2007年08月

2007年08月30日

祖国とは国語

いろいろと考えさせられる本だった。
それが今回紹介する「祖国とは国語」藤原正彦(新潮文庫)

この本は連載されていたエッセイなどを集めた書籍なので、どことなくまとまりが無いという感じは否めない。内容も「教育」に関する提言・主張と思われる章と「家族」に関するショートコントのような章と「終戦前後」の思い出の地(満州)を再訪する家族旅行をまとめた章とがあるから、まとまらないのはいたしかたないだろう。

このブログの趣旨からも、第一章の「国語教育絶対論」を中心に書こうと思います。

この章で主張されていることは「国語教育の大切さ」
言語をしっかりと身につけないと、思考そのものが未熟なものになる。
「読むこと」が国語教育の根幹であり、最も重視されなければいけない。
日本の文化は国語の理解があってこそ継承できる。
古典の朗読・暗唱によって言葉のリズムが理解でき「美しい言語が身につく」

ちなみに著者の藤原正彦氏は「国家の品格」の著者でもある。
しかし、藤原氏の本業は数学者である。数学者が「一番大事なのは国語だ」と言っているのです。私も専門は国語ではないのですが、近年「一番大事にしなくてはいけなのは国語だ」と考えていましたから、素直に読み進めることができました。

また、国語教育以外では「個性の尊重」を批判していらっしゃいました。
少し引用してみよう

以下引用−−−−−−−−−−−−−−−−
『個性の尊重』により苦手、嫌いが個性として大目に見られる。単なる甘やかしとおもねりが、『個性の尊重』という美しい言葉の魔力により、子どもへの『理解ある態度』と変貌するのである。
子どもの個性のほとんどは悪い個性であり、それを小学生くらいまでのうちに正すのがしつけであり教育である。
この厳しい過程の中で、子どもは傷付くことを繰り返しながら我慢力を身につける。家庭教育と学校教育は、機会を見て個性を踏みにじることから始まる。国民が、『個性の尊重』などという美辞に酔いしれている限り、この国の将来はおぼつかない。
−−−−−−−−−−−−−−引用終わり

個性の尊重は私自身大変疑わしいものだと認識していました。今だから言えるのですけれど、昔MLが盛んだった頃に同様の主張をして激しい口論(?)になったことを思い出します。
教員の中には、こういう考えは嫌いな人がいるようです。でも、「すぐに、かっとなってけんかっぱやい」という他の人との差異点を個性とは私は呼びたくないのです。
これは直さないと人間関係にひずみを生じます。本人もいろいろな点で不利です。

巻末に斉藤 孝さんが「こんな人に文部科学省大臣になってほしい」と書いていましてけれど、伊吹さんにも読んでもらえないかなぁ?なんて思いました。

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読書記録 

2007年08月28日

南京事件 「証拠写真」を検証する

偏っていると言われることを承知で、この本を紹介します。
南京事件 「証拠写真」を検証する(東中野修道・小林進・福永慎次郎)草思社発行
です。
ちなみに、この本と前後して(写真集)「南京大虐殺」などを読んでいます。

おそらく、こういう書籍をじっくりと読む時間は、こういった長期の休みの時にしかとれないだろう。そう思いながらこの休みは南京事件などに関する書籍をたくさん読んだ。

たくさんの証拠写真・証言を見るたびにその残虐性に驚いた。

ところで、この本を読んでいくと「あれ?あれれれ?」という気持ちになる。
例えば、南京事件を伝えるときに、この写真を見たことは無いでしょうか?

この写真を見ると、戦争の悲惨さ、そして一人残された子どもの哀れさがしみじみと感じられ、こんな酷いことをするとは…という怒りの感情も湧いてきます。

ところが、これは南京の写真ではありません。
これは「上海」で撮られたものです。(元の写真にはSHANGHAIと赤鉛筆で書かれているとか!)それも軍事物質の集積場。
そして、この写真には前の部分があるのです。男の人が男の子をそこに連れて行き、おいてくるところの写真です。
そう、やらせ写真なんです。

こちらの写真も有名な写真です。「ザ・レイプ・オブ・ナンキン」にも掲載されている証拠写真です。
でも、これは変。南京事件は12月です。冬なのにこの格好ですか?
足元の影も冬にしては短すぎます。

いろいろな残酷な写真を集め、それを「日本軍が南京で行った」と説明をつけている写真がこのほかにも多数紹介されていました。

「南京事件があった」ことは疑いの無いことでしょう。実際に戦死の記録もありますから。でも、南京ではない写真まで含めて「南京でこんなことがあった」と言われるのは、先祖に対する冤罪そのものではないかと思えてきます。

