2006年09月

2006年09月30日

子どもが喜んだ授業

私は普段から授業のときにパソコンとプロジェクターを良く使う。デジカメも使う。
別に使うから偉いとか、わかりやすいということではないと思うけれど、それなりに子どもが興味を持って授業を聞いてくれていると思っている。

それでも、普段の授業で積極的に挙手(手を上げること)する子どもは半分ぐらい。残りの半分(つまり全体の1/4)は時々手を挙げるが、残りの10名前後はほとんど手が挙がらない。もちろん、答えがわからないから手を挙げないという子どももいるが、性格的に人前で話をするのが苦手だから手を挙げないという子どもも存在する。

さて、最近そんな普段ならまず手を挙げない子どもが手を挙げたという時間があった。それは算数の時間。面積の学習です。
断っておきますが、これは私の力じゃありません。使った道具が良かったんです。
何を使ったかというと…。

横山験也さんが作っている「元気になっちゃう!算数」の「面積」のソフト。

何が良いって、子どもの遊び心をくすぐるのだ。
ヒントを出すときの「イヨ〜〜ッ!」という掛け声。
別に普通に音を鳴らすだけでも良いのだけれど、この掛け声一つで子どものやる気と興味がぐんぐん高まる。スモールステップだから答えがわかりやすいというのもあるし、ゲームみたいな雰囲気があるから、「間違っても平気」みたいな雰囲気が子どもたちをその気にさせたのではないかと思っている。

他にも小数とか、いろいろとソフトがあるけれど、どれも遊び心が満載で楽しい。
パソコンを使うことは大切なことではないと思うけれど、「面白い」と勉強に興味を持たすことができるなら、こういうソフトを知っていて使うということは大切なことかもしれない。

「自分の力(指導力)で勉強に興味を持たせられたのか?」と言われると返事に困るけれど、他人の力でも良いのでは?と少し開き直っています。

このブログを読んでいる人の中には教員もいると思います。知らなかったら、一度使ってみてください。ただのソフトなのに、これだけで教室が横山ワールドになりますよ。

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つれづれ日記 

2006年09月28日

ある人の死

今日はちょっとしたつながりのある人の話です。教育とはあまり関係ないかも。

その人は少し前に胃がんの手術をしました。しばらくしてげっそり痩せていたのが、その後の経過も良く、少しずつ体力も戻り、体重も増えてきて元気になってきたなあと思った矢先に訃報が…。

死因は事故による突然死。
人は死ぬときには実にあっけなく死んでしまう。どんなに健康であっても突然何らかの事故に巻き込まれて本人の意思とは関係なく死の場面に直面してしまう。
その話を聞いた後、車を運転しながらふと「信号無視の車が今運転席に向かってぶつかってきたら…」って考えると怖くなった。

十分生きたと言えるほど、人間ができていない。
十分生きたと言えるほど、全力を出し切っていない。
十分生きたと言えるほど、やりたいことをやってない。

人はきっといくつになっても満ち足りないものだろう。
どれだけものを持っても満足しないように。
それだけお金を持っても満足しないように。

ブログに書きたいこともまだあるけれど、なかなか考えがまとまらなくて記事にできないことが一杯。突然死を迎えたらそれもかけない。

生きている証としてブログを書いているとある芸能人が言っていたけれど、人はきっと生きていた証拠を残したいのだろう。
明日、突然ブログの更新ができなくなってもそれは仕方ない。

命ある限り、自分にできることをして、自分の生きた証を少しでも残したい。
きっとそんな気持ちが私の底にあるのだろう。

子どもも、自分の力が本当はどこまで伸びるのか知りたいに違いない。
本当の自分を知りたくて学ぶのではないだろうか。

やっぱり、私は死を受け入れるほど人間ができていないようです。

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つれづれ日記 

2006年09月27日

よそ様の運動会

よそ様の学校の運動会を見に行きました。
まぁ、ちょっと噂を聞いたものでね。実際どうなんだろうって思って。

学校に近づくと…というか、車で行ったら近づけませんでした。道路の両側にビシッと縦列駐車!(嘘です。ホントはあっちこっちにてんでばらばらに駐車してあったので通れ無かったのです)
学校の敷地内禁煙なのですが、運動場に並ぶビーチパラソル。朝からビールと煙のにおい。「遊具を使わないでください」と書かれた紙が破られ、固定してあったロープが切られている。傍らで孫にその遊具を使わせている祖父や祖母。
演技中のフィールド内を走り回る幼児(多分、幼稚園か保育園の子ども)
演技の途中に毎回入る「車の移動をお願いします」の放送。
同じ車じゃなくて、毎回違う車が何台も何台も放送されている。
道路が通れない。駐車場から車が出られない。
そういう苦情が想像される。

確かに年に一度の運動会。大人も楽しみにしていたのかな?
そうそう、その学校の人に聞いたら2日前から場所取り合戦が始まっていたらしい。それも一人で30畳近いビニルシートをひいたり、どこから持ってきたのか大量のトラサクで囲んだり…。盛り上がっていたようです。

そうそう、バーベキューセットもいくつか見ました。ビール飲んでバーベキューして時々子どもの応援して…。
うーん。これが運動会の最先端かな?と思いながら。

もっとも、近くに車を止めておくと悪戯されるよ。と忠告されたので、早々に退散しましたけれど。
まぁ、噂になるってことはこんな運動会は「めったに見られない」ということかな。

うーん。うちの運動会はどんな雰囲気になるんだろう。未だに運動会の時に何をどこに準備するのかという図が配られていません。うちもやっぱり敷地内に「バーベキューゾーン」とかできるのかなぁ?
一抹の不安を感じているのが、後で笑い話になればいいのですけれど。

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2006年09月25日

血液型

マスコミとの付き合い方を書いたついでに…

少し前に「究極の血液型心理検査」というのが話題になった。
これは1日平均1万人から2万人が訪れた人気サイト。
判定後のアンケートボタンで「当たっている」と回答した人は常時8割から9割にのぼったというから、その人気ぶりと信頼性の高さを誰もが感じていたようだ。

