2006年07月09日
大友宗麟
書き手:天草
大分県大分市『大分文化センター』に置かれている大友宗麟像を見る機会がありましたので、写真をパチリ☆
地元に戦国時代を生き抜いた有名武将がいるというのは、素晴らしい事ですよね。
皆さんの地元にはどんな武将がいますか?
大友宗麟スレ
2006年06月28日
謎が謎を呼ぶ…山本 勘助と市川文書
書き手:天草
戦国時代には謎の多い人物が多いですが、中でも人気があり、名前が知られていながら、いまだに議論の中心となるのは、その存在そのもの…つまり、本当に実在していたのかさえ、分からない人物となると、もう別格です。
それがご存知、次の大河ドラマ『風林火山』の主役・山本 勘助。
彼が脚光を浴びたのは17世紀初頭に書かれたと思われる『甲陽軍鑑』。
作中で山本勘助は軍略と築城に長けた天才肌の軍師として描かれています。
その後も多くの書物で、彼の名軍師姿が見られますが、実際に残されている歴史上の資料などには一切その名前が見当たらない事から、
「実は実在しない人物ではないか?」
とその存在自体が疑問視されてきたのです。
しかし、昭和44年、歴史的発見によって、研究者は驚愕しました。
それが『市川文書』です。
この市川文書に関して、興味深い記事がローカルニュースとして、発表されていましたので、続きにて♪
2006年05月10日
村上水軍の復元船
書き手:天草
5/10の読売新聞で気になる記事を見つけました。
村上水軍の復元船を廃棄…尾道市
村上水軍の「大阿武船」を復元した大型木造船(広島県尾道市因島田熊町で) 1億円を投じて復元され、NHK大河ドラマ「毛利元就」や映画「あずみ」に登場した戦国時代、村上水軍の主力船「大阿武船(おおあたけぶね)」が解体、廃船される。旧広島県因島市が9年前、PR用に建造したが、平成の大合併で同市を編入した尾道市が「自力航行できず、利用価値がない」と判断した。保管料だけで年300万円。解体にさらに約700万円かかり、識者は、税金の〈無駄遣い〉に疑問を投げかける。
大阿武船は全長約25メートル、幅7・5メートル、重さ約100トン。戦国時代末期(16世紀後半)に登場した水軍の大将船。「日本初の大型専用軍船」といわれ、約150人乗り。
復元船は実物と同じ大きさで、当時の文献や江戸時代の図面などを基に設計。自治体の地域振興が目的の日本宝くじ協会の助成制度で1997年5月に建造。同年6月に「毛利元就」の海戦シーン、2002年10月には東宝の映画「あずみ」の撮影などに使われた。
しかし、えい航に1回100万〜200万円かかるため、大半の期間、造船会社のドックで保管され“雨ざらし”に。甲板に穴が開き、見学もできない。保管料は年間300万円かかり因島市と合併した尾道市が廃船費700万円を計上、今年度中の廃船を決めた。
映画「あずみ」を制作した東宝宣伝部の鈴木雅彦さん(39)は「あれだけ大きな船のセットは造れず、映画がいい仕上がりになった。なくなるのは惜しい」と話す。
※復元船廃棄を伝えるブログ
NAOの日記 2006
※村上水軍博物館のレポを伝える記事
ブログ雑記
fujitakaのぼちぼちコラム
どっか置くとこないのかな?
もったいねぇ〜!!
とりあえず…
どなたか近くにいる方、見てましたら写真を送って下さい(笑)
2006年05月07日
議論の盛り上がり方
このうち、1550年までの約80年間というのは、このあとの70年ほどに比べてみてもあまり語られる事柄がない、つまり世間では人気がないことに気が付く。
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2006年04月24日
毎日が戦国記念日4.24
1583年4月24日は羽柴秀吉により本拠北ノ庄城に追いつめられた柴田勝家が城に放火して自害した日です。
さて、彼の年齢、この死亡時享年62歳説から、57歳説、58歳説とかなり曖昧です。皆さんはどれが真実だと思いますか?
