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先日、千葉県市川市で4月に予定されていた保育園の開園が中止されたと報じられた。原因は騒音を理由とした周辺住民の反対によるものだという。
「説明会に同席するなどして地域の理解を求めてきた市の担当者は「(住民の反対で)開園が延期したケースは東京都内などであるそうだが、断念は聞いたことがない。残念だ」と言う。
<私立保育園>「子供の声うるさい」開園断念 千葉・市川 毎日新聞 2016/4/11」

首都圏にほど近い市川市は東京駅までわずか30分、人口は約48万人、都心部へ通勤する人も多いだろう。

保育園の騒音に関するニュースは度々話題にのぼるが、そのたびに「子供の声をうるさいなんて言う人はおかしい」「自分が子供だった時を忘れたのか」といった批判が起こる。今回も「これじゃあ日本が少子化になるなんて当たり前だ」と多数の批判コメントが寄せられている。しかしこういった批判は完全に的外れだ。今回の開園中止は報道内容を読む限り、当然の結果だと言わざるを得ない。

保育園の騒音問題には多数の誤解や勘違いが含まれており、市川市の開園中止は行政すらまともに騒音問題を理解していなかったことを露呈した。改めて、保育園の騒音問題に関する誤解を一つずつ確認してみたい。

■なぜ保育園で「騒音問題」が起きるのか。


一昔前には、保育園の騒音が報じられることは無かった。もちろんトラブルはゼロでは無かったとは思うが、近年になって多数報じられるようになったことから、この問題を最近になって発生し始めた新しい問題だと考えている人は多いだろう。

そういった視点から「日本人の心が狭くなった」「少子化で子供と接する人が減ったことが原因」といったもっともらしい説明がなされることもある。しかし、ハッキリ言ってどちらもトンチンカンにも程があるという見解だ。

保育園による騒音トラブルが増えた原因は近年都市部に保育園が急激に増えたことが原因である事は明白だ。待機児童の問題は人数が多いことだけではなく、都市部に極端に偏っている事でさらに問題が大きくなっている。これは待機児童は300万人超?園児一人当たりのコストは50万円?「保育園落ちた日本死ね」論争に終止符をでも書いたことだ。

都市部の土地はすでにほぼ開発されつくしており、新しく保育園を作れば民家と隣接せざるを得ない。この状況で多数の保育園を作れば騒音トラブルが発生するのは当然だ。今後も騒音トラブルは今まで以上に増える、そして騒音トラブルは心の問題や気分の問題ではなく、都市部で大量に作られたことによる物理的な問題と考えない限り、解決することは出来ない。

同時に、これは保育園によって起きている問題ではなく「隣人同士の騒音問題」だと考えれば、何十年も前から、おそらくは江戸時代に長屋が出来た時代から発生していたと言えるだろう。

保育園の騒音は「保育園のトラブル」ではなく「騒音トラブル」として考えれば、新しくもなんともない問題である事が分かる。騒音があればどこであろうと、誰であろうとトラブルは発生する。

そして、過去には騒音が原因で殺人事件まで発生しているケースもあり、保育園でも子供の声がうるさいと斧を振り回して逮捕されたケースまである。つまり騒音トラブルは「たかが子どもの声に目くじらを立てるな」などといえるようなものではなく、当事者にとっては極めて深刻なトラブルでもあるということだ。

■子供の声が騒音かどうかなんてどうでも良い。


おそらく子供の声に「騒音」という言葉を使っている時点で不愉快な人は多数いるだろう。しかし、子供の声を不快に思う人は厚生労働省の調査によれば35%にのぼる(2015年・厚生労働省白書)。この数字は一部とも少数派とも言えない。そうでなければこれだけ反対運動が起こるはずもない。国も自治体も保育園を作れば必ず反対運動が起きるという前提で対応すべきだ。

こういった話題で必ず発生する一番多い批判は、子供の声をうるさいと思う人はおかしい、その次がすでに住んでいる人が近くに作る時に文句を言うならまだしも、後から引っ越してきた人が文句を言うな、というものだ。

一つ目についてはこれほど意味の無い批判も無い。ピーマンが嫌いな人になぜお前はピーマンが嫌いなんだ?こんなに体に良い食べ物なのに、と文句を言っても意味が無いことと同じだ。嫌なものは嫌、それだけだ。子供の声をうるさいと思うなといったところで問題は何ら解決しない。クレームを出すなと言ったところで止まる事は無いだろう。

そして、重要なことは子どもの声をうるさいと思う人がいるかいないかに関係なく、保育園の数は増やさないといけないということだ。焦点は保育園の整備を進めることであり、騒音問題では無い。騒音が障害になるのなら粛々とそれを解決するために必要なことをやれば良いだけだ。そういう意味では、今回の市川市のケースで、悪いのは反対住民ではなく遅滞なく建設できなかった自治体ということになる。

私立の保育園であっても国策として保育園を増やすと決めて税金も投入している以上、責任は国や自治体にあるのは当然だ(保育園の建設はあくまで事業者が行うことだが、今回のケースでも住民との話し合いに市の担当者は参加していると報じられている通りだ)。

