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こんにちは、東ティモール事務所のロジーニャです。

現在、東ティモールでは新型コロナウイルス感染症の第二波が収束してきました。政府による移動の制限なども緩和されることになりました。

東ティモールでは7割の住民が農業で生計を立てていると言われています。しかし、今回の新型コロナウイルス感染症は、こうした人々の収入にも影響を与え、国の経済成長の重荷となっています。

今回はコロナウイルスの影響を、野菜を通しお伝えします。

スライド1

スライド3シェア事務所近くの路上販売(夜だけ開かれる市場)


コロナ感染者増と政府の規制

2021年3月、新規感染者数の増加により、政府はディリ県でロックダウンを発令しました。これにより、外出や県をまたぐ移動の制限も行われました。

また、政府は県外からディリ市内へ農産物を運び、販売することも禁止しました。県境での販売のみ許可され、市場や商店のうちコロナワクチン接種2回を完了した者だけが、県境の販売スペースまで行き、農産物を買うことができました。

これは、2021年6月の段階で、大半の住民がまだコロナのワクチン接種をしていないディリで、人から人へ感染が広がっていくのを防止するための策でした。

手洗い
ディリ市の市場に置かれた手洗い場


ディリ市内の野菜流通事情

コロナが拡大以前のディリ市内には、他県からたくさんの農産物が入ってきていました。

他県から来た小型トラックが市場や商店を巡り、野菜を卸売していきます。1日もあれば、トラックいっぱいだった野菜は完売していました。

市場や商店では、他県からきた野菜が、店舗で販売されたり、荷車で売り歩きされたりしていました。市民の中には、直接トラックから買う人もいました。

昼食と夕食づくりの時間帯には、住宅街にも野菜を載せた荷車が来ます。それぞれ、馴染みの荷車を待って野菜を買うことが多いようです。

スライド8ロジーニャの家の近所を回る野菜の荷車販売


野菜販売業者への影響

政府の規制による、農産物を取り扱う業者や市場の商店、野菜売りたちへの影響は少なくありませんでした。彼らは、今までのような収入が得られなくなってしまったからです。

荷車での野菜販売者の中には、1日の収入が平常時の10分の1に落ち込んでしまた人もいます。野菜を売ってもほとんど利益が出ないこともあったそうです。

野菜の売上が減った主な要因
買い物客の減少
人の移動が制限され、市場(いちば)に来る買い物客が減少してしまいました。

購買力の低下
コロナの影響で経済全体が冷え込み、買い物客の収入も減り、購買力が下がってしまいました。

野菜の品質低下
野菜を仕入れても売れ残り、傷んだ野菜を安く売るようになりました。腐ったり悪くなったりして、売ることが出来ない野菜もありました。

このように要因により、売買がうまく回らず、悪循環に陥りました。

スライド5

スライド6ディリ市内でも規模の大きいタシトル市場の様子


市民の購買行動の変化

私の家や近所でも野菜の購買行動に変化がありました。品質の良い野菜は値段が上がり、頻繁には買えなくなったのです。

例えば、キャッサバの葉は、以前なら1束10セント(約11円)でしたが、現在では25セントです。10人家族であれば、1食あたり50セントもあれば十分な野菜が買えていましたが、今では倍以上かかることもあります。

買える野菜の量が減ったので、野菜をあまり使わない炒飯やお粥のようなお米中心の食事も増えました。

ちなみに、トマトやネギ、海藻は値段の変化が少ないので、これまで同様に買えています。

家族が他県に行く用事がある時には、ついでに1週間分の野菜を買ってきてもらうようになりました。農産物を多く栽培している他県の方が、同じ金額でもサイズも大きく、量も多い野菜が買えるからです。

新型コロナウイルス感染症の拡大で、コロナそのものの健康への影響も気になりますが、間接的な影響として経済を停滞させ、野菜購買が減り、栄養摂取へのインパクトも起きていると思います。


