2006年11月

2006年11月30日

悲しかったこと

朝、出かけるときに少し雨がぱらつきました。天気予報を見る時間が無かったので、まぁ無駄になってもいいかという気持ちで傘を持って出かけました。

さて、帰ろうかなぁと思って傘置き場を見ると…。

傘がありませんでした。
それほど高い傘じゃないけれど…。
悲しかったです。

傘を置いたのは職員玄関。子どもたちが通るところとは別のところ。
もちろん、鍵をかけたりはしていませんから、そんなところに無防備に置いていくほうが悪いと言われればそれまでです。
午後から急に雨が降り出したわけでもなく、傘を忘れたから借りていったということでも無いでしょう。

実際、傘を職員玄関においておいたら無くなったのは初めてではありません。急に雨が降り出した日に遅くなってから帰ろうとしたら無くなっていたことは、何度かあります。それでも、数日後には帰ってきたことも何度かありました。

でも、今度は帰ってこない気がします。急に雨が降り出したから借りて行ったとは思えないからです。

暗くなっていたけれど、外に出て少し探しました。どこかに捨てられていないかと思って。

でも、ありませんでした。
たかが一本の傘。買えば千円でおつりが来るような傘ですけれど、私は悲しかったです。学校の職員玄関から消えた傘。いったいどんな人が、どんな思いで持っていったのでしょう。

学校だから悲しいのかもしれません。デパートなら『鍵をしなかった自分が悪い』とすぐに諦めたかもしれません。学校を特別な場所だと思ってはいけないのかもしれません。
たくさんの人が集まる場所ですから…。

でも、悲しかった。
悲しかったんです。

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つれづれ日記 

2006年11月29日

美しく生きるとはどうすることか

アクセス解析をしていると、週末からずいぶんと増えている。
でも、ランキングはどんどん下がっている。
まぁ、それだけ面白くない記事しかエントリーしてないってことですね。

分かりにくい話が続いたかもしれないと反省も。
ランキングが下がるとそれだけ見てくれる人の数も減ってしまうような気がしている。そんなことは無いのかもしれないけれど…。

もうちょっと様子を見ようかとも思っています。

さて、成績処理の季節です。テストが多くなるのもこの時期です。
この時期欠席されると大変なのであまりギリギリにはやりたくないなぁとも思っています。まぁ、あくまでもそれは私の思いであって、学年の思いではないようです。

私の場合、計画は非常に大雑把に立てるんですが、必ず中間で軌道の確認をしています。例えば、今まで国語は40時間授業をして、2学期の予定時数が70時間だからあと30時間を25日間にやる。だから2時間やるのは1週間に2度程度必要だなぁとかいう具合です。

そのためには、『実際にどの教科を何時間やったか』を正確に把握しておく必要があります。進度表という授業時間を計算して提出する帳簿(公簿ではない)がありますが、私の場合、できる限り正確に記入します。変更があればその通りに書きます。
これは、私の新任時代の指導教官の影響が強いのだと思いますが、『帳簿上はやったことにする』というのは美しくないと思うからです。

ところが、行事が入るとそれをその通りに記入しない人が結構います。運動会の練習で体育ばかりやったのに、他の教科をやったことにしておくという人です。
その方が規則正しい進度表になるから美しいという人もいます。訂正が無いので、美しいという理論です。

でも、こうやっている人って、根本は『履修不足高校』と似たところがあるんじゃないかなぁと思ってしまうのです。表面上取り繕えばよい。そうして、実際には行事に時間をかけ、見栄えの良い行事に仕上げると対外的にも受けがよいってことでしょうか。

「美しい」の基準が違うので、議論はいつも平行線になります。
でも、帳簿が訂正で汚れても、「正直」に記録してあるほうが私は美しいと思うのですけれど。

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つれづれ日記 

2006年11月28日

野球にたとえて(2)

それでは、前回の続きです。

テレビ中継では、センターの選手がボールを取れずにフェンスまで追いかけるシーンが多くなりました。すると、テレビを見ていた人たちも「最近のセンターの選手はたるんでいる!もっとしっかりと練習して鍛えなおせ!」と監督に文句を言うようになりました。

そこで、監督はセンターの選手を呼んで、次のことを言い渡しました。
1.複数年契約を打ち切ること。(いつでも自由契約になるということ)
2.適正があるかどうかを毎月調べるために千本ノックを受けること。
3.長年チームに貢献した人に送っていた功労金を削減すること。
4.キャプテンの立場から球団歌を全選手が歌うように強制させること。
5.レフトやライトのせいにしないで、どの打球にも反応し、全力で追いかけること。

さて、センターの選手はどうしたでしょう?
辞めたら、功労金も昔辞めた選手よりもずっとわずかしかもらえません。
今辞めたら、他のチームでも雇ってくれるのは難しいです。まして、自由契約になったら明日からの食費にも困る始末です。

困ったセンターの選手はレフトの選手のところに相談に行きました。
するとレフトの選手はこう言いました。
『ぼくが古傷だらけで、体がぼろぼろなのは知っているだろ?あんな早い打球についていくのは無理だよ。君は、ぼくより若いんだからもっと頑張ってもらわなくちゃ。』

次にセンターの選手はライトの選手のところに相談に行きました。
すると、ライトの選手はセンターの選手の頭を叩きながらこう言いました。
『ぼくは新しく大きな家を建てただろ?それに高級外車も買ったんだよ。休みの日には豪華なパーティも開きたいし、ブランド物のスーツだって欲しいんだよ。そのためには、野球だけじゃ稼げないだろ?だからゴルフの大会に出たり、歌を歌ったり、CMに出たりしなきゃいけないんだよ。忙しいんだから、暇な君とは違うよ!君がちゃんと練習してセンターの仕事をしてくれないと困るよ。それに、チームが負けたら、また年俸が下がっちゃうじゃないか。そうなったら責任とってくれるんだろうね!』

センターの選手はしょんぼりして帰りました。

次の日、センターの選手は、ベッドから起き上がれなくなってしまいました。
起き上がれないので、リモコンでテレビをつけると、アナウンサーがこんなことを言っていました。

