2008年07月09日

戸塚パト2008〜知らぬ間に養子縁組〜

このブログで書いてきた、野宿者Aさんが、623日(月)から仕事について7日間、出勤後に無断欠勤を続け、今週の月曜日(7日)に職場を首になった。

 そして、今日、家庭裁判所での「養子縁組無効」の調停にも欠席。結局、参考人の私が出席して、調停は「不成立」となった。申し立て人も相手方も欠席での「不成立」である。後は、裁判で人事訴訟を起こすしかない。

 彼は、どこへ行ったのか。

 部屋は、昨日(8日)からいないと管理人さんの証言。

 家裁の知り合いの書記官たちから「無理ですよ。ホームレスの人に定住・定職を求めるなんて」と言われてしまった。私は、自由を求めて生きている人をカゴの鳥にしようとしたのかと、反省!大反省!

 彼の職場を快く提供して下さった資源リサイクルセンターの皆さんには、本当にご迷惑をかけてしまった。皆さんに謝罪文を書いて送りながら、私の人(ホームレス)を見る目の無さというか、オッチョコチョイには、穴があったら、入りたいくらいである。

 この上は、ホームレスのAさんが、青空の下、元気で野宿生活を送ってくれることを願うばかりである。

 今日の裁判所用の洋服をプレゼントした私は、本当にバッカみたい!



setsuko2004 at 21:23|PermalinkComments(3)TrackBack(0)clip!ホームレス 

2008年07月07日

夏の日の日曜日

昨日の日曜日、岐阜県立大垣北高校の関東地区同期会が、東京ホテル・ニューオータニで開かれ、参加した。今年は、初参加という人もいて、26名が参加。

 恩師は、毎回、顔を見せて下さる榊原武雄先生。お話は、年齢に応じて、少し長かったけれど、とてもお元気。 男性の参加者は、ほとんどがリタイア組で、100歳近い老親の介護の話などが報告された。なかには、リタイア後、請われて、韓国で再チャレンジのI君の話から、「来年は韓国で」という意見も出たが、結局、また来年も同じ会場でということに。 まあ、今年で69歳の同期生。元気で参加できれば、幸い!というところだろうか。私は、この1月に出した本「地震は貧困に襲いかかる」(花伝社)を3冊、買ってもらった。

 その後、長女が出演するというので、東海道線をくだって、JR辻堂駅近くの明治市民会館での演劇「秋の夜長に」(テキスト 別役実戯曲集より)を観に行った。淡谷のり子の歌声をバックに一室にこもる男女の会話が主体の劇で、原作を知らない私には、ちょっと難解でした。

 そして、夕方、仕事場へもどり、「東スポワールド」(表通り)の原稿を2本書いて、夜10時過ぎに帰宅。自由業の私には、日曜日だからといって、のんびりという生活ではなく、いつもの一日でした。



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2008年07月04日

「女は胆力」

女は胆力 (平凡社新書 414)

女は度胸!だと思っている私が題名に魅かれて買った本「女は胆力」(園田天光光著/平凡社新書)である。

 私より20歳年上の1919年生まれの彼女は、89歳。敗戦後の第一回普通選挙(1949年)で初当選以来、3期衆議院議員をつとめた。1949年には、妻子ある自民党の園田実衆議院議員と結婚。当時、国会内だけではなく、マスコミでも大きな話題になった。その後、夫の園田議員を支える立場から、1978年の日中平和友好条約締結時には、陰で活躍した。

 天光光という名前も、父親の命名で本名。4人姉妹の長女として、父親から男女平等の考えの下で育った彼女は、当時の女性に期待された良妻賢母とは、程遠いものだった。また、天衣無縫とも取られる彼女の生き方の根底には、彼女が育った東京・日本橋の土地柄と、彼女の父親の生き方「父は、いわゆる侠客を可愛がっていました」という環境の中で、「偏見なく世間を見ることが、人間理解の要である」という思想がつくられたのだろう。

 私も地方の市会議員などをしていた父親が、バクチ打ちや「部落」と呼ばれていた人たち、また共産党の人、芸者さんにホステスさんなど、いわゆる「庶民」と呼ばれる人たちとの関わりを持つ環境の中で育ってきただけに、彼女には及びもつかないが、私の思想や行動の根底に、その生育歴が影響していることを、この本を読んで気がついた。

 最近、「品格」流行りだが、「品格の根底には、胆力がなければならない」という彼女の指摘には、同感!いざとなれば、腹をくくって、前に進む!という彼女の生き方の背景には、やはり、あの時代に東京女子大から早稲田大学法学部卒までの知力を彼女の父親が支えたことは、間違いない。


 



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2008年07月03日

「西の魔女が死んだ」

西の魔女が死んだ

久しぶりに、本当に久しぶりに映画を観に行った。「西の魔女が死んだ」(監督:長崎俊一)を横浜・関内のニューテアトルへ。

原作(梨木香歩)は読んでいたが、まさか、ここまで日本映画が、ファンタジックで、そして現実的で美しい画面に仕上がるとは思っていなかったので、ちょっと感激!

