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連日報道されていた新国立競技場の建設は、一旦「総理の決断」で幕を引くことになりそうだ。今後もまだひと悶着はありそうだが、少なくとも2520億円より予算が下がる事は間違いなさそうだ。

当初予算の1300億円から1000億円以上も上乗せされ、場合によっては3000億円を超えてしまうのではと報道されると、いったい誰が犯人なのかと日本中が大騒ぎになった。デザイン通りに作ると駅をつぶす必要があるとか、森さんの気持ちを考えろとか、安保法案から注意をそらすための陽動作戦だったとか、わけのわからない話も多数出た。

新国立競技場の建設費増加やその経緯は明らかに問題があった。しかし、たったの2520億円でこれだけ大騒ぎをするのは異常としかいいようがない。日本では毎日、新国立競技場一つ分以上のお金が垂れ流されているからだ。年間100兆円を超える社会保障費だ。

■優遇される高齢者。
年金・医療・介護・子育て支援・生活保護など、社会保障費は多くの人が生きていくために必要なお金だ。それでもあえて垂れ流すと表現をしたのは、無駄があまりに多いからだ。

年金はどんな資産家でも受け取っている。この原資にはどんなに収入が低い人でも負担している消費税も当然含まれている。

医療費もいまだに2割負担、1割負担で受診が可能な高齢者がいる。フリーターで貯金はゼロ、月収は10万円を少し超える程度で年金よりも少ない収入で生活しているワカモノが3割負担で受診しているにもかかわらずだ。

なぜこんな事になるのか。それは収入しか見ずに資産を見ていないからだ。高齢者は収入は少ないが資産は多い。今のように、収入を基準に年金の減額や医療費負担の割合を決めていると、本来余裕のある人にまで過剰な社会保障を提供する事になってしまう(資産の補足は難しいが、これはマイナンバー制度で対応できるはず)。

■1兆円なんて簡単に捻出できる。
2014年の社会保障費は総額で115.2兆円、そのうち約半分の56兆円が年金、3割超の37兆円が医療、残りは介護や子育て費用、生活保護等になる。単純計算で全体を1%削るだけで1兆円も捻出できる。1%分の費用で新国立競技場を現在のデザインのまま毎年4個作ることが可能だ。12年後には47都道府県に建てられる。

もし社会保障費を今後は10%=10兆円削ると総理が明言するのなら、新国立競技場に1兆円かけてもいい。社会保障費全体から見れば1兆円は「誤差の範囲」だからだ。1兆円が誤差の範囲ならば、他の支出はほぼ全て誤差の範囲だと言える。

保育園不足も1兆円あれば一瞬で解決できるだろうし、年間約5兆円の防衛費も社会保障費と比べれば微々たるものだ。それくらい社会保障費の負担は大きい。それにもかかわらず、今最もホットな話題はたった2520億円の新国立競技場だ。

■社会保障費の4割は税金。
年金も医療も保険料だけで賄われていると誤解している人もいるかもしれない。特に年金は払ったものを受け取っているだけで減らされる筋合いは無いと。しかし、実際には社会保障費の財源のうち、保険料収入は60兆円で、残りの40兆円は税金で賄われている(さらに言えば年金は積立方式ではないので払ったお金が本人にそのまま戻っているわけでもない)。

ざっくり言えば社会保障費への税金投入を辞めれば国家予算のプライマリーバランスはすぐに黒字転換、年間100兆円近い国家予算のうち半分が借金と言われる状況がほぼ解決する(細かく言うと40兆円の税金のうち一般会計から拠出されている社会保障費は30兆円ほど)。もちろん、そこまで急激な変更が簡単に出来るはずもないが、ぜい肉だらけの状況ではいくらでも削る余地がある。

例えば年金を2割カットすれば11兆円以も支出が減る。それで生活が出来ない人は生活保護を受給すればいい。結果として3兆円を超えたという生活保護費が2倍に膨らんだとしても、5兆円の支出をカットできる。

複雑な社会保障費を小学一年生が習うバカみたいな計算で解決できるか、という指摘を受けそうだが、ギリシャのように国が借金で傾けばこういうバカみたいな計算をすることになる。それが早いか遅いかの違いだけだ。