スライド6タシトル市場で売られている野菜

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こんにちは!
東ティモール事務所のオクタビオです。

皆さん、コロナが収束したら何がしたいですか?
東ティモールでも、コロナの影響で閉鎖されていたエンターテイメントがありました。

今回は、そんな東ティモールのエンターテイメントを紹介します。

文化として根付く闘鶏

皆さん、闘鶏を見たことはありますか?
日本では、あまり見かけないかもしれませんね。
しかし、東ティモールではとても親しまれ、多くの場所で開催されているんです。

闘鶏場は広く、アクセスしやすい場所に集中して存在しています。
掃除などの管理は、地主が責任持って行います。

スライド2鶏を抱えたオクタビオ

午後2時から午後7時まで毎日開催され、平日でも100人、土日であれば300人を超える人が集まります!
参加者には、東ティモールからだけではなく、インドネシアや中国、フィリピンなどから訪れる人もいます。
国外から入ってくる鶏も多く、逞しい種類の鶏が多く参加しています。
外国から輸入された質の良い鶏には、1羽に対して総額1000ドルを超えるお金が掛かることもあります。

スライド3鶏の足に刃を付けているところ

スライド4鶏の足に付ける刃

▶闘鶏の基本ルール
1. 参加者同士で対戦する鶏を探す。(多くの場合、鶏の毛並みのみで判断します)

2. 相手に声をかけ対戦が確定後、互いに掛け金とルールを決定する。

3. 掛け金を集める。(この時お金の貸し借りが発生し、あとあと揉めることもあります)

4. 研ぎ澄まされた刃を鶏の足にかけ、闘いの準備をする

5. 囲いの中に2羽を離し、闘鶏開始。(鶏が闘いを怖がり逃げることもあります)

6. 勝者は死んだ(負けた)鶏と賭けたお金を全部取得する

スライド5飼い主、審判、観衆が見守る中で行われる闘鶏

親族の絆を保つ闘鶏

東ティモールでは、闘鶏が伝統・習慣として先祖代々引き継がれてきました。
その大きな理由は、闘鶏を通して友情交流が芽生えるからだと思います。
チームになって鶏を育て、「どの餌が良いのか?」、「なぜ負けてしまったのか……」など、共に考えることで、関係が深まります。

闘鶏は先祖の時代から続く、東ティモールの文化の1つだと考えています。
闘鶏を通して多くの友人をつくることもできますし、大きな声を出すことでストレスの発散にもなります。

また、闘鶏を通して、遠くに住む家族と関係性を持ち続けることができます。
親戚でも、なかなか近況を尋ねる電話はしにくいです。
しかし、共通の話題があれば気兼ねなく電話をかけ、最近の事柄についても話すことができます。

スライド6多くの人は鶏の手並みを見れば、鶏の質が分かります

家族の絆をつなぐカードゲーム

東ティモールではカードゲームも、好まれているエンターテイメントの1つです。
道を歩いていると、落ちているトランプを見かけることもあります。

普段、皆で集まってすることもありますが、カードゲームは、人が亡くなったときにも行われます。
東ティモールでは、死者を埋葬して1週間後を「苦い花の日」と呼び、1日徹夜をして死者を弔います。
寝ないでカードゲームを行うことで、静かではなく、賑やかな雰囲気を死者に感じてもらうことができると信じられています。

カードゲームは種類が多く、参加する人数や、参加する人によって何のゲームをするかが変わります。
僕がいつも気を付けているのは、カードゲームをする際、必ず決まりを設けることです。
そうすることで喧嘩をしないように、良い雰囲気でゲームが終わるように気を付けています。

女性や子供たちも一緒に参加できるカードゲームは、家族や近所の人が交流する良い機会として多く行われています。

スライド7カードゲームを楽しむ様子

東ティモールでも、コロナにより人と交流しにくい期間が続いています。
闘鶏場はしばらくの間、閉鎖もされました。
コロナを克服し、エンターテイメントが楽しめる日常が早く取り戻せると良いですね。

皆さんは、家族、近所の人、親戚の方々と集まった際はどのように交流していますか?
また、どんな話題を話していますか?
是非、コメントで教えてください!


文責:オクタビオ(シェア 東ティモール事務所スタッフ)

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日本の皆さん、こんにちは!東ティモール事務所スタッフのエミリアです。

私は、今年3月、東ティモールの首都ディリ県にある国立病院で無事3番目となる男の子を出産しました。産後出血があるなど少し体調を崩しましたが、すぐに病院で診てもらい、現在は私も子どもも元気です。

Emi ho oan
エミリアと赤ちゃん


首都ディリ県の都市部では、妊娠から出産、そして産後ケアまで保健センターもしくは他の医療施設(国立病院、私立病院)で診てもらうことができ、交通の便も良いため、多くのお母さんが自宅ではなく施設での出産を選びます。

農村部ではどうでしょうか?

