とりあえず

サッカーのレフェリング雑感ブログ。 の予定。。。

いよいよロシアW杯ということで、盛り上げていきましょう。
と言いつつ、おそらくこれが大会期間最初で最後の更新。
前回は全試合レビューなんて無茶やってましたが、今回はおとなしく見守ります。
そんな中で、最低限やっておきたかったこととして、この4年間の競技規則変更点を振り返りまして、今回も起きるであろうレフェリングに対するもやもやを解消する一助になればと思います。

ということで、ベースは前回大会前に書いたこちら。
(W杯で起きそうな)間違いやすいルール - とりあえず 
これをそのまま使えると良いのですが、実は結構変わってます。
そう、サッカーのルールって、毎年細かく変わりまして、4年経つと解釈がまるっきり変わってるということもあるのです。
それゆえ、常に最新の競技規則の知識にアップデートする必要があり、自分が見始めた頃、あるいはプレーしていた頃の感覚のまま、審判に不満をぶつけないようにしたいものです。



で、特に今回大きな変更点としては、「VARの導入」が挙げられます。
これはルールそのものの変更ではありませんが、皆さん念願のビデオリプレイが一部解禁されたことにより、重大な誤審を減らすことに繋がってくれる……はず。
まあ、正直議論もテストも不十分で見切り発車なので、まだ誤審は起きるでしょうし、VARがあるゆえに起きる不都合というのも想定されます。
それでも、この変更をポジティブに捉えるために、抑えておきたいのが、
「ビデオリプレイでくだされた判定は、どこの国のレフェリーでも概ね一致する」
という点。
「日本人だからファウルにする、欧州のレフェリーだったらノーファウル」というような基準はなく、国際大会は統一した基準のもとに行われます。
ですから「ビデオ見てその判定かよ!あのレフェリーおかしい!」という感想になるなら、それはご自身の判定基準の方が間違っているということですね。

ではその間違いはどういうところから発生するのか。
そのポイントを3つに絞って見てみましょう。
長くなるのでページ内リンクをつけます。
オフサイド
ハンドリング
警告・退場




オフサイド

オフサイドの反則について、成立要件は大きく2つありまして、
・「オフサイドポジション」か否か(客観的要素)
・オフサイドポジションで「プレーに干渉したか」(客観+主観的要素)
となります。

まずオフサイドポジションの見極めですが、オフサイドラインをどこに引くかがまずポイント。
「一番後ろのDFでしょ」と思った方、間違いです。
正しくは「後ろから2番めの守備側競技者」であり、GKも含めて考える必要があります。
殆どの場面でGKは最後方にいますので、「後ろから2番めの守備側競技者=最後方のDF」となりがちですが、GKの飛び出しなどがあった場合、これがめまぐるしく変わることになります。
(なお、前回の説明で「守備側競技者の手を含む最後方の部位にラインを引く」と説明してますが、現在の競技規則では「手は含まない」という解釈でFAとなっております。こういう変更があるんですよ……)
また、「後ろから2番めの守備側競技者」をボールが超えた場合、「ボール自身」がオフサイドラインになることも抑えておきたいポイント。
さらに、守備側選手が全員敵陣に入った場合は「ハーフウェイライン」がオフサイドラインになるなんてレアケースもありますが、それは割愛。

以上を図で説明しますとこう。
0dfdb390
白が攻撃、青が守備側です。
こちらは、GKがゴール前に構えていますので、「後ろから2番めの守備側競技者」が森重選手になります。
その肩辺りにラインを引きますと、①と③の選手はオンサイド、②と④の選手はオフサイドポジションにいると考えられます。
このパスが誰に渡るかによって、反則かどうかを見極めないといけないわけで、非常に難しい判定だということがおわかりいただけるでしょう。

続いてGKが飛び出したシーン。
png
緑のGKがボールを取ろうと飛び出しました。
これにより、「後ろから2番めの守備側競技者」はBの選手になります。
よって、青のFWはオフサイドポジションにいることに。
これを「最後方のDF=A」がオフサイドラインと間違って覚えていると、「青のFWはオフサイドじゃないじゃん!」と勘違いしてしまうわけです。

