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先日、厚生労働省はブラック社労士として話題になった愛知県の社会保険労務士を3カ月の業務停止の懲戒処分とした。ヤフートップにも掲載されたので目にした人も多いだろう。

昨年、社員をうつ病にして退職に追い込んでしまえという社労士が書いたブログが話題となり、今回の処分はその顛末という事になる。これで一件落着という事になるのかというと、今後は表沙汰にならないだけで「ブラック社労士」が消えることは無いだろう。なぜならブラック社労士には確実に需要があるからだ。

■ブラック社労士と追い出し部屋とリストラマニュアル。
多くの人が勘違いしているが、ブラック社労士と同じようなモノはとっくの昔から存在し、散々報道もされている。大手企業ではそれが追い出し部屋であり、外資系企業ではリストラマニュアルだ。

今回話題になったブラック社労士は中小企業版の追い出し部屋とも言える。なぜこれらが同じかと言えば、部屋・マニュアル・社労士と表面上は違うように見えてやっている事は全く同じだからだ。話題になった理由はブラック社労士が目新しいから、というだけのことだ。

誰もが知るような大手企業でも、追い出し部屋の存在が話題になる事はもはや珍しくない。人材コンサルタントとして有名な城繁幸氏は、追い出し部屋の典型的な事例として3年も前の記事で以下のように説明している。
「40代後半で、在籍する事業部があまりパッとしない人の手元に、ある日、聞いたことのない部署への異動の辞令がやってくる。
「4月1日付 人材開発支援センターへの異動を命じる」
同じくらいの年代のおじさんばかりが集められたその部署では、きっと最初はとっつきやすいミッションが与えられるはずだ。
「グループ内で適所適材を図るため、これから皆さんの再訓練と再配置を検討します」
でもそんな幸運な人は稀だ。ほとんどの人は第二フェーズ、つまり就職支援会社のサポートを受けつつ、退職に向けた転職活動に追い込まれるだろう。
追い出し部屋は永遠に不滅です 城繁幸 Joe’s Labo 2013/02/08」

当初追い出し部屋の存在が表沙汰になったときには、まるでナチスか北朝鮮の強制収容所かのごとくセンセーショナルに報じられたが、こういった話はもはや珍しく無い。

■IBMのリストラマニュアルは驚きに値しない。
昨年末には東洋経済オンラインがIBMのリストラマニュアルの存在を報じた。記事では以下のように説明されている。
「今回は、日本IBMがかつて用いていたという、「退職勧奨マニュアル」の実物を入手した。本体は26頁、添付資料は13頁に及ぶ。中身を読んでみると、法に触れずに目的を達成するためのノウハウが、盛り込まれている。
日本IBM「社外秘リストラマニュアル」の全貌 東洋経済オンライン 2015/12/24」

マニュアルの詳細は記事を読んで貰えればと思うが、簡単に説明すれば自主的に辞めてもらうように面談を繰り返し、その際に自ら辞める以外に選択肢は無いと伝える際のテクニックだ。

この記事もそんな事をやっているなんて酷いと話題になったが、自分の感想は「どこも同じなんだな」といったところだ。東洋経済オンラインに掲載された内容は「クビ!論」という書籍とウリ二つの内容だったからだ。

■外資系企業で活躍したクビキラーとは?
クビ!論の著者である梅森浩一氏は外資系企業で人事のキャリアを積み、1000人以上のクビを切ってきた、自らをクビキラーと称する「首切りのプロ」だという。書籍の内容はIBMのリストラマニュアルとほとんど同じで、外資系企業が日本で解雇をする時はどこも同じなんだな、とある意味で納得してしまった。

なお、この本が発行されたのは2003年と10年以上前だ。今行われている事が10年前に書籍化されているという事は、すでにオーソドックスなやり方として定着しているということだろう。

個性の違いが出ている部分としては、退職の先送りを該当者が希望した場合、クビ論ではアリとしているが、IBMのマニュアルでは一切認めない、となっている点だ。梅森氏は多少退職が先送りになっても面談にかかる手間を考えれば直属の上司が認めるならば問題は無いということらしい。

このように説明すると、クビ!論もブラック社労士同様、とんでもない本だと思われるかもしれないが、アマゾンで「解雇」と検索をすれば、社労士や弁護士が書いたスムーズに解雇をするための本がいくつも売られている(うつ病に追い込めと書いてある本は無いと思うが)。

