【みんなで学べる学校保健教材ができました】

南半球の東ティモールでは、真夏日が続いています。
これから本格的な雨季が始まりですが、今年はエルニーニョの予想。
なかなか雨も降らずに気温ばかりが上がり、このブログも暑い事務所で汗をかきながら書いています。
シェア東ティモールの学校保健活動も来月12月の終了を控え、活動も佳境を迎えています。
今回のブログでは、10年間にわたる学校保健支援活動の集大成でもある、新しい学校保健教材の完成披露式典についてお伝えします。

●東ティモールの学校教育現場の課題

日本では当たり前にある、子どもたち一人ひとりの教科書。
15歳以下が全人口の4割近くを占める東ティモールでは、教科書の数が行き渡らず、子どもたちは自分の教科書を手にすることができません。
先生が授業で使う視覚教材もほとんどなく、学校ではただ先生が話しているのをじっと聞いたり、ノートに書き写したり、復唱するだけの授業が一般的です。さらに小学校高学年からは公用語として定められているポルトガル語で授業が行われますが、実は日常生活ではほとんど使う機会がありません。
こうした学校教育の現状を見るたびに、もしも自分が東ティモールの小学生だったら、学校での勉強だけではなかなか学習が身につかないだろうなといつも感じます。

そんな中で、せめてシェアが教育省と保健省と連携して広めている学校保健の授業では、子どもたちにとって、もっとわかりやすくて楽しいものにしたい。
興味を持って学び、手洗いの大切さや衛生的な習慣を身につけてほしい。
教えられることをじっと聞くだけでなく、学んだ子どもたち自身が友達や家族に、病気の予防方法や対処を伝えていってほしい。
子どもたち1人1人に教科書を届けることはできないけれど、教室でみんなが学べる保健教育教材を届けたい。
そんなたくさんの思いを込めて作ってきた教材が完成し、ようやく公式に披露する会を9月に開くことができました。

●3年間のプロジェクトで作成した、たくさんの保健教育教材

学童期の子どもに多い病気の予防や治療方法をまとめた紙芝居型フリップチャートをはじめ、爪切りや手洗いの大切さを学ぶお話しや、手に入りやすい食材の写真カードを使って職や栄養について学ぶ栄養ゲームや食品ピラミッド、学校健診で使う視力検査のポスターなどです。すべての教材は、関係機関と一緒に子どもたちにとってわかりやすい表現や文化、習慣なども重視して作りました。また新しく改定された教育指導要領に合わせた内容で、教育省と保健省の承認を受けています。

写真1
【写真1:左からディリ県保健局長、南大使、ディリ県教育局長】


●在東ティモール日本大使も参加してくださいました

完成式典には、教育省や保健省の学校保健担当官をはじめ、現職教員への研修を行う国立研修機関や学校教育のカリキュラムに関わっている担当者や教育省の事務次官など、学校保健や学校教育を担うたくさんの行政官が参加してくれました。今回の完成披露式典では、教材だけでなく新しく学校保健の実際をまとめた学校保健動画も初めて関係者に披露しました。

写真2
【写真2:教育省の学校保健担当官も教材やビデオを紹介。全国の学校に普及させたいと意気込んでいます】


動画に出演している参加者も多かったのですが、自分の映像が出てきたときにはみなそれぞれに嬉しそうでした。他県で学校保健をサポートするNGOや国連の皆さんも参加し、小さい会議室は多くの参加者とたくさんの教材で熱気に包まれるなかで完成披露式典が無事に終わりました。

写真3
【写真3:出張していた仲佐理事は現地語テトゥン語での挨拶にチャレンジ】

写真4
【写真4:学校保健をディリ県でも強く推進していくと語る県保健局長】

すでにこれらの教材の一部は、他のNGOや国連によって他県の小中学校でも配布されることになっています。これまでシェアでは、こうした保健教育教材をコミュニティ対象にも作成し使い方を研修して配布してきました。学校や村で、ぼろぼろになっても大事に使っているシェアのフリップチャートを何度か目にしたことがあります。
これらの新しい教材も、学校で長く活用されることを願っています。

