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(デビュー戦で快勝した池原。元世界王者のツニャカオも「世界王者候補」と称賛した)

 親しい女子選手たちから、「シーサー」の愛称で親しまれてきた池原久美子が、6月20日に地元・大阪でプロデビュー。ズバリ「池原シーサー久美子」を名乗って、橋本由貴子(陽光アダチ)から初回TKO勝ちを収めた。
 第2のボクサー生活がスタートしても、池原の「おっちょこちょいキャラ」に変わりはなさそうだ。
「計量にメッチャ人おって、クミ、ホンマ焦った!めっちゃ恥さらしやんか」
 これまでと同様、リミットいっぱいに調整してきたため、計量には池原曰く「水着」で臨んだ。そこにいたのは、数人の関係者かと思っていたら、実際には、世界ミニマム級王座統一戦を取材しに来た数えきれないほどの報道関係者。
「試合でも派手なコスチュームで挑んだけど、これからは、ボクシングも仕事や!パパも喜んでたし、ええスタートをきれました」
 客席には、アマ時代からの旧友たちのそばに、このデビュー戦を反対し続けてきた父の姿があった。

 「シーサー」といえば沖縄の守り神。池原の生まれ育った大阪市大正区は、「リトル沖縄」の異名を持つ。そこで居酒屋を営む父、正也さんも沖縄出身で、池原も1年、沖縄で生活をしたことがある。この辺りから、ミドルネームの由来が見えてきそうだが、実際には、それを一切知らないフュチュールジムのトレーナーから、「池原さん、シーサーに似てますね」と言われたのが、きっかけだそうだ。
 通学先も小中高、すべて近所。ボクシングを始めたのも、叔父の池原正秀会長が近所で主催するABCジムだった。
 08年の全日本女子大会では、ライトフライ級Bで優勝。世界選手権にも2度出場したが、国内二強の新本亜也と箕輪綾子の牙城を崩せず、ロンドン五輪への夢もついえていた。
 少しずつ引退を受け止めようとしていたとき、ふいに訪れた転機は、仲のいい多田悦子の世界戦だった。試合前に流れる国歌にしびれ、捨てるはずだった闘争心が呼び覚まされたという。

「もうずっとプロに行きたかった。理由は…うーん、向いているから」
 それをあきらめてきた理由は、父の猛反対だった。今回、池原が改めてプロ転向を告白したときも、父の言葉は鋭かった。
「あかん。もう一回、言うたら、縁切るぞ」
 しかし、池原がさらに、
「ほんなら、毎日飲んで食って、べろんべろんの生活してやるから!」
 と、涙ながらに訴えると、父から、これまでとは違う答えが返ってきたという。
「自分で全部やるんやぞ」

 それから所持金2万円で京都へ越し、平山靖・フュチュールジム会長の理解のもと、現在は、同ジムの指導で生活費を稼いでいる。
「練習と両立したら疲れるかと思ったけど、クミ、めっちゃアホやから、技術論が磨けてええ感じやね」
 その甲斐あってか、ボクシングや自分の解説が、明らかにうまくなってきた。

 デビュー戦を見守る父は、娘に勝ると劣らぬ派手なコスチュームをまとっていた。「儲けを出さん額」で知人たちにTシャツを売り、応援団をつくって会場へ足を運んだ。
「パパはクミが言う前から、もう覚悟していたんやと思う」
 加えていえば、再びボクサーの夢を持てば、娘が輝けると知っていたのではないだろうか。
 ただ、「全部自分でやる」の条件を守れなかったら、父を裏切ることになってしまう。父は、一人のライバルになった。
「プロに行ったら、みんなに相手にされんくなる心配もあったけど、温かい目で見守ってもらえていて、ホンマ幸せです。このまま世界中の人から、愛されるボクサーになります!」
 大阪のシーサーはよく吠えるし、よく噛みつくぞ。

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