2005年10月01日
"ゆとり" の考え方
先日、「子供は無限に伸びる」 (陰山英男著・
PHP文庫) を読みました。この本の著者である
陰山先生は現在土堂小学校(広島県尾道市)の
校長先生として活躍されていますが、この本では
その前任の山口小学校(兵庫県朝来郡朝来町)
での出来事を中心に取り上げられています。
陰山先生といえば「百ます計算」で有名ですが、
読み書き計算を中心とした基本的な学力向上を
重視しています。
また、生活習慣の乱れにより体や心のリズムを
崩さないように生活面においても、毎朝の朝食を
きちんと食べさせるといった事も、基本中の基本
として重点的に指導されています。
私がこの本を読んで一番感心したのは、
ゆとり教育の "ゆとり" についての考え方でした。
「陰山先生のやり方は"詰め込み教育"だ」 という
批判に対して陰山先生は次のように考えています。
以下、この本から抜粋します。
何が本当の「ゆとり」なのかという点に関して、
私はこう考えています。
それは、「子供たちに学力をつけてあげること
こそ、本当の『ゆとり』につながるはずだ」と。
学力がつけば、子供たちの最大の悩みである
「勉強ができなくて嫌だ」という気持ちから子供
たちを解放してあげることができます。
自分の将来に対するさまざまな不安を少しでも
解消してあげ、自分はできない子じゃないんだ、
できるんだと自信を持たせてあげることによって、
心の中に「ゆとり」をつくってあげる事ができます。
そしてそれが、本当の「ゆとり教育」だと私は
思っています。
時間的な「ゆとり」を持たせる事ではなく、心に
ゆとりを持たせる事が、本当の 「ゆとり教育」
なのではないでしょうか。
私から最後に、
文部科学省のお役人達は現場をわかっているの
でしょうか?
政府は本当に日本の将来について考えているの
でしょうか?
陰山先生の意見に真剣に耳を傾けてもらいたいです。
子供は無限に伸びる 「陰山学級」学力向上物語
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この記事へのコメント
恥ずかしながらご本はまだ読んでいないのですが、「ゆとり」のとり間違いがある気がします。
そして、私はさらに「勉強」のとり違いがあるとも思っています。
もちろん、英語・数学・国語などは必要だと思います。でも小学生には社会で生きていくうえで、大人の人と接する上で大切なものを学校で学べているのでしょうか?それは学校の仕事ではないって言われる方もいらっしゃるのですが、私は数学より常識とかの方が大切だと思います。
現場を知らない(知っているつもりの)者達による改革はそこに何を求めているのかわからない。
”ゆとり”という言葉を使っているが闇雲に休みを増やしただけ、子供達は今までより少ない時間で学習しなければならなくなった。
先生方もその時間に無理やり内容を詰め込む・・・
これのどこが”ゆとり”なのだろう?
「ゆとり教育」に関して意味を取り違えている人が多いように思います。
役人は、もっと深い部分での見識を持って欲しいと感じます。
今自分は大学生です。本格的なゆとり教育を受ける以前の代になります。ゆとりの波は自分が中学時代にはありました。母校の中学校で総合学習が始まったのが5年前になります。ちょうど中学3年の時でした。ゆとり教育が始まる前の、自分達の代の段階においても、1年上の上級生の教科書の内容はかなり難しく、そして自分達の教科書の内容は簡単に感じられました。その時点でゆとりが始まっていたんですね。そして今、弟の教科書を見てみると、中学校の教科書とは感じられないような非常にカラフルで、「薄い」内容の教科書になっていると感じました。
自分が進学した高校は、県下一の進学校だったので、習っていない内容が、中学で習得済みという前提で授業が行なわれたりしました。高校は実績をあげるため、そして受験で成功させるとめにゆとり教育は関係ないですから。
きつかったですね。だから弟が高校で自分と同じことを体験するんだなと思うと、自分がこう考えるのもおかしいですが、「甘ったれているから、高校で鍛えなおせ」と思う反面、「かわいそうだな」と思ってしまいます。
自分は、ゆとり教育について、ゆとりがありすぎると思います。ゆとり教育を受けた中学生が進学したとき、高校、特に進学校ではきつい思いをすることになると思います。勉強は確かにきついですが、中学・高校を卒業して振り返ってみると、あれだけのことを乗り切った、という達成感の方が大きいです。「後」できつい思いをするなら「今」するべきだと思います。
こちらからもトラックバックさせていただきますねー♪
教育には大変興味があるので、とても興味深く読ませていただきました。
「百ます計算」の先生の話ですかー。「ゆとり」に対する考え方、とても独特で良いと思いました。確かにそれも一理あると思います。ただ、私は「何をやっても自信がつかない子供たちはどうするのですか?」と質問してみたいです。「百ます計算」などをやることによって、逆に自信を失う子供たちはいないのか、そのような子供たちはどうするのか?その辺の考えも聞いてみたいです。
・・・というか、この本ぜひ読んでみます。
私は、文部科学省を受験しましたが、現場を意識した政策が増えてきている一方、まだまだ不十分であると感じました。何事においても”現場主義”をもっともっと重視してほしいですね。特に教育は、国づくりに直結するのですから。
長くてすみません。。ありがとうございました!