写真5
【写真5:最後にみんなで教材を掲げて写真を撮りました】
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スオ・スダイ!海外事業担当の末永です。今年は年に数度カンボジアへ出張する機会をいただいているのですが、その中で最近特に驚いたカンボジアの変化をご紹介したいと思います。

1.立ち並ぶビル群…!プノンペンを上空から見てみよう。

まずはこちらの写真をご覧ください。
こちらは、今から13年前の2005年に撮られた、プノンペンの写真です。
800px-Phnom_Penh_aerial
(こちらのサイトから画像をお借りしました)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Phnom_Penh_aerial.jpg

あまり目立った高層ビルなどはありません。また、写真左に沼地が見えます。
おそらく、シェアのオフィス近くのトゥール・コーク地区の写真と思われます。

そして、先月私が飛行機の中から撮ったこちらのプノンペンの写真をご覧ください。
IMG_5849
高層ビルが立ち並んでいます。上の写真とは全く同じ場所ではありませんが、おそらく2005年に撮られた写真の右上部分が、この写真と一致すると思います(写真左奥は川です)。
ちなみに、2005年の写真に写っていた沼地は、今は埋め立てられています。

たった13年で、ここまで都市の風景が変わりました。
プノンペンは今、建設ラッシュで、高層ビルが次々と建ち、沼地が埋め立てられ、居住区や商業施設ができています。私がインターンをしていた2008年と比較し、人口は2倍に増えました。

この立ち並ぶビルの中で、とくに私が驚いたのが、2枚目の写真左上に写っている、ペンギンのような形をしたVattanac Capitalという39階建ての超高層ビルです。
26216_02
(こちらのサイトから画像をお借りしました)
http://www.worldarchitecturenews.com/project-images/2015/26216/tfp-farrells/vattanac-capital-in-phnom-penh.html?img=1
初めて見たときは、形の奇抜さと、ガラス張りのピカピカ具合にとても驚きました。
テナントにはフェラガモ、ロンシャン、ジミー・チュウなどのハイブランドが軒を連ね、さらにペンギン(ではないと思うんですけど)のくちばし部分は高級バーが入っているそうです…。
いつかポキッと折れないことを祈ります。


2.衝撃!プレアビヒアにもキャッシュレスの時代が来た。

シェアの活動地であるプレアビヒア州は、首都のプノンペンから車で北へ6時間ほど行ったところにあります。そのプレアビヒア州の、さらに州都ではないクーレーンという地域にシェアのオフィスがあります。このクーレーンの一般的な食堂で、なんとスマホ+QRコードで昼食代を払える日がやってきました。
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写真のように、スマホでQRコードを読み取ります。支払う金額を入力し決定すれば、自分の口座からこの食堂の口座に、自動的にお金が振り込まれます。本当にびっくりしました。ただ、今年の5月にこのQRコードを発見しましたが、9月に行ったときはもう使われていなかったので、クーレーンの人たちには馴染まなかったのかもしれません…。


3.変わらないもの

このように劇的な成長を続けているカンボジアですが、変わらないものもあります。
そのひとつが、毎年11月に開催される水祭りです。
毎年雨季から乾季に変わる11月に開催されます。お祭りを盛り上げるイベントの一つが、カンボジアの各州の代表が出場するボートレースです。
5月にプレイベン州へ視察に行った際、このレースで使うボートを製作しているのを見つけました。
IMG_5513
「コキ」という名前の木を3本繋げて作るそうです。
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完成すれば全長85メートルとなり、ギネスに挑戦しているとのこと。昔と変わらず、職人の方が手作業で製作に取り組んでおり、その技術に感動しました。
IMG_5515


カンボジアは、変わっていくものも、変わらないものも、いつも驚きをくれます。
次の驚きは何か、今から楽しみです。


シェア・カンボジアでは、現地事務所で活躍してくださる長期インターンを募集しています!
詳しくはこちらをご覧ください。
http://share.or.jp/share/news/20181010.html
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「アルマ・アタ宣言」から40年を迎えたことを記念し、佐久総合病院でイベン
トを開催します。シェアの本田徹代表理事が第1部で講演を予定しています。
皆さまのご参加をお待ちしております。