黄 文雄氏(台湾出身の評論家)が「中国人は古代の昔から贋物づくりの名手で、伝統でもあるので、これは普通のことです。私は若い頃から戦場をめぐる写真贋造の話は噂で聞いていて、実物をみたこともあり、今日見せていただいたのと良く似ていたので、あヽあの手の種類だなと思い出します」と語ったことも忘れてはいけないだろう。

そのほかにもトリミングにより中国人を消したもの。意図的に墨で塗りつぶしたもの。切り貼りで作ったものなどが紹介されている。

気になる人は、図書館などで「南京事件」に関する写真集などとこの本を見比べてみるとよいと思います。

追伸…雪国ではそろそろ新学期が始まっているでしょうね。こちらも新学期の準備を着々と始めています。読書三昧の日々もそろそろ終わりそうです。

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読書記録 

2007年08月25日

教科書から消された偉人 隠された賢人

今日紹介しようと思うのは、「教科書から消された偉人 隠された賢人」(濤川 栄太)発行:イーグルパブリッシング です。

この本に登場する主な人物を挙げてみよう。
吉田松陰  徳川慶喜  山岡鉄舟  近藤勇    土方歳三 
武田信玄  上杉謙信  毛利元就  柴田勝家 
坂本竜馬  勝海舟   西郷隆盛  高杉晋作   大久保利通
東郷平八郎 乃木希典  新渡戸稲造 山本五十六

歴史に興味がある人なら「知ってる知ってる」という名前ばかりだろう。
どの人も日本の時代を生き、その時代に大きな影響を与えた人物です。

歴史の学習を「記憶物」ととらえると、無味乾燥な気がするけれど、昔の賢人の知恵を学ぶ、偉人に対する憧れを持つことが歴史の学習だと思えば、この人達は取り上げてもなんら遜色はない人物ではないかと思う。

学習内容が削減されたことにより、教科書での扱いが薄くなった人もいれば、参考資料にさえもほとんど登場しなくなった人もいる。歴史は時間と共に膨大な量になっていくのだから、削除される部分がなければ、学ぶことは増加する一方であるとも言える。

けれど、歴史の学習で取り上げないのなら、「道徳」の時間でこういった人達の復活を図ってはどうだろう?「すごい人がいた」「こんな人になりたい」「こういう生き方がカッコイイ」などといった感動を子どもの心に生み出すのではないだろうか。

尊敬する人と聞かれて「両親」と答える人が多いという話を聞いたことがあるけれど、「尊敬する人」は「身近にいないような突出した人」であってもいいと思う。
誰もがこんな人になれるとは思わないけれど、憧れる気持ち、近づきたい気持ちそういう気持ちが自分の行動を美しくしていく気がする。

昔、「金八先生」の中で、坂本金八先生が、「坂本竜馬」にあこがれ、その肖像画を見ながら「こんなとき坂本先生だったらどうしたんでしょうか?」と話しかける場面があったが、「偉人に学ぶ・偉人に近づこう」という心が金八先生を成長させるのだと思う。

教科書には登場しないけれど、若者が憧れる偉人・若者をひきつける賢人が日本にもたくさんいたことを、今の人にも伝えたいと思いました。

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読書記録 

2007年08月22日

なかなか治らない

いろいろと病気を抱えている。
「完治はしないのでうまく付き合ってください」とも言われている。
今までにも夏場にひどい発作で倒れることも何度かあったけれど、今年はあまりひどい発作は出ていないので、まぁいいかと思っている。

けれども、先月の中旬過ぎから左ひざと左足の先、左ひじ、左の指先と軽度の痛みを伴う場所が増えてきている。いよいよ全身に症状が出るようになってきたか…。と思う。階段は特に辛くて手すりが手放せない。

それでも、周りに気づかれないように、平静を装いながらごまかしながら過ごしている。

今回、症状が出てから、医者には2種類の痛み止めをいただいた。けれども、症状は全く改善されない。
定期的な検査でも、「夏場になって若干悪化の傾向が見られるが、それほど緊急事態ではない」と言われる。

それでも、痛みは変わらないまま、もうすぐ1ヶ月になろうとしている。
体が思うように動かせないと、気力も落ちてくる。外出も億劫になってくる。「まぁいいか」が口癖になる。

