2017年12月

2017年12月31日

 大晦日です。

 年が私が、今年は奥様が手術を伴う大病を致しました。それでもお陰様で、我が家も、今年の正月の時と同じにメンバーで新年を迎えられそうです。長女の家庭では、第二子(私にとっては孫)が生まれ、4人家族になりました。個々に云い出せばいろいろありますが、幸せな一年であったと言わなければならないと思います。

 どうか、新年が今年以上に幸せな年でありますことを祈念しております。
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sfree261jp at 15:40コメント(2) 
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2017年12月30日

 30日です。愈々、おしつまりました。私の仕事も始まります。朝、しめ縄を飾り、その後築地に行き、午後は新横浜に行っておりました。何れも、お買い物であります。今日も、築地はいつも通りの混雑でありました。お店の前に着いて、マグロを買うだけで約一時間を要しました。混雑の半分以上は、観光客であります。別に、排除する気はありませんが、30,31日位は観光客の立ち入りは制限してもらえませんかねぇ・・・。
 今回、初めて、築地本願寺のに中までは入り参拝いたしました。何時も、閉まっているように見える門が、空いていたからです。
今年も、あと一日です。

我が故郷の街、福岡・博多(東長寺)

長寺も、福岡の観光案内を見て初めて知ったお寺です。その紹介文を見て、空海が開いた寺だという事を知りました。私の記憶では、空海は最澄と共に、遣唐使として唐に渡ったのですが、数年(2〜3年位?)で帰国いたしました。空海クラスの場合、10年単位での滞在・勉強が普通で、数年で帰国するという事は、逃げ帰ったとみなされかねないのだそうです。従って、空海は帰国したものの、直ぐには、京都に登らずに、(朝廷の様子を見るために)九州に滞在していたらしいとのことであります。

記の記憶と、市の観光案内での"空海が開いた東長寺"とが合体して、"あぁ〜これがそうだったのか!"と納得と興味が湧いてきたのであります。やはり、この様な興味と知識を持って訪ねると、ただ訪れるだけとは違うものであります。現在のお寺は明治の廃仏毀釈で、規模や敷地が縮小されたものが多いので、創建当時がどうだったのかは分かりませんが、予想よりは小さなお寺でありました。でも、印象としては、コンパクトながら、歴史の重みも感じますし、お寺独特の重厚さも感じることが出来ました。
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sfree261jp at 17:35コメント(0) 
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2017年12月29日

 日は29日です。言葉の語呂で吉凶を占うと言うか、縁起を担ぐ日本人にとって、29日は意見の別れる日なのであります。即ち、29を2と9に分け、「ふ」、「く」と読み、吉を表すおめでたい日だと云う人と、29の9が苦に繋がるとして、凶の日だとする説であります。私自身、占いめいた話は信用しないことにしておりますが、だからと言って、無視はできないという、いい加減な性格でありまして、"良い日なのだろうが、悪いと云う人がいるのなら、しいて行動するのは止めよう!"という態度であります。従って、今日、しめ飾りを掲げることは致しません。こんなくだらないことを考えながら、今年も、終わりに近づいています。でも、テレビも貴乃花の理事降格がそんなに大事件なのですかねぇ・・・。相撲から心が離れる"もと"だと思いますがねぇ・・。

我が故郷の街、福岡・博多(承天寺) 
  初思っていた事は、福・博多の名所旧跡を回る旅で、神社仏閣についてはそんなに数は無いだろうと思っておりました。特に、神社でこんな数になろうとは思っていませんでした。その神社も昨日で終わりに致しましたので、今日からは、また、お寺です。
とは言うものの、訪れた寺は2つしかありませんし、その内、1つの寺は休みだったのか入れませんで、結果的には、1寺となりました。

ったお寺は、承天寺と東長寺なのですが、承天寺については、前述のとおり、中に入れませんでした。公開していないのか、休日だったのかは分かりません。でも、市の名所に挙げるのですから、公開していない事は無いと思うのですがねぇ・・・。東長寺については、空海が開いたという事に、自分の知識と現実が結びついたという事では、興味深く訪れることが出来ました。

天寺は、敷地としてはかなり大きいのですが、三門が見当たらないので入口が分かりませんでした。敷地を一周した後、ここしかないと言う小さな門をくぐると、お庭や本殿らしい処には行けるのですが、戸はしっかり閉まっており、外から垣間見るだけでありました。公開していないのか、閉館日だったのかは不明であります。残念でした。入口に饅頭の発祥の寺とありまして、"んっ"と思ってしまいました。

頭の発祥については、私まとめた"お金にならない知識"の中で、奈良に発祥の神社がある記憶していたからです。本家争いと言うのは、何処にでもある話ではありますが、福岡と奈良で発祥地の本家争いをしているとは知りませんでした。さてさて、どうすれば良いのでしょうねぇ・・・。

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sfree261jp at 11:58コメント(0) 
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2017年12月28日

 う、師走も28日です。何時もなら、何かと気ぜわしい日々の筈なのですが、これまでの疲れが出たのか、我が家の奥様も含めて、もう一つ、気合が入らない状態が続いております。世の中も、テレビでは大相撲協会での貴乃花の処分でもちきりであります。それだけ、世の中も平和だという事でしょうねぇ・・・。テレビで、政治や社会問題を題材にした漫才・コントが話題になっているそうです。

 論は自由ですし、漫才・コントですから何を言おうが問題は無いのですが、余りにも、ただ一面だけを強調して笑いにすると言うのは、政治・行政不信や、人々をこれらから諦めさせることにならないかと危惧もしてみたくなります。何せ、日本人は、テレビで言ったことは、直ぐ、信じてしまいますからねぇ・・。テレビドラマと現実の区別がつかなくなったり、「テレビで言っていたのだ。」と云って信じ込む人が多いですからねぇ・・・。。


 我が故郷の街、福岡・博多(宗像大社)