■保育園が出来ると資産価値は下落する。


そしてもう一つのイヤなら引っ越してくるな、という意見だ。今回は新しく作ろうとしたところで住民が反対運動をしたケースだが、それでも関係がある。

好き好んで幼稚園や保育園の隣に引っ越しをする人はいないだろう。オークションと同じで、敬遠する人が増えればそれだけ賃料も価格も下がる。つまり不動産価格に悪影響が発生するから建設反対という人も確実にいるということだ。これもおかしいと文句を言ったところで変わりの無い事実だ。

無責任な事を言うなと批判を受けそうだが、そういう人のほとんどは保育園や幼稚園の隣に住んだ事は無いだろう。自分が現在借りている事務所は幼稚園の隣にある。近くではなく、隣接だ。薄い壁一枚を隔ててすぐ隣が幼稚園で、自分が借りる際には1年近く空き家だったようだ(事務所の環境について詳細は後述する)。

■子供の声はうるさくない。


ここまで読んで「コイツは保育園の建設に反対するとんでもないヤツだ」と思われたかもしれないが、以前の記事で東京には数百万人分の保育園が足りないと書いた。自分が問題と指摘していることは、今のような行き当たりばったりの状況では保育園を増やすことはできないということだ。しかし解決策はある。なぜなら子供の声は決してうるさくないからだ。

すでに書いたように、自分は幼稚園の隣に事務所を借りている。午前から午後2時位までは子どもが園庭で遊んでおり、それ以降は子どもを迎えに来たお母さん達が夕方まで園庭でずっと喋り続けていて、子供の声に負けず劣らずという状況だ。お母さんが帰らないのだから当然子どももその場にいてずっと大はしゃぎで遊んでいる。

その隣に事務所があると聞けば、市川市で反対運動をしていた人ならば卒倒しそうな状況だが、室内では驚くほど子供の声は聞こえない。壁の分厚いタワーマンションやごついビルというわけでもなく、エレベーターすらないおんぼろビルだが、子供の声もお母さんの声も全く聞こえない。境目に防音壁などは無く、道路に面した園庭に至っては金網で声はダダ漏れの状況だ。

これは自分が子供の声をうるさいとは思わないとアピールしているわけではなく、仕事で訪れた編集者や相談に訪れたお客さんも、窓を開けると思い出したように「そういえば隣、幼稚園でしたね。こんなに近いのに窓を閉めてると全然聞こえないんですね」と、皆が驚く。

■子供の声は防音が容易。


なぜこんなことが起きるのか。音響マニアの人ならば簡単に分かるだろう。周波数の高い声、つまり子供や女性の声は遮音・防音が簡単だからだ。ドアやコンクリートの壁、あるいはカーテン一枚でもかなり音は防ぐことが出来る。防音対策は何もしていないため通常の壁だけで防音が出来ていることになる(うるさいと文句を言う人は壁の薄いアパートか木造の一軒家なのだろう)。

イメージとは逆に、男性の出す低い声や、工場やクーラーの室外機から出る低音は遮音が難しい。つまり防音設備をキッチリと整備すれば子どもの声を防ぐことは決して難しいことでは無いということだ。

以前、背の高い防音壁が設置された保育園が報道されたときも、子供の遊ぶ庭にこんなものを作るなんて、と批判が多数寄せられていた。しかし、重要な事は保育園をまずは確保することだろう。壁一つで保育園を建設出来るのならいくらでも壁を高くすればいい。

■工場や商業施設の騒音対策は?


保育園よりもっと大音量の騒音をまき散らす工場や商業施設はどうしているのか。これは消音スピーカーといったものが使われているケースもある。高度な技術により、音を音で打ち消すような仕組みだ。

身近なものではノイズキャンセリング・イヤホンなどにも使われている技術だ。利用したことがある人ならば分かると思うが、ノイズキャンセリング・イヤホンを電車内でつかうと電車の動く音が全く聞こえないくらい効果が出る。道端では車の走行音が聞こえなくて危ないくらいに音楽の世界に入り込める。これはイヤホンで物理的に耳をふさいでいる効果も当然あるが、既に騒音を打ち消す技術はあるということだ。

ただ、これを直ちに保育園や幼稚園に転用は出来ない。工場と保育園・幼稚園では音の性質が全く異なるからだ(先ほど書いた低音と高音の違い)。工場等の騒音は生活のトラブルとして解決する必要があったため開発が進められてきた経緯はあるのではないかと思う。

今後子供の高い声を打ち消す事ができる技術が生まれれば都市部で住宅街のど真ん中に何の心配もなく保育園を建てることも可能だろう。保育園の増加が国策なのであれば、経営危機にある家電メーカーに消音技術の研究開発費でも補助金として出せばいい。

■稚拙な住民交渉でトラブルが深刻化する


今回の報道で誰も気にしていないが、最も深刻な箇所は先ほど引用した以下の部分だ。
「市の担当者は「(住民の反対で)開園が延期したケースは東京都内などであるそうだが、断念は聞いたことがない。残念だ」と言う。」

