皆さま、サワッディーカー(タイ語で「こんにちは」)。26年間続いたタイ事業ですが、現地の自立を見届け、2016年3月にタイ事業は完全に終了しました。よって、今回でタイ事業最後のブログになります。本稿では、総会前に実施したタイ事業終了報告会についてご報告します。

タイ事業終了報告会では、26年のタイ事業を振り返り、リレー&インタビュー形式で3つの時代(1990年代、2000年代、2008年からの現地化移行時代)に分けて報告しました。私が心に残ったその一部を報告します。

1.タイ事業創始者、工藤芙美子専門家が語る1990年代
質問:タイ事業を始めたきっかけは何ですか。また自己資金持ち出し、タイで始めようと思われたのはどうしてですか。
工藤:1985年にエチオピアでの飢餓被災民への緊急医療救援に行った際に、無力感を感じました。栄養不良と感染症で509名が亡くなり、プライマリ・ヘルス・ケア(以下、PHC)の大切さを実感しました。PHCは人々の生活の知恵から生まれた「住民参加」活動の基本的理念です。タイ東北部ヤソトン県の県保健事務局長から下痢予防活動を依頼され、タイでPHCに基づいた活動をしたいと強く思い、タイに行くことになりました。

質問:活動をする上で大切にされたことは何ですか。
工藤:PHCに基づいて、ロールプレイをして、住民たちに下痢の問題を意識化してもらいました。そして村の保健ボランティアと共に考え、共に活動をしました。保健ボランティアに村で活動報告をしてもらい、彼らのモチベーションを向上させました。私は人材育成とは、教えることではなく、場を与えることだと思います。その中で、私は特に4つの場の重要性を考えています。
1.「気づきの場」「考える場」をつくる。
2.「学びの場」をつくる。「なぜ」と考えて活動をすることが大切です。
3.「活かす場」をつくる。
4.「認められる場」をつくる。

図1
下痢の問題について、住民がロールプレイをしている様子

質問:現在、新財団「HEALTH AND SHARE FOUNDATION(前タイ事務所、以下、HSF)」の理事の多くが、工藤さんと一緒に働いて来た関係者で、タイの保健機関の最前線で活躍されていますが、どのようにして、いい人材を発掘したのですか。
工藤:タイの文化では、共に食事をすることが大切です。共に食事をし、共に考え共に活動をしてきました。

図2
共に考え共に活動をしてきた工藤さん(右から3番目)

2.Dr. 沢田と西山(前タイ事業担当)が語る2000年代
質問:2000年代はエイズプロジェクトが柱でしたが、どのようなプロジェクトだったか、教えて下さい。
西山:2000年代初めには、未だ抗HIV薬がなく、エイズ=死の病気、治らない病気というイメージがあり、村での偏見差別が深刻でした。その中で、HIV陽性者当事者等が声をあげ、村のエイズ対策ボランティアさんと共に、エイズのケアと予防の活動を展開しました。

図3
HIV陽性者当事者、村のエイズボランティア、行政職員、若者、住民が共にエイズキャンペーンを実施した象徴写真(全関係者が1枚の写真に収まっている)

沢田:村を挙げて、小さな子どもまでがエイズキャンペーンに参加しました。
   (当時の詳細は、前ブログでDr.沢田が語っています)

図4
子どもがコンドームを膨らまし飛ばすゲームを取り入れた、エイズキャンペーン

3.西山と広本(タイ事業担当)が語る現地化移行時代
シェアは2008年に現地代表を日本人からタイ人に交代し、現地化の準備を進めました。新財団を設立するために、発起人発掘、他団体へ組織運営に関するインタビュー、新財団の定款作成、財団登記書類を準備しました。現地化のメリットとしては、.織い任凌彗な決定による業務の効率化、▲織た佑離ーナーシップ確立、持続可能性があります。

現地代表とアドミニ・会計スタッフの交代が相次ぎ、現地化には予想以上の時間がかかり、2012年5月に新財団「HSF」立ち上げとなりました。その後、シェアはHSFの組織運営強化支援として、会計システム、事業成果のモニタリングシステムの確立、資金獲得のための能力強化支援を約3年半かけて行いました。

