2006年10月14日

プロの視線

今回は野球にたとえて話をさせていただきます。

テレビで解説者の言葉を聴いていても「プロ」と「アマチュア」の差を感じることがあります。それは「アマチュア」には見えない「選手の微細な変化」を見つける目を持っていると感じるときです。

「今日は調子がいいです」
解説者がそう言う時に「ひじが上がっている」「上体のためができている」「下半身に張りがある」正直私はどこがいいのかまったくわかりません。
時には「調子の良いときのフォーム」と「最近のフォーム」を並べて写しているときでさえ、わからないことがあります。
プロの目をアマチュアの目の差です。
だから、プロは「修正点を指摘」できるし、「そのためにどうしたらよいか」も示すことができるわけです。これができる人は名コーチと呼ばれるわけです。

さて、教育の世界でもプロとアマチュアの差は同じだと思っています。
どれだけ「微細な変化」を見つけられるかがプロだと思います。
もちろん、顔色から健康状態の異常を見つけられるのがプロですし、表情から心の異常を見つけられるのがプロです。
そして、子どものつたない発言の中から「正解への道筋」を見つけ、それを認める力を持っているのがプロです。

発言の中の「微細な言葉」を見つけ出し、それを自覚させたり、集団の中に広めていくのは授業を行う上でとても大切なことです。

もともと、子どもは「正しい表現で流暢に説明すること」はできません。できないから子どもなわけです。そのつたない表現であっても、「言いたいことを感じ取り、その中に潜んでいる良さ、ひらめきを見つけ出す」のはプロの授業だと思います。

そう思っているので、私は「教師こそ国語力を高めること」が大切だと思っています。「教師こそ言葉に敏感になるべきだ」と思っています。

私の尊敬する野口芳宏先生はそれを「受けの技術」と呼んでいます。
この「受けの技術」の習得は難しいです。
それこそ、何百・何千・何万と言う言葉を受け止める「意図的な訓練」が無ければ、気づくこともないでしょう。

新任の頃は一所懸命授業案を作ります。そして、「そのとおりに」授業を進めようとします。そこには「受けの技術」はありません。
私は、相手の言葉を受け止め、その中に潜んでいる有効な部分を見つけ出し、授業の方向を対応させていくのはプロ中のプロの技術だと思っています。

私が、ちょっとそんな風にできるようになったかなぁと感じたのは教員生活が20年を越えた辺りでした。(個人差は大きいと思います)
そう考えるとプロへの道は長く厳しいものです。
プロの視線・プロの聴覚を身につける。そして、その技能を向上させていく。
教師修行に終わりはありませんね。

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sevenstarslight at 07:49コメント(7)トラックバック(1) 
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1. 成功の秘訣!第三話 言動の危険信号は、不機嫌によるものと知れ  [ 成功の秘訣!ツキを呼び込む100の法則 ]   2006年11月25日 17:28
文豪パルザックの言葉に次のようなものがある。「友人同士、自分が相手より少しすぐれ...

コメント一欄

1. Posted by adaken   2006年10月14日 18:01
 全くその通りですね。最近は,プロ意識を持った教員が少なくなってきたように思います。プロは絶えず最高の技術を持つように努力しないといけないと考えています。
2. Posted by 七星 来人   2006年10月15日 00:03
adakenさん>
私はそうは思いませんよ。
今の時代の方が「教師の言葉」を問題として取り上げられることが多いので、自分の言葉に敏感になっている教師は多いと思います。
ただ、TOSSの実践ではどうしても「攻めの論理」が目についてしまい、「受けの技術」に目がいかないように思う部分はあります。(TOSSは授業の組立を明文化しようとしていますから、それは自ずと攻めの論理しか無理なわけです。)
もっとも、TOSSもそのことを意識して「教え方教室」を開催していますね。これは明文化できない部分を補う方法として優れていると思います。
だから、こういうものに参加している人たちがいることも考えると『プロを意識している教師は増えている』ように思うのです。
もちろん、そうでない教師もいるでしょうけれど、その割合は昔の方が多かったように思います。
3. Posted by 七星 来人   2006年10月15日 00:03
続きです>
休日に自腹でいろんな研究会に参加しますし、教師向けの学習会の企画もしていますが、参加する教師は多いですよ。
その姿を見ている私は、「最近はプロになろう」という教師が多くなったように感じています。
特に若い教師と40代・50代の教師に熱心に参加してくださる先生は多いです。
もっとも、同じ顔ぶれってことは気になるところですけれど。
『プロ意識を持ってがんばっている先生は多いんですよ』ということは声を大にして言いたいです。
4. Posted by hirarin   2006年10月15日 04:58
我が道を行く30代教師です。
教え方教室 は私は参加したことがありませんが、妻はよく参加してきてそこでのことを私に話してくれます。

いいなと思う部分だけをもらっています。ズルイですね。

この年になると、「技術」と言うよりも「意識」の問題が大きいかなと思います。
修行あるのみ・・・・
5. Posted by 七星 来人   2006年10月15日 22:49
hirarinさん>
30代を意識的に抜いたのはどうしても「子育て」にウエイトを置かなくてはいけない部分があるからです。特に女性の場合それが顕著のように思います。
それを時間を作って参加されている奥様はとっても素晴らしい方だと思いますし、それはパートナーの協力も大きいと思っています。
「いいなと思う部分だけ」をもらっているということですが、これは少し怖さがあることに注意すると良いと思います。

「いいな」と思わなかった部分に「大切なポイント」が隠れている場合があるのです。(自分の技術では見抜けなかったポイントです)
hirarinさんにはこういった方がわかるかなぁ?「自分より下級者の突きや蹴りは見切ることができるけれど、はるか上級者の突きや蹴りは見切れない」というのと同じですよ。

自己流はそういうリスクも背負ってしまうと言うことです。
6. Posted by hirarin   2006年10月16日 03:46
了解しました。
「大切なポイント」を落とさないように研修していきますね。

まあ妻とよく議論するのでその中から見えてくるものも大きいんですけど・・・
7. Posted by 七星 来人   2006年10月17日 00:39
夫婦で教員をしているとそういう会話もあるのですね。共に高めあっている夫婦ってのはすてきですね。

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