しかし、実はこれ血液型とは何の関係もなかったということが後日暴露された。
つまり、「あなたは…ですよ」という部分は血液型ではなくて、いくつかのパターンの中から「ランダム」に表示していたと言うのだ。

血液型占いというのがあるけれど、これを信じている人はこの報道をどう受け止めたのだろうか?
テレビで時々「血液型による違い」を放送している。ある程度の人気があり、視聴率も稼げる番組コンテンツらしい。ただ、『真実なのか?』と言われると…という話は理系の人の間ではよく言われていた。『トンでも科学』という言われ方もしていますし、批判する文章にもよく出会います。

けれども、「血液型で性格は決まるかもしれない」と思っている人や「血液型で性格はほぼ決まる」と思っている人は少なくありません。
この例を見ても、真実と主観を区別することって難しいです。
「だって、おもしろければいいじゃん!」そう言ってあっさりと考えることを止めてしまう風潮が怖いです。

情報が多くなるだけに、きちんと受け止める力が必要ですよね。

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2006年09月24日

マスコミとの付き合い方

新聞・テレビ・ラジオなどマスコミと呼ばれるメディアについて今日は考えたいと思う。これらの影響を受けているのは、日本のほとんどだと思う。
例えば、討論番組で「○○は、不正を行っているとんでもない奴だ」という発言があれば、良く知らない人までも「○○は、不正を行っているとんでもない奴だ」と他の人に言ったりする。
自分が前からそう思っていたなら良いのだけれど、安易に『他人の意見を自分の意見』と勘違いしてしまう傾向があるのではないかと思っている。
だから、新聞の報道は細かい言葉のニュアンスにまで気を使っているのだと思う。

ただ、生放送などになるとどうしてもそのあたりのチェックが難しくなる。時代が「早く」を求めているだけに、テレビの報道でもどうしてもチェックが甘くなり、報道の言葉に引っ張られやすくなっている気がする。

「ちょっとまてよ」実はこの言葉こそ、報道に隠された裏の状態を推し量るキーワードなのだ。「あの人はこういうけれど、ちょっとまてよ、それは事実を適切に捉えているのか?」こう考えることが、マスコミと付き合う上でとても大切なのではないか。安易に「あの人が言うのだから…」と思考停止していないだろうか。

誰もが「早く、簡単に」知ろうとしている。他人の頭で考えることを素直に受け止めすぎていないだろうか。教育の場では向山洋一氏が「原典にあたること」をよく強調していた。それは、教師が自分で考えること、判断すること、鵜呑みにする怖さを示していたと思う。

世の中に様々な情報があふれ、一つ一つを丹念に調べていくには、誰も時間が足りないのだ。だから「権威ある人」の発言が大きな意味を持っているのではないだろうか。

けれども、マスコミ報道には注意する点がある。『センセーショナルでなければ、注目を浴びにくい』という点だ。中庸ではインパクトが弱いから極端な話がウケるのだ。「過去最大」「史上最悪」どれもインパクトがある。
でも、実際にはどうなのだろう。

言葉で言うのは簡単だけれど、マスコミとうまく付き合うのは難しい。他人の意見に安易に同意していないだろうかと考えると、テレビのテンポはあまりにも速く、その余裕が無い。

今後、生活のテンポが遅くなることはないだろう。ならば、どうやってこの情報の洪水の中を生きていく人間を育てればよいのだろう。メディアリテラシーという言葉があるけれど、今、この中核は「事実と主観」を見極めることではないだろうか。

難しいけれど、『難しいことから逃げないで、考える粘り強さを育てる』必要があると思っている。国語教育が現在『表現すること』に重きを置かれているが、『情報を受け取ること』の方が、頻度が高く、重要視すべきではないかと思っている。
真実を知るためには、正しく考えるためには、主観と事実を区別して受け止める力こそ大切なのではないだろうか。

国語教育の大切さは、日々の生活に密着していることを忘れてはいけないと思う。
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2006年09月23日

漢字テスト

久しぶりに学級で起こった話。
ある子(仮名)は、学習が苦手だった。計算も漢字もどれも芳しい成績ではなかった。計算で言えば、繰り下がりの引き算になると途端に元気が無くなり、固まってしまう子だった。漢字のミニテストを行えば、10問のうち2,3問できるかどうかという状態だった。音読も同じ。少し難しい漢字が入るとつまってしまって読めなかった。もちろん意味を取り違えることも多くて、テストでは平均点どころか、半分できるかどうかという具合だった。

夏休み前の懇談会で、母親にあることをお願いした。それはパズル遊び。図形認識力が弱いと見ていた私は、それを補うためにそういった遊びを家庭生活の中で取り入れてもらうように頼んだのだ。
実際に学校でパズルをさせたときも、他の子に比べ時間がかかった。良く見ていると、絵柄に関係なく闇雲にピースが入るかどうかを試行錯誤していた。
図形を意識する力が弱いと感じたので、パズルを薦めてみたのだ。これは、ハッキリとした考えがあったというわけではなく、どちらかというと「ひょっとしたらうまくいかないかなぁ?」ぐらいの提案だった。

2学期ある子の成績が見事に変身していた。特筆すべきは漢字のミニテスト。
学期初めは8点、7点という点数だったが、徐々に自信を持ってきたのか満点を連続して取れるようになってきた。宿題だってほとんど毎日提出している。

同じようにパズルを薦めた子にいる子(仮名)がいる。この子は整理整頓が苦手で、良くものを無くしていた。学習も計算はある程度できたものの、漢字は4点ぐらいしか取れていなかった。パズルをやらせたときの反応はある子と良く似ていた。