現地化準備とその後の支援に、計8年かかりました。そこで、タイと日本の関係者にインタビューし、この8年の現地化について振り返りました。その結果、以下の学びが挙がりました。
1.現地化をするにあたり、リーダーと会計スタッフがキー
2.現地化経験のある専門家の投入が必要(駐在ではなく、短期でもよい)
3.幅広い分野の理事の確保が必要(現在は保健医療系が多い)
4.資金獲得の役割を段階的に移譲した方がよい
5.現地化に係る年月を5年に短縮した方がよい
6.新財団の強みを認識する必要がある
7.現地化評価は財団設立時に行い、そこでの振り返りを組織運営強化に活かした方がよい

写真タ
報告会の様子

26年の学びを、このブログでまとめきれない程です。今年の機関誌で、改めてタイからの学びを掲載させて頂きます。

末筆になりますが、長年タイ事業を支援して下さった皆さま、本当にありがとうございました。困難な時もありましたが、皆さまからの励ましと応援があったからこそ、乗り越えることができました。この場を借りて、心より感謝を申し上げます。今後、シェアとHSFはパートナー団体として、歩んでいきます。

図5
パートナーシップ宣言を交わしたシェア代表理事のDr.本田(左)とHSF代表のDr.ジン(右)



広本充恵

タイ事業担当 広本 充恵


**応援よろしくお願いいたします**
HSFの活動に賛同して下さる方は、下記のサイトからご寄付のご協力を、どうぞよろしくお願いいたします。(下記サイトの左下の「Donate」ボタンをクリックして下さい。
http://healthandshare.org/en/
このエントリーをはてなブックマークに追加
タイでエイズが流行を始めた1990年代初め、私たちシェアは東北タイでの活動を開始しました。当時私たちは、活動の必要性が理解されないもどかしさを感じることが多かったです。農閑期には多くの人々が出稼ぎに行く東北の村。貧しかった村でも都会との交流の急速な増加の中で、多くの人がエイズを発病するようになっていました。しかし、保健ボランティア達に話しても、「この村にはエイズになるような人はいませんよ」「私たちにはエイズは関係ない」と誰も関心を寄せてくれない状況が続きました。

そんな中で、エイズへの取り組みが先行している北タイに行き、参加型の啓発プログラムを学んできました。当時地域のエイズ対策専門官であったジン医師(現HSF代表理事:旧名「アーカード」)らと相談し、これを活用した保健ボランティア向けの研修を実施しました。劇やゲーム、グループワークを駆使した研修で、エイズが誰にとっても起こりえる問題だと実感してもらうことで、保健ボランティア達の意識が変わっていきました。多くの保健ボランティアが、地域で思い思いの工夫をこらしたエイズ啓発活動を開始するようになりました。

図1
大人と子どもが一緒になって、村でエイズキャンペーンを実施
このエントリーをはてなブックマークに追加
皆さま、サワッディーカー(タイ語で「こんにちは」)。タイ事業の広本です。タイ事業終了に伴い、この度最後の出張に行って参りました。出張前半は、これが最後と日々噛みしめていましたが、出張後半は怒涛のようにやってきて、あっという間に終わってしまいました。本ブログでは、その出張の様子を紹介します。

パートナーシップ・セレモニー
さて、今回の出張の一番大きな目的は、HSF(シェアから独立した前タイ事務所の新しい財団名:HEALTH AND SHARE FOUNDATIONの略)とシェアのパートナーシップ宣言を交わすセレモニーを実施することでした。2012年にHSFはシェアから独立しましたが、2015年12月までを現地化移行期間として、シェアはHSFの組織運営強化支援を実施してきました。そして、2016年以降、HSFとシェアがそれぞれ別団体として、今後協力関係を築いていくことを約束して、パートナーシップ宣言に署名を交わしました。

sign6
パートナーシップ宣言署名の様子

sign3
左:HSFジン代表、右:シェア本田代表理事

セレモニーには、この3年間HSFへの組織運営強化支援をして下さった生協総合研究所さま、前シェアタイ事務所のOB/OG、過去の活動時代の関係者がタイ国内から、そして日本から大勢応援に来てくださいました。シェアからは本田代表理事、前タイ事業担当の西山、タイ事業担当の広本が出席しました。そして、HSFのジン代表、シェアの本田代表理事、生協総合研究所の古田先生より、それぞれ新しい道に向かってスピーチが寄せられました。そのスピーチの一部を紹介します。

