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先日、日本学生支援機構が利用者に対して返済を求める訴訟を多数行っていると報じられた。

「大学や大学院、専門学校生らの約四割が利用している日本学生支援機構(旧日本育英会)の奨学金貸与事業で、返還が滞った利用者や親などに残額の一括返還を求める訴訟が激増している。機構が発足した2004年度の58件に対し、12年度は百倍を超える6193件に上った。

奨学金返還 訴訟が激増 支援機構、回収を強化 東京新聞 2016/01/03」

返済に困った学生が強引な取り立てで困っている、とたびたび報じられているが、公的機関が一括返済を求めて裁判を起こすなんてとんでもないと考える人も多いだろう。しかし、現在の仕組みを考える限り取り立ては強化すべきだ。

■資金の原資は税金ではない。
奨学金で借りるお金は税金だと勘違いしている人も多いと思うが、日本学生支援機構が学生に貸すお金を民間の金融機関から調達していることはあまり知られていない。

機構のHPではIR情報という投資家向けのページがある。投資家向けに情報を公開するのは一般的には上場企業だけだ。機構にIR情報があるのは、債券の発行と巨額の借入金で民間金融機関から資金調達をしているからだ。

債券は格付け機関によって格付けがなされ、投資家向け説明会やアナリスト向け説明会も開催されており、ほとんど上場企業と状況は変わらない。

借入金の入札にはみずほ銀行や三井住友銀行、三菱東京UFJ銀行、りそな銀行と国内の大手都市銀行の他、全国の地銀や信用金庫が合計で100行ほども名を連ねる。

資産運用の知識を持っている人ならば、機構が回収の手を緩めるとどうなるかこれ以上説明は不要だろう。貸付金の回収が出来ないことはそのまま機構がお金を返せないことを意味し、機構から民間金融機関への返済が滞れば金利が上がる、あるいは資金調達が出来ない事態に陥り、将来お金を借りる学生に悪影響を及ぼすことになる。

結論としては、機構は今後も安定して奨学金の事業を継続するためにもキッチリとお金を回収して金融機関に返済をすべき、ということになる。

返済に困っている人には返済期間の猶予や収入が一定額に達するまでは返済を猶予する仕組みもある。民間の教育ローンと比べても貸し出しの条件は良くて金利は極めて低く、奨学金の存在を悪者かのように考えるのは明らかに間違っている。

■奨学金を借りる人は急激に増えている。
一方で、これだけ返済できない人が増えている状況について無視はできない。直接的には機構がお金を貸して取り立てもしているため、悪者のように言われる状況だが、なぜこれほど借りる人が増えているのか、そしてなぜ返せない人が増えているのか、原因を良く考えるべきだ。

現在少子化が進む一方で奨学金の利用者は激増している。理由は進学率の急激な上昇と景気悪化による収入の減少、そして学費の高騰だ。

投資家向け情報として公開されている「日本学生支援機構について(平成27年3月)」によれば、大学と短大を合わせた進学率は平成4年度の38.9%から平成26年度の56.7%と、20年ほどで20ポイント近くも上昇している。

日本学生支援機構の理事長である遠藤勝裕氏はインタビューで以下のように答えている。
「毎年、専門学校から大学院まで約140万人が高等教育機関で教育を受けています。新規に毎年、毎年、奨学金の貸与を受ける子たちが45万人ぐらいです。そしてご指摘のとおり、およそ2.6人に1人が私どもの奨学金を受けています。

奨学金理事長「大学にさえ行けばいいなんて、イリュージョン」 “学生の借金1兆円”が映すこの国の歪み 日経ビジネスオンライン 2015/03/26」

この状況について遠藤氏は奨学金が日本社会を支えるインフラとなっており、責任は重く社会的な影響力も極めて大きくなっている、返済に関して発生している問題についても完璧では無く直すべき点も多々あると回答している。