このいる子も2学期になって漢字のミニテストでは9点・10点を取っている。宿題もたまに忘れることがあったが、その数は1学期に比べれば極度に減っている。

パズル遊びが成績を劇的に変えたという結論になるとは思わない。母親と子どものコミュニケーションや母親の協力(いる子の場合は祖母の協力が大きいと思われる)がこの力の源泉になっていると思う。

早速、ある子といる子の家庭に電話連絡しました。「最近、良くがんばっているので、漢字テストでも良い点を取っています。ご家庭でも誉めてあげてくれませんか?」というお願いをするためです。

たかが漢字テストの結果だけですけれど、こういう電話をするのはとても楽しいひと時です。こんなことがたくさんあると良いな。と思っています。

追伸…昨日の記事にたくさんのコメントありがとうございました。
今日はちょっと疲れていたので、記事を書くのはどうしようと思いましたけれど、いただいたコメントが私に力をくれました。ありがとうございました。
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つれづれ日記 

2006年09月22日

校内暴力を考える(横道編)

校内暴力を考えるで、大人と子どもの距離のことを書いた。
そのコメントに対する返事を書きながら、ふと気づいたことを今日は記事にしようと思っています。いわば『脇道』です。

さて、大人と子どもの違いってなんでしょう。
昔ならいろいろと答えられました。
「大人は夜遅くまで起きていても良い」
「わさびの入ったお寿司を食べてもいい」
「日没後に外出しても良い」
「お酒を飲んでもいい」
「おしゃれ(化粧)をしてもいい」
など、たくさんありました。

さて、現在の子どもはどうでしょう。
夜遅くまで起きてテレビやゲームをやっていることもありますし、わさびだけにとどまらず、様々な香辛料の入ったお菓子や食事をしています。深夜のファミレス・コンビニを徘徊している姿も珍しくありません。
お酒や喫煙についても、『家なら良い』なんてルールがある家庭もあって、大人じゃなくても堂々とやっている子どももいます。子供用の化粧品なんてものもありますから、マニキュア・日焼け止め・茶髪・金髪・ブランド物の服なんてのもさほど驚かなくなりました。

大人と子どもの境が見えにくくなっているのです。大人にならなくても、大体のことはやれるわけです。大人になる必要が無いわけです。

それどころか、子どもにだけ許されていることって多くあります。
例えば、『お子様ランチ』を食べても良い。(様々な種類のものが少量ずつ、安価に食べられる)『働かなくてもよい』(お手伝いさえも少なくなっている)
そして、何より『犯罪を起こしても罰せられない』というのがあります。

以前、私は学校に侵入した不審者(女子児童の体に触り、みだらな行為をした人)を逮捕するのに協力したことがあります。そのときは事情聴取という名の下に5時間近く拘束されました。その間お茶一杯出されただけで、食事も食べさせてもらえませんでした。

窃盗で保護された女の子の場合、1時間程度の事情聴取。ご飯を食べさせてもらって送迎もしてもらって帰ってきています。
複数の窃盗で保護されたその子に対してなんら刑事罰はありませんし、民事訴訟も行われませんでした。大人ならこんなことはありえません。

子どもは、こんな状態を知って、『大人になりたい』って憧れを抱くでしょうか?
『子どもでよかった』『子どもでいたい』そう願ったところで、何の不思議もありません。昔はやったピーターパンシンドロームとは根本的に違う、計算がそこにあります。

さらに、世の中を見れば元気の無い大人が目立ちます。格差社会が固定化されつつあり、『どうせこのまま底辺での生活が続くだろう』と絶望している大人がどれだけいることか。
さらに、公園でマクドの安いハンバーガーと水で昼食を済ませているサラリーマンを見て、大人になりたいと思うでしょうか?

子どもが大人に憧れていないのです。憧れていないから尊敬する意味を見つけられないのです。もっと『18禁』を徹底すべきなのです。
「子どもだからやっちゃいけない」ことを厳格に守らせるのです。
そうすると、『早く大人になって○○がしたい』と思うのです。
そして、そのことができる大人を尊敬するのではないでしょうか?

本日は直接は校内暴力とは関係の無い内容ですが、何か面白い視点を見つけたようなとても得した気分です。もしよろしければ、短くて結構ですからコメントを残してくださると幸いです。
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つれづれ日記 

2006年09月21日

校内暴力について考える2

校内暴力の増加についていろいろなブログでも書かれていたが、ちょっと待てよと思っている。
それは、『校内暴力だけが増えているのだろうか』という疑問があるからだ。確かに新聞を見ると校内暴力の件数は2003年頃から急激に増えている。
けれども、犯罪数そのものはどうなのだろう。

調べてみると2003年に比べ、2004年の犯罪認知数は減少していることがわかった。(総務省・統計局・統計研修所)
また、少年犯罪の数はと調べてみても、わずかながら減少していた。

すると、犯罪件数・少年犯罪は減っているものの、校内暴力は増加しているわけだ。それも急激な増加だ。

この違いはなんだろう?
小学校・中学校にこの頃何があったのだろう。
それを考えてみると何か答えが見えてくるかもしれない。
今日は疲れていますので、ここまでとさせていただきます。

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つれづれ日記 

2006年09月20日

校内暴力について考える

校内暴力が増加しているというニュースが流れた。
感覚としてそう感じていたけれど、統計的データがだされ、新聞記事になるとやっぱりなぁという思いがある。

他のブログでも原因を考えていたけれど、自分としての考えがまとまらず、記事にするのを控えていた。まだ、完全にまとまっていないのだけれど、思いつくままに書いてみようと思っている。

原因1 教師(親)に対する見方の変化
まず、これがあるように思っている。昔の国民学校の例を出すまでもないと思うけれど、昔は『教師はインテリ』であり、『知識人』であるという見方があった。保護者も一目置く存在という意味だ。
『俺は高校しか出てないけれど、先生は大学まで卒業しているから…』という見方だ。大学卒業しているということで一目置かれていたわけだ。
今は大学卒業と言ってもさほど珍しくもない。一般の大人となんら変わった目で見られることもない。『普通の大人』としての認識がある。