つまり、経営者には解雇に関する知識やノウハウは一定のニーズが確実にあるということだ。今回話題になったブラック社労士はたまたま注目されただけであり、この極悪非道な社労士がいなければ問題は消えて無くなると考えるのは大間違いだ。日本では解雇に関して構造的な問題が存在している、と考えるのが自然であり、当然だろう。

■ブラック社労士のアドバイスは「常識的」である。
ブラック社労士と話題になった人物のブログは一部がまだウェブ上に残っている。ウツにしてしまえとか精神的に追い込むことが楽しくなりますよ、といった問題になった記述以外の部分には何が書いてあるのか。冷静に読むと、問題のある社員を解雇するためには就業規則の変更、指導の繰り返し、注意や処分内容を書面にして渡すなど、様々な手順を踏むようにアドバイスをしている。

こういった部分だけを読めば、労働基準法に沿って経営者が違法解雇とあとから訴えられないための手順を踏む際の極めてオーソドックスなアドバイスでしかない。どんな社労士でも社員を解雇したいけどどうすれば良いか?と経営者から相談されれば同じように答えるだろう。

結局はブラック社労士も追い出し部屋もリストラマニュアルもやっている事は全て同じだ。シンプルに言えば自主退職してもらう事、そして解雇をしても訴えられない手順を踏む事、それだけだ。日本の法律や判例では一方的な解雇は極めて難しく、出来たとしても後から解雇無効で訴えられる可能性があるため、企業は解雇に二の足を踏む。

■ブラック社労士は法律の手順を踏んでいる。
ブラック社労士、追い出し部屋、リストラマニュアルと、これら三つはどれもとんでもない違法行為のように見えるかもしれないが、現実はその逆で、解雇四要件を守るため、つまりコンプライアンスを追求した結果生まれた歪みだと言える。

もちろん、精神的に追い込むやり方がまともなやり方とは到底思えないが、もっと酷いのはこのような歪みを生んでいる法律や仕組みだ。

中小も大手も外資も同じことをやっている、という事はどの企業でも解雇の必要があるということだ。これはある意味で当たり前の話で、企業は業績が永遠に右肩上がりでなければ社員を雇っている限りいつかは解雇をする時がやってくる。したがって解雇は良いとか悪いという問題ではなく、企業にどこまで雇用責任を求めるか、従業員にはどこまで自己責任を求めるか、という白と黒の間にあるグレーな話でしかない。

そこで過剰に雇用責任を求められれば、だったら自主的に辞めてもらうのが安全、と経営者が考えるのは当然の結果だ。繰り返すがこれは経営者が酷いとか極悪人といった特定の個人や企業に帰結する問題ではなく、社員を守るための仕組みがかえって非人道的なトラブルにつながるという、構造的な問題だ。

そして業績悪化以外でも、解雇をしないといけない状況もありうる。話題になった社労士のブログで取り上げられた事例を読むと、経営者として冷や汗が出るような内容だ。

■企業は敬語を使えない社員をクビに出来ないのか?

社員を精神的に追い詰めろと書いた翌日のブログでは、いくら注意をしても上司や取引先にタメ口で話す社員をどう解雇すれば良いか?という質問について回答が掲載されている。

このブラック社労士の回答は、就業規則に敬語を使う旨を定める、ため口を使ったら反省文を書かせる、出勤停止にする、ボーナスを減らす、とある。相変わらず厳しく対応すればウツ状態になる、といったおかしな記述が散見されるが、経営者ならば間違って敬語をろくに使えない社員を雇ってしまっても、ここまでやらないとクビに出来ないのか、と唖然とするだろう。これが現在の日本の法律であり、判例という事だ。

いかに良い商品・サービスを提供して売り上げを確保するか、ライバルに打ち勝つか、と日々頭を悩ませている所で、間違って敬語を使えない社員を雇ってしまったらどうなるか。まとも経営者であれば、そんな低次元な問題に付き合ってなんていられない、と考えるだろう。

高校生のアルバイトですら出来ることも出来ず、いきなりクビにするわけにもいかず、アレコレと指導しても直らず、なんでこんな社員に時間を取られた上に給料を払わないといけないのかという状況で、クビにしたいと思うのは経営者として当然だ。

■金銭解雇が労使双方を救う。
そんな特殊な事例を持ち出すなんておかしいという反論を受けそうだが、話題になった社労士のブログのサブタイトルは「モンスター社員解雇のノウハウをご紹介」となっており、あくまで問題のある社員を解雇する際の話だ。

