車と。 バンコク郊外で車販売店を営む元プロ世界王者、ムアンチャイ・キティカセム氏と対面。ムアンチャイ氏は、ユーリ・アルバチャコフやマイケル・カルバハル、張正九ら、歴史に名の残るトップボクサーたちと激戦を演じたハードパンチャーだった。ユーリからはプロ唯一のダウンを奪い、張にはTKOで引導を渡した。そんな歴戦の勇士と話すと、なぜか当時の闘争心が感じられない…?タレント活動もこなしたスター選手から、カーディーラーに転身した現在まで、ムアンチャイ氏に語ってもらった。

――ムアンチャイさんは、引退してどれくらいが経ちますか?
ムアンチャイ 8年(現在9年)です。あれから結婚して、子供も2人授かりました。
――ムエタイ時代から通産で、どれくらい試合をしましたか?
ムアンチャイ 200戦以上ですね。20年近く闘っていたと思います。
――日本ではユーリ氏との2戦が有名です。ユーリ選手の印象は?
ムアンチャイ とてもスタイリッシュなスタイルで、パンチがとてもシャープに飛んできました。強かったです。
――ムアンチャイさんが敗れた選手には、マイケル・カルバハル氏もいます。どちらのほうが強かったですか?

ムアンチャイ氏と対面ムアンチャイ 僕にとっては、カルバハルでした。何もかもが強いのに、オリンピックでは銀メダル。ユーリは、世界選手権で金メダルを取っていますから、ユーリには“勝てるわけがない”と思っていました。ただ、やっぱりカルバハルのほうが強かった。
――ユーリ氏に“勝てるわけがない”と思っていたのは、試合前からですか?
ムアンチャイ そうです。本当は闘いたくありませんでした。僕はあれもこれも欲しいというタイプではありません。最初に世界チャンピオンになって、そのあと2階級を制覇して、もうボクシングには満足していたんですね。
――それなのに最終的には、強豪たちを迎え撃とうと思った理由は?
ムアンチャイ 周りが“大丈夫、勝てる”と言ったからでしょうね。本当はダウンをしたときは、いつも立とうかよく考えていました。これは僕が自分で一生面倒を見る体です。それを壊してまで、周りに振り回されたくはありませんでした。
――ではユーリ戦で、何度も起き上がった理由は、何でしたか?
ムアンチャイ あの時は、「まだチャンスは残っている」と思ったからです。僕はあきらめは早いですけど、負けず嫌いでもあるんです。ちょっとうまく説明でないのですが(笑)。

現役時代の写真(写真:ムアンチャイ氏はWBCフライ級タイトルを獲得したときの写真を見せてくれた。他の写真は「ほとんどファンに挙げてしまいました」とのこと)

――ラストファイトの仲里繁戦前、バンコクで大きな交通事故にあったそうですね。
ムアンチャイ 映画の撮影から帰るところでした。運転手が居眠り運転をしていたんですね。ベンツだから、車がグシャグシャになっただけで済みました。普通の車なら、私も潰されていたと思います。
――仲里繁戦後、「事故の影響で思うような動きができなかった」と言ったそうですね。
ムアンチャイ いえいえ、ベンツが頑丈でしたから(苦笑)。私はほぼ無傷でした。仲里戦は、ユーリ引退記念試合のスパーリングパートナーのようなものでしたから、“これは続けても倒されるだけだ”と思ったので、棄権しました。

(試合直後と言ってることが違うぞ…)

――現役時代を振り返って、どう思いますか?
ムアンチャイ 私にとって世界戦は、戦争でしたね。国と国とのベルトの奪い合い、プライドのぶつかり合いです。今はマッチメークからして、ビジネスの要素がだいぶ強くなりました。もっとシンプルに、闘いに熱狂する時代が戻ってきて欲しいですね。でも、時代が変わるのには、逆らえないかな…。

ムアンチャイ・キティカセム――この車販売店を開いたのは、引退してすぐですか?
ムアンチャイ しばらく経ってからです。最初は色々な仕事をしました。警察、俳優、レストラン経営など。ちなみに、当時は“遊び人”としても知られていたと思います。
――それこそ毎日豪遊といったところですか?
ムアンチャイ いやいや。チャンピオンの頃のほうが、よっぽど幸せで、充実していました。やはり、引退後のボクサーは、社会の厳しさが一気にのしかかります。たとえ、元世界チャンピオンでも、落ちぶれる先輩選手は少なくありませんでした。
――ムアンチャイさんはそれを避けたかった?
ムアンチャイ 子供が生まれてから、そう思うようになりました。私が遊び好きであることを知る妻は、出産時、“あなたの子をよく見なさい!”と強く言ってきたんです。その時、ようやく“俺は十分に遊んだ”という思いが芽生えました。これからは、家族のための男になろうと…。あれ以来、私は子供に迷惑がかからないようにと、タバコもやめました。
――このお店を開くのは、その後ですか?
ムアンチャイ はい。義父に、自分の経営するタクシー会社で働かないかと提案されたんですが、どうしてもサラリーマンをする気になれなかった。まだ元チャンピオンというプライドが残っていて、人に雇われることを嫌がらせたんでしょうね。そこで、義父に「私の知名度も利用して、ここで車の販売店を開かせて下さい」と提案したんです。すると義父も、やってみなさいと。

笑顔のムアンチャイ――お仕事は順調ですか?
ムアンチャイ ここ最近、軌道に乗っています。ビジネスで成功するためには、過去の名声は、ほんの一握りの要素しか持たないことを痛感させられています。やはり真面目に頑張って、周囲をガッカリさせるようなことが一番大事ですね。
――何か日本のファンにメッセージはありますか?
ムアンチャイ 日本では、敵地に乗り込んだ私を、応援してくれた人がたくさんいました。本当にありがとう。あと…、仕事の話を入れてしまってもよろしいですか?今、私は部品輸入のために久々に日本へ行くことを考えています。今度は敵ではなく、ビジネスパートナーになれる人がいたら、ぜひ力になって下さい。よろしくお願いします。
――今日はありがとうございました。
ムアンチャイ コップンカップ(ありがとうございます)。

ムアンチャイ・キティカセム(Muangchai Kittikasem)プロフィール
1968年11月11日タイ・チャイナート県生まれ。第4代IBF世界j・フライ級、第29代WBC世界フライ級王者。タイトル防衛数は共に3。通算成績は28戦24勝(16KO)4敗。