教育基本法

2007年01月15日

教育基本法 第四章

(補則・法令の制定)
(旧)
第十一条(補則)
この法律に掲げる諸条項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が制定されなければならない。
(新)
第四章 法令の制定
第十八条 
この法律に規定する諸条項を実施するため、必要な法令が制定されなければならない 。

長らく書いてきた教育基本法もようやく第四章。これで終わりです。
もっとも、この部分は補則であるので、それほど大きな変化は無いです。

「必要がある場合には、適当な法令が制定」だったものが、「必要な法令が制定」に変わっただけである。
語感からすると「速やかに法律を制定せよ」という即時性が強調されたように思う。先の第三章にも共通するのだが、基本的には「時代に合わせて変化させやすいフットワークの軽い行政・立法」になっている印象がある。
それによって現場では変化の連続になる可能性が否定できない。
杞憂で終わればよいのだけれど。

ご意見・ご感想をお聞かせいただければ幸いです。

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2007年01月14日

教育基本法 第三章

教育行政に関する法律
(旧)
第十条(教育行政)
教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。
2 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。

(新)(教育行政)
第十六条 
教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。
2 国は、全国的な教育の機会均等と教育水準の維持向上を図るため、教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない。
3 地方公共団体は、その地域における教育の振興を図るため、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない。
4 国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない。


ここで、注目するのは「この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり」という部分が付加されたことだろう。
教育基本法や他の法律は「不当な支配」に入らないのはもとより、定めるところにより行わなくてはいけないという強制力を持たせた部分だろう。

これによって「教育もその法律によって刻々と変化し続けること」が要求され、個人の判断での取捨選択は許されないことになる。
もっとも、「法」はもともと強制力を持つものだから、ここに書かれなくてもすでに強制力はあったのだけれども。


ところで、指導要領は法律なのだろうか?要領とは「物事をうまく処理する手順やこつ」なので、法律とは区別されると思う。もっとも、今の指導要領は「最低基準」なのでこれをやらなくてはいけないという強制力は持っていると思うけれども、これ以上は不可とはかかれていないように思う。

ここで、改めて「教育基本法」を見てみよう。「わが国と郷土を愛するとともに…」という愛国心に関わる部分。これにも「強制力が発生する」わけです。「書いてあることについては指導しなくてはいけない」ということです。もっとも、どの程度教えるのか、どのような方法で教えるのか、どの時期に教えるのかについては明記されていないので、現場に一任されているようなものだと思います。

校長先生の権限が強化され、教育委員会がその点で評価し、人事異動を行うようになれば、自然と現場に緊張が走ることになると思います。
そういう観点で教育基本法を見てみると「教育委員会」の指導力を強化できる部分が含まれています。後に出てくる第十七条の2項です。

この辺りさらりと後半に書かれているのが怖いです。そうです。みんなが注目するであろう第十六条の後ろにさらりと書いてあるのです。

思い起こせば、教員が注目するであろう第九条の後ろの第十条にも家庭教育のことがさらりと書いてありました。

(教育振興基本計画)
第十七条
政府は、教育の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、教育の振興に関する施策についての基本的な方針及び講ずべき施策その他必要な事項について、基本的な計画を定め、これを国会に報告するとともに、公表しなければならない。
2 地方公共団体は、前項の計画を参酌し、その地域の実情に応じ、当該地方公共団体における教育の振興のための施策に関する基本的な計画を定めるよう努めなければならない。


私が注目したのは「国会に報告するとともに、公表しなければならない」という部分です。これは「国会に報告し、それによって審議。時限立法の制定という流れが容易になるという意味」があると思います。

時限立法は憲法などに比べて容易に可決します。それも「法」なので、それに教育はしばられることになります。
その時、その時に応じた要求が教育になされることが可能になります。
「教育は水がしみこむようにゆっくりと進めるものだ。慌てて教育を変え、速やかな効果を求めてはならない」伊藤博文の言葉です。

実際に最近の教育行政をみていると「ゆとり教育」にしろ、「総合的な学習の時間」にしろ、朝令暮改のそしりを受けかねない状態です。
現場が右往左往しているようでは教育の効果は現れづらいと思います。あっという間のトップダウンで困るのは何もソフトバンクだけではありませんよ。