辞世の句は、「夏の夜の 夢路儚き 後の名を 雲井にあげよ 山不如」。
う〜ん。。。渋いですね。。。
2006年04月16日
毎日が戦国記念日4.16
戦国時代の今日1585年4月16日、丹羽長秀が死去した日です。
丹羽長秀と言えば、柴田勝家に次ぐ信長軍団のNo2。
秀吉の苗字である『羽柴』も柴田勝家と彼の名前から一字ずつ取った事でも有名ですよね。
家老の席順としても柴田勝家に続く二番家老の席次が与えられ、織田家の柴田・丹羽の双璧と言われた事からも彼の当時の名声が伺え知れます。
しかし歴史を振り返っても、彼が一軍を率いていたという記述が見当たりません。この辺りはもう少し調査が必要なのかもしれませんね。
皆さんはどう思いますか?
さて、4/16に亡くなった彼の死因も、他の多くの武将と同じく謎に包まれています。
病死説が大半ですが、ノイローゼになっていたと言う説、はたまた織田氏をないがしろにする秀吉のふるまいを見て、信長の恩義に応えることができなかったことを悔いて割腹自殺したという説もあるそうです。
いつも思いますが、真実は一つだけ。。。
果たして真実はどうだったのでしょうか?
2006年04月12日
毎日が戦国記念日4.12
1573年の今日、偉大な戦国武将がこの世を去りました。
日本史に多大な影響と多くの謎を与えた人物・武田信玄です。
武田信玄の紹介を今更しても仕方ないので、今日は彼の謎をいくつかピックアップします。
1)自画像の謎
これは近年、有名になった謎ですね。
甲府駅南口にある銅像の元になった自画像は、教科書にも必ず出ています。
学生時代、彼の自画像にどんな落書きをしたかは置いといてw実はあれは別人だったという説が急浮上。
2)死因の謎
結核・胃がんなどの病死説が主流の中、三河国野田城を攻囲中、信玄が城中から聞こえる笛の音に惹かれてやってきたところを狙撃され負傷したという鉄砲傷による死という説もあるという。
また「三年隠せ」という遺言にも何か別の狙いがあるのでは?という深読みをされる方もいるようだ。
3)父追放の謎
信玄のクーデター説が取りざたされる中、担ぎ出されただけで、実は左右の者のクーデターだという説、はたまた信玄は全く無関係だという言う者もいる。
20歳で初陣という当時としてはかなり遅めの戦場デビューも疑惑を煽っていると言えそう。
まだまだある多くの謎、詳しくは武田信玄公スレで教えてください。
ところで…
信玄が男の恋人に書いた手紙が現存し、 その後妻に弁明した手紙も現存する事を知りましたw
ちょっとお茶目な武田信玄をもう少し勉強したいものです。
2006年04月09日
『信長の野望 Online』でキャンペーン
珍しくゲームの話題を…。
戦国時代ゲームを長年牽引するコーエーの『信長の野望 Online』で特典満載の「新参者キャンペーン」 が4月26日〜6月28日で開催されると発表された。
ソースはhttp://www.dengekionline.com/data/news/2006/04/07/c3e92e4e5945607ab0bd4570fa990a5c.html
以下、携帯からの閲覧者のために、記事を抜粋。
「新参者キャンペーン」は、 3月26日以降に『信長の野望 Online』を新規アカウントでプレイ開始した人(体験版アカウントも含む)を対象に実施。対象となるプレイヤーには、キャラクターレベルの成長促進や装備品のプレゼント、実施期間中は戦闘後の報酬(EXP、熟練度、修得度)が通常の1.5倍になるといった特典が用意される。
また、2006年6月にサービス開始3周年となることを記念し、ゲーム内イベント「東西対抗大合戦」を実施することも決定。初心者プレイヤーは、本キャンペーンを利用してこの一大イベントで活躍できるキャラクターを育成するといいだろう。
私も参加してませんが、もししている方がいれば、面白いのか教えてください。
ついでに、信onのブログを紹介しておきます。
●もらぁーんっと信長の野望Online日記様
●薄羽蜻蛉 〜 信on 群雄日記様
●信長の野望Onlineの日記 様
