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外食チェーン・ワタミの会長、渡邊美樹氏は、今年7月に行われる第23回参議院選挙・比例区に自民党の公認候補として出馬する事を表明した。5月29日早朝にこのニュースが朝日新聞のウェブサイトで報じられると、他社が報じていない、党の公式HPにも情報が掲載されていないという事から、朝日新聞の誤報・デマだとしてツイッター上ではかなりの騒動になった。

もちろん、その後は正式に情報が公開された事からデマ騒動はすぐに終わった。ユニクロと並んで「ブラック企業」の代名詞となっているワタミ創業者の出馬を認めたくなかった人がそれだけ多かった事の表れだろう。

■ワタミ会長の出馬と、ブラック企業公開という公約について。
自民党は今年4月、悪質なブラック企業名を公表すべきという公約を参院選で掲げる事を政府に提言した。自分は以前「ブラック企業は「公表」ではなく「取締り」をするべきだ」で、全国で400万社以上もある企業の労働環境を国が細部までチェックできるわけも無く、一部を恣意的に公表してもガス抜きにしかならず、意味は無いと書いた。とはいえ、少なくとも与党や政権内部ブラック企業に対する問題意識はあると思っていた。

しかし、その一方で過労により自殺者の出た企業名の公表は拒否されている。これは2012年11月に大阪高裁で出た判決だ。大阪労働局に対して行われた情報開示請求で、一審の地裁では原告が勝訴したものの、二審の高裁では逆転敗訴した。現在は最高裁の判決を待っている状況のようだが、労働局(国)の開示をすべきでないとする根拠がまるでブラックジョークのような内容だ。

1・企業名が公表されると自殺した人の個人情報が特定される
2・企業がブラック企業として認識されて被害を受ける
3・行政上の事務遂行に支障が出る


いずれも合理的な理由とは到底考えられない。これらの主張を受けて国側を勝訴とした高裁判決の趣旨を自分なりに短くまとめると、「過労死の発生=違法行為の存在」では無い、無過失でもブラック企業という悪評が立ちかねないので安易な公表はすべきでない、という内容だ。国側の主張同様、裁判所の判決の趣旨もブラックジョークのレベルだ。

労災認定がなされて過労で自殺した事は明らかならば、違法かどうか過失があったかどうかに関わらず正確な情報は公表されるべきだ。労働者や金融機関、取引先が意思決定するにあたって必要な情報だからだ。唯一、個人情報については先日のアルジェリアの人質事件でも話題になったように遺族の意向を汲むべきだろうが、個人情報保護を理由に企業を守る必要は一切無い。

■恣意的なブラック企業公表に意味は無いし、公表出来るはずも無い。
与党はブラック企業を公表するなら、まずは意味の無い裁判をやめて大阪労働局に企業名の公表を命じるべきではないのか。過労死が発生しても企業名を公表できないのであれば、一体どのような会社を悪質なブラック企業として認定し、公表するのか。

ブラック企業の公表については民主党も参院選の公約の原案に盛り込んでいるようだが、このやり方ははっきり言って意味が無いし不可能だ。国が「この企業は問題がある」と指摘する以上、公平・公正な基準が必要だ。となればその基準は当然の事ながら法律以外にありえないだろう。しかし、違法企業=ブラック企業ならば、わざわざブラック企業という言葉を使う必要も無いし、粛々と取り締まれば良いだけだ。そして必ずしも過労死=企業の違法行為ではない。高裁が開示請求を認めなかった理由もここにある。

違法行為を行ったかどうかも分からないのに問題があると名指しで指摘すれば、営業妨害で損害賠償請求を受けて国は確実に負ける。そもそも悪質なブラック企業と悪質でないブラック企業の境目を国が決める仕組み自体が異様だ。公表する・しないの違いは一体どうやって決めるのか。つまり「一部の企業を違法行為の有無も不明なまま、国がブラック企業として公表する」という仕組みは法治国家ではありえないということだ。

■情報公開が企業のブラック化を抑止する。
裁判の結果を見る限り、以前の記事で恣意的なブラック企業認定に意味は無いと書いたとおりの事がすでに起きている。そして意味が無いどころか実現性に乏しい事も確実だ。だからこそ問題の有無にかかわらず、ブラック企業かどうかに関係なく、全ての企業に対して労働環境に関する情報を一律かつ強制的に公表させ、その判断は情報の受け手に任せるルールを作るべきだと書いたわけだ。