☆詳細はこちら⇒https://bit.ly/2Oi6VXr

佐久アルマアタ40周年講演会 チラシ 2018.11.3
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「国際看護・保健を目指していて、スキルアップをしたい」「国際看護・保健分野の活動を自分でもできるか試してみたい」など、国際看護・保健を目指す医療職向けの講座です。
国際看護・保健を仕事として行うために必要な専門的な知識や技術、キャリア形成の仕方、さらにNGOの具体的な事例を用いたプロジェクト形成体験など、一日で多くのことを学べる内容となっております。皆様のご参加お待ちしています。

診察方法の指導を行う日本人スタッフ (2)

● 開催日:2018年12月22日(土)9時30分〜17時30分 *開場9時20分
● 会場 東京大学本郷キャンパス 医学部教育研究棟2階 第1・第2セミナー室
 >>>会場はこちらです。<<<

<最寄り駅から本郷キャンパスへのアクセス>
東京メトロ丸の内線・都営地下鉄大江戸線 本郷三丁目駅より徒歩8分

● 対象者:国際協力に関わることを希望している看護師、保健師、助産師、学生、青年海外協力隊経験者等

● 参加費:10,000円 お支払い方法については、お申込み後にご案内いたします

● 定員:30名(定員になり次第受付終了とさせていただきます)

● お申込み: >>>お申込みはこちらです。<<<

● 主催・問い合わせ:特定非営利活動法人シェア=国際保健協力市民の会 担当:西山
電話:03−5807−7581
Email:info@share.or.jp
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シェアは1988年よりカンボジアで地域保健活動を行っています。現在は、カンボジア北部のプレアビヒア州トゥバエンミェンチェイ郡保健行政区の農村地域で、コミュニティをベースとした子どもの栄養改善プロジェクト(JICA草の根技術協力事業/パートナー型)を実施しています。このたび、カンボジア事務所の長期インターンを募集します。

【職 種】長期インターン(1名)

【任 期】2019年1月〜2019年12月
(着任時期は応相談。2週間の東京での研修を含む。任期延長の可能性あり)

【勤務地】シェアカンボジア・プレアビヒア事務所

【応募締切】2018年11月30日(金)(書類届き次第、順次選考)

【職務内容】
(1) 会計作業を含む、カンボジア事務所現地代表(日本人)の補助業務
(2) プロジェクトの実施及び進捗管理(カンボジア人プロジェクト・マネージャーと実施)
(3) シェア・カンボジア広報及び訪問者対応 他

【条件】
・ 2年以上の海外での経験を有すること(途上国であることが望ましい)
・ 英語で実務ができること
・ 当会の目的・事業に賛同していること
・ 基本的なPCスキルを有すること(Microsoft Officeが使えること)
・ 社会人経験がある方を優遇

【待遇】
・ 生活費の補助として月5万円支給(給与・報酬ではない)
・ 渡航費、海外旅行者傷害保険は本会が負担
・ 業務実施中の宿泊費および日当については別途支給
・ その他の待遇については、現地事務所の規定に基づく

【応募方法】
(1) 履歴書および志望動機の作文(1600〜2000字)を、Eメールまたは郵送にてお送りください。
(2) 書類選考後、面接にて決定いたします。

【問合せ先】特定非営利活動法人 シェア=国際保健協力市民の会(担当:末永)
〒110-0015 東京都台東区東上野1-20-6 丸幸ビル5F URL:http://share.or.jp/
Tel:03-5807-7581  Fax:03-3837-2151  e-mail:saiyo@share.or.jp
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ボアタールデ!(こんにちは!)みなさん、お元気ですか?
東ティモールに恋をしている、海外事業担当の坂下有起です。
さて、8月末に1週間、東ティモールに出張にいってきました。独立間もない2003年から約2年、この国に駐在していたことがあり、今回13年ぶりに東ティモールの地を踏むことになった私。この10年、ティモール海で見つかった天然ガスのおかげで急速に経済成長をしていると話にきいていたこともあり、その変化を見るのも楽しみでした。
楽しみのあまり、首都ディリの空港に到着したとたん、飛行機の窓を突き破って「一秒でも早く、東ティモールの大地を踏みしめたい!!!」と、はやる気持ちを抑えるのが大変でした(笑)。
ということで今回は、東ティモール今昔ものがたり「Before and Now」をご報告します!