自分は普段住宅購入を含めたライフプラン・ファイナンシャルプランの相談・アドバイスを提供しているが、30代の夫婦で将来年金がまともに貰えると思っている人はまずいない。年金がもらえない分は貯めなければいけないという考えから、消費には確実にブレーキがかかっている。

年金不安が消費に与えるマイナスの効果は目に見えていないだけで非常に大きいだろう。このようなマインドを改善するには年金を大幅にカットして、老後には確実に年金が貰えると確信をも持てるように大きな改革が必要だ(実際には2割どころか3割とか4割位カットしないと到底年金に持続性は無いと思われる)。

■年金と競技場の奇妙な共通点。
年金のように重要だけど分かりにくい問題、触れにくい問題より、国立競技場のように小さくとも珍しい問題に、俺も俺もと皆が好き勝手なことを言う。2520億円しか税金がかからないたった一つの国立競技場で大騒ぎをする一方、1日当たり3000億円以上使われる社会保障費は放置される。

社会保障費と新国立競技場の共通点は、誰一人として当事者意識を持っている人がいないことだ。建設費の問題では俺が責任者だ、という人がいなかった。これは社会保障費も同様だ。

経済学者のミルトン・フリードマンはお金の使い方には、財源(自分のお金と他人のお金)と使い道(自分のためと他人のため)で、2×2で4通りあるとして、最もお金の使い方が無責任になるのは「他人のお金を他人のために使う時」だと指摘する。これはまさに社会保障費や競技場の建設費のことだ。

※ただし、安藤忠雄氏が戦犯の一人かのように指摘された事はあまりに不可解だ。国際公約と言い張った点については納得いかないが、彼はデザインの選定を任された関係者の一人であり、スタジアム建設の責任者でもなければオリンピック運営の責任者でもない。彼に責任があるというなら契約書を公開すれば良い。

■メンツで決まり、メンツで覆った建設。
総理のデザイン変更の決断については、東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森元総理との話し合いで以下のようなやり取りがあったという。
それでも不満そうな表情の森氏に首相が示したのが、建設計画を見直した場合の工期などを示した1枚の紙だった。
「ギリギリ間に合うと、希望的なことを言ってできないとかえってまずいでしょう」
森氏は、内容に確かめると小さな声で応じた。
「それじゃ、やむをえませんね」」
見直し決断の内幕(上) 森氏を説得したA4文書 首相「私は現行計画見直す」 産経ニュース 2015/7/18/

これは合理的に正しい判断したのではなく、建設が間に合わなかったらデザイン変更よりもっとメンツが立たない……と判断したように見える。結局は根本的な発想は何も変わっていないのではないか。外国を相手に「日本の恥を晒すのは格好悪い」とギリギリのところで変更に踏み切ったが、日本人が相手の社会保障費は果たしてどうなるのか。

当初は総理から出された計画見直しの指示についても、関係者は「出来ません」と回答したという。企業で社長命令を拒否すればとんでもない事になるが、拒否をした理由は責任問題が発生するからだろう。いつかは交代する政治家の命令より、あいつは失敗して責任を取らされた、という過去の傷やレッテルの方が重要ということなのか。

デザイン変更に安藤氏が抵抗したということになっているが、それならば安藤氏をクビにしてデザインを変更すればいいだけの話だ。それが出来ない理由も、安藤氏ではなく「安藤氏を選んだ人」の責任問題になるからだ。

このようにメンツや立場は死守しながら、「今問題がおきなければ良い」と考える人たちと、「自分が死んだあとに日本がどうなっても関係が無い」と考える人たちが、国立競技場と同じように社会保障費を放置している。当事者意識を持っている人がいないという点ではどちらも同じだ。

■ギリシャは救えても日本は救えない。
新国立競技場は途中で計画がストップした。これはマスコミが大騒ぎしたこともきっかけとなったのだろう。しかし社会保障費でここ数年大騒ぎになったことは、個人情報流出と生活保護が3兆円を突破したという話くらいで、あとは新国立競技場ほど騒がれたニュースは一つとしてない。