「最近のセンターの選手は昔に比べてやる気がありません。それは、複数年契約で高い年俸をもらっているからです。試合でエラーをしても年俸が下がることが無いからです。チームが優勝するには、センターの選手を日の出から日没まで徹底的に走らせ、体力をつけさせなくてはいけません。日没後は、自宅で日付が替わるまで素振りをさせるべきです。」

すると、解説者がこんなことをつけたしました。
「実は、この間休みの日にセンターの選手が何をやっているか調べてみたんですよ。そうしたら、センターの選手はほとんど練習をしていませんでした。そのくせ、練習用のボールの数が少ないとか、新しいバットが欲しいとか贅沢なことばかり言ってるんですよ。」

センターの選手は、ぼんやりとしながらテレビを聞いていました。
ほほに、ひとすじの涙が光りました。
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日本が失ったもの 

2006年11月27日

野球にたとえて(1)

ちょっとしたお話を考えてみました。
野球にたとえてみたお話です。
長い話なので、2回に分けてアップしようと思っています。
いろいろと想像して読んでいただけると光栄です。

あるチームに3人の外野手がいました。強いチームではありませんでしたので、3人とも安い年俸でしたが、それぞれが走り回り、声を掛け合い、ミスをしてもそれをお互いにカバーしあいながら試合に出ていました。

ある年、このチームが優勝しました。みんな大喜びです。
ライトの選手は単年契約でしたからこれはいい機会だと年俸を一気に上げてもらいました。

レフトの選手は、年俸はあまり上げてもらえませんでしたが、豪華なマンションを建ててもらいました。

けれども、センターの選手は複数年契約だったため、年俸は上げてもらえませんでした。

次の年、チームの成績は一気にダウンしてなんと最下位になってしまいました。

ライトの選手は一気に年俸がダウンしました。そこで、あわててCMに出たり、講演会に出たりと副業に力を入れることにしました。高い年俸のときに買った新築の家を手放したくなかったからです。
副業が忙しくて練習も休むことが多くなりました。
試合に出ても疲れているのでライトのライン際に守備位置をどんどん変えて行きました。右中間の打球は全部センターに任せることにして、ライン際の打球だけを追いかけることにしました。

レフトの選手は、そのころ体中にたくさんの故障を抱えていました。昔のように走れないし、投げることもできなくなってきたのです。
そこで、ライン際で定位置よりも前のほうに守備位置を変えていきました。ライン際で前のほうの打球だけを追いかけ、左中間の打球はセンターに任せることにしたのです。

センターの選手は複数年契約なので、年俸は変わらないはずでしたが、『最下位になってみんな苦しんでいるのだから』という理由で年俸が下げられてしまいました。

センターの選手も、年々年をとり、体が思うように動かなくなっていました。
けれども、ライトもレフトもライン際に守備位置を変えてしまったので、以前よりも広い範囲を守ることになりました。
当然、打球の処理が遅れ、今までなら取れていたような打球も後ろにそらしてしまうことが出てきました。

その時です。大きな怒鳴り声が聞こえてきました。
「センター何やってるんだ!しっかりとれ!この給料泥棒!」
声のした方を見るとそれは、ライトの選手でした。
ライトの選手は、副業のゴルフスイングの練習をしながらいつものライン際で立っていました。

「しっかりやってくれないと、こっちにしわよせがくるんだよなぁ」
別のほうで、ぶつぶつと文句を言っている声が聞こえてきました。
それはレフトの選手でした。
レフトの選手は、足元をならしながらいつもの位置に立っていました。

センターの選手は悲しくなりましたが、複数年契約の途中だったので、文句も言わずにぎゅっと唇をかみしめてこらえました。(つづく)


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日本が失ったもの 

2006年11月26日

教育に予算を

コメントの中に教育予算の話がありました。そこで、少し調べてみました。
すると、次のような資料を見つけました。(世界と日本の社会動態より)
以下引用−−−−−−−−−−−−−−−−
■教育予算
教育予算の割合が高いのは先進国を除いた国々。最も予算割合の高いマレーシアは23%。全体の総予算額が高くないために割合が高くなっている。先進国では、欧州各国がおおむね5%前後、国家予算の膨大なアメリカの教育費は2%。日本の教育予算は、教育科学振興費を含むと約7.7%。
実質予算では公立学校教育費の約3.6%が教育費とされ、西欧諸国の5%と比べて低くなっている。
−−−−−−−−−−−−−−引用終わり
途中まで読んで「日本はちゃんと予算を教育に取っているじゃないか」と思っていましたが、「教育科学振興費」を含んでいるとのこと。では、この「教育科学振興費」って何でしょう。
調べてみました。(国税庁のHPです
以下引用−−−−−−−−−−−−−−−−
ライフサイエンスをはじめとする基礎的研究のほか、宇宙開発、海洋開発、コンピュータなど情報通信(IT)の研究開発などの推進に役立てられています。
−−−−−−−−−−−−−−引用終わり
文教及び科学技術振興費としてまとめてあるので、約7%と高いものの、実質はその25%は学校教育とは関係の無いものでした。それを平成18年度の予算で計算すると教育科学振興費を含んで6.6%除くと約5%となりました。
おや、西欧諸国とほぼ同じじゃないですか。
まぁ、日本の場合「人件費」が高いとの指摘もありますから…。
もうちょっと調べてみないといけませんね。
「日本は教育にお金をかけていない」というのは、正しいのか?ってね。

調べて行くと政党のHPにたどり着いた。
(まとめて読むならここ
<社民党>
・日本の教育予算はGDP3%半ばという水準であり、世界標準といわれる5%と比較してあまりにも貧弱です。政府は、教育改革を叫んでも、金は出しません。競争の押し付けによって家族や地域社会が崩れ、子どもを育む社会の力が低下している現実に対応せず、予算をケチり、矛盾を教育現場に押しつけてきたのがこれまでの教育行政の実態です。
<日本共産党>
・日本の公財政教育支出の水準はOECD諸国の7割弱で、日本の教育条件はきわめて劣悪です。この改善に力をつくします。「30人学級」の実現、私学助成の拡充、障害児教育の拡充などをすすめます。とくに高等教育予算はOECDの半分以下です。
<民主党>
・OECD平均並みの教員配置を目指す。

