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4月3日、労働基準法の改正法案が閣議決定された。「残業代ゼロ法案」「過労死法案」と一部で酷く評判が悪い法案だ。

この法案は年収1075万円以上の高度な知識を使う専門職について、残業代の支払い対象から除く事となっている。結果として「労働時間ではなく成果で報酬が決まるようになる」と報じられている。

反対派は労働時間に上限が無くなりいくらでも働かせることが可能になるとんでもない法案だと指摘し、(一部の勘違いした)経営者は残業代を払わずに済むオトクな制度だと考えている。

この法案が実現しようとしていることは一体何なのか?

■労働時間と成果は比例しない。
先日書いた「グーグルはなぜ新入社員に1800万円の給料を払うのか」という記事では、「労働時間=成果=報酬」の関係が壊れつつある、と説明した。

かつては労働時間と成果は比例した。したがって働いた時間に応じて給料を払うことに一定の合理性はあり、労働時間=報酬という簡略化した図式に合理性はあった。

しかし、これはあくまで「簡略化」であり、報酬はあくまで成果に応じて払われるという大原則がある。労働時間=成果の関係が壊れているのなら、時間に応じて報酬を払うことに合理性は無くなってしまう。

■成果に応じた給料を払えとは法案に書いていない。
だからこの改正法案は「成果に応じて給料を払うようになる」と報じられているわけだが、実際にはそのような事は法案には書いていない。そして書けるわけもないし書くべきでもない。成果が二倍になった時に給料が二倍になるのか、3倍になるのか、あるいはそのままなのか、それは企業が決めることであって法律で決めることではない。

では何が書いてあるのかというと、労働時間=報酬の関係を断ち切る事、そして労働時間を健康面から管理しなければいけない、ということだ。

残業代を払わない事についてはすでに説明したが、労働時間を健康面から管理するとはどういうことなのか。

■過労の防止は労働時間の制限でしか実現できない。
今回の法案のキモは「労働時間と報酬を切り離す事」であり、同時に「労働時間を健康の観点から制限する事」だ。決して報道されているような「成果と報酬を結びつける事」ではない。繰り返すがそのようなことは法案に書いていない。

労働時間を健康の観点から制限する事については、過労やウツを防止するためには早急に導入すべきだ。客観的な健康管理の指標となる数値は労働時間以外に無い。

人によって体が丈夫とか病弱とか違いはあるだろうが、一人ひとりの疲労度合い・過労度合いを調べて「この人は元気だから残業が100時間可能」などと調べることは出来ない。客観的で、かつ簡単にチェック可能な指標は労働時間以外に無いということだ。

■三つの制限。
改正法案では、この制度を導入して残業代を払わない場合には以下三つのいずれかを導入しなければならないとされている。

1.深夜労働の回数制限と、終業から始業まで一定の時間を設ける(インターバル規制)。
2.労働時間を一定時間に制限する。
3.年間104日以上の休日を確保する。
(厚生労働省・労働基準法等の一部を改正する法律案要綱の一部を簡略化)

いずれも労働時間を規制し、休みを確保するという方向性のものだ。結構な制度じゃないかということになるが、反対派はこの内容ではなく「三つのうちのいずれかを導入すれば良い」という部分に噛み付いている。

例えば1や2だけが適用されれば、休日はゼロで良く、3だけならば休日以外は24時間働かせて良い事になる。

文章をそのまま読めばたしかにそのようになる。現実的に考えればそのような働かせ方をする企業があるはずもないが、法律としては完全に穴だ。ではどうすれば良いか。言うまでもなくどれか一つではなく三つ全てを適用すれば良い。

■過労死基準を超えて働く「人気企業」の社員たち。
毎年発表される就職人気企業ランキングだが、上位にランクインする企業の多くが過労死基準以上の長時間労働を強いている、と聞いたら驚くだろうか。自分は全く驚かない。そういった話を日常的に聞いているからだ。

自分は普段、FPとして住宅購入を中心としたお金に関するアドバイスを提供しているが、小学生でも名前を知っているような大手企業やグローバルに展開する外資系企業で働く人の相談にのる事も多い。そういった人の平均退社時間は男女関係なく9時とか10時といった事は全く珍しくない。酷い場合は終電が普通、休日出勤は当たり前、泊まりもしばしば、といったケースも聞く。一見それに見合った高い報酬は受け取ってはいるものの、長期で見れば体を壊す可能性も高く、全く割の合わない働き方だと言わざるをえない。

