つれづれ日記

2016年12月23日

悲しいこと(1)

教えていた子が亡くなって1週間以上過ぎて、少し落ち着いてきました。
実名が分かる場所では、相手のことが特定されかねないのでここに書きます。

亡くなったA君は、2年前に教えた子です。離婚して父親と姉の3人で転居してきました。
父親がA君について初めて語ったのは
「こいつは、いろいろと難しいやつですが、よろしくお願いします。」
という言葉でした。
過去に、いろいろとあったようで、他の子を傷つけることもよくあったようです。

そんなA君でしたが、転校してきてからほとんど問題行動はありませんでした。
学習意欲も高く、計算や漢字を書く能力は学年トップクラスでした。
他の子ともめることもありましたが、その都度落ち着いて話をすればよく分かり、自分が悪かったと思えば素直に謝れる子でした。

時々、父親から電話が入り
「今日は、学校へ行かせられる状態ではないので休ませます」
ということが何度かあったことが、気になりましたが、次の日に学校で見る姿は、いつもの元気なA君でした。

次の年、異動になりA君とは別れてしまいました。
その年の夏休み、新しい学校にA君は遊びに来ました。父親と喧嘩して飛び出してきたのかと心配しましたが、そうではありませんでした。年賀状も届きました。
その次の年の夏にも、A君は手紙を持って遊びに来ました。私がいるかどうか分からないから、会えなかったときに渡してもらおうと思ったのでしょう。

別れる時、何度も何度も振り返り丁寧にお辞儀を繰り返しつつ、A君は自転車に乗って帰っていきました。
それが、最後でした。

2学期も終わりに近づいたころ、前任校の校長より電話がありました。
A君が亡くなったという知らせでした。
死因は、父親との無理心中でした。

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お楽しみ会

学期末に「お楽しみ会」を開催するクラスは多いだろう。お楽しみ会では、レクリエーション活動をしているところが多い。例えば、鬼ごっこだったり、フルーツバスケットとかドッジボールとかをよく聞く。

でも、それはあまり好きではない。もっと全員にアクティブに関わらせたい。そこで、今年は「何でもナンバーワン決定戦」みたいなものを行った。学校名とオリンピックを合わせた造語を会の名称とした。

子どもたちが考えた種目は次のようなもの。
 ‘貭靴
◆〇羔姪蠅
 片足立ちバランス
ぁ仝鞍廛蓮璽皀縫で既習曲を間違えずに演奏する。
ァ〇罐灰奪廚料畧僂
Α〇吋丱薀鵐

子どもは、必ず1つ以上のスタッフになることを条件とした。
子どもたちは、種目のルール作りや材料の調達など、様々なことを話し合い、それぞれのブースを担当した。
各チームをA/B/Cの3つのグループに分けて、時間帯ごとにスタッフをやることにした。
複数のスタッフになる場合は、どこか2つのチームに入り、1回は参加者として種目に挑戦するようにした。

2年生なので多少の不安はあったけれど、生活科で作ったおもちゃで遊ぶ活動など、類似体験はしているのでなんとかなるだろうという予測はあった。

結果。1時間の間、子供たちの楽しそうな声が響き渡る活動となった。
行事を自分たちで企画・運営できたことは「これから大きな力となるだろう。」と信じている。

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2010年02月26日

労働時間の変更に関して

多くの職業で労働時間の変更がありました。
今まで8時間勤務で1日とカウントしていたものを、7時間45分で1日とカウントするというものです。

これ、学校現場では何の意味もありません。給与削減の口実を作るだけです。
8時間労働の場合でも、通常の勤務は8時30分〜16時30分(連続8時間は労働基準法違反なので、名目上「休息」をその後に45分職場で取ることになっています。)

子どもの多くは8時前後に登校して来ます。6時間目まで授業のあるときには下校は16時5分過ぎです。
この間に休息時間はありません。子どもを下校させ、途中まで見送り、職員室に戻ると『勤務時間はすでに終了している。』というのがよくあります。

朝だって1時間ぐらい前から登校して準備している先生もいます。
大半は勤務開始より30分以上前に登校しています。それでも子どもがいるので授業準備や事務仕事はなかなか難しい状態です。

夕方も部活動の指導のために30分以上超過して指導している先生もいます。
その後に授業準備・会議・事務仕事を行っている先生が大半です。
退校時刻が19時を過ぎている先生もうちの学校では半数以上です。

こんな状況で勤務時間の15分の短縮。何もありがたくありません。
それより、もしこれを意味のあることにするなら、6時間目の授業を無しにするしかありません。全学年で1日1時間カットするのです。

1週間で現在よりも授業時間に5時間のマイナスが出ます。
その分は他の日に登校すれば良いのではないでしょうか?
夏休み・冬休み・春休み教師はほぼ毎日学校で仕事をしているのに、『遊んでいる』と思われている時間を利用してはいかがでしょうか?
年間35週と考えると35日出席が必要になりますから、夏休みがほとんど無い状態になります。

それでもいいんじゃないの?って私は思います。
だって、そうしたら『先生は、夏休みは丸々遊んでいて給料をもらっている』って誤解も解けますから。

それに、1日1時間カットすると現在問題になっている教職員の異常なまでの『うつ病の蔓延』は軽減されること間違い無しだと思います。

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2009年10月05日

日本人は変わった

先日運動会がありました。
紅白で得点を競う昔ながらの行事です。
応援合戦にも熱が入り、みんな声をからして声援を送りました。
そんな時、ちょっと気になったことが起こりました。

それは、紅白リレーの結果発表をしたときです。
1位白組 

白組の児童は拍手と歓声。ここまでは普通でした。
ところが、赤組の児童は親指だけを立てた状態の握りこぶしを下に向け一斉に「ブー!」といい始めたのです。

2位赤組

今度は逆のことが、さも普通のことのように起こりました。

これを見ながら、日本人は変わったのだなぁと思いました。


勝負に負けた時に、勝者を称えるということができない。
このことに大きなショックを受けました。
たかが、そんなことと思われるかもしれませんが、何だか根本的な所で自分とは相容れない別の人間がそこにいるような気になりました。

敵は憎むだけの存在ではない。共に全力を尽くして競い・争うけれど、判定が出れば、その結果を受け入れ勝者は敗者を思いやり、敗者は勝者を称えるということが理解できないようなのです。

