ボアタールデ!(こんにちは!)みなさん、お元気ですか?
東ティモールに恋をしている、海外事業担当の坂下有起です。
さて、8月末に1週間、東ティモールに出張にいってきました。独立間もない2003年から約2年、この国に駐在していたことがあり、今回13年ぶりに東ティモールの地を踏むことになった私。この10年、ティモール海で見つかった天然ガスのおかげで急速に経済成長をしていると話にきいていたこともあり、その変化を見るのも楽しみでした。
楽しみのあまり、首都ディリの空港に到着したとたん、飛行機の窓を突き破って「一秒でも早く、東ティモールの大地を踏みしめたい!!!」と、はやる気持ちを抑えるのが大変でした(笑)。
ということで今回は、東ティモール今昔ものがたり「Before and Now」をご報告します!

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 学校インスペクターと

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<車と道路事情>
2003、4年ごろの首都ディリは、2002年の独立から日が浅かったこともあり、道を走る車は、国連(UN)や国際NGOなど援助機関のものがほとんどでした。日本からも自衛隊が道路を作りにきており、銃をかまえた迷彩色の軍服に身を包んだ人たちの乗る各国の軍隊の車もよく見かけました。
ところが2012年末に、国連(UNMISET)も完全撤退し、各国の軍隊も規模を縮小・撤退しており、今はWHOやUNICEFが残って活動を続けているのみです。今回の出張ではそれら関係車両をみかけることはなく、かえって昔は見られなかった東ティモールの人たちが車やバイクを運転している姿が増えていました。それだけ治安が安定し、一般の人たちが車両を所有できるまでになったのですね。
また、道路もデコボコがなくまっすぐなことにも驚きました。昔はアスファルトが敷かれた道のあちこちに穴があいていて、ゆっくり進まないと車の天上で頭を打って大変だったのです。最近は、中央線が敷かれたり、道路標識や、一方通行が(突如)できたりと、ディリ市内の交通量の増加とともに、試行錯誤も見られるそうです。2003年当初は1台しかなかったと記憶している信号機も、数が増えて街中のあちこちに設置されていました。
ただ昔も今も変わらない乗り物に、ミクロレットがあります。今回は時間がなく残念ながら乗ることは出来ませんでしたが、25セントで乗りたい場所で手をあげて、おりたい場所にくると、コインを鳴らして知らせると運転手がその場所で止めてくれるという市民の足です。たいてい、音楽をフルボリュームで鳴らして、ちょっとやんちゃをしたようなお兄ちゃんたちが運転しています。

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 空港から市内への道中

<町から消えた!?おさんぽ豚と、おさんぽ牛とおさんぽヤギ>
2003年当時、駐在していた事務所の近くには、空芯菜を育てているどぶ川があり、お散歩にでかけると、ヤギや、ブタが草を食べているのに遭遇しました。道では子どもたちが遊んでいたりする自然な光景のなかに豚やヤギや牛がのっそり歩いていたのです。もちろん家畜としてだれかの所有物ではあるのですが、首輪がついていることもなく、自由にされていて、おもむろに、目の前にあらわれるお散歩中の動物の姿は、これぞ東ティモールだ!と私にとっては好きなシーンでした。
ところが、今回ディリの中心部では、お散歩ヤギやブタをほとんど見かけることがなくなっていました。懸命に車窓から目を凝らしていると、人里離れた場所や、車通りが少ない家屋のそばで、少しみることができて、「あ!いた!」と嬉しくなりました。

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 アタウロ島の小学校のすぐ裏手でみかけたブタの親子)

