● 例によってtwitterでツイートしてきたことのまとめですが、あちらには書ききれなかったことも沢山あるんで、読んでた人も是非もう一度読んでみて下さい。

● 「安全」と「危険」の概念について
 例えば、100ミリシーベルト以上では統計的に有意な害が知られている、というとき、100ミリシーベルト以上では危険と言えても、それ未満は安全とは言えない。安全というのはなかなか証明の難しいものだ。通常時ならば、統計的に有意な害が知られているとき、安全を見込んで、基準値は1桁とか2桁とか落として設定するもんだと思う。
 これには2つの意味があって、1つは今述べた、安全を確保するため。もう1つは、異常を事前に検知して、異常に備えるため。基準値に余裕がない場合、異常の発見が遅れて、対策が後手に回る。

● WHOのガイダンスレベル
 世界保健機構(WHO)の飲料水中に於ける放射性物質の基準については、「WHO飲料水水質ガイドライン」という文書に示されている(P.197-198)。それによると、ICRPが介入レベル(何らかの対策を必要とする基準のこと)とする年間被曝量1ミリシーベルトより1桁落とした0.1ミリシーベルトが基準になる。これは自然に受ける年間被曝量2.4ミリシーベルト(地域によって1〜10ミリシーベルトの差がある)よりも十分に低いものである。
 ヨウ素131の大人の線量係数を2.2x10^-5(mSV/Bq)、飲料水の年間摂取量を720Lとすると(同書P.202)、1L当たりの基準値は次のように計算できる。

  0.1÷(2.2x10^-5)÷720=6.3(ベクレル/L)

 この6.3Bq/LというのがWHOのガイダンスから引き出される基準値となります。ただし、同書(P.203)には、この数字を丸めた数字「10」というのが掲載されています。たぶん、沢山種類があるし、先ほど見たように十分安全に余裕のある設定なので、分かりやすくするためにこうした処理をしているんでしょう。ちなみに、WHOの基準値は、3〜30は全て10に、30〜300は全て100に、300〜3000は全て1000に丸めてあります。
 さて、上の計算は、実は大人の基準でした。幼児や乳児には別の計算をしなければなりません。しかし、「小児について計算された年齢依存線量換算係数がより高い(より高い摂取量もしくは代謝速度を意味する)が、幼児または小児により摂取される飲料水量が平均的により少いために、線量が顕著により高くなるということはない。この結果、一年間の飲料水摂取による預託実効線量0.1mSv/年の勧告RDLは、年齢に関係なく適用される。」としています。これは安全に余裕があるからで、余裕の無い場合は問題が起きるでしょう(後述)。

● IAEAのアクションレベル
 上に書いたガイダンスレベルというのは通常時の基準で、「事故直後の1年間は、BSS(IAEA, 1996)並びにその他のWHOおよびIAEAの関連刊行物(WHO, 1988; IAEA, 1997, 1999)に記載されているように、食材に関しての一般的アクションレベルが適用される。」とあります。今回の日本のケースは、事故時ですから、上のWHOのガイダンスレベルは採用されず、別のアクションレベルというものが採用されるようです。
 では、IAEAの「IAEA SAFTY STANDARDS(IAEA安全基準)」という文書を見てみましょう。
 水道水などについてはOIL5およびOIL6という基準を設定しています。OILというのはOperational Intervention Levelの略で、事故対策のための水準という意味のようっす。
OIL5基準を超えない限り消費しても安全であるが、OIL5基準を超えた場合、放射性物質毎に濃度を測定しなければならない。OIL6基準を超えた場合、不可欠でない食品、ミルク、水の消費は中止し、不可欠な物は代替するか、或いは、代替できない場合は人を移住させるかしなければならない。」(同書P.39)
 OIL5(P.41の上の表9)というのは、ベータ線源を1kg中100ベクレル又はアルファ線源を同5ベクレルという基準。これを超えると成分分析しなさいということですね。
 OIL6(P.41〜47の下の表10)のヨウ素131の欄(P.43のI131)を見ると、3000ベクレルとなってます。これを成人の年間被曝量に換算すると、