政治家や官僚が「この企業は悪質なブラック企業かどうか?」などと話し合っている様子は想像しただけで滑稽だ。悪質なブラック企業が1万社あったら一つ一つ調査して認定するとでも言うのだろうか? そして認定されなかったブラック企業があれば、企業も認定に関わった政治家・官僚もあらぬ疑いを受ける。仕組みとしてはちょっと想像しただけで成り立たない事が分かるだろう。

ワタミ会長の渡邊氏は、出馬にあたって同社の離職率や残業の平均時間、給与水準、メンタルヘルスによる欠勤・休職している社員数の割合など様々な数字を挙げながら、当社はブラック企業ではないと自らのウェブサイトで主張している。これらの数字が本当なのかどうかはジャーナリストでもない自分には全く分からないが、このやり方は上に書いたとおり理にかなっており、全ての企業が行うべきだ。

ただ、ワタミについて過去に入社二ヶ月で自殺をした同社の新入社員は100時間を越える過酷な残業が原因とされ、労災認定を受けている。これは2008年の事で報道によって明らかになっている経緯だ。2008年に新入社員でありながら月137時間の残業をしていた事実と、渡邊氏の公表した平均残業時間が約38.1時間という数字には100時間も差がある。僅か数年で労働環境を劇的に改善したという事なのか。この数字の通りならば社員が二人居れば200時間も労働時間を削減しなければならず、そのためにはもう一人社員を雇わなければ不可能で、相当数の社員やアルバイトの増員が必要だ。

■全ての企業に労働環境を公表させ、監査の対象にすべきだ。
ワタミはブラック企業批判を払拭するためか、第三者委員会に自社の状況をチェックさせることも発表しているので、ぜひこういった部分で整合性が取れるような説明を期待したい。

結局このような数字を自社調べで出した所で正確かどうかが保障されなければ意味が無い。したがって一定規模以上の企業には、労働環境に関わる情報を全て監査法人による監査の対象として、有価証券報告書で報告義務を課してしまえば良い。こういった仕組みをまずは監査の環境が整っている上場企業からスタートさせてみてはどうか。ここまで厳しくすれば嘘をつくことは困難になる上、粉飾決算のリスクを背負う事になる。

ブラック企業というとワタミ・ユニクロばかりが注目されるが、実際にはもっと酷い企業はいくらでもある。目立つところや規模の大きい所ばかり叩くのはフェアではないし、問題のある企業は等しく罰を受けるべきだ。非上場の企業や中小企業でも従業員が一定数以上在籍する会社には(監査までは義務付けなくても)労働環境に関する情報公開は義務付けた方が良い。

多くの人にとってはユニクロやワタミがブラック企業かどうかよりも、自分の働く会社やこれから働くかもしれない会社の環境の方がよっぽど重要だろう。仮にワタミやユニクロなど、一部の企業がブラック企業として認定されたところで、それによって恩恵をこうむる人はごく僅かだ。それよりも情報公開を義務付けて全ての労働者がメリットを受ける仕組みを構築する方がよっぽど重要だ。そして渡邊氏自身も情報公開には賛成だと言う。当選したら情報公開に関する法律をぜひ議員立法で実現してもらいたい。

■ワタミ会長の出馬は参院選のキラーコンテンツだ。
先日行われた東京都議選は歴代二位の低い投票率を記録し、自民、公明、そして共産党が躍進した。低い投票率で組織票の強さが際立った事は明らかだ。

このまま行けば参院選でも同じ事が起きそうだが、一つ違うのは渡邊氏の存在だ。ワタミ会長の出馬は有権者と野党を大いに刺激するだろう。出馬が報じられただけで、話題になる位ならまだしも、デマ・誤報騒動まで起きる候補者は少なくとも自分は過去に聞いたことが無い。

渡邊氏は注目の候補として各種メディアでも取り上げられるだろうし、自らブラック企業ではないとウェブサイトで弁明したようにネットによる情報発信も熱心なようだ。第三者委員会の情報が公表されればそのタイミングでもまた大きな話題となるに違いない。問題なしとされればウソツキ呼ばわりされるだろうし、問題ありとなれば今度は自ら設置した委員会と渡邊氏が対立するなど、わけの分からない展開も予想される。今後もその一挙手一投足が各種メディアやウェブを駆け巡るだろう。渡邊氏の存在は今回の参院選で投票率を上げるキラーコンテンツであり、同時にネット選挙解禁の象徴にもなるかもしれない。

■ワタミ会長が政治家として日本に貢献できる事。
ウェブで情報を集めている人はブラック企業に関する記事を読む機会が多いと感じているかもしれない。これはブラック企業ネタは読者の関心を引きやすくアクセスを多数集める事が大きく影響している。渡邊氏が政治家となればこの注目が政治への注目へとなりうる。