やっぱり若いときから健康に気を使わないといけませんね。

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つれづれ日記 

2007年08月18日

いわゆる「A級戦犯」を読んで

お盆休みになり、ぽっかりと空いた時間ができたのでいろいろな本を読んでいます。中心は最近興味を持っている近代史に関わるものが多いです。

今回取り上げるのは、小林よしのりさんの「いわゆるA級戦犯」(幻冬舎)という本です。小林よしのりという名前を聞いて「右翼の漫画家だ」と思って続きを読むのを止めてしまう人がいるかもしれないけれど、この本はA級戦犯について割りと淡々と説明している部分が多い。

ところで、A級戦犯という言葉は知っていると思いますが、どういう意味だと思っているでしょうか?「A級」というのは、「B級」「C級」に比べて犯罪の度合いが酷く、重い罪を犯したという意味に理解していないでしょうか?

恥ずかしながら、私もB級戦犯・C級戦犯という言葉があるのだから、A・B・Cは犯した罪の重さだと勝手に思っていました。

でも、それは間違いでした。A級戦犯として28名が起訴されています。そのうち死刑は7名。獄中死7名です。(後は終身刑などです)しかし、B.C級戦犯でも1061人が死刑になっています。A/B/Cは刑罰の重さではないのです。

では、どう区別したかというと
A級は戦争を遂行した国家指導者など
B級は戦場で命令する立場にいた指揮官など
C級は実行した兵隊など
という区分だそうです。

そしてこの戦犯のうちA級戦犯を裁いたのが有名な「東京裁判」です。これは、いろんな意味で問題のある裁判であることは有名なところです。
冤罪もあったのではないかという想像も難くありません。

事実を史料から読み取り、汚名挽回・名誉回復のチャンスがあってもいいのではないかと私はこの本を読みながら考えました。
もちろん、これ以外にも「南京虐殺」などについてもいろいろと本を読みました。歴史の奥深さ、そして真実はどこにあるのかを考えることが大切ではないかと思いました。

靖国神社・A級戦犯など、マスコミが意識して流している情報は一面的な事実でしかないのではないか?そうやって疑いながら、様々な文献を調べて近代史を理解していくことが現代を生きている私たちが、祖先に対する礼儀ではないかと感じました。

安全で平和な国に生まれた自分の幸福を感じながら、その国が生まれ、成長する過程でどんなことがあったのか、先人はその時どう考え、どう対処したのか傲慢にならずに読み解いていくことが、先祖に対する礼儀ではないでしょうか。

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読書記録 

2007年08月16日

憲法九条

8月15日、終戦の日。NHKの討論番組を見た。自分は元々『改憲派』なのだが、この番組を見て、様々な立場、経験を持つ人の意見を知ることができたのは、とても有意義だった。

憲法九条は自衛隊、日米安保に密接に関わっている。そして、実は『自分達の財産、生命』にも直結している大変重要な憲法だということを実感しました。
話題は取り扱いが難しい議論でしたが、司会の取り仕切りも見事だったと感じました。
『NHKに受信料を払っていて良かったな。』と思いました。

ただ、一部の人が『外国が攻めてきたら(侵略してきたら)どうするんだ!』と詰め寄ったときに、『逃げればいいじゃないか』『逃げることのどこが悪いんだ』という意見が飛び出したことはとてもショックでした。

憲法九条を真剣に考えていると思われる人の中から『逃亡論』が出るとは思わなかった。

有事になれば、民間人が国外に安全に脱出することは難しい。おまけに軍隊などの護衛なくしては実現困難だ。

大体、どこに逃げるのだろう。ユダヤ人が安住の地を求めて、世界中を彷徨ったが、それを真似るのだろうか。農耕民族である日本人には無理ではないかと思うのです。


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つれづれ日記 

2007年08月13日

お弁当作り

3720632c.jpg夏休みには日直当番があります。この日は昼とはいえ外出は禁止。そのためお弁当を持って行きます。
今回のお弁当は卵焼きにこぶのあえもの、ひじきの炒め煮、ピーマンの肉詰め、キュウリのハム巻き、コロッケ(2種類)あとは御飯でした。
まあ、男の弁当です。(^o^)
夏休みなのでたまにはこんな柔らかい記事もいいかな?って思っています。
追伸…携帯からアップしてますが、ちゃんと画像が表示されるかなあ?(画像が粗いのは出来の悪さをごまかすためです。アハハ!)


sevenstarslight at 19:53コメント(4)トラックバック(0) 
つれづれ日記 

戦争は好きですか?

