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「生活保護の水際作戦に警察OBが雇われてるって知ってますか?」

先日、福祉を学ぶ大学生からそんな話を聞いた。自分が過去に書いた生活保護に関する記事が面白かったというので、それに関する話をしているうちに出てきた話題だ。コワモテの警察OBを使って、相談に来た困窮者を追い払ういわゆる「水際作戦」をやっているという。

■警察OBが生活保護の窓口にいる理由。
さすがにそこまで露骨な事を大々的にやるとは思えず、ごく一部の特殊な事例だろうと思っていたら、そうでもないらしい。ウェブで検索をすると警察OB配置を懸念する記事や、すでに多数の警察OBが雇用されているとの新聞記事も散見される。

2012年11月には弁護士会が「警察官OBの福祉事務所配置要請の撤回を求める意見書」なるものを厚生労働省に提出している。一部抜粋した内容は以下の通りだ。

厚生労働省は,2012年3月1日に開催された厚生労働省社会・援護局関係主管課長会議において警察官OB等を福祉事務所内に配置することを積極的に検討するよう求めた要請を撤回されたい。
「警察官OBの福祉事務所配置要請の撤回を求める意見書」2012/11/16 日本弁護士連合会

この声明は印象批判をしているわけではなく、2012年3月1日に行われた、厚生労働省の「社会・援護局関係主管課長会議」で議論された内容を踏まえたもので、会議資料でも確認出来る。退職した警察官OB等の人材活用により、「不正受給に対する告訴等の手続きの円滑化、申請者のうち暴力団と疑われる者の早期発見などの効果が期待される」とある。加えてこの対策は「積極的」「徹底を図って」とも書かれており、随分な力の入れようだ。

不正受給を減らす事や暴力団対策はもちろん重要だが、これらの理由は表向きのもので、申請自体を減らす事が目的ではないかと思われても仕方の無い状況もある。市役所等の窓口に訪れた申請希望者に対して申請用紙を渡さない、相談を受けるだけで「まだ働けるでしょう」と追い返すなど、水際作戦と呼ばれる受給者を増やさないための方針が続けられてきたからだ。

そして以前「生活保護はもっと気楽に貰って良い」でも書いたように、昔はこのようなやり口は酷いと批判されていたが、今では生活保護を受け取る人が批判されるようになるなど、長引く不況によって国民の感覚は随分変わった。

■水際作戦をやる理由。
ただし、水際作戦にもある程度は仕方のない部分もある。地方自治体や警察OBだけが悪いとは思えない。警察OBは地方自体から要請があって職についているわけで、地方自体は生活保護費の1/4を負担している。受給者が増えれば負担が増えるのだから、少ない方が良いに決まっている。本来は社会保障全体を根本的に見直さなければいけないのに、それを放置して対処療法を続けている事が現場が混乱する最大の理由だ。

もちろん、実際には何もしていないわけではない。年金は2015年4月までに3段階で2.5%引き下げる。生活保護についても2015年4月までに平均で6.5%引き下げる。いずれも物価下落分を反映させるだけだから購買力はほとんど変わらない、と一見合理性はありそうだ。しかし年金と生活保護ではそもそも性質が大きく異なる。年金はもらわなくても生きていける人も貰っているが、生活保護は貰わなければ生きていけない人しか貰っていない。簡単に言えば減らすべき年金をほとんど減らさず、減らすべきではない生活保護を大幅に減らしてお茶を濁している事だ。

生活保護を受ける世帯は半数近くを「高齢者」が占め、「母子家庭」「傷病世帯」「障害世帯」も加えれば8割以上になる。残りの「その他」に分類されている世帯も、リーマンショック後に急激に増えたものであり、不況のあおりを受けて失業した社会的弱者も多数含まれている。昨年騒ぎになった不正受給は全体のごく一部であり、ことさら強調する事には強い違和感がある。話題になった芸能人を政治家が過剰に攻撃をするなど、人気取りにも使われた。それに踊らされたマスコミや有権者は結果的に生活保護の削減や水際作戦強化というセーフティネットの弱体化を招いた事について、反省すべきではないのか。

■効率的な社会保障の運営。
生活保護削減による効果は670億円と、約100兆円にも上る社会保障費全体から見ればほとんど誤差の範囲だ。過去3年で生活保護費が8000億円も増えた状況を考えれば焼け石に水だ。生活保護で考えるべき事は今後の増加に備えた効率化である事は間違い無い。

これについては現金給付となっている生活扶助や住宅扶助を、介護扶助や医療扶助と同じく現物給付にする、つまり寮のような形にすることも検討して良いのではないか。そして今後確実に増加するであろう生活保護費は年金のカットで十分穴埋めが可能だ。

社会保障費100兆円のうち、年金は50兆円、医療費は30兆円、生活保護は3兆円となっている。年金は1%カットするだけで5000億円ものコストが浮く。そしてその大半が高齢者に回るのであれば、高齢者同士の助け合いという事で決して悪い話ではないだろう。世代間格差の拡大をせずに社会保障費を確保するにはこれ位しか方法は無い。年金カットに納得できない高齢者も居るだろうが、将来の高齢者(今のワカモノ)と今の高齢者の平等を考えるのであれば、年金の更なるカットは当然だ。

■水際作戦の無効化。
さて、あれこれ文句を言った所で生活保護の水際作戦は今現実に行われている。これを回避しない事にはどうにもならないわけだが、実はさほど難しくは無い。必要なものはネットだけだ。