私たちが事業を行っているディリ県メティナロ郡(首都中心部から車で1時間、メティナロ中心からはバイクや徒歩で数時間の場所も含む)のお母さんたちに、出産経験について聞いてみました。
メティナロでも中心部と山奥の村があり、その両者のお母さんたちからお話を聞くことができました。


レブトゥン集落在住のマルシアーナ・デ・ジェズスさん(31歳)

補足)レブトゥン集落は、山奥にある集落で、保健センターまで車で1時間、徒歩では4〜5時間はかかります。

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レブトゥン集落のマルシアーナさん


マルシアーナさんは2020年4月に6人目の子どもを自宅で出産しました。生理がこなかったので、それから1か月待ってメティナロ郡の保健センターを訪問しています。そこで尿検査と腹部測定をしてもらったそうです。

しかし、それ以降保健センターには行かず、旦那さんとともに自宅出産を決意します。陣痛が始まったのは深夜12時で、翌朝4時には出産を終えました。

保健センターの医療従事者には連絡せず、旦那さんからの介助のみで出産されたそうです。幸いなことに赤ちゃんにも母体にも健康上の問題は起きませんでした。

出産のあとは、産婆さんを呼んでへその緒をハサミで切ってもらったそうです。産婆さんが赤ちゃんを見ている間に、彼女1人で温水の水浴びをし、出産用のベッド脇に火を焚いて体を温めるのが習慣です。

出産から1か月後、子どもとともに6時間かけて保健センターを訪問し、子どもの予防接種と身体測定をしてもらったとのこと!

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レブトゥン集落から保健センターへの山道


この山道を子どもを抱えて6時間…考えただけでも大変そうです。

レブトゥン集落に嫁いで4年目のお母さんにも話を聞いてみました!


レブトゥン集落在住のナタリナ・ソアレスさん(31歳)

ナタリナさんはエルメラ県出身。エルメラ県は首都から車で2時間ほどのところで、シェアも学校保健の事業を行っていた場所です。

ナタリナさんは3番目の子どもを2020年8月に出産しました。妊娠5か月目でようやく健診のために保健センターを訪問しています。

出産の準備はあまりせず、自宅で陣痛が始まり、そのまま台所の土床に厚手のゴザを敷き、出産に至ったそうです。現地では「火を使う」という共通点から、台所が出産場所として使われることがあるそうです。出産後に使うお湯やストーブ代わりに火を炊くなど、台所は出産に適した場所だそうです。彼女も医療従事者に連絡することなく、旦那さんの介助のみで出産しています。農村部では、夫や家族が出産に際して重要な存在を果たしているのですね。

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Uma lisan(伝統家屋)の内部で囲炉裏があり、昔はここで出産もしていた


出産から1か月後、ナタリナさんも身体測定と予防接種のために保健センターを訪問しましたが、ちょうどCOVID-19のワクチン接種に助産師さんも忙しく、子どもの予防接種はされずに帰宅したそうです…。

コロナの影響がこんなところにまで及んでいます。コロナ禍においても基本的な保健医療サービスは提供される必要があり、世界中で課題になっています。

同じメティナロ郡でも、比較的保健施設が近くにあるウェヌヌック集落に住むお母さんはどうでしょうか?


ウェヌヌック集落在住のヨランダ・カルバーニョさん(23歳)

2021年6月5日、第2子を出産。保健センターはヨランダさんの家から徒歩15分の距離にあります。健診に加え、助産師からの母子保健に関する情報提供も得られるため、彼女は妊娠2か月目から毎月保健センターを訪問していたそうです。

保健センターでの出産後も、いついつに子どもの健診に来てほしいという情報を助産師から伝えられ、出産から1か月後に訪問を予定しているとのことでした。

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メティナロ保健センターで出産した家族


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産着や飲料など家族が保健センターに持参した持ち物


3人の話を聞いてみると、やはり保健センターなどの医療施設への距離や道路の状態によって出産をどこでするのかを決めているのかな、と思いました。一方で山奥の村の住民が保健センターを訪問したその1回のチャンスで、保健医療従事者がどのように対応しているのかも気になりました。

医療施設で働く助産師さんは、自宅出産をする母親に対してどんな思いを抱えているのでしょうか?