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2007年01月13日

教育基本法 第二章(3)

(旧)
第七条(社会教育)
家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない。
2 国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、学校の施設の利用その他適当な方法によつて教育の目的の実現に努めなければならない。


(新)
(社会教育)第十二条
個人の要望や社会の要請にこたえ、社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によって奨励されなければならない。
2 国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館その他の社会教育施設の設置、学校の施設の利用、学習の機会及び情報の提供その他の適当な方法によって社会教育の振興に努めなければならない。


社会教育に関しては、「家庭教育及び勤労の場所その他」が「個人の要望や社会の要請にこたえ」に変わっているものの、社会教育の範囲が広げられたということであり、大きな変化はない。

2項においても、「公民館等の施設の設置」が「公民館その他の社会教育施設の設置」と範囲が拡大されていることが変わっているがそれほど大きな違和感は無い。「教育の目的の実現に努めなければならない」という部分が「社会教育の振興に努めなければならない」と変わっている。

ここが、社会教育で最大の変化だろう。社会教育を盛んにすることが大切である。というか、「盛んに行えばよい」「機会を設ければよい」という意味合いに聞こえる。教育の成果は求めないし、教育基本法に掲げられた目的に縛られずに、広い範囲で行うことを奨励していると取れる。

この変化は小さくないだろう。文部科学省のHPの比較では変わった部分に下線が引かれているが、この部分は引かれていない。意図的なのか、大きな違いではないと判断したのかは不明だけれど、ここの変化は少なくないと思う。

新設
(学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力)
第十三条
学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする。

この部分は意味があるのだろうか?と思う。相互に連携、協力に「努める」という建前論は当たり前だと思う。そして「努める」は拘束力は弱いと言わざるをえない。まぁ、「自覚するとともに」という部分があるので、「自覚が足りない」と学校・家庭・地域をそれぞれに責めることの拠り所にはなると思うのだけれど。

政治教育については文語体を改めて口語体に近くなっている以外変化は無いので、下記に表示するにとどめる。
(旧)
第八条(政治教育)
良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。
2 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。

(新)
(政治教育)
第十四条
良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。
2 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。


宗教教育については、基本的には変わっていないが、一部付加された部分がある。
(旧)
第九条(宗教教育)
宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。
2 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。

(新)
(宗教教育)
第十五条
宗教に関する寛容の態度、宗教に関する一般的な教養及び宗教の社会生活における地位は、教育上尊重されなければならない。
2 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。


付加されたのは「宗教に関する一般的な教養」の部分。これが教育上尊重されなければならないということです。特定の獣肉を食べることを強制したり、教義を踏みにじるような行為を禁じたものだと理解しています。
仏教・神道に加え、地域によってはイスラム教・ヒンズー教にも配慮しないといけないところがあるかもしれませんね。

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2007年01月11日

教育基本法 第二章(2)

教員について書かれた部分
(旧)再掲
2 法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。

(新)
(教員)
第九条
法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し絶えず研究と修養に励み 、その職責の遂行に努めなければならない。
2 前項の教員については、その使命と職責の重要性にかんがみ 、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修の充実が図られなければならない。


「研修と修養」が教員に対して強調されました。先の部分と合わせて考えると公的な研修会が増加するのではないかと予想されます。そして2項でも「養成と研修の充実」ということが強調されています。

ちなみに、研修とは「研究」+「修養」です。研究とは「子どもをより良くするための方法について学ぶ」という意味合いで、修養とは「教員自信の資質を高めるための努力をする」というような意味です。

昔は修養ということで、読書・音楽会への参加など、教養を高めるということも含まれていたようですが、最近は、それらは修養とは認められなくなったようです。
研修の意味も最近は「研究」に偏っているように思います。
「特別支援教育について」「算数科教育について」「生徒指導について」どれも、研究だと思いますから。

(新)新設部分
(家庭教育)
第十条
父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。
2 国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない。


新設された家庭教育に対する部分。「子の教育について第一義的責任を有するもの」と明確に表記しています。「それは学校で教えてくれ」と言い辛くなることが考えられます。

今だと「うちの子が万引きをしたのは学校の責任だ」という発言を時々聞きますけれど、それを抑える拠り所になりそうな部分です。(もっとも、そういう保護者はこの文書を読んでいないでしょうけれど)