私の日本映画への感想は、一つに内容に哲学が無い点と、画面の美術・芸術性に欠けている点である。画面に奥行きが無いように、私には感じられていた。ところが、この映画では、原作の持つ力(内容)もさることながら、自然の草花が持つ愛らしさや、緑の自然の根底には荒々しい風土がある事が、画面から伝わってくる。そして、何より、おばあちゃん役のサチ・パーカー(母親はシャーリー・マクレーンで、父親はスティーブ・パーカー)の存在も大きい。本名:サチコ・パーカー(1956年生まれ)は、12歳まで日本で生活した経歴の持ち主だが、見事なまで、かつての日本の年長の女性が持つ奥ゆかしさと、芯の強さを備え持った雰囲気が漂っていて、5人の孫の祖母である私は、ただ自分の存在の軽さを痛感した。

人間には、楽天的で悪気の無い人もいれば、悪人のようだが、心に優しい欠片も持っている人もいるという、社会の縮図がさりげなく描かれ、「自分で何事も決める」ために、色々迷うことを、孫に伝える祖母の力、等々。

帰りにパンフレットを購入して、帰りの電車の中で開いたら、「魔女修行ノート」と書かれたノートが付いていた。表紙を捲ると、「魔女修行基礎トレーニング」と題して次のように書かれていた。

 

1.     早寝早起きをすること

7時に起きて、23時には寝るようにする!

2.     食事を3食しっかりすること

3.     よく運動すること

  掃除、洗濯など家事エクササイズをする!

 

何でも自分で決めて、最後までやりとげること   以上

 

現在の子どもたちの欠けているのは、この3つと、「最後までやりとげること」かもしれない。

多くの人に観てもらいたい映画である。



setsuko2004 at 02:11|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!映画 

2008年07月02日

「老年の価値」

老年の価値

友人のOさんから、本を買ったのだけれど忙しいので、まず私が読んでブログに書いて欲しいと、一冊の本を渡された。「老年の価値」(ヘルマン・ヘッセ著・岡田朝雄訳/朝日新聞社)である。

ヘルマン・ヘッセと聞けば、「車輪の下」などの青春の悩みを書いた小説家と考える人が多いと思うが、この著作は晩年に書かれた詩やエッセー、そして世界各地の愛読者からの手紙への回答などを編集したものである。

この4月で69歳になった私には、どのページを読んでも、「そうよね、そうよね」と頷く内容であったが、その中でも詩に魅かれた。

その一つを紹介すると、

 

「春のことば」

子供はみんな知っている 春が何と言っているかを

生きよ 伸びよ 花咲け 望め 愛せ よろこべ 新しい芽を吹け

献身せよ そして生きることを恐れるな!

老人はみんな知っている 春が何と言っているかを

老人よ埋もれよ

おまえの席を元気な子供たちにゆずれ 献身せよ そして死ぬことを恐れるな!

(220Pより)

 

最近、60歳代の友人たちと話すことがあり、話題になったのは、「いかに老いを受容するか」だった。若さにしがみつき、「健康」という名に振り回されて毎日の生活を送っている高齢者が周囲に多く見られるだけに、「おまえの席を元気な子供たちにゆずれ!」「死ぬことを恐れるな!」というヘッセの言葉は、私の座右の銘にしたいほどである。

ヘッセは、1962年、モーツァルトのピアノソナタをラジオで聴いて床に就き、翌朝夫が寝室に行ってみると、詩人は安らかに永遠の眠りに就いていたという。ヘッセのように死ぬまで、自分の出来る範囲でペンを持ち、ヘッセの詩のように死に対して、「私を連れて行け、私はおまえのものだ」と言いたい。


 



setsuko2004 at 01:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip! | 中高年

2008年06月30日

高齢者の格差

6月26日、東京高裁は、原則70歳以上の生活保護受給者に支給されていた「老齢加算」が2006年から廃止されたことについて憲法25条で保障されている「生存権」の侵害に当たるとして訴えた原告(東京都内に住む73歳〜84歳の12人)に対して、「生存権の侵害には当たらない」として、退ける判決を出した。新聞等で取り上げられたので、多くの人の関心だったと思う。