それはおかしいよ。それはちがうよ。と今まで誰にも教わらなかったのでしょう。それが一番悲しいところです。

ラストサムライという映画がありましたが、そのうちに「ラストジャパニーズ(最後の日本人)」なんて映画が上映されるかもしれません。



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2009年10月02日

定番の音楽

運動会の季節です。
先日、家の近くでも運動会が行われました。
放送の声・音楽様々な音が聞こえてきます。

そんな音楽を聴きながら、ふと「定番の音楽ってのは今何をやっているのかわかりやすいなぁ」と思いました。

定番の音楽といえば、「クシコスポスト」
チャチャチャ、チャチャチャ、チャチャチャチャチャ、チャ
で始まるあの音楽です。
「駆け足〜!進め!」の号令の後に始まるのは徒競走。

徒競走が始まると「トランペット吹きの休日」
ターター、タタタタ、ターター、タタタタ、タータータタタタ、タタタタタ
もう、どんな状態なのか、何をやっているのが耳だけで分かります。

駆け足の時の音楽は、新しい曲を編曲したものなど毎年いくつも作られています。流行を追うのなら、そういった曲を選べばよいのですが(新鮮さもありますから)昔ながらの定番の曲を使うのも悪くないと思います。

工夫が無いといわれるかもしれませんが、当たり外れも無く安心して聞いていられるのはとても良いことだと思います。

教育の場にもいろいろな流行があり、その時々に『古い教育ではダメだ』『新しい指導要領に従って指導法の改善が必要だ』などと言われますが、『新しい指導法』でも、消えていったものはいくつもあります。

「ゆとり教育」ってのもその一つではないでしょうか。
「授業の複線化」というのもありました。「問題解決学習」「討論の授業」「分析批評」「水道方式」「学習ゲーム」「生活綴り方教育」今でも研究している人はいるのですが、全体に普及しているようには思えません。

しかし、『最も古臭い学習方法』である素読や音読、計算の繰り返し、漢字の書き取りなどは、それなりに見直されて評価されていたりする。

最近の若い人の授業研究はパソコン・ITが花盛りだけれど、それが今後続くのか、単なるブームになるのか?
運動会の定番の曲のようになっていくものはあるのか、それとも連綿と続いてきた教育方法が復活を繰り返していくのか。

布団の中で本を読みながら、そんなことを考えていました。

追伸…運動会の定番の曲ですけれど、私の拙い表現でどんな音楽かちゃんと伝わっているのでしょうか?それが少し心配です。

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2009年09月25日

民主党へのお願い

選挙で民主党が圧勝して、いろいろな変化が起こっているようです。
主なニュースとしては『廃止・見直し』がキーワードになっているようです。

公務員の給与削減など、私の生活に直結する動きもありますが、今一番危惧しているのは、『教育予算の削減』
文部科学省の大臣は『ニューデール政策の見直し』ということで、学校耐震化工事・ICT(教育情報化)予算を削減することを検討すると発言しました。

ICTとは、教育現場にパソコン・プロジェクター・実物投影機などをそろえ、視覚に訴え教育効果をあげようというものです。未来への先行投資と言っても良いと思います。耐震化工事は、学校が緊急避難場所に指定されていることを考えれば、地域住民の命を守る投資だと思います。

どうか、この2つだけは見直しても削減しないようにしてほしいなぁと思います。民主党のみなさん。よろしくお願いします。

ただ、心配なのはこの記事が新聞の片隅にしか書かれていないこと。テレビやラジオではほとんど取り上げられなかったこと。
本当に重大なことは、静かに深く潜行しているなんてことはないでしょうね!

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2009年09月24日

計算の積み重ね

計算の積み重ね
あまりのあるわり算を学習する。
だから、今学期の初めから引き算の復習として100マス計算を始めた。
繰り下がりのある引き算の定着度を確かめるとともに、容易にクリアできるようにし、あまりのあるわり算の学習に困らないようにするためです。
今日からは掛け算の復習として100マス計算も行っています。

あまりのあるわり算は、今までの計算の積み重ねです。
ここでつまずくと、来年学習するわり算の筆算の学習が非常に困難になってしまう。それに、計算が苦手といよりも『計算はできない』という自己暗示を子ども自身がかけてしまうかもしれない。
マイナスの自己暗示の力は大きく、努力しようという気持ちが沸いてこなくなってしまいます。おまけに、脳は活性化されず能力も十分に発揮されないようになってしまいます。

計画的に復習を積み重ね、なるべくマイナスの自己暗示をかけさせないようにしたい。そして、勘違いでもいいから『計算は難しくないなぁ』って思ってほしいなぁ。
プラスの自己暗示で漢字が得意になった子どもはたくさんいます。
計算が得意というか算数が得意になった子もたくさんいます。
今年も少しでもそんな『得意な子ども』が育って欲しいと思っています。

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2009年08月21日

オリジナリティが無いということ

先日、ある講座に参加した。
参加者の中の何人かが、実践発表をしその後に講座があるというタイプのものだった。

講座が終わり、いつものように反省会として居酒屋へ。
まぁ、そういうのが楽しくて参加している部分もあるのですけれど。

その時、私が尊敬する講師の方より
「なぜ、実践を発表しないのか」と聞かれて
「今やっている実践は、先人の指導を真似ているものばかりで、オリジナリティがありませんから、発表しては失礼だと思っています」
と答えました。

すると、その講師の方は
「孔子の論語の初めには『私が言うことは、すべて先人がすでに語ってきたことだけだ』と書いてあるのですよ。オリジナリティにそれほど価値があるわけではないので、実践発表をしてみたらどうか?」
といわれました。

オリジナリティ・個性最近特に尊重されている気がするが、それよりも別の価値があるのではないかということは、実は自分でも感じていた。
古くから伝わる教育技術はたくさんある。そのすべてが今流行している指導法より優れているかどうかは、実は分からないのではないかと思っていた。

不易と流行と言う言葉があるが、最近軽んじられているのが「不易」の部分だろうと思う。もっとも、こう感じるのは私の年齢が上がっているのも一つの要因だろうと思う。若ければ「古い伝統を壊して新しいものを生み出すのだ」と血気盛んになっていたのだから。