生活習慣・自立心・心身の調和どれも、現在学校でやってくれと押し付けられる傾向にある部分です。それに対して教育基本法は「保護者の責任が一番」と言っているわけです。
そのため、その部分に関しては「保護者の指導」を学校がサポートという立場になります。第一に責められるのは保護者という観点になります。

さて、そうなるといじめていた子の保護者を学校が責めても良い。いじめられていた子の保護者がいじめていた子の保護者を責めても良いということになります。
極論ですが(現実的ではありませんが)いじめた子の保護者に対して「損害賠償請求」ができるということです。この部分はマスコミにもう少し大きく取り扱って欲しい部分です。

(新設)
(幼児期の教育)
第十一条
幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものであることにかんがみ、国及び地方公共団体は、幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備その他適当な方法によって、その振興に努めなければならない。


幼児期とは満6歳までをさしますから、おおよそ入学前の子どもと理解してよいと思います。明確に書かれていませんが、「幼稚園・保育園」の充実とその監督の責任は国と地方公共団体にあるという意味に取れます。お金も出すけれど、口も出す。という関わり方が強まるように思います。

今回取り上げた部分は、新設された部分が多く、「何が付加されたか」ということに話が集中しました。少し、力が入りすぎた部分や過大解釈の部分があるかもしれません。
気づいた点があればご指摘ください。

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2007年01月10日

教育基本法 第二章(1)

第二章 教育の実施に関する基本
(旧)
第四条(義務教育)
国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。

(新)
第五条
国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う。


変わったところは、義務教育は9年というところが、別に法律で定めるところによりという表現に変わり、教育年数が変えやすくなっている。これは、一部にはスキップ(飛び級)を実施することを視野に入れているためといわれている。

ところで、スキップの他に落第も可能になるのだけれど…。少子化だから義務教育を延長して子どもの数を増やす?なんてことはないでしょうね。

(新設)
2 義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。
3 国及び地方公共団体は、義務教育の機会を保障し、その水準を確保するため、適切な役割分担及び相互の協力の下、その実施に責任を負う。


新設の2項ですが、これは「義務教育は学力だけでなく、基本的な資質(生活態度や人格形成などが含まれると考えられる)に対しても責任を負う」と言っているようにも受け取れる。責任範囲の広がりを感じずにはいられない部分です。

3項の「水準を確保」とあるので、公的な研修がこれによって増える可能性があるなぁと思っています。相互の協力の下ということなので、国から制度として研修が制定され、地方公共団体が実施するように思います。責任を果たすためには、今以上に増えるのではないのかと思われます。

(旧)
2 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。
(新)
4 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料を徴収しない。

ここに「授業料は徴収しない」とある。これは変わっていないのに、ここを拠り所として「義務教育は無料だから給食費は払わない」という主張があるようですが、困ったものです。そういう場合の多くは担任の教員が払うようにお願いに行くわけですが、教員の取立てなんて怖くも何ともありませんから(逆に脅されることもあるようですから)払わないのでしょうね。

(旧) 削除された部分
第五条(男女共学)
男女は、互に敬重し、協力し合わなければならないものであつて、教育上男女の共学は、認められなければならない。


男女共学はもう、今は当たり前となっているから削除されたのかな?そういえば私立の男子校・女子高ってのもどんどんと共学に変わっていますね。

(旧)
第六条(学校教育)
法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみがこれを設置することができる。

(新)(学校教育)
第六条 法律に定める学校は、公の性質を有するものであって、国、地方公共団体、及び法律に定める法人のみが、これを設置することができる。
2 前項の学校においては、教育の目標が達成されるよう、教育を受ける者の心身の発達に応じて、体系的な教育が組織的に行われなければならない。この場合において教育を受ける者が、学校生活を営む上で必要な規律を重んずるとともに、自ら進んで学習に取り組む意欲を高めることを重視して行われなければならない。