自民党と公明党はそういう記述はありませんでした。
どちらかというと、予算よりも「制度を厳しくして質を上げる」のように受け取れました。(以下は参考までに)
<自民党>
・教員免許更新制、専門職大学院制度、新たな教員評価制度の導入などにより優れた教員を確保
・国による学校評価ガイドライン、外部評価システムの導入
<公明党>
・教員評価を徹底するとともに、教員養成のための大学院を創設し、「新たな少人数教育システム」の導入

政党の発表というのは、自分の論理のために都合の良い数字を出している可能性が高いので、実態を調べるのはもう少しやらないと駄目みたいですね。

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日本が失ったもの 

2006年11月25日

そりゃないぜ文部科学省!

病気も少し回復し、ネットで記事を見ていたら!!!
まずは朝日新聞の記事を見てもらいたい。

「40年ぶりに実施した教員の勤務実態調査の暫定的な集計結果を発表した。」
というからまず実施したことは拍手を送りたい。
でも、ちょっと待ってよ!なんで7月8月の平均を出すわけ?
8月は一番残業時間が少ない月じゃありませんか?
7月も夏休みが始まり残業時間は平常時よりも少なくなる。

ちょっと待ってよ文部科学省さん。そんなデータを出してどうするの。
「残業はこれだけしかしてませんよ」ってデータ出して、一般に比べて少ないでしょ?だから給与カット(教職調整額の廃止)を狙っているのが教員には見え見えです。(一般の人はすぐには気づかないだろうけど)

後になって年間を通じた場合、この数値よりも平均があがることは明白だけれど、それにしても世論はおおむねこの第一報のほうに注目する。その辺りが姑息な計算をしているというか…。

それよりも「66年の調査では7月の最も多い週で小学校が5時間強、中学校が8時間強となっており、大幅な増加と言えそうだ。」 の部分に注目してください。
週に働く日数が減っているのに残業時間が増えているんですよ。それも週に4,5時間。

どうして残業が増えているのか?それをちゃんと文部科学省の人たちに考えてもらいたいです。
(ごめんなさい。病気から回復したと思ったら、いきなり怒った記事になりました)

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つれづれ日記 

2006年11月23日

コメントありがとうございました。

謎の高熱から関節痛、頭痛、喉痛、吐き気。
現在も横になっています。(;>ω<)
携帯で寄せられたコメントは読んでいますが、とても一人一人のコメントにお返事できません。パソコンも随分触れていません。
申し訳ありませんが、回復してからお返事させていただきます。
最近、記事の更新が止まっているのも体調不良のためです。(T_T)
ようやく、携帯に触る気になりましたので、記事としてアップさせていただきます。
回復までには、あと少しかかりそうです。皆様も、お身体を十分にいたわってください。それでは失礼します。m(_ _)m


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つれづれ日記 

2006年11月20日

いじめと自殺

最近、いじめから自殺ってことがニュースで報道されることが多くなった。
それで『学校ごとにいじめについての現職教育を行うように』というお達しが出たんだと思う。うちの学校も先日行いました。

正直言うとあまりこの手の話題は好きじゃない。
いじめってのは大人の間でもある。職員の間だってよくあること。
異動してきた人をいじめたり、若くて人気のある先生をいじめたり、気に入らない先生をいじめたりなんてことは何度か見てきた。
外見でいじめるなんてことも実際にあったし、生い立ちでいじめるなんてこともあった。
まぁ、教員といっても聖人ばかりじゃないからそういうことは珍しい話題じゃないと思う。新聞でもパワハラで自殺って記事が載っていたけれど、それだって特別珍しいわけじゃない。実際には未遂で終わることもあるから。

いじめもそれによる自殺未遂も他人事じゃないから、正直言うとあまり思い出したくない話題だったりする。でも、現職教育ということだから参加した。
意見をそれぞれ述べるのだけれど、「いじめている側」の論理が見えてこなかった。
いじめている側はそれが『普通のこと』という感覚があるのだと思う。
実際、特定の先生をいじめている先生の発言を聞いていても、「自分はいじめをやったことがないが…」というスタンスで話している。

相手が嫌がっていることを知りながら続けているのだから、気づきそうなものだけれど、実際には気づいていない。いじめているほうはそんなものだと思った。

いじめに関して、「いじめられた側」と「それに気づかなかった大人(多くは教師)」に関しての話題は多いけれど、本当は「いじめる側」に対する手段を考えなくてはいけないのではないだろうか。

いじめる側が「卑怯である」という認識を持てば、「限度をわきまえれば」ある程度ブレーキがかかるように思う。集団心理に惑わされない強い価値観・判断基準を持たせるための指導を考えないといけないのではないかと思っている。

でも、それは難しいことだと思っている。
それは大人の間だって、教師の間だっていじめは存在している。
信仰によらず、「卑怯であることを恥じる」のをストンと納得できるように教えるのはかなりの手間だ。ましてや自分が分からない価値観を教えることは難しいだろう。

教育基本法の第九条の二項には『国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。』とあるから、そのあたりが難しい。『武士道』を持ち出しても、おそらく大半の人には理解してはもらえないだろう。それは、『法律に触れなきゃ何をしてもいい』みたいな社会の後押しがあるから。

道徳の授業で「卑怯なことはしない」という徳目で授業を計画してみようかな。
美しく生きる。正々堂々と生きる。そういう子どもに育てたい。
でも、「法律の網の目を潜り抜けたほうが儲かる」って価値観に勝てるかなぁ?
それでも、美しく生きることに少しでも気づかせたい。いじめの泥沼にはまり込む前に。

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つれづれ日記 

2006年11月16日

必読書リスト!