教師が等身大で評価されているといえば良いかもしれないが、それでは『大人』を子どもがどう見ているのか?これは、ずいぶん様変わりしているように思う。

大人は子どもより偉いと無条件に思っていた時代とは明らかに違っている。『違い』を目のあたりにしないと評価しないという傾向がある。それも目で見てわかる違いだ。だから、スポーツ選手に対する憧れや尊敬は今も昔も変わっていない。
イチローや中田に憧れる気持ちは昔の王や長島に対する気持ちとほとんど変わっていない。では、目で見て違いがわからない大人に対してはどうだろう。

もっとも顕著なのは『親にどういう態度で接しているか』だろう。
「親の言うことは聞きませんから…」という話は社交辞令としても、時々聞こえてくる親子の会話は「友達同士の会話?」と思うようなことが結構ある。
長幼の序が守られていないというレベルではなく、階層そのものが無いように思える。『育ててもらっている』という意識も非常に低い。

その延長線上に『先生に対する態度』が存在している。
良くも悪くも友達なのだ。だから、楽しいときには一緒にいるけれど、そうでなければ『従いたくない』のだ。子供同士の遊びの中からガキ大将が消失したように、絶対的な存在を受け入れたくないのだ。
家にいれば、それこそ『王子様』『お嬢様』なのだから、命令するのは慣れていても、命令されるのは慣れていないのだ。

だから、学校で先生に『○○しなさい』と言われると感情的に反発してしまうのだ。そこには深い考えは存在しない。(子ども:未熟:だからそれは仕方ないのだけれど)
そして、『先生は自分に危害を加えることができない』ということを知る。そして、力ずくで命令に従わそうとしても、『腕力では』負けないのではないかと思えるような年齢になると、『やってみるか』という気にもなる。

そうして、教師対子どもの戦いになると『校内暴力』という形になるのではないだろうか?

他にもいろいろと原因はあると思うので、続きはまたそのうちに書いてみようと思います。

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つれづれ日記 

2006年09月19日

ちり紙交換が来ない

私の家の倉庫に古新聞が山となっている。別に何かに使うために集めたのではない。いつもなら着てくれるちり紙交換車が来ないのだ。「まいどおなじみの〜」という声を聞かなくなって古新聞がたまっているのだ。

世の中はリサイクルブームで再利用がいろいろと進んでいるのに、古新聞の回収業者が来ないのはなぜだろう。一つは古紙の値段の安さとガソリンの高騰から利益が上げられなくなったということも考えられる。

ちり紙交換ってのは個人事業主が多いし、会社といっても中小企業がほとんどだろう。最近の格差社会のあおりを受けて、倒産もしくはそれに近い状態なのだろうか?

リサイクルは必要だと思っている人はここ10年ぐらいの間にずいぶんと増えたと思う。スーパーにいけば、トレーだのアルミ缶だのペットボトルだのが「再資源」として回収されている。

紙は日々たくさん使用されている。紙の原料もほとんどが輸入されている日本では、リサイクルするなら紙は、はずせない資源のはず。それなのに採算が合わないらしい。

リサイクルは元々高くつく。使い捨てのほうが安く済む。けれど、進まない再利用。それなら新しい紙(バージンパルプ)に思い切って「環境税」をつけてみたらどうだろう?古紙の方が安くなるように設定するのだ。

一番困るのは紙パックを使っている会社だろうか?

でも、そうでもしないと古紙回収業社は今の弱肉強食の世の中を生き残れないように思う。「それでいい」と言うなら仕方ないけれど、環境のツケを未来への贈り物にするようで、私はどうも気分が悪い。

古新聞の山を見ながら、格差社会を垣間見た気がした。
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2006年09月18日

便利な機能

紙の資料整理にはfujituのScanSnapを使っている。
この便利なところは、読み取りが早くて、両面を一度に読み込むこと。
そして、カラーや白黒・原稿の傾きを自動で判断し、処理してくれること。

そして、購入して半年あまりして始めて気づいたことは「読み取った原稿を自動的にテキスト変換する」機能がついているということ。
もちろん、絵だけ処理したいというのなら別だけれど、私の場合雑誌の読み込み処理をすることが多いので、これはうれしい。

なぜって、「キーワード」で検索できるようになるからです。おまけに、ScanSnapを持っていると、他のスキャナで読み込んでpdfにしたものでもテキスト変換できるということがわかった。これで読み込んだページにどんなことがかかれているかを検索で見つけることができる。
これはかなりありがたい機能だ。

資料は整理するのが最終目的じゃなくて、再利用するのが最終目的ですからね。
でも、実は身の回りのものにだって、探してみればいろいろな便利な機能が隠れていたりする。携帯電話一つとっても、様々な機能が備わっており、ちょっとマニュアルを見ただけではわからない便利な機能もある。

これと同じことが、子どもにも言える。
子どもにはマニュアルはない。統一規格もない。一人ひとりが、伝統工芸品のように個性があり、癖がある。意外なところに便利な機能(優れた素質)が隠れていたりする。それをうまく利用していける環境におけば、その子は楽しい人生を送れるだろう。

お金になるかどうか?はわからないけれど、人に必要とされ、自分の持っている能力を活かすことができれば、人は楽しい人生を送れるのではないだろうか。
最近、そんなことを考えている。
それが見つからなくて、そして他人に見つけてほしくていろんなことが起こっているような気がする。まずは周りの人を見つめて、自分を見つめて…。

便利な機械との出会いはうれしいけれど、それよりも長い時間付き合うのが、自分だったり、自分の家族だったりするのだから。
そして、人生の幸せを分け合えたらいいな。

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2006年09月16日

アクセス解析

ブログを書いていると、どんな人が読んでくれているのかって気になります。
また、どの地方の人が見てくれているのかも気になります。
だから、時々アクセス解析をしています。

実は関東圏の人が多いのです。(もちろん、人口も多いからですけれど)
1位東京2位神奈川3位栃木…という順位です。
これを人口比で計算するとずいぶん変わります。
1位福井2位栃木3位徳島4位大分5位熊本…