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保健局職員と話しをする助産師チーム(写真左の2名)



保健センター勤務 助産師 アレクサンドリナ・ソアレスさん

「COVID-19の感染が拡大している中でも、妊婦さんたちは保健センターにやってきます。予防接種のため、カウンセリングのため、血圧を測るためなど理由は様々です。1日10人はやってきます。」とアレクサンドリナさん。

「何人かの妊婦さんは、施設での出産を望んで救急車を呼ぶ方もいますが、救急車が壊れていたり、別の搬送に行っている時は搬送が困難となって、自宅出産を余儀なくされるときもあります。このときは、非常に困難さを感じます。また、夜に出産介助をしているときに停電になることもあります。このときは私たちの不安はかなり大きいです。

もちろん、交通手段がない、家族が傍にいてくれるなどの理由で自宅出産を望む方もいます。そんな方々は、出産後、家族が保健センターを訪問して家庭訪問をしてくれと依頼してくれる方もいますし、出産後健診のためにこちらから保健センターを訪問してくださいとお願いすることもあります。」

助産師さんへのインタビューの中で、助産師さんも、救急車の運営システムがうまくいっていないこと、また、分娩中の停電など、施設のシステムや設備の問題で不安を感じていることがわかりました。

医療施設がどこまで母子の気持ちに寄り添った体制の整備や改善ができるか、私たちも一緒に考えていく必要があると感じました。

こうしてインタビューしてみると、同じ県の同じ郡でも、保健施設が家の近くにあるかないかで大きな違いがありますね。もしレブトゥン集落に住んでいたら…皆さんはどうしますか?

皆さんの出産の経験、妊娠がわかったときの習慣などありましたら、是非コメントでお寄せください!




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こんにちは。日本のみなさんお元気ですか?今回のブログは、シェア東ティモール事務所のライムンドがお届けします。

今回のテーマは「ユーロカップ2020」です。

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ユーロカップを放映しているレストラン


1.東ティモールでもサッカーは大人気

東ティモールでは、国内のクラブチームからナショナルチームまで、熱狂的なファンがたくさんいます。

ナショナルチームは、アジアサッカー連盟主催のAFCカップにも参加しました。これはワールドカップの選考会にもなっていますが、東ティモール人が願っていた結果からは遠く及びませんでした。

東ティモールは独立から約20年の新しい国で、スポーツの分野はまだまだ発展途上です。国内にも2016年に発足したサッカーの国内リーグ(Amadora no Copa 12 de Novembru)がありますが、サッカーコートが1つしかないなど、課題に直面しています。

ポルトガルの試合がある時は、ポルトガルの応援にも回ります。バイクや車、トゥクトゥクが隊列を作り、街を走ります。路上ではポルトガル国旗や国旗をデザインしたTシャツが売れていて、人気があるのですぐに売り切れてしまいます。


2. ポルトガルチームのファンになった私

私がポルトガルチームのファンになったのは2004年で、当時14歳でした。「ユーロ2004」の決勝でポルトガルはギリシャに敗れましたが、その時から、シモン・サブローザ(Simao Sabrosa)やルイス・フィーゴ(Luis Figo)、クリスティアーノ・ロナウド(Cristiano Ronaldo)が好きになりました。

ロナウドは、2005年にインドネシアのアチェが津波で被害に遭った時に、被災者の1人がポルトガルのTシャツを着ていたことをきっかけに、インドネシアまで支援にやってきました。その際に、東ティモールにも立ち寄ってくれたのです。

東ティモールのことを知らない選手も多い中、ロナウドやマンチェスターユナイテッドは、東ティモールに来てくれたのです。彼のこうした人柄や、貧しい家庭出身でありながら希望を失わずにサッカーに励んで夢を掴んだことがニュース記事で報じられ、私はさらにロナウドのことを好きになりました。

ポルトガルの試合がある時はテレビを見て、応援します。負けてしまわないかと不安になることもあります。ユーロ2010とワールドカップ2012で、スペインに敗北を喫した時に、とても悲しくなりました。

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残念ながらコロナの影響で人影のないレストラン



3.なぜ東ティモール人がポルトガルのサッカー試合に熱狂するのか?