社員の雇用や研修には莫大な手間とコストがかかっている。好き好んで解雇する経営者はいない。もちろん、中には経営者の気まぐれで、今日採用してなんか気が合わなそうだから三日後に解雇したい、と考えるおかしな経営者も居るかもしれないので、なにがしかの制限は必要になる。

その解決策の一つが金銭解雇という事になる。1年分なり半年分なりの給料の支払いを解雇の時に補償させれば経営者に対する気まぐれな解雇の抑止力となるだろう。もちろん、どれくらいの金額が良いかは議論の余地があり、また金銭解雇を認めるべきかどうかも賛否は大きく分かれるだろう(個人的には金銭解雇には賛成ではあるが、その可否は今回の記事には直接関係無いので詳細には触れない)。

結局、この問題は雇用責任を企業にどこまで求めるべきか?という話にたどりつく。無限に求めるなら解雇は何があっても絶対禁止となり、一切求めないのなら解雇はいつでも自由となる。当然どちらも正しいわけもなく、すでに説明したように白でも黒でもない、ちょうど良いバランスを模索しなければいけない。

現状では解雇は絶対禁止に近く、経営者は解雇無効の訴訟を避けるために自主的に辞めてもらいたいと考えている。それが企業によって追い出し部屋、リストラマニュアル、ブラック社労士と、形を変えて表出していることになる。表に出ている問題は異なっても、根っこは全て同じだ。

なお、経営者が解雇無効の裁判を起こされたくない理由は、裁判が長引いて、最終的に解雇無効が認められれば裁判費用のみならず、その働いていない期間も給料として支払わなければいけない可能性があるからだ。手間と時間とお金が大きく失われ、中小企業では一人でもそんな状況の社員が発生すれば会社が傾きかねない。自主的に辞めて貰えばそのリスクは無くなる。だから企業は自主退職にこだわるわけだ。

■経営者は強者か?
99.7%が中小企業を占める日本では、企業も経営者も決して圧倒的な強者とは限らない。経営のリスクに加えて雇用のリスクも抱える経営者は、場合によっては従業員よりもよっぽど弱者だ。従業員は他の会社に移る事は出来るが、自身で会社を興した経営者は会社から逃げる事は出来ないからだ。

今回のブラック社労士問題は、明らかに社労士に非があった。追い出し部屋もリストラマニュアルも問題のある仕組みである事は間違いない。しかし、これらは問題の「原因」ではなく「結果」だ。根っこには解雇が難しいという日本の法律・判例が原因として横たわっている。

クビ!論の著者であるクビキラーこと梅森氏は、日本型雇用は正しい、成功している企業は外資系のような経営をしている企業ばかりではない、と指摘する。しかしその一方で、自社の強みや競争力を明確に説明出来ないのなら徹底的に外資系のマネをしろとも言う。

日本の雇用はどうあるべきか、改めて議論をし直す時期に来ている事は間違いない。

参考記事
■なぜスイスのマクドナルドは時給2000円を払えるのか? http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/43721475.html
■グーグルはなぜ新入社員に1800万円の給料を払うのか? http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/43503648.html
■最低賃金1500円を要求する人たちが勘違いしていること。 http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/46343813.html
■最低賃金1500円デモの批判記事を書いたら主催者から反論が来たので回答してみた。 http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/46406962.html
■年収1100万円なのに貯金が出来ませんという男性に、本気でアドバイスをしてみた。 http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/44746902.html

中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
シェアーズカフェ・オンライン 編集長
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著者プロフィール


シェアーズカフェ店長 ファイナンシャルプランナー
中嶋よしふみ。現在、37歳(FPとしては多分若手)。

2011年4月にファイナンシャルプランナーのお店・シェアーズカフェを開業。

2012年2月に開設した「シェアーズカフェのブログ」は5ヶ月で月間アクセス14万件を突破。2013年は総アクセス500万件超(配信先も含む)、ヤフーのトップニュースに4回掲載される。ファイナンシャルプランナーとしてブログのアクセス数はダントツの日本一を誇る。

2014年は住宅金融支援機構(フラット35)でセミナーを2回行う他、日本FP協会・長野支部にてFP向けセミナー(継続教育研修)に登壇。

現在、シェアーズカフェのブログのほか、日経DUAL、ブロゴス、ヤフーニュース個人、ハフィントンポスト等で執筆中。

その他、日経新聞でコメントが掲載されるなど、多数の媒体で情報発信を行う。

対面では新婚カップルやファミリー世帯向けにプライベートレッスン・セミナー・相談等のサービスを行う。生命保険の販売や住宅ローンの仲介等を一切行わず、FP本来のスタイルで営業を行っている。

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