■奨学金が増える理由は国の教育予算が少なすぎるから。
理事長の遠藤氏はインタビューで年間1兆円を超える貸し付けが発生する理由として国の教育費に向ける予算が少な過ぎるから、奨学金は本来返済不要であるべきだと答えている。アンタの組織が多額の貸し付けをして問題が発生しているのに無責任な、と思うかもしれないが、機構の仕事は学生にお金を貸すこと、そして回収することであり、それ以外の権限を越えた責任を求められても困るということだろう。

確かに、現在は国公立の大学ですら家庭の負担は極めて重い。ファイナンシャルプランナーとして各種データから試算した国立大学の年間費用は、学生の生活費なども含めれば170万円を超える(4年間の平均)。これは私立中学に通わせるより負担が重い、と言えばどれだけ費用がかかっているか分かるだろう。私立大学に至っては生活費も込みで年間約248万円だ。これでは収入の多い家庭でも子供が何人も居れば奨学金に頼らざるを得ない。

奨学金を毎月5万円借りれば、卒業するころには240万円の借金を背負って社会人となる。返済期間が長く、金利が低いとはいえそれなりの負担になる事は間違いない。返せないお金を借りる方がバカだという意見は正しいが、4年後に就職できるか、奨学金を返済できるだけの収入を得られるかどうか、そこまで考えてお金を借りる人は少数派だろう(もちろん、本来は考えるべきだ)。

教育ローンを奨学金と呼んでいる時点でおかしい気もするが、HPには「学生本人に貸与し、卒業後、学生本人が返還していくものです」と赤字+太字で書いてあり、借金だと認識していない人もいることは甘いとしか言いようが無い。しかし、一方で貸し手責任も当然考えるべきだろう。

■一つの大学に200億円も奨学金が投じられているという現実。
かつて消費者金融での借金は様々な社会的な問題を引き起こした。自己破産や返せなくなった人が消費者金融の店舗に放火をするといった事件まで起きていた。当初は借りる人が悪い、返せない人がだらしないだけだ、という認識だったものが、返せない人に貸す方も悪い、と認識も変わっていった。結果として過払い金の返還など貸し手責任も問われるようになった。

奨学金もこれだけ返せない人が増え、訴訟をしてまで回収をする事例が6000件を超えていることを考えれば、貸し手の責任として返せない人に貸すべきではない、という話も当然すべきだろう。

しかし、過払い金の請求が消費者金融の貸し出しを大幅に減らして「借りたいのに借りられない人」を増やしたように、現在2.6人に1人が奨学金を借りるような状況で貸し出しを絞ればどうなるか。大学に行きたいのに行けない人が万単位で発生する。当然その場合も機構が非難を受けるだろうが、既に書いたようにこれは機構の権限を越えた問題だ。

上記インタビューで理事長の遠藤氏は、大学進学が必ずしも正しいわけではない、高等専門学校(高専)の学生の方が東大より医学部より延滞率は低い、と説明している。これは個人的な意見も含んでいてあまり参考にならないが、機構からの奨学金が学生を経由して大学の経営を支えている、一番多い私立大学には一校で年間200億円も奨学金を貸与しているとも説明している。奨学金という蛇口が閉じられて困るのは学生だけではないということだ。だから奨学金を減らせば大混乱が起きる、ともインタビューでは説明している。

■大学教育は役に立っているのか?
このように考えていくと、大学はこんなにたくさん必要なのか? 大学の教育は本当に役立っているのか? 大学向けの予算を国はもっと増やすべきなのか? 増やすとしたらどこから持ってくるべきなのか? など様々な問題が噴出する。

つまり返済の出来ない人が増えているとか機構が厳しく取り立てをし過ぎているという話は(当事者にとっては大問題でも)、表面的な問題に過ぎないということが分かる。結局は大学教育をどうすべきか、どうあるべきか、という議論をせずに奨学金の問題を論じても意味が無いということだ。