 像神社は、今回福岡にいくことが決まった時から、行くことに決めておりました。と言うのは、何年か前に宗像神社へ行った時に交通のお守り買って帰り、車のキーにつけておりました。先日、時の経過と共に、そのお守りの紐が切れてしまいました。たかがお守りですが、"これをつけて無事故で来た以上、紐が切れたので無くてもいい "という訳には行かないのであります。今回、福岡に行く機会が出来ましたので、お守りの更新は、訪福の大きな目的となっていました。

 にとって、宗像神社は"交通安全祈願の神社"との印象が消えません。福岡に住んでいた頃、車に乗ると、大抵の車が、宗像神社のお札をつけていましたので・・・。その頃は、車も持っていませんでしたから、宗像神社に行ったことはありませんでした。

 2〜3年前に、初めて宗像神社を訪れて、単なる交通安全だけの神様ではないと分かったのであります。でも、世界遺産に登録されるほどの神社とは思っていませんでしたがね。
 確かに、歴史も縁起も立派なものでありまして、神社の中でも、結構、位の高い神社であることは理解いたしました。降神の場とされる高宮があり、伊勢神宮(?)から移した第二、第三の拝殿があったりして、格式の高さは感じさせられます。

 は、何年か前に、宗像神社と共に宮地嶽神社を訪れました。で、私の頭の中では、この両神社の記憶がぐちゃぐちゃに格納されておりました。即ち、鳥居から見た景色と神社名は、正しく、記憶されておりますが、拝殿以外の景色の記憶は、宗像神社を宮地嶽神社と間違って記憶しておりました。我が家の奥さんから、「何を言っているの?」と馬鹿にされていたのですが、今回、矢張り、私の記憶違いと納得致しました。
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sfree261jp at 12:03コメント(0) 
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2017年12月27日

 正月と言うのは、基本的には、ゆく年に感謝して新年の幸運を祈願するという事を建前に、要は、"日常生活を忘れて休もう"という事であります。ですから、お正月の準備は、保存食の確保と言うのが、メインの仕事となります。
 ですから、男の私のできることは、早く始めても仕方が無い処があります。私が「お屠蘇出そうか?」と言っても、奥様から、「今頃出されても、邪魔なだけなんだけど。」と言われてしまいます。その意味で、男性にとっては、26〜28日は、若干、手持無沙汰な処があります。
 という事で、今日一日、気は急くのですが、実働は殆ど無い儘の一日でありました。世の中も、平穏な一日の様でしたねぇ。

我が故郷の街 福岡・博多(愛宕神社)

  いころの記憶は、当てにならないものだと痛感致しました。"行ったことがある!"と思っていた神社が、改めて行って見ると、初めての神社だったと言うお話です。高校の時、仲が良かった友達の家が福岡市室見に在り、何度か遊びに行ったことがあります。その途中に愛宕神社への石段がありましたので、その石段を登って愛宕神社に行ったと思い込んでおりました。

  の為、今回も、"特に、行くことも無いだろう"と思っていたのですが、滞在の終わりの頃には、時間が余ってしまい、"愛宕神社でも行って見るか"という事になってしまいました。

  ってびっくりでありました。登り口と言うか、入口は記憶には似ていましたが、やはり、可なり異なっておりました。"宅地開発などで、高校時代と同じ筈はない!"と、自分に言い訳をしながら進んでいきました。でも、登れば登る程、見たことも無い景色の連続です。幾ら昔でも、多少、それらしい風景がある筈なのですが、全くの、ニュー ワールドでありました。頂上まで登って、拝殿を見て、"あぁ〜、やはり、はじめてだわぁ〜"と、納得致しました。

めて見る室見の愛宕神社は、コンパクトな神社でした。敷地に余裕は感じないものの、引き締まった感じがして、私は、心地よく参拝いたしました。海岸近くの高台の上にある神社ですから、市街地(海側)が良く見えます。"福岡市も、こんなに立派な都市になったのだ"と、自慢めいた感覚と懐かしさに、暫し、眺めておりました。やはり、来て良かったと思います。帰り道では、お地蔵さんをはじめ、幾つかの仏像を並べた処があり、何故か、心を惹かれました。

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sfree261jp at 12:45コメント(0) 
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2017年12月26日

1712261 日も平静な一日で終わりそうです。個々には、寒波の問題や大相撲のような問題はありますが、平静な年末では無いでしょうか。こんな年に限って、年末年始にとんでもない事件や事故が起きることがあります。今年は、無事に年末年始を迎えたいと、祈念しているのですがねぇ・・・。
 我が家も、昨日お酒のラインアップが完成し、今日は、三が日のお菓子の手配が完了いたしました。何れも日常行っている事なので悩むことは無いのですが、"正月ぐらい・・・"と思い出すと、悩みが始まるのであります。今年も、お酒のラインアップに一日を費やしました。(写真=左端がお屠蘇用のお酒。今年初めてで、国士無双と同じお酒で銘柄名虚空。日本酒度-9。)


我が故郷の街 福岡・博多(住吉神社) 

も、結構長い間、福岡に住んでいましたし、存在を知ってからも時間が経過しておりますが、住吉神社には行ったという記憶がありません。子供の頃、誰かに連れていかれたことがあるかもしれませんがねぇ・・・。結構、大きな神社で、名前だけは良く聞いておりました。場所的には、川端通りの南側で、博多駅から西に向かう道路沿いにあります。東の端の箱崎や、市西部の西新に実家がある私にとっては、なかなか、縁遠い所ではあります。でも、福岡でも一、二を競う大きな神社ですから、この歳まで行ったことがないというのも、私が"福岡出身と言う割には、街を知らない"と言う証拠みたいなものです。
 今回、"福岡・博多を良く知ろう!"というテーマですから、正に、とうを得た場所だと思っております。

