今回はプロジェクトのお話です。

カンボジアでは、今活動しているプレイベン州スバイアントー郡で2008年から事業を始めました。
第1期の事業「コミュニティにおける母子保健プロジェクト」が2011年2月まで約3年間。そして、第2期の「子どもの健康増進プロジェクト」は2011年3月に始まり今年9月に終了しました。第2期事業では、特に栄養不良児の多い18か月(1歳半)から23か月(満2歳未満)の栄養不良児率を10%減少という目標をほぼ達成した素晴らしい成果を挙げることができました!

10月からは次なる活動計画づくりに取り組んでいます。続く取り組みとして、これまで実施してきた包括的乳幼児健診活動を含む子どもの健康増進活動を、シェアがいなくなっても地域の保健行政と保健センターで運営していけるよう、これまでシェアが担ってきた役割のハンドオーバー(引き渡し)を目指したプロジェクトを近々開始します。

s_image001
郡保健局長のトン・トール氏(右)と協議中のシェア・カンボジアの
プロジェクト・リーダー フン(左)

これまでの活動では、シェアは協力機関である郡保健局や、活動を実施する保健センター・スタッフや保健ボランティアと、より近い距離で関係作りをしながら、彼らの本来の業務を指導・支援する形で実践してきました。
次の段階では、郡保健局がシェアの役割を担い、これまでシェアがサポートしてきた子どもの健康増進活動を自らの力で継続・管理していくものです。これまでの活動のメインであった包括的乳幼児健診活動のバトンタッチ、または、開発業界でよくいわれるサステイナビリティというやつを目指してまずは1年の計画で挑戦します。

プライマリヘルスケアで大切な要素の一つである「それぞれが継続できる」こと。保健センタースタッフ、保健ボランティア、そして子どもの養育者、3者間の信頼関係と、彼らがこれまでの活動で身につけて来たスキルや運営能力、そして何より乳幼児健診を自分たちで実施して子どもたちの健康を守ることができるようになったという成果を継続していけるよう、シェアにとっても次なる挑戦が始まります。そして、この活動は、これまでの活動で一番力をつけ大きな成長を遂げたシェアカンボジアスタッフが中心になって進めていく計画です。

s_image003

これからのカンボジア事業からはしばらく目が離せません。どうぞ、応援よろしくお願いします!
Don't miss it!

morgan
モーガン三恵子
プロジェクト・マネージャー
シェア・カンボジア事務所


★お知らせ★

12月にカンボジアから駐在員山瀬直子が帰国し、2011年3月から2015年9月まで、JICA草の根協力事業などの協力を得て実施した
「プレイベン州スバイアントー郡おける子どもの健康増進プロジェクト」
の事業完了報告を行います。

【日時】12月15日(火)16:00〜17:30
【場所】独立行政法人国際協力機構 東京国際センター(JICA東京)別館
 セミナールームD(東京都渋谷区西原2-49-5)
  ・京王新線 幡ヶ谷駅下車(南口出口)徒歩8分
  ・地下鉄千代田線・小田急線 代々木上原駅下車(北口1出口)徒歩12分
http://www.jica.go.jp/tokyo/office/access.html
【参加費】無料
【定員】30名

☆申し込みはこちらから…ぜひ、お越しください!
参加申込フォーム

山谷を知るために、まずはコスモスを訪問

学習会当日は秋たけなわで、曇り空のおだやかな日でした。午前10時にJR南千住駅に集合した12名の参加者一行は、駅から歩いて明治通りの泪橋交差点を渡り、いろは会商店会のアーケード街を通って訪問看護ステーションコスモスの本部に向かいました。商店会は「いろは会ミュージックフェス」のお祭り日で、あちこちで露店や屋台、路上ライブの準備等が行われており、いつもは静かな土曜の朝も、この日は華やいだ盛り上がりの予感が漂っていました。コスモスの入り口でチャイムを押すと、所長の山下眞実子さんが笑顔で出迎えてくださいました。

IMG_18

皆さん、サワッディーカー(タイ語で「こんにちは」)。タイ事業担当の広本です。先日10月に工藤芙美子アドバイザーと出張に行って参りました。今回はその出張報告第一弾として、報告をさせて頂きます。

