2009年08月

2009年08月21日

オリジナリティが無いということ

先日、ある講座に参加した。
参加者の中の何人かが、実践発表をしその後に講座があるというタイプのものだった。

講座が終わり、いつものように反省会として居酒屋へ。
まぁ、そういうのが楽しくて参加している部分もあるのですけれど。

その時、私が尊敬する講師の方より
「なぜ、実践を発表しないのか」と聞かれて
「今やっている実践は、先人の指導を真似ているものばかりで、オリジナリティがありませんから、発表しては失礼だと思っています」
と答えました。

すると、その講師の方は
「孔子の論語の初めには『私が言うことは、すべて先人がすでに語ってきたことだけだ』と書いてあるのですよ。オリジナリティにそれほど価値があるわけではないので、実践発表をしてみたらどうか?」
といわれました。

オリジナリティ・個性最近特に尊重されている気がするが、それよりも別の価値があるのではないかということは、実は自分でも感じていた。
古くから伝わる教育技術はたくさんある。そのすべてが今流行している指導法より優れているかどうかは、実は分からないのではないかと思っていた。

不易と流行と言う言葉があるが、最近軽んじられているのが「不易」の部分だろうと思う。もっとも、こう感じるのは私の年齢が上がっているのも一つの要因だろうと思う。若ければ「古い伝統を壊して新しいものを生み出すのだ」と血気盛んになっていたのだから。

そう思っていたら、実践を発表する機会を設定したという知らせが入った。
別にこれは私のためでは無いとは思うのだけれど、ここは都合よく解釈しておこうと思っています。

さて、では最近意識して実践していることは

1.野口芳宏氏の  作文指導(日直作文など)
2.ひげうさぎ氏の 作文指導(禁止ワードなど)
3.家本芳郎氏の  群読
4.堀田龍也氏の  ICTを活用した授業
5.陰山英男氏の  モジュール学習
6.岸本裕史氏の  100マス計算
7.向山洋一氏の  向山型算数
8.二瓶弘行氏の  語り(これは、まだはじめたばかり)
9.横山験也氏の  元気になっちゃう!算数授業
10.横山浩之氏の  学級の障害児に対する指導

古くは会津若松藩の 「什の誓い」ってのもありました。

もちろん、すべてがすべてマスターして使いこなしている訳ではありません。
もし、私が使いこなしているなら、すでに私は授業名人と呼ばれているはずなのですから。

私がお勧めするというか、価値ある授業文化と感じている先人の歩み。
正しく受け止めているのかどうかも含めて、問うて見るのも良いかと思います。
もちろん、この実践には私なりのオリジナリティなんて入っていません。
入っているとすればコピーミスの「我流」というものだとは思います。
それでも、陥りやすい(勘違いしやすい)間違いがあるなら、それを知るためにも発表する価値があるのかなぁと思っています。

教育技術にはオリジナリティも大切だけれど、先人の教えを学び伝えていくということにも価値があると思っている今日この頃です。
 

sevenstarslight at 00:13コメント(4)トラックバック(0) 
つれづれ日記 

2009年08月17日

クマバチの悲劇

先日、風呂上りにいつものようにTシャツに着替えた。
しばらくすると、背後で何やらブンブンと羽音が聞こえてくる。
振り返ってみるが、そこには虫が見当たらない。
おかしいなぁと思いながら、そんなことが数回あった後のこと。





ボトッ

何やら黒い塊が床に落ちた。
親指の先ほどの大きさの黒い塊は、一部が黄色になっていた。
その塊は、床に落ちるとブーンという羽音をあげて飛び上がろうとしていた。

『蜂だ!』
そう思うと、持っていたタオルで黒い塊を床に叩き落した。
見ると体長3cmほどの丸々と太ったクマバチである。
『刺されたら大変だ。』
そう思うと、タオルで何度も叩いた。
しかしながら、クマバチは全く平気である。
クマバチの体は結構硬いようだった。
タオルでたたいたぐらいでは、まったく効かないようだった。

急いで近くから新聞を捜して、丸めて叩いた。
何度も叩いたけれど、やっぱり体が硬いのかなかなか死なない。
ブンブンと羽音をさせ、隙があれば襲ってきそうな気がした。

何度も何度も叩いたところで、ようやく動きが鈍くなり、飛ばなくなった。
上から新聞をかけて包んで何度も叩いた後、丸めてゴミ箱に捨てた。

『ふぅ。何とか刺されずに退治できた。』と思った。




しばらくして冷静になると、クマバチはどんな蜂なのかが気になってきた。
もし、刺されていたらどうなっていただろうかと心配になったのだ。

ウィキペディアで調べてみた。





クマバチは人を刺さなかった。
攻撃性の非常に弱い蜂だった。


私は、『蜂』というだけで怖がっていた。
『見た目が大きい』ということで、怖がっていた。
それは、「みつばちハッチ」で略奪を尽くす集団・熊王らがクマバチであったり「みつばちマーヤの冒険」で蜜蜂の国を攻撃するクマンバチの絵がクマバチになっていたりしたことが、原因かもしれない。
あるいはもっと単純に、『クマ=人を襲う』とイメージしていたのかもしれない。

とにかく、私の頭の中では『クマバチ=危険な蜂』となっていたのだ。
しかし、実際にはそんなことはなかった。落ち着いて外に放してやれば良かった。
集団生活もしないクマバチは、大群で襲ってくるということも無かった。

自分の身の回り、知っているようで実はよく知らないことっていっぱいあるように思う。あるものは間違った情報でイメージを作っているかもしれないし、名前から誇張して想像しているかもしれない。外見に惑わされているものもあるかもしれない。

今回、私に叩き潰されたクマバチにとっては、とてつもない悲劇であるが、それを一つの教訓にしていけたらと思った。
そして、こういう間違った先入観を少しでも正していけるなら、それは教育にとっても大きな意味があるのではないかと思えた。

クマバチさんごめんなさい。合掌。


sevenstarslight at 07:47コメント(4)トラックバック(0) 
つれづれ日記 
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