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先日、最低賃金を時給1500円に上げるべき、というデモが行われた。ヤフーのトップニュースでも報じられたので目にした人も多いだろう。

今年4月にはファーストフード店の時給を1500円に上げるべき、というデモも行われたがほとんど賛同意見は無かった(参考記事・マクドナルドの「時給1500円」で日本は滅ぶ)。今回のデモへの反応も賛同は非常に少なく、ほとんどが否定的な意見だった。

■寝たきりの父と高齢の祖母を支える高校生のために時給は上げるべきか?
否定的な反応が多かった理由として、デモの内容だけではなく、報道された記事の内容も影響していると思われる。
「父は寝たきりで祖母も高齢。高校時代、家族で唯一働ける僕のバイト代は時給850円だった」
<最低賃金>「全国一律1500円に」バイト生活綱渡り毎日新聞 12月14日(月)

記事内ではこんな悲惨な状況に陥ったワカモノの話を紹介しているが、これは時給アップで解決するような問題ではなく、生活保護や介護保険など公的な社会保障でサポートすべきものだ。高校生が家計を支えるという時点で無理がある。

記事ではこのワカモノの家族が公的な保障をどれくらい受けていたのか説明が一切ない。公的な保障を受けていないのなら生活保護や介護保険などについて、その存在や仕組みを周知させることが出来ていないことが問題、ということになる(実際、保障を受けるべき人が受けていないという状況は多数あり、これは極めて深刻な問題だ)。受けていてもまともな生活が出来ないのなら、それは保障額が足りないとか仕組みに問題があるといえる。いずれにせよ最低賃金の話はほとんど関係ない。

■最低賃金の上昇は雇用の悪化をもたらす。
今回のデモは労働者から搾取する企業にダメージを与えるべき、そのためには最低賃金を上げて金を吐き出させるべき、というおかしな意図が見え隠れする。労働の対価として給料がある、という原則をねじ曲げても「1500円分の働きが出来ない人は働き口を失う」という歪みが生じるだけだ。

正社員はもっと時給が高いというおかしな意見もあるが、例えば小売りや飲食店は僅かな正社員と多数のアルバイトで成り立っている。飲食・小売業に共通することはどちらも極めて利益率が低く、そして正社員の給料も低いことだ。誰かが暴利を貪っているとか、経営者が搾取しているといったことはあり得ない。

もちろん、繁盛しているお店の経営者や株主は大きな利益を得ているだろうが、それを広く薄く非正規雇用者にばらまいたとしても、上げられる時給はほんの数%だ。

そしてそんな状況では好きこのんでリスクを取って起業する人も出資する人もいなくなる。結果として雇用が失われる。最低賃金1500円の世界で起きることは弱者が雇用を失う、という状況だ。解雇や最低賃金は規制できても、雇用を強制することは出来ない。ここがデモの参加者も賛同者も根本的に勘違いしている部分だ。記事で紹介されているワカモノは時給が1500円ならばそもそも雇用されず、もっと酷い状況に陥っていただろう。彼が要求すべきは最低賃金アップではなく、社会保障の強化だ。

■アメリカの時給は高いというトンチンカンな指摘について。
最低賃金の議論で必ず出てくる「他国では時給はもっと高い」という指摘もトンチンカンだ。記事内でもアメリカは15ドル、日本円で1800円になりつつあると書かれている。

これは以前「なぜスイスのマクドナルドは時給2000円を払えるのか?」という記事でも書いたが、日本は一人あたりのGDPは世界中で27位と他の先進国と比べても非常に低く、貧乏な国になりつつある。これがどれくらい低いのかというと、数年前には財政破たん寸前と言われていたイタリアが28位、スペインが29位という状況だ。もう少しで財政破たん寸前の国に抜かれそう、と言えばどれだけ日本が酷い状況か分かるだろう。

日本は経済大国で豊かな国、というセルフイメージがすでに勘違いということだ。貧乏な国で所得が低いのは当然の話で、所得を上げるには経済成長をすれば良い、という当たり前の結論しか出てこない。