戦争が好きですか?って聞かれたら「ハイ」なんて答える人はいないだろう。それは時代を遡って、どの時代に聞いても同じだろうと思う。

この時期(終戦記念日の近く)になると、戦争の悲惨さを訴える番組が放送されるけれど、気になるのは視点が「民衆レベル」であること。
「はだしのゲン」は視点が一般民間人のレベルである。
ここから見れば、戦争は何もいいことが無いように見える。そして、「戦争なんかなくなればいいのに」という台詞が繰り返される。

さて、日本の軍部が暴走して戦争を始めたような認識を持っている人も多いと思うけれど、世界はどうだったのか?それを知って欲しいと思うことがある。
誰だって戦争は嫌いだ。

日本史だけに視点を向けると、どうしても「(真珠湾攻撃で)戦争を始めたのは日本の軍部(上層部)が悪かったからだ」となりがちである。
果たして、本当にそうなのだろうか?あの時、戦争を始めなければどうなっていたのだろうか。世界地図が大きく変わっていただろと思えて仕方ない。

世界史の未習問題が昨年話題になったけれど、個人的には世界史は大切であり、必修にする必要があると思っている。
確かに日本史に比べ、扱う話題が多く(範囲が広いので当たり前ですけれど)全容を知るのは難しく、特に近代史になればなるほど「各国の歴史認識」に大きなズレを含んでいるので難しいのだけれど、日本人はどんな民族で、どんな歴史の中を生きてきたのか、そして日本人はこれからどうしたらよいのかを考える基礎知識になるのではないかと思っている。

アメリカという国は、どうやってできた国で、どうやって領土を拡大し、勢力を伸ばし、世界での地位を高めてきたのか。
イギリス・フランスというヨーロッパの国の近代化はどうやって推し進められたのか。
中国という国はどんな歴史を持ち、どんな文化を持っている国なのか。
アジアの国々がなぜ「植民地」としての歴史を持っているのか?

それぞれの国が今の姿になるには、それなりの理由がある。それが歴史である。
しかし、歴史は作られるものでもある。「現在を守るために、過去を美化する」ことが行われることもある。「自分の味方を増やすために、他人を極悪人に仕立て上げること」もある。

例えば、第二次世界大戦が無ければ、世界地図に「日本」という国は無いだろう。
フィリピン・タイ・朝鮮・韓国その他アジアの国も存在しないだろう。
「戦争は嫌い。戦争を二度とするな」という言葉で思考停止してはいけない。
昔の日本人だって軍部だって戦争は避けたかったのだ。

戦争は好きですか。誰だって嫌いです。
現在の安全の中から「過去を単純化して(一部・一面だけを見て)祖先を侮辱していないだろうか」
これは、日本という国を否定し、自分が日本人であろうとすることを否定する。
そして、自分は今までの日本人ではないと歴史ある国家から自分を切り離し、「自分は(昔とは違う)善良な日本人」という歴史から切り離された孤児(歴史孤児)になってしまう気がする。

世界史をじっくりと調べて欲しい。
様々な視点に立って、知って欲しい。そして、日本という国の歴史を知り、どんな国であり、どんな人柄・国柄なのかを知って欲しい。史実と自己都合のデマを史料を元に見破って欲しい。

最近、テレビでのインタビューで若い人の答えの中に、何か物足りなさを感じるのは、私がすでに歳を取りすぎたということでしょうか。
でも、日本人を残したいと思います。歴史の中でつながっている日本人を残したいと思います。

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日本が失ったもの 

2007年08月10日

研究母体が大切です

地元で行われた研究会に参加しました。
明日から行事なし週間なので、前半戦最後のイベントでした。

たくさんの方の発表を聞きながら、個人での研究に見られる「独りよがり」が目に付きました。ある地区はそれこそチーム編成をし、研究グループで検討し練り上げての発表だったことを思うと、その差はあまりにも歴然としていました。

自分が若い頃は研究母体が無いのが当然という感じでどの発表も個性は強いものの、まとまりとか伝わりやすさという点では弱かったのとは対照的な感じを受けました。

視点は面白いのに、それを十分に発揮できず、その後の質疑応答でやっと見えてくるという発表もありました。もちろん、その後の質疑応答でも見えてこない発表もあったのですけれども…。

卓越した教材力などを持っていれば別でしょうけれど、10年未満の人にとっては、研究母体をどこに求め、どれだけ協力体制で研究できるかが成否に大きく関わってくるような気がしました。