 住吉神社としては全国最古の神社で、海の神様を祀っているそうです。歴史を感じさせますし、大きな神社でありました。都市化したこの地域にしては、神社の範囲が広く感じました。拝殿の横に、力士の像があり、お相撲にも縁が深い所だそうです。訪れた時は、大相撲で、日馬富士の暴力問題が世間を賑わした時であり、何か、因縁めいたことを感じてしまいました。

 歴史と威厳を感じさせる神社でありました。
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sfree261jp at 15:09コメント(0) 
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2017年12月25日

 (正確には今日までですが)クリスマスも終わり、街は、愈々、歳末モードなります。現役の時は、街が一夜にして、雪やモミの木のクリスマスから松飾のお正月に変わるのを、"今年も終わるなぁ"と実感を持って観ておりました。退職後も、街並の変化は変わらないのですが、最近は、その変化が目立たない様になったと思います。矢張り、不況の所為ですかねぇ・・。
 
 日、久しぶりに、横浜に出ましたが、街中や、デパートの中は、日常と変わらないと言うか、寧ろ、静かな感じてありました。フライドチキンのお店で、サンタ姿の女性が「クリスマスですよ! フライドチキンですよ!」と叫んでいるのが、かえって、目立つような街中の空気でありました。


我が故郷の街  福岡・博多(神社その1)
が郷里の福岡・博多を知ろうという行動は、当然、市内や近郊の神社仏閣も対象となります。若いころは、余り興味もなかったことから、"名前は知っているけど行ったことがない"という処が結構あるものなのです。今回も、行ったことがある処も含めて、市内の幾つかの神社を訪れました。勿論、無駄とは分かっていますが、カメラバックを抱えてのことであります。

ず、櫛田神社です。既に、何回かアップしたことがある神社です。川端通の端、キャナルシティの近くにあり、博多山笠の神社としても有名なのであります。私は、飾り山笠は何回も見ているのですが、"かきやま"は行ったことがありません。理由は、余りにも、朝が早すぎるからであります。

となっては、市街地のど真ん中で、コンパクトな神社ですが、歴史を感じさせる落ち着いた神社だと思います。(下) 櫛田神社。
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sfree261jp at 18:00コメント(0) 
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2017年12月23日

 日は、クリスマスイブのイブです。街も、漸く、クリスマス気分になりました。我が家では、都合により、今日がクリスマスケーキの日となりました。
 何時も思うのですが、日本では、キリスト教徒でもない人が、国を挙げての大騒ぎです。世界でも、日本位でしょうねぇ・・・。まあ、それで皆が楽しく過ごせれば良いのでしょうねぇ。我が家も、それにあやかります。


 我が故郷の街 福岡・博多(大濠公園)
  
メラの撮影は、若いころから好きではありました。小学生の頃、何の気なしに写した写真を、叔父が「いい写真だ。」と褒めてくれたことがあります。"ヒョットしたら才能があるのかも!"と勝手に思っていたのも事実です。とは言うものの、それ以降、カメラからは離れておりました。新婚の時、初めて、一眼レフを買ったのですが、当時は、フィルムでの撮影だったので、現像・焼き付け代だけで小遣いが無くなりましたし、チョット気に入ったものを引き延ばして、その支払いに苦慮したことがあり、また、カメラから離れていきました。

 近
年になり、デジタルカメラがフィルムに負けないような表現力になり、金銭的にも多少余裕も出来ましたので、再び、カメラに挑戦することにいたしました。きっかけは、軽井沢のお花達が、とても、繊細で美しかったからです。

 カメラ撮影を再開して、改めて、自分に関して新しい発見があり、驚いたことがあります。カメラを持って、好きなものを撮影していますと、時間の経過を忘れるという自分に気がついた事です。最近は、撮影に対する行動が、大分、疎かになっているのは自覚しておりますがね。
その他にも、人間を撮影するのが下手だということが分かったことです。ですから、人を撮影するのは、自信が無く、あまり気が進まないのであります。でも、"インパクトのあるお花の写真を撮りたい"という気持ちは変わりません。特に、深紅のバラ一輪であります。そして、最も重要なことは、写真の才能は無かったということに気がついたという事であります。

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sfree261jp at 14:25コメント(0) 
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2017年12月22日

 日も、取り敢えず、平和な一日の様です。年賀状も、私の分だけは出し終えました。後は、大掃除をはじめ、お正月の準備をしなければなりません。もう直ぐ、冥土の旅の一里塚を通過いたします。

 我が故郷の街 福岡・博多(雷山その2) 
山千如寺大悲王院は、インターネットでも、"千如寺と大悲王院との二つから成り立っている。千如寺は725年に建設された歴史あるものである。本尊は木造の大きな千手観音で、国の重要文化財に指定されている。"という位しか分かりません。公式のホームページもありますが、転載禁止で、かつ、内容も、多くが製作中となっています。しかし、歴史もあり、皇室が関係していることもあって格式高い史跡・寺院であることと、紅葉が素晴らしい事で有名の様であります。私が行った時も、紅葉の時期はとっくに終わっているのに、駐車場は満杯で、整理員が出る程でありました。そう言えば、何年か前、連れていかれた時も、確か、駐車場は結構混んでいた記憶があります。

憶に残っていたのは、入口の門の処と、千如寺の外観だけでありました。今回、改めて中を歩いたのですが、伽藍としては山岳寺特有でしょうか、山肌に這うように階段で連絡されたお寺でありました。本尊の千手観音は木造ですが、一寸、びっくりするような大きな物で、大らかな感じがする仏像でありました。

きな仏像は沢山ありますが、千手観音でこれだけ大きいものは、初めて見たと思います。お坊さんから、いろいろ、有難いお話を聞いている時、ふと、脇侍を見てみると、薬師如来が立っておりました。私も、多少、仏教の本を読んでありますので、仏の最高位の如来が脇侍になるのも理解できないし、まして、本尊が菩薩で、脇侍に如来と言うのはどう考えても、理解できない事でありました。

