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日本の皆さん、お元気ですか?東ティモール事務所スタッフのロジーニャです。
今年5月20日は、東ティモールが独立してから20周年の記念日です。独立を達成したあの日からもうすぐ20年。このブログを書く機会に、様々なことを振り返ってみました。読んでくださると嬉しいです。

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ロジーニャさん一家(一番右がロジーニャ)


独立までの日々

1999年8月30日の国民投票で「独立」が決定するまで、私たちはインドネシアによる統治時代を過ごしました。国民投票の実施を実現するために多くの人が各地で血を流し、そして亡くなりました。独立から20年が経った現在も遺骨が見つからず、本当の別れを伝えられていない人々もいます。また、独立が決定した直後に起こった独立に反対する民兵団による放火・破壊行為、女性に対するレイプが横行し、癒すことのできない傷を抱えている人もいます。

当時、私は17歳、高校2年生で、私の過ごした村で何が起こっているのかを理解できる年齢でした。学校へは兄妹と一緒に行き、何かあったときには私たちが逃げられるようにと、兄が必ず私たちの前を歩きました。

国際社会が東ティモールの苦しみに気づき、支援を開始してくれるまで長い年月が必要でしたが、2002年5月20日にようやく独立達成の日を迎えることができました。


私の国〜20年の変化

都市部で生活する人々は自国の発展を感じている人もいるでしょう。大きなスーパーが建設され、化粧品や電化製品も、お金を出せば買うことができます。でも、農村部で生活する人々は、独立の恩恵を受けていると感じている人は少ないように思います。村内の道は整備されておらず、清潔な水を蛇口から得る人はほとんどいません。雨水をバケツに溜めたり、川や水源までの悪路を越えて水を汲み、生活用水に使用しています。電気がない生活をしている集落・村もまだまだたくさんあります。

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都市部(ディリ市内) ショッピングモール


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農村部 村の貯水槽まで水を汲みにくる男の子


首都ディリに住む私にとっても、毎日の出勤に使う道路は排水路の整備がされておらず、雨期になると道路の一面が行き場を失った雨水で覆われ、行き来が難しくなります。自分の若かった頃と比較すると、平和な暮らしを手に入れたことは何物にも代え難い幸せなことですが、道路や給排水など生活基盤の整備に関しては、今後の変化に期待しています。

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都市部 雨期になり、冠水している道路


インドネシア統治時代、私の過ごした村にも診療所はありました。助産師はおらず、男性の看護師のみが勤務していたため、母は診療所での出産を拒み、一番下の妹を家で出産しました。出血がひどく、父が助産師を探すのに苦労しました。

現在はその診療所も再建され、東ティモール人の医師、助産師、看護師が勤務しています。村に住む私の妹は以前、家での出産を選択しましたが、その際にも医師が家に訪問し、分娩介助をしてくれたと聞きました。村に住む妊婦さんたちが診療所を利用して無事に子どもが生まれたと耳にすると、20年前との変化を感じ、私は嬉しいです。

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診療所で生まれた赤ちゃん


シェアの活動〜これまでとこれから

私がシェアで働いていることもあり、保健分野の発展は、特に身に染みて感じています。各村に診療所が建設され、医療者が必ず配置される仕組みができています。仕事をする上での管理能力や、患者への対応・治療に関しては未だ改善すべき点がいくつかありますが、東ティモール人の医師、助産師、看護師の数が20年前と比較して格段に増えたことは素晴らしい変化です。

シェアでの私の勤務は2009年、エルメラ県で開始しました。当時、住民の保健衛生に関する知識はほとんどなかったと言ってよいと思います。子どもたちは食べ物のゴミをその場で捨て、トイレも至るところでしていたので、寄生虫に感染したり、下痢に罹る子たちが多くいました。

シェアが村の中での保健活動を開始し、20年前と比較して、住民の病気を予防する力がついてきたと感じています。私の家のある集落でも、家庭内にゴミを燃やす箇所をつくり、その場所のみでゴミを燃やしています。そのほかにも、食事の前には手を洗う、1日に2回は水浴びをする、1日に摂取するご飯は栄養バランスよく食べることなど、健康になるために必要な基礎的な知識を住民が得て、それを実践する家庭が増えています。

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小学校での「手洗いについて」の啓発活動


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住民へ保健促進活動を行う保健ボランティアへの指導


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小学校での「下痢について」の保健教育


実際に私が変化を目撃することができたのは、アタウロで家庭訪問をしながら調査をしたときのことです。私たちが学校保健事業の中で伝えた、誰でも簡単につくれる手洗い場 "ティッピータップ″ を家庭でもつくり、実際に使用している様子を見ることができました。その家庭の母親が、「子どもが学校で作り方を学び、手洗いが大切だと私たちに伝えてくれた」と語ってくれました。

13年間のシェアでの仕事に私は誇りを持っています。シェアは住民を想い、彼らの生活を健康にするため、様々な方法でアプローチをしています。シェアスタッフの一員として、今後も「すべての人に健康を!」をモットーにしていきたいです。

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調査中に見つけた、家庭につくられた簡易手洗い場



これからの東ティモール〜私の願い

先月4月19日、大統領決選投票が行われました。ノーベル平和賞の受賞者でもあり、元大統領でもあるラモス・ホルタ氏が当選しました。東ティモールに生きるすべての人が、生活基盤を整え、平和で安心した暮らしを手に入れられる、そんな政治を行って欲しいと切に願っています。

日本の皆さんのこれまでの支援に心から感謝し、私は、あの苦しみを乗り越えた一人の東ティモール人として今ある平和を守り、そして、自国の発展のために、できることから少しずつ行っていきたいです。
新型コロナウイルス感染症が収まったら、私の愛する東ティモールに是非一度足を運んでください。



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シェアはnoteで、スタッフブログを引き続き配信します。
活動地からの配信を楽しみにして下さい〜!