現地化インタビュー開始
今回の大きな出張目的の一つは、25年間継続してきたタイ事業終了に当たり、タイで成し遂げた現地化の学びをまとめるために、関係者へインタビューをすることでした。工藤アドバイザーが1990年にタイ事務所を立ち上げ、共に活動を行ってきた関係者が、現在のタイの財団HEALTH AND SHARE FOUNDATION(HSF)の理事や顧問となり、新財団を支えています。そこで、HSFの理事/顧問や、現地化に関わった元スタッフ、HSFスタッフ、総勢15名にインタビューを行いました。

__

インタビューの様子(右:HSF理事でパナー郡病院院長、左:工藤さん)


インタビュー中のハプニング
インタビュー中には、色んなことが起こりました。まず予定していなかった関係者が、インタビューを受ける気満々で、インタビューを聞きつけていらっしゃいました。当初は最近現地化に関わった方だけ、インタビューのリストに入れていましたが、工藤さんからもできるだけ多くの関係者に情報収集をした方がよいとのアドバイスでしたので、急遽予定外の方もインタビューをすることになりました。

さあ、いざインタビュー。インタビューというのは、インタビューする人がファシリテートをしながら進めていくイメージを抱いていたのですが、いつの間にか、インタビューを受ける人が一人で話し始めました。今回のインタビューでは、工藤さんがインタビュー質問をされ進めていく予定でしたが、工藤さんが一言も話さない内に、インタビューを受ける人が話し続け、30分が経ちました。人によっては1時間も経過する人もいました。しかし、話の中で、インタビューで聞きたかった質問に応える形になったので、その疑問はさて置き、私はインタビュー記録に専念しました。やっと一息ついた30分後に、工藤さんがインタビューの趣旨を話し、未だ聞けていない項目をピックアップして、質問をしていきました。結局、工藤さんがインタビューを普通の形で始められたのは、ほんの一握りの理事とスタッフでした。、工藤さんと共に活動をしたことがあるほとんどの方は、工藤さんに語りたい思いが溢れ出て、話が止まりませんでした。1人当たりのインタビュー時間は1時間を予定していましたが、大体2時間近くかかりました。

5

インタビューの様子(右:工藤さん、左:HSF関係者)


また、インタビュー中に、ある理事のご主人が原因不明の病気にかかり、検査中だと伺いました。インタビューを終えた後、そのご主人が意識不明で県病院に入院したとの連絡が入りました。お世話になっていた理事とご主人だったので、インタビューの空き時間を使って、急遽お見舞いに行くことになりました。HSFスタッフやHSF代表理事にも事情を報告し、急いで病院に行くと、ご主人らしき方は、ICU(集中治療室)入口正面の通路で、簡易ベッドに載せられ、家族や関係者に見守られていました。意識不明なのに、個人のスペースがないことに、驚きました。さらに驚いたことには、理事のご主人とはお顔が違うようで、こんなに顔が変形したのか、それにしても関係者が知らない人ばかりで、工藤さんに本当に理事のご主人かと聞いたら、あっさり違うということでした。結局人違いでしたが、工藤さんが昔一緒にお仕事をされた疾病対策局職員で、知り合いということでした。結果的に、工藤さんがお見舞いをされたことは、ご家族から喜ばれました。その方は、同日夕方に亡くなられ、HSFの理事/顧問の身近な部下で親戚関係だったということもあり、お通夜にも同席することになりました。どうやら私たちは、理事のご主人と部下の方のお話を聞き間違えていたようです。

病院を後にして、次のインタビュー先(前活動地)のワリン郡へとタクシーで向かいました。ウボンラーチャターニー市内から約6km離れた隣の郡病院です。そこでのインタビューが終わり、またタクシーに乗ってウボン市内に戻る途中、タクシーの運転手さんに『市内へ』「ナイ ムアン」(タイ語)と言ったのですが、さらに北に50km離れた「ムアン」という郡の名前と誤解されていたことが、直前の分岐地点で発覚しました。先ほど市内から来た道とは違いましたが、ラッシュアワーに合わせて道路を選ぶことが多く、特に疑っていませんでした。「空港近くに」と言い直したら、「ムアン」郡には空港がないことを運転手が気付き、私たちが行きたい場所は市内だと途中で気付いたそうです。実はタイには5つの音声があり、高低のトーンにより、意味が異なってくるのです。『市内』という意味の「ムアン」は低音です。しかし、「ムアン」郡(実際はムアン サーム シップという名前)は高音で始まります。運転手は私たちの発音を聞き間違えたようです。ということで、この日はタイ語のミスコミュニケーションなど、色んなハプニングがあった日でした。