判決では、「70歳以上の低所得高齢者の消費水準は、60歳代より下回る」という厚労省の調査結果を根拠としたとされている。私も拙著「地震は貧困に襲いかかる」(花伝社)を書いた時、「高齢者の格差」が実に大きい事を、高齢白書などを参考にして指摘した。実は持ち家・貯金・収入(厚生年金など)などに恵まれている豊かな高齢者と、持ち家無し・貯金無し・収入少ない(国民年金など)、つまり生活保障水準の貧しい高齢者との格差は、他の年齢層に比べて大きいのである。だから、阪神・淡路大震災の被害者に高齢者の占める割合が高かったのである。どんな家や場所に住むかは、まさに経済的などの格差に直結しているからである。

今、高齢社会の中で、最近の「後期高齢者」の医療保険に代表されるように、言ってみれば政府(国)は、高齢者は生産性も無いのだから、早く死んで欲しい!と言うのが、本音のところであろう。この現実を、どう考えるか。日本の高齢者の自殺率は世界的に高い位置にある。それは、「貧困」だけでなく、「生きがい」や「生活の安定」が揺らいでいるからだろう。生活物資の値上げが始まった今日、高齢者や母子家庭への直撃を政治家たちはどのように考えているのだろうか。



setsuko2004 at 01:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!高齢者問題 

2008年06月28日

「つるーサダコの願い」

つる―サダコの願い (世界子ども平和図書館)

5人いる孫の中で一番小さい夏希が、この春に保育園を卒業して小学校へ入学する時に、珍しく私に「読みたい本がある」と言うので、2人で図書館へ行った。

どういう本が読みたいのと聞くと、原爆と鶴のお話だと言う。びっくりした私が詳しく聞くと、保育園の先生から、原爆で死んだ女の子の為に千羽鶴を折ったという話を聞いたからだと。そこで、図書館から借り出したのが、「つるーサダコの願い」(文:エリナー・コア、絵:エド・ヤング、訳:こだまともこ/日本図書センター)と、「飛べ!千羽づる」(手島悠介著/講談社)だった。何度も読んで、返却したが、7月には7歳になる夏希の為に、私が本屋さんに頼んで、取り寄せたのは、前者の「つるーサダコの願い」である。誕生日プレゼントとして渡したいと考えている。

広島に原爆が落ちて60年以上。原爆も風化していると言われる現在、保育園の一人の先生が蒔いた種が幼い子どもの心に根付いた事を本当に嬉しく思う。私も、原爆(戦争)から子どもを守るという思いから生まれたと言われている「子どもを守る会」の横浜の事務局長をしていた(1970年代)のに、つい孫たちに「原爆と子ども」の事を伝承してこなかったのではないかと反省させられた。

私は、5人の孫たちへの誕生日や入学・卒業などのプレゼントは「本」と決めていて実行しているが、最近は孫たちが大きくなるにつけ図書カードを渡して「好きな本を!」と済ませてきたので、久しぶりに孫への本のプレゼントが出来て嬉しい!

この本は1977年にアメリカで出版され、多くの国で読まれているが、核の持つ悲惨さが世界中に伝わって行って欲しいと心より思う。


 



setsuko2004 at 01:53|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip! | 反戦

2008年06月27日

戸塚パト2008〜知らぬ間に養子縁組〜

今日、私はホームレスのAさんの保証人になった。

Aさんの「働きたい!」という熱い希望を叶えるべく、まず住民票を取ったところまでは、そのいきさつについては6月21日・24日のブログで書いたが、仕事探しは難航した。住民票を持ってハローワークへ登録し、紹介された会社へ出向いて面接しても、彼の経歴ではなかなか仕事が見つからない。そこで、私の友人の元参議院議員の斉藤つよしさんに相談したところ、「うーん、難しいなあ」と言われたが、結局ホームレスの自立支援をうたっている横浜市の資源リサイクルセンターを紹介してもらって、夕方から夜間に掛けて4時間のゴミの分別作業をする工場に仕事が決まった。時給1350円・交通費別という好条件。「嬉しい!お願いします」と。

こうなると、彼の住むところの確保も必要になり、区役所の福祉保健センター・サービス課にAさんを連れて飛び込んだ。事情を話して、強引に頼み込み、簡易宿泊所を紹介してもらった。次の日には、給料日までの交通費と生活費を出してもらうよう、お願いした。戸塚駅周辺のホームレス支援のグループ「戸塚パト」では、金銭的にも支援が必要だと、当面のお金を立て替えたが、行政の福祉サービスを「給料日まで」という条件でだが受けられたのは、本当にラッキー!だった。