シェアのスタッフブログページ
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rozina
文責:フレリア

※この事業は、皆さまからのご寄付と、外務省日本NGO連携無償資金協力や民間助成金の資金をいただいて実施しています。
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スオスダイチュナムトマイ!(あけましておめでとうございます!)カンボジア事務所の溝口です。カンボジアでは4月14から16日までの3日間、クメール正月で新しい年を迎えました。カンボジア事務所ではお正月前にお坊さんに来てもらい、スタッフの健康や事務所の繁栄を祝福してもらいました。日本では午前0時の日付が変わると同時に新年を迎えますが、実はカンボジアではその時間が毎年異なります。新年を迎えるときに7人いる女神のうちの一人がこの世へ降りてくると言われていて、今年は午前10時に新年を迎えました。

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【写真1: お正月前のカンボジア事務所。今年も皆が健康でありますように。】

お正月前に年が変わる時刻を20代のシェアのスタッフたちに聞いてみたのですが、スタッフたちは新年を迎える時間を特に気にしてはいないようで、「多分気にするのは親世代の人たちだと思う」と中々現代っ子(?)な答えが返ってきました。それでもクメール正月はカンボジアの人々にとって、家族で過ごす1年の中で最も重要な行事です。

さて、お正月前には乳幼児健診を8村で実施しました。昨年はエンドライン調査を中心に活動していたので、シェアとしては約1年ぶりの乳幼児健診でした。
健診の合間に現地代表のモーガンがお母さんたちの身長測定を行ない、BMIを算出しました。自由参加だったのですが多くのお母さんたちが「測ってほしい!」と列を作っていました。カンボジアでは身分証明カードに身長が記載されているのですが、そこに書かれている身長と違う人もいたようで、びっくりされている人もいました。

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【写真2: お母さんの身長を測るモーガン】

村の保健ボランティアさんたちは、3月に実施された保健ボランティア会議でボディマスインデックス(BMI)計算の仕方を学びました。シェアのスタッフがBMIは身長と体重を使って計算をする肥満度を表わす指標で、適正なBMIを保つためには、定期的な運動や食生活が大切なことを伝えました。保健ボランティアさん一人ひとりがスマホなどの電卓機能を使って、自分のBMIを計算してみました。電卓を使うことに慣れていない人も多いので、最初はシェアのスタッフが付き添って計算し、その後に一人で練習しました。自分で体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)の計算ができるか繰り返し確認をして、計算式を書き留めている保健ボランティアさんもいて、これから村人にも教えていってほしいと思います。

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【写真3: BMIについて学習をする保健ボランティアさん】

お正月も終えて連日30度を超える暑い日々が続きますが、村での乳幼児健診は今後も続きます!

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【写真4: 乳幼児健診に参加する親子。帽子がとっても似合っています!】


溝口は4月19日から日本へ一時帰国をさせていただいています。5月にはオンラインでの報告会を予定しています。詳細はHPやメルマガ等で追ってお知らせします。
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Dr.本田のひとりごと(82)


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「女の平和」とウクライナ戦争
      
         ― ペロポネソス戦争を鏡として ー




1.不幸で、不当な戦争の始まり

 プーチン大統領の声明により、ウクライナ戦争(彼は「特別軍事作戦」と呼び、「戦争」という表現をロシア国内で禁じています)が始まった2月24日から、この文章を書き始めた4月12日時点で、すでに一カ月半以上が経過し、戦争は国外避難民だけで、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)よると430万人以上を生み、第二次大戦後のヨーロッパで起きた最大級の悲劇となりました。これに、推定することの難しい国内の避難民を加えると、国民の半数近くが、故郷を追われて命からがら、シェルターを求めて移動している可能性もあります。単に失われた人の命の数だけでなく、国土や資産、自然環境、生物界に与えた甚大な被害を思うと、本当に悲しく、暗澹たる気持ちとなります。
もちろん、非は一義的には、明白な証拠提示や外部からの独立調査や検証のないまま、東部の自称およびロシア承認の独立「国家」、ウクライナ領内ドンバス地方の2州の住民が、ウクライナ軍によって多数殺傷されている、という理由を振りかざして、従属国とも言うべき、独裁国家ベラルーシュ側から一方的に軍事侵攻に踏み切った、プーチン大統領とロシア軍側にあることは間違いありません。また、陸上戦で苦戦を強いられ、北部戦線から撤退したロシアの残虐な破壊の跡、ジェノサイド的行為も次々と明らかになるにつれ、この戦争がもともと無理筋で、まったく道義を有しないものだったことが、立証されてきています。


2.ソ連邦崩壊後のNATO(北大西洋条約機構)のレゾンデートル(存在理由)

