2005年06月15日

やおよろずさもなー#1-2

 ぶかぶかの帽子をかぶって、ともすれば髪からぴょんと飛び出しそうな耳を隠す。尻尾は、尖端をスカートと腰の隙間に挟み込む。
「すばらしく可愛いな」
 車を呼び止め、僕をひょいと抱き上げたキサが嬉しそうに微笑む。なるほど、本当は14歳で男の僕が、初等部の女子制服を着て、おまけに純白の猫耳と尻尾をはやしてさえいれば彼女を喜ばせることができるのだから、僕はこれでいいのだと思った。
 そう思うのにはそれほどの手間は要しなかった。猫のアップリケが縫いつけられたポシェットに入っていた手鏡越しに自分の目を見つめながら、これでいいこれでいいこれでいいと百回ほど呟いたのだ。
 それに、彼女が呼び止めた車には、運転手がいない。目的地を告げると、中央交通局から最適な速度、進路が指示される。キサは黙って、膝の上で丸くなっている僕の背中を撫でているだけだ。
 ぽかぽかと太陽の光が窓越しに注ぐ。
 そういえば、昨日の夜は遅かったんだっけ……と僕は目を閉じた。

 薄暗くて、冷たい部屋。僕は小さな手を伸ばし、美しく黒い髪を掴む。ずるり……
 髪を引っ張ると、その先にあったものが近づいてくる。虚ろに開いた口、もう僕を見てくれない瞳。

「着いた」
「ふにゃぁ?」
 目をごしごし擦る。ねむい……何か、夢を見たような気がする……ねむ……
「にゃぁっ」
「寝ぼけている場合か、バカ者」
 耳を摘まれた。
「ふみぃ、酷いよぉ」
 涙がつぅっとほっぺたを伝って落ちた。
「……アニー」
「は!」
 お人形さんが、わたしのポシェットから飛び出してきた。ぴしっ、とおでこの辺りに手を当ててる。挨拶なのかな
「反応がおかしい」
「うん……10歳の猫耳少女っていう情報に、七割方染められてるから……ええと、消失まであと7分」
「ふむ」
 お姉さんはすこしかんがえると、私を抱っこして、怖い顔でこっちを見ているおじさんのところに歩いていく。
 わたしは見上げた。さらさらの髪が、お日様に照らされて、天使の輪をかぶっているみたいに見える。そっと引っ張ると、お姉さんはすこし怖い目で私を見て
 
 なんだか、落ち着いた。

「というわけで、校舎に入る」
「……い、いや、ちょっと待ちなさい」
「待てない。そうだな、アニー」
「う……は、はいっ!間違いなく妖精の気配です!」
 お姉さんは、にやりと笑った。
「ちゃらららららーん」
 手品をするときの歌を呟きながら、わたしの髪を優しく撫でる

「詰まるところ人生というのは恥の連続なんだと、僕のおじさんは語ったものだよ。長く生きるほどに恥ばかりかくってね」

 つい先程までの、思い出すだけで地の果てまで走っていきそうな記憶を投げ捨てた僕は、着慣れた服をパンパン、と払った。
 目の前にいた初等部の女の子が突然14歳の男の子に変わったのを見た守衛は、速やかに意識を棄ててしまった。羨ましい事だ。現実を見たくなければ夢に逃げられるというのは。

「アニー?」
「なに?」
 ひょこ、と妖精が顔を覗かせた……のだろう。僕は彼女の姿を見ることができない。
「本当に、妖精の気配がするのかい?ただ、キサを喜ばせようとしているだけってことはないよね」
「気配ならたっぷりあるわよ。それも、けっこう質の悪いのが……」
(続く)


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