そして、実は自分の住んでいる近くの都道府県はランクインしていません。というか、実はほとんどアクセスが無いのです。

まぁ、個人情報の点から考えると一度も知り合いに自分のブログを紹介したことがありませんので、地元だからと有利になることは無いのですけれども。

このアクセス解析を見ながら、ふとこの上位ランキングってひょっとしてロボット検索の巡回?って不安がよぎりました。実はロボットが検索のために巡回しているのがアクセスの中心なのでは?って。
そうだとすると、実はあまり読まれていないということになるわけです。

この夏の体調不良から更新回数も一時落ちていましたので、あまり自慢する点もないのですけれど、自分の記録として生きた証としてこれからもぽつりぽつりと続けたいと思っています。
古い記事に対するコメントもOKです。(コメントがあると私のところにメールでお知らせが入りますので、見逃しは多分無いはずです)
ランキングも大切かも知れませんが、コメントがあるのが一番うれしいですね。賛成意見ももちろんですが、自分とは異なる視点から述べられた意見も刺激になってうれしいです。

これからもよろしくお願いします。
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つれづれ日記 

2006年09月15日

間違いが正しくなる日

小数点の読み方っていうのが実はあまり知られていない。
5.3は本来は「ゴテンサン」と読むということ。
2.4も本来は「ニテンサン」と読みます。
でも、だんだんと5.3は「ゴテンサン」2.4も「ニテンサン」と読む人が増えてきた。5年ぐらい前はNHKのアナウンサーはきちんと読んでいたけれど、最近は「ゴテンサン」「ニテンサン」と読むようになってきている。一般的に間違える人が増えてくると、慣例としてそちらが正しくなるという例はいくつもある。

有名なところでは「一番最初」という言葉。最初という言葉には「一番初め」という意味があるから、それに一番をつけるのは言葉の重複であり、本来は正しい言葉ではなかった。けれども、テレビを見ていると様々な人たちが(ニュース番組であっても)「それでは、一番最初のニュースです」なんて言っている。
完全に市民権を得ている言葉になっている。

時代劇に登場する岡っ引きが手に持っている十手も本来は「ジッテ」と呼ぶのだが、それも「ジュッテ」と呼ぶ人が増えている。十本も「ジッポン」だったものが、「ジュッポン」の方が良く使われている。
以前音読で指導したら保護者から「ジュッポン」と読んでなぜいけないのか?それが世間の常識じゃないのかと注意されたことがある。(中には「『先生が間違って読んでいる』とお母さんが言っていたよ。」と子どもに言われたこともある)

そういえば新任の頃に教育委員会に提出するレポートに「新前教員」という言葉を書いたら「新前」という言葉はない!「新米」と書き直しなさい。といわれたことを思い出した。若かったので、辞書を見せて、「新前」という言葉があり、本来はこちらの言葉を使っていたことを示したけれど、「でも、新米に書き直してください」といわれたことを思い出した。

誤用がいつの間にか、「正しい言葉」に変わってしまうことはよくある。言葉は生き物だと言われるゆえんである。

けれども、「情けは人のためならず」は、本来の意味のまま残してほしいなぁと思っています。最近は「情けをかけると、その人のためにならないから、情けをかけてはいけない」という意味に受け取っている人が多いらしい。
このことわざの意味がこんな風に変わってしまったら、世の中住みにくくありませんか?
誤用がどういうプロセスで出てきたのかわかりませんけれど、世の中を反映しているのなら、悲しいことですね。

ちなみに、先のことわざの本来の意味は「情けをかけることは、他人のためだけでなく、回りまわって自分にもその情けが返ってくるので、他人には情けをかけましょう」という意味です。

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つれづれ日記 

2006年09月13日

筆談の授業

手術をして、未だ痛みが残っている。
無理すれば喋れないことも無いのだけれど、発音が不明瞭な言葉が多いし、声量がだせない。教師としてはなかなかにつらい状況です。

黒板に文字を書いていくのも結構面倒だから(消さないと次が書けないから)いっそのことパソコンを使うことにした。プロジェクターは学校に7台あるのだけれど、ほとんど使っていないので、それを一台教室に常駐させてそれを使うことにした。

操作は簡単。ワープロの画面を黒板に写すだけ。黒板モードなんてついていないプロジェクターなんだけれど、黒板に白いチョークの粉を(ラーフラで)塗りたくれば遜色ない。

実は大学のころ英文タイプを習っていたこともあって、私はキー入力が結構速い。書くよりも打ったほうが変換を入れても数倍速い。おまけにチョークよりも疲れないということで、授業に使いました。

思っていたよりも簡単でした。でも、計算の仕方の説明とか細かいことは指導できない。できるのはあくまでも行動を示す「指示」(ノートを出しなさいとか、ノートに書きなさいということ)ぐらい。

授業のバリエーションとしては苦しいのだけれど、それなりにできる。
もっとも、普段音声をたよりにして学習している子には難しかったようだけれど。

ゼスチャーを入れたりしながら指示を出すのだけれど、改めて言語のありがたさが身にしみた。言葉にすればすぐわかることでも、ゼスチャーだと難しい。
十分理解してもらえなかったり、意味を取り違えたり…。

言語の大切さ・ありがたさを自分が再認識する時間ともなった。
この言語の便利さが十分に享受できるレベルに子供を育てたいですね。
それには、教師自らが言葉に敏感でなくてはいけませんね。
私は専門は理科なんですけれど、国語関連の仕事が多くあります。でも、言語の大切さを考えると、私の仕事に国語関係が多いのは当然のように思います。

さて、言語の有効性・ありがたさを再確認する授業を目指しますね。

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つれづれ日記 

2006年09月12日

資料整理

パソコンを新しくした影響で部屋の中がなかなか片付かない。
一番は紙の資料が部屋にあふれていることだろう。教員の仕事に限らず、紙データの氾濫はものすごい。
一時期ノーペーパーオフィスなどが言われ、職員室もそうなるか?と思ったけれど、今の職場になったら「紙データの洪水」だった。電子メディアに残すとコピーされてしまうのを恐れているのか、共通データを残しておくサーバはずっと空のままだ。

教員間のデータのやり取りは昔ながらのFDが主流になっている。困ったものだ。
人の意識はなかなか変わらないということが良くわかる。

便利になると思う人もいれば、今までのやり方を変えることに拒否反応を持つ人もいる特に平均年齢が約50歳の職場ともなれば、当然ともいえる。
説得するのは理論ではない。理論で人は動いたりしない。心の部分を理解し、共同するということでなければ話すら聞いてもらえないから。

さて、自分の部屋は自分の判断で行動できるから、今から一気に紙データをpdfに変換して処分します!

