February 16, 2013

神の宮の沙羅双樹 

先日、横浜のラッパー友達いつもの3人で夜のドライブしてたら祠(ほこら)を見つけて参拝した。鳥居をくぐり神々をまつる朱色の宮造りの祠(ほこら)にて一人づつ合掌。自分の願い事は「信じる道を真っ直ぐ生きる!見届けよ」といつもの。

深夜にも関わらず宮祠(みやほこら)の右横にポツンと小さな電灯(灯篭)があって、その宮の正面には小さな丸い鏡に自分の顔を映し出す。見覚えのある自分の顔の右側に明かりがともると思わず鏡にひとり笑み。(その表情が今も思い浮かぶ)

「あなたは神を信じますか。」

顔の右側の表情は左脳の影響を受け、左側の顔の表情は右脳の影響を受けると言う。鏡を見る度に「俺の左右の顔は違う」って思っていた。社会性のある良識人の顔と奇抜な発想屋の顔から成る、と。左脳は先進国で生きる社会性や計算能力、右脳は倫理観、美意識や想像力の発想をつかさどるならば、左右の顔が違っても当然である。

となると現代人の表情は左脳発達型であり右脳が抑制される環境でもあるのか。セオリーを飛び越えて神が舞い降りる瞬間は右脳が活性しているのか。つまり自分の中から生まれる信念とは、内面に宿す神のご加護なのか。

「あなたは神を信じますか。」

その神の宮の両サイドを守る石像を見て自然の草花や虫けらにも宿る「一寸の魂こそ神々の化身なのだよ」などと言っている様に思えた。心の目で身の回りを見渡せば、そこにある尊さに気が付くことができるかな。







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