 ただ、ロシアだけを責めれば済む話なのかというと、私はそうではないと思います。第二次世界大戦の惨禍に学び、また東西冷戦終結後の、ヨーロッパの新秩序形成の過程で、軍事同盟的なものだけで、世界の平和を維持・管理していくやり方を改めるべきだという流れ、つまりゴルバチョフの言う「新思考」も働いていたはずでした。なによりも、ゴルバチョフは、核戦争を絶対に防がなければならないということを、イデオロギーの対立を超えて重視していました。東西融和の流れの中で、1998年から2013年までは、G8という形で、ロシアが、日本を含む西側の「先進国」による、年1回持ち回り開催のサミットに招かれていた時期もあったのです。1991年のソ連邦の終焉とともに、ワルシャワ条機構が崩壊し、NATO(北大西洋条約機構)のみが力を増すという、著しい力の不均衡を生んだことは、不幸のはじまりでした。

ゴルバチョフ氏は2018年出版の『変わりゆく世界の中で』(副島英樹訳・朝日新聞出版)と題する回想録の中で、1990年当時の米国外交の最高責任者、ベーカー国務長官との会談における彼の発言を引用しています。
「もし米国がNATOの枠組みでドイツでのプレゼンスを維持するなら、NATOの 管轄権もしくは軍事的プレゼンスは1インチたりとも東方に拡大しない、との保証を (ソ連が)得ることは、ソ連にとってだけでなく他のヨーロッパ諸国にとっても重要なことだと、我々は理解しています」

当時ベーカー氏も、東西冷戦の終結という果実を大切にしていくため、これ以上のNATOの拡大はしないことが、互いの信義を守るために必要だと考えていたのです。しかし、こうした良識的な意見は、その後ほとんど西側で顧みられず、ロシアを仮想敵とした、軍事的なBuild-upは着実に進められていきます。NATOが軍事同盟として生き延びていくためには、だれに対して同盟するのか、という敵対者、「かたき役」の存在がどうしても必要でした。それがソ連の後継国家ロシアだったのです。もちろん、ロシア国内での民主化の停滞や逆流も、西側の警戒心を搔き立てたことでしょう。いずれにしても、ソ連邦崩壊時16カ国だった、NATOは徐々に拡大し、今や30カ国になり、ウクライナの加入も将来的には約束されていました。バルト三国にとどまらず、ウクライナまでNATOに加盟することになれば、ロシアは直接国境を挟んでNATO諸国と軍事的に対峙することとなり、著しい緊張と不信をロシア側に与えることになるのは、十分予想されることでした。結果、ベーカー氏が東西両ドイツの統一の対価として、ソ連に約束していたことを裏切る状況を、米国とNATOは創りだしてしまったわけです。

NATO東方拡大東京新聞224.9
 図1.NATOの東方への拡大(出典:東京新聞2022年4月9日記事)

 ゴルバチョフは同じ回想録の中で、「もしソ連邦が維持され、すでにソ連と西側の間にできていた関係が保たれていたら、NATOの拡大は起きなかっただろうし、双方は別の形で欧州安全保障システムの創設にアプローチしていただろう」という、口惜しさをにじませる言葉も残しています。
軍事同盟の本来の目的は、敵陣営との間の一種の「恐怖の均衡」、相互抑止力によって、リアルの戦争に進まないようにしておくことのはずです。それができなかったことは、核が兵器として使われ得る21世紀の現代においては、軍事同盟の失敗を意味します。ウクライナ戦争を見ていて強く思うのは、「寸止め」の自制が、対立する両者の間で効かなくなっていることです。

女の平和 岩波 高津訳 カバー
写真2.アリストパネース「女の平和」(高津春繁訳・岩波文庫)カバー


3.現代への啓示としてのペロポネソス戦争とアリストパネース「女の平和」

 そこで、歴史の教訓として想起したいのは、古代ギリシャ世界を2分する大戦争となったペロポネソス戦争(BC431-404年)です。抜群の海軍力を駆使してペルシャ戦争の天王山となったサラミスの海戦(BC480年)を勝利に導き、新興覇権都市国家となったアテナイは、その後海外への植民や侵略を重ねて、領地、属国を増やし、次第にこれまでのギリシャ全体の指導者だったスパルタの地位を脅かすようになります。  
スパルタ率いるペロポネソス同盟と、アテナイ率いるデロス同盟との、熾烈な戦闘と交渉の軌跡は、トゥーキュディデースの『戦史』(久保正彰訳・岩波文庫)に詳細かつ迫真の筆致で描かれています。とくにアテナイの軍事同盟が従属国に課した船舶建造の分担金や上納金は重く、従わなければ、厳しい制裁を受け、ときにはアテナイからの侵略の結果、住民は奴隷として売り払われ、アテナイの息のかかった新しい植民者によって、領土が奪取されてしまうといったことがしばしば起きました。また、両大国のご機嫌をうかがいながら、どちらの陣営に属するか決めかねたり、勝ち馬に乗り換えたりと言った悲喜劇が、あちこちの小都市国家で起きました。
 結局、アテナイがBC415年に始めた二次にわたるシシリア遠征が大失敗に終わり、自慢の海軍も壊滅的な打撃を受け、ペロポネソス戦争の帰趨を決することになります。これ以降、アテナイは往年の輝きを失い、徐々に没落していきます。それとともに、デロス同盟の加盟国が次々とアテナイを見限って脱退していくことになります。

