昨年9月、ゲームソフト、AM施設や家庭用ゲームの螢▲肇薀后淵献礇好瀬奪上場)が、遊技事業部門からの撤退を決めた。子会社の螢▲肇爐鮴擇衫イ靴突卦算業部を廃止した。「カリブの海賊」いわゆるパロット、及びパチスロ販売を主とした遊技機販売市場からの撤退である。その理由としてアトラスのIR広報では、

 「新基準下では、従来のような射幸性の高い仕様の遊技機が認められなくなり、市場が予想を超えて縮小していること。「パロット」はユーザーからの認知も殆どされていないこと、遊技機の審査基準も厳しくなり適合が受けにくくなっていること等により、当販売事業では「カリブの海賊」以後、新製品の販売実績がないのが現状」

 ということだ。遊技機部門に関わるアトラスの資産(特別損失)については、アトムの債権がほとんどであり「今後同社からの回収を行う」としている。

 パロットを含む回胴式遊技機については演出、リール制御で9項目の解釈基準緩和が認められて3月3日に一部改正施行されたが、これで剥落するパチスロが攻勢に転換できるまでになるとは思えない。あるていどのゲーム性はとくにリール制御の面では向上できるとしても、離反した4号機ファンを取り戻すことはできないだろう。むしろ新たなパチスロファン開拓のための発想転換が、メーカーにもホールにも求められる。過去の薄利多売営業だ。低交換率で台数圧縮、1回交換営業を試していくのも、どうせ10円、8円、5円とかの低貸メダル営業をやるくらいなら、その方が効果的なのではないか。ART機種もたしかに導入初期には粗利もとれるが長くは続かない。同様の機種の入替サイクルも速くなる。機械代回収ができているところは少なくないだろうが、それが真にパチスロ復権・新5号機アピールで人気回復の決定打になるとは思えない。1年もしくは2年近くは臥薪嘗胆の時代だと思えば、過去のようにファンにやさしい営業回帰も考えて実践してはどうだろうか。これにイベント(販促)戦略や新しいプラス戦術を注入すれば、不可能なことではないはずである。喪家の犬のように尾を打ち枯らしているよりは、まず挑戦してほしい。

 もうひとつ、パチスロの頽勢を挽回して規制緩和を行政に認めてもらえるソリューション、切り口の役割を潜在させているのは実はパロット(新回胴)ではないか。玉で遊技するという、同じ回胴式でも別種の遊技機である。いわばパチンコとパチスロのハーフ。基準緩和を陳情するならこのパロットから先にやった方が通りやすい部分があると勝手に考えているのだが、どうだろうか。

 「満つれば欠く」(本当はもっと難解な漢字なのだが)という言葉がある。いまのパチスロはまさにそのとおりの状況だ。ならば原点に帰って天の配剤を待つべきだろう。ちなみにパチンコの解釈基準緩和陳情(日工組)は13日に警察庁からの回答を得て、現在、日工組技術委員会で(3項目くらい)の具体的技術的運用を協議中だ。4月中に再度その結果を警察庁に提出して了解をもらってから、パチンコ解釈基準一部改正が施行されることになるが、警察庁技術専門官の大塚氏が異動になるため(環境課長も異動)さらに遅れるかもしれない。