厚生労働省の示すいわゆる「過労死基準」は、ざっくり説明すれば一ヶ月の残業時間が80時間となっている(ほかにも基準はいくつかある)。これ以上働くと脳や心臓の疾患と労働時間の関連性が高まる、つまり過労で健康を害する可能性が急激に上がるとされている。それにも関わらず、一定の条件を満たせば適法に何時間でも働かせることは出来る。

少し前のデータになるが、就職人気企業225社のうち6割にあたる137社が過労死基準を超える時間を働かせることが可能な労使協定を結んでいると伝えられた(就職人気企業の6割が過労死基準超え マイニュースジャパン 2011/03/06)。国がこれ以上働いたら死ぬぞと警告をする一方、それが適法というのだから矛盾の極みだ。

優秀な人に長時間働いてもらうことのメリットは当然あるのだろうが、最終的に体を壊せば元も子も無い。企業側は代わりを探せば良いかもしれないが、働く側にとって自分の体はたったひとつしか無い。そしてウツ病は国民病となり、過労死が無くなることも無い。それらのツケは国民に医療費の増加という形で跳ね返る。

■過労を減らす唯一の方法。
ではどうすれば良いのか。すでに書いたように、閣議決定後の国会審議でさきほど挙げた三つの条件のいずれかではなく全てを適用する、と修正させればいい。現状では穴があるが、この法律が修正を経て導入されれば、従来ほとんどなかった労働時間そのものに例外なく上限を課す事になる。過労を減らす唯一の方法は労働時間の制限だ。

インターバルを何時間にするか? 労働時間や残業時間の上限は何時間が良いのか? これらはまだ議論の余地はあるが(過労死基準より大幅に下回るべきであることは言うまでもない)、従来のマイナス100点の状況から一気に合格点に近づく画期的な法案になる。さらに言えばこの三つの条件は全ての労働者に適用すべきだ。

■残業代ゼロ法案とセットで実施すべき解雇規制の緩和。
とはいえ、労働時間にこれだけ制限を加えてしまえば企業にとって雇用の柔軟性は著しく悪化する。したがって労働時間への強い制限は解雇規制とセットで導入する必要がある。ここまで実現出来れば労働者保護と企業活動の両面から見て合格点と言えるだろう。

企業が雇用を絞り、派遣・請負・外部委託を駆使し、少数の社員に長時間労働を強いる根本的な原因は強い解雇規制だ。低賃金の非正規雇用者があふれる一方。高給で働く社員が異常な長時間労働を強いられる理由は企業が正規雇用を可能な限り避けているからだ。このデコボコの山をならすには、解雇規制を緩和すれば良い。

解雇規制を緩和したら社員はどんどんクビを切られる、と勘違いをする人は多い。しかし、長時間労働が蔓延しているという事は仕事が山のようにあるということであり、この状況で解雇されるわけもない。実際にはその逆で、いつか苦況に陥った時に解雇ができるのなら、企業は安心して正規雇用者を増やすことが出来る。

長時間労働を厳しく規制し、解雇規制は緩めれば従来のような過労によるウツ病や過労死は激減するだろう。そして解雇による失業者数の増加は失業保険や生活保護で対応すれば良い。財源が足りないのなら雇用保険料を増やせば失業保険の充実は十分可能だ(現在の雇用保険料は1.5%と、健康保険料や年金保険料の1/10以下で増やす余地は十分ある)。

■異常な長時間労働は解雇規制が生み出した。
従来の長時間労働は解雇規制が生み出していた。逆に言えば解雇規制があるから労働時間に強い制限はつけられなかった。企業の業務量には波があり、それをどこかで調整しなければいけないからだ。このように相互補完の関係にあった強い解雇規制と異常な長時間労働をよりマシな形に組み替えるのなら、従来とは正反対の「労働時間の規制+解雇規制の緩和」となる。

以前、「安定した雇用という幻想」という記事では、雇用にはリスクがあり、誰かが必ずそれを負担しなければいけない、そして国によってリスクを引き受ける主体は以下のように異なると説明した。

