2024年05月20日

泣きばあさん

こんにちわ。



季節としては、一番爽やかな月ですね。

2日〜3日前、フト何を思ってか、昔、読んだ寓話の中の、「泣きばあさん」の話が浮かんで来ました。


昔から寓話の話が好きで、日本で言えば、一休さん、とか、海外ではイソップ物語とか、グリム童話とか、何か、平易な中で、人間の本質を突いた物語が、理屈ではなく、ストンと腑に落ち、納得すると言うのか、うなづけると言うのか。




どちらにしても、楽しく、味わい深く読むことができて、こころの安寧に活用しています。


上述に戻ります。


皆様は「泣きばあさん」という寓話を読まれた事はないですか。


思いつくままの泣きばあさんの粗筋を、私なりに、述べてみます。

                 
               泣きばあさん


昔、昔、京都の南禅寺の近くに一人のおばあさんが住でいました。


おばあさんには二人の息子さんがいました。


一方の息子さんは、京都の北の方で、下駄屋を営んでいました。


もう一方の息子さんは、南の方で、傘屋を営んでいました。


雨がふると、北の方の息子に、この雨で下駄が売れなく、大変だろうなと、息子の境地を察して、一日中泣いていました。



又、晴れの日は、南の方で、傘を営んでいる息子の気持ちを、おもんばかって、この晴れでは、可哀そに、傘が売れなくて、さぞ、大変だろうなあと、一日中泣いていました。



南禅寺のお坊さんが通りすがり、おばあさんは、いつも一日中泣いていますが、どうしたのですかと、おばあさんに尋ねました。


おばあさんは、かくかく左様で、悲しくて、泣いていますと、お坊さんに話しました。


お坊さんは些細を聞いて、おばあさんに言いました。



なるほど、もっもな事ですね。


しかし、これからは、このように物事の見方、考え方を変えたら、どうですか。



雨の日は、傘屋を営んでいる、南の方の、息子さんの方に向かって、良かったね。



この雨で傘が売れて。



そして、晴れの日は、南で、下駄屋を営んでいる息子の方に向かって、この晴れは、さどかし、下駄が売れるだろうね。


良かったね。


それ以後、おばあさんは、常に、笑顔で毎日を楽しく、幸せに過ごしましたとさ。



このような寓話です。


皆様も、いつか、読まれた事があるかもしれません。


この寓話の意味するところは、現象は表裏一体で、全く同じですが、見方を変えれば、吉にも、凶にもなると言ういことかと、思います。



我々の、身近にも、ものの見方、考え方を、前向き、後ろ向き、楽観、悲観と、少し変える事で、それを幸せに持って行くか、不幸に持って行くか、人生を歩んで行く上で、非常に大切な人生観ではないのかと思っています。


つまり、この人生、起こった事は全て良し。


この発想を「泣きばあさん」の寓話が教えてくれているのでは、と私なり解釈しています。


今回は、身の回りに起こったことに対して、フト昔読んだ寓話が関連づけられ、「人間万事塞翁が馬」。



全て良しと、解釈するに至る経緯となりました。



これから、日毎に、夏に向かっていきます。


どうぞ、体調管理にご自愛ください。



最後まで、お付き合い頂き、有難うございました。、






senba206 at 13:54│Comments(0)

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