7

ワリン郡病院でのインタビューの様子(右:HSF副代表のスティー医師、左:工藤さん)


その後は、インタビューの流れに慣れて、予定していなかった人も機会があればできるだけ増やしていきました。インタビュー期間中は、工藤さんが昔関わったことがある関係者から、料理のおもてなしを受けて、いつも満腹状態でした。特にHSFの代表理事のアーカードさんは、工藤さんが大好きな食品をテーブル一杯にご用意され、工藤さんとの関係の深さを知りました。さらに、インタビューでは、工藤さんと共に活動をされた理事や顧問から工藤さんの功績が称えられ、改めて工藤さんが実施されてきた活動が、現地の人から認められていたことを知り、現活動も切磋琢磨していかなければならないなと思いました。

__ 4

インタビュー後には昼食のおもてなし(右から2番目:HSF代表理事のアーカード医師)

__ 3

美味しいタイ東北料理のオンパレード

今後は、インタビュー記録をまとめていく作業と日本でのインタビューが残っています。3月にはタイ事業終了の報告会をすることを目指して、現在タイの現地化をまとめる作業を行っています。

また後日、出張報告第二弾をお届けします。


広本充恵

タイ事業担当 広本 充恵

**応援よろしくお願いいたします**
thai
カンボジア事務所の山瀬です。

最近のカンボジアは雨季の終わりが近づいているのか、ザーッと激しい雨が降るようになり、幾分か涼しくなってきました。
大雨が降ると都市部ではしばしば交通渋滞や冠水といった大変なことになってしまいますが、これから始まる乾季に向けてカンボジアの大地を潤す恵みの雨となっていることでしょう。

私たちが地域での子どもの栄養改善活動を実施するにあたって、重要な役割を果たしているのが保健ボランティア。保健ボランティアはカンボジア保健省の公的ボランティア制度で、基本的に各村に男女各1名、計2名が配置されています。主に村長さんや村の要職を兼ねる人々が担っており、村のことや住民についてとてもよく知っている地域保健活動のキーパーソンです。

シェアは活動のなかで、郡保健局や保健センターと協力して3ヶ月に1回の頻度で保健ボランティア会議を実施してきました。
この会議は保健センターごとに行われ、四半期の活動を振り返り今後の計画を見直したり、活動を実施する上での問題の解決を皆で協議したりします。また、会議の場を利用して、保健センター・スタッフを講師に体重測定や保健教育スキル向上のためのミニ研修を実施しています。
シェアのカンボジア人スタッフは、この3ヶ月に1回の会議に、保健ボランティアが積極的に楽しく参加できるよう、歌やゲームなど様々な工夫を凝らしています。

VHSGmtg
<保健ボランティア会議の様子>

今回は9月に実施した会議でのその取り組みを紹介します。

毎回の会議では、離乳食教室でお母さんたちと歌う栄養や子どものケアの歌の練習を行います。この歌は、シェア・スタッフが歌詞を考案し、カンボジアでポピュラーな曲を用いた替え歌となっています。歌う際には、シェア・スタッフがギターやリコーダーで伴奏し、歌の上手な保健センター・スタッフや保健ボランティアが参加者をリードします。


<動画:3大栄養素の歌>

アンコールトレッ保健センターの会議では、1名の保健ボランティアさんが、カンボジアの伝統的な弦楽器:トローを使った伴奏をかってでてくれました。

VHSG
<トローの伴奏をする保健ボランティア>

会議会場の保健センターにはとても素敵な音色が響き、参加者も大喜びで、カンボジアらしいとても素敵な演出となりました。
保健ボランティアさんはとても滑らかに音を奏でていますが、実は音を出すのがとても難しいそうです。このボランティアさんがもう50年くらい演奏をおこなっているとか。私も何度か挑戦しましたが音らしい音は全然でませんでした。。。


<動画:トロー演奏で盛り上がる保健ボランティア会議の様子>

もうひとつは日本のラジオ体操。
最近、カンボジア事務所では「“Health for All”は自分たちから」ということで、午後の業務のスタート前に、歯磨きとラジオ体操を実施しています。そのラジオ体操をぜひ保健ボランティア会議で実施したいとスタッフの提案で、会議のリフレッシュタイムにラジオ体操を導入することになりました。

先に体操をマスターしたスタッフが中心となり、スピーカー持参で実施しました。なかなか体操文化のないカンボジアですが、どの保健センターでもとても盛り上がって大変好評でした。