シェアの本田代表理事によるスピーチ
「『卒業式』とは、新たなスタート、今後成長するための新しいチャンスのひと時でもあります。このパートナーシップ・セレモニーは『卒業式』とも呼べます。HSF関係者、長年の支援者、そして生協総合研究所のみな様と共にこの卒業式を共有できたことを、非常に嬉しく名誉に思っております。・・・(中略)・・多大な感謝と賞賛を込めて、今後シェアはHSFとの絆と連帯を継続し強化していきます。」
 (*スピーチ全文は、後日機関紙にて紹介する予定です。)

speech
本田代表のスピーチ

セレモニーのクライマックス
セレモニーの最後には、タイ人が願いを込めてバイシー(白い紐)を結び、日本人を送りだして下さいました。タイ東北地方では、人を送り出す時に、健康と幸せ、交通安全を祈って、バイシーが結ばれる伝統文化があります。

baisii2


baisii1


HSFの現地化と組織運営強化に関する意見交換会
セレモニーの翌日は、シェアによるHSFへの組織運営強化支援を3年間サポートして下さった生協総合研究所さまとHSF、シェアによる意見交換会を行いました。HSF事務局長のチェリーが、現地化からの学びを共有し、その後活発な質疑応答となりました。生協総合研究所さまからは、地域の人々が自ら健康問題を解決できるような地域づくりをしていることが、活動視察からもよく分かり、3年間の支援の成果が実感できたとお言葉をいただきました。

写真2


写真1


おわりに
2008年から現地化準備を始め、2012年に財団法人化、そして2015年に組織運営強化支援が終了し、現地化の全体プロセスだけでも8年間かかりました。特に2015年は、HSFのスタッフと理事が一丸となって、組織の財政確保に必死になって取り組んできました。少しずつHSFの課題を克服しながら、2016年が開始しました。これからHSFはシェアのパートナー団体として、対等な関係で歩んでいきます。シェアから本当の意味で独立したHSFに、皆さま暖かいご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。

memory1

セレモニー出席者と集合写真



広本充恵

タイ事業担当 広本 充恵


**応援よろしくお願いいたします**
HSFの活動に賛同して下さる方は、下記のサイトからご寄付のご協力を、どうぞよろしくお願いいたします。(下記サイトの左下の「Donate」ボタンをクリックして下さい。
http://healthandshare.org/en/
このエントリーをはてなブックマークに追加
みなさま、サワッディーカー(タイ語で「こんにちは」)。もう今年も2月になりましたね。

MSM対象のエイズプロジェクト立ち上げ
タイでは、HIV感染率は1.1%(成人人口比)と減少したにもかかわらず、MSM間のHIV感染率が7%、性感染症率が24%と報告されています(2012、UNAIDS)。タイ公衆衛生省も、MSMを重要個別施策層と位置付け、性感染症予防の支援を求めていました。それを受けて、シェアは2008年に新規エイズプロジェクトとして、初めてMSMへの活動を開始しました。

※MSM(Men who have sex with menの略):「男性と性行為をする男性」

シェアとしては、HIV陽性者の健康支援や村人へのHIV/エイズ予防啓発に関しては、長年経験があったのですが、MSM対象の活動は初めてでした。活動当初はグループの立ち上げから始めました。中核となりそうなMSMに集まってもらい、HIV予防啓発活動の目的や必要性について話し合い、MSMグループが立ち上がりました。そして、MSMグループのリーダートレーニングや、MSM対象のグループミーティングが始まりました。

※本人達も「MSMグループ」リーダーと自称している為、固有名詞として「MSM」グループと使用しています。

講師として活躍するMSMグループのリーダー
MSMグループのリーダー(以下、グループリーダー)たちは、HIVや性感染症のトレーニングを受けて、その後MSMメンバーたちに伝え、めきめきとファシリテーターとしての能力を上げていきました。元々潜在能力もあったのかもしれません。こちらのMSMメンバーグループの特徴として、人前で話すことが上手、人を楽しませるエンターテイナー力がある、言葉をストレートに明確に伝えることができるため、学校の生徒からは大人気です。

そして、2015年には、MSMグループとして、21回も中学校・高校で性教育の授業を実施しました。その授業の様子を紹介します。

1.活動前のウォームアップ
IMG_0567



2.生殖器に関する学び(男女別)
シェア4


3.「水の交換」:HIVの感染の広がりを学ぶ
IMG_0558


MSMグループによる性教育がおもしろいわけ
現在、MSMグループ「メコン川にかかる夜明けグループ」は、学校と連携して、定期的に性教育授業を実施しています。性教育を実施している学校長からも、「メコン川にかかる夜明けグループ」の授業が絶賛されています。学校の先生が授業をすると、真面目な授業になり、時には先生自身が性に関する話を恥ずかがり、核の部分に触れることができないこともあります。しかし、グループリーダーによる授業は、大切な話をストレートに分かりやすく、そして楽しく伝えられ、参加型のゲームやワークをたくさん取り入れています。