●信長の野望online戦国日誌〜サクラ咲く〜様
●Baby.M信長の野望Online様
2006年04月04日
毎日が戦国記念日4.4
朝倉景鏡…恥ずかしながら初めて知りましたのでw少し調べた内容をお話します。
1564年の加賀一向一揆征伐や、1570年の織田信長の朽木越えの際の織田軍追撃、近江・美濃への出陣などにおいて、景鏡が総大将として指揮を執っている様ですので、名門朝倉氏の軍事的役割を代表する人物と考えても良いのでしょう。
しかしこの後、信長との度重なる死闘、朝倉家中での権力争いなどを経て、景鏡と当主・義景の間に微妙な軋轢が生じたと考えられます。
元亀3年(1572年)、信長側・秀吉の守る小谷城へ浅井氏への援軍として派遣されるが、相次ぐ裏切りに戦局は悪化。翌年も善景の要請で北近江出兵を命じられるが、、「軍事行動の連続による疲弊」を理由に出陣を拒否する。
やむ無く、義景は自ら軍勢を率いて浅井救援に出兵(刀根坂の戦い)。北近江での朝倉撤退戦に乗じ、織田信長が越前進行を開始すると(一乗谷城の戦い)、景鏡は義景に一乗谷撤退および自領・越前大野郡における篭城再起を進言する。景鏡は撤退してきた義景一行に宿舎を提供した上で、これを軍勢により包囲。義景を自害に追い込み、妻子を捕縛した。景鏡は義景の首級と、捕縛した母親・妻子・近習を信長に差し出し、降伏を許される。
つまりは最終的に同族を裏切り、信長側についたという事なのでしょうね。
この様な彼を、後世の人々は裏切り者として良い評価を受けませんでした。しかし最近ではこのような見方を見直す見方も多く、ありがちですが、地元での評判もなかなかの武将だったみたいです。
そして、今から430年ほど前の今日を迎えます。
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2006年04月02日
大河ドラマ風林火山
3・31、来年の大河ドラマ『風林火山』の配役が決まりました。
原作は来年生誕100年の井上靖さんの同名小説で、彼の作品が大河ドラマの原作になるのは初めてだそうです。
話の方は、武田信玄軍の孤高の軍師・山本勘助が主人公。
川中島の合戦がクライマックスで、それに向かって話が進み、山本勘助の一生を描く…という感じだと思われます。
さて、気になるキャストは…
山本勘助…内野聖陽(37)
武田信玄…市川亀治郎(30)
上杉謙信…Gackt(年齢非公表w)
が発表されました。
どう考えても、一人浮いてますよねw
以下、朝日新聞記事より抜粋。
この日まで極秘にされたキャスト陣。長髪を束ね、サングラスにピアスのGacktが登場すると、戦国時代の名将と現役ロック歌手との“異色”の組み合わせに、会場がどよめいた。
さすがはGackt…いくらなんでも謙信がサングラスをかけることはないでしょうけど…w最近の大河ドラマの風習だと思うのですが、サプライズキャスト、又は若者を意識した配役を考えてきますよね。そういう意味で、今回Gacktに白羽の矢が立ったのかと。
以下、朝日新聞続き。
昨年末に東京ドームで初コンサートを行った際、Gacktは中世の騎士をイメージした衣装で乗馬姿を披露。颯爽としたその姿に同番組の若泉久朗チーフ・プロデューサーが「謙信はちょっと怖くて二枚目。ピンときた。新鮮で斬新な風林火山を彩ってくれる」と出演をオファーした。「新撰組!」(16年)で香取慎吾(29)、「義経」(17年)で滝沢秀明(24)を起用するなど、若手俳優の大胆起用が目立つ最近の大河にあっても“サプライズ人事”だった。
本人の談
「今の日本には男らしさとかの“らしさ”がない。侍は死すらも超えた強い意志と大きな志を持っていて、彼らの魂が大好きでした。自分もサムライスピリットを大切に生きてきた。今の若い世代に届けたい」
「1つのことを表現することに大きな壁は感じない。撮影に没頭できる時間も準備した」
う〜ん…男らしさ?
むしろ、謙信の疑惑を意識して、中性的な人間を起用したとも考えられませんかw
とにかく、来年のNHKにも注目で、我がブログの話題にも困りそうにありません♪