りがけに、お坊さんにこのことを聞いてみると、お坊さんは"にやり"と笑いながら、「昔は、周辺には多くのお寺があって、その殆どが廃寺となってしまった。このお寺は、廃寺となった仏像を集めて置いてあるので、本尊が菩薩で、脇侍が如来と言う形になった。」とのことでありました。

は、仏像の大小関係で本尊と脇侍を決めたようです。まあ、脇侍として表示している訳ではありませんので間違いでは無いのでしょうが、さてさて、仏教的には如何なものでしょうねぇ・・・。
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sfree261jp at 14:00コメント(0) 
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2017年12月21日

日も、一日、大相撲の話題だけの平和な一日で済みそうですねぇ。だからと言う訳ではありませんが、先日の新幹線の、"重大インシデント"の話ですが、本当に、重大な話だったのですね。昨日までは、"事故が起きた訳でも無し"と、余り、気にしていませんでした。
でも、新聞で破断か所の絵を見た時に、"んっ"と思いました。私も、専門は違いますが、一応、工学系の人間ですからねぇ。
の感想では、あの破断の形は、"部材の対応力の不足ではないか"と言われても仕方が無い破断の形だと思います。勿論、同じ型の物が、今まで走ってきて何の問題も無かったのですから、単純な部材の断面不足ではありませんが、繰り返し荷重に対する疲労破断に対して、どうだったのかは気になります。
れにしても、今回の事故の原因が、あの車両だけのものなのか、同じ型の車両に共通するものかをはっきりしておかないといけないと思います。専門家からすると、"また、素人が勝手な事を言っている!"と思われる筈です。勿論、それで結構であります。素人なのですから・・・。

我が故郷の街 福岡・博多(雷山その1)
福の目的の中に、"故郷福岡をもっと知ろう!"と言うのがありましたが、だからと言って、訪れる場所が決まっていた訳ではありません。前掲の海中公園もそうですが、思いついた場所に行っておりましたが、ネタはすぐ尽きます。で、思いついたのは、スマホのインターネットの福岡の観光案内で、上位に上がっているものから巡ることを始めました。

初に選んだのが、この"雷山千如寺大悲王院"でありました。説明文を読んでいると、お寺らしいと分かるのですが、それにしても、大悲王院というのは、お寺には似つかわしくない名前であります。場所も、そこそこ、離れていますし、少し、躊躇は感じましたが、結構上位でありますし、お寺に行くのを避けたと言われると、"何の為に、本を読んだのか分からなくなる !"と、重い腰を上げることにしました。

寄り駅は、JR筑前前原駅でした。典型的な田舎(失礼!)の駅で、コミュニティバスの乗り場が分かりませんでした。誰に聞けばよいのだろうと思って、キョロキョロしていると、観光案内がありました。こんな田舎の駅に"観光案内所"があるのかと、びっくりしたのですが、親切に教えて頂きました。さすが、観光日本でありました。

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分程度のバス乗車で目的地に着きました。大悲院は福岡県の西の端に近く、且つ、佐賀県との県境近くにあります。バスを降りて案内板の表示に従い歩いていると、陶器の窯元のお店がありました。こんな処に"窯元?"と思い、おそるおそる、中に入っていきました。すると、お店の人から、「いらっしゃい。何処からの人?  中国や韓国ではなさそうだけど・・。」と声を掛けられました。
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sfree261jp at 13:11コメント(0) 
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2017年12月20日

  日も、テレビのワイドショーでは、大相撲でもちきりであります。それだけ、ネタ不足の一日だったのでしょうねぇ・・・。確かに、日本にとって"大相撲"は大きな問題ではあるのでしょうがねぇ・・。でも、理事会の決定も、貴乃花の処分も決まってないし、問題の本質については何の方向付けもしていませんよねぇ・・・。要は、暴力沙汰の横綱が悪く、それに対応していた親方等、関係者の対応が悪いので処分をしただけのことであります。貴乃花も、今頃になって、貴ノ岩の事情聴取に応じたりして理解に苦しみます。起きた事象に処分をしただけで、事件の原因については、何の対処もしておりませんよねぇ・・・。まあ、こうして時の経過を待つと言うのが、日本の社会なのでしょうねぇ・・・。

 我が故郷の街 福岡・博多(唐津)

 "我が故郷の街"と言いながら、唐津のお話で申し訳ありません。訪福の目的は色々あったのですが、"唐津"に行く理由はどの目的にも適合しません。強引に、理由付けすれば、小学生の頃何回か行ったことがある(街並の記憶はありませんがね)こと、現役の頃、何回か出張したことがあり、何となく、記憶に残った街であったこと等でしょうかねぇ・・・。意志としては、訪福する前から"行って見よう"と思っていたのですが、自身でも、その理由が整理できないというのも、不思議な話であります。

 理に理屈をつければ、両親が佐賀県の多久市に在住していた小学生の頃、海水浴には唐津の海岸に行っていたことと、10年近く前、唐津に出張した時、何となく気になった街であったと言うことではないでしょうか。要は、私の勝手な懐古趣味のせいなのでしょう。

 ど、資料も無しに、唐津に行ってしまいました。"行ったことがある"のは事実ですが、昔の話ですし、経路や場所も初めての処ですから、初めとて行っても良いと思います。駅の観光案内で地図を貰い、方角を確認して歩き始めました。

 ょろきょろしながら歩いているうちに、静かな町であること、京都ほどではないにしても歴史を感じる街であるということ、唐津焼をはじめ焼物・陶器のお店が多いという印象でした。特に、静けさの中に"しっとりとした落ち着き"を感じた時に、"こんな街に住むのも良いかなァ"と、一瞬、思いました。でも、"都会に住み慣れた人間が、快適に住めるであろうか?"、"唐津の人は、この静けさをどう思っているのだろう。"と、思い直してしまいました。

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sfree261jp at 18:21コメント(0) 
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2017年12月19日

