千鈴夏香(完結)

『たった一人、世界で一番大切な人を助けられる人になってね』   平坂和裕にとって最愛の人だった藤見鈴香はそう言い残し逝った。 それから三年、鈴香の年齢を追い越し高三になった和裕は鈴香と瓜二つな姿を持つ少女・長川千夏と出会う。和裕はあまりに鈴香とそっくりな千夏の存在に戸惑うも、無視することはできず、何かと気にかけるようになる。そのような日々を重ねていく中で、様々な表情を見せる千夏に和裕は惹かれていく――

・推敲版千鈴夏香 目次 プロローグから読む
プロローグ
一章 九月三日(日)
二章 九月四日(月)
三章 九月十一日(月)
四章 九月十五日(金)
五章 九月十九日(火)―九月二十二日(金)
六章 九月二十三日(土)―九月二十四日(日)
エピローグ

・イラスト募集していました
このたび、ララノコン公式さんの発案により、
「だしてまとめるお題サイト- Que!(β)」さんにてイラストを募集していました。

詳細につきましては、
「Que!」にて、ララノコン作品にイラストを突然募集してみます!
を参照してください。

千鈴夏香の募集ページはこちらになります。

「相変わらずきついな、ここの階段は」
 階段を上りきったところで、無意識のうちに愚痴が出ていた。乱れたい息をその場で整える。
 千夏が両親たちと和解して一週間が経っていた。千夏は自分の家に戻り、ぎこちなくも再びひとつの家族として生活を再開した。時間が経てばそのぎこちなさも無くなっていくと思う。
 そんなこんなで今日、千夏は家族と出かけているらしい。で、休みの日に一人残された俺は街から少し外れた高台にある霊園に来ていた。
「よしっと」
 息が整ったところで、霊園の中を歩き始める。五分ほど歩き、一つの墓石の前で足を止める。
 建てられてからまだ数年しかたっていないその墓石を見た後、持ってきていた花を両脇に供え、線香を上げた。そして墓石の前にしゃがみ手を合わせた後、顔を上げる。
「久しぶり、鈴香」
 この墓に入ってる唯一の人の名前を呼ぶ。
「珍しい時期に来たから驚いてるかもしれないな。今年はお彼岸の時期に色々あってこれなかったんだ、ごめんな。月命日に顔見せたから今年のところは勘弁してくれ」
 おどけた調子でしゃべりながら頭を下げる。
「でな、今日は報告があってきたんだ。鈴香の事だからなんとなく分かってるかもしれないけど、俺彼女出来たよ。平坂千夏って名前で見た目は鈴香にそっくりなんだけど、性格は真逆……でもないか、まあそんな奴」
 そこで一度言葉を切る。
「鈴香、俺千夏の事守れるのかな? 俺なんかで大丈夫なのかな?」
 ハハと苦笑しながら下を向く。
 誰も答えなんかくれるわけないのに、何やってるんだろ。

『和はあの頃から比べられないくらい強くなった、きっと千夏ちゃんの事守っていけるよ。だから自信を持って』

「え⁉」
 耳元を通り過ぎた懐かしい響きに、顔をあげる。だが、目の前には相変わらず墓石しかなかった。
「……んなことあるわけないよな」
 そう言いながら立ち上がる。
「今日は帰るな。今度来る時は千夏も連れてくるよ」
 墓石に背中を向け歩き出したところで、風が通り過ぎていった。
「風冷たくなったなあ」
 千夏と出会った頃には、暑いとか言ってたんだよな。
 空を見上げると雲がずいぶん高くなっている事に気が付いた。
「もう秋なんだなあ」
 再び通り過ぎていった風は秋の匂いがしたような気がした。