生徒は、可能性の延長上に自己の本質を醸成されることがなくなった。
百枡計算賛成です。
そうならば、
1年間、大化の改新だけを教える先生がいてもいいのでは ないか。
確か沖縄にこのような学校があるようだが。
生徒の選択の幅が大きいと学校に行く。
例えば音楽の授業は、ベートーベンが何を作曲した、ので はなく、生徒が、楽器や声楽、得意な分野を選択できた どんなに楽しいか。他の国では実践していることですが。
だから3人集まれば、重奏ができる。
日本では無理かな
「ゆとり」とは何かと考えた時、分からない子供には分かるまでとことん教えて、勉強を好きにさせる事だろうと思います。
好きになって知識が蓄えられていくと、ゆとりをもって勉強に取り組めますから・・・。
正に、隂山英男氏が著書で述べているのが本当の「ゆとり」だろうと思います。
「ゆとり教育」の本質ですが、「学力の底上げ」であることは文部科学省も明確に言っています、当時。
「学習内容3割削減」はその象徴ですね。
では、もっと勉強したい子ども・もっと勉強の出来る子どもはどうするのか?
その点に対して文部科学省は「私立学校や塾との共存」を標榜したのもひとつですし、公立校でも「進学校」を設置しています。
まぁ「ゆとり教育」の本質的な狙いが、国民に理解されなかった点は文部科学省の反省すべき点ですね〜。。。
うちは、漫画やドラマ感想ブログなもんで、TBは場違いなようなので、控えさせてもらいます。申し訳ございません。
心の中の「ゆとり」……本当に私もそう思います。
先日やっていた『ドラゴン桜』という原作が漫画のドラマ。勉強できない高校生がなんと東大をめざす話なのですが、やはり、「勉強が分る=自信が持てる」ということで、生き方も変わって行くという内容でした。
ただ、高校生なら勉強するもしないも、自主選択でいいだろうけど、義務教育の子供には、「百ます計算」させるなら、とことん教え込まないといけないだろうなと思います。
先生だけに頼らず、やはり親がもっと関心を持たねばなと思います。
ただ、小学生も高学年以上になると、なかなか親も忘れてること多いのですが……(汗)。
本当にTB有難うございました!
学校を楽しいと感じる子は、たいてい勉強ができる子だというデータがあるそうです。学校を楽しいと感じる塾に通うある小学生に、どうして学校を楽しくないと思う人がいるのかな?と聞くと、勉強についていけなくて余裕がないから。と答えたそうです。
確かな学力で勉強についていける余裕、それこそがゆとりなのだと僕も思います。
振り返ってみますと、義務教育期間中に一切その恩恵に浴しませんでした。
知識は本から、教育はイジメから受けたものです。
学校教育というものを信じておりませんが多くの子供が影響を受けることも事実で、問題点も感じます。
なるほど、うまい言葉であると思います。
ただ、私の場合、一学期の授業中に一年間の
数学と英語の授業の予習を終わらせたりして
たんですが……東大目指さないかといわれ、
目指したものの、動機付けがない自分は人形
にすぎないのではないか?主体はないでのでは
ないか?と思い。テストを放棄したり、授業
を放棄したりした。時代遅れな子供なんでし
ょうが、やはり、「ゆとり」は動機付けを考
える時間を創出ことと思います。
でも、あくまで、個人的なことなので、
一般化はできませんが……
「子供は無限に伸びる」(隂山英男著・PHP文庫)を読ませていただいたことがあります。
本を読んで、現場の先生の声をしかも、隂山英男先生は実績もあります。
どうしてそれを生かさないのか・・・・・
>文部科学省のお役人達は現場をわかっているのでしょうか?