 の中は、平和なようですねぇ・・・。テレビのワイドショーも、同じネタの繰り返しの様ですからねぇ。東急の菊名駅の改築も、本当に、長く掛かりましたが、大分、完成に近づいた様です。素人の見方ですが、エレベター等一部を供用開始しており、来年の3月までには全てが完成するのだろうと思っております。エレベーターの新設もそうなのですが、通路も変わりました。確かに、楽になったと思うのですが、何故、当初からそのように作らなかったのだろう?と思っております。まぁ、建設費に多くのお金をつぎ込みたくなかったのでしょうがねぇ・・・。建設当時の菊名は、本当に、田舎の小さに駅だったのでしょうねぇ・・・。確かに、50年先、100年先を見通すことは難しいし、経済的に、それだけの先行投資が妥当なのかと言う問題は残りますからねぇ・・・。

 我が故郷の街 福岡・博多(公園)
  回の訪福には、色々な思いがありました。何回も申しますが、"もっと、福岡を知ろう!"、"幼い頃過ごした場所を、改めて、見てみよう!"等と共に、毎度でありますが、"カメラの練習をしよう!"もありました。勿論、旧友との呑み会や、業務(?)上の打ち合わせは前提の上ですがね。これらは、独立して存在している訳ではありませんので、滞在中どのように行動するかは、全く、未定のまま来福致し、結局、前の晩や、当日の朝の気分で決めることになりました。

 は、西戸崎に国立の海の中道海浜公園があります。私は国立の公園は、沖縄の海洋博公園しか知りません。前から、気にかかってはいたのですが、行くチャンスが無かったのであります。今回、季節的には不適当な事は分かっていたのですが、今回を外すと何時行けるか分かりませんし、"カメラの腕を磨くには、季節は関係ないだろうと思って、行くことにしました。

 ンターネットで得た知識でだけで行った公園です。手探り状態でしたから、着いた時にはホッと致しました。JR西戸崎駅を降りて直ぐに、目的の公園入口を見つけましたので、取り敢えず、ホッと致しました。実は、高校時代の憧れの彼女は、西戸崎の先の志賀島からの通学だと記憶しております。其処からは、そんなに遠くない筈です。そんなことを考えながら、公園の中をぶらぶら歩き、帰りは、JRの海の中道駅から戻りました。

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sfree261jp at 15:44コメント(0) 
横浜 | 我が故郷、福岡

2017年12月18日

 日一日、無難に過ぎたと言える日ではありました。
 出来事と言えば、東急線及びJRの菊名駅の工事の内、階段とエレベーターの工事概成して、昨日から利用できるようになりました。工事自体はまだまだなのですがね。
 普段であれば、何ということも無い話なのですが、実は、この度、第二子を出産した我が娘が、一番、喜んでいるのであります。

 言うのは、これまで、菊名駅は線路を挟んでエレベーターが無かったのであります。乳母車の娘は、他の皆さんと同じように、乳母車で東急ストアーの荷物兼用のエレベーターに乗せててもらって、我が家まで子ずれで歩いて来ておりました。お店の人も、快く載せてはくれるのですが、やはり、お仕事の手を止めてのエレベーターです。私も、同乗したこともありますが、やはり、申し訳ない気持ちは禁じえなかったのであります。

 間、人の気持ちはなかなか伝わらないのですねぇ。私も、ベビーカーの人の苦労は分かりませんでした。言葉があるのだから、伝わる筈ですが、頭で解っても、実感として納得するのは、難しいのであります。

 くない事なのですが、だから、社会が成り立っているのかもしれません!  確か、武者小路実篤も同じことを言ってたいと思います。私の記憶だけですがね。

 我が故郷の街 福岡・博多(宇美町)
 回の福岡滞在は色々な思いでありましたが、幼年期に自分が生活した処を訪ねてみたいというのも、テーマの一つでした。在福の従妹に「90歳を過ぎた叔父が、同じようなことを考え、かつ、行動しているよ。」と言われて、少し、淋しくなりましたがねぇ・・。

 
初に選んだのは福岡市の傍に在る宇美町であります。選んだ理由は、福岡市に近い事、この町で小学校に入学したことでありました。我ながら不思議なのですが、小学校の校門付近の景色と、通学路の数ポイント、自宅付近の風景のみが断片的に記憶として残っております。うん十年前の小学校入学当時の記憶ですから、当然と言えば当然なのですが、何故、そのシーンだけが記憶に残っているのかわかりません。

 指したのは、記憶にある風景(特に小学校)を確認する事、通学路を思い出すことでした。できれば、住んでいた家も確認したいとは思っていたのですが、当時あった炭鉱はとっくに閉山になっております。単に無くなっているだけでなく、その地域全体が変わっている筈ですから、無理だろうと思っておりました。

 美町はJR福岡駅から、バスで一時間くらいの処でした。当時からそれくらい要していたと記憶しておりましたので、もっと、短時間で着くと思っていたのですが、経路が色々変わっておりまして、所用時間は変わらなかったようです。取り敢えず、記憶にある小学校の名前から、インターネットで探索して地図を得ました。そして、この地図を頼りに、先ず、小学校を確認して、それから、通学路を思い出し、出来れば、自宅があった所まで行きたいと思って出発いたしました。

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sfree261jp at 20:31コメント(0) 
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2017年12月16日

日、横浜で雪がちらついていたのをご存じでしたか?
本当は、昨日のブログで書くべきだったのですが、老齢の為、アップするのを忘れました。テレビや気象的には、触れられていないと思います。ほんのわずかな時間でしたから。でも、車の運転をしており、しっかり見ておりましたので間違いありません。

日は土曜日でもありますので、年末とは言いながら、平穏な一日の様ですねぇ・・・。勿論、テレビ的な話です。個人個々には、色々あるのは当然です。ご苦労様です。


我が故郷の街 福岡・博多(箱崎その2)