最後に「ボールがオフサイドライン」となる例。
無題
高速カウンターで、中央のマルセロ選手が「後方から2番めの守備側競技者」を抜き去りました。
GKと1対1になる場面で、横のロナウド選手にパスを出したのですが……
この時ロナウド選手はボールよりも前にいたため、本来ならオフサイドポジションにいたことになります。
で、この時よく勘違いされるんですが、「横パスがマイナスだったらオフサイドにならない」という人がいます。
しかしそうではなく、パスを出した時の位置が大事。
このパスがマイナスであっても、ロナウド選手がオフサイドポジションにいた以上、それを戻って受けたら戻りオフサイドになります。



以上が「オフサイドポジション」にいるかどうかの見極めポイント。
なお、この時もう一つ重大なポイントが、「立体と平面の感覚の違い」というもの。
まず、そもそも映像をキャプチャしたものにオフサイドラインを正しく引くというのが難しいものです。
オフサイドラインの引き方 - とりあえず 
さらに、そのラインに対して、選手の立ち位置はどうか。
足は超えてないけど、上半身は空中で超えてるのではないか。
その辺は画像からでは判断つきません。

詳しくはこちらの画像を見ていただきたいのですが、
(参考:(問題)アウトオブプレーのボールは何個? :3球審判員の悩める日々
out_of_play_102
このボールのうち、どれがラインを超えているかわかりますか?
ちなみに、サッカーのルールでは、「ボールのすべてがラインを完全に超えた」時、「外に出た」あるいは「ゴールが決まった」となります。
この点も確認しておきましょうね。

で、上記の画像で言うと、右2つはラインにかかっており、真ん中から左3つがラインを割ってるように思えるかと。
out_of_play_103.jpg
ところが、真横から見ると、真ん中はもちろん、青のボールもラインにかかっていることがわかります。
真横と俯瞰の画像では、これだけ感覚に狂いがあるということ。
これも理解しておきましょう。
それらの立体的な位置情報を一番正確なポイントで判定してるのが副審ということになりますので、「微妙なときは副審を信じる(ただしそのポジショニングが合ってる場合)」という姿勢も大事。
これはビデオリプレイが行われる時にも使われる考え方でしょう。
なお、ゴールインしたかどうかについては、今回もGLTが使われる予定ですので、間違いは起きないかと。
流石に機械の判定に文句は言えません。



さて。
すでに長くなりましたが、こうやって「オフサイドポジションにいるかどうか」という客観的情報がくだされた上で、次の見極めポイントは「その選手がプレーに干渉したか」という点。
これには3つ要素がありまして、
・ボールに触ったか(客観的要素)
・相手競技者を妨害したか(主観的要素)
・利益を得たか(客観的要素)、ただし守備側の意図的なプレーによるものを除く(主観的要素)
と考えられます。

1つ目の「ボールに触った」はわかりやすいですね。
オフサイドポジションの選手がパスをトラップする、シュートをする。
これらは当然反則です。

ただし、「トラップしようとする」「シュートをしようとする」だけではまだ反則になりません。
それらの行為によって「相手競技者を妨害した」と判断された時、反則が成立します。
ここは「主観」が入るところなので、若干もめやすくなります。
「FWがボールに触ろうとしたからDF釣られたやんけ!オフサイドやろ!」
と言うシーンはよくありますが、「FWが触ろうとしなくてもDFは同じような動きをしていた」という場合は「妨害」とは認められず、そのまま流されることになります。
逆に、「GKとの間に立って、シュートコースの目線を妨げた」などの場合は「妨害」と取られやすくなります。
この辺はケースバイケースとしか言えないので、ビデオ判定で主審が改めて下した判定であれば、「まあそういうことか」と素直に納得しましょう。

あと「利益を得た」に関しては、「GKがはじいたシュートをオフサイドポジションにいた選手が押し込んだ」などの場合に成立。
ただし、「DFが意図的にクリア(セーブは除く)したボール」をオフサイドポジションの選手が受けた場合は反則になりません。
この「意図的」の判断も、主観的要素が含まれますし、おそらく一般的な感覚とは結構違うところがあるかと。
これも「主審がビデオ見てそう言うならしゃーない」というお気持ちでお願いします。