<ビーチサンダル>
皆さんは、ビーチサンダルが、草履を原型にして、日本人がその発明に加わっていたということを、ご存じですか? 2003年当時の私は、東ティモールの人たちが山の奥地にいっても、どこにいってもビーチサンダルを履いて生活していることを、誇らしく思っていたものです。その頃は、東ティモールの子どもも大人も裸足か、ビーチサンダルで生活をすることが主流で、コーヒー林の急な斜面を滑らないようにと私がしっかりした靴を履いていったりすると、
「靴をはいてる!靴だ、靴だ!」と珍しがられ、それこそ、指をさされてしまい、ビーチサンダルで急斜面を駆け上がれない自分を不甲斐なく思ったものでした。その記憶もあり、今回の出張では、学校訪問、保健センター、県保健局、保健省など省庁訪問にも、迷わずビーチサンダルで参上しようとしたわけですが・・・・
まずは、ディリから25kmの距離にあるアタウロ島の学校(シェアの活動地のディリ県の離島) と、保健センターを訪問しました。すると中には、ビーチサンダルの子どももちらほら見かけますが、ほとんどが靴を履いて、真っ白な靴下をまとっている子までいるのです。女性の先生方はサンダル、男性の先生は靴を履かれていました。保健センターの職員や医師も同様でした。翌日に訪問したビケリ村の小学校は少しアクセスが悪い場所なので、もしかしたら状況が違うかもしれない、とまたビーチサンダルで訪問したわけですが、どうやら学校はこのごろ靴を履いていく、ということが一般的になってきたようです。赤いビーチサンダル履きで出かけた私は身をもって、その変化を感じ取ることができました。

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 アタウロ島 シェアが作成した保健教材で授業を受けている子どもたち

<まちがった保健行動>
昔駐在していたのは、1600mと標高の高いコーヒー生産地の山の中でした。首都ディリからも遠く、電気も水もない場所で、通信手段は日本から持ちこんだ「衛星電話」経由。それが、現代では携帯電話が普及して、皆がSNSで連絡を簡単に取り合っているというから、大した進歩です。
その当時から、私が心に引っかかっていた東ティモール人の行動がいくつかあります。
その1つが間違った保健の知識に基づいた歯磨きでした。
東ティモールでは、今も昔も歯医者は無く、虫歯になってしまうと、処置として歯を抜くしか手立てがありません。
そのため歯磨きはとても大切な習慣の一つです。ところが、その方法が間違っているのです。13年前は、寝る前には歯を磨かず、朝起きて口のなかの汚れが気になってから磨くという習慣を持っている人たちが多かったように思います。
いくら私が「歯は寝る前に磨かないと、寝ている間に虫歯菌が増えてしまう」と話しても、「寝る前は、歯はツルツルしていて汚れていないから、朝、歯が汚れたら磨けばいいんだよ。」といって、一緒に働いていた東ティモール人たちは、朝プラークでいっぱいの歯を一生懸命に磨いていました。
それを思い出して、「今はどうなっているだろう?」と気になり、今回、アタウロ島で小学校を訪問した時に、コーディネーターの秋山さんを通して、生徒たちに聞いてみました。
すると、「寝る前には磨く。」けど「朝ごはんを食べたあとには磨かない。」という答えが多くの子供たちから返ってきました。
なるほど、ちょっと惜しい!ですね。
眠る前に磨くことを家庭でも教えられていることは、歯の健康のためにとてもよいことです。
ぜひとも朝ごはんのあとにも、磨くようになってほしいです。
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以上、ご紹介したのは、2003年ごろと比較した「東ティモールBefore and Now」を4つでした。他にも色々気づいたことがあるのでまた、別の機会をみつけてご報告致しますね!
最後に。シェア東ティモール事務所では、東ティモールの小中学校で保健の授業につかえる教材を開発して首都ディリの全98校に配布したり、健康診断を導入するお手伝いをしたりと、子ども達の健康をまもれるように、日々活動を続けています。ご紹介した歯磨きの習慣もそうですが、人々の習慣を変えていくということはとても骨がおれることです。
これからもシェアが活動を続けられるように、引き続き東ティモール事業への応援をよろしくお願いします!


海外事業担当(東ティモール)
坂下有起