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参議院選挙が終わった。予想通りの結果で何の驚きも無い選挙だったが、一番注目を浴びていたワタミ前会長(立候補時に辞任)の渡邊美樹氏も順当に当選した。

■身辺調査を命じられていた?
渡邊氏の立候補については奇妙な騒動が多数報道されている。立候補時の誤報騒ぎについては前回の記事「ワタミ会長の参院選出馬を歓迎する」で書いた通りだが、その後に放送された「朝まで生テレビ」では、自民党のベテラン議員である平沢勝栄氏が渡邊氏の立候補について問われると「苦情が沢山来ているのは確か。自分としては立候補に納得していない」といった発言をしている。

幹事長である石破茂氏も週刊文春のインタビューに「党や私のところにも批判のメールや手紙が山ほど来ています。本人にも(ブラック企業か否かについて)きちんと説明するよう何度も言っていますし、説明が十分でないとなれば私どもも考えます。その上で有権者が判断されることであり、選挙の責任はすべて私が負うべきことです」と答えたという。

それに対応したのか、ワタミは6月10日に「第三者による検討委員会(仮称)の立ち上げについて」という文書を、7月10日には「外部有識者による業務改革検討委員会」第一回委員会の開催について」という文書を、企業として正式に公表している。外部の弁護士に依頼して、いわゆる第三者委員会を立ち上げて問題が無いか客観的にチェックしてもらおうという趣旨だが、委員長には東京高等検察庁の元検事長が就任している。

一般的に第三者委員会は企業が不祥事を起こした際に立ち上げるが、自主的に立ち上げたにしては随分本格的だなと不思議に思っていた(ブラック企業批判は散々なされていたが、大事件が直近で発生した状況ではない)。その後、上記のような党内からの批判や幹事長から説明を求められている状況が判明した。何の事は無い、立候補するなら「身辺調査」を自らやれと命じられたというのが実態のようだ。選挙前に調査結果が公表されるかと思いきや、いまだに委員会からの報告は公表されていない。今後どのような報告がなされるかは興味深いところだ。

■社員は経営者ではないという当たり前の事を理解していないワタミ前会長
ビルから飛び降りろなど、ワタミ前会長のおかしな言動は前々から定評があったが、選挙前になってからも「営業時間中にメシを食える店長は二流、命がけでお客様を見ていたら水を飲む程度」といった独特な渡邊メソッドを展開する講演の動画が公開された。もっとも、渡邊氏の発言は経営者目線で見るとさほど違和感は無い。経営者にとって事業の失敗は社会的な意味で死ぬ事と同じだ。死ぬ位なら12時間働いてお店が潰れない方がよっぽどマシ、というワケだ。しかしこれは経営者が自ら働く場合の話で、渡邊氏は「従業員は経営者ではない」という当たり前の事を理解していない。

よく言われる経営者になったつもりで働け、といった話ほど経営者のエゴがてんこ盛りの言い分も無い。従業員の側が好きで経営者になったつもりで働くのは勝手だが、それを経営者が強要するのはお門違いだ。経営者の仕事はあくまで経営者がやるべきで、立場も責任も報酬も異なる従業員に押し付けるものではない。

■ブラック企業は違法企業ではないのか?
前回の記事では最後に以下のように書いた。

「人事コンサルタントの城繁幸氏は、大半のブラック企業は違法行為を犯してないし、ユニクロにいたっては優良企業だと指摘している。果たして城氏はブラック企業を擁護しているのか? 実際はそんなに単純な話ではない」

城氏の真意を理解するには、残業時間の法的な取り扱いについて理解する必要がある。簡単におさらいしよう。

まずは36(サブロク)協定というものがあり、労使でこの協定を結んで労働基準監督署に届け出なければ残業をさせる事は一切出来ない。また、36協定を結んだ場合でも通常は月に45時間までしか残業をさせる事はできない。月に45時間ならば1日当たりに直せば2時間程度となる。ここまでは一般的な労働時間の範囲だろう(自営業の自分からすれば他人にコントロールされた労働時間としては十分長すぎると思うが)。

さらに長い残業をさせるには、特別条項付き36協定を結ぶ必要がある。この場合、「特別な事情」があれば労働時間に法的な上限は無い。少し前の報道になるが、こちらのニュースでは働いていれば誰もがうらやむような人気企業でも、月に100時間を超える残業が可能な状態にあると報じられている。

城氏はこのような仕組みについて、長時間労働は違法ではないと指摘しているわけだ。もちろん、違法行為で無いから問題が無いという意味ではなく、多くの企業がブラックにならざるを得ない状況を変えるべきだと主張している。

■過労死ラインとは何か?
普段からニュースをしっかり読んでいる人はここでおかしな事に気づくはずだ。月に80時間を越える残業は過労死ラインとして認定されているのではないのか、と。上で紹介した記事や城氏のブログでも過労死ラインについては何度も言及している。

過労死ラインは一般的に厚生労働省の出した通達をさす。そこでは「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる」とされている。これは10年も前に出されたものだ。

一方で80時間を過労死ラインとしながら、もう一方ではそれを超えても違法ではない、という奇妙なダブルスタンダードがある(省庁からの通達は半ば法律と同様に扱われるのが通例)。これが「違法企業」ではなく、「ブラック企業」というグレーな立ち位置を表す名称が生まれたそもそもの理由だ。