  3000x720x2.2x10^-5=47.52(ミリシーベルト)

となります。IAEAのアクションレベルの想定は、「避難地域でない人々の受ける被曝量が年間100ミリシーベルト以下となることを確実にするために年間被曝量を10ミリシーベルトを一般基準とする(同P.39)」とあります。10になってないけど、100を超えないように設定したということでしょうか。ちなみに、同じ考えで10ミリに設定しようとすると、

  10÷720÷(2.2x10^-5)=631(ベクレル/L)

となります。

● 乳幼児の基準について
 ここまででほぼ今回の基準300Bq/Lというものを設定した理由が理解できたのですが、少し気になったのは、乳児用に設定された100Bq/Lというものの妥当性です。上のWHOの文書では乳児は摂取量が少ないので線量係数の過小を相殺してよいとか書いてありましたが、安全の余裕が無いアクションレベルではちゃんと計算した方が良いっす。実際に余裕があるのであれば、わざわざ乳児用の基準を加えなかったはずだからです。
 そういうわけで検索したところ、国内にもそういう指針がありました。原子力安全委員会が平成元年(13年改訂)に出した「環境放射線モニタリングに関する指針」というものです。これはICRP1990年勧告に伴って出されたものでたぶんその後の勧告にしたがって改訂したものと思う(調べてないけど(^^;)。
 同書P.41には「ある放射性核種の一年間の経口摂取又は呼吸による預託実効線量は、[表L−1〕の実効線量係数を用いて次式により計算することができる。」とあります。預託実効線量というのは年間の被曝量のことを指します。表L−1を見ると、ヨウ素131の実効線量係数として上で用いた2.2x10^-5というのが出てきます。市場希釈とか減少補正とか出てきますが、水道水の場合は一応どちらも1として計算しますので、ここらは無視することにします。
 問題の乳児に対するコメントは次の部分。「また、放射性ヨウ素については、[表L−2〕より、年齢に応じた適切な実効線量係数を用いる。なお、原則として甲状腺等の預託等価線量は平常時のモニタリングにおいては算定の必要性はないが、原子力施設からの予期しない放射性物質の放出があった場合等において放射性ヨウ素による甲状腺の預託等価線量が相当に上昇する可能性があって算定の必要が生じた場合には、[表L−3〕の線量係数を用いて、上記と同様な方法で計算できる。(同P.42〜43)」
 ヨウ素はご存知のように甲状腺に集まります。幼児ほどその影響が大きいと言われています。それに鑑みて、特に別途計算することが示されているわけです。今回は表L−3の数字を使うべきと見ます。
 水道水は経口摂取ですから、成人は3.2×1 0^-4、幼児は1.5×1 0^-3、乳児は2.8×10^-3という線量係数になります。上で計算していた係数より1桁〜2桁も違います。この数字を使って、今回の基準値300Bq/Lと100Bq/Lの妥当性を再検討してみましょう。まず、成人の年間被曝量ですが、先ほどと同様に計算すると、

  300x720x3.2x10^4=69.12(ミリシーベルト)

となります。幼児は水の摂取量は体重1kg当たり100〜140ccと言われてるようです。一応年間360Lとして計算すると、

  300x360x1.5x10^3=162(ミリシーベルト) (300ベクレル/Lの場合)
  100x360x1.5x10^3=54(ミリシーベルト) (100ベクレル/Lの場合)

乳児の場合、年間720Lとして、

  100x360x2.8x10^3=100.8(ミリシーベルト)

となります。IAEAのアクションレベルの3000ベクレル/Lに比べて300ベクレル/Lという小さな数字を出してきた理由は、この指針に掲載されている甲状腺への配慮だということが分かります。しかも、この指針が正しいとすれば、乳幼児には余裕が殆ど無い基準だということも分かります。幸いヨウ素は半減期が短いので、今後新規に大量供給されない限り、悪化はしないはずなので、淡々と基準を守って、神経質になる必要はないと思いますね。