長年の人材育成の成果
また、昨年より疾病対策局から、MSMグループの活動助成を獲得できました。シェアが育てたMSMグループが市民団体として自立する直前までやってきました。人材育成は時間がかかりますが、地域の人材が育ち、地域ぐるみで健康活動をしている様子をみると、この活動をやってきてよかったなと思います。

活動当初はMSMグループのみを担うリーダーの育成を目指していましたが、結果的に他の活動対象者や地域の学校の活動の担い手として、大きな波及効果を生みました。それは、HEALTH AND SHARE FOUNDATION (前タイ事務所、以下HSF)のタイ人スタッフが、グループリーダーと家族のような関係を築き、育て支えてきたからだと思います。今後、HSFと「メコン川にかかる夜明けグループ」が、ますます地域の保健活動に貢献できることを祈っています。


広本充恵

タイ事業担当 広本 充恵


**応援よろしくお願いいたします**
HSFの活動に賛同して下さる方は、下記のサイトからご寄付のご協力を、どうぞよろしくお願いいたします。(下記サイトの左下の「Donate」ボタンをクリックして下さい。
http://healthandshare.org/en/
このエントリーをはてなブックマークに追加
皆さま、サワッディーカー(タイ語で「こんにちは」)。前回の出張報告第一弾では、現地化のインタビューについてお伝えしました。今回は出張報告第二弾として、出張業務の後半部分をご報告します。10月の出張には、実は4つの目的がありました。1つ目は、シェアの学びとして現地化をまとめるためのタイ関係者へのインタビュー、2つ目は、毎年行っている年次振り返り計画会議、3つ目は申請書作成のためのフォローアップ研修、4つ目はバンコクのドナー訪問です。3週間弱の盛りだくさんの出張でした。

年次振り返り計画会議
年次振り返り計画会議は、いつも10月の時期に理事とスタッフ間で行っているものです。それは、1年間の事業成果を確認し、来年度の計画を確定するための会議です。最初に設定した指標や目的が達成されたか、昨年と比較して何がどのように改善されたかを振り返るものです。また今年の課題点を克服していくための対応策を今後の計画に反映させます。タイでは、各担当が、それぞれの担当の活動を発表し、それに対して理事や顧問がアドバイスをします。

rp

スタッフのノイがHIV陽性者の活動を発表している様子

またHEALTH AND SHARE FOUNDATION (以下HSF、前タイ事務所のこと)は独立した一団体なので、財務の確認も行っています。助成金だけでは予算が足りないので、2015年は自己資金獲得のために、募金箱設置を進め、お寺との共同募金キャンペーンや民芸品販売、講師派遣を行い、成果や懸念点を話し合いました。インタビューでは、理事やスタッフから、資金不足を心配する声が多く挙がりました。昨年9月に世界エイズ・結核・マラリア基金による事業撤退が決定し、現実的に資金難の問題に直面しました。以前からある程度資金繰りの予測はしていたものの、問題が現実化し、2015年は今まで以上に、理事とスタッフがお互いできる範囲で何らかの行動を起こし一丸となった年でした。

__ 2

HSF理事とスタッフが議論している様子

申請書作成のためのフォローアップ研修
2014年末から助成金申請を始めましたが、なかなか申請が通らないという事実から、申請書の書き方に問題があることが分かりました。そこで、2015年は申請書作成の強化を行いました。10月の出張では、申請書作成のために必要なチェックリストを、タイ人スタッフにアイデアを出してもらいながら作りました。そして、HSFの強みは何か、再度ブレーンストーミングしました。

staff_training

研修の様子

ドナー訪問
その後、バンコクで長年お世話になっている、日本大使館、日本人会、シェア・タイOBを訪れ、活動報告をしました。今まで日本人が担っていたドナー対応をHSFに引き継ぎ、既に直接やりとりを始めています。日本ならではの細やかな対応と相手への思いやりが伝わればよいなと思っています。



__ 4

これからHSFを担っていくHSF理事・スタッフとの集合写真



広本充恵

タイ事業担当 広本 充恵

**応援よろしくお願いいたします**
thai
このエントリーをはてなブックマークに追加