そう思っていたら、実践を発表する機会を設定したという知らせが入った。
別にこれは私のためでは無いとは思うのだけれど、ここは都合よく解釈しておこうと思っています。

さて、では最近意識して実践していることは

1.野口芳宏氏の  作文指導(日直作文など)
2.ひげうさぎ氏の 作文指導(禁止ワードなど)
3.家本芳郎氏の  群読
4.堀田龍也氏の  ICTを活用した授業
5.陰山英男氏の  モジュール学習
6.岸本裕史氏の  100マス計算
7.向山洋一氏の  向山型算数
8.二瓶弘行氏の  語り(これは、まだはじめたばかり)
9.横山験也氏の  元気になっちゃう!算数授業
10.横山浩之氏の  学級の障害児に対する指導

古くは会津若松藩の 「什の誓い」ってのもありました。

もちろん、すべてがすべてマスターして使いこなしている訳ではありません。
もし、私が使いこなしているなら、すでに私は授業名人と呼ばれているはずなのですから。

私がお勧めするというか、価値ある授業文化と感じている先人の歩み。
正しく受け止めているのかどうかも含めて、問うて見るのも良いかと思います。
もちろん、この実践には私なりのオリジナリティなんて入っていません。
入っているとすればコピーミスの「我流」というものだとは思います。
それでも、陥りやすい(勘違いしやすい)間違いがあるなら、それを知るためにも発表する価値があるのかなぁと思っています。

教育技術にはオリジナリティも大切だけれど、先人の教えを学び伝えていくということにも価値があると思っている今日この頃です。
 

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2009年08月17日

クマバチの悲劇

先日、風呂上りにいつものようにTシャツに着替えた。
しばらくすると、背後で何やらブンブンと羽音が聞こえてくる。
振り返ってみるが、そこには虫が見当たらない。
おかしいなぁと思いながら、そんなことが数回あった後のこと。





ボトッ

何やら黒い塊が床に落ちた。
親指の先ほどの大きさの黒い塊は、一部が黄色になっていた。
その塊は、床に落ちるとブーンという羽音をあげて飛び上がろうとしていた。

『蜂だ!』
そう思うと、持っていたタオルで黒い塊を床に叩き落した。
見ると体長3cmほどの丸々と太ったクマバチである。
『刺されたら大変だ。』
そう思うと、タオルで何度も叩いた。
しかしながら、クマバチは全く平気である。
クマバチの体は結構硬いようだった。
タオルでたたいたぐらいでは、まったく効かないようだった。

急いで近くから新聞を捜して、丸めて叩いた。
何度も叩いたけれど、やっぱり体が硬いのかなかなか死なない。
ブンブンと羽音をさせ、隙があれば襲ってきそうな気がした。

何度も何度も叩いたところで、ようやく動きが鈍くなり、飛ばなくなった。
上から新聞をかけて包んで何度も叩いた後、丸めてゴミ箱に捨てた。

『ふぅ。何とか刺されずに退治できた。』と思った。




しばらくして冷静になると、クマバチはどんな蜂なのかが気になってきた。
もし、刺されていたらどうなっていただろうかと心配になったのだ。

ウィキペディアで調べてみた。





クマバチは人を刺さなかった。
攻撃性の非常に弱い蜂だった。


私は、『蜂』というだけで怖がっていた。
『見た目が大きい』ということで、怖がっていた。
それは、「みつばちハッチ」で略奪を尽くす集団・熊王らがクマバチであったり「みつばちマーヤの冒険」で蜜蜂の国を攻撃するクマンバチの絵がクマバチになっていたりしたことが、原因かもしれない。
あるいはもっと単純に、『クマ=人を襲う』とイメージしていたのかもしれない。

とにかく、私の頭の中では『クマバチ=危険な蜂』となっていたのだ。
しかし、実際にはそんなことはなかった。落ち着いて外に放してやれば良かった。
集団生活もしないクマバチは、大群で襲ってくるということも無かった。

自分の身の回り、知っているようで実はよく知らないことっていっぱいあるように思う。あるものは間違った情報でイメージを作っているかもしれないし、名前から誇張して想像しているかもしれない。外見に惑わされているものもあるかもしれない。

今回、私に叩き潰されたクマバチにとっては、とてつもない悲劇であるが、それを一つの教訓にしていけたらと思った。
そして、こういう間違った先入観を少しでも正していけるなら、それは教育にとっても大きな意味があるのではないかと思えた。

クマバチさんごめんなさい。合掌。


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2009年07月18日

1円野菜

あるスーパーへ行くと、

『キャベツ1玉1円』
『レタス1玉1円』
『キュウリ1本1円』
 という文字が目に入った。

これを見ながら、生産者の人はこのことをどう思っているのかなぁと気になった。
自分が丹精込めて作った野菜が、こんな値段で取引されているのを、どんな気持ちで見ているのだろうか?

『あなたの作った野菜は1円の価値しかありませんよ』
『あなたの労働には、この程度の価値しかありませんよ』
と言われているように感じないのだろうか?

農家が「今までよりも高い値段で売りたい」と思っても、「販売価格」1円であれば、それほど強硬に値上げも要求できないだろう。おそらく、スーパーと農家の関係で言えば、スーパーが主導権を握っているだろうし…。

もちろん、こんな値段で販売していたら店だって利益なんか上がるわけが無い。他のもので利益を上げたところで、純益はさして増えないだろう。
そうなれば、経営者としては『人件費削減』しかないだろう。社員の数を減らし、派遣社員を雇い、さらに派遣社員でも給与が少なくすむところに依頼するようになるだろう。経営者としての利益を守るには、払う人件費を削るしか手が無いのだから。

給与を安くしても、仕事が無くて生活ができない人達ならば働かざるをえないだろう。そうして、その人達は生活を守るために『1円野菜』を買うのだろう。
それが、自分の首を絞めることまでは考えもせずに(考える余裕すら失われていると思う)『安く売ってくれる庶民の味方』とばかりにとびつくのだろう。

少し、考えて欲しい。労働には対価があるということを。人の労働を安く見積もることは、ひいては自分の労働も安くしてしまうことを。

すでに100円ショップで、緩やかに富裕層と貧困層が分かれはじめているように感じていた。
けれども、1円野菜を見ながら、これから日本が富裕層と貧困層に大きく深い断絶ができていくのではないかと思えた。

みなさんは、1円野菜を買いますか?

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2009年07月12日

教育予算増加?