理由をいくつか考えてみました。

1)両国の歴史は長く、ポルトガルが東ティモールを450年植民地にしていました。ポルトガルは、植民地支配としてではありましたが、東ティモールに文明をもたらした国といえるでしょう。

2)東ティモールはポルトガルからの独立後すぐ、インドネシアの支配下にされたという歴史があります。ポルトガルは亡命する東ティモール人の多くを受け入れるなど、独立にあたって多くの支援をしてくれました。

3)ポルトガル人のサッカー選手クリスティアーノ・ロナウド(Cristiano Ronaldo)が東ティモールを訪問してくださり、マナツト県に救急車の支援もしてくれました。また、彼は東ティモールの多くのサッカー選手にインスピレーションを与えたと思います。

4)東ティモールはCPLP(ポルトガル語諸国共同体)*に加盟しており、東ティモール人は誰でもポルトガルのパスポートを取得することができます。ポルトガルのパスポートを取得した東ティモール人の多くは、EU諸国に出稼ぎに行くことが可能です。出稼ぎで得たお金を東ティモールで待っている家族に送金して暮らす人も多いです。

*ポルトガル語諸国共同体…ポルトガル語を公用語とする諸国によって構成される国際機関。加盟国が対等の立場で政治、経済、文化の面で協力することを目的として1996に結成された。ポルトガル語の普及にも力をいれている。加盟国はポルトガル、ブラジル、アンゴラなど。


4.ユーロ2020の様子

ユーロカップは昨年、新型コロナウイルス感染症の拡大の影響を受け、中止となり、「ユーロ2020」が今年行われています。

今年のポルトガルチームは、過去1番に強いと言われていました。選手は皆、ヨーロッパのリーグで活躍しています。しかし、4試合が行われ、結果は1勝2敗1引き分け、残念ながら決勝には進めませんでした。ロナウドは最多得点で5点を獲得し、1アシストの活躍でした。

私は今年ついに25ドルをはたいてポルトガル代表のユニフォームTシャツを1枚買いました。これを着ることで、応援にもさらに熱が入ります。

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応援のTシャツを着たライムンド


6月24日に行われた試合では、ポルトガルはベルギーに負けてしまいました。その日は、家族を亡くしたように落ち込み、事務所に行くのも億劫でしたが、大切な会議があったので出勤しました。FacebookやWhatsappでは、サッカーの試合のことが連日投稿されています。

東ティモールもいつかワールドカップに出られるような強いチームに育ってほしいです。



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皆さんお元気ですか?
東ティモール事務所でシェアが建てたヘルスポスト関連を担当しているライムンドです。

東ティモールでもコロナのワクチン接種が開始し、私も先月接種することができました。
接種翌日は、体調を崩し仕事を休むことになりましたが、その後は元気に過ごしています。

スライド1予防接種を受けるライムンド

さて、2019年11月、シェアが建設したヘルスポストは無事、保健省に譲渡されました。
しかし、シェアの活動は譲渡後も続いています。
先月28日には、ヘルスポスト維持管理会議の為のモニタリングを行いました。

今回は、そのモニタリングの様子を皆さんにお伝えします。

スライド2シェアが建設したヘルスポスト

ヘルスポスト維持管理会議とは

シェアは、保健局がきちんとヘルスポストを管理できるよう、関係者会議を開催しています。
毎年一回、会議で住民の利用状況施設の状態管理の方法について共有し、課題の話し合いを行います。

今年度も、会議に向けて準備を行っています。

スライド3昨年のヘルスポスト維持管理会議の様子

大雨によるヘルスポスト周辺への影響

今回のモニタリングでは、4月の大雨による建物や周辺地域への影響が確認できました。

ヘルスポストの近くには、大きな川があります。
この川は、普段、水が無いため川岸の整備されていませんでした。
そのため、今回の大雨により増水し、ヘルスポストの近くまで水が迫っていたことが分かりました。
ヘルスポストから上流に少し歩いたところにある家は一部、川に流されてしまっていました。

シェアは、今回確認した被害への対応を、今後保健スタッフや村長と協議していきます。

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スライド6ヘルスポスト周辺の様子

ヘルスポストの現状と課題

今回、モニタリングにより、施設の一部に雨漏りによる変色がみられることやヘルスポストの掃除が行き届いていないこと、保健スタッフ宿舎の管理が行き届いていないことなどが分かりました。

また、必要な人数のスタッフがいない問題もあります。
ヘルスポストの運営に必要な5人の医療スタッフの内、看護師1人しか配置されていません。

これは、首都でのコロナ感染症蔓延の影響でもあります。
新たに配置される予定だった保健スタッフは、コロナ関連施設に配置転換となりました。
ヘルスポストを管理している看護師も、保健センターの勤務と掛け持ちとなっています。

今回のモニタリングで現状の把握ができたことは、維持管理会議へ向け、前向きな結果です。

維持管理会議は今月、実施する予定です。
今回のモニタリング結果を関係者と共有し、維持管理の方法を話し合っていきたいと思います。

スライド8保健スタッフから聞き取りを行う様子


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