*アメリカ型 →従業員 自己責任型。
*北欧型   →国   国民全体の税負担。
*日本型   →企業  解雇規制が強く、雇用自体がセーフティネット。


解雇規制の強い日本では他国と異なり、雇用リスクを企業が背負う。すでに説明したようにそのリスクを避けるために企業は直接雇用を可能な限り避けるわけだが、社員ゼロで会社は運営出来ない。結果として企業が引き受けた雇用リスクが従業員に還流され、異常な長時間労働が常態化する。解雇規制は一見社員のためになっているようで長時間労働という形でそのまま当事者に跳ね返っているということだ。

この状況を変えるには企業以外、つまり国と従業員に雇用リスクを分散させる必要がある。従業員には条件付きでの解雇の受け入れ、国は失業保険の充実といった形だ。

ビジネスの世界でフリーランチは無く、リスクの無いリターンも無い。解雇されにくいというメリットを維持するためにどれだけ雇用がゆがんでいるか、ここまで説明すれば分かってもらえたのではないだろうか。今回の労働基準法の改正はこういった大きな歪みを手直しする第一歩になりうる。そのためにはすでに指摘した法律の穴をまずは埋めるべきだ。

今回の改正法案で労働時間の規制が中途半端な形で行われる原因は、厳しく制限をしすぎれば企業側が従来のように残業時間で雇用調整を行う事が出来なくなるからだ。解雇規制の緩和もセットにすれば、これくらい厳しい労働時間の制限でも十分受け入れは可能だろう。

働き方については以下の記事も参考にされたい。
■グーグルはなぜ新入社員に1800万円の給料を払うのか?
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/43503648.html
■ライザップと行列ができる本屋の共通点
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/43405362.html
■お金を払ってFPに相談……でも本当に信頼できる? ~同業者の目から見た「ファイナンシャルプランナーの選び方、使い方」~
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/42814111.html
■「安定した雇用」という幻想。~雇用のリスクは誰が負うべきか?~
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/41886861.html
■大学で簿記3級を教える事は正しい。
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/40986750.html

個人的にはこういった穴のある法律を提出する与党多数で緩みきった内閣も、3つの条件を全て実現すれば良い法律になることを無視して「これは過労死法案だ!」と騒ぎ立てる反対派も全く賛同出来ない。

建設的な議論を期待したい。

中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
シェアーズカフェ・オンライン 編集長
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著者プロフィール


シェアーズカフェ店長 ファイナンシャルプランナー
中嶋よしふみ。現在、34歳(FPとしては多分若手)。

2011年4月にファイナンシャルプランナーのお店・シェアーズカフェを開業。

2012年2月に開設した「シェアーズカフェのブログ」は5ヶ月で月間アクセス14万件を突破。2013年は総アクセス500万件超(配信先も含む)、ヤフーのトップニュースに4回掲載される。ファイナンシャルプランナーとしてブログのアクセス数はダントツの日本一を誇る。

2013年4月にはアゴラ研究所主催の連続金融セミナーに登壇。山崎元氏、ライフネット生命現会長・出口治明氏、元マネックスユニバーシティ代表取締役・内藤忍氏など、金融業界を代表するメンバーと共にセミナー講師として参加(担当は住宅購入)。

2014年は住宅金融支援機構(フラット35)でセミナーを2回行う他、日本FP協会・長野支部にてFP向けセミナー(継続教育研修)に登壇。

現在、シェアーズカフェのブログのほか、日経マネー、日経DUAL、言論プラットフォーム・アゴラ、ブロゴス、ヤフーニュース個人、ハフィントンポスト等で執筆中。老舗情報サイト・オールアバウトでは住宅カテゴリでガイドを務める。

その他、日経新聞でコメントが掲載されるなど、多数の媒体で情報発信を行う。

対面では新婚カップルやファミリー世帯向けにプライベートレッスン・セミナー・相談等のサービスを行う。生命保険の販売や住宅ローンの仲介等を一切行わず、FP本来のスタイルで営業を行っている。

プライベートレッスンでは、お客様ごとに最適化したレッスンと適切なアドバイスを組み合わせて高度なコンサルティングを提供中。他に無い独自のサービスがお客様の支持を得ている。

現在は専門家が書き手として多数参加するウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインを編集長として運営するほか、ブログ執筆による集客の経験とノウハウを生かして士業・企業向けにウェブコンサルティングも提供する。

お金よりも料理が好きなFP。パティシエも兼任。

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