時給だけアメリカ並みにすべきという主張はあまりに都合が良すぎる。アメリカ並みにゴリゴリの資本主義を実現して最低賃金を1500円に上げるべき、という主張ならデモの賛同者はもう少し増えるかもしれない。雇用の仕組みも含めてアメリカ方式にしたい人はアメリカの最低賃金は高い、と主張すれば良い。

これは北欧の最低賃金は高いという話でも同じだ。北欧もゴリゴリの資本主義で、加えて税金は極めて高い。日本・アメリカ・北欧の雇用形態の違いについては「『安定した雇用』という幻想。~雇用のリスクは誰が負うべきか?~」でも説明した。

■雇用はセーフティネットでは無い。
雇用と社会保障・セーフティネットをごちゃ混ぜにした議論はもう辞めるべきだ。最低賃金が1000円になろうと2000円に上がろうと、失業する人も働けない人もいる。

最低賃金がいくら高くてもそういった人を助けることは出来ない。かえって働かざるもの食うべからず、という弱者救済や相互扶助の社会保障からズレた議論になりかねない。セーフティネットは職を失った後の話であり、最低賃金アップが生活に困っている全ての人を救うかのような議論はミスリードとしか言いようが無い。まともに働いても食えない、何も悪い事をしていないのに生活が困窮している……こんな時こそ国は何をやってるんだ、と文句を言うべきだろう。

雇用については以下の記事も参考にされたい。
■「残業代ゼロ法案」は正しい。
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/43530974.html
■「安定した雇用」という幻想。~雇用のリスクは誰が負うべきか?~
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/41886861.html
■グーグルはなぜ新入社員に1800万円の給料を払うのか?
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/43503648.html
■マクドナルドの「時給1500円」で日本は滅ぶ。
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/43641340.html
■なぜスイスのマクドナルドは時給2000円を払えるのか?
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/43721475.html

賃金は上がるべきだし上げるべきだが、それは規制によって実現することではない。企業や国の成長で実現すべきだろう。

冷静な、そして根拠と数字に基づいた議論を望みたい。

中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
シェアーズカフェ・オンライン 編集長
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著者プロフィール


中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー(FP)、シェアーズカフェ店長、シェアーズカフェ・オンライン編集長。「保険を売らないFP」。

2011年4月にファイナンシャルプランナーのお店・シェアーズカフェを開業。開業から10年間、一貫して対面相談とウェブで情報発信を行う。2014年、シェアーズカフェ株式会社に法人化。現在は日暮里駅近くに事務所を構える。

情報発信は東洋経済オンライン、ITmediaビジネスオンライン、プレジデントオンライン、JBプレス、日経DUAL等の経済誌で執筆する他、新聞・雑誌・テレビ・ラジオ等で執筆・出演・取材協力多数(めざましテレビ、報道2001、スッキリ他、メディア掲載・取材協力の詳細を参照)

著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」、「一生お金に困らない人 死ぬまでお金に困る人(大和書房)」。住宅本はAmazon・楽天ブックスの住宅ローンランキングで最高1位、Amazon総合ランキングでは最高141位。

対面ではファミリー世帯向けにプライベートレッスン(相談)を提供。生命保険の販売を一切行わず、金融機関・不動産会社のセミナー・広告等の業務も全て断り、相談料だけを受け取るFP本来のスタイルで営業中。

プライベートレッスンでは独自のカリキュラムを顧客ごとに最適化、相談・アドバイスと組み合わせて高度なコンサルティングを提供。特に住宅購入の資金計画、ライフプラン全体のアドバイスを得意とする。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。

2013年にはマネー・ビジネス分野の士業や専門家が参加する自社メディア、シェアーズカフェ・オンラインを設立、編集長に。2014年よりYahoo!ニュースに配信中。他にも編集プロダクション、専門家向けの執筆指導(オンラインサロン)、社長専属の編集者などの業務も提供。FP事業とメディア事業を車の両輪としてシナジーを経営者として日々追求。

お金よりも料理が好きな79年生まれ。

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