特に昨今は発表=チーム発表という傾向がありますから、個人で荒削りだとそれだけでその弱さが目立ってしまうのです。

個人の時代というよりは、チームの時代協調の時代というべきでしょうか。
学校現場も個人では対応しきれない場面が増えてきています。学級王国って言葉が死語になっていくのも当然という感じがします。

若い教師たちは、現場でも研究会でもいかに多くのブレーンに恵まれるかによってその後の教師人生が変わってくるように思います。まずは、身近な学年チーム、学校チーム。専門教科での研究チームなどで人材を求めることが必要になりますね。もちろん、それに見合うだけの教師に成長することが一番の近道なんですけれどもね。

追伸…学閥やコネだけではこういうチームは作れません。自分が謙虚になって周りに協力を求め、自分を成長させていこう(変えていこう)という人の周りにだけ、人が集まるのだと思います。

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つれづれ日記 

2007年08月09日

暑くなりました

さすが8月。地球温暖化も嘘ではないと思わせるような暑さが続いています。
台風だってぽこぽこ発生しているようですし…。

もうすぐ行事なしになります。(大体お盆前後の期間です)まぁ、ここで集中的に休みを取ってのんびりすることになります。
それまであとちょっと。

読みたい本もいくつか読んで(まとまったら記事にします)少しだけ充電。
この時期に読んでいる本は理論関係とか、雑学に近いものだったりします。まぁ、すぐには役に立たない本です。でも、教育の骨の部分(理論)や肌の部分(雑学)って普段はあまりブラッシュアップできないから、とっても貴重な時間だと思っています。これが休みは研修漬けになって読めなくなると教育そのものが薄っぺらになってしまうような気がしています。

まぁ、読書と言っても暑いのでだらだらと汗をかきながら寝そべったりして読んでいるので、傍から見たら遊んでいるようにしか見えないでしょうね。

もっとも、教育ってのは「知的な道楽」を楽しむ行為でもあるわけです。生活が逼迫していたら教育を受けさせよう(受けよう)なんて思わないわけですからね。

最近、校外指導でいろんな場所(ゲームセンターやデパートなど)を回ったんですけれど、外で遊んでいる子どもって見なくなりましたね。もちろんプールには子どもはいるんですけれど、それ以外っていないなぁと思いました。

ゲームセンターでぶらぶらしている。デパートで涼んでいる。って子どもは激減ですね。もっとも、広場で遊んでいる子ってのは絶滅したのでは?と思えるぐらいです。

自然体験を…と休み前には話をするのですけれど、何も特別なことをしなくても、夏の暑さを体感することも一つだとは思うのですけれど。

テレビを見ていると「観測史上最高気温を記録」なんて言っていますから、昔みたいに外で遊んでいたら倒れちゃうかな?

あんまり暑いので温暖化を本当に心配している今日この頃です。

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つれづれ日記 

2007年08月07日

ヒロシマ・広島

原爆が人類に初めて使用された日。
それが8月6日。

日本は、このことを忘れてはいけないと思う。
被害にあわれた方、今も後遺症に苦しんでいる人達。
それは、同じ日本人なのだから。

62年という年月は、一人の人間としてはとてつもなく長い時間だ。その時生まれた人がすでに定年を迎えているのだから。

当時の様子を知る人は、年々減少していることだろう。
けれども、日本人は決して忘れてはいけないと思う。

原爆の恐ろしさを。原爆によって民間人を大量虐殺されたことを。

「不戦の誓い」があるけれど、その「不戦」の為に日本はどうしたらよいのだろう。
日米安保を信じて、アメリカに依存し続けるだけでよいのだろうか。

アメリカは日本に2種類の原爆を落とした国だ。
国連を無視して、イラクに戦争を仕掛けた国だ。
「大量破壊兵器を持っている。テロ国家だ。」と戦争を始めてしまった国だ。
結局、そんなものはイラクには無かった。
それなら、アメリカの行為は単なる「侵略」ではなかったのか?


日本だけの「不戦」なら、強国と仲良くし、お金を出し、応援(支持)することで可能かもしれない。けれど、それで良いのだろうか。

イラクでたくさんの民間人がアメリカの攻撃によって亡くなったことは、事実です。そして、そのアメリカにお金を出したり、後方支援という「戦争協力」をしたのは、日本ではないのか?