ギリシャの債務返済がチキンレースのようにギリギリまで話し合いが続けられた理由は、規模が小さく、誰かがハラをくくれば救済は可能だったからだ。その結果、譲歩を引き出したいギリシャと譲歩したくないユーロ側で駆け引きが続けられた。これは新国立競技場も同じだ。

森元総理が「たった2500億円くらいだせなかったのか」と発言したことが厳しく批判されているが、これはある意味で正論だ。総理が「現行案で行く、3000億円を超えても良い」と逆の判断をすることもありえたということだ。日本にとっては2000億円や3000億円程度の金額はどうにでもなる(毎日それくらい垂れ流しているのだから当然だ)。ユーロにとってのギリシャ問題と同じような話だ。騒ぎにはなっても最終的にはどのようにでも解決はできる。

しかし、毎年発生する100兆円の社会保障費は「いざ」となっても巨額過ぎて誰も助けられない。ギリシャ救済でユーロ諸国の中には、ギリシャより貧しい国から「なんで自分たちより裕福な人たちを救わないといけないんだ?」という批判もあったと聞く。日本も財政危機になれば全く同じ状況になるだろう。なんで世界3位の経済大国を救う必要があるんだ?と。

ギリシャなんてナマケモノな上に無駄使いが原因で窮地に陥ったキリギリスみたいなものじゃないか、自業自得なんだから救う必要なんてない、といった意見も多数見かけた。では100兆円の社会保障費を垂れ流す日本がキリギリスではないと誰が言えるのか。

■当事者不在が巻き起こす深刻な問題。
むしろ今回の議論でお金より深刻なことは、一度決まった話はどんなに問題があっても「仕方がない」「メンツが立たない」「**に申し訳が立たない」と現状維持で「慣性の法則」が働き、中心に当事者がいないからこそ発生する遠心力で大事故が起きる寸前まで止まらなかった点だ(**が英霊ではなく森元総理だったから、まだアベ総理でも解決が出来た)。

これは池田信夫氏が指摘するように、かつて戦争に突入した状況と酷似しており、日本人の国民性が70年前と全く変わっていない事が露呈した。今後種類を問わず、大きな問題が発生すれば全く同じ状況になるだろう。それが社会保障費を削る事が出来ず財政破綻……という形ではないことを祈るばかりだが、多分その祈りは通じない。

今回唯一当事者意識があるように見えたのは、新国立競技場の問題を考えるシンポジウムで、「オリンピックが負の要素のきっかけに思われるようなことは本望ではない」と涙ながらに語った元マラソン選手の有森裕子さんなど、スポーツ関係者くらいではないのか。他の人はメンツとカネだけを考えているようにしか見えなかった。

将来の高齢者(=今のワカモノ)にメンツが立たない、そして未来のまだ見ぬ子供に申し訳が立たない、だから社会保障費をバッサリとカットすべきだと主張する人はいないのか。

当事者不在のまま100兆円の社会保障費が垂れ流される日本の将来を考えると、頭痛が痛い。

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中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
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著者プロフィール


シェアーズカフェ店長 ファイナンシャルプランナー
中嶋よしふみ。現在、34歳(FPとしては多分若手)。

2011年4月にファイナンシャルプランナーのお店・シェアーズカフェを開業。

2012年2月に開設した「シェアーズカフェのブログ」は5ヶ月で月間アクセス14万件を突破。2013年は総アクセス500万件超(配信先も含む)、ヤフーのトップニュースに4回掲載される。ファイナンシャルプランナーとしてブログのアクセス数はダントツの日本一を誇る。

2013年4月にはアゴラ研究所主催の連続金融セミナーに登壇。山崎元氏、ライフネット生命現会長・出口治明氏、元マネックスユニバーシティ代表取締役・内藤忍氏など、金融業界を代表するメンバーと共にセミナー講師として参加(担当は住宅購入)。

2014年は住宅金融支援機構(フラット35)でセミナーを2回行う他、日本FP協会・長野支部にてFP向けセミナー(継続教育研修)に登壇。

現在、シェアーズカフェのブログのほか、日経マネー、日経DUAL、言論プラットフォーム・アゴラ、ブロゴス、ヤフーニュース個人、ハフィントンポスト等で執筆中。老舗情報サイト・オールアバウトでは住宅カテゴリでガイドを務める。

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