読書週間が終わったけれど、実はあまりその結果には満足していなかった。読んだ量からすると多分他のクラスよりは断然多いと思う。(学校の目標に達しなかった子が少ないという意味)まぁ、学校の目標ページのほぼ倍の量をノルマとしていましたから。(達成できなかった子は2名)

でも、読書記録を見ながら満足できなかった。読んでいる本がいわゆる最近のやわらかい話ばかりなのだ。「ずっこけシリーズ」が悪いわけじゃない。「にん玉乱太郎」がいけない訳じゃない。「こまったさんの料理シリーズ」が悪いわけじゃない。もちろん、そういう人気のある本を読むことも大切だと思う。

でも、この子達は「世界の名作」と呼ばれるようなお話にいつ出会うんだろう。自由に本を選ばせていては、こういう本に手が伸びないのではないだろうか。「日本の偉人」について、思いをはせることはあるのだろうか。「世界の偉人」に心打たれ、自分もその世界に近づいてみたいと思うことはあるのだろうか。

自由読書も良いけれど、じっくりと腰をすえて読まなくてはいけないような本も読ませたい。そういう願いから「必読書リスト」を作成しました。
とはいっても、お金をかけることはできませんから、図書館から『4年生に読ませたい。読んで欲しい』という本を私が選び、「必読書リスト」を作成し、その本を学級文庫としました。

冊数はクラスの人数+1。長いお話だから、机に持ち込んでも良いこととしました。ただし、自宅への貸し出しはしません。(学級文庫は持ち帰り不可になっているので)3月までに読んで欲しい。と言いましたが、長編が多いので全員が全部読めるとは思いません。また、普通の4年生には難しいかなと思うようなお話も数点入れています。この本を読んで考えて欲しい。もう少し経ってから読み返すことで、今と違う自分に成長している姿に気づいて欲しい。

自己満足かもしれません。余計なおせっかいと言われるかもしれませんけれど、私みたいなのが薦めなければ、こういう本を四年生は読まないのかもしれないと思ったからです。それというのも図書室で本を探してみたら、「名作」と言われる本の少ないこと。伝記・偉人伝も少なかった。

図書館にあるのは子どもに人気のある「やわらかい本」が中心だった。声を上げないと、今に「過去の名作」は学校の図書館から姿を消すかもしれない。自由読書が最も良いと主張する人がいるけれど、それによって「漫画に近い本ばかり読む子」が多くなったように思う。
食事で言えば食べやすい「おかゆ」のようなやわらかいものばかり食べていると言えばよいのだろうか。時には「するめ」のような硬いけれど、噛むほど味が出るものを食べさせないといけないのではないか。

私がクラスの子に渡した「必読書リスト」そこには1/4のおかゆと1/4の普通食と1/4の骨付きの魚と、1/4のするめが含まれている。本当はおかゆは入れたくなかったけれど、少しは読める本も入れておかないと一冊も読めない子が出ると思ったから。

どうなるか分からないけれど、私は、子どもと楽しみながら鍛えたいと思っている。作文指導・音読指導・漢字指導は毎日のように繰り返しているが、作文を考えるとき、名文を知ることはとても意味があると思っている。そのためにも「名作」に触れさせたいと思っている。乱読から精読へ。そのためのステップは学校でしかできないとも思っているから。

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読書記録 

2006年11月14日

髪を切った。

髪の毛が伸びたから、ほぼ半年振りに散髪をした。
本当は髪を切るのはあまり好きではない。長いほうが慣れていることもあって、自分としては落ち着く。
家族が「長いと老けて見える」とうるさいから散髪しただけの話だ。
冬が近づいているから、ちょっと襟足が寒い。

散髪から帰ったら、家族には「若々しくなった」と評判が良かった。

学校へ行った。他のクラスの子は「髪の毛切ったでしょ?」とうるさかったけれど、自分のクラスの子はほとんどそれには触れなかった。

女の子が近づいてきてボソッと言った。
「前の髪型の方が好きだったなぁ。」

うーん。前の学校でもよく言われた。短い髪は似合わないから、長いほうが良いって。でも、家族はそれを許さない。「切れ」とうるさい。
公務員(教員)だから伸ばしていたらいけない。と言う。

いつも迷うけれど、四六時中言われるのも面倒だから自分でも似合わないと思うけれど、短くしている。だからまぁ、半年に一度ぐらいしか散髪には行かない。
前髪が目に入ると邪魔くさいから、時々自分で前髪だけは切っているけど、散髪はもともと好きじゃない。

まぁ、長くても木村拓也になるわけではないし、短くしてもカッコよくなるわけじゃないからどうでも良いんだけれど。
冬が近づいて、やっぱり長いままの方が風邪引かないからいいよなぁとこっそり思っているのでした。

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つれづれ日記 

2006年11月13日

日直作文

日直作文が指導上効果があると言われたので、ここ数日続けて行っている。
これ、結構教員にとってもハード。
朝、日直が指定された黒板(原稿用紙が印刷してある黒板)に昨日書いてきた作文を写す。それをその日の国語の授業のはじめに読み、それを使って指導するというもの。
子どもの作文を教材にするから「生きた教材」と言えるけれど、教材を見てから授業をするまでの時間はとても短い。その間に『この教材で何を教えるか』を考え、発問を考えなくてはいけない。
子どもの作文力も育つだろうが、教師としての修行にもなると思っている。

さて、そんなことをやっていたら、子どもの提出してくる作文と黒板に書かれている作文とにズレがあることに気づいた。
うちのクラスは1時間目には国語が無い。そのため、書いた黒板を見て周りの子が意見を言うらしい。「ここは感じにしなくちゃ」「ここは段落を変えたほうが良いよ」などといった指導が入っているらしい。
提出された作文(前日家で書いてきた作文)と黒板に書かれた作文が違っているのはそういうわけらしかった。

最近、いい作文が増えてきたなぁって思っていたら、個人作文じゃなくて集団作文だったみたいです。でも、これってすごいことです。

休み時間に黒板に書く子供。
それを見ていて修正案を出す子ども。
修正案を聞いてそれを受け入れる子ども。

どの子もすごいです。休み時間なのに、作文の推敲・校正をしているんですから。
そのお陰で、次々とレベルの高い作文を紹介できるようになっている気がします。
どこを修正するのか瞬時に判断できないと困りますから、こちらにも緊張感が走ります。子どもの努力のお陰で、こちらも努力しないといけないなって気にさせられます。なんというか、切磋琢磨っていうか「学びあう空間」って感じがしています。

さて、先日「作文指導」の本も買ったので、子どもに負けないように学び続けなくてはいけませんね!ふぁいと!です。

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つれづれ日記 

2006年11月12日

貧乏人には教育はいらない?