私は、2項の部分に注目しています。「必要な規律を重んずる」「進んで学習に取り組み意欲を高めること」を『教育を受ける者』にではなく、『学校がやるように』強制しているわけです。「学習意欲を高めること」はともかく、「規律を重んずる」のは学校だけに求められてもなかなか難しいのではないかと思います。

どこかで、規律を重んずることを教え、実行させなくてはいけないということですから、この点においては、家庭・社会ではなく学校に全責任を持つように教育基本法は行っているように思います。(このあたり、微妙に分かりづらい表現になっていると思います)

次の部分は、「(教員)第九条」として独立 した。そのため、ここではふれずに後ほど話しをしたい。
(旧)
2 法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。

(新)
第七条
大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。
2 大学については、自主性、自律性その他の大学における教育及び研究の特性が尊重されなければならない。


大学の独立性が書かれている部分です。大きな変更も無いと思います。「社会の発展に寄与するもの」ということですから、「実社会で役に立つ」ことがこれから強調される傾向がでるかもしれません。

(私立学校)
第八条
私立学校の有する公の性質及び学校教育において果たす重要な役割にかんがみ、国及び地方公共団体は、その自主性を尊重しつつ、助成その他の適当な方法によって私立学校教育の振興に努めなければならない。


私立においても、公立と分け隔てなく教育について公的機関がバックアップすることが義務付けられている部分です。公立がダメということを盛んに報道されていますので、それなら私立へという人に対して配慮している部分です。
もっとも、安倍さんは筋金入りの私立育ちですから、母校に気を使っているという見かたもできるかもしれません。

さて、第二章は今回の改訂の中心となる部分なので、この後2回に分けて記事をアップする予定です。読んだ感想、意見などを聞かせていただけると嬉しいです。

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2007年01月05日

教育基本法 第一章(2)

第一章には新設された項目があります。
それが次の第三条(生涯学習の理念)です。これは安倍さんの提唱する「再チャレンジ」とも一致する部分ではないかと思います。

(生涯学習の理念)
第三条国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない。

ところで、「社会の実現が図られなければならない」とありますが、この責任を持つのはどこなのでしょうか?素直に理解すると「政府」となると思います。つまり、この部分は「政府の活動を強制する」部分でもあると言うことです。
社会教育・生涯教育が広く実施できるようにすることを政府に求めている部分ということだと思います。(もちろんそれを実際に行う地方公共団体に対しての圧力でもあると思います。)

さて、次に教育の機会均等について述べられています。先の新設部分がありましたので、条項の数字がここから先は一致しなくなっています。

(旧)
第三条(教育の機会均等) すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。
(新)
(教育の機会均等)
第四条すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。

ここまでは、ほとんど変わっていないでしょう。というか、表現を易しくしただけで意味している内容は同じだと思います。
新しく付け加えられたのは、次の文です。

(新設)
2 国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。

特別教育に関する支援をしなくてはいけないという制約を政府および地方公共団体に課した部分だと思います。今までの教育基本法でも網羅していたという指摘もありますが、ここに書き加えることでいっそう明確になったと思います。
「教育上必要な支援を講じなければならない。」というのですから、人的支援・金銭的支援をこの条項を元に要求することも可能だと思います。

実際にはそれが「教育上必要だ」ということを国や地方公共団体に説明する資料を作成する必要が生じてきますので、難しい面はありますが、可能性としては以前よりも高くなったように思います。

(旧)
2 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない。
(新)
3 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない。

この部分は、内容は同じなので良いでしょう。
ここまで見てきて、過去の教育基本法よりも平易な文章・指示している内容を明確にしている部分が多く見られます。
個人的な見解では、(新)の方が理解を得やすい部分が多いのではないかと思っています。

新学期に入る前に何とか記事を仕上げたいなぁと思っています。
間に合わなかったときは、少し間が開くことになると思います。ご了承ください。
(他の記事が入ると思います)

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2007年01月04日

教育基本法 第一章(1)

今日は、教育基本法の第一条と第二条です。教育の目的と方針の部分です。
まず、第一条(教育の目的)です。
(旧)
第一条(教育の目的) 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

(新)第一章教育の目的及び理念
(教育の目的)
第一条
教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。


