2018年06月24日

遠くへ行きたい。

 は、タイトルの"遠くへ行きたい"は、私の青春時代の歌のタイトルを思い出しての言葉なのです。でも、いざ言葉にすると、"遠くへ行きたい"だったのか、"遠くに行きたい"だったのか分からなくなりました。取り敢えず、"へ"としたのですが、"に"だったかもしれません。青春の記憶もあやふやなのであります。

 節は、梅雨のど真ん中なのですが、もう、夏は射程内に入っております。これまで図書館でやっていることに、一区切りがつきつつあります。気持ちとしては、直ぐにでも夏休みモードに入りたいという気持ちなのですが、それも、"如何か?"と自重しております。 勿論、お金のこともありますしねぇ・・・。

 イトルに従い、"何処に行きたいか?"と、わが胸というか気持ちを確かめてみますと、 
やはり、第一には京都なのであります。その次は、沖縄で、三番目が故郷の福岡なのであります。第一の京都の理由は、最近何故か、仏像を見たくなっているからです。勿論、行きたいお寺もあるのですがねぇ・・・。
 でも、仏像の見方について悩んでいるのも事実です。信者の方は、信仰の対象ですから、信仰心で相対すれば良いのだろうと思いますが、私の様に信仰心はなく、ただ、仏教に興味があるだけの人間は、"どういう気持ちで見ればよいのだろう?"と思っております。また、写真を撮れないのも、残念という気持ちは禁じられません。

 教上の偶像を、美術的な感覚で見るのも悪いことでは無いとは思っております。ただ、だからと言って、美術的な視点だけで、仏像を見ると言うのも、何か、信者の方に申し訳ないような気がしております。勿論、美術的な見識もありませんしねぇ・・・。
 でも、仏像と言うのは不思議なものですよねぇ・・・。興味が無いものには、単なる物質であり、あのタリバンの様な人々にとっては、破壊の対象物ですからねぇ・・・。


 縄には仕事で二度行き、通算5年以上住んでおりました。ですから、私にとっては第二の故郷的な存在で、知人も何人かおります。気候・風土も本土とは大きく異なりますので、懐かしさと距離感を、しっかり、感じさせてくれます。 
 また、実際に生活・仕事をしておりましたので、その思い入れは、単なる旅行者としてのものより、中身は濃いと思います。その分、苦いものも・甘いものも、混じり合っておりますがね。

 後に沖縄に行ったのは、一昨年の春ですから、もう、二年近く行ってない事になります。最近の沖縄は、変化が激しく、特に、ホテルなどの観光施設の変化は驚くほどです。テレビの旅行番組で見る沖縄は、"こんなの何時で来たのだろう?"とか、"ここ、何処なの?"ということが多いです。勿論、市場などの昔ながらの処もありますがねえ・・・。そういう中で、旧友と、ゆっくり、昔話などできれば良いと思うのですが、結局、"泡盛を呑んで騒いで終わり"というのが目に見えております。

 岡は、故郷と思っている街です。勿論、帰りたいという気持ちはありますが、とっくに、両親が亡くなっておりますし、福岡を離れて長い期間が経っております。旧友との交流も懐かしいのですが、立場は、"お客さま"的になりますし、自分自身も"生活"は横浜という意識は消せません。矢張り、"故郷は、遠きに在りて想うもの"なのでしょうかねぇ・・・。

 
早く、梅雨が明けないかな・・・。


sfree261jp at 11:49コメント(0) 
横浜 | この頃思う事

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