最近、教育に予算がついている。

一つは、デジタル放送に伴うテレビ買い替えのための予算。
通称ICT予算と呼ばれている。
二つ目は、理科教育・特に実験器具を買い揃えるための予算。

教育にお金が回ってくるのは嬉しいことだ。
この予算のお陰で教室に

1 パソコン
2 プロジェクター
3 実物投影機

           が、各クラスとはいかないが、ある程度配備されそうな様子である。
(私のところはケーブルテレビなので、デジタルチューナー内臓のテレビに買い換えなくても見られるために、テレビを買わずにパソコンやプロジェクターに回せたらしい)

理科室も過去の遺産みたいな実験器具(壊れると部品が取り寄せできなくて廃棄しか方法がないような年代物の器具)から新しいものに買い換えることができる。
それも、通常なら何年もかかって買い揃える備品が一度にそろうのだから嬉しいものである。

ところで、これって選挙対策で思いつきでは無いですよね?
国の礎は教育である。不況だからこそ先行投資で教育に予算を振っているのですよね?

追伸(本文には関係の無い無駄話ですけれど)
   私は「派遣」を禁止にしてほしいと思っています。
  正社員の数を増やしていかなければ、景気回復しても
  格差は広がるばかりで、全体としての未来は明るくなら
  ないと思えるのです。

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2009年06月25日

自然環境

10年以上にわたって、2つの場所で蛍を観察しています。
最近、その2つの場所に異変が起きています。
1箇所目は、3年ほど前に近くに生活道路が整備されました。それに伴って、観察していた川の支流も河川工事が行われました。
もう1箇所も昨年、近くに幹線道路が整備され、それに伴い支流も河川改修工事が一部行われました。

今年、例年のごとく蛍の乱舞を楽しみに数回ずつ訪れましたが、いずれも期待はずれに終わりました。ひょっとして、今年は時期がずれているのかもと、何度もいきましたが、結局はごく一部の蛍の生息が確認できただけでした。

地元の人と話をしましたが、道路工事や河川改修工事の影響は非常に大きかったようです。それ以降蛍が半減というより壊滅的な打撃を受けたようです。
ある所では、『今年が見納めになるかもしれないなぁ』というショックな一言も聞かれました。

カワニナのためにわずかながらも募金をして支えてきたつもりでしたが、そんなことも一本の道路ですべてが無になってしまいました。
土地の古老は、『道路ができて、この辺りの川にいた魚もいなくなってしまった』と寂しそうに語ってくれました。

一度壊した自然を取り戻すのは容易ではない。
そんなことは、すでに知っていたはずなのに、目の前の現実(蛍が激減したこと)を受け入れることが、なかなかできませんでした。

水質は、その場所だけではなく、そこに流れ込む地域すべての環境が影響しているということを強く感じました。
今まで、お気に入りの場所として有意義な時間を提供してくれた2つの場所がここ数年の間に消えていこうとしています。その前には、何もできないなさけない自分がいました。

生活が便利になるというのは、一方でそれまで面々と続いていたものを断ち切る側面があるということを痛感しています。
世の中は、便利になれば良い。文化は無条件に素晴らしいと思っているようですが、それに敢て抗い、反論したい気持ちが沸々とわいているのを感じています。

自然保護ってのは、本当に難しいものですね。
そして、目の前の快適さよりも、自然を大切にしたいというのはおそらく自分が年を重ね、老齢に近づいたという証でもあるのでしょうね。

それでも、自然を取り戻し、一体となる経験を子々孫々まで伝えたいと思うのでした。

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2009年05月06日

ブログの変遷

昨日、久しぶりに自分のブックマークからいくつかのブログを訪問してみました。
元気に記事を更新し続けているなぁというブログもあれば、記事の更新が滞っているもの、昨年度末からの記事が無いブログ、中には閉鎖されていたものもありました。
ブログという日記のような気軽なメディアですが、続けるということは大変なのだと改めて感じました。

ランキングとかも別に気にすることも無いし、他の人に迷惑をかけない程度に文章を書くことにしようと思っています。

ところで、最近は授業時間が増加の傾向です。毎日5時間授業をすると週で25時間授業をすることになりますが、私は現在週に28時間の授業があります。
少し前は週に22,3時間だったのを思えば授業を受け持つ時間が結構増えています。
授業時間が増えたということは、事務処理を行う時間が減少したということでもあります。授業の準備をする時間も勤務時間では収まらなくなっています。
まぁ、サービス残業は日本中にありますから文句も言いにくいですけれどね。
給料が減っているのも日本中にあふれています。
リストラとかの危険が無いだけ(本当はあるけれど)教員は良いなぁとつぶやいて、自分を納得させることにしています。

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2009年05月05日

学校侵入

ちょっとした用事があったので、連休中に久しぶりに学校へ行きました。
さて、帰ろうと校庭を歩いていると校務さんに呼び止められました。
なんでも前日に学校侵入があり、その後片付けを手伝って欲しいということでした。
校務さんは連休にもかかわらず毎日早朝から遅くまで学校にいて仕事をしているようです。
後片付けは約1時間ほどで終わりましたが、それにしても校務というのは大変だなぁとつくづく思いました。
教頭先生も校務さんほどではないけれど、毎日のように学校に来ているそうです。
管理職にならなくてよかった。
もっとも、私の場合は「ならない」のではなく、なれないのですけれどね。

追伸…久しぶりにブログを更新しています。長い間更新しなかったから削除されているかと思っていたら、ちゃんと残っていたので感激しています。
ちょっとずつでもリハビリの一環として記事をアップしたいなぁと思っています。
もし、よければ久々にコメントをもらえると元気が出るかも?なんて思っていますけれど、見に来る人は少ないだろうなぁと思っています。
まぁ、ぼちぼちやるだけです。

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2008年02月19日

中国の毒餃子

中国産の餃子に毒物が混入していた事件は、学校給食にも陰を落としました。
実際、私の家の冷凍庫にもJTフーズのものが混入!(?)していました。
後日メーカーから回収の連絡がありましたので、とりあえず郵送しました。

さて、それはさておき、話題のニュースなので教室でも取り上げたいなぁと思いました。けれども、クラスには(在日)中国人の児童がおります。
取り扱いは慎重にしなくてはいけません。
(周りの子は彼が中国籍であることは知らないはずですが)

まず、私が取り上げたのは事件後の街頭インタビューでした。
「もう、中国製は食べたくありません」
「今後、中国のものは一切買いません」
「中国は信用できない」
テレビの街頭インタビューで、これらの声が上がっていたこと。

冷静に考えれば、毒が混入していたのは中国の一つの会社の製品。
しかし、インタビューの反応は「中国製品全部」を指しているものもあるということ。
つまり、一部の悪が他の物にも影響を与えるということ。