付け加えられたのは「民主的な」という部分。削られたのは「真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた」という部分。
目標とする国民の姿からこれらが削除されたわけです。それが「必要な資質」という言葉に置き換わったわけです。もっとも、その「必要な資質」については後に(第二条)に書かれていますから、削除というよりも表現方法が変わったということだと思っています。私としては、新の方がすっきりと項目立てしてある分見やすいかなぁと思っています。

(旧)
第二条(教育の方針) 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

(新)第一章教育の目的及び理念
(教育の目標)
第二条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。


第二項の「自律の精神」第三項に「男女の平等」や「主体的に社会の形成に参画」・第四項の「環境の保全に寄与する態度」第五項の「我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度」ってのが新しく付け加わった部分かなぁと思っています。

自律の精神ってのは学級崩壊や少年犯罪に応えて付加されたように思います。それ自身間違っているとも思いませんし、明確にしたことの意味があると思います。
男女平等・社会の形成に参画については時代背景を考えると必要な表現だと思います。環境の保全も環境問題が話題になっている昨今の状況を考えると必要な部分だと思います。
ここで、問題とされるのが「愛国心」につながる第五項だと思います。

他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与するという表現は多分文句はどこからもつかないと思います。尊重するけれど、盲従する必要は無いわけです。また、外国に屈服するだけでは自国の国民の平和と安全を守れないでしょうし、日本だけが平和で安全という事は今後の国際社会ではありえないでしょうから、大切な部分だと思います。

ところで、「我が国と郷土を愛するとともに」というこの前提ですけれど、ここをどう解釈するかです。

私は、自国や郷土を愛するということをここで強調しているとは思っていません。「…とともに、」という表現の場合は、並列ではあるけれど「どちらかというと後半部分に重きを置いている」と思うのです。
つまり、「他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度」を重視するという意味に取れるのです。

他国を尊重するのであって、盲従するのでも服従するのでもないのですから、対等な関係を持つには自国のことも知り、自国の歴史・文化についての理解をもっていないといけないと思うのです。

自国と他国の違いをぶつけ、それをすり合わせる中で、両国にとってベストな距離を探るのが外交だと思っています。
その意味で、外国に合わせ過ぎる傾向があった外交は「土下座外交」などと揶揄されてきたのだと思います。

私は、この部分までは特に問題にすることも無く、「時代の流れを教育基本法の中に明文化した。」と理解しています。
さて、皆様方の解釈はいかがでしょうか?

追伸…ブログは文字のみの交流ですので、細かいニュアンスまでは伝え切れません。(ブログの表現・交流には限界があります
誤解を招くような誇張した論調(文体・表現)になると接点が探しにくくなりますので、そのあたりを少し考慮してコメントの文体を考えていただけると嬉しいです。
(〜の部分は○○ではないでしょうか?といった書き方にして欲しいです。)

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2006年12月29日

教育基本法(前文)

憲法にも前文がある。教育基本法にも前文がある。
この前文は、これから先の憲法全体に関わる部分であるし、どういう憲法にしたいのかという思いが込められている部分であるはずだと思っています。
それだけに、まずはこの文章を自分なりに解釈していきたいと思います。
もし、解釈に間違いがある。と思われた方は素直にコメントしていただけると嬉しいです。
<第一段落>
(旧)われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。

(新)我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。

ちょっと気になっているのは、ここで「この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」という部分が削られているということ。
旧教育基本法は『教育の重要さ』を前文の第一段落に書いている。これは、『国・国民が将来どのようになっていくのかは教育が左右しているからとても大切なことだ』と意識しての文章だと思う。それが改正後にはなくなっている。
後で見る第二段落に「この理想を実現するため…」という文章が入っているものの、教育が国家を作る。国家を左右するという意味合いからはトーンダウンしているように感じられる。
教育を生業としている私にとってこの部分はとても残念に思っている。
「そして、この理想の実現は…」と入れて欲しかった。
教育基本法の前文の初めなのだから、それぐらい『力を入れている』と、『力を入れなくてはいけないところなのだ』と書いて欲しかった。

<第二段落>
(旧)われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
(新)我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。

