先日、タレントの石田純一氏が東京都知事選に出馬宣言を行い、ほんの数日で取りやめるという騒動があった。各種メディアで多数報じられたこともあり、多くの人が目にしただろう。 石田氏は野党統一候補なら出馬すると発言していたこと、そしてCMの放送中止により多額の賠償金が発生するという発言から、政府から圧力がかかっているのではないか?といった批判の声も多数あった。 この問題については先日、石田純一氏の出馬宣言で損害賠償請求をした企業は正しいという記事を書いたが、記事への反響を見ると納得出来ない人がまだ多数いるようなので改めてビジネスの視点から論じてみたい。 ■テレビに出られないのは与党の圧力か?石田氏はすでに出馬を取りやめているが、コメンテーターを務める番組ではまだ出演ができていないようだ。 「東京都知事選への出馬を断念した俳優・石田純一(62)が、水曜日のコメンテーターを務めている大阪・朝日放送(ABC)の情報番組「おはよう朝日です」(月~金、午前6・45)を、今週20日も引き続き休演することが18日、分かった。 こういった状況から、与党の圧力じゃないかという見方が正しいようにも見える。タレントの誰々は政治的な発言をしながらテレビに出ている、なのに石田氏は出られない、これはやはり与党寄りか野党寄りの違いじゃないか、といった批判意見も見られた。 ■石田氏のCMが流せなくなった理由は選挙報道の公平性。さて、これらの政府の圧力説は正しいのだろうか。政治の世界は一般人に計り知れない部分があり、実際に何が起きているかは想像の域を出ない。与党の圧力という意見も根拠があるわけでも無い。ただ、ビジネス目線で見れば何らおかしいことはない。 先日の記事でも書いた通り、石田氏の出演するCMを放送中止せざるを得なかった理由は、テレビ局が選挙報道で公平性が強く求められているからだ。現在もニュース番組で都知事選を扱う際には、泡沫候補であっても名前や顔写真が必ず表示される。そんな状況で候補者が出演するテレビCMが流れれば特定の候補を利する放送として公平性の観点から問題になりかねない。 政治的な発言をしているのに堂々とテレビに出ているとして名前が挙がっていたタレントも、選挙に出馬すれば当然CMもドラマも放送は出来ない。政治的な発言をしているタレントは多数いるが、彼ら・彼女らと石田氏の違いは単純に選挙に出ようとしていたかどうか、そこだけだ。海外のタレントは政治的な発言をしているという意見もあったが、これも国によって選挙報道に公平性のしばりが無いというだけの話だ。 ただし、石田氏のCM中止については出馬する可能性をほのめかしただけですぐに放送中止という対応が適切な判断かどうかは議論の余地はあるだろう。前回の記事に書いた通り、現状のルールでは企業はタレントの「出馬リスク」を強く意識せざるを得ない。 ※実際には情報バラエティ番組で主要三候補を全員合わせたより何倍も長く石田氏の出馬とその取りやめは長時間にわたって報じられていた(芸能コーナーの扱いではあったが)。これはとても圧力のあった候補の扱いとは言えない。 ■石田氏がテレビ番組に出演出来ない理由。ではCMは別にして、すでに出馬しないと決めた石田氏がテレビ番組に出演出来ない理由はどこにあるのか。これは番組の性質上と説明されているが、単純に信頼を失ったからというだけの話ではないのか。 今後も再度約束を破って選挙の応援に行けば、特定の候補に肩入れするタレントを番組に出演させていることになってしまう。テレビ局側からすれば、極めて神経を使わざるを得ない選挙期間中に、予測不能な行動をとるタレントを出演させて余計なリスクを取りたくない、ということになるのだろう。 これは政治問題と考えるからややこしくなるだけで、三菱自動車やマクドナルドなどトラブルのあった企業の商品をあえて買いたいか、と身近な「取引と信頼関係」の話に置き換えればなんら難しい話では無い。 石田氏を支持する人からすればフザケンナと怒りを感じるだろうが、当事者であるテレビ番組のスタッフや関係者からすれば、今後の対応を考えたり代役を立てるなど膨大な手間が発生した上に圧力に屈していると批判まで受けるのなら、とてもやってられないということになるだろう。 石田氏の所属事務所は、今回の騒動を受けて「今後一切、政治に関する発言はできなくなりました」とマスコミに説明しているが(【都知事選】石田純一、鳥越氏の応援演説しない スポーツ報知 2016/07/15)、取引先に与えた迷惑を考えれば当然ということになってしまうだろう。 ■石田氏が受けた二回目の厳重注意。石田氏は過去にも学生団体SEALDSの集会で「戦争は文化ではない」と発言したことにより、CM出演をするスポンサー企業から厳重注意を受けたという。 当初はこの集会参加によりCM契約を打ち切られ、テレビ出演もキャンセルがいくつもあったと石田氏本人の発言として報じられたが、実際にはそのような事実は無く、それどころかテレビ出演も増えたという。その上で所属事務所は以下のように説明している。 「CMは6社と契約しており、『今後は気を付けて下さい』と関係各社から言われました。安保法案には反対や賛成があり、企業の顔として、そういうお客さまの気持ちも汲んで下さいということです。事務所からも、同様なことを本人に伝えました」 これが昨年秋のことだ。石田氏のような著名なタレントが出演するCMであれば、それなりの規模の企業、つまり多数・多彩な顧客を相手にする企業のCMだろう。そこでタレントに政治色が出てしまえば、企業の顔としての役目を果たせなくなると「企業側」が考えるのも当然だ。事務所の出したコメントはごく自然なものだ。 