 さて、現状を長々と書きすぎた。本当に書きたかったのはこれから。

 里見、岡田はジャンクゲームなどのGマシンを長野の観光地だった蓼科高原や上山田温泉などにレンタルで卸していた。2、3万円の機械を改造して30万、40万円で売れるものに変えたのが岡田である(未確認だが聞いた話では「海底宝さがし」というゲーム機)。以前に書いたが長野倶楽部みたいなもの。その頃の社名は「ツナミ製作所」で後に「長野文化機器」になる。ジュークボックスの日本代理店だった。ここの社員に吉岡という人物がいた。紙幣識別機ではそれなりの技術者で、後に自分でゲーム機のマイクロパックという会社を興したが2003年に倒産。倒産の因はカードに手を染めたことによる。ケイ・ティ・テックのカードユニット、発券機、識別機をここがシステム開発製造したのだが、これで負債を抱えた。マイクロパック倒産後、僕の知合いを通じて紙幣識別機のパテントと技術をもってサミーに吉岡を売り込みに行ったが断られている。そのあとアルゼが吉岡と子飼いの技術者数人を引き入れた。セタの専務でアルゼに入っている(社長でという岡田の希望を、吉岡は専務でいいとして入社)。が、ご存知の方も多いと思うが、そのあと、マースエンジニアリングの識別機(ビルバリ)で偽造紙幣事件が起きる。白紙に近い偽造券でもビルバリを通した。コトの真事実は白日のもとに事件化されなかったが、裏でこの吉岡の影がちらついたことは記憶に新しい。彼は長野時代にマースが子会社化した某社(これも長野)の紙幣識別機開発・パテントで関わっていたからだ。現に僕はアルゼに呼び出されて吉岡本人からその偽造紙幣のマース識別機通過実験を見せられている。

 で、当時の長野文化機器(社長は宮本、あるいはこれがマースの紙幣識別機メーカーか?)と一緒に組んでゲーム機開発・販売に従事していたのが山本と原野直也(山本の下の名は忘れた=故人)。山本は後年、ユニバーサル販売(現アルゼ)の営業本部長のあと、上野で販社「レジャークリエイト」を興し、会社倒産後にニューパチンコ、すなわち現パロットを考案開発する。現実に動いたのが倒産後で、実際はユニ販在籍時から考案していたのだと思われる。レジャクリ時代にすでに東上野3丁目か佐竹のほうで元ユニ販関係者による開発室を設けていて、2回ほど立ち寄ったことがある。たしか彼は自動サービス工業会の初代会長だったと記憶するがいま検証している余裕がないのでご容赦いただきたい。ただレジャクリ時代にすでに「ウルトララムダ」という機械を開発していたが、倒産により日の目を見ずに終わっている。
 レジャクリ倒産後、その山本に資金提供してパロット事業を支援したのがプリクラの考案者ともいわれるアトラスの原野だった。冒頭記述したように、アトラスの遊技機事業で関連会社のアトムの代表取締役になる。つまり、往年の長野仲良し倶楽部の人間関係が、とくに岡田を核にしてその後も濃密に業界人物相関図をかたちづくっていた、ということである。

 長くなったが、そもそもパロット発想の原点、潮流は、パチスロ関係の2つから出ている。ひとつが岡田、里見(→山本、原野)を原点とした長野関連(最初の「パチロット」の登録商標は里見が有しているようだ)、もうひとつが大阪の新遊技機工業協同組合だ。こちらは旧東京パブコの古田である。組合設立後に、新規に組合員に呼び込んだ三協電子の藪野などにその方向性と組合運営の当初のビジョンを狂わされてしまったが、三協電子倒産でようやく元の古田勢力が回復されつつある。少なくともパロット、新回胴という第3の遊技機が風営法で認められた当初の政治・行政陳情活動の切り口は古田関係の人間である。さらに言えば、パロットは山本の開発・パテントで誕生したが、すでに過去にニューギンのパチンコなどで使われた回転ベルト式(パチカセ)だ。ただこのベルト式は某大手パチスロメーカーがパテントを持っていたため、当時に特許トラブルも発生した。サミーなのかアルゼなのか東京パブコなのかは不明である。あくまでも回胴式ではない。回胴式で開発していたのは実は大阪の新遊協(新回胴)のほうだった。結果として回転式では遊技機規格に通らないしトラブルも出やすいということで、新遊工のパロットも回胴リールに変えたという経緯がある。
 はっきり言えば、新遊協と新遊工との協調・開発一体化がのぞましい。そうなって初めてパロットを新たな切り口にしたパチスロ基準緩和の可能性が生れていくのかもしれないと個人的に考えている。パチンコとパチスロの垣根を取り払う新遊技機としての、日工組と日電協との意識の共有が進むのではないかと思うからだ。