私立桜ヶ丘学園ミステリ研究会(一筋縄じゃいかないサークル模様)

 一応、煙たそうにしながら部室までの道を歩く。その後ろを金髪少女が楽しそうに着いてくる。
「こんな汚いところがあったのね。不思議だわ」失礼な物言いも忘れない。
「そんな汚いところが部室ですよ」
 紙袋を地面に置き、我が部室の扉を開ける。中には、本を整理している会長と、パソコンに向き合っている男性が一人いた。
「あれ……堂島くん、本と一緒に女の子も買って来ちゃったの?」
「変な物言いはやめてください、会長っ!」
「あなたが会長さんなの?」
 背後に控えていた金髪先輩が、ずい、と前に出ると、宣言した。
「わたし、桜島あやねと言うの。今日からここに入部することに決めたから、よろしくお願い出来て?」
 会長は、一瞬、ぱちくりと目を大きく見開く。
「うちは来るもの拒まずだからね。ようこそ、ミステリ研究会へ」
「……って言いたいところだけどぉ」剣呑な声で桜島あやねが偉そうに両腕を組んだ。
「何でこんな狭い部屋で本を読んでるわけ? 新しい部室棟に移動しましょうよ」
「物が多いからね。そんな簡単にはいかないし――うちは少人数だから、これで間に合ってるんだよ。幽霊部員も多いし、勝手に場所変えちゃったら、皆、困っちゃう」
「でもぉ、これじゃ、午後のティタイムも楽しめないわ!」
 ……なんという我侭娘。ティタイムってなんだよ。本読めよ、本。――と思っていても、言葉にすることなんて出来るはずもなく。
「待て。桜島――あやね?」
「そうよ。誰よあんた」
「新井佑介。それより、君、ここの創設者の孫じゃないか?」
 ――え。
 あやね先輩はけろりとした顔で言い放った。
「そうよ。何か問題ある?」
 ええええええええ?
 ということは、超、超、超、お嬢様、ということか? ティタイムもうそじゃないってことになるのか。噂では超天才とも聞いたことがある。現・学園長――つまり桜島先輩の父親――の、溺愛する一人娘は超が幾つついても足りないくらいの我侭だとの噂も聞いたことがあって……。
 ぼくは頭を抱えてしまった。
「ところで、わたしは自己紹介をしたわ。そちらは?」
「ああ、悪いね」会長は笑みを浮かべると、パソコンに向かっている男性を示して、「新井佑介。うちの文学部の一年」新井先輩はキィボードを打つ手を止めて、頭を軽く下げた。「よろしく」
「自作のミステリも書いてるうちのホープだよ」
「会長、それは……」
「いいじゃない、別に」くす、と会長が笑みを漏らす。
「……中の上ね」桜島先輩が呟くが、それが何かは聞かないことにした。
「そして、堂島健介くん。うちの期待の新星」
「会長、今日は適当なことを言う日でしょう」じろりと軽く睨んでみせれば、神崎会長はくすりとも笑わず、かといって怒ることもなく、平然と、そうかもしれない、と言い放った。まったく、この人は。
「そして、わたしがここの会長を努めさせて貰っている藤崎神奈。文学部二年。よろしく」
「……よろしく」
 二人は軽く握手をすると、桜島先輩が、やはり眉根を寄せて部室を見渡した。
「わたし、こんな汚いところで読書する習慣、ないんだけれど」
「慣れれば都だよ」
「慣れるかしら」憤慨、とでも言うかのように言い放つ。
「わたしだけ、新しい部室棟に移ろうかしら!」やけくそ気味に彼女が叫ぶ。
「あれ、新顔?」
 がちゃ、とドアが開いて水野先輩が顔を出す。
 それまで繭を吊り上げていた桜島あやねが、ぽっと頬を染めた。――まさか。
 水野先輩は桜島あやねを見ると、「やあ、可愛い新人さんだね」と、歯が浮くようなことを言う。
「やだ……そんな、可愛いなんて……。大げさですわ」
 片手を頬にやり、満更でもないように腰をくねらせる。
 ――こいつ、面食いか。
「俺は水野孝宏。ここの院にいるよ。こんな可愛い子が入るなら、これからは真面目に研究会に来ようかな」
 女性なら、誰もが倒れてしまいそうな爽やかな微笑みを浮かべて先輩は言った。
「はい……ぜひ。こちらでお待ちしておりますわ」
 それじゃ、実験の続きがあるから、と言って水野先輩は辞退した。
 残された僕たちは、桜島あやねをじっと見る。
 彼女は気まずそうに咳を二度、三度すると、やはり偉そうに告げるのだった。
「まあ、古いのも面白みがあっていいかもしれないわね!」
 ――負け惜しみめ。
 ぼくはちょっとだけ嬉しくなって、言った。
「よろしくお願いします、桜島先輩」
 少女は、鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべると、少しだけ気まずそうに、「よろしく」と呟いた。

(続く)