以上がオフサイドを見極めるポイントとなります。
ここで覚えておきたいのは、「オフサイドポジションにいる」かどうかと、「プレーに干渉した」か、両方の情報が揃って初めて反則になるということ。
これは副審一人では見極められないことがあります。
ですから、副審が「あの選手はオフサイドポジションにいる、その選手がボールに触ったっぽい?」と思って旗を上げるも、主審が「この選手はボールに触ってないよ」と言ってキャンセルすることも。
逆に、副審が「あの選手オフサイドポジションだけど、DFの妨害したか微妙だな~」として、旗を上げずに留まることも。
そういう場合は、ゴールが決まったあとなどに主審と副審が協議(今回の場合はVARで確認)することになります。
こうなると、せっかくのゴールが取り消されて不満が高まったり、あるいはオフサイドと思ってプレーを止めてしまい、その結果失点したり。
そういう揉め事が起きてしまいますが、ルールと人間の限界がある以上は仕方ない。
選手の皆さんは、「旗が上がっても笛がなるまではプレーを続ける」ということと、「ゴールしたら副審の動きを確認してから喜ぶ」ということを、肝に銘じていただきたいものです。

うーん、はしょったつもりでも既に長い。。。
頑張ってついてきて!



ハンドリング

続いて、ファウルの中で一番もめやすいハンドリングについて。
一番大事なポイントとして、この反則は「ハンド(Hand:手)」ではなく、「ハンドリング(Handling:手で扱うこと)」であるという点を抑えてください。
「手とボールが接触する」というのは必要条件であり、十分条件ではありません。
「手にボールが当たった」だけでは反則にならず、「手をボールに当てた」時、初めて反則になります。
よく、キャプチャを使って「手に当たってるやん!ハンドやん!誤審やん!」という人がいるのですが、静止画一枚では議論のしようがないのです。
当たる前に手がどこにあったか、そこから当たる瞬間手がどのように動いたか、そこまでの時間は?
ここまで揃って、初めて議論ができます。

で、それらの「意図」を判断するにあたっては
・ボールから手に向かってきたのか、手がボールの方向へ動いたのか。
・ボールとの距離はどの程度あったか。
・そもそも手の位置は自然であったか。
この辺りが基準となります。
なお、よく「腕を閉じていたらハンドにならない」と語る方がおられますが、厳密に言うと間違いです。
閉じていても、その状態で自分から動かして当てにいくようならハンドリング成立しますし、逆に開いていても、当たっただけと判断されればノーです。



具体例をJリーグから1つ。
AnNVbb
クロスにかぶったDF。
その後ろでFWがトラップし、その跳ね返りが手に当たりました。
ガッツリ手に当たったのは間違いありません。
しかし、この時DFはボールに対して背中を向けており、ボールの行方を予期できない状態。
また、手も開いていますが、ジャンプからの落下中であり、不自然な位置とは言えません。
よって、「手に当てる」という意図はまったくなく、「手に当たった」ということ。
そのため主審(とても良い位置で見ています)は「ノー」とし、その後委員会の検証でも「正しい判定」と評価されました。
ほとんどの方は「手に当たってるじゃん!ハンドじゃん!」と思っちゃうシーンでしょうが、「当たっただけなら反則にならない」という良い例ですね。



また、W杯で起きた有名なハンドリングと言えば、マラドーナの神の手と並んで、スアレスのアレがありますね。
正直これくらい意図的にやってくれると、静止画一枚でも事足りてしまいますが……

シュートの瞬間は下げていた手を、ボールに対して上げて、ブロック。
完全に意図的であり、言い逃れのしようもないハンドリングです。



一方、同じ大会で起きたこちらの事例はどうでしょう。

ゴールライン上でブロックに入ったキューウェルの、少し開いた腕に強烈なシュートが当たりました。
これをハンドリングとして、PK+レッドカードがくだされています。

こちらは厳しい判定に思う方もいるでしょう。
手は決して不自然な位置にあるわけでなく、自分から動かしたわけでもありません。
しかし、シュートブロックのためにこのコースに入っているわけで、この辺りにボールが来ることは当然予期できた。
それを避ける意図がない以上、「未必の故意」が成立するのでハンドリングを取る。
というのがこの時の判断だったと思われます。

これを避けるためには、自分から「手を当てるつもりはございません」というメッセージを発しておくべきで、シュートやクロスのコースに入る際には、腕を後ろに組むなどの対応が必要でした。
DSC_0200
もちろん、瞬間のプレーなので、なかなか余裕はないですが、そういう点を常に心がけられるかが、最後に勝負をわけるということですね。

