ということで試合を流して最初の感想は、「ビルドアップ雑ぅ!」ということ。

今の時代、マイボールになったら最終ラインで回しつつ、ボランチが絡んで相手のプレスを交わして前進するのが一般的ですが、この時代は「取ったら蹴る」でありました。
そんな中で、ユーベはジダン、レアルはレドンドというプレイメーカーがおり、その選手に渡った時だけまともな攻撃が組み立てられる感じ。
それ以外は個々の突破力で勝負という印象です。
ただ、レアルはレドンドが司令塔……というイメージでずっとおりましたが、この試合は殆ど輝きが見られず。
代わってミヤトビッチが持った時だけ、唯一タメを作ってロベカルのオーバーラップを促し、チャンスが作れてました。
それを受けてのラウルとのポジションチェンジでしょうが、これが監督の指示なのか選手の判断なのか、こういうのを当時知っておきたかったなあ。

なんにせよ、この時代と現代の一番の違いはCBというポジションの役割にあるなあと痛感した次第です。
レアルのイエロとサンチスは、共に対人は非常に強い選手ですがスピードは皆無と言える2人。
イエロの方は、FKの名手としても知られ、実際この試合でも唯一まともなフィードを送っていましたが、レドンドと絡んで組み立てるという雰囲気ではないですね。
ユーベの3枚も、それぞれ人に強い選手ですが巧みさがあるタイプではなく、またその前のDH2枚も黒子タイプですので、そこは飛ばして蹴ってる感じです。

余談ですが、ユーベの3バックは、
右がサイドバックタイプのトリチェッリ。
中が万能型のユリアーノ。
左が人に強いモンテーロ。
となっており、また左WBをやっていたペッソットは本来サイドバックの選手です。
つまり、4バックがスライドした形ですね。
これは可変型というよりも、当時のイタリアの伝統的な形とも言えます。
右のサイドバック(2番)はセンターバックもこなせる守備型、左のサイドバック(3番)はオーバーラップ得意の攻撃型ということで、イタリアでは背番号だけでその役割をイメージできたものです。
サッキスタイルの4バックが主体になって以後、こういう非対称な役割分担は好まれなくなりましたが、98年のイタリア代表なんかもこの形を使っていましたね(マルディーニ・ネスタ・カンナバーロ・ベルゴミ)。
その後改めて廃れましたが、最近のイタリアは左右非対称な3バックを使うことも多いようで、また復権してるのかもしれません。
で。
右サイドバックがセンターバックを兼ねる形なので、右サイドの攻撃は右WBがほぼ一人で担当します。
この時のユーべはディリービオという上下動を厭わないタイプであり、イタリア代表でも重宝されていました。
なおアズーリでは、さらに攻撃に出る時にはモリエロという選手を使うことが多く、その職人っぷりが好きでした。
そんな当時の、ポジションと背番号だけでタイプがイメージできるイタリア代表はかっこよかったですねえ。

ちなみに、この試合のユベントスは後半ディリービオに代えてボランチのタッキナルディを投入。
ペッソットが左サイドバックになり、4-3-1-2を構成しています。
この辺のシステム変更がスムーズに出来るのが特徴ですね。
なお、これはミヤトビッチが左に開いてディリービオの裏のスペース使われてたことへの対策でしょうけど、レアルは後半からミヤトビッチをトップに戻しちゃったので、効果としてはいまいち。
ただ、レアルはレアルで案の定攻め手を失ったので、やっぱりハインケスの手腕は微妙だなという感じです。
それでもワンチャンものにしてレアルが勝っちゃうから面白い。



閑話休題。
もう一つ見ていて気づいたこととして、めちゃめちゃタックルが荒い。
後方から、足裏向けて、カニバサミ……
正直なんでもアリのレベルです。
よく食らった方怪我しなかったなというものが多く、この試合でも警告は多発してますが、現在の基準だったら一発赤も含めて退場者が数名でてるでしょう。

で、タックルについては、この試合の直後に行われたフランスW杯から厳しく取られるようになっています。
正確な資料がないのですが、当時のニュースで「後方からのタックルは一発退場」という形で報道されていたのを覚えています。
No.226 開幕戦の主審が大会の基準に(大住良之さんの当時のコラム)
実際、韓国のハ・ソッチュがその適用第一号でしたかね。

(25秒くらいからの奴。ヒデー!って思うでしょうが、これ当時だと結構普通レベルです)

そうしてタックルに対する取り締まりが厳しくなり、大分荒さが減ったのが00年台とすると、逆に増えてしまったのがホールディング。
これについては、98年W杯の日本対アルゼンチンを以前レビューした時にも書いたのですが、この時代の選手は「守備で手を使う」という発想そのものがないと言えます。
1998W杯 日本対アルゼンチン - とりあえず 
この試合でも、殆どの選手が足と体で止めることしか考えていません。
(それゆえタックルが深くなりがちなのですが)
ただ、唯一ホールディングを意図的にやっていたのがジダン。
「追うのめんどくせえ。ここで止めよ」
という感じでちょいちょい使ってますw

しかし、この頃から、ロナウドを始めとしたスピード系ストライカーが台頭しだし、それを止めるために、いろんな選手が手を使いだしたのではないでしょうか。
どこも鈍足CBで賄っていた時代ですが、FWがどんどん早くなってくる。
それを抑えるためにはもう手を使うしかない……
ということで段々とホールディングが増え、それを取り締まるために00年台後半に「ホールディングを厳密に取る」というお達しが出たのでしょう。

で、そうなるともうスピード系のCBを置くしかない。
ということで、CBにはスピードが求められるようになりました。
そして、「CBにスピードがあるなら、逆にライン高くしてもよくね?」という発想が生まれ、ハイライン、ハイプレスが誕生。
それにより常時CBにもプレッシャーがかかるようになったため、今度はCBには足元も求められるようになった。
という流れがあったのでは。
これを「ロナウド仮説」としましょう。

まあ、実際はサッキによるプレッシングが先にあり(ダジャレじゃないですよ)、そこからCBに足元とスピードが求められるようになった。
というのが定説でしょうけど、ニワトリ卵で、結局そういう流れになるのは必然だったということですかね。

と、そんなことを思いながら試合を振り返り。
この時代のサッカーはホントに思い入れの強い試合ばかりなので、スカパーさん辺りで定期的にプレイバックしていただき、みんなでわいわい語り合いたいものです。



最後におまけ。
この試合の決勝点はミヤトビッチのゴールでしたが、ペルッツィの対応も是非見ていただきたい。
DFにあたってこぼれたボールに対して前にダイブ。
しかし先にさらわれ絶体絶命のところでローリングして腕を出し、届かなくてももう1回転して足を出す。
この執念、憧れたものです。