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昨日書いた「サービス残業は日本の文化だ ~ブラック企業が生まれる下地~」では、サービス残業は日本特有の「実態と合わない法律は守らなくても良い」と考える文化に根付いている、と説明した。これを改善するにはどうしたら良いのか。答えは簡単で、法律を厳格に適用することだ。

法の支配。

日本はこれを甘く見すぎてきたのではないか。

●「境目」を見極めるような文化は辞めるべきだ。
前回の記事では月収100万円で毎日1時間サービス残業をやらされている人と、月収15万円で毎日終電までサービス残業をやらされている人を比較して、前者は文句を言った所で誰にも取り合ってもらえないが後者は同情してもらえる、という事を書いた。

どこまで許されてどこからがダメなのか、という議論はもう止めるべきだ。これは教師が生徒に手をあげた場合、どこまでが体罰でどこからが暴行なのか?という法律を無視した線引きと同じで全く意味が無い。

現行法では労働時間は1分単位で計算しなければいけないことが決められている(15分単位で計算されてそれ以下は切り捨て、といった形で給料が計算がされているケースも珍しくないが、これは違法だ)。だから1分でもサービス残業は駄目なんだと法律の通り杓子定規に適用するべきで、法律がおかしいのなら適度に破る事を見逃すのではなく、法律を変えた方がよっぽど自然だ。

それをやらないからどこまでなら許されるのかといった話になり、訴えられなければやったもん勝ち、というブラック企業が横行し、やり過ぎた企業では過労死が出る。

●現実を法律を合わせる。
例えば基本給20万円で1日8時間労働です、と言いながら毎日2時間サービス残業をさせるケースと、基本給を低く抑えて、残業代をしっかり払って支払い総額が20万円のケースを比較すると、両方とも支払っている給料は同じだが、前者は違法、後者は合法だ(休憩時間や割増賃金は一旦除外する)。

サービス残業が厳しく取り締まられないのであれば、ウソを付いて求人広告を出す方が給料を高く表示できるので得になる。まずはこういう正直者がバカを見る状況を取り締まるべきだ。

前回も書いたとおり、法律どおりにすると会社がつぶれるというのは現在の基本給を前提にするからであって、サービス残業が多いならば本来の基本給+残業代で計算しなおせば基本給が極端に低くなる。つまり、低賃金・長時間労働の環境を募集の段階で正確に表示させるべきで、これを実施させるために必要な事はサービス残業を窃盗と同じレベルで厳しく取り締まれば良い。

●ガムを盗むと捕まるのに労働力を盗んでも捕まらないのはなぜか。
100円のガムを盗むと窃盗罪としてつかまるのに、なぜ1時間のサービス残業は現行犯で逮捕されないのか。なぜ未払い賃金だけが「払っていないだけで盗んだわけではない」という言い訳が通用するのか。このような根本的な矛盾から直すべきだ。窃盗罪をサービス残業と呼ぶ事、盗んだお金を未払い賃金と規定してしまう事が問題の元凶だ。 

ここまで書くと、そんなルールを杓子定規に適用するのは無理とか現実的じゃない、という話になってしまうのだろうが、「杓子定規」という言葉自体が非常に日本的で、前回の記事でも書いたようにルールを厳格に適用する事がまるでよろしくないかのような常識が日本にはある。これが法による支配が根付かない理由のひとつだろう。

法律が厳格に適用される社会と聞いたら「何か息苦しそう……」という感想を持つかも知れない。しかしそれは大きな勘違いだ。ルールが厳格に適用されるという事は、ルールを熟知していれば想定外のことは起きないという事であり、恣意的にルールを運用されるほうが想定外のことが起こるので、よっぽど困るし危ない。

●現状のままでは労働市場の規制緩和を進める事は出来ない。
現在、労働市場の流動化が規制改革会議や産業競争力会議で話し合われているが、簡単に話は進まないだろう。なぜなら政治家も経営者も国民からまったく信用されていないからだ。

2006年、電子器機メーカーのキヤノンは偽装請負の問題で労働局から指導を受けた。当時同社会長で経団連会長でもあった御手洗氏は、この件について「請負法に無理があり、見直すべきだ」と財政諮問会議で発言した。請負法は仕事を依頼した側の企業が、請け負った側の社員に対して仕事の指示が出来ないなどおかしな点があり、この指摘自体に間違いは無い。しかし違法行為を行った企業の会長が、しかも経団連会長という政治家に対していくらでも意見を言える立場の人間がこのような後出しジャンケンの発言をしたことは、当時大きな問題となった。法律を破った人間が後になって法律がおかしいと批判したのだから、非難の声が上がるのも当然だった。

財界総理とまで呼ばれる経団連会長の発言は、その後の労働法制の規制緩和に対するアレルギーの大きな原因となったように思う。そしてそれは今でも続いている。

●派遣・請負が重宝される理由。
派遣や請負のような直接雇用を避ける、ある意味で「奇妙な手法」がこれだけ発達する理由は解雇規制が強いからだ。例えば派遣社員として同じ職場で何年も働いているような人は、解雇規制が弱ければ直接雇用されるはずだ。企業がいつまでたっても直接雇用をしないのは派遣社員ならば契約を解除できる、つまり「解雇できる」というオプションを絶対に手放したくないからだ。

一時の派遣会社の大儲けぶりをみれば、企業がどれだけ解雇できるというオプションを重要視しているかよく分かる。そしてそれ自体は決して間違ってはいない。仕事が無くなった時に人件費がかさんで倒産してしまう……それが仮に杞憂だとしても、リスクの観点から言えば当然の心配だ。