 アリストパネースの最高傑作『女の平和』(リューシストラテー)は、BC411年、つまりアテネにとっての絶望的とも言うべき、シシリア遠征大敗北後の時代背景の中で初演されたのでした。この劇作の原題、リューシストラテーは、主人公の女性の名であるとともに、リューシス(解体)とストラス(軍隊)の合成語で、「軍隊を解散させた女」、の意味になります。
 夫である人を含め、アテナイの男たちがいつまで経っても泥沼のような戦争を止めようとしないことに腹を立てた、リューシストラテーは一計を案じ、仲間の女性たち、さらにはスパルタの女性たち、とくにスパルタ(ラコーニア)の女性リーダー、ラムピトーにも連絡を取り、あることを実行に移します。


ラムピトー 私はね、平和が見えるというのなら、ターユゲトス(スパルタ一の高い山)の頂上にだって行くわよ。
 リューシストラテー 話すわ、これはかくしておくべきではありませんからね。皆さん、わたしたちは、もし男たちに平和をどうしても結ばせようと思うなら、清浄に保たれなくてはなりません。
カロニーケー 何から? 言ってよ。
リューシストラテー あなたがたやる?
カロニーケー やりますってさ、たとえ死ななくっちゃならないったって。
リューシストラテー それじゃ言いますよ、わたしたちは身を清浄に保たなくてはなりません、男から。


 つまりリューシストラテーは、アテナイとスパルタの完全な停戦まで、すべての男との同衾(ひとつ寝)を拒むように女たちに提案するのです。その後もアクロポリスの丘に保管された戦費を、通せんぼして、役人に渡さないなどの秘策を弄して、男どもを途方に暮れさせます。役人の怒りの発言に、女主人公リューシストラテーは、なんとしてでも、軍隊解散者の「名にし負う」ように、役人に倍する怒りの言葉をぶつけます。


リューシストラテー どういたしまして、この不浄者め、あたしたちは戦争の二倍以上の被害者ですよ。第一に子供を生んで、これを兵士として送り出した。
役人 しっ! 過ぎたことをとやかく言うな。
リューシストラテー 第二に歓喜にみちた青春を享楽すべきそのときに、軍旅のために空閨を守っています。それからあなた方は、わたしどもの、ほら、あのことを気にもかけない。わたしどもは、乙女らが閨(ねや)のなかで未婚のまま老いてゆくのがたまらない。


 結局、仲たがいした両国の男どもに逆らって、女たちはアテナイでもスパルタでも、セックス・ストライキの共同ピケラインを布き、断固譲りません。そして、見事に女たちは戦争を終わらせ、リューシストラテーは無血闘争終了の言葉を皆に贈り、「床入り」を勧めます。


リューシストラテー さあ、すっかりうまくゆきましたから、ラコーニアの方、この方たちを(と人質を指し)お連れ遊ばせ、そして(アテーナイ人に)あなた方はこの方々。(と仲間の女たちを指す) 男の方と女の方と、女の方と男の方とが連れ合って、私どもの幸運に感謝して、神々さまに踊りを奉納。これから後は、二度とふたたび過ちを重ねぬように用心いたしましょう。


 現実の歴史は、このように展開しなかったのはもちろんですが、絶対平和主義者だった、アリストパネースの真骨頂は、この作品で遺憾なく発揮されています。


 4.結びとして 

 ペロポネソス戦争から2500年経った今、人類は当時よりすこしは聡明になったのでしょうか? 残念ながら、進歩したのは核兵器を始め、大量破壊的な殺傷能力を有する武器の開発という面ばかりで、理性や他者への共感能力の面では、まったく進歩していない私たち自身は、それこそ途方に暮れるしかありません。
 しかし、真剣にペロポネソス戦争から教訓を引き出し(A.トインビーが勧めてくれたように)、なにより核戦争を防ぎ、互いの価値観や人のいのちを尊重する世界を目指して、微力でも傾けていくしかありません。そのためにも、市民社会のエンパワメントが、一層求められているのだと思います。

 (2022年4月14日)

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こんにちは!在日外国人支援事業部の山本裕子です。ここ半年ほど、ネパール語の様々な資料作成に向けて、翻訳調整業務に集中的に取り組んできたため、ネパール語が読めないのに、文字化け部分に気づけるようになり楽しくなってきています。


多くのネパール人妊婦が葉酸について知らないという事実

葉酸は、妊娠を希望している女性が、妊娠したい1か月以上前から妊娠期間中にかけて摂取することが望ましいとされています。葉酸を多く含む食事の摂取に加えて、葉酸のサプリメントを摂取することが、胎児の二分脊椎などの発症予防に効果的だといわれています。
昨年5月、女性普及員(Female health promoter, ネパール人保健ボランティア。訪問活動などを通して妊産婦へ情報提供などを行っている)とともに活動の年間計画を立てた際、葉酸の情報提供の必要性が話題になり、議論しました。

女性普及員は、過去にリモートで妊婦訪問を行ったAさんの声を紹介しました。Aさんがネパール人妊産婦たちと会った際に、彼女たちに医師から葉酸が大事といわれた話をしたら、多くの人が葉酸について全く知らなかった、というのです。Aさんは、1人目、2人目の妊娠中には葉酸について知らず意識して摂取していなかったことから、上の子が少し遊ぶと足が痛いというのは葉酸を摂取していなかったからではないかと不安に思っている、とも話してくれました。