Aさんは23日から毎日、仕事に出掛け、真っ黒に日焼けしていた顔も少しずつ白くなり、何よりいつも俯いて歩いていたのが少しずつ前を見て歩けるようになった。私もご近所の方たちに声を掛け、古着などを提供してもらって、彼の自立生活への出発が歩き始めた。また彼に仕事を提供していただいたリサイクルセンターの室長や工場長など多くの方たちのご尽力には、本当に心からお礼を言いたい。

私は、この1か月近く、Aさんと同行して、今月に至るまで、家を持てない野宿者が、きちんとした仕事に就き自立していく事の困難さをしみじみ感じた。今まで自立支援施設へ繋げることまでは戸塚パトで10年近くやってきたが、Aさんのような自立支援は初めての試みである。彼の年齢はまだ55歳。ともかく、働いて自分の足で生活して行って欲しいと強く願って、私も初めて、ホームレスの保証人として署名したのである。

 



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2008年06月24日

戸塚パト2008〜知らぬ間に養子縁組〜

B氏と養子縁組をされていたAさんの戸籍探しが始まった。ところが、困ったことにAさん本人を証明するものがないのである。彼を救ったのは、唯一所持していたS市での勤め先の社員証だった。私も同伴して、役所の窓口で私個人の名刺も出し、お願いした。ところが、やっとB氏との養子縁組をされている戸籍謄本を取ると、今度は茅ヶ崎市に住むC氏とも養子縁組がされていて、B氏の戸籍から除籍されていた。そして、C氏から東京都大田区のD氏とも養子縁組がされていて、その次には小田原のE氏とも養子縁組が。結局、Aさんの姓は、E姓となっていたのである。

ともかく、AさんはEの姓のまま、戸塚区で住民登録をした。そして、家庭裁判所でB氏・C氏・D氏・E氏との「養子縁組無効」の調停を起したのである。だが、C氏とE氏は既に死亡。D氏は住民票記載のところに住んでいない事が判り、この調停はB氏のみと行うことになっている。多分、B氏は公文書偽造罪に問われるので調停に出て来ないと思う。そこで、次に家庭裁判所で人事訴訟として、養子縁組無効の裁判を4人に対して起すことになる。その結果、4氏との養子縁組が無効となれば、晴れてAさんはAの姓に戻ることが出来る。

各々の戸籍謄本を取って、驚いた事は、東京のD氏はAさんを含めて18人の男性と養子縁組をしているのである。またB氏もC氏もE氏も各々にD氏とも養子縁組をしている。一体、これはどういうことになっているのか。多分、平成16年(2004年)くらいから、ホームレスなどの戸籍を使って偽装結婚や連帯保証人などに悪用している事件と無関係ではないだろう。また、最近、大きな社会問題になっている「振込め詐欺」にも利用されている事も考えられる。この様な事を連想すると、つい私はルポライターの血がドクドクして来る。困った性分である。

Aさんはその後、多くの人たちに支えられて、仕事を見つける事が出来、自立への道を歩み始めた。(詳しくは、またこのブログで書きたい。)

ともかく、あなたも知らぬ間に養子縁組がされていないか、ご用心!ご用心!である。



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2008年06月21日

戸塚パト2008〜知らぬ間に養子縁組〜

JR戸塚駅周辺の野宿者(ホームレス)の方たちを月に2回(第2・第4木曜日の夜)訪れて「こんばんは!お元気ですか」のチラシを持って回っているグループ「戸塚パト」に参加している私は、4月末から思わぬ体験をした。

200回を越える「戸塚パト」の活動は、困っている事へのサポートが主なので、寒くなれば毛布や使い捨てカイロ・風邪薬など、また年2回プレゼントと称して下着セットを渡したりしている。病気などで病院へつなぐ事もある。そして自立支援施設への入所の希望があれば、紹介したりもしている。

50代の男性野宿者からは「仕事があれば、仕事をしたい!」という要望が多いが、なかなか自立出来るまでの仕事を斡旋するまでに至っていない。そんな中で、50代半ばのAさんがハローワークに登録したいので、住民票を取るかに移したいという申し出が有り、あるキリスト教会の住所へ住民票を移す事になった。早速、前の住民票所在地のS市へ住民票の転出願いを送ったところ、Aさんの住民票は「職権消去」で消失していた。「職権消去」とは、住民基本台帳法という法律で、住民票の登録住所に移住していない場合は、役所は職権で消去していいというものである。私が横浜市の区役所へ「職権消去」について問い合わせたところ、約1年間に渡って役所からのお知らせなどが返送されてきた場合、原則として登録住所に居住していない事を訪問して確認し、その後、2週間、役所の前の掲示板に張り紙をして、申し出がなかった場合に付き住民票を「職権消去」しているという回答だった。Aさんの場合、前住所の居住していたのは3年前までなので、住民票が職権消去されたのだろう。住民票を新たに復活させるのは、やはり住民基本台帳法に基づいて、本人の戸籍謄本と戸籍符票を取り、それによって新しい住民票が生まれる。そこで、Aさんが戸籍謄本等を取り寄せたところ、平成17年2月に、本人の知らぬ間に、横浜市内のB氏と養子縁組され、戸籍上からは「除籍」となっていたのである。