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つれづれ日記 

2006年09月11日

格差社会の恐怖

土曜日にテレビで「格差社会」についての番組をやっていた。
興味があったので、録画して後日それを見た。

「リストラ」「倒産」の増加で年収400万以上だった人が年収100万に落ち込んでいるという話があった。実際、単純計算してみると1週間5日間8時間ずつ働いたとして週に40時間。4週間で一月としてみると160時間の労働を時給800円で計算すると13万程度にしかならない。それを12ヶ月として年収を計算すると(ボーナスが支給されないとして計算すると)156万程度となる。

高校生や大学生のバイトならいざ知らず、これが30代、40代の男性だったらどうだろう。多くは住宅ローン・教育費など一番お金が必要なときではないのだろうか。
そのときに収入が半減してしまうと、その先の生活ができなくなってしまう。

実際、住宅ローンに追われているように思える家庭もいくつか見てきた。フルタイム共働きでも生活に困っている家庭もいくつかあった。

日本が強くなければ、今後こういう状況におかれた人たちが増えていくだろう。それは日本の存続にかかわる大きな問題だと思う。

では、どうやって立て直すのか?再就職するには資格が必要だといわれるが、その資格を取るためには、最低限の基礎学力や努力し続けることが必要だと思う。
それも、一部の裕福層だけではなく、「すべての国民」にその基礎学力や努力し続ける資質を養うことが必要だと思う。

鍵は公教育が握っていると思う。というか、公教育以外に無いと思っている。
そう思うと、教師はこの格差社会是正のための最前線に立っている気がする。
一人でも多くの子供に夢を感じさせ、夢に向かって努力する資質を養うためにどのような教育が必要なのかを考える必要があると思う。

教師に対して、国が多大な期待をしなくてはいけない時代に突入しているのではないかと思う。そう思うと、自分の仕事の責務の重さを改めて感じたのでした。
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つれづれ日記 

2006年09月10日

草取り

学校に裏庭がある。裏庭って聞くと何か良い場所のように想像するけれど、実際は校舎の陰になっていて日当たりは良くない場所。そしてすぐ近くにフェンスがあるので狭くて普段子どもが立ち入らない場所。
けれど、そこは道路に面しており、周辺の住民からは良く目に付く場所。

普段子供が入らないので、あまり掃除はされていない。草取りも十分ではない。夏休みの間に草が勢い良く伸びているが、ほかの場所にも掃除の人数が必要だから、取りきれないのだ。

校長先生から「○年生の子供を使ってクラス1時間ぐらいずつ草取りをさせてください」と頼まれた。最初は正直乗り気ではなかった。子供の学習にプラスになるとも思えなかったから。ただでさえ運動会の練習日程が過密で(この学校は練習時間が多い)学習の時間が取れないから、授業時間を削ってまで草取りはやりたくないと思っていた。
そこで、こっそり「連休前に除草剤をまいていいですか?」と聞いてみた。
答えは「NO」
地域の人が除草剤を撒くことを良しとしないらしい。もちろん、雑草に覆われているのはよくないらしい。

そうなれば仕方ない。理科の学習に「植物の観察(夏の終わり)」という単元があるから、それにかこつけて草取りをすることにした。まず、教室で最近の植物の様子に目を向けさせ、どんな変化があったのかを押さえた。通学途中に見かける田や畑の様子の変化に気づいていた子もいたが、多くの子は無関心だったため、ほとんど何も気づいていなかった。

ある子が(田や畑の植物は変わっても)「雑草はいつも同じだ」という発言をしたので、「本当に一緒かなぁ?」と揺さぶってみると、「だっていつも同じ雑草が生えているもん」と更に発言を続ける。

渡りに船とはこのことだ、「じゃ、今から雑草の様子を観察に行こう」と例の裏庭に子供を連れて行った。実は、夏休み前にもこの場所で草取り集会(この時は全校児童が同時に行った)でも、ここの草をとっているのだ。

さて、「じゃあ理科の学習を始めるか、みんな等間隔に並んで…」
もちろん、雨上がりの午後を狙って理科の授業をした。
途中で休憩を10分ほどはさんで30分以上草取りをした。草は90ℓ入る袋2つ分ほど集まった。どの子も熱心にとは言い難かったけれど、それなりに良く働いてくれた。

中でも、普段他の子にいたずらをしたり、嫌がらせをして困らせているA君は、他の子から2mほど離れた場所を担当させたら、休む間も惜しんで熱中した。
ADHDじゃないか?自閉症じゃないか?LDじゃないか?など、いろいろ言われたA君だけれど、こんなときに一番頼りになるのもA君だ。
もっとも、近くに誰かがいるとすぐに土を投げつけたり、木の枝でひっぱたいたりするので、他の子と分けないと掃除どころではなくなってしまうのだけれど。

この良さを他の子にも伝えたいと思うのだけれど、なかなか子供は離れた場所には目が行かないから、見つけたり認めたりしてくれない。こちらが話をしてもよいのだけれど、もうちょっと気づいてくれないかなぁと待ってみようと思っています。

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つれづれ日記 

2006年09月09日

互いに求めすぎていないか?

