3ad95b8e.jpg平田直己のボクシングはメイド・イン・ジャパンの精密機器。高き完成度の技術を機能した肉体から、強烈なパンチを発射する。ルックスも生き様も男前。平田が日本のスーパーホープと呼ばれるには、大学進学後から1年も要さなかった。そんな男がアテネ五輪の夢破れ、引退を決めた。アマチュアボクシングファンは、これを良きタイミングととらえられるだろうか。

「もう十分戦って燃え尽きた。“そう言えばアイツいないね”くらいがいいけえ、引退は内緒にしといて」
 アテネ五輪出場を逃した平田は、そういって数ヵ月後の国体不参加を口止めしていた。日本アマチュアボクシング界にとって、まず「そう言えば」で片付くレベルの選手ではなかった。しかし本人は心底からそれを望んだのだ。
 結局、それ以降、平田は試合をしていない。それに対する周囲の反応はもちろん、本人の予想に反し、多くファンからため息を誘っていた。屈指のスーパーホープとして、観客を沸かせ続けて来た男が、突然姿を消したのだから当然だろう。
「県からも続行を勧められたんじゃけどね。でもオリンピックが過ぎた今になったら、モチベーションはまったくないけえ。昔のところまでは気持ちを持っていけることはないじゃろ」
 勇ましい口調の広島弁で、未練はないと言いきった。それでも少し間を置いて、平田はこう付け加える。
「でもボクシングほど熱いもんはないね!」
 たとえ、モチベーションがなくなろうとも、ボクシングが好きなことまでは変わることはなさそうだ。
 ガニ股で、胸を張って歩く豪快さはサマになる。ルックスも生き様も文句なく男前だ。青春ドラマのヒーローのような性格が、ここまで似合うと少し憎くなる。現在の写真は、公開拒否を申し出られてしまったが、凛々しさは昔のままだった。太ったというよりは、筋肉が落ちて少し細くなったのではと感じた。
 幼い頃、父親からサンドバッグをプレゼントされてボクシングのとりこになった。高校時代はライトウェルター級でインターハイと国体を制覇。一つ目の選抜大会こそ落としたものの、才溢れる平田の注目度は、3冠制覇クラス以上のものになっていた。
 「正直すぎる」ともいわれたスタイルだが、完璧な試合運びばかりを見せた。完成度高き攻防に類稀なパンチ力が通い、たった数発の有効打で、次から次へ対戦相手が沈むのだ。大学在学中は、国体、全日本選手権、共に全て制覇。高校選抜での敗退が、国内最後の黒星だった。
 そんな平田にも越えられなかった大きな壁。それが海外選手の攻略だった。
「何度も海外の試合に出させてもらったけど、世界の選手は巧い。懐がとにかく深くて、力むとパンチが当てられん」
 文頭でも述べたとおり、アテネ五輪の切符も手に入る瞬間は訪れず。
「基本は日本人が一番できているようにも思えたんじゃけどね」
 それ以上の印象をつかめなかった。
 山口県で生まれ、「ボクシングをやりに行く」と広島・広陵高校に進学して以来の話しを聞くと、ボクシングの話しか出てこない。寮から学校、授業が終わったら部活、部活が終わったら寮に戻る。これが平田の日課だった。
「本当に遊びを知らんかったね。逆に今は自分からボクシングを取ったら、どれだけの価値があるのか社会で試したくなっとるよ」
 ちなみに、平田には、「3分間の感覚」も身に付いている。ボクサーは数えなくとも3分間を把握できる。そんなことが言われることがあるが、実際は、大雑把にはできる選手もいるものの、そこまで正確な感覚を持つ選手はいない。
 平田はこれもまた、完璧を見せようとしたのだ。以前、ふとしたきっかけで、この実験が始まったことがあったが、平田はスタートをかけたにも関わらず、実験を放棄したかのように友人と会話を始めてしまった。
「最近の大学生活は…」
「この前遊びに行った場所は…」
 頭の中で、「1、2、…」と数えている様子はない。だが、秒針が一周半の地点を通った瞬間だった。
「なあ。今、半分じゃろ?」
 確認すると、再び会話へ戻ったのには、手品かと思った。やがて3分が近づいて来ると、平田から先にこう言ってくる。
「ピッタリで言ってみせるけえ、ちょっと待っとって。………ハイ、今!」
 これは惜しくも3秒早まった。一緒にいた高校時代の同級生、元木智之(ミドル級・中大)が、その2分後に「今?」と聞いたのは、ある意味では凄かったが、平田の悔しがり方はもっと凄かった。
「頼むからもう一回だけチャンスちょうだいよ!現役の頃なら、絶対に狂わんのよ。今でもシャドーしとれば何回やってもうまくいく!」
 二度目のチャレンジは見事に成功した――。
 あれから数ヶ月が経ったが、3分の感覚はさらに鈍っているのだろうか。もはや平田は選手の視点で言葉を口にする回数が減っている。悩める筋肉痛もトレーニングからではなく、後輩のミット持ちによって生じているという。
「監督とコーチに恩返ししたいけえ、まずは来年のリーグ戦で日大を優勝させたいね」
 というように、当分の間は日大に残り、後輩たちの育成に励むそうだ。
 平田が今、戦うことをやめようとしている。しかしまだ22歳なのだ。素直に「お疲れ様」と言いたくないのは、筆者だけではないはずだ。