日のブログで申しました通り、箱崎は故郷でありますし、在住の友達も多いのであります。従って、ここで呑む機会も多いのであります。特に、良く世話をしてくれる友達も箱崎在住であります。私も箱崎には郷愁を感じておりますので、箱崎で呑むことは、お願いすることはあっても、拒否する理由はありません。今回も、二回呑み会を致しました。受け入れる方も、"毎回、同じお店ではどうなのだろう。"と気を使ってくれておりまして、これまでも、色々なお店で呑み会を開催して頂きました。

も、就職して以来、呑み会は嫌と言う程経験しております。でも、矢張り、中学時代の友達との呑み会は、本当に、楽しいというか気が楽であります。大学の同窓会は、仕事を進める上で欠くことが出来ませんので、時々は、出席しておりました。最近は、欠席が続いておりますがねぇ・・・。

、何故か、高校の同窓会には、一度も、行ったことがありません。自分でも、何故なのか説明できないのですが、どうも、気が進まないのであります。余り、優秀な生徒ではなかったからという事なのでしょうが、自分の暗かった高校時代を、未だに引きずっているのでしょうねぇ。会いたい女性もいるのですがねぇ・・・。考えてみれば、私の人生、コンプレックスだらけの人生だったのですが、中学のコンプレックスから、高校でそれが倍になり、大学でその1.5倍になりました。

の点、中学の同窓生は、職種も勤務場所もバラバラです。相手が偉かろうが、金持ちだろうが、自分には関係ありません。昔を思い出して、記憶を持ち寄るだけで話は繋がります。人生論だって、知らない人生ばかりですから、そんな、人生もあるのだなぁと、納得するだけであります。
金と体力さえ続けば、毎日でも良いのですがねぇ・・・・。
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sfree261jp at 15:01コメント(0) 
横浜 | 我が故郷、福岡

2017年12月15日

の中、矢張り、大相撲と松居一代ですかねぇ。まあ、どちらにしても、"空しい感じ"がする話ですけどねぇ・・・。
貴乃花が考えている事、やりたい事は分からない訳ではありませんが、だからと言って、貴乃花がやっている事、目指している事全てが善であるとは思えないのですがねぇ・・・。これは、あくまでも、私の意見ですがねぇ。
松居一代さんについては、こんなに簡単に、決着を迎えるとは思っていませんでした。もっと、ドロドロしたものになると思って居ました。今日の記者会見での勝利宣言は、こうでもしなければ、みじめなものになることを防いだものだと思っています。お母さんを引っ張り出したり、正に、作り物の記者会見だったのですが、お母さんも、良く協力しましたよねぇ・・。親なればこそですかねぇ・・。
師走の今日も、テレビではこの程度で済みそうという事は、世の中、平和なのですねぇ・・・。

 
我が故郷の街 福岡・博多(箱崎その1)

は、"自分の故郷は福岡だ"と言っておりますし、自身もそう思っております。福岡も広いので、実際に生活した処は、箱崎以外でも何か所かあります。でも、中学2年の三学期から大学を卒業するまで、数年の中抜けはあるものの、箱崎に住んておりましたので、「福岡の何処?」と言われれば、"箱崎"と自信をもって言っております。

学を卒業した後は、両親が福岡の西の方で家を持ったという事もあって、箱崎に足を踏み入れることは殆どありませんでした。それが、歳の50も過ぎた頃、偶然か、自ら求めたか記憶しておりませんが、中学時代の同級生と会うようになりました。前にも申し上げた、箱崎の訳の分からない同期会であります。でも、実際に箱崎の街中に足を踏み入れたのは、それから、更に何年か経ってからでありました。

の目から見た、箱崎の印象は、大きく変わった所と、ほとんど変わっていない処が、極端に際立っているような気がしました。長年、九州大学が居ずわっていたことも関係しているのでしょうが、こんなに、特徴的な街の形の変遷がなされた処は無いように思います。別に、私は専門家ではありませんがねぇ・・・。あと一つ、これも他の処と比較した訳ではありませんが、結構、沢山の中学の時の同級生が、残っているのは珍しいのではないかと思っております。

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sfree261jp at 15:17コメント(0) 
横浜 | 我が故郷、福岡

2017年12月14日

  日は、前夜の呑み会の反省の為、一日中自宅でパソコンの前に居りました。お陰で、年賀状の用意が、ほぼ、整いました。まだ、印刷が残っており、時間的には結構必要なのですが、精神的には8割方終了したと思っております。印刷だけなら、酒を呑みながらできますからねぇ・・・。まだ、奥さんの分が残っております(我が家の奥様は、私が作った年賀状に、コメントを書き込んで発送しています。)

 
年は孫も増えて、色々初めてのことが多い年末年始となります。この歳で、"初めて尽くし"も如何かとも思うのですが、だからこその"人生"なのかもしれませんねぇ・・・。

 我が故郷の街 福岡・博多(中州・天神界隈)

 天神は、進一の盛り場ブルースの歌詞にもありますように、福岡市の中心の地であります。子供の頃から、昼の中心が天神で、夜の中心が中洲だと思っておりました。福岡に、初めて、地下街が出来たのも天神です。福岡市としても、ほぼ、中央部ですし、矢張り、西鉄大牟田線の始発駅であるという事が、大きく影響しているのかもしれません。昔は、県庁もありましたからねぇ。でも、天神の街並みも、バブル後の不況を経て、大きく変わったと思います。

 一時は、岩田屋も移転して、不況も合わさり、淋しくなっていたのですが、近年は東京のデパートも進出してきて、やはり、"福岡の昼の顔"の地位は、保っていると思います。しかし、在福の従妹に言わせますと、最近は、「博多駅周辺の方が、賑わっている様よ。」と言っておりました。これも、時の経過ですかねぇ・・・。
でも、色々な機能は保っており、中核であることには間違いがないと思います。