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 学校インスペクターと

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<車と道路事情>
2003、4年ごろの首都ディリは、2002年の独立から日が浅かったこともあり、道を走る車は、国連(UN)や国際NGOなど援助機関のものがほとんどでした。日本からも自衛隊が道路を作りにきており、銃をかまえた迷彩色の軍服に身を包んだ人たちの乗る各国の軍隊の車もよく見かけました。
ところが2012年末に、国連(UNMISET)も完全撤退し、各国の軍隊も規模を縮小・撤退しており、今はWHOやUNICEFが残って活動を続けているのみです。今回の出張ではそれら関係車両をみかけることはなく、かえって昔は見られなかった東ティモールの人たちが車やバイクを運転している姿が増えていました。それだけ治安が安定し、一般の人たちが車両を所有できるまでになったのですね。
また、道路もデコボコがなくまっすぐなことにも驚きました。昔はアスファルトが敷かれた道のあちこちに穴があいていて、ゆっくり進まないと車の天上で頭を打って大変だったのです。最近は、中央線が敷かれたり、道路標識や、一方通行が(突如)できたりと、ディリ市内の交通量の増加とともに、試行錯誤も見られるそうです。2003年当初は1台しかなかったと記憶している信号機も、数が増えて街中のあちこちに設置されていました。
ただ昔も今も変わらない乗り物に、ミクロレットがあります。今回は時間がなく残念ながら乗ることは出来ませんでしたが、25セントで乗りたい場所で手をあげて、おりたい場所にくると、コインを鳴らして知らせると運転手がその場所で止めてくれるという市民の足です。たいてい、音楽をフルボリュームで鳴らして、ちょっとやんちゃをしたようなお兄ちゃんたちが運転しています。

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 空港から市内への道中

<町から消えた!?おさんぽ豚と、おさんぽ牛とおさんぽヤギ>
2003年当時、駐在していた事務所の近くには、空芯菜を育てているどぶ川があり、お散歩にでかけると、ヤギや、ブタが草を食べているのに遭遇しました。道では子どもたちが遊んでいたりする自然な光景のなかに豚やヤギや牛がのっそり歩いていたのです。もちろん家畜としてだれかの所有物ではあるのですが、首輪がついていることもなく、自由にされていて、おもむろに、目の前にあらわれるお散歩中の動物の姿は、これぞ東ティモールだ!と私にとっては好きなシーンでした。
ところが、今回ディリの中心部では、お散歩ヤギやブタをほとんど見かけることがなくなっていました。懸命に車窓から目を凝らしていると、人里離れた場所や、車通りが少ない家屋のそばで、少しみることができて、「あ!いた!」と嬉しくなりました。

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 アタウロ島の小学校のすぐ裏手でみかけたブタの親子)