また、日本で妊娠、出産を経験したもう一人の女性普及員も、妊娠中、医師から葉酸についての情報提供がなかったので葉酸を飲まなかったと話しました。ネパールでは、妊娠を希望する女性や妊婦に対して、医師から積極的に葉酸を摂取するよう情報提供しており、病院でも無料でもらえるそうです。それなのに、なぜ日本ではもらえないのか、という質問など、様々な葉酸についての疑問が出てきました。私たちは、日本で出産を迎えるネパール人妊婦へ、栄養の話とともに葉酸についても伝えていく方向で計画を立て、その計画の1つとして、葉酸リーフレットを作りSNSで発信することにしました。

計画会議の様子(明るさ調整済み)年間計画会議で葉酸について議論している様子



一つの言葉からイメージする内容の違いに苦戦

女性普及員の声から、“ネパール人妊婦が知りたい葉酸の情報”を整理し、それに沿った内容となるよう検討しました。また、掲載する以上、情報の正確性も大事にして文章を作っていったところ、文章量が増えていきました。これでは、せっかく作っても文章量が多くて読んでもらえない、ということになりかねない!ということで、翻訳を進める過程で、さらに内容を絞っていきました。
ここで、翻訳をしてみて気づき、削除した内容の例をお伝えします。

「葉酸は水溶性ビタミンであるビタミンB群の一種です」という文章を最初加えていましたが、最終的に“水溶性ビタミン”のところを削除しました。葉酸は“水溶性ビタミン”であり、摂取しすぎても、血液に溶け、尿として排出されるため、そこまで取りすぎに気を付ける必要がないビタミンなのですが、この“水溶性ビタミン”を、そのまま、“水に溶けるビタミン”と訳すだけでよいのか、と翻訳者から指摘があり、初めて、読み手が、“水に溶ける→血液などに溶ける”と想像できるとは限らないことに気づくことができました。身体の構造や仕組みをある程度理解している人にしか伝わらない内容など、難しい言葉や表現を翻訳者の皆さんと議論しながら内容を絞っていきました。

最終的には、「葉酸ってなに?」「多くの妊婦が葉酸を摂取していると聞いたがそれはなぜ?」「葉酸はいつ、どのくらい摂取するのがよい?」「ネパールのように、病院やヘルスポストで葉酸をもらえるの?」「妊婦とおなかの赤ちゃんの健康のための基本は食事です」という5つのテーマについてまとめ、イラストを加えて完成としました。

葉酸リーフレット0331最終版2
3月にSNS配信したリーフレット『葉酸〜お腹の赤ちゃんの健康のために〜』



お腹の赤ちゃんの健康に目を向けるきっかけに

葉酸のサプリメントは、ドラッグストアで買えるもの、インターネットでしか購入できないもの、妊娠中に摂取したほうが良い様々なビタミンやミネラルなどが混ざっているもの、など多種多様に販売されています。自身で情報を入手して、摂取したいものを選択して購入するわけですが、そもそも日本に売っているものは日本語表記メインです。商品の写真を載せたほうが、日本語が読めない人々にとって親切なリーフレットになるだろうと、当初は掲載の方向で考えていました。しかし、とにかく種類があります。検討を重ねた結果、今回は「葉酸 Folic acid」という単語の表記に絞ったイラストで掲載することにしました。

そのかわり、ドラッグストアの薬剤師や妊婦健診で通っている病院の医師や助産師などに相談するようメッセージを加えました。このリーフレットをきっかけに、ネパール人女性や妊婦が自分と赤ちゃんの健康に目を向けるきっかけとなり、周りの日本人に相談し、つながりながら、葉酸を摂取してもらえたらうれしいです。

※この活動は、立正佼成会一食平和基金のご支援を得て行いました。

jpn4c(配布用)



在日外国人支援事業担当
山本 裕子

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こんにちは、シェアスタッフのフレリアです。
東ティモールは新型コロナウイルス感染症の症例数が減少傾向にあります。
日本はいかがでしょうか?

3月25日には入国制限が解除されました。
いつか是非東ティモールに遊びに来てください!

さて、今月はディリ県メティナロ郡ベサヘ集落に建設した診療所のその後についてお伝えします。
ベサヘ診療所はシェアの活動の一環として建設され、2019年10月に完成しました。

スライド1診察を待つ母親たちに健康教育を行うフレリア


看護師は妊産婦健診をしない?!
診療所は、建設の完了したのちメティナロ保健センターの管轄となりました。
保健センター長は一人の看護師を診療所に派遣しました。

看護師の名前はオクタビオさん。彼は、診療所完成から2021年までの間、月曜日〜金曜日の8:30〜12:00までを診療所で勤務していました。
保健センターの人材不足もあり、毎日午後には保健センターに戻って診療のサポートを行っていました。

診療所の一般的な業務は、診察、血圧測定、軽い傷の処置、薬の処方、分娩、産前・産後健診、予防接種、保健教育などです。

ところが、オクタビオさんは、配属されて間もない頃、看護師も担う予防接種や妊産婦健診の業務を「これは助産師がする仕事だ」と言って避けていました。
この言葉を聞いたとき、私は同じ看護師として、とてもショックを受けました。

スライド2血圧測定を行うオクタビオさん(左)

保健センターでさえも予防接種や妊産婦健診は、助産師がするべき業務と捉えていました。
そのため、今までやっていなかったことを「業務の一つだからやってください」と言われても、出来るようになるわけがありません。
シェアは、少しずつでも変化してもらえれば良いなと思い、サポートをすることにしました。


