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(写真:左から林、小山田・駒大監督、林田)

 熊本の教員採用試験に合格した元・全日本ミドル級王者の林健太郎さん(元・日体大)から、「東京で小山田(裕二)さんたちと飲んでいるので来てください」と誘われ、渋谷の居酒屋に合流すると、もう一人いたのは林田太郎(元・駒大)。3人で、09年に出場した世界選手権ミラノ大会の裏話で盛りあがっていた。

 林田はプロボクシング界の期待を背負う井岡一翔(井岡)と井上尚弥(大橋)の両方に勝った唯一の男だ。井岡、井上の好戦的な気質は、インファイトを身上とした林田にとって、最も長所を発揮しやすいものだっただろう。
「僕が左利きのオーソドックスだからかどうかは分からないですけど、左ボディを当てやすかったです。逆に、右ストレートは打ちにくかったかな…」

hayashida(写真:今年の関東大学リーグ戦では、コーチとして駒大のセコンドに就いた)

 大学1年の全日本選手権で、際どく井岡に勝ったあとは、超新星、井上との戦いが、宿命づけられていくようだった。
「今でこそ、高校生が優勝しても不思議じゃない感じですけど、あの頃は、高校生に負けるのは歴史的な恥みたいな雰囲気でしたからね。しかも井上からは、初めて見たときから、強い危険性を感じました。これは負けるかもしれないぞって」
 初めて拳を交えた10年全日本選手権の決勝では、林田が、高2の井上に12対7で完勝した。
「最初に打ってきたパンチが、ワンツーからの左アッパーだったと思うんですけど、アッパーをブロックした時に圧力に焦ったのを覚えています。ただ、こっちがブロックをしていたら、向こうがもっと焦っていくのが分かったんで。その甘さに、助けられた部分はありますね」
 2戦目は、昨年の世界選手権・代表選考会。今度は11対13.7対11で持っていかれたが、この一戦には「林田が勝っていた」という声も少なくない。
「2回までペースを取られた。周りは同情してくれましたけど、僕は負けたと思いました」

 1勝1敗で迎えた3度目の対決。最終決戦は、昨年の全日本選手権で、新しい国際ルールに則って行われた。結果は、ルール適応力もすっかり高めていた井上が34対20。林田の五輪への夢はついえた。
「僕のほうが低い重心で戦えるんですけど、井上にはパンチ力のプレッシャーがありました。精神的な成長で抜かれたかっていうと、そんなこともなかったんですよね。負けてそういうのも、かっこ悪いですけど…。井上は勢いで戦っているように感じました」

 大会後の引退を決めて臨んだこの試合には、遊びの誘惑に屈することなく、過去最高の調整ができたという。
「これで悔いはない。後輩たちに夢を託して、駒大でコーチを頑張ろうと思いました。…思ったんですけどね」

 思ったにも関わらず、林田は、12月の社会人選手権にエントリーするという。

 同様に大学でコーチをしていた上林巨人(竹原&畑山)がプロへ転向したことにも、刺激を受けた。
「ただ、大賀(寛倫)先輩が出るほうがもっと驚きじゃないですか?国体に10回出て“有終の美”って言ってたのに(笑)。大賀さんがライトフライ。僕はフライです」

 法大コーチの斉藤大が出場しないなら「米澤(諒治)さんに、ぜひフライまで落として来てほしい」と強敵を指名。その闘志は、不完全燃焼というよりも、なにか新しい炎を宿らせているようにも見えた。
「コーチをやると、みなさんが思うように、他の角度からボクシングが見えてきました。でも、みなさんが思うように“頭に体がついて来ない”にはなりたくなかったんで(笑)。できるだけ、抵抗してみようと思います」

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(写真:2010年・中国オープンの開催中)