 中洲は、今も福岡の夜の街だと思います。確かに、ハプル以降の不況により、盛り場の形態も大分変ったようです。私自身は、まだ、未成年でありましたので、御恐れ多い所でしたし、成人後も、中洲で呑んだことは、ほんの数回しかありません。従って、昔も今も、街の様子は分かりません。遠くから見守るだけの場所でありました。

 中
洲の側に川端と言う街があります。中洲の川の側と言う意味だと思います。そして、その傍に川端商店街があります。所謂、昔の博多の街の商業の中心地区だったのだろうと思っております。でも、子供の頃の私の目からは、何だか陰気な辛気臭い商店街という印象は消えませんでした。仏具屋や骨董屋的なお店、和服の着物屋などが目に付いたからだと思います。ですから、"年寄りが行く街"だという印象を持っておりました。でも、キャナルシティが出来た頃から、所謂、町おこしのような動きがあったようで現在は近代的なお店と街並みになっております。アーケード街の中吊りに、博多の方言を表した幕があります。時々、"へ〜 こんな言葉あったっけ"と思う事があります。一寸、淋しくなりますよねぇ!
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sfree261jp at 11:35コメント(0) 
横浜 | 我が故郷、福岡

2017年12月13日

夜は、昔々の学友と定例(?)の呑み会を致しました。私の悪い癖で、呑み会をお願いすると同時に、場所の設定もお願いしてしまうのです。理由は、会場の知識の蓄積をしておりませんし、それを探すのが苦手なのです。色々な呑み会に出ているのですがねぇ・・・。昨日も、場所の設定はお願いをしてしまいました。その場所は、前にもご紹介したことがある人形町のお店です。地下鉄の駅から地上に出て、流石と思いました。現代の東京で、昔ながらの江戸の雰囲気で、お正月の用意が進んでいたからです。今回は、割り勘も払わずに、全部お世話になりました。持つべきものは、"友"ですね。
(下)流石、東京、江戸ですねぇ!!! 人形町の迎春準備です。

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我が故郷の街 福岡・博多(西新その2)

西新の街を、一度で紹介するのは難しいと思い、"その2"としました。勿論、西新全部を紹介するには、2回でも足りないのですが、今回、お世話になったお店を中心にご紹介したいと思います。西新と言えば、矢張り、商店街が第一の目玉ですし、その中で営業しているリヤカー部隊も、福岡を紹介する記事にはよく出てきます。

店街は全国どこにもあるとは思いますが、これだけ日常生活に密着した商店街は少ないと思います。私の記憶では、武蔵小山の商店街が良く似ていると思いますが、やはり、大都会の中の商店街とは違った味を持っていると思います。

岡は有数の都市ですが、矢張り、地方都市であります。普通のお店が集まっているだけだと思っておりました。今回、初めての長期間、単身で滞在いたしましたので、改めて、この商店街の実力に納得した次第であります。

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sfree261jp at 13:51コメント(0) 
東京 | 我が故郷、福岡

2017年12月12日

  日は、昔の友達と久しぶりの呑み会です。以前であれば、呑み負けることは無いと思っておりました。でも、脳腫瘍の手術以来、思うようになりません。

今日も、恐らく、呑み負けるとは思いますが、頑張ります!!!

 我が故郷の街 福岡・博多(西新その1)

 日のお話は、私の曖昧な記憶と勝手な自己判断だけのお話です。福岡市は中州を流れる那珂川より東側を博多と言い商人の街だったそうで、西側を福岡と言い武士の街だったそうです。東京ほど明確な区別はありませんが、福岡では西の方が東京の山の手であり、東の方が下町に当たると思います。

 前からの高級住宅地は、大濠公園傍の地行西町辺りだと思いますが、戦後、昭和30年代後半の住宅ブームで、西新がクローズアップされたようです。当時としては新興かつ先進住宅地として開発が進んだそうです。また、有名な進学高校の修猷館があることから、受験戦争激しき折は、憧れの校区でもあったそうです。今でもそうだと思いますが、私は、行けませんでしたけどね。

 西新は現在も、福岡市の中でも西の主要な街としての地位を固めております。東京で言えば渋谷か新宿にあたる処だと思います。ですから、「西新に住んでいる。」というと、一寸、セレブ感が漂うと思うのは、私だけではないと思います。

 
自身は、長く、東の拠点(?)である箱崎に長く住んでおりました。私が大学を卒業した後、父が西新に自宅を新築しても、なかなか馴染めませんでした。現在でも同様なのですが、両親が長く住んでいましたし、父の生前からのお付き合いの方との関わり合いは多いので、親しみは強いです。長らく足が遠のいている箱崎よりは、身近に感じております。とはいうものの、西新については滞在中に必要なお店を訪ねるだけで、地下鉄の西新駅周辺でさえもよく知りません。

 
回は、時間的余裕がありましたので、無計画ながら駅の周辺をブラブラ致しました。そして、現在の西新の街が、予想以上に大きな街であることに気がつきました。勿論、街の中は新旧色々なものが混在します。つい最近できたものもある筈ですから、知らないことが全て無智だとは思いませんが、やはり、"故郷の街"と言う割には、"西新"の、否、"福岡"の事を知らないのだということは、少し、恥ずかしいとは感じております。今更、手遅れなのですがねぇ・・・。
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sfree261jp at 10:44コメント(0) 
横浜 | 有明

2017年12月11日

 もう、12月ですから、午前中に図書館に行く"平日モード"で過ごそうとは思っていませんが、福岡滞在中の非日常の生活を、横浜でも行う訳にはまいりません。図書館に行く平日モードではありませんが、やはり、現実生活に基づく行動をしなければなりません。
今日は、脳腫瘍の術後経過を確認するための検査・診察の日でもありました。検査自体は、これまでも、何回か行っておりますので、心配はしておりませんでした。結果は、術後に関しても問題はありませんでしたし、血管系等の手術とは関係ない部分についても異常はありませんでした。一応、予想通りでありましたので、取り敢えず、ホッとすると同時に、今日を今までの非日常の生活からの復帰の日にしようと思っています。