それから1年もたたず、しかも政治的な発言ではなくまさか突然の出馬という形で約束が破られるとは事務所側は想像もしなかっただろう。このような対応を取られてしまえば一切の政治的な発言や活動はもうやめてくれと指示を出すのも仕方がないとしか言いようが無い。 ■損失は事務所に発生する。CMの出演契約は石田氏個人と企業の間で交わされるわけではない。出馬宣言で発生したと言われる数千万円の損失も一次的には契約の主体である事務所が負担することになるだろう。今後も同じようなことがあれば事務所としても莫大な損失の負担に耐えられるものでは無い。 さらに付け加えればこの事務所はタレントを管理できない、という印象を企業や広告代理店に与えてしまえば事務所全体の問題に発展しかねない。政治的な言動を辞めるか事務所辞めるかどっちかにしてくれ、といった話合いが持たれていたとしてもなんら不思議なことでは無い。 発言の自由を奪うなんておかしいという意見もあるだろう。確かにクライアントや事務所に石田氏の発言の自由を奪う権利は無いが、事務所や企業が何の責任も無く損失を受けなければいけない理由も無い。 結局今回の騒動は石田氏が今後もタレントとして活動するのなら、取引先に損害を与えるようなことをするべきではないという契約の話、つまり政治の話ではなくビジネス上の取引に関する話に過ぎない。 ※政治的活動がなぜ企業に損害を与えるのかという疑問は上記の通り選挙報道の公平性というしばりがあるから、ということになる。このようなしばり・ルールが正しいかのか、そして現状でも運用方法が適切かについては議論の余地はあろう。この点は前回の記事の追記で書いた通り脳科学者の茂木健一郎氏とも同意に至った箇所だ。 ■ビジネスが軽んじられる空気。今回の石田氏の出馬騒動では、政治の素人がバカな事をやっているといった批判がある一方、支持者からは政治活動を事務所やCMスポンサーが邪魔することはおかしいといった批判があり、ビジネスや契約の観点から企業を擁護する見解はほとんど見られなかった。 政治活動が経済活動より下という事はありえない。どちらかが優先されてどちらかが犠牲になることは許されるものではなく、車の両輪として考えるべきだ。石田氏を支持・擁護している人も、自身の勤務先で同じことが起こり、その結果自分の給料やボーナスが減らされてしまえば勘弁してくれと腹も立つだろう。 余計なお世話になるが石田氏個人について言えば、政治活動も重要だろうけど、他でもないぜひあなたに出て欲しい、会社の顔になって欲しいとCM出演を依頼してくれた企業だって同じくらい重要ではないですか?ということになる。誰にも迷惑をかけない形で出馬するのであれば、あとは政治の話だ。石田氏にはビジネス上の課題を全てクリアにしたうえで政治活動をして貰えればと思う。 【追記】2016/07/29まだ勘違いをしたコメントが付くので追記をしておく。テレビやラジオ等の放送局が加盟する日本民間放送連盟では以下のように定められている。 「日本民間放送連盟 放送基準・2章 法と政治(12)選挙事前運動の疑いがあるものは取り扱わない」 CMや出演番組が事前運動にあたるのか?という運用上の疑問はあるが、現状ではそのように運用されており、これは誰であろうと変わらない。過去に大阪府知事選に出馬した橋下氏が2万%出馬は無い、と発言しながら後に撤回した理由は収録した番組がお蔵入りしてしまう可能性があったからだという。 石田氏はその逆で関係する企業やテレビ局と調整をせずに出馬宣言をした事で放送が出来なくなってしまった。本来であれば出馬しても問題の無い状況を整えたうえで、関係者に迷惑がかからないようギリギリまで選挙戦出馬に関する発言は控えるべきだった、ということになる。元記事にある通り、ビジネスの課題をクリアすれば何の問題も無かったということだ。 参政権が制限されるのは違法、出馬を制限する契約は無効、と言ったコメントが散見されたが、いずれも無関係だ。企業が発生した損害をテレビ局に請求するのか、石田氏や所属事務所に請求するのか、これは企業の判断ということになるが、あくまで政治ではなくビジネスの話に過ぎない。 そのような法律の運用が正しいのか?という問題点については前回の記事の追記にある通り、脳科学者の茂木健一郎氏とも合意した点ではあるが、ビジネス上の問題で企業に損害が発生したことに変わりは無い。またそのような運用がなされてきたことも周知の事実であり、トラブルが発生してからテレビ局を運用方法で責めることはお門違い、ということになるだろう(もちろん、おかしな運用で損失を被ったと石田氏がテレビ局を訴えることは可能ではある)。 【関連記事】■年収1100万円なのに貯金が出来ませんという男性に、本気でアドバイスをしてみた。 ■グーグルはなぜ新入社員に1800万円の給料を払うのか? ■1億円の借金で賃貸アパートを建てた老夫婦の苦悩。 ■不動産会社の「大丈夫」が全然大丈夫じゃない件について。 ■なぜスイスのマクドナルドは時給2000円を払えるのか? 中嶋よしふみ シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー シェアーズカフェ・オンライン 編集長 ●ツイッターアカウント @valuefp ●フェイスブックはこちら ブログの更新情報はツイッター・フェイスブックで告知しています。フォロー歓迎します^^。 ※レッスン・セミナーのご予約・お問い合わせはHPからお願いします。 ※レッスン・セミナーのご案内はこちら |
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