ただ、この8年で競技規則も若干変わりまして、キューウェルのハンドリングについては、今の解釈だとノーとするレフェリーもいるかもな~という印象。
今の私には断言できませんので、今大会を通じて結論が出せればと思います。
願わくば、それが日本にとって不利な形で働かないことを……



なお、「静止画1枚」では判断できないハンドリングですが、同時に「スローリプレイ」で見極めるのも危険です。
犯罪心理学の話になりますけど、リプレイを「スロー」で流すと、「故意性」がより強調されちゃうんですよね。
ですから、リプレイするなら、なるべくリアルスピードのものを用いること。
それができないなら、いっそシュートやクロスが蹴られる瞬間と、手に当たる瞬間、その2枚で判断すること。
その方がフェアであります。
実際、VARによるビデオリプレイの際は、スローではなく等倍速の映像が使われるとか。
その辺の感覚も抑えておきましょう。



警告・退場

さあ、最後の項目。
さらっといくよ!

これについては、「得点機会阻止における三重罰の解消」というのがこの4年の重大トピック。
「決定的な得点機会」をPA内でファウルして止めた場合、これまではPK+レッドカード+出場停止という非常に重い処分がくだされていました。
ただ、それは流石にきついじゃん、ということで、「PKというほぼ得点機会を与えてるんだから、レッドカードはイエローにしてあげましょう」という緩和策が取られることに。

しかし!
ここで重要なのは、「ボールに行ったファウルのみ」という条件付きであること。
「ボールを奪おうとチャレンジした、しかしボールよりも相手に影響してしまった」ファウル、すなわち「トリッピング(引っ掛けること)」や「ファウルタックル」の場合のみ、この恩恵を受けられます。
一方で、上記の「ハンドリング」や「ホールディング(ボールには行かずに相手の体を抑えること)」は、「得点の喜びを奪う卑劣な行為」という考え方で、これまで通りPK+レッドカードとなります。
日本人DF全体の悪癖として、とっさの場面で手が出てしまう選手が多いのですが、その場合は「ホールディング」となります。
よって、この恩恵は受けられないことに……
この点を抑えて「ルール変わったじゃん!なんでレッドなの!?」と怒らないようにしましょう。

また、この三重罰の解消に合わせて、「得点機会阻止」だけでなく「チャンスつぶし」においても、同様の緩和策が取られています。
これまで、PA内でファウルタックルがあり、「得点機会」と言えないけど「チャンス」だったと認定された場合、PK+イエローカードが与えられましたが、これがPKのみに。
ただし、同様に「ホールディング」や「ハンドリング」であれば、イエローカードも合わせて提示されます。

その辺の変更をまとめたのがこちら。
無題
こちらをご参考いただき、
「今のはPKだけど警告出てないから、ボールに行ったファウルだったんだな」
「直接FKで警告だった。得点機会じゃなくチャンス止まりと認定してくれたんだな」
などの判断に使っていただければと思います。

また、上記も含め、その他の警告も含めたチャートがこちら。
無題
ただ、これは使いにくいので、あくまで参考ってことで。



そしてまた、これ以外の警告として注意したいのが「異議」「遅延行為」によるもの。
どちらもその名の通りですが、日本人と海外では結構感覚が違います。
残念ながら、Jリーグでは主審へ異議を唱えるシーンというのがよくあり、それを主審が聞き入れ警告も出さないという場面が多く見られます。
しかし、海外のレフェリー、及び国際試合では、主審になにか言おうと向かった瞬間に警告を準備。
発言したら即出すよという考え方がベーシックです。

特に、今回VARが導入されましたが、「この使用をレフェリーに求める行為」あるいは「ビデオリプレイ後の判定に文句をつける行為」は、それぞれ警告対象です。
昨年のブラジル戦、日本がPKを取られたビデオリプレイ後に、長谷部選手を中心に、主審に長々と異議を唱えておりましたが、本大会なら全員警告必至です(親善試合なので見逃してもらえたかと)。
私は今大会で、日本がVARによりPKをくだされるという場面が必ずあると思っていますが、せめてその後の警告だけはもらわないように、淡々と受け入れていただきたいものです。

また、遅延行為についても注意。
日本ではよく、サイドハーフがスローインを投げようと何回か試み、その後サイドバックにスロワー交代、なんてシーンがあります。
これをリード持にやると、かなりの確率で警告をもらうでしょう。

