いきなりですが、まずは今回紹介する作品のジャケット写真から。
この画像は"Ella and Louis"のアルバムジャケット。言うまでもなく、左が歴代最高の女性ジャズ・ボーカリストとも言われるエラ・フィッツジェラルド。右がニューオリンズ・スタイルのジャズ・トランペッターでヴォーカリスト、アメリカ音楽史上最高のエンターテイナーとも言われるルイ・アームストロングです。
このジャッケット写真を見てどうお感じになったでしょうか。場所はおそらくレコーディング・スタジオ。ふたりが座っているのは平凡なパイプ椅子。ルイ・アームストロングの服装はホームセンターに買い物にやってきた平凡なおっさん風。ズボンの丈はつんつるてん。しかも靴下はくるんとなっています。ヒザには汗拭きタオルも置きっぱなし。エラのワンピースもそれほど飾り気がある訳ではなさそう。一見すると、肝っ玉母ちゃんと人の良いご亭主。二大スーパースターの共演盤のジャケットにはふさわしくない簡素で味気ない写真にも思えます。
ですが、私見ではこの写真こそがジャズ・アルバムのジャケットでは歴代No.1。 ジャズ・レコードにはデザイン性が高く、優れたジャケットが多数あることは良く知られておりますが、敢えてこの素っ気ないジャケット写真をNo.1作品と推したいと考えております。スーパースターとしてのエラとルイではなく、伝統芸能であるジャズ職人としてのふたりの姿を捉えているようにも思えます。音楽家がマネー・メイキングの道具ではなく、素朴な職人でいられた古き良き時代を思い起こさせてくれるこの写真には心に響く何かがあるように思えて仕方がありません。マイケル・ジャクソンやホイットニー・ヒューストンの破滅を見てしまったあとではなおさらそう感じられます。
それはさておき、ここからが本題。前回このカテゴリ「Giant Meets Giant:巨人、邂逅ス」の第1回で、カウント・ベイシーとデューク・エリントンの共演盤を取り上げました【巨匠、邂逅ス【1】Count Basie/Duke Ellington "First Time! The Count Meets the Duke"【1961】】。一回目にふさわしい超豪華な競演作。あれ以上の夢の競演はないのではないかと思いきや、ジャズ史には恐るべき競演作がまだまだあります。今回はエラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロングが競演した作品を紹介いたします。
繰り返しになりますが、エラ・フィッツジェラルドはジャズ・ヴォーカル史上ベスト女性ヴォーカリストと言ってしまってよいはずです。そしてルイ・アームストロング。説明は不要かとは思いますが、ニュー・オリンズ・スタイルのジャズを完成させたトランペッターでヴォーカリスト。エリントン/ベイシーと同じ1920〜1930年代から活躍し、ジャズの音楽的地位向上に大きく貢献したジャズ・レジェンドのひとりです。「サッチモ」の愛称で知られ、明るく楽しいジャズをプレイし、ウィットに富んだそのキャラクターはジャズというカテゴリーをはるかに越えて、アメリカを代表するエンターテイナー/ミュージシャンとして世界中で愛されました。
そんな恐るべき大スター同士の競演作にもかかわらず、先ほどの純朴極まりない写真がジャケットに採用された訳です。一体全体どんな内容なのか。どのようなスタイルのジャズを嗜好されるかによって受け止め方は異なるとは思いますが、結論を言ってしまうと恐るべき大傑作となりました。
Ella Fitzgerald/Louis Armstrong "Ella and Louis"【1956】
エラ・フィッツジェラルド/ルイ・アームストロング 「エラ・アンド・ルイス」【1956年録音】
この作品に関しては恐るべきデータがもうひとつ。それはふたりをサポートするバック・バンドのメンバー構成です。
Piano:Oscar Peterson
Bass:Ray Brown
Guitar:Herb Ellis
Drums:Buddy Rich
なんとピアノはオスカー。もちろんあのオスカー。オスカー・ピーターソン。我らがオスカー・ピーターソンです。ベースはオスカーとの名コンビで知られるレイ・ブラウン。ギターもオスカーとは刎頸の友ハーブ・エリス。つまりこの三者は気心の知れた3人。そこにスター・ドラマー、バディ・リッチが加わります。Verveはエラとルイのために当時考え得る最高のラインナップを揃えたと考えるべきでしょう。
ただし、今回に限ってオスカーもバディ・リッチも彼らの特徴であるスーパー・プレイは一切披露しません。あくまでもエラとルイ・アームストロングのサポートに徹します。彼らが自分を抑えたプレイをしたことによって、エラとルイの素晴らしさがより際だったことは言うまでもありません。とはいいつつも、オスカーの抑えたプレイも十分素晴らしいので聴きどころのひとつではあります。
この作品の素晴らしさは、誰々のどのプレイですとか、曲自体の出来不出来といった通常の評価基準で計ることはできません。凄腕ジャズメンをバックに、エラとルイが同時にマイクの前に立ち、互いを尊重しあって出来上がった空間そのものが至高だったとしか思えません。その恐るべき空間が見事に記録されたということです。