窓口で申請用紙が貰えない、相談だけで追い返される、というなら窓口に行かなければ良い。窓口にコワモテの警察OBを置けば申請希望者を追い返せる、と地方自治体は考えているのかもしれないが、多くの自治体では電子化がかなり進んでおり、申請用紙はウェブ上で公開されていて、「生活保護法施行細則」と検索すれば出てくる。これに申請をしたい市区町村をの名称を一緒に検索すれば良い。

たとえば自分の事務所がある埼玉県の川口市ならば以下のページに必要な書類がそろっている(*注・川口市が水際作戦をやっているというわけではないので念のため)。

■川口市生活保護法施行細則

申請書が22種もあり、この中から必要に応じて間違いなく書類を書いて提出しなければいけない。非常に面倒な作業なので、行政書士等に作成の代行を依頼した方が良いだろう。役所が水際作戦で書類を渡さないのは、正式な書類が提出された場合、申請を却下するには正当な理由が必要だからだ。

書類がウェブ上に無い自治体はよその自治体のものを使っても良い、申請はファックスで送ってもいい、など行政書士によって色々と見解はあるようだが、これについては自治体ごとの(本来はやってはいけない)独自ルールもあるので門前払いされる可能性も十分ある。行政書士等と協力しながら書類の作成や申請作業を進めると良いだろう。

日本の生活保護の補足率は20%程度ではないかという指摘もある。実際には現在の5倍の受給者がいてもおかしくないという事だ。これは単純計算で現在の3兆円から15兆円まで生活保護費が増える可能性がある事を示している。受給者の半分近くを占める高齢者もどんどん増える。現場の不公正な努力で負担増を食い止めるのは到底無理な状況だ。地方自治体も厚生労働省も意味の無い水際作戦はすぐに辞めて根本的な対策を考えるべきだろう(本来は政治家の役目なので、彼らが押し付けられる仕事ではないのだが……)。

■社会保障は誰かが負担しなければいけない。
生活保護でも失業保険でもセーフティネットのコストは必ず誰かが負担しなければいけない。前回の記事「ミクシィは絶対にリストラをやってません。~追い出し部屋とベルリンの壁について~」では解雇規制を緩和して企業が「失業保険」を負担するような状況は辞めるべきだと書いた。もし「失業保険」や「生活保護」を企業負担にする事が最適な形ならばそれでも良い。しかし実際には企業にセーフティネットを過剰に負担させると様々な問題が発生する。どちらにしろ誰かが負担しないといけないのならば、一番副作用が少ない国が負担すべきだろう。

■公平・公正で持続可能なセーフティネットの構築を。
解雇規制の緩和を訴えながら生活保護をもっと気軽にもらっていい、と言うのは支離滅裂にみえるだろうか。セーフティネットを企業から切り離すのであればその分をどこかでまかなう必要がある。結果的に失業保険や生活保護が増えるなら誰かが負担しなければいけない。

生活保護は減らせ、解雇はかわいそう、と場当たり的な対応を続けていけば、今後のさらなる負担増に到底耐えられない。全ての人が考えるべき事は、効率的な社会保障の運営という根本的な課題だ。

生活保護や働き方は以下の記事を参考にされたい。
生活保護費は増やしても良い。
生活保護はもっと気楽に貰って良い
追い出し部屋が出来る理由。 ~ミクシィは悪くない~
ミクシィは絶対にリストラをやってません。~追い出し部屋とベルリンの壁について~
女子大生でも分かる、3年間の育児休暇が最悪な結果をもたらす理由。

冒頭に出てきた大学生に「水際作戦はやり方が間違ってるけど、ワカモノの負担を減らすためなんだよ。焼け石に水だと思うけどね」と言ったらどう反応するだろうか。きっと自分と無関係だと思っていた役所・警察OBの極悪非道な行いが自分の生活と繋がっている事に初めて気がつくかもしれない。今やるべき事は水際作戦や生活保護のカットでない事は間違いない。

まとめ
・社会保障費の負担はざっくりと年金が50兆円、医療費が30兆円、生活保護は3兆円。
・真っ先に削るべきは最も額が大きく、影響が少ない年金である。
・社会保障は誰かが必ず負担しなければいけない。
・今後の社会保障費の増額には年金をカットした分をあてれば世代間の格差は広がらない。
・場当たり的な対応をやめ、社会保障費全体で効率的な運用をしなければ今後の負担増には耐えられない。


中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
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著者プロフィール


シェアーズカフェ店長 ファイナンシャルプランナー
中嶋よしふみ。現在、37歳(FPとしては多分若手)。

2011年4月にファイナンシャルプランナーのお店・シェアーズカフェを開業。

2012年2月に開設した「シェアーズカフェのブログ」は5ヶ月で月間アクセス14万件を突破。2013年は総アクセス500万件超(配信先も含む)、ヤフーのトップニュースに4回掲載される。ファイナンシャルプランナーとしてブログのアクセス数はダントツの日本一を誇る。

2014年は住宅金融支援機構(フラット35)でセミナーを2回行う他、日本FP協会・長野支部にてFP向けセミナー(継続教育研修)に登壇。

現在、シェアーズカフェのブログのほか、日経DUAL、ブロゴス、ヤフーニュース個人、ハフィントンポスト等で執筆中。

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対面では新婚カップルやファミリー世帯向けにプライベートレッスン・セミナー・相談等のサービスを行う。生命保険の販売や住宅ローンの仲介等を一切行わず、FP本来のスタイルで営業を行っている。

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現在は専門家が書き手として多数参加するウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインを編集長として運営するほか、ブログ執筆による集客の経験とノウハウを生かして士業・企業向けにウェブコンサルティングも提供する。

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