つまり企業にとっては直接雇用を避けるために、手間やコストが掛かっても派遣や請負を使うのは保険のようなものという事になる。しかも解雇規制は自然にあるものではなく国が作った法律なのだから、人為的な壁だ。人為的な壁によって本来従業員が受け取るべきお金が派遣会社に中抜きされてしまっている。派遣会社や請負会社を否定するつもりは全く無いし、解雇オプションのためだけに存在するわけでは無いが、なぜ企業が派遣や請負をそんなに使いたがるのか、よく考えるべきだ。

●誰が「失業保険」を負担すべきか?
解雇するのは可哀想、企業は雇用の責任を、という考えもそろそろ改めて、仕事が無いのに無理に雇用を継続させる「企業版・失業保険」は辞めて、社会保障は国の役目として完全に切り離すべきだ。正規・非正規の格差が極端に開く理由も、企業に社会保障の役目を担わせているからだ。

また、解雇した際に発生するコストも国がさほど負担せずに済む仕組みを作る事は出来る。現在の低すぎる雇用保険料率を引き上げれば良い。健康保険料はおよそ10%、年金保険料は16%、それに対して雇用保険料はたったの1.5%程度だ(労使合計分)。病気のリスクや老後の長生きリスクにこれだけの保険料を取っているのに、失業リスクにたった1.5%しか保険料をかけないのはあきらかに低すぎる。ここを何倍かに増やせば追加の税金は不要だ。そして職業訓練や現在対象となっていない非正規雇用者に支払う失業保険の原資として使えば良い。「国が1兆円もかけて電機メーカーの設備を買い取るらしい~エコポイントの斜め上を行く、呆れた仕組みについて~」でも指摘したように、企業へ使う無駄なお金を全部無くしてしまえば「人」にあてるお金を捻出する事も出来る。

企業には徹底した競争を、人には徹底した保障を、というやり方がシンプルで一番良いのではないか。

●解雇できるから雇用する。
セーフティーネットが充実し、企業が安心して解雇できるようになれば、安心して雇用出来る。これは株式投資を例に考えると分かりやすい。一度買ったら40年間売れません、という仕組みで誰か株を買おうという人は居るだろうか。いつでも売れるから買うのが株式市場だ。労働市場は一度売れると消費してなくなってしまう魚や野菜の市場よりも、株式市場の方が近い。

投資(雇用)をする側(企業)から見て、投資先の株(従業員)が今後数十年にわたって良いパフォーマンスをだしてくれるかは分からない。全く別の理由でお金が必要になった時(業績が悪化した時)、売れない(解雇できない)のであれば、そもそも投資をすることすら出来ない。つまり売れるから買える、という事だ。流動性があるから成り立つのは株式市場も労働市場も全く同じだ。そして雇用が発生すればそれ自体が景気にプラスとなり、結局は解雇しないで済む可能性は高くなるかもしれない。

経済・働き方に関する記事はこちらも参考にして欲しい。
●正しすぎるライフネット生命の新卒採用
●アベノミクスは失敗している。
●池上彰さんが心配して、総理大臣が否定するハイパーインフレについて。
●日本の不景気は女性差別が原因だ
●期待値を下げて利益を出す ~スカイマークエアラインの正しい経営判断~
●公務員になりたいという証券マンのユウウツ ~対面型証券に存在価値はあるのか~ 

今後、労働基準法の改正となれば国をあげての大騒ぎになる可能性は十分にある。これを実行していくにはまずは企業が法律を守り、法律違反は厳しく取り締まる事が大前提だ。それからやっと実態に合わない法律を変えられる。それをやらずに規制緩和を進めようとしても反対の声ばかりが上がって話は全く進まない可能性がある。一番憂うべきはそこだ。

中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
●シェアーズカフェのブログ
●ツイッターアカウント @valuefp  フェイスブックはこちら ブログの更新情報はSNSで告知しています。フォロー・友達申請も歓迎します^^。

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著者プロフィール


中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー(FP)、シェアーズカフェ店長、シェアーズカフェ・オンライン編集長。「保険を売らないFP」。

2011年4月にファイナンシャルプランナーのお店・シェアーズカフェを開業。開業から10年間、一貫して対面相談とウェブで情報発信を行う。2014年、シェアーズカフェ株式会社に法人化。現在は日暮里駅近くに事務所を構える。

情報発信は東洋経済オンライン、ITmediaビジネスオンライン、プレジデントオンライン、JBプレス、日経DUAL等の経済誌で執筆する他、新聞・雑誌・テレビ・ラジオ等で執筆・出演・取材協力多数(めざましテレビ、報道2001、スッキリ他、メディア掲載・取材協力の詳細を参照)

著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」、「一生お金に困らない人 死ぬまでお金に困る人(大和書房)」。住宅本はAmazon・楽天ブックスの住宅ローンランキングで最高1位、Amazon総合ランキングでは最高141位。

対面ではファミリー世帯向けにプライベートレッスン(相談)を提供。生命保険の販売を一切行わず、金融機関・不動産会社のセミナー・広告等の業務も全て断り、相談料だけを受け取るFP本来のスタイルで営業中。

プライベートレッスンでは独自のカリキュラムを顧客ごとに最適化、相談・アドバイスと組み合わせて高度なコンサルティングを提供。特に住宅購入の資金計画、ライフプラン全体のアドバイスを得意とする。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。

2013年にはマネー・ビジネス分野の士業や専門家が参加する自社メディア、シェアーズカフェ・オンラインを設立、編集長に。2014年よりYahoo!ニュースに配信中。他にも編集プロダクション、専門家向けの執筆指導(オンラインサロン)、社長専属の編集者などの業務も提供。FP事業とメディア事業を車の両輪としてシナジーを経営者として日々追求。

お金よりも料理が好きな79年生まれ。

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