2006年09月24日

マスコミとの付き合い方

新聞・テレビ・ラジオなどマスコミと呼ばれるメディアについて今日は考えたいと思う。これらの影響を受けているのは、日本のほとんどだと思う。
例えば、討論番組で「○○は、不正を行っているとんでもない奴だ」という発言があれば、良く知らない人までも「○○は、不正を行っているとんでもない奴だ」と他の人に言ったりする。
自分が前からそう思っていたなら良いのだけれど、安易に『他人の意見を自分の意見』と勘違いしてしまう傾向があるのではないかと思っている。
だから、新聞の報道は細かい言葉のニュアンスにまで気を使っているのだと思う。

ただ、生放送などになるとどうしてもそのあたりのチェックが難しくなる。時代が「早く」を求めているだけに、テレビの報道でもどうしてもチェックが甘くなり、報道の言葉に引っ張られやすくなっている気がする。

「ちょっとまてよ」実はこの言葉こそ、報道に隠された裏の状態を推し量るキーワードなのだ。「あの人はこういうけれど、ちょっとまてよ、それは事実を適切に捉えているのか?」こう考えることが、マスコミと付き合う上でとても大切なのではないか。安易に「あの人が言うのだから…」と思考停止していないだろうか。

誰もが「早く、簡単に」知ろうとしている。他人の頭で考えることを素直に受け止めすぎていないだろうか。教育の場では向山洋一氏が「原典にあたること」をよく強調していた。それは、教師が自分で考えること、判断すること、鵜呑みにする怖さを示していたと思う。

世の中に様々な情報があふれ、一つ一つを丹念に調べていくには、誰も時間が足りないのだ。だから「権威ある人」の発言が大きな意味を持っているのではないだろうか。

けれども、マスコミ報道には注意する点がある。『センセーショナルでなければ、注目を浴びにくい』という点だ。中庸ではインパクトが弱いから極端な話がウケるのだ。「過去最大」「史上最悪」どれもインパクトがある。
でも、実際にはどうなのだろう。

言葉で言うのは簡単だけれど、マスコミとうまく付き合うのは難しい。他人の意見に安易に同意していないだろうかと考えると、テレビのテンポはあまりにも速く、その余裕が無い。

今後、生活のテンポが遅くなることはないだろう。ならば、どうやってこの情報の洪水の中を生きていく人間を育てればよいのだろう。メディアリテラシーという言葉があるけれど、今、この中核は「事実と主観」を見極めることではないだろうか。

難しいけれど、『難しいことから逃げないで、考える粘り強さを育てる』必要があると思っている。国語教育が現在『表現すること』に重きを置かれているが、『情報を受け取ること』の方が、頻度が高く、重要視すべきではないかと思っている。
真実を知るためには、正しく考えるためには、主観と事実を区別して受け止める力こそ大切なのではないだろうか。

国語教育の大切さは、日々の生活に密着していることを忘れてはいけないと思う。
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sevenstarslight at 05:00コメント(5)トラックバック(1) 
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トラックバック一覧

1. キレる子供たち5 もう一度「前提は正しいか?」  [ 新しい窓の可能性 ]   2006年09月25日 15:45
「切れる子供」の初回で 「ドラクエが流行り始めた頃から 万引きが増加してきたと話を聞いたことがありますが、」 と書きました。 その件が気になり、 「犯罪白書」等の過去のデータを検索したのですが・・ 関退AIL_CC

コメント一欄

1. Posted by くるみ   2006年09月24日 12:49
深く共感して記事読ませていただきました。

メディアリテラシーについては、申し訳ないですが、学校に期待できない現状です。夫と共に家庭で息子には、日常的に話をしていますが、これでよいか?とは感じています。

世論が短期間で大きく揺れる昨今に恐れを感じています。

だれかの言った事に「そうだ、そうだ」と同意する事で安心感を得てるのかもしれませんね。

みんな不安なんですね。

でも、仰るとおり「思考停止」に陥る危険があります。これが一番恐ろしいですね。

みんなで語り合う、ここから始めればよいのだと思うのです。

七星先生のブログがすごく有難いです。

2. Posted by くるみ   2006年09月24日 13:15
すみません。補足です。
子どもの国語教育と同時に私たち大人が振り返り、真剣に考えていく必要があるなあと思ってコメントしました。
何度も失礼しました。
3. Posted by 七星 来人   2006年09月25日 00:16
くるみさん>
思考停止は怖いです。それこそ誰かが言ったからと他の人の主観と真実を混同してしまうからです。
もっとも、統治者からすると『思考停止した愚民』ほど統治しやすいものはありませんから。
これに対してはすべての人が自分で判断しているのか人の意見を鵜呑みにしているのかを意識しないといけないと思っています。
「時間が無い」現代ではとても難しいことですけれど、自分で考えないと自分がいる意味が見えなくなりそうな気がしますから。
4. Posted by hirarin   2006年09月25日 04:46
この記事を読んで、私自身も数少ないメディアの論調に左右されている一人だと感じました。
テレビは嫌いなので、ほとんど見ることはありません。
なのでネットか新聞で自分は情報を得ています。
「生放送」的なものはないのですが、新聞だとかなり説得力のあるような意見が書かれていて、まさに「他人の考えが自分の考え」になってしまっています。

向山の言葉じゃありませんが、「原典にかえる」ことが大切だと反省しました。

と同時にマスコミをうまく使っていくことも我々の役目だと思いましたね。
5. Posted by 七星 来人   2006年09月26日 00:12
hirarinさん>
メディアの論調の変化は速く、急激に熱くなり急激にさめているように思います。
しかし、その短期間に様々な分野で専門家になれることなく、鵜呑みにすることが多くなるような気がします。また、鵜呑みにしたほうが楽で合理的なこともあります。
けれど、「これは」と思うことについては自分で資料を集め、検証し、判断することが求められると思います。
そのための力としては情報収集とそれを正確に(事実と主観を区別して)読み取る力が必要だと思うのです。
早くに価値が置かれますけれど、じっくり本質に迫るそれも大切だと思うのです。

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