<ビーチサンダル>
皆さんは、ビーチサンダルが、草履を原型にして、日本人がその発明に加わっていたということを、ご存じですか? 2003年当時の私は、東ティモールの人たちが山の奥地にいっても、どこにいってもビーチサンダルを履いて生活していることを、誇らしく思っていたものです。その頃は、東ティモールの子どもも大人も裸足か、ビーチサンダルで生活をすることが主流で、コーヒー林の急な斜面を滑らないようにと私がしっかりした靴を履いていったりすると、
「靴をはいてる!靴だ、靴だ!」と珍しがられ、それこそ、指をさされてしまい、ビーチサンダルで急斜面を駆け上がれない自分を不甲斐なく思ったものでした。その記憶もあり、今回の出張では、学校訪問、保健センター、県保健局、保健省など省庁訪問にも、迷わずビーチサンダルで参上しようとしたわけですが・・・・
まずは、ディリから25kmの距離にあるアタウロ島の学校(シェアの活動地のディリ県の離島) と、保健センターを訪問しました。すると中には、ビーチサンダルの子どももちらほら見かけますが、ほとんどが靴を履いて、真っ白な靴下をまとっている子までいるのです。女性の先生方はサンダル、男性の先生は靴を履かれていました。保健センターの職員や医師も同様でした。翌日に訪問したビケリ村の小学校は少しアクセスが悪い場所なので、もしかしたら状況が違うかもしれない、とまたビーチサンダルで訪問したわけですが、どうやら学校はこのごろ靴を履いていく、ということが一般的になってきたようです。赤いビーチサンダル履きで出かけた私は身をもって、その変化を感じ取ることができました。

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 アタウロ島 シェアが作成した保健教材で授業を受けている子どもたち

<まちがった保健行動>
昔駐在していたのは、1600mと標高の高いコーヒー生産地の山の中でした。首都ディリからも遠く、電気も水もない場所で、通信手段は日本から持ちこんだ「衛星電話」経由。それが、現代では携帯電話が普及して、皆がSNSで連絡を簡単に取り合っているというから、大した進歩です。
その当時から、私が心に引っかかっていた東ティモール人の行動がいくつかあります。
その1つが間違った保健の知識に基づいた歯磨きでした。
東ティモールでは、今も昔も歯医者は無く、虫歯になってしまうと、処置として歯を抜くしか手立てがありません。
そのため歯磨きはとても大切な習慣の一つです。ところが、その方法が間違っているのです。13年前は、寝る前には歯を磨かず、朝起きて口のなかの汚れが気になってから磨くという習慣を持っている人たちが多かったように思います。
いくら私が「歯は寝る前に磨かないと、寝ている間に虫歯菌が増えてしまう」と話しても、「寝る前は、歯はツルツルしていて汚れていないから、朝、歯が汚れたら磨けばいいんだよ。」といって、一緒に働いていた東ティモール人たちは、朝プラークでいっぱいの歯を一生懸命に磨いていました。
それを思い出して、「今はどうなっているだろう?」と気になり、今回、アタウロ島で小学校を訪問した時に、コーディネーターの秋山さんを通して、生徒たちに聞いてみました。
すると、「寝る前には磨く。」けど「朝ごはんを食べたあとには磨かない。」という答えが多くの子供たちから返ってきました。
なるほど、ちょっと惜しい!ですね。
眠る前に磨くことを家庭でも教えられていることは、歯の健康のためにとてもよいことです。
ぜひとも朝ごはんのあとにも、磨くようになってほしいです。
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以上、ご紹介したのは、2003年ごろと比較した「東ティモールBefore and Now」を4つでした。他にも色々気づいたことがあるのでまた、別の機会をみつけてご報告致しますね!
最後に。シェア東ティモール事務所では、東ティモールの小中学校で保健の授業につかえる教材を開発して首都ディリの全98校に配布したり、健康診断を導入するお手伝いをしたりと、子ども達の健康をまもれるように、日々活動を続けています。ご紹介した歯磨きの習慣もそうですが、人々の習慣を変えていくということはとても骨がおれることです。
これからもシェアが活動を続けられるように、引き続き東ティモール事業への応援をよろしくお願いします!