とある辛口で有名な講演会に参加した。
その中で出てきた言葉がタイトルの『貧乏人には教育はいらない』という言葉。
この命題は正しいか、それとも正しくないか?という発問。

会場では「正しくない」が圧倒的に多かった。
貧乏だから教育を受けなくても良いというのは、いかにも暴論に聞こえた。
教育の機会均等をうたった教育基本法にも反するではないか。

しかし、真意は違った。
事実を基にして考えてみる。
野口英世は極貧の家庭に生まれた。しかし、彼は病原菌と戦い、世のため人のために尽力した人物になった。
松下幸之助も決して裕福とはいえない家庭に育った。しかし、彼は粘り強い努力と不屈の闘志で松下電器を世界に通用する企業にまで押し上げた。

貧乏であれば、足りないものだらけだ。その足りないものを補うためには努力と工夫が欠かせない。したがって満足な「学校教育」を受けなくとも、「貧乏が彼らを育てた」というのだ。


飽食の時代と呼ばれる現代。特に工夫をしなくとも、それなりの生活がおくれるようになっている。裕福な時代となり、学校での教育を十分受けられるようになった。
では、今は昔に比べてどうなったのか。

『フリーター・ニート・パラサイトシングルetc.裕福になったことで登場したとは言えないだろうか。』と言われれば、ある意味それは正しいのかもしれない。

先の命題の逆を考えてみよう。
『金持ちには教育は必要だ』
飽食の時代・裕福になった日本。
今こそ日本に教育が必要とされていると考えることもできるかもしれない。

もう少し、考えてみたいと思った。

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つれづれ日記 

2006年11月11日

一般企業も大変ですね。

健康のためにジムに通っています。
週に1,2回は水泳。週に1,2回はマシン中心の筋トレ。週に1度はエアロビ。週に1度はパワーヨガ。合計すると週に6日ぐらい通っていることになる。
まぁ、時々は休んでいるけれど。

それだけ通っている理由の一つは、ジムでの付き合いがある。そこではいろんな職業の人との付き合いがある。いろんな世間話をそこでしている。
もちろん、こちらの愚痴も言うけれど、いろんな人からの愚痴も聞く。
一般企業の社員・役員・自営業…。
いろんな仕事の人がいる。

仕事のことを話していると、『公務員はもっと楽だと思っていたけれど、話を聞いていたら俺には絶対にできないと思った。』って言うけれど、私からすると、どの職業も大変そうだ。残業続き、仕事のストレス。客とのトラブル。…etc.

教員バッシングで自分ばかり大変だと思っていたけれど、一般企業には一般企業の大変さがあるものですね。今の時代、どの職業だって大変ですね。
人とのトラブル・仕事の増加・給料のカット…。

元気出して行きます。バッシングなんかに負けませんよ!
一般企業も自営業も頑張って乗り切っていきましょう!
悪い時代ばかりは続かないと思いますから。

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つれづれ日記 

2006年11月10日

学級のパターン

私のクラスは毎年よく似ていると言われる。
個性的な子ばかり集められているので、4月当初は今年は違う雰囲気だなぁ?って思っていても2学期過ぎるといつのまにか「いつもの匂いのするクラス」になっているらしい。

いろいろと自分なりに分析すると
『しっかりものの女子とお茶目な男子』って雰囲気らしい。
思い出してみると、担当した学年は児童会の会長はいつも女子。
クラスを仕切るのも女子グループ。
男子は自由奔放にアイディアを出しながらいろいろな可能性を探っている。
それを最終的に形にするのはしっかりものの女子グループ。

調べ学習をしていても、走り回って資料を集める男子。その資料を元に表やグラフにしたり、原稿を作る女子。それを劇などインパクトのある形にして演じる男子。見たいな感じが多い。まぁ、一つのパターンとなっている。
それが、いつの間にか分担がされている。

まぁ、男子については『良さをつぶさない』ことを念頭において指導しているし、女子については『丁寧さ・着実さ』を求めているからその通りになっていると言えるかもしれない。

男女差別と言われるかもしれないけれど、たくさんの子どもと接してきて、それがよくある傾向のような気がする。もちろん、男子が女子のしっかり者グループに入っていることもあるし、女子が走り回る部隊に入っていることもある。
例外はいつもあるけれど、全体としては男女の役割分担がされている。

それが自然な傾向かなと思っている。
もちろん、小学校という年齢は一般的に女子の方が大人びているということも遠因としては考えられる。

まぁ、今年も大分そんな雰囲気に近づいてきた。
いつもの匂いになってきた。
ちょっとだけ、クラスが過ごし易くなってきている気がしている。
もちろん、私にとって居心地の良いクラスと言うことだけれど、子どもの表情からしてそれほど間違っていないのではないかなぁと思っています。

『学級の雰囲気は担任次第』って言うと『学級王国だ』って批判もあるだろうけれど、担任が学級をリードしているのだからそれは仕方ないことじゃないかな?とも開き直っている。

さて、2学期も後半。どんな個性が混じりあって独自のカラー(色)を作り出してくれるか、少し楽しみにもなってきている。

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つれづれ日記 

2006年11月09日

誤答を活かす。

算数の授業をしていると、いろいろな誤答が出てくる。「それは間違いです」とやってしまえば、効率的に授業は進むのかもしれないけれど、深まりが無いような気がしている。今日は、その誤答を使って授業をしました。

問題は次のようなものです。
500円を持って買い物に行きました。180円のジュースと90円のドーナッツを買いました。おつりはいくらでしょう?という問題。
元気なある男君の答え
(式)180+90=270
   500-270=330  330円
陽気ないる男君の答え
(式)500-180+90=230 230円