えっ、嘘?

Aさんは、平成17年1月頃から野宿者となり、その直後に屋外で就寝中、保険証などの身分を証明するもの一式を盗まれたというのである。多分、それが悪用され、本人が知らぬ間にB氏と養子縁組がされていたという事なのだろう。△愨海。



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2008年06月18日

貧困と貧乏

最近、友人たちと話しをしていて「貧困」と「貧乏」を混同している人が多いことに気が付く。「地震は貧困に襲いかかる」(花伝社)を書いたからか、新聞などのマスコミで「貧困」という言葉を使い始めたからか判らないが、お金が無い事を「貧困」と捉えている人が多いように思う。「貧乏」とは、まさにお金が無い事で、その反対は「金持ち」である。「貧困」とは、人生を生きていく上で知識や情報から遮断されていたり(教育の機会が与えられていない)、困った時に助けてくれる人がいなかったり、自分自身がどう生きていったらいいのか判らない(自分自身を喪失している)などを指す言葉である。

私のところには、「裁判所から調停や裁判の呼び出し状が来ているが、どう対応したらいいのか」という相談が舞い込む。NPO法人「あんしんネット」をやっている関係もあるがそれだけでない。行政がやっている法律相談へ行ったり、弁護士会などが開いている相談窓口へも行くのだが、どうも専門用語が多くて判らないという事が多い。

かつての地域共同体が健在の頃は、何か困った時は、誰それさんのところへ行って相談すれば、その問題の解決の糸口が見えて安心したものだが、人と人との関係が希薄になった現在、どこへ相談を掛けていいのか判らなくて社会からドロップアウトしてしまう人が少なくない。私が育った頃(1940年〜1960年代)、家庭裁判所の調停委員をしていた祖母や市会議員などをしていた父親の許へ、相談に来る人が多く、私はその傍らで話を聞いて育った。

阪神・淡路大震災の折、大きな企業などに所属していた人は例外として、避難所から安住の場へ早期に出られた人たちは、多くの人間関係を持っていた人たちだった事を知って、そんなにお金を持っていても、そのお金を使う手段や情報が得られない人たちは避難所から長く出られなかったことでの「地震は貧困に襲いかかる」だったのである。ホームレスと呼ばれる野宿者の人たちが、いかに「貧困」なのかを知るにつけ、「貧困」を許している今の政治について怒りを覚える。



setsuko2004 at 23:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!貧困 

2008年06月14日

「リーディングス 戦後日本の格差と不平等」

リーディングス戦後日本の格差と不平等 2 (2)
リーディングス戦後日本の格差と不平等 3 (3)

「格差」という言葉が目に入ってくると、思わずそちらの方へ関心が行ってしまう私は、図書館(神奈川県立図書館)で、手に取ってしまったのが「リーディングス 戦後日本の格差と不平等 全3巻」(日本図書センター)の第2巻「広がる中流意識 1971〜1985」(原純輔 編著)と、第3巻「ゆれる平等神話 1986〜2000」(白波瀬佐知子 編著)である。

この本は、各々の年代のテーマ毎に学術論文を編さんしたものである。第2巻の「広がる中流意識」には、もう亡くなられたが何度もお会いした横浜国大教授の岸本重陳氏のベストセラーになった「『中流』の幻想」からも「『世間並み』は中流か」という「中流論争が」が収録されており、懐かしかった。日本の高度経済成長が行き着くところまで行った時代の「中流」意識は、その後の第3巻「ゆれる平等神話」で、まさに「中流幻想」であったことが証明される。

私が育った1960年代(中学・高校時代)、父親から我が家(地方の歯科開業医)は、国の規準では「中ノ上」だと聞かされた事が思い出された。その時、「上」の階級は?と聞いた私に「働かなくても食べていける階層」だと父親が答えたことも。この3部作の21世紀編が出れば、多分「格差と貧困」のテーマになるのだろう。「格差」については、様々な視点からもっと論じられる必要がある。「富」だけでなく、「生活文化」や「社会文化」までも。常に様々な現実をルポして活字化している私にとっては興味深い論文集だった。