この問題は教育の専門家ではない自分にとって答えを出せるような話ではないが、大学教育に無条件で税金を投じるべきとはとても言えない。なぜなら教育・子育ての予算は保育園の不足や保育士の給与が低いという問題など、他の分野でも極めて不足しており、機構理事長の遠藤氏もインタビューで説明するように、進学率が急上昇した現在でも半数近くの若者が大学に行かずに働いている事を考えれば、大学進学は贅沢品とも言えるからだ。

それでも大学進学には税金を投入すべき、あるいは学費は無料にすべき、というのであれば、資金を捻出することは(技術的には)簡単だ。年間60兆円にのぼる年金の支給額を1%削れば6000億円の資金を捻出できる。国公立の大学だけならこれだけで無償化が可能だろう。年間300万円の年金を貰っている人が3万円減る程度と考えればそれくらい我慢して下さい、ということになる。

年金の仕組みは積み立て型ではなく、賦課方式といって今現役で働いているワカモノが高齢者の年金を保険料で負担し、多額の税金も投入されている。つまりワカモノが稼いで保険料と税金を払い続けてこそ今の年金制度は維持できる。

大学教育が日本人の生産性上昇につながるのであれば、年金を削って教育に投じることは将来への投資となる。年金が破たんするより少し削って継続する方がよっぽどマシだろう。問題はこういった大きな問題に取り組む政治家が居ないことだ。

少なくとも現在の仕組みでは奨学金の回収は厳しく行うべきだが、同時に今の仕組みで本当に良いのか、考えるべき問題が山積していることは間違いない。

【参考記事】
■大学で簿記3級を教える事は正しい。
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/40986750.html
■「安定した雇用」という幻想。~雇用のリスクは誰が負うべきか?~
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/41886861.html
■就職活動を始めた大学生はNHKのお天気お姉さん・井田寛子さんに学べ。
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/34559984.html
■262億円の大赤字を叩きだしたマクドナルド・カサノバ社長に、一読を勧めたいマンガについて。
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/45414636.html
■最低賃金1500円を要求する人たちが勘違いしていること。
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/46343813.html

中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
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著者プロフィール


シェアーズカフェ店長 ファイナンシャルプランナー
中嶋よしふみ。現在、34歳(FPとしては多分若手)。

2011年4月にファイナンシャルプランナーのお店・シェアーズカフェを開業。

2012年2月に開設した「シェアーズカフェのブログ」は5ヶ月で月間アクセス14万件を突破。2013年は総アクセス500万件超(配信先も含む)、ヤフーのトップニュースに4回掲載される。ファイナンシャルプランナーとしてブログのアクセス数はダントツの日本一を誇る。

2013年4月にはアゴラ研究所主催の連続金融セミナーに登壇。山崎元氏、ライフネット生命現会長・出口治明氏、元マネックスユニバーシティ代表取締役・内藤忍氏など、金融業界を代表するメンバーと共にセミナー講師として参加(担当は住宅購入)。

2014年は住宅金融支援機構(フラット35)でセミナーを2回行う他、日本FP協会・長野支部にてFP向けセミナー(継続教育研修)に登壇。

現在、シェアーズカフェのブログのほか、日経マネー、日経DUAL、言論プラットフォーム・アゴラ、ブロゴス、ヤフーニュース個人、ハフィントンポスト等で執筆中。老舗情報サイト・オールアバウトでは住宅カテゴリでガイドを務める。

その他、日経新聞でコメントが掲載されるなど、多数の媒体で情報発信を行う。

対面では新婚カップルやファミリー世帯向けにプライベートレッスン・セミナー・相談等のサービスを行う。生命保険の販売や住宅ローンの仲介等を一切行わず、FP本来のスタイルで営業を行っている。

プライベートレッスンでは、お客様ごとに最適化したレッスンと適切なアドバイスを組み合わせて高度なコンサルティングを提供中。他に無い独自のサービスがお客様の支持を得ている。

現在は専門家が書き手として多数参加するウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインを編集長として運営するほか、ブログ執筆による集客の経験とノウハウを生かして士業・企業向けにウェブコンサルティングも提供する。

お金よりも料理が好きなFP。パティシエも兼任。

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