保健センターの助産師と共に
まずはオクタビオさんとシェアで小さな会議を開きました。
オクタビオさんに、「現状についてどう思っているか?」、また、「どのような技術を持っているか?」の確認から始めました。
話し合いを重ねていく内に、オクタビオさんは予防接種と妊産婦健診を行うことに同意してくれ、サポートを開始しました。

シェアからのサポートだけではなく、保健センターから母子保健プログラム責任者のキテリアさん助産師のサンドラさん協力してもらいました。
彼女らからオクタビオさんへ、注射の打ち方、予防接種後の記録の書き方、ワクチンの管理方法、健診の際の注意点、母子手帳の書き方などの指導を行ってもらいました。

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助産師サンドラさんから予防接種の管理方法について指導を受けているオクタビオさん


シェア週に2回オクタビオさんを訪問し、困った点はないか、指導後のオクタビオさんの様子をフォローアップし、解決策の話し合いなどを行いました。

1年間のサポートでオクタビオさんのスキルはみるみる上達し、2020年の後半には予防接種も、妊産婦健診もできる看護師となりました。

診療活動だけでなく、施設の維持管理も積極的に行い、ペンキ塗り替え、手洗いバケツの交換などを保健センター長と協力して行っていました。
一人で診療所を切り盛りするのは大変なことですが、責任感を持って対応している様子が印象的でした。

スライド3妊産婦健診を行えるようになったオクタビオさん!


2年間の診療所勤務を終えたオクタビオさん〜診療所のいま

2021年10月、ベサヘ診療所には医師1名、看護師1名、助産師1名、公衆衛生担当スタッフ1名の計4名が新しく配属されることになりました。
オクタビオさんも約2年間の診療所勤務を終え、保健センター勤務に戻ることになりました。
新任の職員もオクタビオさんのように意識を持って仕事に取り組み始めています。


勤務場所は変わりましたが、シェアとオクタビオさんとの繋がりは今も続いています。
オクタビオさんは毎月実施されている移動診療(SISCa)において、子どもへの予防接種を実施しています。


また、現在もベサヘ診療所の調整員として活躍しています。
診療所で何か問題を見つけた際(電気配線の故障や雨漏り、物品の不足など)は、オクタビオさんが責任者となって問題解決を行っています。

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移動診療(SISCa)で子どもへの予防接種を行うオクタビオさん!


診療所が建設され、人材不足や医療者のサービス提供能力の不足などいろいろな問題がありましたが、一つずつ解決し、ここまで来ています。
住民が安心してサービスを受けられるように、私たちは地域の医療者と共にこれからも歩みを続けます。

感想がありましたら是非コメントをくださると嬉しいです(笑)。
またお会いしましょう〜!


文責:フレリア

※この事業は、皆さまからのご寄付と、外務省日本NGO連携無償資金協力や民間助成金の資金をいただいて実施しています。
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こんにちは。2021年度インターンです。シェアのインターンでは毎年インターン期間の最後に、インターンが企画から実行まですべてをおこなう「インターン企画」を実施しています。

今年度は「もっと知りたい!シェアの海外事業」と題して、シェアの海外活動地である東ティモールとカンボジアで活動する3名の現地駐在員にお話を伺いました!
今回は海外活動地で暮らす駐在員の生活について、現地から届いた動画を交えてお伝えしたいと思います。


東ティモール

動画:シェア海外事務所ツアー 東ティモール編


 東ティモール事務所駐在員 巣内秀太郎さんご紹介
巣内さん顔写真
学生時代から健康を守る活動に興味があり、
青年海外協力隊に参加。
協力隊員としてケニアでエイズ関連の活動を実施。
帰国後NGOに所属する傍ら、
公衆衛生について学ぶため大学院に進学。
現在はシェア東ティモール事務所に駐在中。


この仕事に就いたきっかけは?

巣内さん)学生のころから健康を守る活動に興味を持っていました。
協力隊でケニアでのエイズ啓蒙活動を通じ、草の根で現地のみなさんとはたらくことへのやりがいを感じました。NGOのなかでも特に保健医療にフォーカスしたいと思い、シェアでの勤務に至りました。



東ティモールの生活環境は?

巣内さん)インフラは日本に比べたら少し不便です。シェアの活動地アタウロ島では電気が使えない時間があります。実は東ティモールでは各家庭で井戸から水を引いているので水道代がかからないんですよ!


アタウロ事務所
写真:東ティモール・アタウロ事務所



1日の過ごし方は?

巣内さん)毎朝8時に出勤し、18〜19時頃に帰宅します。平日は帰宅してご飯を食べてお風呂に入って…あっという間に1日が終わってしまいます。
休日は買い物に行ったり、自宅の掃除をしたりしています。ほかのNGOの方と交流したり、スポーツ観戦をしたり、映画をみにいったりして過ごす人もいますよ。


ディリにはスポーツバーもある
写真:東ティモール・ディリにはスポーツバーもあります


東ティモールに赴任してよかったと思うことは?

巣内さん)シェアの活動の現場を間近で見られることです。地域住民の健康をまもるため活動に勤しむみなさんと顔を合わせて仕事ができることにやりがいを感じます。保健ボランティアの意識が変化していく様子を見られるのも嬉しいですね。


東ティモールに赴任してピンチに陥ったことは?