 



2008年06月11日

「星に降る雪/修道院」

星に降る雪,修道院

新聞の書評で思わず本屋に注文し、読んだ「星に降る雪/修道院」(池澤夏樹著/角川書店)は、久しぶりに人間の「原罪」について考えさせられる小説だった。二編とも、親友とも云える人間を主人公が亡くす。その為に一編では山奥の観測施設(岐阜県・ニュートリノ観測)に篭って働き、また、もう一編ではギリシャのクレタにある崩壊した修道院の修復に励む。日本とヨーロッパという場所は違っても、追い求めるものは共通しているように私には思えた。人間は、直接的に人を殺さなくても無意識のうちに他の人を殺す(精神的にも)という生き方をせざるを得ない。それが、キリスト教であれば「原罪」であり、仏教であれば「罪」なのであろう。その原罪を人は心の中に抱いて生きざるを得ない。文学は、この原罪を追求する道具なのだろう。でも、キリスト教の原罪が、神に祈り、修道院を修復することで少しでも神に近づく(原罪を少なくする)反面、仏教では「罪」を自分の心の中に抱きかかえる筝で罪の大きさを小さくするように私には思える。「抱きかかえる」ことと、行動や祈りで「少なくする」ことの差異は、多分に欧米とアジアの人の思想の違いから来ているのだろう。それは、また「祈り」と、「念ずる」の違いでもあるのだろうと私は考える。


 



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2008年06月06日

「ラブホテル進化論」

ラブホテル進化論 (文春新書 620)

題名に魅かれて買い求め、一気に読んでしまったのが、この本。「ラブホテル進化論」(金益見著/文藝春秋)。本の帯には「現役女子大学院生による本格研究『ラブホテルは堂々たる日本の文化!』」とあり、作者の写真も。私も「AV産業」(新評論)を書く折に取材で、アダルトビデオが実は1970年代にラブホテルのグッズとして登場し、その後ビデオデッキを売る為に電機メーカーが競って投資したのがAV産業の隆盛に繋がったという事を知った時に、ラブホテルについて興味を持っただけに、この本で戦後の「連れ込み宿」の繁盛は住宅難が背景にあるという出発点から、現在に至るまでの、まさにラブホテルの“進化論”は面白かった。

そして、現在、ラブホテルは二極化し、男女が共に楽しむフリーホテル化と、ホテトルなどの風俗ホテル化に分かれつつあるというのも、確かだろうと思った。何により、アンケートの母体数は少ないが、ラブホテル代をどちらが持つか(支払うか)という点で、「折半」という回答も(男性に払ってもらうと、自分を売っているようで嫌だという若い女性の意識)、私には、時代の流れを感じさせた。「非日常空間」として存在するラブホテル。また高齢社会の中でラブホテルのグッズの入れ歯の安定剤や洗浄剤が好評という事実には笑いながら納得した。

今後、どのようにラブホテルが進化していくのか。日本文化のひとつとして存在するラブホテルに期待したい。


 



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2008年06月03日

安田邸での音楽会

この日曜日(6月1日)、いつも音楽会などに誘って下さる武原渓氏から東京都の名勝になっている文京区千駄木に建つ旧安田楠雄邸で開かれた「安田邸で日本美をきく“筝と尺八の調べ”」へ出掛けた。

地下鉄の千駄木駅から歩いて10分足らずの住宅街の中に旧安田邸は新緑に囲まれるように建っていた。安田邸は、1918年(大正7年)に「豊島園(としまえん)」の創始者である実業家・藤田好三郎氏によって建てられたもので、その後の1923年に旧安田財閥の創始者の女婿である安田善四郎に買い取られ、関東大震災にもびくともせず、東京大空襲でも被害に合わず、カーテンも含めて建築当時と変わらず、代々の所有者によって守り住まれていた。その後、平成8年に建物と庭園が財団法人日本ナショナルトラストに寄贈されたものである。安田邸の周囲は、かつてサトウハチロー邸や夏目漱石邸などが残っていた地域だが、現在は相続税の為かマンションや新しい建物に変容している。

音楽会の出演は筝・三味線を久保輝子さんや西谷しのぶさんなどで、尺八は若手の川村葵山氏。曲目は、おなじみの宮城道雄作曲の「春の海」や、吉沢検校作の「夏の曲」。そして現代曲の「絲遊」と「木もれび」。とくに柳井調風作曲の「絲遊」(かげろうの意)は、エーゲ海を思わせる光と波と風の世界の中に聞く人を招き寄せる繊細な曲で、安田邸の二階の広間にさあーっと吹いてくる初夏の風と合わせ持って、素晴らしかった。司会は武原渓氏。