どちらも誤答だ。他の子がどんどん手を挙げてそれを正そうとする。
冷静なうる男君の答え
(式)500-180=320
   320-90 =230   230円
勉強熱心なえる男君の答え
(式)500-(180+90)=230  230円

ここで、お金を使って答えを確かめた後、いる男君の答えに注目させた。
「いる男君はどこから計算しているでしょう?」

すると
「180+90を先に計算しています」と答えが入る。
そこで、
「どうしている男君はそこを先に計算しようと思ったのでしょう?」とたずねてみた。
「買った物のねだんだからそれをまとめようと思ったんだと思います。」
「買った物のねだんって別の言葉で言うと何ですか?」
「代金です」

そうです。いる男君は代金だからそれをまとめて計算して引かなくちゃいけないとおもったので、先の式になったのです。
けれども、そのままでは「左から計算する」というルールに従っていませんね。
どうした良いですか?
「そこを先に計算してって書いておく」
でも、日本語で書いては外国の人には通じませんね?だから算数の時にはここを先に計算して欲しいときには( )をつけるのです。
と説明しました。

「いる男君は、考え方は正しかったけれど、それをどう書いたら良いかを知らなかったから、間違えてしまったのですね。いる男君のお陰で、みんなは賢くなりましたね。」

「誤答を教材に変える」これは、教師として大切なこと。そして、クラスで学ぶと言うのは、「誤答を共有し、より理解を深める」ことにあると思うのです。

その後教科書で確認、練習問題、発展問題と進んで授業は終わりました。

少人数授業だとここまでたくさんの誤答は出ないように思います。(能力別のクラスに分ければ、上位クラスは誤答はほとんどでないでしょうし、下位クラスだと正解が出ないかも!?)ある程度の人数がいるということはとてもありがたいことですね。
いろんな子どもが同じ教室にいることで、学習は深く広がって行くように思います。

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sevenstarslight at 07:44コメント(4)トラックバック(0) 
つれづれ日記 

2006年11月08日

最初から喧嘩腰はやめましょう

ずいぶん前に書いた記事だけれど、すぐにアップすると誤解を生みそうなのでずっととっておいた記事。その後の様子からして、今ならいいかと思ってアップします。
以下は以前に書こうとした記事です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
先日、朝から体調の悪い子がいた。
最初は「気分が悪い」「左目が痛い」しだいに「お腹が痛い」
その都度、保健室へ行かせて、養護教諭に様子を見てもらった。

「この程度なら大丈夫だから(熱もないので)もう少し頑張ってごらん」と言われて戻ってくると、そのまま教室の床にゴロリと寝た。
「そんな状態なら、勉強するのは無理だからお家に帰りますか?」と聞くが子どもはうなずかない。
「早く病院に行って見てもらった方が良いよ。学校では詳しい検査もできないし、よく分からないから」と更に続けたけれど、早退するとは本人は言わなかった。

もっとも、昼の休み時間はニコニコしていたし、帰りの会を始める前には他の女の子を蹴飛ばしたりもしていた。

それでも、再度「家まで帰るのが辛いならお迎えを頼もうか?」と言うと「お母さんは今日は仕事でいないし、お父さんは電話には出ないからおばあちゃんの家に電話して」と言う。
一応その子の家に電話をする。「転送します」→「近くにいませんのでまた後ほど電話してください」と切られてしまう。
仕方がないので、祖母の家に電話をする。

そして、下校指導に行った。

帰ってきたら事務の人が怒っている。
「朝から調子が悪いのに、学校は帰してくれないんですか!」っていきなり怒鳴られちゃった。って。
「私も全ての状況が分かっているわけではありませんので…」と事務の方が答えると「何だと!逃げるつもりか!!」って言われましたって。

しばらくして「今日のことを詳しく知りたいので、後で携帯に電話すること」という伝言が私に入りました。

仕方がないので、職員作業などの後に電話で、説明しました。
「自宅に電話したのが○時○分では遅すぎる!その時には迎えに家を出ていた。自宅で着信時間を調べたので間違いない。」
(一応、私もプロなので、電話した時間はその10分ぐらい前であることは本当は知っている。時計を見て電話しているから。)
「迎えに来ることはお子さんは知っていたのですか?」
「いいえ、気が向いたときには迎えに来るようにしていますから子どもは知りません。」

まぁ、その後もいろいろと怒鳴られましたけれど、学校で帰そうとしても本人が承諾しなかったことや、休み時間には元気だったことなどを聞いて、「子どもがひどい健康状態ではなかったこと」が分かってもらえたようです。でも、この保護者の取った方法はあんまり良い方法では無いなぁと思います。

まず、子どもに聞いてもらえば、学校の対応だってもう少し分かっていただろうし、子どもの健康状態なんてすぐに分かったはずだと思うのです。

後で、職員室の先生方から慰められましたけれど、この保護者に対する見方はどれも冷たいものでした。(去年も同様に変なクレーム?で怒鳴り込んでいるかららしいです)

冷静に、冷静に。子どもは言葉が不十分で正確に伝えられないこともあります。視野が狭くて周りの状況が見えないこともありますよ。
その時冷静になって他の人に話を聞かないと、思いこみだけで暴言を吐くことになります。暴言は人との距離を遠ざけます。それだけ、次から有効な情報が入らなくなります。人は繋がることで、賢くなるし、人生が豊かになると思うのです。

子どもが「誰かを責める言葉」を言ったとき、冷静に状況を知ろうとする努力を大人は忘れちゃいけないと思います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
以上がずいぶん昔に書こうとした記事です。

さて、その後ですけれど、この親御さんとはその後も何度かぶつかることがありました。その言葉の端々に傷ついたりしましたが、次第に親御さんの言葉遣いも変わってきました。もちろん丁寧な言葉っていう訳ではありませんが、こちらのことも理解してくれるようになって来たのです。