>日本政府は本当に日本の将来について考えているのでしょうか?
本当に!!!!!
そうですね。根本的な事を お偉い方々は見落としていらっしゃるのかもしれませんね。
何が子供にとって大切かを 大人はしっかり考えるべきですよね。
教師を目指すわりには、陰山先生の本はまだ一度も読んだことなく、
「子供たちに学力をつけてあげることこそ、本当の『ゆとり』につながるはずだ」という言葉は、
ああ、そのとおりかもしれないと思いましたが、
その手段として、
百ます計算を行うということに、
私は少し違和感を抱いているので、なんともいえない部分も正直あったりして。
行政が、教育現場をよくよく見ていないのは、
本当に私も憤りを感じることがあります。
…長々と失礼しました。
またお暇ありましたら、私のブログもみにきてください。
こちらからも TB させていただきます。
「ゆとり」という言葉は、いろいろな解釈ができるので、使い方に注意が必要なのだろうと思っています。
陰山氏の解釈も、ゆとり教育という言葉だけ(定義されていない状態)についてであれば、成立しうるでしょう。
そして、本当の意味での「ゆとり」とは、陰山氏の解釈が正しいのだと思います。
しかし、実際には「ゆとり教育」はお役人によってあまり面白くない政策としての定義付けがすでにされているので、その定義を読み替えようとするのには若干の抵抗を感じますし、せっかくの素晴らしい陰山氏の説が陳腐化してしまうような気がします。
効果があまり期待できない政策に対しては、学校や家庭が自衛策をとるしかないのでしょう。
その自衛策の素晴らしい一例が、陰山氏の教育理論とその実践なのだと私はとらえています。
こちらからも TB させていただきます。
「ゆとり」という言葉は、いろいろな解釈ができるので、使い方に注意が必要なのだろうと思っています。
陰山氏の解釈も、ゆとり教育という言葉だけ(定義されていない状態)についてであれば、成立しうるでしょう。
そして、本当の意味での「ゆとり」とは、陰山氏の解釈が正しいのだと思います。
しかし、実際には「ゆとり教育」はお役人によってあまり面白くない政策としての定義付けがすでにされているので、その定義を読み替えようとするのには若干の抵抗を感じますし、せっかくの素晴らしい陰山氏の説が陳腐化してしまうような気がします。
効果があまり期待できない政策に対しては、学校や家庭が自衛策をとるしかないのでしょう。
その自衛策の素晴らしい一例が、陰山氏の教育理論とその実践なのだと私はとらえています。
中学3年生と小学6年生の子供を持つ親として、今の教育制度、教科書の問題などについては、無関心ではいられません。身内に学校の先生もいますが、いろいろ聞いてみるとゆとり教育以前に先生にゆとりがないですね。
陰山先生の本、今度読んでみます。
教育問題は、難しいですよね。
何が正解なのかもよくわかりませんが、良い人間が育つ社会になるとステキだと思います。
自分は陰山先生のご意見に100%賛同できるわけではないのですが、今、教育現場自体に「ゆとり」というものがないような気がします。
>文部科学省のお役人達は現場をわかっているのでしょうか?
>日本政府は本当に日本の将来について考えているのでしょうか?
という部分にはまったく同感です。
そうですよね!
ゆとり教育とは「心のゆとり」ですよね!
はやくお役人さん達が気づいてくれれば、まだ日本の子供たちは救われますよね!
これからもよろしくお願いします。