教員はサービス業って思っている人はどれぐらいいるのだろう?
というか、最近はどの職業も「サービス業」じゃないかと思うことがある。
ただ、お客が「お前の仕事だろ!俺は客だから、客の言うとおりにやるのがサービス業(仕事)じゃないのか!」っていう傾向があるように思う。

実際、知り合いに尋ねても、「そういう客が増えたね」といわれた。
「でも、言われると腹が立つよね」とも、その人は付け足した。

仕事をすると、「客の言いなりにならなくてはいけない」というストレスを受ける時代になったように思う。そして、そのストレスをどこで発散しているのか?と思ってみてみると、意外と「自分が客になったときに同じようなことをしている」のではないかと思えてくる。

これって、ストレスの輪廻じゃないだろうか。
回りまわってストレスが形を変えて自分のところに戻ってくる。
ストレスは解消されること無く、回りながら一回り成長してきたりする。

自分が病気になって弱ってきたことを自覚すると、どうしてもストレスをほかの人に回せなくって、黙って溜め込んでいるような気もしている。

子供も大人もこの負のストレス・スパイラルから脱出してほしい。脱出させてほしい。まずは自分でできることは「相手に甘えすぎないことじゃないかなぁ」と思っている。そして、仕事であっても「恩」と受け止めて、感謝したいと思っている。

コメントしてくださる人はもちろん、読んでくれる人、ちらりと見てくれた人、みんなに感謝して、少しでも負のストレス・スパイラルから脱出したいと思っている。
けれど、これは一人ではできない。
でも、みんなが望めば、意外と実現するような気もしている。
ちょっと前ならできていたような気もする。
原始時代だってひょっとしたらできていたかもしれない。

文化が進んだ割には、人間の生活って向上していないのではないだろうか。
そして、自殺者が増えていること。特に中堅と呼ばれる年代の自殺の増加は、今の状態が決して良いものでは無いように思う。

こんな状況は嫌だと思う人の気持ちが、奇跡を呼ぶような気がしている。ジョンレノンのイマジンのように。
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2006年09月07日

手術を終えて

手術を終えて数日経ちました。
実は、手術前にエントリーをいくつかアップロードして予約してありましたので、手術後ははじめてのエントリーです。

手術前に医者には「2,3日で痛みはなくなりますよ」とお気軽に言われたのだけれど、なかなか痛みは減らない。(激痛ではありませんけれど)
一番困っているのは「うまく話せないこと」

痛みがあるため、食事にも困っているが、喋れないのは職業柄とても困る。このまま回復しなければ仕事も辞めなくてはいけないと思っているぐらいです。

手術の時には年休を取り、その後も仕事を軽減してもらっている。授業もT.Tのところをメインで指導してもらっている。
怪我をしたり、病気になるとこういう人の優しさがとてもうれしい。

これも、職員がパートでないからできる。パートだと仕事を頼みにくいし(頼む時間がないから)振り替えもやりにくい。
教育改革でパートの職員ばかりが増えているけれど、本当は正規採用の職員を増やしてほしいなぁということを病気になって改めて感じました。

病気になって、周りの人への感謝の気持ちがいっそう強くなりました。
一日も早く回復できるよう、安静に努めなくてはいけませんね。

ということで、今回は手術後の報告でした。(心配している方がいるといけませんから)

若くないので、回復力も落ちてきているようです。
20代のころは骨折していても1週間後には廊下を早足で駆け抜けていたのになぁ。
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2006年09月06日

運動会の練習

2学期が始まった。それは運動会の練習の幕開けでもありました。
最近は紅白の組み分けひとつ、リレーの選手の選出にも苦慮するようになりました。
まず、紅白の組み分けですけれど、これは「均等」になることを第一に考えます。
均等のひとつの目安が走力です。50m走の記録を元に紅白に分けていきます。
こうしないと徒競走やリレーで戦力が偏るというのが理由です。
昔だと背の順に分けていたのですけれど、それに比べればひと手間増えています。

リレーの選手決めも、全員に競わせ、その記録を元に決定します。(全員が見ているというのが大事なのです)どの子にもチャンスがあり、公平に選手を決めているということが大事なのです。
昔ならある程度希望や推薦でピックアップした子供だけ授業後に走らせて決定していたのですが、ここでも授業時間を使うことになります。

しかし、なんといっても面倒なのは徒競走です。
まず、走力でほぼ同じ子でグループを作ります。その後どこが遅いグループか早いグループかがわからないように走る順番をシャッフルして決定します。

でも、これどうかなぁと思っています。一番遅いグループってわかるわけですよ。そこでドベってことは「学年でもっとも遅い」ことが学年の子にわかるわけです。
私は昔ながらの「背の順」ってのも捨てがたいと思っています。
このグループは速い子がいたから負けても仕方ない。遅い子が多かったから一位になれたっていう「運」の部分があったほうが良いような気がするのです。

まぁ、もっとも運動ができなければいけない。ということはないので、「俺は徒競走で負けたけれど、漢字なら誰にも負けないぞ」ぐらいの強い気持ちを持っていてくれればあんまり気にすることではないようにも思いますけれど。

何気なく、書いたけれど、「○○では負けるけれど、△△では負けないぞ」って気持ちを育てるのはとても大切だと思っています。
だって、すべての子がすべての面で優越感を持つ必要はないと思っています。
実際、社会人になっても「○○では負けるけれど、△△では負けないぞ」ってことは良くあることだと思うのです。

ひとつの負けにこだわらないで、自分の勝てるところを探す。そこで勝負だ!ってのが大切だと思うのだけれどなぁ。

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つれづれ日記 

2006年09月05日

音楽の編集

教員をしていると、時々
「この曲の編集できないかなぁ?」
と相談されることがあります。例えば、ABCという順番の曲をABBCにしてほしいとかいう相談です。

昔だとCDを聞きながら、カセットに録音してということをやっていました。
これはかなり熟練の技でした。(特に曲の途中で編集するという今回のような場合)
おまけに、機械を選ばないと録音ボタンを押した音が入ってしまうということもありました。