「不戦」のためには、アメリカにも「ノー」と言えなければいけないのではないだろうか。その為に日本は、どうしたらよいのか。

日米同盟が無くなっても、他国から日本を守れるだけの軍備を持つのも一つの方法かもしれない。

「原爆をどこの国にも落とさせない」そういう広い人類愛の立場に立つなら、敢て原爆を保持し、どこの国に対しても「戦争はノーだ」と言える国にするのも一つかもしれない。

日本は十分な軍備を持たないというのなら、アメリカの属国になるという手もあるかもしれない。そうなれば、アメリカの一部なのだから他国からの侵略に怯えることもなくなるかもしれない。

ヒロシマの原爆を思うとき、「日本は外国の中でどんな役割を持つべきなのか」それを考えることをしてもよいと思う。

「日本が悪かったから原爆を落とされた」ということではなく、どの国の人の命も守るために、原爆で苦しむ人が今後出ないようにするために、日本はどうすればよいのかを、タブーを破って考えることがあってもよいのではないかと思う。

追伸…新聞・テレビを見ていて、あまりにもニュースにならない現状をとても残念に思うのです。

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つれづれ日記 

2007年08月04日

各地で研修が盛んですね。

部活動などの大会もひと段落、お盆前後の「行事なし」の期間(つまり公的な出張がないという期間)の隙間をねらって、各種の非公的な研修(民間教育団体などが企画し、希望者が自主的にお金を払って参加するもの)が開催されています。

行ってみたい研修はいろいろとあるのだけれど、参加費に交通費・宿泊費とどれも自腹となると結構痛い。いろいろと考えながら、最近は何とか1つに絞って参加させていただいている。(給料上げてくれないなら、こういう所で補助金を出してもらえないかなぁ)

講座や発表を聞いたり、授業を見たりすることも刺激になり勉強になるけれど、各地から訪れる人と話をすることも刺激になるし、新しい授業のネタづくりに役立つことも多い。

教員ってのはある意味「無駄と思える時間から生み出す部分」が多いかもしれない。
もっとも、自腹を切るわけですから『無駄を楽しむ』ことがあっても一向に構わないとも思います。

行った事の無い土地の人との話の中から、その地域の様子や裏側が見えてきたり、誤解していたことがわかったり、再確認したりとこういう研修は楽しい。

さて、今年も一つだけ出かけさせていただこうと思っています。
そこで面白いネタが見つかったら記事にアップしたいと思っています。(もっとも、個人情報や著作権・講演権に引っかからないように書くつもりなのでその点は消化不良になるかもしれません。「講座や発表の内容について他人がHP・ブログにアップすると訴えられる可能性があるという意味です」)

それでは、元気に出かけてきます。

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つれづれ日記 

2007年08月02日

A新聞は変?疑ってみませんか?

アメリカの下院で『従軍慰安婦問題に関する決議案』が可決されました。

従軍慰安婦については従軍慰安婦(韓国)を見てもらうと良いと思います。
調べていくと、A新聞が捏造し続けた結果、無理矢理問題にしたのが「従軍慰安婦」という記述に出会います。それに対して、A新聞による事実確認・証言の検証は全く行われていません。

そして、それを中国系アメリカ人のバックアップで今回の米下院が従軍慰安婦決議を採択に至ったわけです。

良く考えると、戦争へ戦争へと熱く記事を書いたのもA新聞。
今回も「従軍慰安婦」で検索すると数多くのサイトなどでそれを否定(裏付ける歴史的資料が全くないことなど)しているものが多い。wikipediaでもこう取り上げられている。

A新聞だけが積極的にこれを問題にしている割には記事の裏(事実確認)を取ってはいないようだ。今回も積極的に謝罪し、賠償するようにA新聞は書いている。

他の新聞での取り扱いはどうだろう。
産経新聞はこの記事をみても否定的だ。
毎日新聞は過去の記事にはあった記述が削除されているのでわかりづらいが、今回は「扱いは低く、問題として取り上げようとはしていない」(過去の社説などはすでに削除されていた。キャッシュで残っているのはこちら
読売新聞も同調している感じはない。

日本人の中には『A新聞が書いているのだから歴史的事実で、世界的にも事実と認識されている』と思っている人もいるようだけれど、そろそろ『A新聞を疑ってみたらどうだろう』

休みに入り、いろいろと本を読んでいるけれど、どうも事実とは異なるような気がしている。今回の決議案に対しても参加者は数名ということを書いている新聞(毎日)もある。

A新聞を鵜呑みにするのは注意したほうがよいのではないだろうか。マスコミの信憑性を疑ってみることも時には必要なのだと思う。

sevenstarslight at 06:33コメント(2)トラックバック(0) 
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こめんと