これが本当に報道の通りならば勉強不足、調査不足にもほどがあるとしか言いようがない。開園が断念されたケースはこれまでにも多数報じられているからだ。例えば以下のケースだ。
「さいたま市内では、2011年春の保育所開設を目指した計画も白紙に。断念した社会福祉法人理事長は「住民の反対や地主の貸し渋りであきらめた計画は、他市も含め10以上ある」。
隣に保育所、迷惑ですか 騒音・送迎車…各地で建設難航 朝日新聞デジタル 2014/06/3」

延期と断念がどこまで厳密に区分けして報じられているか分からないが、こういった報道は他にも多数ある。東京都内などであるそうだが、といったレベルの話ではない。市川市は他の自治体の成功例・失敗例を知らず、情報不足のまま対応した結果、開園までこぎつける事が出来なかった可能性は無かったのか。

市川市の問題にとどまらず、国策として保育園を何年も前から増やしているにもかかわらず、どんな手順で工事を初め、どのように住民に説明すれば説得が可能か?といった手順の標準化(マニュアル化)や、各地の自治体が困らないように国が情報共有の手助けをするといったことすら着手していないことも露呈している。保育園の建設反対運動の発端は説明不足で住民が怒ったと報じられているケースも多い。

他にも、保育園の屋上に砂場を作ろうとして周辺住民とトラブルに発展したというデザイナーが暴走しているようなケースや(保育園が足りない 建設めぐり住民と事業者が対立 - Yahoo!ニュース 2015/12/25)、突然保育園の建設を始め「工事の妨害をしたら法的手段を取る」と周辺住民に脅すような文面を建築業者が送りつけて非常識な対応をするケースなど(「憩いの場」に保育園建設…高齢女性の嘆き AERA 2014/11/15)、どう考えても事業者側に問題がある事例も報じられている。保育園に税金が投じられている以上、当然これらのトラブルは全て国や自治体にも責任がある。

既に書いたように建設から開園までにやるべきこと、守るべきルールを標準化し、情報を共有して保育園の設立アドバイザーのような職種を育成・派遣することで不要なトラブルを避ける事は十分可能だ。

保育園不足の原因として財源不足や住民の反対が挙げられるが、行政や立法の怠慢も確実にあるとしか言いようが無い状況だ。

※通常、保育園の開園に周辺住民の了承は不要で強行することも可能だが、園児に危害が加えられるような事態を避けるため住民の理解を無視することは当然出来ない。上記の朝日新聞の記事では防音壁や二重窓はもはや当たり前という自治体の声も紹介されている。

■国は本気ならば「本気の対応」を。


この記事を書いている最中、沖縄の基地建設に揺れる町に関するドキュメンタリーが放送されていた。その町では国から補償金を貰うべきかどうかで話し合いが持たれ、苦渋の選択として多数決でお金を貰う事にしようと決まった様子が放送されていた。

保育園の周辺で騒音や資産価値下落で困る人がいるのなら、二重窓の工事代金の支払いや補償金の支払いも当然検討してしかるべきだ。反対意見は出るだろうが、それは既に書いた通りピーマンが嫌いな人はおかしいといったレベルの話に過ぎず、耳を傾ける価値は無い。

重要な事は今後も人口の密集した都市部に大量の保育園を作らざるを得ず、一つ作ろうとするたびに住民の反対運動が起きて結局作れませんでした、ということになれば無駄に時間と手間を浪費し、仕事に復帰できないパパやママが大量に生まれるということだ。

今後保育園をスムーズに作るためには予算はもちろん、国がキッチリと関与することが必要だ。保育園の増設には様々なやり方があり、現在のやり方が全て正しいとは思わないが、少なくとも定員の増加は確実に必要だ。そのためには最低限のルールや手順の整備は早急に進める必要がある。

今後は自治体と住民がこれ以上不要なトラブルを起こさないで済むように、国も全国の自治体も市川市の事例を反面教師として環境を整えるべきだろう。

【参考記事】
住宅購入の相談に乗っているFPから見た、働くママと会社の関係。|人事のための課題解決サイト jin-jour(ジンジュール)
待機児童は300万人超?園児一人当たりのコストは50万円?「保育園落ちた日本死ね」論争に終止符を。
「資生堂ショック」という勘違いの勘違いについて。
「奨学金のせいで結婚が出来ない」という勘違いについて。
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中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
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著者プロフィール


シェアーズカフェ店長 ファイナンシャルプランナー
中嶋よしふみ。現在、37歳(FPとしては多分若手)。

2011年4月にファイナンシャルプランナーのお店・シェアーズカフェを開業。

2012年2月に開設した「シェアーズカフェのブログ」は5ヶ月で月間アクセス14万件を突破。2013年は総アクセス500万件超(配信先も含む)、ヤフーのトップニュースに4回掲載される。ファイナンシャルプランナーとしてブログのアクセス数はダントツの日本一を誇る。

2014年は住宅金融支援機構(フラット35)でセミナーを2回行う他、日本FP協会・長野支部にてFP向けセミナー(継続教育研修)に登壇。

現在、シェアーズカフェのブログのほか、日経DUAL、ブロゴス、ヤフーニュース個人、ハフィントンポスト等で執筆中。

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