そこで、今回私がやったのは次のような方法です。

1.CDから元の曲をCDex(フリーソフト)を利用してMP3ファイルに変換して保管します。
2.Audacity(フリーソフト)を利用してファイルの必要な部分をコピーして貼り付けます。
3.編集した曲をWAV形式のファイルで書き出します。
4.CD-RにWAV形式で書き出します。

最初はMP3ファイルの編集をAudioEditor(フリーソフト)でやろうと思いましたけれど、どうしても自分の思ったように編集できなかったのでAudacityに変更しました。こちらの方が、視聴範囲を自由に設定できるので私には使いやすかったです。

フリーソフトもいろいろと便利なものが多いですね。
もっとも、フリーソフトだと英語版が多いので、敷居はちょっと高いかもしれませんけれど。(今回利用したフリーソフトは元々はすべて英語版です)

教育には関係ないような話題ですけれど、教師をやっているとこんなことも必要になるのですよ。
いろんなことができないと教員は困りますから。もっとも、頼めばやってくれるブレーンみたいな先生をたくさん持っているというのもありですけれどね。

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つれづれ日記 

2006年09月04日

猫も手術しました

実はうちは猫を飼っている。見た目はシャムネコにちょっとだけ似ているけれど、純粋な(?)雑種と獣医さんにお墨付きをもらっている。
飼うきっかけになったのは、とある雨の日の夜。帰宅して車から降りたらその足に「みゃーみゃー」と鳴きながらまとわりついてきた一匹の子猫。生後30日は経っていないだろうというその猫はやせていてとてもか弱く見えた。
飼えないからなぁと思いつつ家に入った。そして、食事を終えて外出のために外に出たらまた、「みゃーみゃー」と鳴きながらまとわりついてきた。

このままにしておいたら確実に明日には死んでいるなぁ。と思って家に入れたのが運のツキ。見事に飼うことになってしまいました。

さて、その猫。そろそろ生後9ヶ月。人間で言うと9歳ぐらい。やんちゃ盛りです。
二階のベランダの手すりに登るのが大好き。その日の夜も得意になって上っていた。
あれ?バランスを崩したぞ。

落ちました。
落ちたら猫はそのまま動きません。しばらくしたら意識が戻ったようですが、それでも前足は動かすものの、後ろ足はだらりと伸びたまま…。

あんまり様子がおかしいので夜なのに近くの動物病院へ連れて行きました。
レントゲンをとってから獣医さんが「背骨が二箇所折れています。その場所で神経を圧迫しているので、このままでは歩けるようにはなりません。もっとも、場所が場所ですから手術をしても治るかどうかはわかりません。」といわれた。

家に帰っていろいろと考えた結果。手術することにしました。
そのため、車で40分ぐらい離れたところにある大きな病院まで連れて行くことになりました。そこでレントゲンを数枚角度を変えて撮影。造影剤を入れて神経がどの程度変形しているかを調べ、さらにCTスキャンで細部にわたりコンピュータで立体的に再現できるまでデータを集めました。

手術は1時間を越える大掛かりなものになりました。
次の日の面会時間。まだぼんやりしていたものの、二日後には元気に動き回ろうとしていました。

猫だってこの小さな体で手術に耐え、必死に生きようとしているんだなぁと思いました。それに比べれば私のは手術と言っても簡単なもの。
猫に負けていられません。がんばります!

追伸…小さな動物が大怪我に負けずに必死に生きている姿を見ていたら、人間ももっとがんばれる人って多いような気がします。ゲームばかりやっているようじゃいけないよね。諦めて努力を忘れちゃいけないよね。
みんな、猫に負けるな。命ある限り、必死でもがいて生きようよ。カッコ良くなくてもいいじゃない。命のある限り生きて生きて生き抜きましょう!

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つれづれ日記 

2006年09月03日

元気がないぞ!

さて、新学期。朝校門で子ども達に挨拶をして回った。
「おはよう!」
「………」
あれ?

子ども達の元気がない。元気いっぱいに返事を返してくる子は10人に1人ぐらい。
こちらよりも先に挨拶をしてくるのは5人に1人もいない。
どうも様子が違う。下を向いた子がやたらと目に付く。
口を動かしているのだけれど、声となって出ていない子が目立つ。

新学期なのに、まだ寝ているような様子が目立つ。
クラスに行っても1学期はうるさかった子までおとなしい。目がどこか虚ろだ。
明日からまた土日と休みになるけれど、それにしても活気がない。

夏休みは早起きしてなかったのかい?
昨日は遅くまで宿題をやっていたのかい?
そんなことをついつい聞きたくなってしまう。

さて、さて来週からどうやって元気を出させるか?それが課題になりそうです。
元気出していこうよ。下を向いていたら、手を伸ばせば届く高さにある幸せだって見逃してしまうよ。さあ!上を向いていこう!

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つれづれ日記 

2006年09月01日

いよいよ始動

今日から九月。新学期。
2学期は学校にもよるだろうけれど、運動会・遠足・文化的行事(学習発表会など)の行事が多い時期だ。授業日数も一番長い。
気合を入れて取り掛からなくては…という思いがある。

いろいろと忙しくなると思うけれど、できる範囲でブログの更新も続けて生きたいと思っている。もちろん、新学期早々に個人的に手術の予定も入っているので、体調と相談しながらの更新ということになると思うけれども。

個人情報に気をつけながらも、現場で思ったこと、感じたことをポツリポツリと書いていこうと思っています。
ブログ村のランキングはこの休みの間に暴落して、そこから訪れる人は極まれになったと思うけれど、何かの縁で読んでくれる人のために、その時その時の気持ちや考えをアップしていこうと思っています。

本日読んでくださいました方に感謝しつつ、今日のエントリーを終わります。
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こめんと