日本では当たり前の感覚が世界では通用しない。
これは競技規則の面でもよくあるので、しっかり対応したいものです。





ということで、たった3つの項目に長々と書いてしまいました。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
しかし実際は、もっと細かく書かなくてはいけないところもあり、これでもかいつまんだつもり……
現場のレフェリーさんが読まれたら「あれが足りないこれが足りない」という点ばかりでしょう。
その辺はご容赦いただくとして、私の解釈間違いなどありましたら、ご指摘をお願いします。

とにかく、それだけサッカーのルールってのは奥が深く、我々一般ファンはまだまだわかってないことだらけなんです。
それを隅々まで研究し、解釈のズレがないように揃え、どんどんスピードアップするプレーの中で実践するために、日々努力してるのがレフェリーであり、その世界トップの人たちが今回のW杯に出てきます。
もちろん彼らをしても、人間の限界がある以上、誤審は起きます。
また、VARがあっても、全てが解消されるわけではありません。
それを理解し、審判団とその判定にリスペクトを持って、すべての試合を観戦したいものです。

日本代表の選手の皆さん、そして日本から参加される審判団の皆さんの活躍を祈ると同時に、それを見る我々日本人が、少しでも納得して大会を終えられることを祈っております。

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こちらの作品、原作は遠藤周作の小説で、それをマーティン・スコセッシが監督したものです。
沈黙 (新潮文庫)
遠藤 周作
新潮社
1981-10-19

私は原作未読で、イッセー尾形さんが出演してることから興味をもったレベルですが、リーアム・ニーソンやアダム・ドライヴァーが出ていたりで、地味にクワイガンとレンくんが共演しておりました。
他の日本人では窪塚洋介、浅野忠信、塚本晋也が重要な役どころ。
塚本さんの評価が高いようですが、個人的には浅野さん演じる通詞が良いなと。
元々渡辺謙がキャスティングされてたらしいですけど、浅野さんの方がシニカルな感じが出てて合ってたと思います。
あれは聖書で言うところの蛇みたいなイメージなんですかね。

筋としては、江戸時代初期のキリシタン弾圧のお話。
宣教師としてやってきたフェレイラ神父(リーアム・ニーソン)が、弾圧に屈して棄教したという情報が入り、若いロドリゴ神父(アンドリュー・ガーフィールド)とガルペ神父(アダム・ドライヴァー)が確かめにいくというところからスタート。
その若い神父達は、日本で隠れキリシタンに大歓迎されるも、やはり弾圧の手が伸び囚われの身に。
そして拷問を受け、命を捨てるか信仰を捨てるかという選択を迫られます。
とにかくいろんな示唆に富んでおりました。
以下、ちょっとネタバレを含みますが、この作品の肝はそこでないのでご容赦ください。



まず、若い神父達は、来るなり日本に広まってるキリスト教に違和感を覚えます。
自分たちの教義が正確に広まっておらず、既に魔改造されているのです。
都合よく解釈されており、それに苛立ちを覚えることも。

そして弾圧の実態。
歴史的な解釈については諸説あるようです。
戦国・江戸期のキリシタン事情、禁教事情
実際どうだったのか、知るよしもありませんが、この作品での為政者は「必ずしもキリシタンを処罰したい」という形では描かれていません。
宣教師たちも、「見つけ次第処刑」ではなく「棄教させ、その姿を見せることで信者を改心させる」ことに利用したいわけです。
信者ももともと自分たちの領民であり、手をかけるまではしたくない。
ただ、キリスト教を公にすると統治上面倒なので、形だけでも捨ててくれ。
踏み絵も軽くでいいから踏んでくれ。
それで目をつぶるから、というスタンスを見せています。
この辺、運営とサポーターの関係性を彷彿とさせますね。

しかしキリシタンはなかなか従えず、踏み絵に関してもロドリゴ神父は「踏んでいい」ガルペ神父は「いいわけないだろ」と割れる状態。
結果、逡巡して踏めなかった信者は処刑されます。

そして神父自身も捕らえられ、奉行(イッセーさん)の元で宗教問答。
奉行の主張はこんな感じ。
「日本には固有の宗教があり、それで平穏に回ってきた。西洋の宗教にも良いところはある。それは認めるが、日本の宗教を否定して自分たちの考えだけ押し付けるキリスト教はいかがなものか。その結果面倒が起きたので公式に禁じることとなり、弾圧につながっている。救われるはずの宗教のせいで救われない民衆が生まれているのだ。この矛盾をどうすんねん」
これに対してロドリゴ神父は、「キリスト教は真理である。受け入れない日本が悪い」というスタンスを変えようとしません。
奉行らはその「傲慢」さに苦笑します。