 非日常からの復帰と申しましても、要は、精神的なものでありまして、生活の行動自体に大きな変化がある訳ではありません。でもねぇ、"気持ちを切り替える"って、結構、難しいのですよ。特に、外的条件が変わらないのに、自分の気持ちだけ"より規律ある生活"に切り替えるって、結構、大変なのですよねぇ。さてさて、明日からの生活は、元に戻りますかねぇ・・・。

我が故郷の街、福岡・博多(滞在中の行動)

 実は、福岡に行く前には、明確な行動予定を立てておりませんでした。ただ、漠然と、"長期間の滞在"をしようという事と、久しぶりに"カメラ撮影をしよう"でありました。
また、これとは別に、"郷里と思っている福岡の事を、もう少し知ろう"という事と、"子供の頃に見た風景を、改めて見てみよう"という事でありました。

 そんなに強く思っていたのではありませんが、インターネットで調べた、昔住んでいた場所の地図や、福岡の観光案内等の資料は持って行きました。結果的には、半分も行けなかった(行かなかった)のですが、それでも何か所かは達成いたしました。それはそれで、意義はあったと思います。

 他人にこの話を致しますと、「多くの年寄りは同じ事を考えるよ。」と、実例を挙げて言われました。一番ショックだったのは、在福の従妹から、「90歳を越した叔父が、最近、あんたと同じ事を云い出したのよねぇ。」と言われたことであります。

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sfree261jp at 14:05コメント(0) 
横浜 | 我が故郷、福岡

2017年12月08日

 日は福岡から帰宅して、もう、2日が経過いたしました。20日以上も非日常の生活をしていたため、体も心も緩み切ったままで、中々、元に戻りません。今日は土曜日ですから、普通でも、休日モードではありますが、やはり、いつも以上に疲れと緩みは残っているようです。

 
にち的には、そろそろ、年賀状の準備に取り掛からなければならない時期です。月曜日には、脳腫瘍の術後検診を受けなければなりません。月曜日でもありますので、この日を境に、年末モードに突入することで、今日も一日休養モードと致します。

 世の中も、取り敢えず、平静のようですから・・・。

我が故郷、福岡・博多(大相撲)

11月の福岡での大相撲は、恒例であります。いつもであれば、市内に力士の影がちらほらすることと、料亭などの宴席場が、少し、込み合うことが目に付く程度であり、市内で生活していても、そんなに、日常生活に影響を感じることは無いと思っております。

回も、日常生活にそんなに影響は無かったと思いますが、日馬富士の暴力沙汰が連日テレビを賑わしてをしておりました。そんな相撲の本場所が直ぐ近くで開催されており、テレビにも福岡の情景が映ったりしますと、やはり、注目せざるを得ません。特に、貴乃花親方の"気を引くような行動"は、相撲に興味がない人でも、"どうなるのだろう?"と思わざるを得ません。にくいばかりの行動ですが、余りやりすぎると、最後は一人という事になると思います。勿論、本人は"覚悟上だ"と言うのでしょうがねぇ・・・。

回の事件、最初は、よくある暴力・傷害事件だと思っておりました。勿論、今でも、事件自体はその通りであります。しかし、その根元には、協会の存在意義そのものを揺るがすような、意識の違いがあることに気が付きました。そして、やっと、白鳳の優勝会見で言った「膿を出し切る。」の意味を、おぼろげながら理解することが出来ました

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sfree261jp at 17:36コメント(0) 
横浜 | 我が故郷、福岡
日の横浜、何となく静かであります。最近は、国内も国外も、色々な事が起きておりました。最近では、トランプさんがイスラエルの首都をエルサレムに認定したことからの騒動の様です。国内では、昨日は色々な処での殺傷事件が起きました。お陰様で、日馬富士の暴力事件は、今日のテレビでは、影が薄くなっておりました。

世間は、年末の忙しい一日を送ったのでしょうが、割合平静な一日の様でありました。

我が故郷、福岡・博多(プロローグ)

校卒業以降では、単身で20日近く福岡に滞在したというのは、初めてのこととでありました。色々な思いを持っての福岡訪問でしたが、将来の出不精もあり、思いの半分くらいしか実現できませんでした。それでも、故郷に対して新しい認識を得たり、昔ながらの事への再確認ができたことは、やはり、"良かったなぁ"と思っております。

た、福岡は、自分では"我が故郷"と呼んでいる街です。懐かしい顔に出会い、昔ながらの話とお酒を呑むというのも、楽しい事であります。年寄りのお酒は、健康と孫と保険・年金の話と相場が決まっております。"またか!"と思いつつ、つい、これらの話に身を乗り出している自分に、苦笑いして仕舞います。でもやはり、楽しいと言うか、懐かしくも、心落ち着くお酒であり、楽しいものであります。

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sfree261jp at 16:34コメント(0) 
横浜 | 我が故郷、福岡

2017年12月07日

 約20日間の不在を終わり、今日、帰宅いたしました。
タイトル通り、"無事"で良かったのかどうかは分かりませんが、兎に角、帰宅したことをお知らせいたします。

 更、不在の理由は申しませんが、その全部の期間福岡に滞在しておりました。前にも申したと思いますが、福岡は私の故郷だと思っております。親も転勤族で、自分が成人した後に選んだ職業も、結果として、転勤族でありました。

 って、本当は、私には故郷は無いのでありますが、滞在年数、記憶の多さ等々から考えますと、やはり、福岡が故郷だと思っております。

 回は、学校卒業以降で、経験のない程の単身長逗留でありました。お陰様で、見慣れた故郷、新しい故郷の両方を観ることが出来ました。

 はり、故郷はあったほうが良いと思います。そして、単に故郷があるだけでなく、迎えてくれる人がいる故郷が、本当の、故郷なのかもしれませんねぇ・・・・。



sfree261jp at 21:05コメント(0) 
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