例えば、一人の子が悪いことをすれば、「○年△組は悪い」と言われたり、「○年生は悪い」と言われたり、「○△小学校は悪い」と言われる可能性があるということ。

自分一人で生きているわけじゃないので、他の人に迷惑をかけるようなことはしてはいけないという話。

実際、中国製品については過去にも基準値以上の残留農薬が発見されたり、禁止薬物が検出されたり、他の製品からも致死量の毒物が見つかったりしているので、「一つの悪」だけでの反応ではないのだけれど、子どもたちに育てたい心は「自分の悪い行動が他の人にとって、迷惑な行動となることを知り、悪い行動にストップをかける心」だったので、敢てそういったことには触れなかった。

しかし、考えてみると昔の日本人の美意識というか、行動規範には少なからずこういう気持ちがあったように思う。
「家の恥」「先祖の名を汚すな」など、様々な表現がされたが、それはすべて人はつながっている人がたくさんあるのだから、軽薄な振る舞いで今までまじめに行動してきた先人の名誉を傷つけてはいけないという思想だったように思う。

こういった意識が、行動を慎重にさせ、悪いことをやめようという抑止力になっていたように思う。
個人主義が変に蔓延し、「先祖、家族と断ち切られた自我」を意識したときに、「自分がしたいと思ったことは、まずやってみるべし」という軽佻浮薄な思想に変わってしまったような気がする。

行動しようとしたときに、
「それは本当に正しいのか?」
「それで迷惑を被る人はいないのか?」
と、考える人に育って欲しいと私は思う。

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2008年02月13日

計算には3,4年生の壁

ベネッセの記事に「小学校の3・4年生から増える、算数の計算が苦手な子ども」というのが掲載されている。
これは、実は教員の間ではよく言われていたこと。

現場の意識としては、余りのある割り算が入ることが大きいのでは?と思っています。余りがある割り算になると、「割り切れる」とは限らないので、あやふやな引き算で誤答になっても気づかないということが上げられます。
(それまでなら、割り切れないからどこかで間違えたかも?と気づくことができるが、「余りがでるんだ」とそこで見直しの機会が減ってしまうから)

あやふやな引き算ってのは、意外と多いです。
足し算の練習は結構やるのに比べて、引き算の練習は少ないです。百マス計算でも足し算や掛け算は頻繁にやりますが、引き算は少ないようです。

3,4年生の段階では「うろ覚えの引き算」ってのは結構残っています。それが明らかになるのが「余りのある割り算」だと思っています。
そして、4年生で桁数が増えるとそのミスが増殖していきます。
引き算の基本的なパターンは100ぐらいあります。(1-0、1-1、2-0、2-1、2-2、…、18-9)つまずきの多いのは繰り下がりの計算ですが、それだって基本的なパターンは36ほどあります。
ここをどうクリアさせるかが、3,4年生で計算を苦手にさせないポイントだと思っています。(他にもベネッセが指摘するように桁をそろえるというポイントがあります)

今まで、繰り返しにより暗記させるという方法がよくとられてきました。けれども、この方法ではなかなか定着しない子どもがいるのです。足し算の場合も困難はあるのですが、比較的繰り返しによる定着率は高いように思えます。

なぜ、繰り下がりの計算は定着率が悪いのでしょう?
そして、繰り返し以外に定着率の高い方法はないでしょうか?
学年末のまとめの時期にさしかかり、復習することが多くなるのですが、少しでも多くの子どもが計算できるようにするための方法を模索するのが、これからしばらくの研究課題だと思っています。

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2008年02月07日

ひもじい給食

中国の餃子に農薬が入っていたという問題は学校の給食にも影響を与えました。
学校給食は市町村からの補助が入っているものの、基本的には1食あたりの負担額が決められており、それを変更することができません。
また、メニューも先に決められており、その変更もなかなか難しいものがあるようです。

そんな時に中国の冷凍食品から農薬が検出されたというニュース。
うちの市町村では、関係のあった企業からの材料購入を一切やめたそうです。
その影響で、材料費が予定額よりも高くなってしまったようです。

今日の給食。
食管を空けた瞬間。
「え〜っ!!これだけ!!」
当番の子が困惑しました。
いつもの2/3ぐらいの量にして配り始めました。

けれども、やっぱり足りません。配りなおしを何度もやりました。
そして、おかずを見ると、ほとんどの子が底が見える状態。

嫌いな子がいるので少しだけ戻ってきましたが、それをお代わりしたい子で分けていくと本当にすずめの涙。
食べ盛りの子どもの胃袋はとてもじゃないけれど収まりません。
あらためて中国製の安い食材に頼っていた現実を感じました。

世界のどこかで問題が起きると、自分の生活に影響が出る。そんな学習をしているようです。
こちらも5時間目が終わるとお腹の虫が鳴きました。
安くて安全ってのは難しいということを、まさに胃袋で実感した瞬間でした。

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2008年02月06日

寒さを感じない冬

もともと、寒さには強い。
まぁ、強いといっても豪雪地帯に住んでいるわけではないから、格段大したことではない。周りにいる人よりも寒さに強いという程度。

それにしても、今年は寒さが厳しいという印象が薄い。
なんたって冬の定番の半纏を未だにほとんど着ていない。おそらく、このまま春を迎えるような気がしている。

子どもと環境問題についての学習をしているけれど、そこでも地球温暖化の話が出てくる。まぁ、実際には原理とかシステムとかを説明すると難しくなるので、「体感的」な印象話しかしないのだけれど、それにしても寒くない冬だなぁと感じる。

教室のストーブもあまりつけない。廊下側の窓を開け放して授業をしていることもある。それほど寒くないからだ。

地球温暖化の影響かなぁと子どもも言う。
このところ少し寒気がやってきたというけれど、それでも大したこと無いなぁと思う。

身の回りだけの感想ですけれど、地球温暖化って本当に進んでいるのかもしれない。

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2008年01月31日

携帯を変えてみた

本当は携帯じゃなくてPHSなんだけれど、今まで6年近く(まぁ、同機種で2台使ったから、一台は約3年だけれど)使っていた携帯の機種変更しました。

携帯に比べてPHSは機種が選べない。それはPHSはウィルコムしかないから。
それでも、通話料金が安くすむ(PHS同士は通話無料でメールし放題で基本料金で済む)ので、使い続けている。PHS同士の通話が無料というのは実に嬉しい。