ここでは「公共の精神を尊び」「伝統を継承し」という所が新しさのポイントだろうか。
個人的には公共の精神・伝統は大切だと思っている。日本が戦後無くしてきたものもここの部分が大きいように思っている。大切なのに、あまり価値がないように思われている。それを注意喚起するという意味ではここでこの言葉が取り上げられたのは個人的には嬉しい。
もっとも、この部分には批判もあるかもしれないけれど。
また、ここでもう一つ注目したいのは「個性ゆたかな文化」が「新しい文化」に変わったことだ。
個性ゆたかな文化を否定して新しい文化という意味合いでは使っていないと思う。個性ゆたかであり、オリジナリティ(独自性)を持った文化を「創造すること」を目指している。つまり、『物まねではない文化』を作ろうというのだ。
そうなると先ほど『伝統』を強調したのは『日本古来からある文化』を発展させようという意味合いなのだろうかとも読める。
アジアにありながら、ヨーロッパ・アメリカの文化が色濃く染み付いてきている昨今の日本の状態を良しとせず、先人の文化を見直し、価値を認めようという動きにも感じる。
すべての日本人が悪かったわけではない。先人のすばらしさがあったからこそ、今の日本の繁栄があるわけである。その「すばらしい先人」の知恵の結晶が文化だと思う。したがって、その先人の文化を発展させ、他国には見られない「日本的な文化」を作り上げ、民族として「喪失しかけている自信」を回復しようという思いがあるのかな?とも思う。

<第三段落>
(旧)ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。
(新)ここに、我々は、日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。

前の文章を引き継げば「わが国の未来を切り拓く教育」というのは、独自性のある日本古来の文化を発展させるための教育という意味に考えてよいと思う。
少し、扶桑社の「歴史教科書」に近いイメージがあるかもしれない。
最後に「その振興を図るため」という文字が入っているのは、教育の基本を示しただけに留まらず、「我が国の未来を切り拓く教育」を盛んにするためにこの法律を制定したという意味合いが含まれているように思う。
盛んにするために法律を制定したのだから、そのための提案が以下に書かれているのではないかという期待が持てる文章だと思っている。
そして、「新しい日本の教育」が「我が国の…」に変わったのは「戦後になって『今までの教育』から方向転換」という意識を持たなくてもよくなったという意味合いにも取れる。
戦後の呪縛から解き放たれる時が来たのかもしれない。

ただ、ここまで読んで気になるのは『戦後教育』から『戦前教育』へ戻るのではないかという危惧があるということだろう。
個人的には『戦後教育』が間違いの連続とも思わないし、『戦前教育』がすべて間違っているとも思っていない。その良さを併せ持つ教育の基本がこの後につづられているのならそれが一番よいと思っています。

さて、前文について書き始めてみましたが、想像以上に骨の折れる仕事でした。
毎日更新というわけには行かないでしょう。ちょうど年末年始ですから、帰省などでパソコンから離れ、このブログを見る人も減るでしょうから、休み休み記事をアップして行こうと思っています。

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sevenstarslight at 07:33コメント(0)トラックバック(0) 

2006年12月27日

教育基本法改正

教育基本法が改正になった。と、いろんなニュースで聞いて知ってはいるけれど、実際にはどこがどう変わったのかを読んでいなかった。
断片的な知識はニュースやブログから得ているのだけれど、それは誰かの思惑というと言いすぎだけれど、意思が込められている可能性があるので、一度自分でしっかり読み比べたいと思った。
文部科学省のHPにその資料を見つけたので、しばらく時間をかけてしっかり読みたいと思う。人の意見を挟まず、自分としてどう解釈して、何が変わり、何がよくなるのか?それとも悪くなる点はあるのか?

世論を見ると反対が圧倒的に多いみたいだけれど、良く見て考え、自分としての意見を書きたいと思っている。けれども、調べてみると、改定箇所は思ったよりもずっと多かった。

まず、部分的に改定になった場所についての感想を述べていき、最後に全体としてどう考えたかを述べる形にしたほうよいと思った。
さて、何回続くのか?最後までできるのか?はなはだ自信がないけれど、とにかくまずもとの資料を読んでみようと思う。

(話題がちょっと重いので、新年・年末の雰囲気に合わないかもしれないので、時々別の記事を挟むことになると思います。)

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sevenstarslight at 07:01コメント(3)トラックバック(0) 
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