                                        了

02

 雪谷さんと話した次の日、俺は一人千夏の家の前に立っていた。
 俺が今からやろうとしていることは、多分単なる自己満足。けど、生きて会って話しができる家族が、互いに避け続けているなんておかしいと思う。
 意を決して、インターホンのボタンを押す。
『はい、どちら様でしょうか?』
 インターホンを押して数秒後、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
「長川千夏さんと同じ高校に通う平坂和裕といいます。こちらは長川千夏さんのご自宅で間違いないでしょうか?」
『ええ、そうですが。千夏さんにご用事でしょうか? すいませんが千夏さんは出かけているようで』
 千夏さん、か。
 多分千夏の新しい母親なんだろうけど、千夏を事を言う声にはどこかよそよそしさがあった。
「いえ、今日は千夏さんにではなく、千夏さんのご両親に千夏さんの事でお話が有って伺いしました」
『千夏さんの事で?』
 インターホンの向こうの声が怪訝になった気がした。
「千夏さん、最近家に帰ってませんよね」
『……!』
 インターホン越しにも相手の息遣いが変わったのが分かった。
「千夏さんは一週間ほど、俺の家で寝泊りをしています。安心して下さい、と言っても信用できないと思います。何なら今すぐ警察を呼んでもかまいません」
 いきなり家を訪れ、こんな事言う奴がいたらすぐさま警察に通報されてもおかしくない。
『……少々お待ちください』
 プツという音とともにインターホンが切れる。
 さあ、どうなるか。
 普段より長く感じる数分を過ごした後、玄関のドアが開いた。
「お待たせしました、お上がり下さい」
 玄関から出てきて来たのは、インターホンの向こうにいた声の主だった。見た目では三十代半ばほどに見えた。
 家に通されるとそのままリビングへと案内され、ソファーに座るように促がされた。家の中にはまだ、新築独特の匂いが残っていた。
 ソファーに座り数分も経たないうちに一人の男性がリビングに入ってきて、俺の正面に座った。
「待たせてしまいましたね、千夏の父です」
「は、はじめまして、千夏さんと同じ高校に通う平坂和裕といいます」
 慌ててソファーから立ち上げり頭を下げる。
「気にせず座って下さい」
「は、はい」
 正面に座る千夏の父親は、少し痩せ型で眼鏡の奥の眼差しが優しい人だった。千夏の話から厳しそうな人をイメージしていたが、肩透かしを食らった感じだった。
「どうぞ」
 千夏の母親らしい女性は俺の前と千夏の父親の前に珈琲の入ったカップを置くと、そのまま、千夏の父親の隣に座った。
「娘がご迷惑をおかけしたようで」
「いえ、むしろこちらがお世話してもらってるようなもので」
「そうですか」
 微妙な空気の中、沈黙が流れる。
「それで、娘についての話と言うのは?」
「千夏さんに、色々とお話を聞きました」
「そう、ですか……」
 千夏の父親はそう言うと、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「酷い親だと思いましたか?」
 世間一般から見れば酷い親なのかもしれない。けど、そうだとは俺の口からは言えなかった。
「酷い親だという事は自覚しています。娘の気持ちに気付いていあげる事ができなかったんですから」
「気付いてあげる事ができなかったと言う事は、今は気が付いたと言う事ですよね」
「ええ」
「だったら」
「気が付いたときにはもう遅かった。千夏は私たちの事を避けるようになっていた。顔を合わせても会話する事も無い。千夏はもう、私たちのこと他人としか……」
 そのまま俯き、言葉を詰まらせてしまう。
「そんなこと無いです」
「え?」
 俺の言葉に千夏の父親は意外そうな顔をする。
「そんな訳」
「千夏さんが苛められていた事ご存知ですか?」
「……は?」
「進学する前まで千夏さん苛められていたそうです」
 目の前に座る千夏の両親は見るからに動揺していた。
「千夏さんその事、学校に言わなかったんです。家の現状が知られて家族に迷惑を掛けたくなかったから」
 自分の事だけを考えるんだったら、それ相応のところに駆け込む事だってできたはず。けど千夏はそれをしなかった。ただ、家族に迷惑を掛けたくなかったから。
「そんなこと思う千夏さんが家族の事、他人だなんて思ってると思いますか?」
「それは……」
 家族に自分の事を見てほしくて、反抗するようなそぶりをしていたと千夏は言っていた。結局のところ、千夏の行動の中心にあるのは家族なんだと思う。
「ひとつ確認してもいいですか」
「ええ」
「お二人は千夏さんと元のように、家族として生活したいんですよね」
「もちろんそう思っている」
 千夏父の言葉に同調するように隣に座る千夏の母親も頷く。
 だったら話は早い。
「俺が機会を作ります、そこで話をして下さい」
「話をするだけでいいのかい?」
「はい」
 俺は自信を持って頷いた。
 この家族は少しのズレですれ違ってるだけだ。ズレが生じてから時間が経っているせいで、お互いにズレを直せないと思ってしまってるけどそんなことは無い。
 だったら俺は、そのズレを直す切っ掛けを作ればいい。
「私からもひとつ聞いていいかい」
「はい」
「きみは娘……千夏の」
「恋人です」
 恋人の父親に向かってはっきりとそう言う、
「そう、か……千夏は本当に良い人に巡り合ったんだね」
「ありがとうございます」
 娘の、千夏の事を慈しむように言う千夏父の姿はとても印象に残った。
 この人は本当に千夏の事が大切なんだ。だったら俺は、この家族の為に出来る事をやろう、そう改めて決意した。