現在の自民党の勢いなら渡邊氏は順当に当選して国会議員になる可能性は高い。そうなればメディアも野党も容赦なく渡邊氏を攻撃するかもしれない。今までは上場企業の社長・会長とはいえ一民間人だ。それが政治家となれば公人としてことあるごとに取り上げられる。その結果、ブラック企業の問題はいやがおうにも他の政策以上に注目を集める事になるだろう。渡邊氏が選挙戦のキラーコンテンツとなり、その後も台風の目として政界で注目を集めてブラック企業議論が深まる事は決してマイナスではない。

ここまで批判されている状況での出馬は要請した方も受けた方も、火中の栗を拾うというか、飛んで火に居る夏の虫というか、勇気があるというか無謀というか・・・・・・凡人の自分には全く理解できないが、いずれにせよ渡邊氏が政治家になる事は大いに歓迎したい。

■ユニクロ・ワタミに着せられたブラック企業という汚名について。
今回はタイトルから文章まで「ブラック企業」という言葉を多用したが、この表現は企業と労働者の問題を考える時に適切な言葉なのだろうか? 自分はこれまでも特定の企業をブラック企業として名指しで非難した事は一度も無いし、そもそもワタミやユニクロをブラック企業呼ばわりする事を辞めるべきだと思っている。もっと言えばブラック企業という言葉自体、使わない方が良い。ましてや国が「ブラック企業」を公式に認定する仕組みなど絶対にやめるべきだ。

自分はブラック企業に関する問題は徹底的に議論すべきだと思うが、実際に議論が深まっていけば「ブラック企業を正しく論じるには、そしてブラック企業を根絶するには、ブラック企業の定義を議論するより、まずはブラック企業という言葉を使わない事から始めるべきではないのか?」という話になっていくはずだ。

ブラック企業・働き方に関する記事は以下を参考にされたい。
■サービス残業は日本の文化だ ~ブラック企業が生まれる下地~
■ブラック企業を消す方法。 ~解雇規制・雇用流動化について~
■ブラック企業は「公表」ではなく「取締り」をするべきだ。
■女子大生でも分かる、3年間の育児休暇が最悪な結果をもたらす理由
■育児休業延長に振り回されそうな女子大生に贈ったアドバイス ~時短勤務と男性の働き方~

この奇妙なハナシについては人事コンサルタントの城繁幸氏は、大半のブラック企業は違法行為を犯してないし、ユニクロにいたっては優良企業だと指摘している。

果たして城氏はブラック企業を擁護しているのか? 実際はそんなに単純な話ではない。「ブラック企業と違法企業の違い・ネジレ」については次回改めて論じたい。

続きを書きました! → ブラック企業という「グレーな存在」について~第二の過払い請求になるか?~

中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
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著者プロフィール


中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー(FP)、シェアーズカフェ店長、シェアーズカフェ・オンライン編集長。「保険を売らないFP」。

2011年4月にファイナンシャルプランナーのお店・シェアーズカフェを開業。開業から10年間、一貫して対面相談とウェブで情報発信を行う。2014年、シェアーズカフェ株式会社に法人化。現在は日暮里駅近くに事務所を構える。

情報発信は東洋経済オンライン、ITmediaビジネスオンライン、プレジデントオンライン、JBプレス、日経DUAL等の経済誌で執筆する他、新聞・雑誌・テレビ・ラジオ等で執筆・出演・取材協力多数(めざましテレビ、報道2001、スッキリ他、メディア掲載・取材協力の詳細を参照)

著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」、「一生お金に困らない人 死ぬまでお金に困る人(大和書房)」。住宅本はAmazon・楽天ブックスの住宅ローンランキングで最高1位、Amazon総合ランキングでは最高141位。

対面ではファミリー世帯向けにプライベートレッスン(相談)を提供。生命保険の販売を一切行わず、金融機関・不動産会社のセミナー・広告等の業務も全て断り、相談料だけを受け取るFP本来のスタイルで営業中。

プライベートレッスンでは独自のカリキュラムを顧客ごとに最適化、相談・アドバイスと組み合わせて高度なコンサルティングを提供。特に住宅購入の資金計画、ライフプラン全体のアドバイスを得意とする。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。

2013年にはマネー・ビジネス分野の士業や専門家が参加する自社メディア、シェアーズカフェ・オンラインを設立、編集長に。2014年よりYahoo!ニュースに配信中。他にも編集プロダクション、専門家向けの執筆指導(オンラインサロン)、社長専属の編集者などの業務も提供。FP事業とメディア事業を車の両輪としてシナジーを経営者として日々追求。

お金よりも料理が好きな79年生まれ。

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