安田邸は、水曜日(予約のみ)と土曜日に一般公開されている。桜の頃や紅葉の頃に、また訪ねたいと思いながら帰途に着いた。



setsuko2004 at 23:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!音楽 

2008年06月02日

関西での同期会・クラス会

先週(5月25日〜30日)、私は関西へ。25・26日と高校の同期会で京都へ。また、29・30日と大学のクラス会で滋賀の琵琶湖辺りへ。その間の27・28日と大阪で取材という1週間だった。

大垣駅を25日の早朝、バスで出発した同期会は一路、宇治の平等院へ。新しく出来た鳳翔館を見学して伏見稲荷大社へ参拝して、その夜は湯の花温泉泊。翌朝は保津川を横に見てトロッコ列車で嵯峨野へ。北野天満宮を参拝して、京都の清水寺へ。京都は、新緑の美しい季節だったが、観光地はどこも修学旅行生でいっぱい。今回の参加者は38名中、3分の2が男性で、その内のK君が定年後、陶芸を始めたのでということで、参加者一人ずつに手製の抹茶茶碗を桐の箱に入れてプレゼント。今回の記念の品となった。

29日に京都駅集合のクラス会は、比叡山末寺の滋賀院門跡や西教寺などを散策。滋賀院門跡の慈眼堂の境内には、徳川家康などと共に紫式部や和泉式部などの供養塔もあって、新緑の若葉と苔に映えて、心洗われたひとときだった。さすが、この辺りまでは修学旅行生の姿は見えず、静寂そのものだった。案内して下さった僧侶の方から「最近は、猿が本堂にまで入り込んでイタズラをして困る」ということだった。

翌30日は、佐川急便が設立した佐川美術館へ。平山郁夫や佐藤忠良、小磯良平の作品をゆっくり見学出来たが、グループで来ているオバタリアンの話し声のうるさい事。思わず「静かに!」と言ってしまったが、同年齢の女性たちだけに、考えさせられてしまった。

今回、60代後半の同窓生に会って思ったことは、それまでの人生の歩き方が、まさにその人の人格に出ているのだなと言うことだった。

久しぶりに、のんびりした1週間だった。



setsuko2004 at 00:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!友人・知人 

2008年05月23日

「女子の古本屋」

女子の古本屋

道を歩いていて、見つけるとどうしても入りたくなるのが、リサイクル・ショップの本屋さん(古本屋)である。本屋で見つけて買ったのも、この題名に魅かれての事。

その本とは、「女子の古本屋」(岡崎武志著/筑摩書房)である。全国13人の女性が店主の「古本屋」を訪ね歩いて、彼女たちが「何故、古本屋を?」と、インタビューした本である。著者は、古本関係の本を何冊も出している男性である。確かに、古本屋の主人(店主)と言えば、今まで男性のイメージだった。私もそんな風に思っていたので、全国色んな場所で、各々の本への思いを「古本屋」という形で世の中に問いかけている女性がいる事に、驚くというより、ひょっとして、古本屋って女性に向いているのではないかとさえ、この本を読んで考えた程である。「古本屋」という商売が採算ベースに乗るかとか、古本屋のこれまでのイメージに合っているのかとか、考えないで自分の人生の中で培った感性で店のスタイル(本の並べ方とか)を決めていく、彼女たち。うーん!私の本棚も、私の興味で資料の一つとして集めた本ばかりで、流行の本などは、誰かに借りればいいからと、さっさと処分してしまう私。この私の本棚の本もいつか私の趣向に合う人にこのまま譲りたい(売りたい?)と思ってしまった。

本の大好きな人間に、ぜひ、この本を読んでもらいたい!!

 



setsuko2004 at 01:09|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!

2008年05月07日

後期高齢者医療制度

75歳以上の後期高齢者医療制度についての高齢者の怒りは、新聞の短歌の投句にも見られる。4月28日付の朝日歌壇(朝日新聞)にも、次のような歌が出ている。

 

高齢者切りはなされて姥捨ての

月見るごとく寒し4月は

 

三鷹市 増田テルヨ

 