巣内さん)病気にかかることですね…。年末年始も感染症にかかってしまい、2週間ほど寝込んでしまいました。




カンボジア

動画:シェア海外事務所ツアー カンボジア編

 カンボジア事務所駐在員 溝口紗季子さんご紹介
溝口さん顔写真
2019年から2年間シェアのインターンとして
カンボジアへ。
コロナの影響で2020年4月に一時帰国したものの、2020年12月から再びカンボジアに渡航。
現在はカンボジア事務所で現地駐在員として勤務。


この仕事に就いたきっかけは?

溝口さん)学生時代は社会福祉や国際開発について学んでいました。「NGOの時代は終わりに近づいている」という教授の言葉に衝撃を受け、NGOに興味を持ちました。主役である現地の人々を支える立場で国際協力がしたいと思っていたので、「いのちを守る人を育てる」というシェアの理念にとても共感し、シェアとのご縁をいただきました。



カンボジアの生活環境は?

溝口さん)カンボジアのライフスタイルは都市部と農村部で大きく異なります。
シェア活動地のプレアヴィヒア州は農村部なので電気や水道は不安定です。農村部では伝統的な高床式の住居も多く見られます。年中暑いカンボジアですが、長袖を来ている人も多いです。

市場(子ども服のパジャマ、お店の人もパジャマを着ている)

写真:市場で売られているパジャマ

日本でいうところのパジャマを普段着として着ている人もいます。最近はキャッシュレス化が進んでいて、カフェやレストランはもちろん、市場でもキャッシュレス決済が使えて便利です。シェアスタッフでパーティーするときも幹事の集金がずいぶん楽になりました(笑)

キャッシュレス決済

写真:キャッシュレス決済用のQRコードが並ぶレジ


1日の過ごし方は?

溝口さん)カンボジアの平日は朝7:30に始業します。朝が早いぶん昼休みは長いので、持参したハンモックでお昼寝する人も。
休日は近くの都市におでかけすることもあります。私は普段からジムに行ったり、オンラインのヨガレッスンに参加したりして汗を流すのが好きです。


ジム

写真:溝口さんが通うジムの様子


カンボジアに赴任してよかったと思うことは?
溝口さん)赴任当初はトラブルが尽きませんでした。タクシー運転手との会話も伝わっているかヒヤヒヤ。でもカンボジアには困っているときに声をかけてくださる方がたくさんいて、心強いです。自転車がパンクしたとき、水道代の支払い方法が分からないときなど、些細なことでも声をかけて助けてくれる人がいるのはカンボジアのあたたかさだと思います。


インタビューを終えて
シェアが掲げる「すべての人に健康を!」という目標に向かって日本から遠く離れた東ティモールやカンボジアで活躍される現地駐在員のみなさん。
インタビューを通じて改めてシェアの活動がさまざまの人の健康を支えていることを実感しました。
コロナや自然災害など予期せぬ事態のなかでも現地のみなさんと手を取り合い、歩み続ける姿勢に多くのことを学ばせていただきました。
離れていても、シェアでともに活動できることに喜びを感じたインタビューでした!


2回にわたってお送りしました「もっと知りたい!シェアの海外事業」、いかがでしたか?
海外渡航が難しい昨今ですが、少しでもシェア活動地、東ティモール・カンボジアに親しみをもっていただけていれば嬉しいです!
ご協力くださったモーガンさん、溝口さん、巣内さん、本当にありがとうございました。
今後ともシェアへのご支援を、どうぞよろしくお願いします!


2021年度在日外国人支援事業部インターン 田中茜里

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NGOシェアの目指す、現地の人材を育て、地域の課題を根本から解決するためには、
継続した支援活動と皆さまからの息の長いご支援が必要です。
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シェアは認定NPOとして登録されており、シェアへのご寄付は寄付控除の対象となります。

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こんにちは、2021年度インターンです。
シェアでは毎年インターン期間の最後にインターンが企画、実行を行う「インターン企画」を実施しています。
今年度は「もっと知りたい!シェアの海外事業」と題して、現地駐在員にお話しを伺いました。
今回は第1弾として、カンボジア事務所駐在員モーガンさんに伺ったカンボジア事業、東ティモール事務所駐在員巣内さんに伺った東ティモール事業についてご紹介します。


東ティモール

東ティモールにおける事業
東ティモール・ディリ県アタウロ郡、メディナロ郡において、保健医療サービスの改善をおこなっています。
また、コミュニティの参加による、対象住民のプライマリーヘルスケアサービスの利用推進活動もおこなっています。

東ティモールの場所
写真:東ティモールの地図。赤いところが活動地です。


保健センターおよびヘルスポストの環境整備について

シェアがアタウロ郡の保健センターに提供した「保健の船」はどのように活用されていますか?
アタウロは道路事情が悪く、船でないと行けない地域があります。そこで「保健の船」によりコロナワクチンやスタッフの運搬を行っています。ほかにも妊婦健診や子どもの予防接種、一般の外来診療が行っていて、毎回約100人の方が受診しています。
住民からは定期的な診療を受けられることに、喜びの声をいただいています。
一方で、実施日時や人の調整等管理体制が不十分で、利用機会が狭まっているという実情もあります。
図1船