■第二の過払い請求か?
かつて、法律のダブルスタンダードが見直されて日本中が大混乱に陥った事がある。それが過払い請求だ。過払い請求は、利息制限法で定めた上限金利の15%~20%よりも、出資法で定めた上限金利である29.2%の方が高い事が原因で発生した。二つの法律で定められた上限金利の差がいわゆる「グレーゾーン金利」と呼ばれていたものだ。細かな説明は省くが、グレーゾーン金利は平成16年の最高裁判決によって(多くの消費者金融業者にとって)限りなく「黒」に近い金利となり、膨大な返還請求がなされた。その結果多くの消費者金融が破綻するか銀行傘下に入った。

最高裁の判決とそれによって起きた過払い請求は賛否両論があるが、国が放置してきた法律の穴、グレーゾーン金利の問題を企業だけの責任として押し付けた事は明らかにおかしい。

そしてブラック企業の問題はこれと同じような構造になる可能性がある。過労死ラインを設定しながら、それを超える労働協定を明確に認めてきた国や労働基準監督署の責任が問われる事態だ(決して黙認というレベルではない)。平成23年には過労死で家族を失った遺族から企業と共に国が訴えられている。国に対して過労死の責任を問う訴訟が起こされたのはこれが初めてだという。国の責任を認めるような判決が簡単に出るとは思わないが、一つの判決が判例となって、オセロがひっくり返るような状況が生まれる可能性はゼロではないだろう。

■国も企業も「過労死ライン」をもっと恐れた方が良い。
今後80時間を越えて残業をさせてウツや病気、過労死に至った場合は半ば自動的に国と企業に責任があるものとする、などという判決が出て、さらに過払い請求のようにその判決が過去の事例にまで遡及する状況になったら日本中が大混乱に陥るだろう。企業や国はそれ位の状況にでもなら無い限り重い腰を上げないかもしれないので、個人的にはそうなってしまえば良いとも思うが……。

前回の記事ではこのようにも書いた。

『自分はブラック企業に関する問題は徹底的に議論すべきだと思うが、実際に議論が深まっていけば「ブラック企業を正しく論じるには、そしてブラック企業を根絶するには、ブラック企業の定義を議論するより、まずはブラック企業という言葉を使わない事から始めるべきではないのか?」という話になっていくはずだ。』

これはすでに説明したように、「グレーゾーン勤務」となっている80時間をオーバーした部分を、何かしら強い制限をつけて白黒はっきりさせるべき、という事だ。例えば完全に禁止するのも一つの手段だろうし、誰を80時間オーバーで勤務させるのか、労働基準監督署に明確に申告させる、残業時の割増賃金を大幅にアップさせる(社員を新たに雇ったほうが得という企業のインセンティブになる)など、やり方はいくらでもある。「女子大生でも分かる、3年間の育児休業が最悪の結果をもたらす理由」でも書いたとおり、社員をもっと「使いにくく」しなければブラック企業もウツ病も決して無くならないだろう。

ブラック企業や働き方に関する記事は以下を参考にされたい。
■女子大生でも分かる、3年間の育児休暇が最悪な結果をもたらす理由。 
■育児休業延長に振り回されそうな女子大生に贈ったアドバイス ~時短勤務と男性の働き方~ 
■ワタミ会長の参院選出馬を歓迎する~「ブラック企業」議論に終止符を~
■サービス残業は日本の文化だ ~ブラック企業が生まれる下地~ 
■ブラック企業は「公表」ではなく「取締り」をするべきだ。

ブラック企業という名前が生まれた理由はグレーゾーンの勤務時間が存在するからで、ブラック企業が生まれた理由も、労働法制や従来の慣習に多数の問題が含まれているからだ。今後はブラック企業などという曖昧な表現が使えないように、違法な企業とそうでない企業の境目ははっきりさせなければいけない。

ブラック企業騒動は騒動のまま終わらせるべきではないし、ユニクロやワタミのような目立つ企業を叩くだけで終わりにすべきでもない。多くの人にとってユニクロやワタミの労働環境より、自分が働く会社の労働環境の方がよっぽど重要だ。これまで繰り返し指摘してきたように、働き方を根本的に見直すきっかけにするべきだ。

中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
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著者プロフィール


シェアーズカフェ店長 ファイナンシャルプランナー
中嶋よしふみ。1979年生まれ(FPとしては多分若手)。

2011年4月にファイナンシャルプランナーのお店・シェアーズカフェを開業。

2012年2月に開設した「シェアーズカフェのブログ」は5ヶ月で月間アクセス14万件を突破。ヤフートップに度々掲載されるなど、ファイナンシャルプランナーとしてブログのアクセス数はダントツの日本一を誇る。

現在、シェアーズカフェのブログのほか、日経DUAL、ブロゴス、ハフィントンポスト等で執筆する他、新聞・雑誌・テレビ・ラジオなど多数の媒体で執筆・出演・取材協力など情報発信を行う(メディア掲載・取材協力の詳細はこちら。

対面では新婚カップルやファミリー世帯向けにプライベートレッスンを提供。生命保険の販売を一切行わず、FP本来のスタイルで営業を行っている。

プライベートレッスンでは、お客様ごとに最適化したレッスンと適切なアドバイスを組み合わせて高度なコンサルティングを提供中。

現在はマネー・ビジネス分野の専門家が多数参加するウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインを編集長として運営するほか、ブログ執筆による集客の経験とノウハウを生かして士業・企業向けにウェブコンサルティングも提供する。

お金よりも料理が好きなFP。

著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」、「一生お金に困らない人 死ぬまでお金に困る人(大和書房)」

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