家訓 遺訓 店訓 社訓

家訓、遺訓などは、家運繁栄、家業永続の祈りともいえます。先人の教えをかみしめたいと思います。店是店訓、社是社訓は、経営理念、ミッションステートメント。経営者の人生観が現れます。「松下幸之助」の「素直な心」に学ぶものは多い。

島井宗室 遺言状第七条

付き合って良い人、悪い人

一生を通じて親しくすべき人
 ・商売好きな人 ・家業を大事にする人
 ・出しゃばらぬ人 ・律儀な人

親しくすべきでない人
 ・争い好きな人 ・人を非難中傷する人 ・大酒飲みや派手な人
 ・権力者に取り入る人 ・雑踏人ごみを好む人 ・三味線や小唄に凝る人
 同席さえもしたくないものである。

親しくすべき人は、家訓として子孫に残す教えとしてよく解りそうです。

親しくすべきでない人の方に、宗室の考え方がよく解る、出ているように思います。

 争い好きな人と一緒にいれば巻き込まれます。人の悪口を好む人と親しくしていれば、
同じ様に悪口を言っている様に思われ、恨まれます。

 商人茶人の割には、どうも趣味に凝る人を信じていないようです。ゴルフ好きでも、
優先順位の付け方が信用できない、とでもいいそうな感じですね。
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島井宗室 遺言状第六条

「人の道具をほしがってはならない。親類以外から頂戴してはいけない。物を見せびらかしてはいけない。」
 
「よき物はたしなみ置き、人にも見せぬようにするものである。」

 茶道具の競い合い、取り合いが流行った時代の言葉であることに重みを感じます。千利休が自分の好みを高く売り悦ににいっていて、破綻してしまったのとは、姿勢が違うのでしょうね。

 フェラーリを乗っているのを見てほしがる、ベンツは長持ちすると聞いたから乗るのだ、ということをするな、という感じでしょうか。

 競い合いするものでなく、身の丈で所持すべき道具だ、という感覚を伝えたかったものと思います。 続きを読む

島井宗室 遺言状第五条

「40歳までは、人を招待したり、人の招待をやたら受けるのはするものではない。親類などの年1,2度の付き合いはよいが、しばしばとなるのは良くない。夜の宴席は慎め。」

 海外雄飛型の通商貿易で巨富を築きあげた豪商の遺訓とは思えないくらい細かいのに驚きます。

 お金の出費を控える為だけでしょうか。お茶にはたくさんのお金がかかります。それに比べれば知れたものだと思うくらいです。この当時の茶人の趣味がいいのかどうかも、私には解りません。井原西鶴の作品の中では、お茶に凝るなという訓えもありますが。

 第四条で、「物好き、茶のゆ、華麗なることは50歳までは控えて目立たぬように」というのがありますから、茶の湯も宗室自身がどれほど入れあげていたのかよくわからないところです。

 親類からの招待は良い、としていますので、禁止というより、控えて限度を知りなさい、という教え方ですね。 続きを読む

島井宗室遺訓 第四条

40歳までは派手にしてはならない

 「40歳までは何事も派手にしてはならない。我が身の程の半分程度の振る舞いで抑えるべきである。
 世間であまり引っこんでいてはいけない、などと助言めいて言われても、決してそれに乗って出しゃばるべきではない。
 50歳になってからは、当人の判断であって、力量によりけりである。
 
 それにしても、多くの人が死ぬ頃には貧乏してしまっている。
 自分で作った財産であっても、晩年まで持ち続けれるのは、10人か20人に一人である。
 ましてや、親から財産を譲られた人は、なくしてしまうことが多い。
 よく覚悟しておくように。」

 初代、創立者といわれる人であって、苦労のの上に事業を形成しても、初心を忘れていつの間にか自分は偉いのだと思っているうちに、財産も時代の変化によって目減りしたりするのでしょうね。
 40歳までは派手にしなさんな、という教えである。40歳までの青年実業家の団体がありますが、外にもっと出るのが経営者だと勧誘されましたが、振り返ってみて、無駄なことも多かったように思います。
 40歳までは慎めの教えは、もしかしたら、40歳までで派手さが身につけば、後にあらためにくい、50歳くらいなら派手にしても身に相応程度だろう、という人間の性を見抜いた教えなのかもしれません。 続きを読む

島井宗室遺訓 第三条

賭け事は無用に候

 生涯を通じ、ばくち、賭け遊びは無用である。
 碁・将棋、武芸、謡・舞は、40歳までは無用である。
 50歳を過ぎれば、どのような芸能を嗜んでもよい。

 趣味のない人生も寂しいものかもしれません。しかし、プロを目指すわけでもないのですから、(体力・気力の充実している)40歳までという大事な時間を、趣味に費やすのはもったいないかもしれません。時間や頭の興味がそれてしまうのを、戒めているのでしょうか。若いほど女性や株などにそれると、限度を超えてしまうこともあります。

 50歳くらいなら(江戸時代初めの50歳は今なら何歳くらいでしょうか?)そろそろ分別もつき、多少は気持に余裕をもって、ということでしょうか。

 見回してみても40歳前の失敗はあまり大きくはなく、40過ぎての失敗は大きいし取り返しができない場合もあるようです。気持ちの余裕は必要ですが、ゆるみや脱線につながることを避けてほしいという願いでしょうか。 続きを読む
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