前のPHSもカメラがついていたけれど、約20万画素。お世辞にもはっきりくっきりとはいえなかった。今度は130万画素。少し前の(約10年前)高級デジカメと変わらない。
マイクロSDカードもつかえるので、ストレージの代わりにもなる。

技術の進歩はすごいものだと感じずにはいられません。

さて、教育も世につれて変わるか?というとこういったテクノロジーの進歩はあまり教育には馴染まないのか、使う人は少ないようです。
先日のプロジェクターに限らず、デジカメ・パソコン・実物投影機だってほとんど使われません。

昔、OHPが導入されたときも「これは便利だ」と言いながら、全く使わない先生もたくさんいました。保守的な人が教員には多いのでしょうかね?
(その割には支持政党が民主党って野党なのは笑えます)

先日、教育にITをということを管理職に話したら、軽く聞き流されてなかったことにされました。うちが特別ってことではないと思います。(同様の反応は各所で聞いたことがありますから)

教育は革新よりも「保守」に価値を見出しているように思えます。
まぁ、教育そのものが「過去の遺産の伝達」というものだからでしょうか。

でも、使ったほうが便利なものっていっぱいあるような気がする。
今の子どもはビジュアル系が好きですからね。

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2008年01月27日

命を削って

今回はあるところから伝え聞いた話です。

授業の名人と呼ばれる人は何人もいます。
その方たちの授業を何度も見させていただいている自分は、それに近づきたいといつも思います。
あの先生だったらどんなものを用意するだろうか?
どんな準備をするだろうか?
どんな発問で切り出すのだろうか?

しかし、それだけではない人間的なすごさ、まさに名人魂という自分に対する厳しさも併せ持っている人であると感じている。

そんな名人の一人、ここではA先生としておきましょう。
A先生、ふとしたことで怪我をします。病院にも恵まれず、過労と心労も重なり状態はあまり芳しくないようです。
けれども、「先生の授業を見たいという人が集まるのです」「先生じゃなきゃダメなのです」そう言われ、病身を押して授業に出かけます。

その授業は、見慣れた人には声の調子にわずかに異変が感じられるものの、他の教師の追随を許さない精密な下準備と、厳選された発問で彩られていたそうです。

後で聞いたところ「寿命を縮めますよ」と医者には止められたとか。

まさに、名人と呼ばれる人には、名人なりの気概があり、常人には真似できない精神レベルに達しているのかもしれません。
日本は、古来「○○道」という考え方があります。
武道によく見られる、空手道、柔道、剣道、に留まらず、相撲道など一つの道を究めるには、技術だけではなく、人格的、人間的にも高まっていくという考え方です。

教師道という言葉があるのなら、まさに名人とは、そういった道を究めようとする求道者なのかもしれません。
自分の前にいると思う名人の姿は、実は間に大きな崖があるのかもしれません。
手を伸ばせば届くような錯覚を起こすのは、それはあまりにも偉大で、遠近感が狂っているためかもしれません。

命を削っても他の人に伝えたい。
そういう強い心に、私も憧れるのです。

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2008年01月26日

3学期の目標

3学期。そろそろという手ごたえを感じている。
子どもと共に、今学期の目当てを考えた。
忘れ物、宿題、ミニテスト、長縄。
様々なめあてが出された。

今は達成できていないけれど、もう少しで手が届きそうなものをめあてというんだよという説明と共に様々な検討がなされた。
子どもの中には調子に乗って今の身の丈に合わない立派過ぎるめあてを発言したりするが、それはこちらで説明しながら修正していく。

なんたって達成したという成就感が次のめあてに向かっていく原動力となるのだから。

最終的に確定したのは次の二つ。
(1) 漢字ミニテストで満点が20名
(2) 全員参加の長縄で(間を空けずに)連続50回

それぞれ現在は(1)が17,8名(2)が連続20回。
決めてすぐに長縄にチャレンジ。
なんと42回連続した。あとちょっとで目標達成。
子どもの意識も高まってきている。

そして、今日の漢字ミニテストなんと風邪などで欠席が数名いたのに21名が満点を取った。子どもが、「なら、次は25人に挑戦だね!」と声がかかる。
スモールステップで目標を設定し、こまめな成就感に後押しされて楽しく継続する。
今までやってきたことだけれど、子どもがそれに気づいてきているのが頼もしい。

おそらく、27名ぐらまいではそれほど苦労なく達成できると読んでいる。
私自身としては内心(30の壁を越えさせたいな)と思っている。
それについては、少しずつだけれど布石は敷いてあるつもり。

辞書を引くのも大好きで、作文も楽しんで取り組んでいる子がとても多くなっている。(週末には必ず「作文の宿題を」というリクエストが出される)
数字には表しにくい手ごたえも感じている。
どこまでうまく行くか分からないけれど、成長する(自分が変わっていく)面白さを子どもと共有できればと思っている。

ふと、教育は蝶の成長に似ているのかな?と思うときがある。
青虫の時代は遅々として動きが感じられず、同じところに留まっているような錯覚にさえ落ちる。
しかし、体の中に蓄えた栄養が、青虫を蛹にさせる。
蛹の中で今まで蓄えた栄養を質的に変化させ、やがて蝶となって空へと飛び出す。
その姿からは、青虫だったことなど微塵も感じさせない。
たった数ヶ月前の本当の姿だったものとは、まるで違う行動・まるで違う外見。

子どもの成長はそういった劇的な部分があるのだと思う。
4月に撮った子どもの顔写真を見てみた。
そこにはまだ幼児性の色濃く残る顔があった。

それが、少し、自信を深めたような顔の子。
      心の穏やかさが顔に表れた子。
        柔らかな表情になった子。
少しずつ、少しずつ変化していく姿は、時には見過ごしてしまうけれど、改めて感じる継続する変化の大きさ。

3月までにあとどれだけの変化が見られるのか?
担任として最も近くで感じられる。それが担任の醍醐味なのだと私は思う。

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2008年01月24日

プロジェクターが埃だらけ

堀田龍也さん
ICTとかの活用などの話を良くされる方だ。
正直、ICTの活用はプロジェクターの有無に大きく左右されると思っている。
幸い、うちの地区は学年に1台のプロジェクターが配備されている。
けれど、文科省の内部資料によると活用している人(利用できると答えた人)の割合が全国平均を下回り、近隣の整備されていない市町村よりも下であることが分かった。