海外事業担当(東ティモール)
坂下有起

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20180831-1 写真1 PHC 40年 ウボン講演
アルマ・アタ宣言40周年 ウボンでの講演「すべてがプライマリ・ヘルス・ケアから始まった」

1. アジア・太平洋公衆衛生国際会議に招かれる

去年の5月、デビッド・ワーナーさんや、工藤芙美子さん、広本充恵さん、そしてHSF(シェアから独立した、タイの財団Health SHARE Foundation)の仲間たちと一緒に、東北タイ(イサン)のウボン市やケマラート郡を講演やワークショップで回ってから、いつの間にか1年以上が経ちました。今回は8月16−17日、ウボン市で開かれたアジアの高齢化問題を考える国際会議でお話する機会を与えられ、タイ訪問は27年ぶりとなる連れ合いを伴って訪ねました。この会議は、Rajabhat大学公衆衛生学部とウボン県保健局の共催で開かれました。

 アジアの高齢化は、急速なスピードで進行しています。家族計画などの政策や人びと自身の価値観の変化などがあいまって、タイやベトナムでは、いま、日本を上回る速度で、(A) 高齢化社会(65歳以上の人の全人口に占める割合が7%以上)から、(B) 高齢社会(同割合が14%以上)への歩みをたどっています。日本はすでに、(C) 超高齢社会(同割合が21%以上)に突入しています。日本は、欧米諸国に比べると、(A) から(B) への移行に24年という早いペースで到達したのに、ベトナムは19年、タイは22年と、日本をさらに上回る速度で到達する見込みということです。タブーのない家族計画の成功で、一家に一人ないし二人の子どもという世帯構造の縮小がもたらされました。しかし、コインの裏側として、この成功は、日本に次いで、中国、ベトナム、タイなどの国々で急速な社会の高齢化を促し、対策が一層急がれるようになっているわけです。

20180831-2 写真2 ESCAP資料 高齢化のスピード
高齢社会への歩み(ESCAP:AGEING IN ASIA AND THE PACIFIC Overview 2017)より

 私は、今につながる20世紀以来の人類共通の取り組みが、「すべてアルマ・アタから始まった」(Everything started in Alma-Ata)と講演冒頭で述べましたが、その考え方は聴衆の方々にも共有されたように思いました。日本の経験の中で、アジアの国々にとって参考となるかもしれない、佐久や山谷での取り組みなどを紹介しつつ、一方で、タイにおける郡レベルの保健システムを活用した、PHCに基づく包括的な地域ケアの仕組み(縦割りでなく、高齢者も障害者も子どもも、可能な範囲で一体化したケアのあり方)から、日本が学ぶべきことの多いことも指摘させていただきました。

私が驚いたのは、ウボン県保健局の前局長で、シェアから独立した現地財団HSF(Health SHARE Foundation)の理事長も務める Jinnpipat 医師の発表が、ほとんど、7月23日に起きたラオスのダム決壊事故への救援活動報告一色だったことです。この事故とは、Attapeu県に建設中の水力発電所ダム(セピアン−セナムノイ発電所)が、折からの豪雨と工事の不良で、決壊事故を起こしたというものです。アタプー県とウボン県が姉妹都市関係を結んでいることもあり、発災と同時にウボン県は全力を挙げて救援に向かいました。そのこと自体は素晴らしいことではあったのですが、このダムの建設には、タイの電力会社も資本や工事の面で深く関与していました。事故をきっかけに、国境を越えた電力事業の利益ばかりを考えて、現地の人々のいのちや生活、生態系を犠牲にして顧みない開発のあり方に、タイの市民社会では深刻な危機感や反省が生まれています。アジアの「パワーハウス」を目指していたラオス政府は、いったんすべての水力発電所建設計画を棚上げにし、見直すことを、表明しています。

引用:バンコック英字紙Nation:“Don’t make dam business solely about profits, say (Environmental)advocates”( Aug. 18-19, 2018)

高齢化問題を話し合うタイの国際会議で、隣国ラオスのダムの決壊事故が一大トピックになったこと自体、医療・教育・貧困などの社会問題と、地球環境・生態系の課題とが、いまや地続きになったというSDGsの基本認識が、改めて人びとの胸に落ちたのです。