さてこれ、サッカーにも通じそうなお話です。
西洋の最先端の哲学は果たして「真理」足り得るのか。
その押し付けは「傲慢」でないのか。
これについてはまたいずれ掘り下げましょう。



閑話休題。
ロドリゴ神父を説得するにあたり、既に棄教し、日本人として生きることを選んだフェレイラ神父(リーアム・ニーソン)と対面するシーンがあるのですが、そこでのセリフがすごい。
「この国は沼だ」
これ、原作そのままのセリフらしく、遠藤周作による日本人観ということになりますが、これほど見事に現したものはないなと。
ちなみに、原作ではこうなってます。
この国は沼地だ。やがてお前にもわかるだろうな。この国は考えていたより、もっと怖ろしい沼地だった。どんな苗もその沼地に植えられれば、根が腐りはじめる。葉が黄ばみ枯れていく。我々はこの沼地に基督教という苗を植えてしまった。
この場合の「沼」とは「レンズ沼」「ドール沼」などの底なし沼の意味合いではなく、「土壌が腐っているので新しいものが根付かない、正しく育たない」というニュアンスです。
もちろん、これを読んで憤慨する日本人も多いでしょうが、必ずしも否定的に使われてるわけではありません。
一つの事実として、良くも悪くもそうなんだということを、リーアム・ニーソンが達観して語っているのです。
事実、その後のセリフでは、「キリスト教は根付かなかったが、医学や天文学など、この国が求めているものを与えることはできた」と語っています。
要は、土壌にあった種を我々は持ち込むことが出来なかった。
そういう反省を彼自身は抱いているのです。

そしてまた色々あり、ガルペ神父は命を落とし、ロドリゴ神父は棄教を選びます。
その後、日本人として生きることになったロドリゴ神父は、供となった日本人信者(窪塚洋介)に「告解をさせてくれ」と懇願されますが、「私はもう司祭ではない」と言って拒否するシーンが。
これも示唆に富んでますなあ。
「告解」という行為が、「誰かに自分の罪を懺悔して心の平安を得ること」にあるなら、その相手は「現職の司祭」である必要はなく、「元司祭」でも、単に「友人」でも良いわけです。
しかしこの2人の関係性は、友人とはなれず、「司祭」と「信者」でしか成立しなかった。
そのキリスト教的観念に縛られてしまい、救われるチャンスを自ら捨ててているという姿は、実に巧みな描写であります。



というわけで、次から次に重いボディブローを食らうようなこの作品。
なお、この原作が発表当初、キリスト教サイドからは反発も強かったそうですね。
「キリストが踏み絵を正当化するような描写は許されない。棄教者は悪魔だ」
という考え方が公式見解のようです。
ただ、どちらかというと、「キリスト教は真理である」という傲慢さに冷水をかけられたことに怒ってる気も。
いずれにせよ、本家のクリスチャンには受け入れられない作品でありましょう。
それでも、この原作をそのまま映画化したスコセッシ監督にはあっぱれを送りたいところです。
メル・ギブソンだったらげふんげふん。

で。
ちょっと長くなったので、この作品を日本サッカー界に置き換えて考えた話をまた後日。
つっても、言いたいことはもう大体伝わってますかね。
良ければ映画をご覧になって、ご自身で感じていただければと思います。



ところで。
余談ですけど、最近の教科書は「踏み絵」ではなく「絵踏」として教えてるらしいですね。
また、「隠れキリシタン」という用語も、本作に登場するものは「潜伏キリシタン」と記載するべきだとか。
それは知ってるけど!
おじさん世代にはわかりやすいので「踏み絵」と「隠れキリシタン」で通させていただきました。
作品中もそのように使われてます。

もひとつ余談。
自分は学生時代に合唱経験者ですが、その最後の年は千原英喜さん作曲の『おらしょ』という曲集に取り組みました。

当時研究した隠れキリシタンに対する認識と、現在この作品を見て思うこと。
その違いに加齢を感じております。
それが良いか悪いかはまた別の話。

GWは例によって育児三昧。
唯一取れるはずだった平日休みも、お子さんの発熱で保育園を休まざるを得ず、『レディ・プレイヤー1』を見に行く予定は流れました。
その分開き直ってBD借りまくって来たので、一気に感想ドン。

