原隆二「ボクシングは今日で最後。悔いが残らないくらいに楽しもう」
 今年10月、国体で有終の美を飾った原隆二は、大学4年生でもベテラン社会人でもない。優れた才能で、将来を有望視されていたモスキート級の高校王者だ。
「ちなみに、試合が始まったら、まったく楽しめなかったです(笑)」
 それでも余裕の優勝だった。4冠目の高校タイトルを手にした原は、次なる夢を追って、騎手の世界に身を投じようとしている。
「騎手は仕事として取り組みます。金を稼げる実力を求めたい」

 飛龍高校の3年生。若干18歳ながら、原の攻防は巧みだった。155センチの小柄を補うよう、やや流れ気味にパンチを伸ばし込んでいくかと思うと、ひとたびチャンスか判断すれば、コンパクトな連打を浴びせまくる。高校生レベルなら、完成度の高さは抜群だろう。
「中2の頃、近所のボクシングジムに通っていたんですけど、他より体が小さくて、スパーリング大会などで、ボコボコにされていたんです。あの頃、どうしようかよく考えたのが、よかった気がします」
 この平均より少し早いスタートと、身体能力の高さで、原は高校1年目の成績を、黒星をわずか2つに抑えた。そして、2年目から今日までは、1度も負けていない。
 2年生でインターハイ優勝を果たし、台湾のジュニアトーナメントでも優勝。これに満足することなく、原は3年目で高校3冠を制覇するまで、フットワークに課題を置いた。
「特にバックステップ。海外の選手は相手が来た瞬間にササッとキレイに下がっていたんで、それを盗もうと思いまして」
 人一倍の努力で順調にレベルアップをする原に、周囲からは、早くもロンドン五輪への期待が持たれ始めた。
 だが自身は、ボクシングを将来の仕事にしたいかというと、少しためらいがあった。
「オリンピックにはすごく行きたかった。でも、引退後の指導者までは、関心がなかったんです。誰かを育てるよりも、できれば自分が挑戦していたいと思ったんです。大人げないかも知れませんが…」
 他にも、長く母子家庭だったこともあって、「仕事をしたい」という気持ちが幼少期からあったと、原はいう。1歳の頃に両親が離婚し、10歳になる頃には父が他界…。
 悩みに悩んだ末、国体ブロック予選前、ついに原は進学予定先の大学にキャンセルを告げた――。

 それから間もなくして、原がパスしたのは、競馬学校騎手課程だった。114人中7人の狭き門を突破したものの、報われるか分からぬ3年間の競馬学校生活は、“地獄”と言われる。同期は年下ばかりで、競馬界にコネクションはない。
「不安でいっぱいです」
 そう本音を漏らすものの、ここでではボクシングでの充実が自信につながっているという。
「いい恩師に恵まれて、そのおかげでキツい練習に耐えられた。だから今回も、一から頑張れる気がするんです」
 原は、自分の生き方を「大人気ない」と言った。だが彼のチャレンジ精神には、10代とは思えぬほど図太い信念がある。ボクシングに見せたあの情熱があれば、きっと今度も成功するのではないか。いい加減なことも言えないが、リングで見せたあの才能を見ていると、思わずそんな気がしてくる。

[原隆二(はら・りゅうじ)Profile]
1990年7月10日静岡県伊東市生まれ。モスキート級の右ボクサーファイター。高校2年でインターハイ優勝後、台湾ジュニア国際トーナメント優勝。3年で選抜、インターハイ、国体を制覇。好物はラーメン。