4曲目収録"They Can't Take That Away From Me"。
先ほどバックのオスカーらが自分を抑えてプレイしていると申し上げましたが、それはエラとルイにも当てはまること。主役のひとりであるルイ・アームストロングのトランペットもエラの良さを引き出すために抑え気味。エラもこの上なくソフトに歌います。
バックの演奏にほとんど気がつかないほど、エラとルイのヴォーカルに引き込まれてしまいます。なんという空間。なんという心地よさ。専門的な知識の全くない者からしても、エラの歌が尋常ではないことは解ります。一所懸命に歌うヴォーカリストは多数この世に存在します。力を入れて歌われるとリスナーは疲れてしまうことがあります。しかしエラはどうでしょう。サラっと歌います。彼女の声を聴くことに全くストレスを感じません。他のヴォーカリストのレヴェルが低いというつもりは全くありません。エラが突き抜けているのではないかと。こんな声を持つ歌手って他にいるでしょうか。もし女神が実在するならきっとこんな声なんでしょう。
6曲目収録"Tendderly"。
ラストでエラはサッチモのモノマネを披露。
11曲目収録"April In Paris"。
全11曲、このレヴェルの演奏です。信じられない作品。なんど聴いても飽きません。大人の子守唄とでも言うべきでしょうか。心のずっと奥の方をやさしく触れられたような感じになります。ジャズを含む他のどんな音楽からもこれほどの安楽さを感じたことはありません。
エラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロングの競演はこの作品の後も続きます。
Ella Fitzgerld/Louis Armstrong "Ella and Louis Again"【1957】
エラ・フィッツジェラルド/ルイ・アームストロング 「エラ・アンド・ルイス・アゲイン」【1957年録音】
翌年には早速続編が吹き込まれます。当然です。発売当時はLP2枚組(CDも2枚組)全19曲へとボリューム・アップ。ただし、うち6曲はふたりは競演せずどちらか単独参加となりました。またバック・バンドはDrumsのみLouie Bellsonに交代。
1枚目4曲目収録、エラが単独で歌う"Comes Love"。
考えてみるとルイが不参加の曲でも、エラ&オスカー・カルテットですので十分Giant meets Giantです。
1枚目7曲目収録"Stompin' At The Savoy"。
エラの代名詞である”スキャット”が楽しめます。後半の盛り上がり方はルイ・アームストロングの真骨頂。
Ella Fitzgerald/Louis Armstrong "Porgy and Bess"【1957】
エラ・フィッツジェラルド/ルイ・アームストロング 「ポギーアンド・ベス」【1957年録音】
エラとルイの競演第3作は、ガーシュウィン作のオペラ「ポギーとベス」を丸ごと録音。今作では前2作とは一転、オーケストラとの共演となりました。
2曲目収録"Summertime"。
エラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロングは以上3作の競演作を遺しました。これらの作品は20世紀の音楽遺産としては最高峰。中でも1作目の"Ella and Louis"は至高の作品と断言できます。「優れたジャズ・アルバム」という限定的な評価に止まらず、「素晴らしい音楽」と言うべき内容。モダン・ジャズのような理屈っぽいジャズが苦手な方、またジャズに限らず幅広い音楽を愛聴されるリスナーにもきっと受け入れられるタイプの作品だと思います。
最後にエラとルイそれぞれの動く映像を。
時期など詳しい情報は不明ですが、エラ・フィッツジェラルドがルイの持ち歌"Mack The Knife"を歌います。
途中でルイのモノマネも披露。後半は即興で歌っているようです。凄い安定感。何時間でも聴いていられそうです。
サッチモの"What A Wonderful World"。
ルイ・アームストロングはいつも聴衆に笑顔を振りまいていました。彼の振る舞いをいわゆる「アンクル・トム型の黒人像」、つまり白人の命令を聞く従順な奴隷黒人像と批判する勢力もあったとか。たしかにルイ・アームストロングが生きた時代は黒人ミュージシャンにとっては大変厳しい時代でした。にもかかわらず、彼は1940年代から多くの映画に出演し、頻繁にTV番組にも登場したそうです。これは異例なこと。ラジオですら黒人専門局と白人が聴く局に分けられていた時代にです。その理由が白人にとって無害な黒人像を彼が受け入れ演じていたからだとしてもそれほど的外れな批判ではないようにも思えます。
どっちにせよルイ・アームストロングの素晴らしさについては疑いようがありません。どんな選択を受け入れたにせよ、晩年になって"What A wonderful World"をあの表情で胸をはって歌えた彼の姿には畏敬の念すら感じます。最後に「楽屋で佇むサッチモ」の有名なスナップを。
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