20180831-3 写真3 ケマラート病院に完成した訓練センター  (1)
ケマラート郡病院に新設された訓練センターの前でほほ笑むチェリーさんとトムさん

2. ケマラート郡でHSFの活動を見る


・ケマラート郡病院内の保健訓練センター
ケマラート郡で私たちが最初に向かったのは、郡病院の構内にできた新しい、保健活動訓練センターでした。これは、日本大使館の「草の根・人間の安全保障無償資金協力」を、ケマラート郡病院自体が申請し(HSFやシェアもお手伝いをしましたが)、今年7月ようやく建物の完成に漕ぎつけたものです。HIV陽性者やLGBTの人たち、また地域の保健ボランティアなどが幅広く利用できる、白壁の立派な訓練センターで、2階は80人くらいが一度にトレーニングを受けられる広い部屋で、1階はHSFの事務所などが入る予定となっています。本当は去年デビッドさんがいらしたときに、開所式を挙行できればということで、関係者が努力していたのですが、さまざまな事情で1年遅れとなってしまいました。

 HSFスタッフのチェリー代表もトムさんも、ほっとした様子でした。トレーニングの施設を探しまわる苦労が減るほか、今ある事務所をたたんで、ここに移転することで、事務所賃貸料が軽減することも、HSFにとっては大きな救いとなります。このセンターを活用しながら、ケマラート病院との連携・協力を深め、HSFが一層発展していくことを願わずにはいられませんでした。
 
・バディ・ホーム・ケア(Buddy Home Care)ワークショップ
 8月16日にケマラートで開かれた、ワークショップはとても楽しいと同時に、心温まるものでした。このワークショップは、主として、バディ・ホーム・ケアにかかわる、保健ボランティアや若者リーダーの人たちを対象に、いまタイの農村社会でも深刻化している問題 ― 親の出稼ぎによる子どものネグレクト、学校でのいじめ、不登校、スマホや薬物依存、世代間の乖離(かいり)と確執、テイーン・エィジャーの妊娠や性の問題、などをロール・プレイやグループ討論を通して話し合い、共感的な理解を深めていき、実際の家庭訪問活動でも生かしていくことを目標としています。

 なお、バディ・ホーム・ケアについては、「Dr本田のひとりごと(68) タイのプライマリ・ヘルス・ケアからの学び直しの旅 − 目からウロコのHSFによるバディ・ホーム・ケアの試み(2016-12-2)」をご参照ください。
http://blog.livedoor.jp/share_jp/archives/52749254.html

・雀の親子の巣を愛情深く守る故・プミポン国王
 ワークショップが開かれたのは、タンボン(Sub-district)の公民館のようなところでしたが、驚いたことに、雀が、故・プミポン前国王の写真の額の裏側と窓との狭い空間に上手に巣をかけていたのです。そして、子どもも大人もそのことに無頓着というか、そっと見守っているという感じなのです。ときどき、親雀が窓の枠の隙間から野外に、虫やみみずかなにかを捕りに行き、運んでくると、巣の中は、子どもスズメの黄色い鳴き声で騒然となります。なんと頬笑ましい光景でしょう。そしてそれをそっと、良い意味で知らん顔して放っておく、タイの人びとの寛容さと、生き物への愛情を感じないわけにはいきません。もっとも、国民の敬愛を一身に集めていた王さまの、写真の裏側に巣を作った雀の家族の賢さも、でかしたものだと思いますが。・・・