「会わせたい人って誰なんですか?」
「会えば分かるよ」
 千夏の家を訪れた次の日の日曜日、千夏を両親と合わせ話をしてもらうために。千夏を家から連れ出した。
「和裕さんのご両親とか?」
 惜しい、ご両親ってところだけはあってる。
「俺の両親にはそのうちに会って欲しいかな」
「え、ほ、本当ですか?」
「冗談じゃ言わないよ」
「それって、結婚……」
「それはちょっと飛躍しすぎだけど、将来的にそうなれたら俺は嬉しいかな」
 千夏は耳まで真っ赤になってしまう。
 でもその前に、今日の事を越えないと前には進めないだろうな。
 待ち合わせたファミレスには約束の時間より十分ほど早く到着した。ボックス席に案内され、俺と千夏は一方に二人で並ぶように座った。
 そのタイミングでポケットの中の携帯が揺れた。携帯を見ると千夏父から簡潔な内容で店の前に着いた、と連絡が入っていた。
 手早く、自分たちはすでに店の中で待機しているという旨を返信すると、一分もしないうちに店の扉が開き千夏父が店内に入ってくる。
 店内をさっと見回すと、真っ直ぐこちらの方に向かってきた。千夏はメニューに目を通していて、その事に気が付いていなかった。そして、千夏父は席の横までやってくると俺の顔を一瞥しそのまま俺たちの正面に座った。
「……千夏」
「え……⁉」
 顔をあげた千夏は、自分の父親の顔を見て固まった。
「……おとう、さん?」
 固まっていた千夏の口からようやく出た言葉はそれだけだった。
「今まですまなかった」
 少しの間の後、千夏父は深々と頭を下げて謝った。
「あ、頭をあげて……どうして、お父さんが」
「彼が段取りをつけてくれた」
「悪い、お節介とは思ったけど、どうにかしたくて」
 千夏は動揺を隠せず俺と千夏父の顔を交互に見ていた。
「千夏の気持ちに気が付けず、何もしてやる事が出来なかった駄目な父親だ。謝ったからと言って許してもらえないかもしれない、だが」
「それは違うよ、謝らないといけないのは私。下の子が産まれたら、そっちに気がいくのは当然なのに、お父さん達の気を引きたくて迷惑掛けることばかりして。私が家族をおかしくしちゃったんだよ」
「千夏……」
「ごめんなさい……もう、取り返しつかないかもしれないけど、ごめんなさぃ」
 そこまで言ったところで、千夏は下を向きただ嗚咽を漏らしていた。
「大丈夫、やり直せる」
「けど、お母さんや南美は」
「と、娘さんがこんなこと言っていますけど、どうですか、お母さんに南美ちゃんは?」
「え⁉」
 俺が声をかけた方を千夏は向く。
「お母さん、南美」
「今までごめんなさい、千夏」
「……お母さん」
「お姉ちゃん」
「……南美」
「南美、お姉ちゃんと遊びたい、お話したい」
 ここまで涙を必死でこらえていた千夏の顔が一気に歪んでいった。
「お姉ちゃん、どこか痛いの、お腹?」
「ち、違うの、どこも痛くないからぁ」
 姉の事を心配そうに見つめる妹。
 もう大丈夫かな。
 泣いている千夏の横から席を外し立ちあがり、立っている千夏の母親に小声で話しかける。
「俺帰りますね」
「え、でも」
「他人がいると話しずらい事もあるでしょうから、今日のところは家族だけでゆっくり話をして下さい」
 千夏の母親は話を聞くと納得したように頷き、千夏の父親の隣に座り耳打ちをした。耳打ちをした後、千夏の両親はこちらを向き小さく頭を下げた。それに応えるように、俺も小さく頭を下げ店を出た。
「……良かった」
 店を出るとぽつりと一言だけ漏れていた。
 頭を下げる前にみた千夏の両親は安堵の表情をしていた。その表情と家族の前で泣いている千夏が見れただけで、今回自分のやったことは間違いではなかったと思えていた。
 その実感のまま、家へと向かい歩き始めた。

02
 

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