思うに、最初から喧嘩腰で話し始めたのは、根強い「学校不信・教師不信」があったからのように思えます。これぐらい強く言わなければ、「学校は動いてくれない。変わってくれない」という思いだったのではないでしょうか?
今はそう思えて仕方ありません。

いろんな親御さんがいらっしゃいますが、なぜそうなったのか?よりも「新たに関係を構築しなおす」という未来思想で付き合うことが大切ではないかと思うのです。
ちなみに、今まで同じタイプの親御さんがいらっしゃいましたが、半年を過ぎたあたりからこちらのことを理解して下さる方がほとんどでした。
人間、何かしら強い怒りの感情を胸に隠していると、闘争的になってしまうようです。付き合いにくい親だなぁと感じたら、その思いを感じて粘り強く信用回復に努めることが大切だと思います。
真心はいつか通じるものだと私は信じたいのです。

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sevenstarslight at 07:09コメント(6)トラックバック(0) 
つれづれ日記 

2006年11月06日

売れない教育書

教育書が売れなくなっている。ある著名な実践家の教育書でさえ、初版は1500部程度だと言う。日本全国の書店はどれぐらいあるのだろう。まさか1500軒以下ってことはないだろう。ということは、著名な実践家の本ですら、書店でなかなか探せないってことだ。もちろん、ネットで検索して購入という方法もあるから、手に入らないということではないと思うけれど。

そのことを教師が集まったところで話したことがある。そしたら、「ネットで無料で情報が手に入るから本を買わない」「手にとって見ないと分からないから買わない」「書店に行っても教育書のコーナーがないから買わない」などの理由が出てきた。

それ以外にも「教師の多忙化」「教師の疲弊」に原因を求めた発言もあった。

話は少し変わるけれど、最近「教員向けの講演会」も人気がない。
自費で参加費を出して講演を聞くいわゆる研究会の事務局をしているが、ここ数年一気に参加人数が減っている。私が参加するほかの研究会を見ても参加人数は減ってきている。

書籍に限らず、教員自身が「研修」をしていないのではないかと思えている。授業力や学級経営力を上げることは、仕事の質を上げるために必要なことだと思う。昔なら勤務後に誘い合って喫茶店でベテラン教師の意見を聞く機会があったけれど、それは最近減っている。身近な教師からも学んでいないし、書籍からも、講演会からも学んでいない。ひょっとしてネットを利用して個々にこっそりと研修しているのかもしれないけれど、これは怪しい。

教育公務員特例法の第二十一条には以下のように書かれている。
『教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない。』

一般の人はこれを当たり前と理解するだろう。
では、その当たり前のことを最近の教員はしているのだろうか?
この言葉はとても重い。
しかし、研修の時間もとれないのが現場の姿だとすると…。未来が非常に暗いものに思えてくる。
それは教育公務員特例法の第二十二条に違反していることになるから。
同法の二十二条には次のように書かれている。
『教育公務員には、研修を受ける機会が与えられなければならない』
これに違反している?

また、最近は夏季研修中などに学校を離れての研修が認められないようになっているが、それは同法二十二条の2
『教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる』に違反していないのだろうか。

様々な問題が報道されている。教師の質が下がっていると言うアンケート結果も発表されている。けれども、この部分をこの機会に見つめなおしてみるのもよいじきではないだろうか。

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sevenstarslight at 07:20コメント(6)トラックバック(0) 
つれづれ日記 

2006年11月05日

DeathNote theLastName

DeathNote見てきました。上映中なので詳しい内容は書けませんが、原作(コミック)よりもラストシーンが良かったと思っています。
特に心に残ったのは父、総一郎が月(ライト)に語るセリフです。
(ここに書けないのが残念です)
興味を持った方はぜひご覧ください。

追伸…私は結構遅い時間帯に見に行ったのですが、次の日が休みということもあり、小学生が多数いました。親子連れなので親の責任と思いますが、10時をとっくに過ぎているのに小学生が映画館から出てくる姿は異様な気がしました。
人気のある映画だから、通常の時間帯では座席が確保できなかった。という理由を差し引いても、私は首を傾げてしまいました。

追伸2…子どもたちの間でデスノートに名前を書く遊びがはやらなければいいなぁと思っています。ちょっとまねしてみたい。という衝動にかられそうです。
でも、ジョーダンと思っても冗談ではすまないと思います。
れっきとした嫌がらせ。いじめだと思います。それも性質が悪いいじめ。
杞憂に終わればよいのですが、子どもたちにもそんな話をしないといけないかなぁと思っています。実際にそこで子どもの名前が書かれていたら…。
子どもによっては立ち直れないと思いますから。

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つれづれ日記 

2006年11月04日

月の電話番号

四年生では月の観察をする。
月は形の変化が早いし、見える時間も毎日のように変わる。だから観察できる時期が細かく限定される。見逃してもらっては困る。また一月待たないといけないから。
そこでこんな話をしました。

昨日、月に電話したらね。「30日には半月になって現れるから良く見てね」って教えてくれたよ。
「え〜っ!ホント?」
「月の電話番号教えて!」
月の電話番号はね。×××の47ー4934だよ。(と言いながら黒板に書いた)

「うそだぁ」
「ホントにつきに電話できるの?」
(ホントにこの番号に電話すると困るけれど)

これはね、ヨるにナったらヨクミてヨって意味だよ。
     4  7   493 4
って数字を示しながら言った。

そして、下校の時間。南東に予定通り白い半月が見えた。
「ほら、約束どおり半月が出ているでしょ?」
それじゃ夕方にもう一度月がどこに動いているかを観察してきてくださいね。
ヨるにナったらヨクミてヨだからね!?