<動画:ダムレイプオン保健センターでのラジオ体操>

これからも、どうしたら活動の対象者が積極的に参加し、楽しく学べるか試行錯誤しながら、様々な取り組みを行っていきます。

シェア・カンボジア事務所
山瀬 直子
yamase

**応援よろしくお願いいたします**

募金バナー_カンボジア1
こんばんは。
在日外国人の健康支援事業を担当している山本です。
私がシェアに入職して通訳派遣調整を行うようになった当初は、この仕事は事務的な仕事であり、“看護職でなくてもできる仕事”だな、と感じていました。しかし、その認識は徐々に変わっていき、今では通訳派遣調整は“看護師の専門性を活かせる業務”だと感じています。


通訳派遣調整の様子
こちらの写真は、東京都における外国人結核患者の療養支援のために通訳派遣調整を行っている横川です。横川は、看護師でもあり助産師です。
机の上に何枚もの通訳派遣依頼書がならんでいるのがお分かりでしょうか。
これまでの派遣数は多くても年間170件台でしたが、今年はなんとすでに200件を超えています。
横川派遣調整



通訳派遣調整の流れ
東京都と協力して実施している通訳派遣調整業務はこのように進みます。 
まず保健所は、病院から外国人結核患者発生の届出を受けると、その患者の担当保健師は患者との面談を行い、患者さんが順調に治療完了できるように、病気の説明や入院勧告の説明など様々な話をします。その面談後も、担当保健師は、定期的に担当患者の入院先へ訪問したり、受診同行や、保健所・患者自宅での服薬確認などを行います。これらの療養支援は、患者の結核治療が完了してからも続き、結核の再発がないことを確認するために約2年間、検診や面談などを通じてフォローアップを行います。

対象患者が、日本語が通じない場合、保健師は東京都福祉保健局の感染症対策課結核係に通訳(治療・服薬支援員)派遣の相談と依頼をします。その依頼を受けて、東京都から派遣調整を担当しているシェアに、通訳派遣依頼書が届きます。それを受け取ったシェアは、横川を中心に、通訳、保健師と連絡調整を行い、通訳派遣を成立させます。通訳派遣調整の際は、通訳活用が初めての保健師に対して、通訳活用の注意点の情報なども提供しています。


看護職が行う通訳派遣調整の特徴
私達が通訳派遣調整を行うと、「通訳派遣を成立させること」と同時に「外国人結核患者が担当保健師のサポートを得て順調に治療完了ができること」も目指しながら調整役を担うことができます。
同じ看護職である保健師の立場に立って考えることができるため、外国人結核患者の療養環境を整える上で、保健師が困っていること、例えば在留資格関連のこと、健康保険のこと、対象外国人の出身国医療のこと、等を察しながらお話を聞き相談に乗ることが可能です。
保健師からの信頼を得て、年々保健師から直接相談を受けることが増えています。

保健師は、治療完了に向けた調整のために、1人の外国人結核患者に対して何度も通訳派遣を依頼することになります。また、出身国や病状が違う外国人結核患者を年間通して複数担当することあります。そのため、保健師と通訳派遣調整のために電話で話している時、“このケースでは療養環境の整備がうまくいっていなくて困っていらっしゃるな”と感じた場合は、その保健師と日々の通訳派遣調整で培った関係性を活かして、どうしたらその課題をクリアできるか一緒に考えることも良くあります。

「通訳派遣調整」の最終受益者である“外国人患者”に常に意識を向けつつ、“保健医療職”として取り組むことができるのは看護師の強みなのかしら、と感じています。
しかし、私達を含む保健医療職の能力次第で、その外国人患者の治療に、ひいてはその人の人生に多大な影響を及ぼしてしまうので、その分責任も重大です。


看護職としての目や感覚を大切にして
国際看護師協会(ICN)の倫理綱領の中にこのような一文があります。
「看護師は、一般社会の人々、特に弱い立場にある人々の健康上のニーズおよび社会的ニーズを満たすための行動を起こし、支援する責任を社会と分かち合う」と。

外国人結核患者にとって必要な存在である保健師のみなさんに寄り添いながら、より良い療養環境をつくれるよう、看護職として、保健医療職としての目や感覚を大切にして、関係者の皆さんと共に、日々努力してまいります。



在日外国人支援事業担当
山本 裕子


**応援よろしくお願いいたします**

募金バナー_在日