村


    夜明け前

木曾路はすべて山の中である。


   芥川龍之介


    羅生門


或る日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。
 
    有島武郎


     小さき者へ

お前たちが大きくなって、一人前の人間に育ち上がった時、その時までお前たちのパパは生きているかいないか。それはわからないことだがー


    三島由紀夫

    金閣寺


幼時から、私によく、金閣のことを語った。

    森鴎外


    高瀬川


高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である

    大岡昇平

    野火


私は頬を打たれた。分隊長は早口に、ほぼ次のようにいった。



    川端康成

    雪国



国境の長いトンネルを抜けると雪国だった。


人生の節目、節目で、ある時、読んだ小説を思い起こし、浮かび、思いつくまま、小説の冒頭の序文を列記してみました。



上述しましたように、最近の活字離れが急速に進んで、小説も読者層が、減っているとの事。



今は、スマホでも小説が読めるらしいですが、昔人間の私には、小説はやはり活字で味わって、行間を探りながら読むのが一番であると、個人的見解を述べているのですが。


読書の秋、この言葉も今は死語に、なりつつあるのでしょうか。



人間の人間たる、森羅万象、花鳥風月を愛でる感性は、小説におけるところも大いにあるとの、昔人間の、ささやかなつぶやきです。



寒暖の差が激しい季節の分かれ目です。


読書の秋、自分自身に言い聞かせて、一読を。



今回も最後まで、お付き合い頂きまして、ありがとうございました。

どうぞ、体調にご留意下さい。








senba206 at 09:46│Comments(0)

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