山通コミセンみなさまからいただいた新潟県中越地震に対する寄付金の中から、私たちが支援した「山通コミュニティセンター」と隣接している「保育園」に本や遊具を送らせて頂きました。

そうしたところ、今日、子どもたちの心のこもったあたたかなお礼のお手紙や色紙、かわいらしい絵、写真が届きました。

みんな喜んでくれている様子が目に浮かびますね。あまりのかわいさに、私たちスタッフの顔もほころんでしまいました。(青)
このエントリーをはてなブックマークに追加
f1c7d227.jpg'いよいよ今日がシェアの新潟県中越地震災害支援活動の最終日。

1ヶ月間にわたって多くのボランティアが働き、また寝食の場とした山通健康相談室を撤収する時が来た。東京から持ち込んだ文房具や血圧計、パソコン、机、寝袋などを車に詰め込むと、思いの外広いスペースが現れた。シェアが撤収と言っても、健康相談室が無くなるわけではなく、岡山市の保健師チームが引き継いでくれることになっている。そのため、健康相談室が元の図書室に戻るには、もう少し時間が掛かりそうだ。 (山口)
 
このエントリーをはてなブックマークに追加
いよいよ明日、シェアの山通り地区での救援活動が終了する。

避災民の人たちは、修理後の家に戻ったり、仮設住宅に入ったり多くの人が避難所から移動している。一ヶ月あまりの寝食を共にしながら、悲しみや喜びを共有した。
今日、地域の保健師の話によると、避難所から地域に戻ってからのほうがみんながコミュニティ−センターに集まり活動をするようになり、地震前よりもずっとさまざまな活動に積極的に参加するようになったと言う。地震の被害者の連帯感、助け合いがよりいっそう地域のきずなを強め、活性化につながっていくのかもしれない。

阪神大震災後の教訓から得たものは、今回「心のケアチーム」と言う形で生まれた。新潟地震後、各官公庁の中に災害に対するグループが生まれた。官公庁の間に協力関係が交わされ、山通りコミュニティーセンターにも鹿児島県や福岡県の「こころのケアチーム」が派遣されてきた。このチームは精神科医、心理療法士、看護婦などで構成され、災害による心の傷をケアするためにやってきた。
そのほかに保健師も派遣され、特に今後の家庭訪問を通じて被災民のフォローアップ、或いは避難をせず家庭で過ごしている人々の健康問題発見をしていかなければならない。
健康の救援はまだ終わっていない。
(工藤)
このエントリーをはてなブックマークに追加
ここ山通りコミュニティーセンターの避難所では、避難していている人も、ごみ出し、部屋、トイレ、風呂の掃除などを分担し、朝6時からみんなが働き始める。毎日トイレの掃除をしている人、老夫婦も孫の世話をしながら廊下の掃除をしている。しかし、「何回言われても、怒って浴槽だけちょっと拭いてすぐに部屋に返ってしまう人」、「犬を散歩に連れて行くから」、「この人は一回も掃除したことない、と職員に言われている」、「掃除する人としない人がいるのはおかしい。共同生活なんだから」と怒る人と、不満を現わさない人がいる。
避難者の人数が減り、2階の3人の子供がいる家族が1階に移動させられた。移ってきた1階の部屋には老人1人と、昨日から吐き続けている孫を持つ老夫婦が住んでいる。昨夜、病気の孫と遅くまで騒ぐ他の子供たちで夫婦は一晩中眠ることが出来なかった。「今夜騒いだら言いますよ。共同生活なんだから」と言う。まだ2階に残っている人は、風邪を引いている子供の部屋には行きたくない、行くくらいなら出て行くという人もいる。一緒に生活している人には苦しい選択でもある。

昨日一人の男性が還暦の誕生日を迎えた。いつも不機嫌な人がお祝いのケーキのローソクを消し、幸せそうだった。 (工藤)
このエントリーをはてなブックマークに追加
massage避難所の人数が減り、保健師による家庭訪問に重点が置かれつつある。ここ山通りの地区には函館、岡山市の保健師が派遣され、この地域の保健課との連携で家庭訪問を始めた。その訪問先を決めるときに基礎情報としてシェアの避難所での健康相談記録が役に立っている。相談記録を元に問題のあった人への優先的な家庭訪問である。この岡山市から派遣の保健師が広島市派遣の心のケアチームにミニ講和を受けた。 (工藤)

(マッサージのボランティアさん、お世話になりました。ありがとう)
このエントリーをはてなブックマークに追加