そこで、下手な句を一つ。

うるわしや 王の愛護と 雀の子

How Lovely it is!
King’s blissful protection
   for kid Sparrows

20180831-4 写真4.王さまの写真の裏にできた雀のお宿
故プミポン国王に守られた雀の親子の巣

・ティーンの妊娠をめぐる参加型ロール・プレイ
 この日のトレーニングで私が一番感動し、考えさせられたのが、ティーンの妊娠をめぐるロール・プレイでした。最近のタイでも、11歳の女の子が母親になったというニュースが、人びとを驚かせていました。中学の高学年や高校生の妊娠は、東北部の農村でもそう珍しいことではなくなっているようです。妊娠の結果、家族も含め皆から責められ、孤立し、相談相手もなく、自殺に追い込まれたケースもあると聞きます。そこで、この深刻化する問題にどう地域で、取り組んでいくか、ということを、こうしたワークショップで皆がいっしょになって考える機会を作りたいと、チェリーさんたちは願ったのです。
ユース(若者)の女性リーダーが妊娠した女の子の役で真ん中に座ると、両親、兄弟姉妹、おじ、おば、祖父、祖母などの親族、そして、村の議員、村長、長老、福祉事務所の担当者、保健ボランティア、ヘルス・センターの看護師・医師、郡病院の産婦人科医、おまわりさん、学校の先生、同級生など、およそ彼女の生きる世界になんらかの関わりを持つ人の役柄に扮する参加者が20人以上、ぐるっと車座を組んで座ります。第一部 ‘Negative’ (否定的な場)では、彼女に対して、周りの人たちは一人ずつ、まずは告発するような、指弾するような言葉を、彼女に浴びせかけていきます。いわく、「家族の恥さらしだ」、「お姉ちゃんのせいで、私も学校に行くのが嫌になった」、「親のしつけが悪いからこんなことになるんだ」、「もう学校には来なくていいからね」、「子どもが生まれたら、すぐ孤児院に入れるからね」などなど。ステレオタイプ化されてはいるが、毒をもった言葉が次々と投げつけられると、妊娠した女の子役の女性自身の表情が、芝居だと分かっていても、だんだん張りつめていくのが、容易に見て取れます。そして、こうした非難や冷たい言葉を象徴するように、一人が発言すると、発言者が女の子の体に一本のビニールの紐を巻き付け、席に戻ります。全員が一言ずつ言っていくと、最後には体中を20本の縛(いまし)めの紐で結(ゆ)わかれた女性が、裁きの場に孤立無援で座っている形となります。

この張りつめた ‘Negative‘ の場は、’Positive’ (肯定的)の場に変換されます。
しばしあって、ファシリテータのニーナさんが、今度は、「皆さん、それぞれの立場でどういう言葉をかけてあげれば、彼女が救われるか、前向きな解決が図れるか、考えて、順に発言していってください」と切り出します。
すると、「赤ちゃんは家で皆で育てるから大丈夫」(おばあちゃん)とか、「妊婦検診にはきちんと来るんだよ」(産婦人科医)とか、「子どもが生まれて落ち着いたら、いつでも学校にもどっておいで」(学校の先生)などの温かい言葉が贈られ、その都度、紐は彼女の体から解かれていきます。最終的にすべての縛めから解放された女の子と、車座の人たちは向き合い、ニーナさんの司会のもと、それぞれの立場でこのロール・プレイからどんな思いや感想をもったか、実際にこうした状況に直面したら、どのようにふるまうだろうか、などをなごやかに話し合います。
ここで強調されているのは、一方的にだれかを責めても、建設的な問題解決には張らない、みんながよく話し合い、相手の立場を思いやって、コミュニティの課題を解決していく努力が必要なのだ、という学びをしていくわけです。

このロール・プレイを見学して、私は、HSFが、1990年代の工藤芙美子さん以来のPRA(参加型学習法)の根本にある、「共に学び、共に生きていく」という、ほんとうの保健教育の骨法を完全に自家薬籠中のものにしたな、と感嘆したことでした。
 デビッド・ワーナーさんにもこのことを報告すると、Buddy Home Careは本当に素晴らしい、ぜひ次の彼のNGO・HealthWrightsのニュースレター、 ”Letter from Sierra Madre” で紹介したいと言ってくれています。彼の記事を読むのがいまから楽しみです。

20180831-5 写真5 ティーンの妊娠劇
写真5.ロール・プレイ: ティーンの妊娠

 HSFは相変わらず、かつかつの財源で、苦労していますが、少数者や疎外された人たちに対する彼らのポジティブな働きは、SDGsの時代に地域に絶対必要とされるものだし、そのことをよく理解し、支援してくれる人たちの輪も、タイの国内外ですこしずつ広がっていることは、今回の短い訪問でも実感することができました。HSFの皆さんに大きな感謝と連帯の気持ちを伝えて、この回の「ひとりごと」を終わります。

honda

本田 徹

(了 2018年8月31日)



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