『カンフー・ヨガ』
これは1月に劇場で見たんですがこの機に紹介。
貴重な劇場機会をこんな作品に使ってしまったよ。。。
とは言え、ツッコミどころ満載で楽しめはしました。
『バーフバリ』に話題取られたけど、ネタとしてはこちらも十分。
唐突にパーティに加わってるキャラ、敵を一掃したと思ったら次のカットで捕まってる、「ヨガの呼吸を使うのよ!」「いやいい」、「大事な経文なのよ!」と言った直後にそれでぶん殴る、思い出したようなインド映画的オチ、エンドクレジットの尺が余って無音。
などなど、トンデモ映画ですけど、ジャッキー映画らしさもあって楽しめます。

『ダンケルク』
男の子は大好きで女の子は大嫌いなノーラン監督作品。
でも今作はイケメンぞろいで女子も満足だよ!と、炎上気味な紹介してみます。
トム・ハーディがいいとこ取りな役で、相方のジャック・ロウデンも「きれいなサイモン・ペッグ」と言われるだけあってイケメンです。
DJr64YQVAAAlae6
↑きれいなサイモン・ペッグ
↓きたないサイモン・ペッグ
20150813212419
あとはハンス・ジマーの音楽が、あれは音楽と言えるのかという手抜きっぷりなのに見事にマッチしていて悔しい。

『レヴェナント:蘇えりし者』
レオ様念願のオスカー受賞作品ですが、これであげるならもっといい作品あったよなあという印象。
エマニュエル・ルベツキの撮影技術は相変わらず変態の域ですけど、そっちばかりがすごくて作品としてはちょっと……
実話を元にしてるものの、現実が春の話だったのを冬に改変してしまったのが大きなミスかと。
その結果、トム・ハーディ演じる悪役の判断が正しくて、他の全員が無能すぎんじゃねえかということに。
それにしても、ダンケルクと合わせてトムさんいい役者だ。
世界三大トムに名乗りを上げたな。

『IT/イット”それ”が見えたら、終わり。』
名作のリブートということですが、この年になるとホラー映画の楽しみ方って難しい。
子供の頃なら怖かったのかなあ。
続編もあるようですが、あんまり見る気にはならず。
どうでもいいけど「オタサーの姫」というフレーズがずっと浮かんでいた。

『オリエント急行殺人事件』
こちらも名作のリブート。
しかし原作に忠実すぎて、これ単にケネス・ブラナーがポアロやりたかっただけだろという感じ。
ブラナーさんはダンケルクにも出てますが、ああいうコントロールされた役のがいいねこの人。
なお、みんな大好きジョニデさんは、らしさも出さずにすぐ消えます。
デイジー・リドリーもSWだけで終わらないように頑張ってる感あるけど、なんか違和感。
それよりもミシェル・ファイファーの崩れっぷりが(以下略

『ゲット・アウト』
日本人にはアメリカ社会で黒人が感じる不自由などわかりませんが、この作品見てると「黒人側で壁作ってるんじゃん」と思わされるところも。
まあ、監督のキャラ的にその辺も計算してるんでしょうが。
小ネタとしての出来はよく、タイトルの意味がわかるとニヤリ。
ただ脚本賞にふさわしいのかと言われるとびみょんな気が。

『新感染 ファイナル・エクスプレス』
単純にオススメするならこの作品。
オーソドックスなゾンビもので、オチまで予定調和ですけど、登場人物の行動に不自然さがないのですんなり見れます。
主人公のコン・ユが大沢たかおっぽいイケメンで、不器用なお父さんっぷりに感情移入。
main_finalexpress
レヴェナントもそうだけど、おっさんになると叩かれがちな判断の方に肩入れしてしまうなー。

『キングスマン:ゴールデン・サークル』
前作が好きな人とエルトン・ジョンが好きな人は引き続き楽しめるかと。
でも登場人物の整理の仕方が悲しい。

『沈黙ーサイレンスー』
この作品についてはまた明日(何でも鑑定団方式)。

あと、アマプラで『バンド・オブ・ブラザース』が見れるようになってますね。
『ダンケルク』よりも『プライベート・ライアン』的な戦争映画が好きな方にはオススメ。
Wikiってみたら、若き日のトム・ハーディやサイモン・ペッグも出ているらしい。

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