プロジェクターがあっても、それだけでは普及しないということをあらわしていると思う。前の学校ではそれこそ長期休業中に何度か講習会を開いたけれど、校長と問題になってから一切辞めてしまった。
今の学校になってからは要望も無いので一切行っていない。

それがいけないのかなぁと思う。
プロジェクターはたくさんあるけれど、使っているのは私と弟子の先生だけ。
ほとんどのプロジェクターが埃をかぶっている。
そして、きっとダメになっていくんだろうなぁと思うと非常にもったいないと思う。

プロジェクターで教科書を写したり、実物を写したりすることで、授業時間の短縮と、子どもに直接関わる時間の確保ができるのにそれを行わないのは非常にもったいないことだと思う。

もちろん、うちの学校の有力者グループ(有言者?)が大のパソコン嫌いで使うと嫌がらせと罵声が飛んでくるというのもあるかもしれないけれど。
実際、弟子は嫌がらせをしょっちゅう受けている。職員室にいられないこともしばしばある。

人間は厄介だと思う。機械のようには反応しない。
薄っぺらなプライドとどろどろとした嫉妬に駆られて物を正当に判断することが難しくなってしまう。

もっとも、まともな授業をしていない人がプロジェクターを使えばうまい授業になるかというと、そんなことは無い。駄目な授業をしている人はプロジェクターを使ってもひどい授業しかできない。
だから、指導力を磨くことと、IT活用技能を高めることは別のことであり、相反することでも何も無い。

すいません。書き始めてみたものの、今日のは思い切り愚痴になっただけですね。
自分の今の立場で(校務分掌でもITには一切関わっていない)何ができるのか?と考えると暗澹とした気持ちになりますが、異動でグループが解体されることに一縷の望みを抱いています。

それにしても、この年にして「ある程度発言のできる地位」が欲しいなぁと思うようになりました。ゆっくり地道になんて言っているほど、残された時間は長くは無いので。

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2008年01月20日

怖い先生と呼ばれたい

物分りの良い、友達みたいな大人が増えている。
教員の世界だって同じこと。
どの先生も優しくて、母親のように包み込んでいる。

でも、それだけでいいのかな?と思うときがある。
間違ったことをしたら、許さないぞという人がいなくていいのかなと思う。

優しく論理的に間違いを話し、説得するだけでいいのかなと思う。
「いかんことはいかんのです」
そう言って叱りつける人がいたっていいように思う。

どうしていじめてはいけないのですか?
という子どもの質問に、「それは駄目なことだからいかんのです」と端的に押し通すぐらいの迫力がある人がいたっていいように思う。

小難しい話を、長時間つづけるよりも「だめなことは、ダメ」「昔から決まってる」と言い切れるだけの強さが必要なのではないかと思うことがある。

みんな優しく、民主的になって、子どもの意見も大人の意見も同じ比重で評価しているけれど、大人の意見には歴史があるのだと、自信を持って言い切る強さが時には必要なのではないかと思う。

学校現場に限らないけれど、今は優しい人のオンパレードだ。
でも、ルールを守らないと怖い人がいて叱り飛ばすぐらいはあっていいと思う。

怖い人になるのは、正直あまり楽なことではない。
部分的には相手を否定しなくてはいけないから。
でも、誰もやらないなら、その損な役目を敢て背負い込むのも大人ではないのだろうか。

怖い先生と呼ばれたい。悪いことをしたら、間違ったことをしたら、あの先生に叱られるから、悪いことをしたらいかんと思われるなら、それでも良いのではないかと思う。

怖い先生と呼ばれたい。
厳しい先生と呼ばれたい。
崩れていく規範意識を建て直すには、そういう人が増えて欲しいと思う。
まずは自分から、怖い先生と呼ばれて…。

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2008年01月19日

漢字テスト

漢字テストの平均点ってどのぐらいのものだろうか?

ふと、考えるときがあります。
2学期末の漢字テストで女子の平均が98点。(半分が100点でした)

今回、冬休みあけの漢字テスト女子の平均は97点。男子が92点。(男子の半分が100点)一名の子を抜いて平均すると97点になりました。

転入してきた子と極度に書けない子。ここらあたりが、指導のポイントになりそうです。極度にかけないの子は、図形認識力を疑う部分もあるのですが、それに対応した手立てを組んで指導してきたと自負しています。
けれども、結果が伴わないのは、何か他に原因があるのかもしれません。

人間相手ですから、同じ方法でうまく行くとは限りません。
この仕事の難しさでもあり、面白さでもあるかもしれません。

ただ、見えないんですよね。こういう努力。
他の人には全く伝わりません。

できのいい子がそろっているなんて思われたりするわけですから。
実際には4月に行ったミニテストでは半分も書けなかった訳ですから、漢字が得意な子が集まっているわけではありません。
宿題の提出率も上がり、生活が不規則な子(数名います)が出せないだけになってきました。
長縄も全員がほぼ調子よく跳べるようになって来ました。連続50回も射程に入ってきました。

なんか、調子良すぎる感じです。
落とし穴があるような気がしないでもありません。

当たり前のことを、ごく自然に淡々と進める。
しかし、継続することで、当たり前は当たり前でなくなる。

そう思っています。特別な特効薬はないけれど、淡々と継続することで、人は劇的に変化していく。まさに習慣は人を育てるのだと思っています。

当たり前のことを、当たり前に行えるのは、実は当たり前ではないのだと思っています。自分の「見逃している当たり前」をこれから探していこうと思っています。

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2008年01月14日

嬉しいけれど…

私の行きつけの図書館は2箇所ほどあります。
(正確に言うと1年に4回程度訪れるところがあるので3箇所かな?)

そのうち、あまり行かない方の図書館(月に1度程度行くところ)に先日予約してあった本が入ったという連絡があったので、しばらくしてから取りに行きました。
まず、返却する本を出しました。

一人の人が返却の手続きをし、もう一人の人が本を探しに行きました。
そして、本の返却の手続きが終わったころ、「予約してあった本」が目の前にありました。

私はそこでカードを出していないし、名前も名乗っていない。
けれど、予約した本をその人は見つけ出して持ってきてくれた。
嬉しいけれど…。
顔と名前とが少なくとも一致しているわけですよね。

カードはバーコードで管理しているので、通常名前まで一人ひとり覚えているなんて思っていませんでした。顔を見て「予約してある本が届いている」ことを知っていて、持ってきたわけです。
サービス業としては、基本の対応かもしれませんけれど、どこでそんなことまで…って感じです。

実際はいろんなところで顔と名前という個人データは出回っているのでしょうね。
考えてみると、喫茶店で「いつもの」で通じるのは少なくとも「顔とメニュー」が頭に入っているということですよね。これと同じかな?