写真:シェアが提供した保健の船


東ティモールの住民はどんなときに保健センターやヘルスポストに受診するのですか?
それぞれの住んでいる場所や持っている情報によって違いますが、出産するときには親戚などを頼って首都のディリに行く人もいます。
東ティモールの医療費は無料なので、中心部では病院や薬局で薬を買う人もいます。日本と違って東ティモールには私立病院はほとんどありません。また、伝統的な医療があり、伝統薬を求める人もいます。
一方で病院に行くという習慣自体がない人もいます。保健センターで出産が可能になったのもここ10年くらいで、手術は難しい状況です。以前は自宅出産が主でした。

0緡典ヾ悗房診しにくいようですが、家庭でかぜ薬やケガへの消毒薬などを常備する習慣はありますか?
東ティモールでは常備薬を持つ家庭は少なく、必要になってから買い求める人が多いと思います。

母子保健事業について

‥譽謄モールは地理的に医療機関に通うのが大変なようですが、健診や予防接種はどこで行われているのですか?
医療機関である保健センターで行われています。

子どもの予防接種のため診療所に集まる母子

写真:子どもの予防接種のため診療所に集まるお母さんと子ども

日本の保健センターが実施しているような育児や発育のサポートはありますか?
妊婦健診や子どもの予防接種等行われていますが、健診の範囲や内容はエリアによって異なっています。助産師による育児や栄養についての指導は一部での実施になっています。アクセスが悪い地域の住民は自己判断で受診をしないケースもあります。

E譽謄モールの育児の文化について教えてください
親族が10〜20人で一緒に住んでいることが多く、協力して育児を行っています。母乳が主流ですが早い段階で母乳をやめる傾向があります。おむつは紙も布も使われており、何も履かせない場合もあります。子どもの成長を祝う儀式はキリスト教に関連しています。

保健ボランティアや住民リーダーに向けに開催しているワークショップは
どのようなものですか?

住民が自分たちで保健医療に関する指導が行えることを目標に開催していま。最近では妊婦健診や子どもの予防接種、栄養、コロナなどに関する学習会をしています。

現地の他のNGOと比較した活動の特徴や協力関係は?

オーストラリア資本のNGOなどが10団体ほどあり、情報共有をしています。
他のNGOでも保健ボランティアへの研修を行っているので、内容が被らないように調整しています。パルシックさんや地球のステージさんなどの日本のNGOとは協働の企画をしたこともあります。


カンボジア

カンボジアでの母子保健事業
カンボジアのプレアビヒア州では4人に1人の2歳未満児が慢性的な栄養不良の状態といわれています。
そこでシェアではお母さんがの妊娠してから、赤ちゃんが2歳の誕生日を迎えるまで
「子どもの栄養改善1000日アプローチプロジェクト」として、乳幼児健診や離乳食教室を行っています。



シェア離乳食試食会に参加したお母さんの反応は?

モーガンさん)低体重児のお母さんのなかには、子どもがごはんを食べないのは子どもに問題があると思っている人もいます。そのようなお母さんは離乳食教室で子どもが良く食べるのを見て驚いています。
シェアでは低体重児に対して4半期に1回、定期的に離乳食教室に招待しています。


お昼ご飯_ソムロ―コーコー
写真:とりわけ離乳食レシピでも紹介しているカンボジアのかぼちゃスープ


カンボジアの育児事情は?

モーガンさん)農村部では農業を親族みんなで行うため、育児も親族で行うことが多いです。子どもも平均3〜5人と、日本より多い傾向です。一方都市部では核家族も増えていてます。父親も母親も仕事をしている家庭では祖母や姪、叔母などが育児を手伝うこともあります。


カンボジアの出産事情は?

モーガンさん)カンボジア語でお産は「大きな川を渡る」という意味で、お産が命がけであると認識されています。
一般的には保健センターで出産する人が多いです。都市部へのアクセスが悪い地域では自宅出産が多いです。病院の衛生面については助産師の教育が進んでいて、少しずつ改善が図られていますよ。


育児は母乳?ミルク?離乳食は?

モーガンさん)ほとんどの人が母乳で育てています。ですが、3か月の産休を取らない人やタイなどに出稼ぎに行く人も多く、その場合はミルクで育児をしています。
カンボジア保健省は生後6ヶ月間は栄養面、お母さんの体調回復のために完全母乳を推奨しています。私たちシェアが調査したところ、7割の人が母乳育児をしていて、生後6か月以降から離乳食を与え始める人が多いようです。


カンボジアには成長を祝う儀式はあるの?


モーガンさん)カンボジアには日本の七五三のような儀式はありません。ですが少しずつ学生や子どもなど、若い人の間では誕生日を祝うことは増えてきています。


この仕事についたきっかけは?
モーガンさん)私はカンボジアに運命的な出会いを果たした!と感じています。そんなカンボジアに少しでも貢献したいと考えてシェアで活動をおこなっています。


今後はどんな活動をしてみたいですか?

モーガンさん)低体重児のフォローや、離乳食教室は国の法的事業として実施することが必要だと思います。ですが湿気が多いため、カンボジアでは本やパンフレットなどの紙媒体の配布は難しいです。
カンボジアではラジオを聴く人が多いので、いつかはラジオで離乳食教室をやってみたいですね!




2021年度海外事業部インターン 山崎佳子

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シェアは認定NPOとして登録されており、シェアへのご寄付は寄付控除の対象となります。

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