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 白い石と緑、そして色とりどりの花で囲まれた広い桜ヶ丘学園は居心地がいい。ほんの少しばかり汗ばんだ肌に冷たい風が気持ちよかった。両手に持った紙袋には、たくさんの本が入っている。結局ぼくも、会長と同じように欲望に負けてたくさんの本を買ってしまった。
 古い部室棟へ望む道の途中――視界の真ん中に金色が目に入って来た。
 少女の後姿だ。うちの高等部の制服を着ている。その制服はまだ新しく糊が付いていて、風に揺られるがままに、両耳の上で二つに結んだ金色の髪の毛が揺れている。
 その少女が、ゆっくりとこちらを振り返る。
 白い肌に、吸い込まれるかのような淡い水色の瞳。そして風に任せるがままに揺れる金色の髪の毛――
 まるで絵画から抜け出してきたかのような美少女だった。ぼくの心臓がどきりと音をたてる。
 思わず持っていた紙袋を地面に落としてしまった。本が地面に投げ出される。
 あ、と思ったけれど、ぼくは少女から目が離せなくて、あたふたとしてしまう。
 しかし彼女はそんな僕の動揺なんてまるで知らない風で、こちらに向かって歩いてくる。
「あ、あの……?」
 明らかに挙動不審になってしまうぼくのことなど露知らず、彼女はぼくの買った本に、カッ、と靴を載せると、まるで演技をしているかのような優雅さで腰に手をあてた。
「何か面白いことはない?」
 小さな口が、快活明瞭にそう紡いだ。
「……はい?」
 訳が分からず、思わずそう返してしまう。
 だが、彼女はぼくの戸惑いなど気づかぬ様子で、憂鬱な表情を浮かべて口元に手をやる。
「お父様やお母様はテニスやお茶を嗜みなさい、と仰るのだけれど、ほら、わたし、そんなもの好きではないから。何か面白いことを探しているの。ねえ、あなた何か知らない?」
 ――そんなこと、知ったこっちゃあるか。
 金髪少女は己の欲望のために、ぼくの大切な本に足を載せているのか。少しだけ頭にきたので、ぴっと、下に指先を向けた。
「なぁに?」
「足、どけてくれない?」
「あらまぁ」
 今頃気付いたわ、とでも言うかのようにゆっくりとした動作で足をあげる。「汚いものを踏んでしまったわ」それはこっちの台詞だ。
「なに? 殺人事件……? 推理小説なの、これ」
「大切な本なんです。返してください」
「い、や」
「は?」
 金髪の先輩は、地面に落ちた本を何冊か手に取ると、面白そうに中身を眺め始めた。
「素敵! ミステリは何冊か読んだことがあるけれど、とても面白かったわ。現実に起き得ないことばかり書いてあるんだもん」
 その言葉に、ちょっとコメカミがぴくりと動く。
「だからこそ面白いんです」
「あら、何で敬語? ……ああ、中学生」僕の学ランを見てそう呟く。「悪いけど、子供には用はないから……」どういう言い草だ。
「ミステリ研究会、ねえ……」
 びくり。嫌な予感がする。
 先輩は本を数冊手に取ると、ばっと立ち上がり、宣言した。
「わたし、ミステリ研究会に入るわ!」

(続く)

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 さて、肝心の古本だ。タイトルを見ても分からないほど古いものが多く、タイトルで中身がわかるものは大抵既読済みか、手元にあるものだった。とりあえず好きな作家で持っていないものを中心に買い漁ることにする。それと、あからさまな『○○殺人事件』なんて本も買ってみた。タイトルに『殺人事件』と付くのだから、ミステリに違いないだろう。……と、思う。
「お、健介じゃないか」
 不意に声をかけられて後ろを振り向くと、大学院に通う水野孝宏先輩が本を数冊、手に持って立っていた。
「水野先輩。水野先輩も買い物ですか?」
「掘り出し物はないかなって思ってね」
 水野先輩は、文系の研究会には珍しく、理学部を専攻していた。確か今年でマスター課程を留年している。推理小説は伏線を回収しながら読んでいけば、自ずと答えにたどり着く。そんな快感が好きで読むのをやめられないのだと、以前、先輩が言っていたのを思い出す。それは僕も同じことなので、なるほど、と頷いたものだ。そう考えると、ミステリ研究会というのは本当に雑多なのだな、と思える。
「いいんですか、また外をうろうろしてて。また留年したら実家に戻されるんじゃなかったんですか?」
「俺は大丈夫」
「どこから来るんですか、その自信……」呆れてしまうが、誰もがはっと振り返るほどの美貌を持つ水野先輩が言うと、なぜか納得してしまう。一度留年しているという実績があるにも関わらず。
 水野先輩は、前述通り、誰もが見惚れてしまうほどの美形だ。さらさらと手触りの良さそうな漆黒の短髪に、少し明るい茶色の瞳は女性を虜にする。すらりと細く伸びた手足に、適度に筋肉がついていた。男も憧れる男。それが水野孝宏だった。
「そういえば、この間読みたがってた本、読み終わったから後で研究室まで持っていくよ」
「ほんとですか? 待ってます」
「うん。それじゃ、また後でな」いい本に出会えますように、と気障な台詞を吐いて、先輩とは別れた。
 ぼくも大体、一通り見終わったので研究室に戻る道へと足を向ける。

(続く)

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