この4月から施行されたこの制度は、小泉政権時代に国会で強行採決という型で作られた。当時は、小泉首相の郵政民営化賛成か反対か、YESかNOかという言葉に、国民は酔っていた時に、作られたものである。アメリカの“小さな政府”路線に倣って医療も教育も福祉も民営化政策を突っ走ったのが、小泉路線だったのである。多くの国民は「郵政民営化」だけに目を向けて、イエス!イエス!した結果が、現在の後期高齢者を切り捨てる医療制度を生み出したのである。与党側は、あの時(作る時)、国民は誰も反対の意見を言わなかったじゃないかという顔色でアタフタしているが、はっきり「75歳以上は、もう死んで欲しい!」と言った方が国民も納得する。

小泉政権が発足したのは2001年4月だが、それ以降、テレビなどで民間の医療保険やガン保険の宣伝がお茶の間に大声で登場したのを覚えている方も多いだろう。政府は、それ以後、毎年、社会保障関係費用を2200億円削減し、2006年には2011年度までに社会保障分野で1兆7000億円を削減すると決めたのである。その中の一つが後期高齢者医療制度である。

もう、この国は、75歳以上の高齢者や、65歳以上の障害者はいらないので、早くあの世に移って欲しいというのが、現在の政府のやり方である。

私たち(私も前期高齢者だが)は、何故、この制度が出てきたのかを良く知って、政治を官僚や自分の懐さえ膨らめば良しとしている政治家に任せておくのは、もう止めたい!

姥捨て復活日本!あなたはどう考えますか。

setsuko2004 at 01:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!高齢者問題 

2008年05月06日

「コール・ガール」

この連休に読んだ本の中の一冊に「THE CALL GIRL コール・ガール」(H・グリーンウオルド著・中田耕治訳/荒地出版社)がある。この本を図書館へ行って借り出してまで読みたいと思ったのは、兼松佐知子著の「閉じられた履歴書」の中に、この本が紹介されていたからである。

著書は、アメリカの精神分析医で、1950年代にアメリカのコールガールと呼ばれる高級売春婦たちに寄り添い、彼女たちの実際の姿を描き出したのが、この本である。(1959年発行)

自立していると言われているコールガール(アメリカでは、電話帳にコールガールの項がる)が、今の言葉で言えば「セックス・ワーカー」という言葉が相応しいと思うが、その実態は恋人(ヒモ)と呼ばれる男性の支え(?)を必要とし、自分のアイデンティティを保っている現実。そして、「娼婦になることは、実はゆっくりとした自己破壊の形式である」と著書に言わせている。娼婦になる背景は、金銭的貧しさだけでなく、また、学歴とも家庭環境とも関係なく、それまでの生育歴の中での飢餓(精神的貧因)から来ているように、私にはこの本を読んで思った。だからこそ、誰かが心から彼女たちを支えてくれる機会さえ持てば彼女たちは売春の道から他の道へ進路を取ることが出来ると。損得なく、彼女たちを心から愛してくれるという体験を持つ事が、人間の成長過程には必要なのだろう。

この本の著者は、実に率直に語っている。「家庭に愛と情愛の絆によって結ばれている娘は決してコールガールにはならない」と。コールガールだけでなく、ヒモと呼ばれる男性も、通称「ジョン」と呼ばれる売春男も、実はコールガールと共通する心を持っている事を指摘している。色々教えられた本の中味だった。



setsuko2004 at 01:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip! 

2008年05月05日

「ジェイン・オースティンの読書会」

ジェイン・オースティンの読書会

この連休は、読書と溜まった新聞などの整理と、和服や日頃なかなか出来ない洋服のリフォーム等々で日を送った。映画も一本だけど観に行った。

映画は、アメリカ映画の「ジェイン・オースティンの読書会」(監督・脚本ロビン・スウィコード)。主演はキャシー・ベイカー、マリア・ベロ、エイミー・ブラント等。

読書会と聞くと、日本ではちょっとインテリっぽい会話を交わす雰囲気を想像するが、この映画は、愛犬を亡くした女友達を慰めようというのがきっかけで生まれた読書会で、男女6人のそれぞれの人生模様が描き出される。最初のシーンから、私の予想を裏切ったパワーあるテンポで始まったのには、正直驚いてしまった。だが、物語が進む中で、一人一人が自分の人生を見つめ直し、再出発していくストーリーに、いつの間にか私もその波の中に乗って行って心地良かった。また、それ以上に、ジェイン・オースティンの6冊の本の主人公たちを自分のものにして、生き生きと語る読書会のメンバーの様子には魅せられた。

私も今までいくつかの読書会に参加してきたが、批評家的な発言をすることが多かったような気がする。小説の中の登場人物と自分を重ね合わせて語る、この映画のような雰囲気の読書会があれば参加したいし、もし、新しく読書会をつくるとしたら、こんな雰囲気の会にしたいなと思った。



setsuko2004 at 23:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!映画 
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