追伸…普段の学習で慣れている子どもたちは誰も電話番号を本気にして電話しなかったみたいです。ジョークが分かる子どもに育っていて良かったよかった。

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つれづれ日記 

2006年11月03日

指導力不足教員に40代が多いわけ

指導力不足教員
なんとも嫌な響きだけれど、70%は男性だとか、40代が多いとか聞くとその年代の男の人はやりにくいだろうなぁと思う。
では、なぜそのぐらいの年代の人が指導力不足と言われるのだろう。

特に根拠があるわけではないけれど、思っていることを書いてみようと思っている。

(1)50代は管理職30代は少ない。20代は若いという武器がある?
まず、50代の教員は採用から考えると多いはずである。
けれども、この年代は「管理職」になっている可能性も高い。したがって直接子どもと関わっている教員は少なくなっているのではないか?
次に少子化の影響が出始め、採用が極度に少なくなった時期があった。それが今の30代。当然数が少なければ、統計上数は現れてこない。
それでは、近年採用が増えてきた(講師などで)20代はどうだろう?
若さゆえにおまけじゃないけれど、許される余地は大きいように思う。
そうなると中間層(40代)が増えてくるという図式。
根拠なし!

(2)男性は問題行動が多い子どものクラスを持たされることが多く、それに対応しきれないと「指導力不足」と言われる。
実際、問題行動が多い学年を敬遠する女性は多い。また、低学年など問題行動があまり大きくならない学年だけを担当している場合も多い。指導力に本当に問題があっても、大きなトラブルに発展しづらいので、統計上出てこない。
また、校務分掌も男性に偏ることが多く、その意味でも過重負担になって男性に多く「指導力不足」が現れる。
根拠なし!

(3)自分の受けた教育の全否定
40代の教員の子どもの頃は「体罰横行時代」と言ってもよかった。特に男子のやんちゃな子は目の前でバシバシ叩かれていた。「指導とは間違ったときに徹底的に痛い目にあわせて教えること」を体験してきた。
さて、教員になってみると体罰はおろか大きな声で怒鳴ることもできない。指導のお手本がなくなってしまったのだ。どうしてよいか分からず、不器用に子どもに寄り添おうとするが、対等というより下手にでてしまってなめられるが、それを覆す方法の手本を持っていない。
「子どもは無条件に先生を敬うものだ」と思っていた指導の根幹が揺るいでいる。どうしてよいか分からず、子どものなすがままになってしまい指導力不足といわれる。
根拠なし!

今回の記事はすべて根拠がありません。単なる思い付きです。(ごめんなさい)
40代の男性に指導力不足教員が多い本当の理由は別のところに原因があるようにも思えます。気づいた方(思いついた方)はコメント入れていただけると嬉しいです。

それにしても、どうして40代の男性に「指導力不足教員」が多いのでしょうね。
本来ならこの年代の人たちが中心になって学校で活躍してくれないと困ると思うのですけれど。(その分、女性が活躍しているなら良いのですけれど)

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sevenstarslight at 07:50コメント(8)トラックバック(0) 
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2006年11月02日

みんな違うからいいんだよ。

学級には様々なタイプの人間がいる。自分と似たタイプもいれば、全くどこが似ているのかと思うようなタイプの人間もいる。

さて、学校では学習などでグループを作ることがある。
その時の様子を見ていると、結構似たタイプが集まることがある。思考パターンが似ているとか、行動様式が似ているとか、好みが似ているとか…。

だけど、手を見てごらん。そこにはひときわ太くて短い親指もあれば、細くて短い小指もある。じっくり見ると同じ形をした指はどれもない。五本とも違う。
これが全部同じ指の形をしていたらどうだろう。
親指ばかりなら、指圧は便利かもしれないけれど、うまく箸が使えない。
人差し指ばかりなら、文字がかきにくいだろう。
五本の指にはそれぞれの仕事があるんだよ。
どの指だって大切だよ。

クラスの仲間だってそれは同じ。
みんな得意なことが違うから協力するとうまくいく。
そんなことを学んで欲しい。
そんなことを教えたい。

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sevenstarslight at 07:06コメント(4)トラックバック(0) 
つれづれ日記 

2006年11月01日

作文漬け

最近は話すことが強調されているけれど、私は小学校ではもう一つの大きな柱が長い間忘れられているような気がする。それは「書くこと」

その時に思いついたことを話す(正確には喋るかな?)だけなら別に練習しなくったってできる人は多いです。けれど、自分の考えを相手に伝わるように(分かってもらえるように)文章にする力がなければ、いくら声が大きくて明瞭であっても価値が半減するように思います。

では、その力(思考力とよんでもいいのかな?)はどこでつけるかってことですが、それは紛れもなく学校。特に国語の時間だと思います。指導要領で「作文の時間」が明示された時期もあったのですが、現場はあまりその方向に進みませんでした。
それは何かな?と思っていたら野口先生のお話を聞いていてなるほどなぁと思いました。
その当時の主流の教え方が実に手間隙かかる方法だったのです。
そこで、スパッと考え方を変えて、まずは「量を書かせる」ことからはじめようと思いました。細かい間違いを指摘するのではなく、書けたこと、書いたことを認めながら機会を見つけて書く機会を増やそうと思いました。

そこで作文漬けです。
物語の学習をすればその感想を書かせる。話の続きを想像して書かせる。どこかに出かければその時の思い出を書かせる。校外の人に何かをしてもらったらお礼の手紙を書かせる…。

多分、この2週間の間に5本ぐらい書いていると思います。慣れていない子が多いので分量はそれほど多くありませんが、(原稿用紙1枚程度)書こうと考える機会は確実に増えていると思います。

成果は?今のところ???ですけれど、確実に書くスピードは上がっていると思います。最近はそれをファイリングして自由に閲覧できるようにして教室においてあります。(もちろん、それには朱が入っています)
今のところ、手にとって読んでいる子は多くはないのですが、少しずつ少しずつ浸透していけばなぁと思っています。

そして、第二段階は「朝の作文」に挑戦です。
日直が朝、黒板に作文を書くのです。それを材にしてつづり方を教えることができればと思っています。(これは野口先生の真似です)

作文漬け。興味を持ったら一度やってみてください。

追伸…私はこのために特別製の原稿用紙(B5で右側が綴じられるように作ってあります)を作成しました。現在印刷した原稿用紙が教室に400枚ほどストックしてあります。教室にストックがあると「よし、今だ!」ってすぐに作文指導に入れるのがメリットです。何か成果が見られましたらまた報告しますね。

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こめんと