サービス業だと考えると「顧客サービス」。でも、公的機関がやったと思うとなぜか「個人情報の漏洩」ってイメージになってしまうのは、偏見かな?

いろんなことを考えるきっかけになった出来事でした。

sevenstarslight at 00:32コメント(0)トラックバック(0) 

2008年01月11日

長縄の季節です

冬場になると、毎年長縄に取り組んでいます。
私の場合遊びではありません。
真剣勝負と思っています。

長縄のやり方を説明しながら、「絶対にクラスをまとめてやろう」って仕掛けていきますから。目標達成に向けてかなり熱が入ります。
今年の当面の目標は「連続50回」

8の字跳びで前の子との間を空けずに連続で50回跳び続けるのです。
クラスにはいろんな子がいます。運動の得意な子。苦手な子。
怖がりの子。失敗してもチャレンジし続ける子。

目標に向かって、互いに力を合わせていくことをねらっています。
実は、長縄は回し手が重要な役割を持っています。続くも続かないも回し手にかかっているといっても過言ではないと思っています。

初めはこちらで回し手をやります。最低ライン(全員が一応入って跳ぶことができるレベル)までは、こうすると意外と速く到達します。
こうしながら、入る順番を手直ししていきます。

入るのが下手な子は縄の中央の跳び易いところでは跳んでいません。大概、回し手の近くの跳びづらいところで跳んでいます。前は空いているのに、後ろは全く余裕が無い状態になります。入るのが下手な子が続くと、入るタイミングが遅れてリカバリーできずに失敗してしまうのです。
そこで、あまり得意ではない子の前後にうまい子を入れます。一人はお手本役でもう一人はリカバリー役です。

リカバリー役が前の子を追い越すように真ん中の跳び易いところに入ります。そうすることで、とりあえず続くようになります。

この段階では「できそうだ」という自信を持たせることが大切です。休み時間に練習させたいのはこういう「苦手にしている子」なのです。
こういう子をみんなが誘い、誘われた子も楽しんで練習するのが私の願いです。

さて、今年は最初のチャレンジで38回。「最初の目標の50回は達成できそうだ」という声が聞こえてきます。ただし、女子は10回も続かない。
今年は、女子をどう引き込むかがポイントになりそうな気配です。

さて、連続50回という壁を破るのはいつのことでしょうか?
お楽しみにしてください。

追伸…2学期末の漢字テストで女子の平均98点(最低92点)という快挙でしたが、3学期初めのテストでは、男子の50%が満点(100点)。3学期は男子が巻き返す時期になるのでしょうか?こちらも楽しみになってきました。


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2008年01月10日

論文提出

年末から取り組んでいた論文がやっと完成。
提出することができました。

論文を書くのはなれているはずなのに、今年はとても手間取りました。
理由は「国語」で論文書いたからです。
今まで理科・算数・総合など様々な分野で書いてきましたが、国語は初めて。
おまけに、数値化することが困難な分野で書き始めましたので、どうも勝手が違いました。何度も書き直し、制限枚数の数倍の原稿を書いてそのほとんどをボツにしました。

自分としてはベストと思うのですが、どうも独りよがりの感がぬぐえません。
結果はどうあれ、今の自分にできる限りのものを書いたという自負はありますが、自分の力量のなさに嫌気が差しました。

さて、それではたまっていた本をじっくり読んでいこうかなぁと思っています。
良い本に出合えたらまた紹介したいと思っています。
でも、10冊読んでもその中でお勧めできるのは1冊か2冊。調子が良くないと0ということも珍しくありません。

もっとも、図書館で借りているのが多いのでそれでも構わないと思っているのですけれど。

追伸…4年生で割り算の筆算を学習しますが、そのミニテストと解答が自動で作成されるプログラムをエクセルで作りました。(論文の片手間に作ったものです)
忘れている子どもが多いので、これを使ってミニテストを繰り返しながら思い出させようかなぁ。
希望者がいれば送付しますので、メールアドレスをお知らせくださいね。

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2008年01月07日

さて、新学期

さて、いよいよ新学期がスタート。

3学期はとにかく短い。
足掛け3ヶ月だけれど、1月は冬休みがあり、3月は春休みがある。
おまけに2月は28日しかない。

ゆっくりスタートなんてできない。
少しずつペースを取り戻してなんて言っていたら終わっちゃう。

ガバッと布団を跳ね起きて、肌に寒気を感じつつ、冷水で顔を洗い、一気に頭を起こさなくては。

もっとも、私の場合実は正月中から連日休日出勤。
これも、どうかと思うけれど。

とにかく動き出します。
「おーい。みんな待ってろよ!」

追伸…エクセルで漢字と計算のプリントを作るのを組みました。
  どこかで配布したいなぁと思うのですけれど、ウィルスの関係でしょうか、適切な場所がありません。やっぱり、HPで配布するしかないかなぁ。


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2008年01月01日

A HAPPY NEW YEAR!

あけましておめでとうございます。
新しい年を神社の境内で迎えました。初詣でに並んでいると、こんな声が聞こえました。
『わあ!星がとってもきれい!』
確かに見上げると、いつもよりもきれいな星空です

。振り返ってみると、新年を迎える時はいつもきれいな星空でした。
どうして新年を迎えるときは、きれいな星空が見えるのでしょう。


邪推ながら、それは正月休みで工場などの生産活動が止まり、排出ガスが減るからでは無いでしょうか?

しかし、この正月休みがなくなろうとしています。
コンビニが休みだと、何人の人が餓死しますか?
スーパーが休みだと暴動が起きますか?

休む時は休む。それでいいじゃないか。人間の価値を落として欲しくない。日本の文化伝統を無くさないで欲しい。

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2007年12月29日

御用納め  できませんでした

なんとか御用納めまでに間に合わせようとしたものの、パソコンの不調にあえなくダウン。仕切りなおしとなりました。
個人情報のかかわりで、学校外に持ち出せないのがこういうときには辛いです。

追伸…論文書いている間の気分転換にとプリント作成のマクロを組んでいたら、2本完成しちゃいました。どっちが気分転換だったのか怪しくなっています。

それでは、どなた様も良いお年をお迎えくださいませ。

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こめんと